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title: "大智度論 · 5 住王舍城釋論"
description: "大智度论由古印度龙树菩萨所造，后秦时期著名译经家鸠摩罗什翻译成中文。该论是佛教重要典籍，属于大乘中观学派的核心论著，主要阐释《大品般若经》的深奥义理。全书共一百卷，系统论述了般若空性思想、菩萨修行次第以及六度万行的实践方法，被誉为大乘佛教的百科全书。作为早期大乘佛教的代表性论典，大智度论对汉传佛教思想体系的形成影响深远，尤其为天台宗、华严宗等宗派提供了重要理论依据，在佛教哲学史上占据崇高地位。"
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## 大智度初品中住王舍城釋論第五卷第三

> 大智度初品 住王舍城釈論 第五<note>巻第三</note>

龍樹菩薩造

> 龍樹菩薩による

後秦龜茲國三藏法師鳩摩羅什奉　詔譯

> 後秦の亀茲国三蔵法師鳩摩羅什が詔を奉じて訳す

【經】

> お経

住王舍城。

> 王舎城に住んでおられた。

【論】

> 【論】 論とは、心を

今當說。

> それでは、これより説き明かしましょう。

問曰：

> お尋ねします。

何以不直說般若波羅蜜法，而說「佛住王舍城」？

> どうして般若波羅蜜の教えを直接説かずに、「仏は王舎城に滞在された」と述べられたのでしょうか？

答曰：

> お答えしますと、

說方、時、人，令人心生信故。

> 説法の場、時、相手について述べることにより、人々の心に信を生じさせるからである。

云何名「住」？四種身儀：坐、臥、行、住，是名住。

> 「住」とは何か。四種類の身体の動作—座る、横になる、歩く、立ち止まる—のことを「住」と言う。

又以怖魔軍眾、自令弟子歡喜入種種諸禪定故，在是中住。

> さらにまた、悪魔の軍勢を畏怖させ、自らの弟子たちを喜ばせて様々な禅定に入らせるために、ここに住まうのです。

復次，三種住：天住、梵住、聖住。六種欲天住法，是為天住。梵天等乃至非有想非無想天住法，是名梵住。諸佛、辟支佛、阿羅漢住法，是名聖住。於是三住法中，住聖住法；憐愍眾生故，住王舍城。

> さらに、三種類の住まいがあります。天住、梵住、聖住です。六つの欲界の天に住む方法、これを天住といいます。梵天から非有想非無想天に至るまでの住む方法、これを梵住といいます。諸仏、辟支仏、阿羅漢の住む方法、これを聖住といいます。この三つの住法の中で、聖住に住み、生きとし生けるものを哀れむがゆえに、王舎城に住まわれたのです。

復次，布施、持戒、善心三事，故名天住。慈、悲、喜、捨四無量心，故名梵住。空、無相、無作，是三三昧名聖住。聖住法，佛於中住。

> また、布施・戒律を守ること・善き心の三つは、「天の住処」と呼ばれます。慈・悲・喜・捨の四無量心は、「梵天の住処」と呼ばれます。空・無相・無作の三三昧は、「聖者の住処」と呼ばれます。この聖者の住処の法に、仏はお住まいになるのです。

復次，四種住：天住、梵住、聖住、佛住。三住，如前說。佛住者，首楞嚴等諸佛無量三昧、十力、四無所畏、十八不共法、一切智等種種諸慧，及八萬四千法藏度人門。如是等種種諸佛功德是佛所住處，佛於中住。

> さらに、四つの住（安住の境地）があります。天住、梵住、聖住、佛住です。このうち三つの住については、先に述べた通りです。佛住とは、首楞厳（しゅりょうごん）の三昧をはじめとする、諸仏の無量の三昧（さんまい）、十力（じゅうりき）、四無所畏（しむしょい）、十八不共法（じゅうはちふぐほう）、一切智（いっさいち）などの数々の智慧、そして八万四千の法蔵（ほうぞう）による人々を救済する教えの門を指します。このような諸仏の無量の功徳が、仏の住まうところであり、仏はここに安住されています。

