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title: "瑜伽師地論 · 1目 略釋十二住"
description: "瑜伽师地论是佛教大乘瑜伽行派的重要经典，相传由弥勒菩萨口述，无著菩萨记录，唐代高僧玄奘于贞观年间从印度取回并译成汉文。该论共100卷，系统阐述瑜伽行派的教义，内容包括十七地、三性、八识、修行次第等核心理论，被誉为大乘佛教的百科全书。作为唯识学的根本论典，瑜伽师地论奠定了唯识学派的理论基础，对汉传佛教和藏传佛教影响深远，在佛教思想史上具有崇高地位，是研究唯识学和瑜伽行派必读的经典著作。"
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云何菩薩種性住？云何菩薩住種性住？

> 菩薩の種性（しょう）に住するとは、どういうことでしょうか。また、菩薩が種性に住する状態とは、どのようなものでしょうか。

謂諸菩薩住種性住，性自仁賢，性自成就菩薩功德；菩薩所應眾多善法，於彼現行亦有顯現。由性仁賢逼遣方便，令於善轉，非由思擇有所制約、有所防護。

> 諸菩薩が種姓の位に安住するとき、その性質は生まれつきやさしく賢く、菩薩としての功徳を自然に成就しています。菩薩にふさわしい多くの善い法は、その身に現れ、明らかに表れています。この生まれつきのやさしく賢い性質によって、自然と善へと向かわせるのであって、思案や選択によって制限したり、防護したりするものではありません。

若諸菩薩住種性住，任持一切佛法種子，於自體中、於所依中，已具足有一切佛法一切種子。

> もし菩薩が、生まれつきそなわった性質の位に住するならば、すべての仏法の種子を保ち持つことになる。その身の中に、そのよりどころとなるものの中に、すでにすべての仏法、すべての種子が備わっているのである。

又諸菩薩住種性住，性離麁垢，不能現起上煩惱纏。由此纏故，造無間業，或斷善根。如種性品所說種種住種性相，於此菩薩種性住中，亦應廣說，應如實知。是名菩薩種性住。

> また、菩薩が種姓の地位にとどまる者は、その本質が粗い煩悩の汚れから離れているため、激しい煩悩の束縛が現れ起こることがありません。もしそのような束縛が生じれば、無間業を引き起こしたり、善根を断ち切ったりするでしょう。種姓の品で説かれた様々な種姓の地位の特徴は、この菩薩の種姓の地位においても広く説かれるべきであり、その通りに知らねばなりません。これを菩薩の種姓の地位といいます。

云何菩薩勝解行住？謂諸菩薩，從初發心乃至未得清淨意樂，所有一切諸菩薩行，當知皆名勝解行住。又諸菩薩種性住中，於餘十一諸菩薩住及如來住唯有因轉，攝受彼因。於餘所有諸菩薩住尚未發趣、未得、未淨，況如來住。若諸菩薩勝解行住，普於一切餘菩薩住及如來住，皆名發趣，未得、未淨。即於如是勝解行住，亦名發趣、亦名為得，為令清淨而修正行。勝解行住既清淨已，極歡喜住先已發趣，今復名得，為令清淨而修正行。極歡喜住既清淨已，增上戒住先已發趣，今復名得，為令清淨而修正行。如是廣說，展轉乃至最上成滿菩薩住。即此最上成滿菩薩住既清淨已，從此無間，其如來住先已發趣，當知於今頓得、頓淨。是如來住於菩薩住，當知此中如是差別。

