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title: "瑜伽師地論 · 9目 菩提分法"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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云何菩薩於三十七菩提分法精勤修習？謂諸菩薩，依止菩薩四無礙解，由善方便所攝妙智，於三十七菩提分法如實了知，而不作證。是諸菩薩，普於一切二乘理趣三十七種菩提分法皆如實知。謂於聲聞乘理趣及於大乘理趣三十七種菩提分法皆如實知。於聲聞乘理趣三十七種菩提分法如實了知，如聲聞地，如前所說一切應知。

> どのように菩薩は三十七の菩提分法を精進して修習するのでしょうか。 つまり、諸々の菩薩は、菩薩の四無礙解に依り、巧みな方便に摂められた妙なる智慧によって、三十七の菩提分法をあるがままに知り尽くしているが、それを証得することはしないのです。 これらの菩薩は、あらゆる二乗（声聞・縁覚）の理趣における三十七種の菩提分法を、ことごとくあるがままに知っています。 すなわち、声聞乗の理趣における三十七種の菩提分法と、大乗の理趣における三十七種の菩提分法の両方を、あるがままに知っているのです。 声聞乗の理趣における三十七種の菩提分法についてあるがままに知るというのは、声聞地において先に説かれた通り、すべてを理解すべきものである、ということです。

云何菩薩於大乘理趣三十七種菩提分法如實了知？謂諸菩薩，能於其身住循身觀，不於其身分別有性，亦不分別一切種類都無有性。又於其身遠離言說自性、法性如實了知，當知名依勝義理趣，能於其身住循身觀，修習念住。若諸菩薩隨順無量安立理趣妙智而轉，當知名依世俗理趣，能於其身住循身觀，修習念住。如於其身住循身觀，修習念住，如是所餘一切念住、所餘一切菩提分法，當知亦爾。

> 菩薩は、大乗の理趣における三十七種の菩提分法をどのようにしてありのままに知るのでしょうか。それは、諸々の菩薩が自らの身体において身体を観察する境地に留まり、身体に対して固定的な実体があると分別せず、また一切の種類が全く無であるとも分別しないことです。さらに、身体についての言葉による表現や自性、法性を離れて、ありのままに知ることを、勝義の理趣に依って身体において身体を観察する境地に留まり、念処を修習するといいます。もし諸々の菩薩が無量の安立された理趣の妙智に随順して転ずるならば、それを世俗の理趣に依って身体において身体を観察する境地に留まり、念処を修習するといいます。身体において身体を観察する境地に留まり、念処を修習するように、残りのすべての念処や、残りのすべての菩提分法についても、同様に知るべきです。

如是菩薩，於身等法不分別苦、不分別集、不分別此所作斷滅、不分別此得滅因道。又即於此遠離言說自性、法性，若苦法性、若集法性、若滅法性、若道法性，如實了知。當知名依勝義理趣，修菩提分為所依止，緣諦修習。若諸菩薩隨順無量安立理趣妙智而轉，當知名依世俗理趣，緣諦修習。

> このように菩薩は、身体などの諸法において、苦を分別せず、集を分別せず、これによって断滅が行われると分別せず、これによって滅に至る道があると分別しません。さらに、言葉を超えた自性、法性、すなわち苦の法性、集の法性、滅の法性、道の法性を、あるがままに知ります。これを、勝義の理趣に基づき、菩提分をよりどころとして、真理に沿った修行をする、と知るべきです。 また、もし菩薩が無数の世俗的な理趣に従い、優れた智慧を働かせて活動するならば、これを、世俗の理趣に基づき、真理に沿った修行をする、と知るべきです。