略說「住」竟。

> 「住」についての概略の説明を終わります。

「王舍城」者。

> 王舎城（ラージャグリハ）のことです。

問曰：

> お尋ねします。

如舍婆提、迦毘羅婆、波羅㮏大城皆有諸王舍，何以故獨名此城為王舍？

> なぜ、「王舎城（おうしゃじょう）」だけが特にそう呼ばれるのでしょうか？ 舎衛城（しゃえきじょう）、迦毘羅衛城（かびらえじょう）、波羅奈城（はらなじょう）など、他の大きな都にもそれぞれ王の宮殿はありました。

答曰：

> お答えしますと、

有人言：「是摩伽陀國王有子，一頭，兩面，四臂。時人以為不祥，王即裂其身首，棄之曠野。羅剎女鬼名梨羅，還合其身而乳養之。後大成人，力能并兼諸國，王有天下，取諸國王萬八千人置此五山中。以大力勢治閻浮提，閻浮提人因名此山為王舍城。」

> ある人が言いました。「マガダ国の王に一人の王子がいた。頭が一つで、顔が二つ、腕が四つあった。当時の人々はこれを不吉な兆しと考え、王はその王子の体を引き裂き、首を切り落として、野原に捨てた。すると、梨羅という名の羅刹女が現れ、その体をもとのままに組み合わせ、乳を与えて育てた。その後、王子は見事に成長し、その力は諸国を併合するほどになった。ついに王は天下を治め、諸国の王一万八千人を捕らえ、この五山の中に置いた。その強大な力で閻浮提を治めたため、閻浮提の人々はこの山を王舎城と名付けた。」

復次，有人言：「摩伽陀王先所住城，城中失火，一燒一作，如是至七。國人疲役，王大憂怖，集諸智人問其意故。有言：『宜應易處。』王即更求住處，見此五山周匝如城，即作宮殿於中止住，以是故名王舍城。」

> また、こういう話もある。マガダ王が昔住んでいた町で、たびたび火災が起き、焼けては作り直すことが七度も続いた。国中の人々は疲れ果て、王は大きな憂いと恐れを抱き、知恵のある者たちを集めて理由を尋ねた。ある者が言った。「場所を変えるべきです。」そこで王は新たな住まいを探し、この五つの山が城のように周りを囲んでいるのを見つけ、そこに宮殿を建てて住んだ。そのため、この町を「王舎城」と呼ぶようになった。

