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title: "瑜伽師地論 · 7項 加行究竟果作意"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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從此金剛喻三摩地，無間永害一切煩惱品麁重種子，其心於彼究竟解脫，證得畢竟種姓清淨。於諸煩惱究竟盡中，發起盡智。由因盡故，當來苦果畢竟不生，即於此中起無生智。彼於爾時，成阿羅漢，諸漏已盡，所作已辦，無復所作，證得自義，盡諸有結。已正奉行如來聖教，心善解脫。已具成就十無學法。謂無學正見、正思惟，乃至無學正解脫、正智。於諸住中及作意中，能隨己心自在而轉。隨所樂住或聖、或天、或梵住中，即能安住。隨樂思惟所有正法，能引世間或出世間諸善義利，即能思惟。

> ここから、金剛のような三昧（金剛喩三摩地）によって、煩悩の粗い種子が断ち切られることなく永く除かれ、心はそれらから完全に解脱し、究極の清らかさを得る。煩悩が完全に尽きたところで、「尽智」が生じる。原因が尽きたことにより、未来の苦しみの結果も生じることがなく、ここに「無生智」が現れる。 その時、彼は阿羅漢となる。すでに煩悩の漏れは尽き、なすべきことは成し遂げ、もはやなすべきことはなく、自己の目的を達成し、あらゆる生存の束縛を断ち切った。如来の聖教を正しく実践し、心はよく解脱した。そして、十の無学法（正見・正思惟・正語・正業・正命・正精進・正念・正定・正解脱・正智）を完全に成就した。 彼は、あらゆる住（状態）や作意において、自らの心に従って自在に振る舞う。望むままに、聖者の住・天人の住・梵天の住に安住することができる。また、望むままに、あらゆる正しい教えを思惟し、世俗的あるいは出世間の善き利益を引き寄せることができる。

言聖住者，謂空住、無願住、無相住、滅盡定住。言天住者，謂諸靜慮，諸無色住。

> 聖なる住まいとは、空の住まい、願望のない住まい、形のない住まい、そして滅尽定の住まいをいいます。 天の住まいとは、様々な静慮（瞑想の段階）や、様々な無色界の住まいをいいます。

言梵住者，謂慈住、悲住、喜住、捨住。

> 梵住とは、慈の住、悲の住、喜の住、捨の住をいいます。

又於爾時，至極究竟，畢竟無垢，畢竟證得梵行邊際。離諸關鍵，已出深坑，已度深塹。已能摧伏彼伊師迦，是為真聖，摧滅高幢。已斷五支，成就六支。一向守護四所依止。最極遠離，獨一諦實，棄捨希求，無濁思惟，身行猗息。心善解脫，慧善解脫。獨一無侶，正行已立，名已親近無上丈夫。具足成就六恒住法。謂眼見色已，無喜無憂，安住上捨，正念正知。如是耳聞聲已、鼻嗅香已、舌甞味已、身覺觸已、意了法已，無喜無憂，安住上捨，正念正知。彼於爾時，領受貪欲無餘永盡，領受瞋恚無餘永盡，領受愚癡無餘永盡。彼貪瞋癡皆永盡故，不造諸惡，習近諸善。其心猶如虛空淨水，如妙香檀，普為一切天帝天王恭敬供養。住有餘依般涅槃界，度生死海，已到彼岸。亦名任持最後有身。先業煩惱所引諸蘊自然滅故，餘取無故，不相續故，於無餘依般涅槃界而般涅槃。此中都無般涅槃者，如於生死無流轉者。唯有眾苦永滅、寂靜、清涼、滅沒。唯有此處最為寂靜。所謂棄捨一切所依，愛盡、離欲、永滅、涅槃。當知此中，有如是相。阿羅漢苾芻諸漏永盡，不能習近五種處所。一者、不能故思殺害諸眾生命；二者、不能不與而取；三者、不能行非梵行習婬欲法；四者、不能知而妄語；五者、不能貯畜受用諸欲資具。如是不能妄計苦樂自作、他作、自他俱作、非自他作無因而生。又亦不能怖畏一切不應記事；又亦不能於雲、雷電、霹靂、災雹，及見種種怖畏事已，深生驚怖。