> 菩薩の「勝解行住（しょうかいぎょうじゅう）」とは何かというと、それは菩薩が初めて発心してから、清らかな意志（清浄意楽）を得るまでの間の、すべての菩薩の行いを指します。これらすべての行いが、勝解行住と呼ばれるものです。 また、菩薩の「種性住（しゅしょうじゅう）」の段階では、他の十一の菩薩住と如来住に対して、その因となるものだけが存在し、それらの因を取り入れています。しかし、他のすべての菩薩住については、まだそれに向けて進んでおらず、得てもいなければ、清めてもいません。ましてや如来住については言うまでもありません。 菩薩が勝解行住にあるときは、他のすべての菩薩住と如来住に対して、いずれも「進んでいる」状態であり、まだ得ても清めてもいません。そして、この勝解行住そのものについても、「進んでいる」状態であり、同時に「得ている」状態でもあります。それは、さらに清らかにするために正しい修行を行うためです。 勝解行住が清められた後には、「極歓喜住（ごくかんぎじゅう）」はすでに進むべき方向が定まっており、ここで再び「得た」とされます。それは清めるために正しい修行を行うためです。極歓喜住が清められた後には、「増上戒住（ぞうじょうかいじゅう）」はすでに進むべき方向が定まっており、ここで再び「得た」とされます。それも清めるために正しい修行を行うためです。 このように、順を追って広く説明すれば、最終的には「最上成満菩薩住（さいじょうじょうまんぼさつじゅう）」に至ります。この最上成満菩薩住が清められた後、その直後に、如来住はすでに進むべき方向が定まっており、ここで一挙に得られ、一挙に清められると知るべきです。 この如来住と菩薩住との間には、このような違いがあると理解すべきです。

云何菩薩極歡喜住？謂諸菩薩淨勝意樂住。

> 菩薩の修行における最初の段階である「極めて喜びに満ちた境地」とは、どのようなものでしょうか。それは、菩薩が清らかで優れた意欲と心構えを完全に備えて安住する境地のことです。

云何菩薩增上戒住？謂諸菩薩，淨勝意樂為緣，所得性戒相應住。

> 菩薩の増上戒住とは何か。それは、諸々の菩薩が清らかで優れた意楽を縁として得る、本性の戒と相応した住処である。

云何菩薩增上心住？謂諸菩薩，增上戒住清淨為緣，所得世間靜慮、等持、等至住。

> どのようなことが、菩薩の増上心の境地（心の向上したとどまり）なのでしょうか。それは、諸々の菩薩が、戒律をより高めて清らかにすることを縁として、得られる世間における静かな瞑想（静慮）、心の統一（等持）、心の働きが静まった境地（等至）に安住することです。

云何菩薩覺分相應增上慧住？謂諸菩薩，以世間淨智所依等持為所依止，為覺諸諦，於正念住等三十七菩提分法妙簡擇住。

> どのように菩薩は、覚りの部分（菩提分）と対応し、さらに優れた智慧の境地に住するのでしょうか。 それは、諸々の菩薩が、世間の清らかな知恵のよりどころとなる心の統一（等持）を支えとして、真理を覚り知るために、正念住などの三十七の菩提分法について、巧みに観察し、選択して住する、ということです。

云何菩薩諸諦相應增上慧住？謂諸菩薩，覺分簡擇為所依止，於諸諦中如實覺住。

> 菩薩の「諸諦に相応する増上慧の住」とは、どのようなものでしょうか。 それは、菩薩が悟りの要素（覚分）による分別・選択をよりどころとして、さまざまな真理（諦）の中に、あるがままの気づき（如実覚）に安住することです。

云何菩薩緣起流轉止息相應增上慧住？謂諸菩薩，於諦能覺增上力故，簡擇顯示由無智故，苦及因起；簡擇顯示由有智故，苦及因滅住。

> いわゆる「菩薩が縁起の流転と止息に相応した、より高次の智慧の境地」とは、どのようなものか。 それは、菩薩が真理を覚る力を高めることによって、無知があるからこそ苦しみとその原因が生じることを、明確に選び分けて示す。また、智慧があるからこそ苦しみとその原因が滅する境地に安住することを、選び分けて示すのである。

云何菩薩有加行有功用無相住？謂諸菩薩，即由三種增上慧住增上力故，有加行、有功用、無缺無間，於一切法真如無分別慧修俱行住。

> どのような菩薩が、「努力をともない、働きかけを要し、無相の境地に安住する位」なのでしょうか。 それは、菩薩が先の三つの「すぐれた智慧を増上する位」の力を基に、努力をして、働きかけを必要としながらも、欠けることなく途切れることなく、すべてのものごとの真実の姿（真如）に対して、分別を超えた智慧と共に修行をし、その智慧と一体となって安住する位のことです。