復次，往古世時，此國有王名婆藪，心厭世法，出家作仙人。

> さらに、遠い昔の話です。この国にバス（婆藪）という名の王がおりました。彼は世俗の生き方を厭い、出家して仙人となりました。

是時居家婆羅門與諸出家仙人共論議。

> ある時、在家のバラモンが、出家の仙人たちと共に議論を交わしました。

居家婆羅門言：「經書云：『天祀中，應殺生噉肉。』」

> 在家の婆羅門が言いました。「経典には、『天への祭祀においては、生き物を殺し、その肉を食べるべきである』と書かれています。」

諸出家仙人言：「不應天祀中殺生噉肉。」共諍云云。

> ある出家修行者たちは言った。「天の祭祀において、生き物を殺してその肉を食べるべきではない。」彼らは互いに論じ合った、と。

諸出家婆羅門言：「此有大王出家作仙人，汝等信不？」

> ある出家したバラモンたちが言った。「こちらには、王位を捨てて仙人となった偉大な王がおられる。お前たちは、これを信じるか？」

諸居家婆羅門言：「信。」

> 在家のバラモンたちは言った。「信じます。」

諸出家仙人言：「我以此人為證，後日當問。」

> ある修行者たちが言った。「この方を証人として立てよう。後日、必ず問いただす。」

諸居家婆羅門即以其夜先到婆藪仙人所，種種問已，語婆藪仙人：「明日論議，汝當助我。」

> ある夜、在家のバラモンたちは先に婆藪仙人のもとを訪れ、様々な質問をした後、こう言った。「明日の論議の際には、あなたも我々を助けてください。」

如是明旦論時，諸出家仙人問婆藪仙人：「天祀中應殺生噉肉不？」

> ある日の朝の議論のとき、出家の仙人たちが婆藪仙人に問うた。「天の祭祀において、生き物を殺し、その肉を食べてもよいのでしょうか？」

婆藪仙人言：「婆羅門法，天祀中應殺生噉肉。」

> バシュ仙人は言った。「バラモンの教えでは、天への祭祀の際に生き物を殺し、その肉を食べることが許されている。」

諸出家仙人言：「於汝實心云何？應殺生噉肉不？」

> ある修行者たちが問いかけた。「あなたの本当の心はどうなのですか？生き物を殺し、肉を食べることをすべきなのですか？」

婆藪仙人言：「為天祀故，應殺生噉肉。此生在天祀中死故，得生天上。」

> バス仙人は言いました。「天の祭祀のためには、生き物を殺してその肉を食べるべきです。これらの生き物は天の祭祀の中で死ぬからこそ、天界に生まれ変わることができるのです。」

諸出家仙人言：「汝大不是！汝大妄語！」即唾之言：「罪人滅去。」是時，婆藪仙人尋陷入地沒踝，是初開大罪門故。

> ある仙人が彼に言った。「あなたは大きな間違いを犯した。大嘘をついている！」そして唾を吐きかけて言った。「罪人よ、立ち去れ。」その時、婆藪仙人は地面に足首まで沈み始めた。これが初めて大きな罪の門を開いたからである。

諸出家仙人言：「汝應實語，若故妄語者，汝身當陷入地中。」

> ある仙人たちが修行者にこう言いました。 「本当のことを言いなさい。もしこれ以上、うそをつくなら、あなたの体は地中に沈んでしまうでしょう。」

婆藪仙人言：「我知為天故殺羊、噉肉無罪。」即復陷入地至膝，如是漸漸稍沒至腰，至頸。

> 婆藪仙人は言いました。「私は天のために羊を殺し、肉を食べても罪はないと知っている。」するとたちまち地に膝まで沈み、次第に腰まで、首まで沈んでいきました。

諸出家仙人言：「汝今妄語得現世報，更以實語者，雖入地下，我能出汝，令得免罪。」

> ある修行者たちが言った。「お前は今、偽りの言葉によって現世の報いを受けたのだ。もし真実の言葉に改めるなら、たとえ地下に落ちようとも、わたしはお前を救い出し、罪を免れさせることができる。」

爾時，婆藪仙人自思惟言：「我貴重人，不應兩種語。又婆羅門四圍陀法中，種種因緣讚祀天法，我一人死，當何足計！」一心言：「應天祀中殺生、噉肉無罪。」

> そのとき、婆藪仙人は自らこう考えた。「私は身分の高い者である。二つの異なる言葉を語るべきではない。また、バラモンの四ヴェーダの教えの中には、様々な因縁をもって天への祭祀を讃える方法がある。私一人が死ぬことなど、何ほどのこともない。」こう心に決めて言った。「天の祭祀においては、生き物を殺し、その肉を食べても罪はない。」

諸出家仙人言：「汝重罪人！催去！不用見汝！」於是舉身沒地中。從是以來乃至今日，常用婆藪仙人王法，於天祀中殺羊，當下刀時言：「婆藪殺汝。」

> ある仙人たちが言いました。「おまえは重い罪を犯した者だ。立ち去れ！おまえの顔など見たくない！」すると、その者の全身は地中に沈み込んだ。それ以来今日に至るまで、バシュ仙人王の法を用いて、天の祭祀の際に羊を殺すとき、刃を下ろす際に「バシュがおまえを殺す」と言うようになった。

婆藪之子，名曰廣車，嗣位為王，後亦厭世法，而復不能出家。如是思惟：「我父先王出家，生入地中，若治天下，復作大罪，我今當何以自處？」如是思惟時，聞空中聲言：「汝若行見難值希有處，汝應是中作舍住。」作是語已，便不復聞聲。未經幾時，王出田獵，見有一鹿走疾如風，王便逐之，而不可及，遂逐不止，百官侍從無能及者。轉前見有五山，周匝峻固，其地平正，生草細軟，好華遍地，種種林木、華果茂盛，溫泉、涼池皆悉清淨。其地莊嚴，處處有散天華、天香，聞天伎樂。