> その時、修行者は究極の境地に達し、完全に無垢となり、清らかな行いの極みを確かに悟りました。すべての束縛を離れ、深い穴から抜け出し、深い溝を渡り終えました。すでに「伊師迦」という強固な我執を打ち破り、真の聖者となり、高く掲げられた慢心の幢を打ち砕きました。五つの束縛（下分結）を断ち切り、六つの徳（六恒住）を成就しました。常に四つの依り所（戒・定・慧・解脱）を守り、極めて遠く離れ、独り真実に安住し、あらゆる願望を捨て、雑念のない思惟を行い、身体の行は安らぎに満ちています。心は完全に解脱し、智慧も完全に解脱しました。独りにして比類なく、正しい行いが確立し、「無上なる丈夫」に親しく近づいたと言えます。 六つの恒に住する法を具足し成就しています。すなわち、眼で色を見ても、喜びも憂いもなく、最高の平等な心（捨）に安住し、正しい念と正しい知恵を保ちます。耳で音を聞き、鼻で香りを嗅ぎ、舌で味を味わい、身体で触れられるものを感じ、心で法を了知しても、同様に喜びも憂いもなく、最高の平等な心に安住し、正しい念と正しい知恵を保ちます。 その時、彼は貪欲の残余なく永久の尽滅を体得し、瞋恚の残余なく永久の尽滅を体得し、愚癡の残余なく永久の尽滅を体得します。これらの貪欲・瞋恚・愚癡が永遠に尽きたがゆえに、悪を造らず、善に親しみ習います。その心は虚空のように清らかで水の如く、妙なる香りを放つ栴檀のようです。あらゆる天の帝王や天王から敬われ、供養されます。彼は「有余依涅槃」の境地に住み、生死の海を渡り、すでに彼岸に到着しました。また、最後の身体を保つ者とも呼ばれます。 過去の業と煩悩に起因する諸々の蘊（五蘊）が自然に滅するがゆえに、残りの執取がなくなり、相続しないがゆえに、「無余依涅槃」の境地において完全に涅槃に入ります。ここには涅槃に入る者というものは全くありません。ちょうど生死の世界に流転する者がないのと同じです。ただ、あらゆる苦が永遠に滅し、寂静となり、清涼となり、消え去ったものがあるのみです。ただ、この境涯が最も寂静です。すなわち、あらゆる依存（煩悩の依り所）を捨て去り、愛欲が尽き、欲を離れ、永遠の滅尽、涅槃です。この中に、そのような相があると知るべきです。 阿羅漢の比丘は、もろもろの煩悩が永遠に尽きているため、次の五つの場所に親しみ習うことができません。第一に、故意に生き物の命を奪おうと考えることができません。第二に、与えられていないものを取ることができません。第三に、清らかでない行い、すなわち淫欲の法を実践することができません。第四に、知りながら虚偽の言葉を語ることができません。第五に、快楽の道具を蓄え、受用することができません。 このように、苦楽が自己により作られ、他者により作られ、自他ともに作り、自他なくして原因なく生じる、という誤った考えを持つこともできません。また、一切の問答に値しない事柄に対して恐怖することもなく、雲・雷・電・霹靂・災害や雹、また様々な恐怖の対象を見ても、深く驚き怖れることもありません。

當知此中，金剛喻定所攝作意，名加行究竟作意。最上阿羅漢果所攝作意，名加行究竟果作意。

> このうち、金剛のごとき悟りを成就する瞑想の心構えを「修行の完成への心構え」と名づける。最高の阿羅漢の境地に至る心構えを「修行の完成という結果の心構え」と名づける。

由如是等多種作意，依出世道證得究竟。

> このように多種多様な心の働きによって、出世間の道に基づいて究極の境地に達するのである。