云何菩薩無加行無功用無相住？謂諸菩薩，即於前無相住多修習已，任運自然、無缺無間運轉道隨行住。

> どのような菩薩が、努力を必要とせず、わざわざ働きかけなくても、現象のありのままの姿に安住する境地にいるのでしょうか。 それは、菩薩が先に述べた「現象の姿にこだわらない境地」を繰り返し習熟した後、何の努力もせず、自然と、欠けることなく間断なく、道（悟りへの道）に沿って進み、そのままの状態でとどまることをいいます。

云何菩薩無礙解住？謂諸菩薩即以善清淨無動慧等持為所依止，得廣大慧，為他說法；無上為依，能於諸法異門、義趣、釋詞、差別妙簡擇住。

> では、菩薩が「無礙解（むげげ）」の境地に住するとは、どういうことか。 それは、諸々の菩薩が、清らかで動じることのない智慧の集中（等持・とうじ）を拠り所として、広大な智慧を得て、他の人々のために説法することである。 さらに、この上ない真理を拠り所として、あらゆる教えの入り口、意味の趣旨、言葉の説明、その違いについて、巧みに選び取り、正しく判断して、そこに安住するのである。

云何菩薩最上成滿菩薩住？謂諸菩薩安住於此，於菩薩道已到究竟，於阿耨多羅三藐三菩提已得大法灌頂，或一生所繫，或居最後有。從此住無間，即於爾時證覺無上正等菩提，能作一切佛所作事。

> 菩薩の最も優れた完成された境地とは何か。 それは、菩薩がこの境地に安住することで、菩薩としての道において究極に達し、無上正等覚（阿耨多羅三藐三菩提）において大いなる法の灌頂を受けた状態である。そして、一生で結ばれるものであるか、最後の存在としてとどまるかのいずれかである。この境地から間を置かず、その時に無上の正しい悟りを証得し、すべての仏のなすべき働きを成し遂げることができる。

又諸菩薩勝解行住，於菩薩修所作狹小、所作有缺、所作不定，所得有退。極歡喜住，於菩薩修所作廣大、所作無缺、所作決定，隨所獲得無復退轉。如極歡喜住，乃至三種增上慧住，應知亦爾。從初無相住乃至最上成滿菩薩住，於菩薩修所作無量、所作無缺、所作決定，隨所獲得終無退轉。

> さらに、菩薩の勝解行（しょうげぎょう）の位にとどまる者は、菩薩道の修行において、その行いが限られ、欠けている点があり、不安定であり、得たものにも退き（後退）がある。しかし、極歓喜住（ごくかんぎじゅう）の位においては、菩薩の修行において、その行いは広大で、欠けるところがなく、決定的であり、得たものは再び退くことがない。極歓喜住のように、三種の増上慧住（ぞうじょうえじゅう）に至るまでも、同様であると知るべきである。最初の無相住（むそうじゅう）から最上の成満菩薩住（じょうまんぼさつじゅう）に至るまでは、菩薩の修行において、その行いは無限で、欠けるところがなく、決定的であり、得たものは決して退くことがない。

又諸菩薩勝解行住，於菩薩無相修，當知發趣。極歡喜住、增上戒住、增上心住、增上慧住，於菩薩無相修，當知獲得。初無相住，於菩薩無相修，當知圓證。第二無相住，於菩薩無相修，當知清淨。無礙解住、最上成滿菩薩住，於菩薩無相修果，當知領受。

> さらに、菩薩の「勝解行住」とは、無相の修行に入ることと知るべきです。 「極喜住」「増上戒住」「増上心住」「増上慧住」とは、無相の修行を獲得することと知るべきです。 最初の無相住（初地）は、無相の修行を完全に証明することと知るべきです。 第二の無相住（第二地）は、無相の修行を清浄にすることと知るべきです。 「無礙解住」と「最上成満菩薩住」は、無相の修行の果報を受けることと知るべきです。