> ヴァースの子、名を広車といい、王位を継いだ。後に彼も世俗の生き方に厭い、出家を望んだが、それができなかった。彼はこう考えた。「我が父、先王は出家し、生きながら地中に入った。もし私が天下を治めるならば、大きな罪を再び犯すことになる。今、私はどう身を処すべきか。」そう考えていると、空から声が聞こえた。「もし行く先に、めったに見ることのできない稀有な場所に出会ったなら、そこに家を建てて住みなさい。」この言葉を聞いた後、声は聞こえなくなった。それから間もなく、王は狩りに出かけた。風のように速く走る一頭の鹿を見つけ、王はそれを追ったが、追いつけず、執拗に追い続けた。百官や従者たちは誰一人として追いつけなかった。やがて先に進むと、五つの山があり、周囲は険しく堅固で、その地は平らで柔らかな短い草が生え、美しい花が一面に咲き、様々な木々や花々、果実が豊かに茂っていた。温泉や涼しい池はすべて清らかで、その地は荘厳で、至る所に天の花や香が散り、天の楽器の音が聞こえた。

爾時，乾闥婆伎適見王來，各自還去。「是處希有，未曾所見，今我正當在是中作舍住。」如是思惟已，群臣百官尋跡而到。

> その時、天人の楽人である乾闥婆（けんだつば）たちは王が来るのを見ると、それぞれ立ち去っていきました。 王は「この場所は何と珍しく、かつて見たこともない。今こそ、ここに家を建てて住もう」と考えました。 このように思っていると、やがて家来や多くの役人たちが、その足跡をたどってやって来ました。

王告諸臣：「我前所聞空中聲言：『汝行若見希有難值之處，汝應是中作舍住。』我今見此希有之處，我應是中作舍住。」即捨本城，於此山中住。是王初始在是中住，從是已後次第止住。是王元起造立宮舍，故名王舍城。

> 王は臣たちに告げた。「私はかつて、虚空からの声でこう聞いた。『あなたが旅をする中で、もしめったに見ることのない、貴重な場所に出会ったなら、そこに家を建てて住みなさい』と。今、私はこのめったにない素晴らしい場所を見つけた。ここに家を建てて住もう。」そして、もとの城を捨て、この山の中に住まわれた。この王が最初にこの地に住まわれ、それ以来、次々と人々が住み着くようになった。この王によって宮殿や家々が建て始められたことから、この地は「王舎城」と呼ばれるようになった。

略說王舍城本起竟。

> 王舎城の起こりについて、かいつまんでお話ししました。

【經】

> お経

耆闍崛山中。

> 耆闍崛山の中で。

【論】

> 【論】 論とは、心を

「耆闍」名鷲，「崛」名頭。

> 「耆闍」は鷲（わし）、「崛」は頭を意味します。

問曰：

> お尋ねします。

何以名鷲頭山？

> なぜ鷲頭山（じゅとうせん）と呼ばれるのでしょうか？

答曰：

> お答えしますと、

是山頂似鷲，王舍城人見其似鷲故，共傳言鷲頭山，因名之為鷲頭山。

> この山の頂上が鷲（わし）に似ているため、王舎城（おうしゃじょう）の人々が「鷲に似ている」と言い合い、いつしか「鷲頭山（じゅとうせん）」と呼ばれるようになりました。そして、それが正式な名前となったのです。

復次，王舍城南屍陀林中，多諸死人，諸鷲常來噉之，還在山頭，時人遂名鷲頭山。

> さらに、王舎城の南にある屍陀林（しだりん）には、たくさんの死者がおり、多くのハゲタカが常にそれを食べに来て、また山頂へと戻っていました。そこで人々はこの山を「鷲頭山（じゅとうさん）」と呼ぶようになりました。

是山於五山中最高大，多好林水，聖人住處。

> この山は五つの山の中で最も高く大きく、美しい林や水が多く、聖人たちの住まいとなっている。

問曰：

> お尋ねします。

已知耆闍崛山義，佛何以故住王舍城？

> 仏陀が耆闍崛山（ぎしゃくしゅせん）の意義をご存知でありながら、なぜあえて王舎城（おうしゃじょう）にお住まいになったのでしょうか？

諸佛法普慈一切，如日照萬物，無不蒙明。

> あらゆる仏の教えは、すべてのものに広く慈しみを施します。それは太陽が万物を照らし、その光を受けないものがないのと同じです。

如漚祇尼大城、富樓那跋檀大城、阿藍車多羅大城、弗迦羅婆多大城，如是等大城，多人豐樂而不住；何故多住王舍城、舍婆提大城？

> 例えば、オーギニ大城、フルナバンダン大城、アランシャタラ大城、フカラバダ大城といった大都市には、多くの人が住み豊かで楽しい生活を送っているのに、なぜお釈迦様はそこに長く留まらず、王舎城や舎衛城といった大都市に多く滞在されたのでしょうか？

