---
title: "瑜伽師地論 · 2目 十五意樂"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cma8zhuuq04x5ib043l8q61yg"
---

當知此中，淨信為先、擇法為先，於諸佛法所有勝解印解決定，是名菩薩增上意樂。如是菩薩增上意樂，當知略說有十五種。何等十五？一、最上意樂，二、遮止意樂，三、波羅蜜多意樂，四、真實義意樂，五、威力意樂，六、利益意樂，七、安樂意樂，八、解脫意樂，九、堅固意樂，十、無虛妄意樂，十一、不清淨意樂，十二、清淨意樂，十三、善清淨意樂，十四、應調伏意樂，十五、俱生意樂。

> 知っておくべきは、この中で、清らかな信が第一であり、法を選び取ることが第一であるということです。諸々の仏法に対するあらゆる勝解と確かな理解と決定が、これを菩薩の増上意楽と呼びます。 この菩薩の増上意楽は、大きく分けると十五種類があると知るべきです。その十五種類とは次の通りです。 第一に、最上の意楽。 第二に、悪を防ぎ止める意楽。 第三に、波羅蜜多の意楽。 第四に、真実の意義についての意楽。 第五に、威力についての意楽。 第六に、利益についての意楽。 第七に、安楽についての意楽。 第八に、解脱についての意楽。 第九に、堅固な意楽。 第十に、虚偽のない意楽。 第十一に、清らかでない意楽。 第十二に、清らかな意楽。 第十三に、善く清らかな意楽。 第十四に、調伏されるべき意楽。 第十五に、共に生じる意楽。

謂諸菩薩，於佛法僧最上真實起勝意樂，是名菩薩最上意樂。又諸菩薩，於所受持淨戒律儀起勝意樂，是名菩薩遮止意樂。又諸菩薩，於所修證施、忍、精進、靜慮、般若起勝意樂，是名菩薩波羅蜜多意樂。又諸菩薩，於法無我、補特伽羅無我、甚深勝義諸法真如起勝意樂，是名菩薩真實義意樂。又諸菩薩，於佛菩薩不可思議神通威力、或俱生威力起勝意樂，是名菩薩威力意樂。又諸菩薩，於諸有情欲以善法而授與之，是名菩薩利益意樂。又諸菩薩、於諸有情，欲以饒益而授與之，是名菩薩安樂意樂。又諸菩薩，即於如是諸有情所無愛染心，又於當來可愛異熟其心無繫，是名菩薩解脫意樂。又諸菩薩，於其無上正等菩提，其心專注，曾無變易，是名菩薩堅固意樂。又諸菩薩，於諸有情饒益方便，於大菩提趣證方便，無顛倒智俱行勝解，是名菩薩無虛妄意樂。又諸菩薩，勝解行地所有一切增上意樂，是名菩薩不清淨意樂。又諸菩薩，從淨勝意樂地乃至決定行地所有一切增上意樂，是名菩薩清淨意樂。又諸菩薩，到究竟地所有一切增上意樂，是名菩薩善清淨意樂。又諸菩薩不清淨意樂，是則名為應調伏意樂，由此意樂應思擇故。又諸菩薩清淨意樂、善清淨意樂，是則名為俱生意樂，由此意樂性成就故，於所依中善安立故。

> 菩薩というのは、仏法僧という最も優れた真実に対して殊勝な意楽（心の喜び）を生じる。これを菩薩の最上の意楽という。 また、受持する清らかな戒律や儀礼に対して殊勝な意楽を生じる。これを菩薩の遮止（悪を防ぐ）意楽という。 また、修行して証得する布施、忍辱、精進、静慮、般若に対して殊勝な意楽を生じる。これを菩薩の波羅蜜多（完成された修行）の意楽という。 また、法に我なし、人に我なし、深遠な勝義（究極の真理）である諸法の真如に対して殊勝な意楽を生じる。これを菩薩の真実義の意楽という。 また、仏や菩薩の不可思議な神通力や、生まれながらの威力に対して殊勝な意楽を生じる。これを菩薩の威力の意楽という。 また、生きとし生けるものに善い法を授けたいと願う。これを菩薩の利益の意楽という。 また、生きとし生けるものに利益と安らぎを授けたいと願う。これを菩薩の安楽の意楽という。 また、そのような生きとし生けるものに対して愛着の心がなく、未来の愛すべき異熟の果報に対しても心に執着がない。これを菩薩の解脱の意楽という。 また、無上なる正等菩提に対して心を集中し、決して変わることがない。これを菩薩の堅固な意楽という。 また、生きとし生けるものを利益するための方法や、大いなる菩提に至るための方法について、顛倒した智慧を伴わない勝解（確かな理解）を持つ。これを菩薩の虚妄ではない意楽という。 また、勝解行の地にあるすべての増上の意楽（向上する心の喜び）を、菩薩の清らかでない意楽という。 また、清らかな勝意楽の地から決定行の地に至るまでのすべての増上の意楽を、菩薩の清らかな意楽という。 また、究極の地に達したすべての増上の意楽を、菩薩の善く清らかな意楽という。 また、菩薩の清らかでない意楽は、調伏すべき意楽と呼ばれる。この意楽は、よく思惟し選択されるべきものだからである。 また、菩薩の清らかな意楽と善く清らかな意楽は、生まれながらの意楽と呼ばれる。この意楽は本性として成就しており、心の基盤に善く安立しているからである。

