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title: "瑜伽師地論 · 16項 魔種類與魔事"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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當知諸魔略有四種。魔所作事有無量種，勤修觀行諸瑜伽師，應善遍知，當正遠離。

> 知っておくべきことに、魔には大きく分けて四つの種類があります。魔の働きには無数の種類がありますが、修行に励むヨーガ行者は、これらを正しく理解し、しっかりと遠ざけるべきです。

云何四魔？一、蘊魔，二、煩惱魔，三、死魔，四、天魔。

> 四つの魔とは何でしょうか。第一に、五蘊の魔、第二に、煩悩の魔、第三に、死の魔、第四に、天魔です。

蘊魔者，謂五取蘊。

> 蘊魔とは、五取蘊のことである。

煩惱魔者，謂三界中一切煩惱。

> 煩悩魔とは、三界におけるあらゆる煩悩のことを指します。

死魔者，謂彼彼有情，從彼彼有情眾，殀喪殞歿。

> 死魔とは、それぞれの生きとし生けるものが、その仲間の中から夭折したり、命を終え、死に絶えることをいいます。

天魔者，謂於勤修勝善品者，求欲超越蘊、煩惱、死三種魔時，有生欲界最上天子，得大自在，為作障礙，發起種種擾亂事業，是名天魔。

> 天魔とは、優れた善行を熱心に修行し、五蘊・煩悩・死という三つの魔を越えようとする者がいる時、欲界の最上位の天子として生まれ、大きな自在力を得て、その修行の障害となるよう、さまざまな妨害のわざを起こすもののことである。これが天魔である。

當知此中，若死所依；若能令死；若正是死；若於其死作障礙事，不令超越。依此四種建立四魔。謂依已生、已入現在五取蘊故，方有其死。由煩惱故，感當來生，生已便有殀喪殞歿。諸有情類命根盡滅、殀喪殞歿，是死自性。勤修善者，為超死故正加行時，彼天子魔得大自在，能為障礙。由障礙故，或於死法令不能出；或經多時，極大艱難，方能超越。又魔於彼或有暫時不得自在。謂世間道離欲異生，或在此間，或生於彼。或魔於彼得大自在。謂未離欲。若未離欲，在魔手中隨欲所作。若世間道而離欲者，魔縛所縛，未脫魔󰊛，由必還來生此界故。

> この中で、「死のよりどころ」「死を引き起こすもの」「死そのもの」「死を妨害して超えさせないもの」という四つの観点から、四つの魔が成立することを知るべきである。 すなわち、すでに生じ現在に至った五取蘊に依っているからこそ、死が存在する。煩悩によって未来の生を感得し、生まれた後に夭折や死滅がある。あらゆる有情の命根が尽きて滅び、夭折し死滅することが、死の自性である。 善を勤修する者が、死を超えるために正しく修行している時、天子魔が大いなる自在を得て妨害をなす。その妨害によって、あるいは死の法から出ることができず、あるいは長い時間を経て極めて艱難の末にようやく超えることができる。 また、魔がその者に対して、一時的に自在を得られないこともある。それは世間道によって欲を離れた異生が、この世にいるか、あるいはあの世に生まれる場合である。あるいは魔がその者に対して大いなる自在を得ることもある。それは未だ欲を離れていない場合である。もし欲を離れていなければ、魔の手中にあり、その思いのままにされる。しかし世間道によって欲を離れた者は、魔の縛りに縛られてはいるが、魔の支配からは脱していない。必ずこの界に還って生まれるからである。

云何魔事？

> 魔事とは何でしょうか？

謂諸所有能引出離善法欲生，耽著諸欲增上力故，尋還退捨。當知此即是為魔事。

> あらゆる「出離（しゅつり）」へと導く善い法への欲求が生じても、欲望への執着が強すぎるために、再び退き、捨てられてしまう。これこそが魔の仕業であると知るべきである。