波羅柰、迦毘羅婆、瞻婆、婆翅多、拘睒鞞、鳩樓城等，雖有住時，而多住王舍城、舍婆提。云何知多住二處？見佛諸經多在二城說，少在餘城。

> バラナシ、カピラヴァストゥ、チャンパー、バクティ、 コーシャンビー、クルといった町々にも滞在することはあったが、仏陀はもっぱらラージャグリハとシュラーヴァスティーの二つの都に滞在された。なぜこの二つの地に多くおられたと分かるのか。仏陀の諸経典の多くがこの二つの都で説かれているのを見れば明らかである。他の町で説かれた経典は少ない。

答曰：

> お答えしますと、

佛雖大慈等及，以漚祇尼等諸大城是邊國故不住。

> 仏は限りない慈しみをもってすべてを平等に包むけれども、オーギニのような大都市は辺境の地であるため、あえてそこにはとどまらなかった。

又彌離車弊惡人多，善根未熟故。如偈說：

> また、弥離車（野蛮人）のような悪しき人々は多く、善根が未だ熟していないからです。たとえば、偈に説かれている通りです。

「如日光等照， 華熟則時開；若華未應敷， 則亦不強開。佛亦復如是， 等心而說法，善根熟則敷， 未熟則不開。以是故世尊， 住三種人中，利智善根熟， 結使煩惱薄。」

> 〈行〉 「太陽の光はすべての花に等しく降り注ぐが、 花が熟せばその時に開き、 もし花がまだ開く時でなければ、 無理に開かせることはない。 仏様もまた同じように、等しい心で法を説かれる。 善根が熟せば花開き、 未熟ならば開くことはない。 それゆえ、世尊は三種の人々の間にあって、 智慧が鋭く善根が熟し、 煩悩の結びつきが薄い者にのみ説かれるのである。」

復次，知恩故，多住王舍城、舍婆提城。

> さらに、恩を感じ知るがゆえに、王舎城や舎衛城に長く住まれたのです。

問曰：

> お尋ねします。

云何知恩故多住二城？

> どのようにして恩を知るがゆえに、しばしば二つの城にとどまるのか。

答曰：

> お答えしますと、

憍薩羅國是佛所生地。如佛答頻婆娑羅王偈說：

> コーサラ国は、仏がお生まれになった土地です。仏がビンビサーラ王に偈（詩）でお答えになったとおりです。

「有好妙國土， 在於雪山邊，豐樂多異寶， 名曰憍薩羅。日種諸釋子， 我在是中生，心厭老病死， 出家求佛道。」

> 「この世に妙なる国あり、雪山のほとりに在り。 豊かにして楽しみ多く、様々な宝に富めり。その名をコーサラという。 日種（にっしゅ）の釈迦の一族の子として、我はこの国に生まれし。 老い・病・死を厭い、仏の道を求めて出家せり。」

又是憍薩羅國主波斯匿王，住舍婆提大城中；佛為法王，亦住此城，二主應住一處故。

> さらに、コーサラ国の王であるパセーナディ王は、サーヴァッティーの大城に住んでいた。 仏陀は法の王として、同じくこの城に住まわれた。これは、二人の主が同じ場所に住むべき理由による。

復次，是憍薩羅國，佛生身地，知恩故，多住舍婆提。

> さらに、このコーサラ国は、仏陀が生まれた地である。恩を重んじるがゆえに、仏陀はしばしば舎衛城に滞在された。

問曰：

> お尋ねします。

若知恩故多住舍婆提者，迦毘羅婆城近佛生處，何不多住？

> もし恩を知るがゆえに舎婆提（シュラーヴァスティー）に多く住まわれたのなら、仏がお生まれになったカピラヴァストゥ（迦毘羅婆城）はもっと近いのに、なぜそこには多くお住まいにならなかったのだろうか？