如是菩薩十五妙善增上意樂，隨一切地，以要言之，能作十事。何等為十？謂諸菩薩最上意樂，能於三寶修一切種最勝供養，普於一切菩提資糧為最第一。又諸菩薩遮止意樂，能於所受淨戒律儀，命難因緣，亦不故思犯於所犯；設有所犯，疾疾悔除。又諸菩薩波羅蜜多意樂，能於善法常勤修習無放逸住，常住最勝無放逸住。又諸菩薩真實義意樂，能為有情以無染心流轉生死，不捨涅槃增上意樂。又諸菩薩威力意樂，能於聖教覺受淳淨上妙法味。復能於修起堅固想，欣樂多住，不唯聞思便生喜足。又諸菩薩利益意樂、安樂意樂、解脫意樂，能於一切饒益有情所作事業精勤修習，雖常修習而無厭倦。又諸菩薩堅固意樂，能於種種熾然精進、廣大精進，發起安住無緩加行、無斷加行。又諸菩薩無虛妄意樂，能於所引彼彼善法速證通慧，不於少分下劣薄弱差別證中而生喜足。又諸菩薩應調伏意樂，能引俱生意樂。又諸菩薩俱生意樂，能於無上正等菩提速疾趣證；能與天人作諸義利利益安樂。應調伏意樂即不清淨意樂，俱生意樂即清淨意樂、善清淨意樂，故不別說。

> このように、菩薩の十五の優れた増上の意楽は、あらゆる境地において、簡潔に言えば、十の働きをなすことができます。その十とは何でしょうか。すなわち、菩薩の最上の意楽は、三宝に対してあらゆる種類の最も優れた供養を修することができ、すべての菩提の資糧において最も第一となります。また、菩薩の遮止の意楽は、受けた清らかな戒律や儀則について、命の危険があっても、故意に違反を犯すことを思いません。たとえ違反があっても、すぐに悔い改めて除きます。また、菩薩の波羅蜜多の意楽は、善法に対して常に勤めて修習し、放逸せずに住し、常に最も優れた不放逸の境地に住します。また、菩薩の真実義の意楽は、有情のために汚れのない心で生死に流転し、涅槃の増上の意楽を捨てません。また、菩薩の威力の意楽は、聖なる教えに対して、純粋で清らかな最上の法の味わいを感受します。さらに、修行に対して堅固な想いを起こし、喜んで多く住することを好み、ただ聞いたり考えたりしただけで満足することはありません。また、菩薩の利益の意楽、安楽の意楽、解脱の意楽は、すべての有情を饒益するために行う事業に精進して修習し、常に修習しても倦むことがありません。また、菩薩の堅固な意楽は、様々な熾然たる精進や広大な精進に対して、発起して安住し、緩みのない加行や断絶のない加行を行います。また、菩薩の虚妄ではない意楽は、導かれた様々な善法によって速やかに通慧を証得し、わずかな劣った薄弱な差別の証得に満足することはありません。また、菩薩の応調伏の意楽は、倶生の意楽を導き出します。また、菩薩の倶生の意楽は、無上の正等菩提に速やかに趣いて証得し、天や人間に様々な義利と利益安楽をもたらします。応調伏の意楽は、すなわち清らかではない意楽であり、倶生の意楽は、すなわち清らかな意楽、善く清らかな意楽です。ですから、別に説くことはありません。

世尊所有為諸菩薩，於彼彼處種種宣說、施設、開示增上意樂，當知一切即此十五意樂所攝，是故過去、未來、現在妙善意樂諸菩薩眾，於其無上正等菩提曾當現證，一切皆由如是所說十五意樂。除此無有若過若增。如是菩薩十五意樂，能得最大菩提果利，是故菩薩依此意樂，速證無上正等菩提。

> 世尊が諸々の菩薩たちのために、それぞれの場面で様々に説き、示し、説明された「増上意楽（より高次の志）」は、すべてこの十五の意楽に含まれることを知るべきです。したがって、過去・未来・現在のすべての優れた意楽を持つ菩薩たちが、無上なる正等覚（完全な悟り）をかつて悟り、未来に悟り、現在悟っているのは、すべてここに説かれた十五の意楽によるものです。これ以外に、それ以上のものはありません。このように、菩薩の十五の意楽は、最大の悟りの果報をもたらします。ゆえに菩薩は、この意楽に基づいて、速やかに無上なる正等覚を証得するのです。