---
title: "瑜伽師地論 · 4目 出現"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cma8zhn6d042lib045z9xeiu6"
---

或有多劫，無有一佛出現於世；或有一劫，有眾多佛出現於世。

> ある長い年月（劫）には、一仏もこの世に現れないことがあります。また、ある劫には、多くの仏がこの世に現れることもあります。

彼彼十方無量無數諸世界中，應知同時有無量佛出現於世。何以故？於十方界，現有無量無數菩薩，同時發願、同勤修集菩提資糧。若一菩薩，於如是日、於如是分、於如是月、於如是年發菩提心，願趣菩提。即於此日、即於此分、即於此月、即於此年，一切亦爾。如一菩薩勇悍策勵，熾然精進，一切亦爾。於今現見此世界中，多百菩薩同時發願、同修惠施、同修淨戒、同修忍辱、同修精進、同修靜慮、同修智慧，況於十方無量無邊諸佛世界。又於十方現有無量無數三千大千佛土，無二菩薩同時修集菩提資糧，俱時圓滿，於一佛土並出於世，一時成佛，況有無量無數菩薩於一世界一時成佛。又不應言：眾多菩薩同時修集菩提資糧，俱時圓滿，前後相避，次第成佛。亦不應言：一切菩薩皆不成佛。是故當知眾多菩薩同時修集菩提資糧俱圓滿者，於十方面無量無數隨其所淨空無如來諸佛國土，各別出世，同時成佛。

> 十方の無数の世界において、同時に無数の仏が出現することがあると知るべきである。なぜか。十方の世界には、無数の菩薩が同時に誓いを立て、共に菩提のための功徳を積んでいるからである。ある菩薩が、ある日、ある時、ある月、ある年に菩提心を起こし、悟りを目指すとすれば、その同じ日、同じ時、同じ月、同じ年に、他のすべての菩薩もまた同様に誓いを立てるのである。一人の菩薩が勇猛に励み、熱心に精進すれば、他のすべての菩薩もまた同様である。現に見られるように、この世界でも多くの菩薩が同時に誓いを立て、布施や戒律、忍辱、精進、禅定、智慧を共に修行している。ましてや、十方の無数の仏の世界においてはなおさらである。また、十方には無数の三千大千世界が存在するが、同じ仏土において二人の菩薩が同時に菩提の功徳を積み、同時に完成させ、同時に仏となることはない。ましてや、一つの世界で無数の菩薩が同時に仏となることはありえない。しかし、だからといって「多くの菩薩が同時に功徳を積み完成させても、前後して順番に仏となる」と言うべきではない。また、「すべての菩薩が仏になれない」と言うべきでもない。したがって、多くの菩薩が同時に功徳を積み完成させる場合、十方の無数の、仏のいない清らかな国々において、それぞれ別々に出現し、同時に仏となるのである。

由此道理，多世界中，決定應有眾多菩薩同時成佛。決定無有一佛土中，有二如來俱時出世。何以故？菩薩長夜起如是願，隨令增長：我當獨一，於無導首諸世界中，為作導首，調伏有情，令脫眾苦、令般涅槃。如是長夜所起大願隨令增長，攝受正行得成滿故，無二如來於一世界俱時出現。又一如來，於一三千大千佛土，普能施作一切佛事，是故第二如來出世無所利益。又一如來，於一佛土出現於世，令諸有情成辦自義，極為熾盛、極為隨順。何以故？彼作是思：一切世間唯一如來，更無第二。若於此土化事已訖，或往餘方，或入滅度。我等何從當修梵行？我等何從當聞正法？如是思已，發起深厚欲勤精進，速修梵行、速聞正法。若一佛土多佛出世，彼於所作不能速疾。故一佛土一佛出世，令諸有情成辦自義，極為熾盛、極為隨順。

> このような道理から、多くの世界には、必ずや多くの菩薩が同時に仏陀となるべきであることが確定する。しかし、一つの仏の国土に、二人の如来が同時に出現することは決してない。なぜか。菩薩は長きにわたり、こう願いを立てて育ててきたからである。「私は独りとして、導き手のいない多くの世界において、その導き手となり、有情を調伏し、苦しみから解脱させ、涅槃に至らしめよう」と。このように長きにわたって立てた大願を育て、正しい行いを受け入れて成就させるから、一つの世界に二人の如来が同時に出現することはない。また、一人の如来は、一つの三千大千仏土において、あらゆる仏の働きを遍く施すことができる。それゆえ、第二の如来が出現しても利益がない。さらに、一人の如来が一つの仏土に出現すると、有情が自らの目的を成し遂げることを、大いに盛んに、大いに順調にさせる。なぜか。彼らはこう思うからである。「一切の世間には唯一の如来がおられ、第二の方はいない。もしこの国土で教化の働きが終われば、他の場所へ行かれるか、あるいは滅度に入られる。我々はどこで梵行を修めるべきか。我々はどこで正法を聞くべきか。」こう思って、深く厚い欲と勤勉な精進を起こし、速やかに梵行を修め、速やかに正法を聞くのである。もし一つの仏土に多くの仏が出現すれば、彼らのなすべきことは速やかには成就しない。ゆえに、一つの仏土に一人の仏が出現することで、有情が自らの目的を成し遂げることを、大いに盛んに、大いに順調にさせるのである。