答曰：

> お答えしますと、

佛諸結盡無復餘習，近諸親屬亦無異想；然釋種弟子多未離欲，若近親屬則染著心生。

> 仏はすべての煩悩を尽くし、もはや習いの残りもありません。そのため、親族に近づいても、特別な心は生じません。しかし、釈迦族の弟子たちの多くは、まだ欲望から離れていません。もし親族に近づけば、執着の心が生じてしまうのです。

問曰：

> お尋ねします。

何以不護舍婆提弟子，而多住舍婆提？

> なぜ世尊は、舎衛城の弟子たちを直接守ろうとせずに、舎衛城に長く滞在されたのでしょうか。

答曰：

> お答えしますと、

迦毘羅婆弟子多。佛初還國，迦葉兄弟千比丘，本修婆羅門法，苦行山間，形容憔悴。父王見之，以此諸比丘不足光飾世尊，即選諸釋貴人子弟，兼人、少壯，戶遣一人，強令出家。其中有善心樂道，有不樂者，此諸釋比丘不應令還本生處。舍婆提弟子輩不爾，以是故佛多住舍婆提，不多住迦毘羅婆。

> 迦毘羅衛国の釈迦族の弟子たちは多くがいましたが、仏陀が初めて祖国にお帰りになられた時、迦葉三兄弟とその千人の比丘たちは、もともとバラモンの道を修行していたため、山中で苦行を積み、その姿はやつれていました。父王である浄飯王がこれを見て、「これらの比丘たちは世尊の威光を十分に飾るものではない」と考え、釈迦族の貴族の子弟たちの中から、見目の良い若者を各家から一人ずつ選び、無理やり出家させました。その中には心から仏道を喜び学ぶ者もいれば、そうでない者もいました。これらの釈迦族の比丘たちは、もとの生まれ故郷に帰すべきではありません。舎衛国の弟子たちはそうではなかったため、仏陀は舎衛国に長く滞在され、迦毘羅衛国にはあまり長くおられなかったのです。

復次，出家法應不近親屬，親屬心著，如火、如蛇。居家婆羅門子為學問故，尚不應在生處，何況出家沙門！

> さらに、出家者は親族に近づいてはなりません。親族への執着は、火や蛇のように危険なものです。在家のバラモンの子でさえ、学問の故に生まれ育った場所に留まるべきではないのに、ましてや出家の沙門であるならなおさらです。

復次，如舍婆提城大，迦毘羅婆不爾。舍婆提城九億家，是中若少時住者，不得度多人，以是故多住。

> また、舎衛城は大都市ですが、カピラ城はそうではありません。舎衛城には九億の家があり、そこに短期間滞在しただけでは、多くの人々を救うことはできません。そのため、長時間滞在されたのです。

復次，迦毘羅婆城中佛生處，是中人已久習行，善根熟，利智慧，是中佛少時住說法，不須久住，度已而去。

> さらに、カピラ城（仏陀誕生の地）では、人々はすでに長い修行を積み、善根が熟し、智慧も鋭くなっていました。そのため、仏陀はそこに長く留まる必要はなく、しばらく説法をされた後、人々を悟りへ導いてから去っていかれました。

舍婆提人，或初習行，或久習行；或善根熟，或善根未熟；或利根，或不利根。多學種種經書故，研心令利，入種種邪見網中，事種種師，屬種種天。雜行人多，以是故佛住此久。

> 舎衛国の人々は、修行を始めたばかりの人もいれば、長く修行を積んだ人もいます。善根が成熟している人もいれば、まだ成熟していない人もいます。鋭い根器の人もいれば、そうでない人もいます。様々な経典や書物を多く学んだために心が研ぎ澄まされ、様々な邪見の網に絡め取られ、様々な師に仕え、様々な天に帰依しています。混ざり合った修行者が多いため、それゆえに仏はこの地に長く滞在されたのです。

如治癰師，知癰已熟，破出膿，與藥而去；若癰未熟，是則久住塗慰。佛亦如是，若弟子善根熟，教化已，更至餘處；若可度弟子善根未熟，則須久住。

> 治癒師が、腫れ物が熟したのを見て、切開して膿を出し、薬を与えて去るように、もし腫れ物が熟していなければ、そこに長く留まって塗り薬を施すのと同じです。 仏もまた同じです。もし弟子の善根が熟していれば、教え導いた後、別の場所へ向かいます。しかし、もし導くべき弟子の善根がまだ熟していなければ、長く留まっていなければならないのです。