若正安住密護根門，於諸所有可愛色聲香味觸法，由執取相、執取隨好，心樂趣入。當知此即是為魔事。

> 正しく心を落ち着けて、感覚の門をしっかりと守っているにもかかわらず、あらゆる好ましい色・声・香り・味・感触・対象に対して、その姿や細部に執着し、心が惹き入れられてしまうなら、これこそが魔の仕業であると知るべきです。

若正安住於食知量，於諸美味不平等食，由貪愛欲，心樂趣入。當知此即是為魔事。

> もし人が食事について正しく知り、量をわきまえて安住しているならば、様々な美味しい食べ物に対して不平等に飲食することはなく、貪りの欲によって心がそれに惹かれることもありません。これを知るべきです——これこそが魔のわざであると。

若正安住精勤修習初夜後夜覺寤瑜伽，於睡眠樂、於偃臥樂、於脇臥樂。由懈怠力，心樂趣入。當知此即是為魔事。

> もしも、正しく安住して精進に努め、夜の初めと終わりに目覚めて修行に励もうとしている人が、 睡眠の楽しさや、横になる心地よさ、脇を下に寝る気持ちよさに、 怠け心の力で心が惹かれてしまったなら、 これを「魔のわざ（修行の妨げ）」だと知りなさい。

若正安住正知而住，於往來等諸事業時，若見幼少、盛年、美色諸母邑等，由不如理，執取相好，心樂趣入。或見世間諸妙好事，心樂趣入。或於多事多所作中，心樂趣入。或見在家及出家眾歡娛雜處，或見惡友共相雜住，便生隨喜，心樂趣入。當知一切皆是魔事。

> もし、正しく気づきと智慧を保ち生活しているにも関わらず、歩行などのさまざまな行動の際に、若い女性や盛年の美しい女性などを見て、道理に適わない形でその姿や美しさを捉え、心がそれに惹かれていってしまうならば。あるいは、世の中の素晴らしい楽しみを見て、心がそれに惹かれていくならば。あるいは、多くの用事や雑務に心が惹かれていくならば。あるいは、在家や出家の者たちが楽しげに集まっているのを見たり、悪友たちが一緒に群れているのを見て、そのような状況に喜びを感じ、心がそれに惹かれていくならば。これらのすべては、魔法の仕業（修行の妨げ）であると知るべきである。

於佛法僧、苦集滅道、此世他世若生疑惑。當知一切皆是魔事。

> 仏法僧や、苦集滅道（苦しみの原因とその消滅への道）、この世やあの世について、もし迷いや疑いを抱くなら、それらはすべて魔の仕業であると知るべきです。

住阿練若、樹下、塚間、空閑靜室，若見廣大可怖畏事，驚恐毛竪；或見沙門婆羅門像、人非人像欻爾而來，不如正理勸捨白品、勸取黑品。當知一切皆是魔事。

> 山林や樹下、墓場、静かな部屋に住んでいるとき、広大で恐ろしい光景を見て驚き、鳥肌が立つことがある。あるいは、沙門や婆羅門の姿、人や人ならざるものが突然現れ、道理に反して善い行いを捨てさせ、悪い行いを取らせようと勧めることがある。これらはすべて魔の仕業だと知るべきである。

若於利養恭敬稱譽，心樂趣入；或於慳吝、廣大希欲、不知喜足、忿、恨、覆、惱及矯詐等沙門莊嚴所對治法，心樂趣入。當知一切皆是魔事。

> 利養や敬われること、褒め称えられることを喜んで心がそれに向かうこと。あるいは、物惜しみ、過度な欲求、満足することを知らないこと、怒り、恨み、隠し立て、悩ませること、そして偽りやごまかしといった、修行者としての心構えに反する行いを喜んで心がそれに向かうこと。知るがよい、これらのすべては魔の仕業であると。

如是等類無量無邊諸魔事業，一切皆是四魔所作。隨其所應，當正了知。

> このような限りない種類の魔の働きは、すべて四魔によるものです。それぞれに応じて、正しく理解すべきです。