佛出世間，正為欲度眾生，著涅槃境界安隱樂處故，是故多住舍婆提，不多住迦毘羅婆。

> 仏がこの世に現れたのは、まさに一切の生きとし生けるものを救い、涅槃という安らぎの境地へと導くためです。だからこそ、多くの時間を舎衛国で過ごし、カピラ城には長く滞在されなかったのです。

佛於摩伽陀國尼連禪河側漚樓頻螺聚落，得阿耨多羅三藐三菩提，成就法身故，多住王舍城。

> 仏はマガダ国の尼連禅河のほとり、ウルヴェーラ村にて、阿耨多羅三藐三菩提（完全なる悟り）を得られました。法の身を成就されたため、多くは王舎城にお住まいになりました。

問曰：

> お尋ねします。

已知多住王舍城、舍婆提因緣，於此二城，何以多住王舍城？

> 多くは王舎城に滞在されました。では、なぜ舎衛城よりも王舎城を多く選ばれたのでしょうか。

答曰：

> お答えしますと、

以報生地恩故，多住舍婆提，一切眾生皆念生地。如偈說：

> 生地の恩に報いるため、世尊は多く舎婆提（シュラーヴァスティー）に滞在されました。すべての生きとし生けるものは、自らの生まれ故郷を懐かしむものです。偈にこうあります。

「一切論議師， 自愛所知法；如人念生地， 雖出家猶諍。」

> 「あらゆる論師たちは、 自らの愛する教えを守る。 それは、人が故郷を懐かしむように、 出家してもなお争いをやめないのだ。」

以報法身地恩故，多住王舍城，諸佛皆愛法身故。如偈說：

> 法身の地における恩に報いるため、しばしば王舎城に滞在されました。諸仏はみな法身を愛されるからです。偈に説くように―

「過去、未來， 現在諸佛， 供養法身，師敬尊重。」

> 過去、未来、現在のあらゆる仏陀は、 法身を供養し、 師として敬い、大切にされます。

法身於生身勝故，二城中多住王舍城。

> 法身は生身よりも優れているため、二つの都のうち、王舎城に多く住まれた。

復次，以坐禪精舍多故，餘處無有。如竹園、鞞婆羅跋恕、薩多般那求呵、因陀世羅求阿、薩簸恕魂直迦鉢婆羅。王舍城有五精舍，竹園在平地；餘國無此多精舍。

> さらに、坐禅のための精舎が多くあるため、他の場所にはありません。例えば、竹林精舎、ビプラヴァルシャ（毘婆羅跋恕）、サタパンナグハ（薩多般那求呵）、インドラシラグハ（因陀世羅求阿）、サプタパルナ・グーハ（薩簸恕魂直迦鉢婆羅）などです。王舎城には五つの精舎があり、竹林精舎は平地にあります。他の国々にはこのように多くの精舎はありません。

舍婆提一處，祇洹精舍；更有一處，摩伽羅母堂，更無第三處。

> 舎衛国には、祇園精舎が一か所と、もう一か所は摩伽羅母堂（マガラの母の堂）があり、それ以外に第三の場所はありません。

婆羅奈斯國一處，鹿林中精舍，名梨師槃陀那。

> バラナシ国の、鹿の林の中にある精舎は、「リシパタナ」と呼ばれています。

毘耶離二處：一名摩呵槃，二名彌猴池岸精舍。

> 毘耶離には二つの場所があります。一つはマハー・ヴァーナ（大林）と呼ばれる場所、もう一つは猿の池の岸にある精舎です。

鳩睒彌一處，名劬師羅園。

> コーサンビーという場所に、クシトラ（クシロー）という名の園林があります。

如是諸國，或一處有精舍，或空樹林。

> このように、様々な国のうちには、ある場所には修行のための建物（精舎）があり、またある場所には、何もない林があるだけの場合もあるのです。

以王舍城多精舍，坐禪人所宜，其處安隱，故多住此。

> 王舎城には多くの精舎があり、坐禅をする人にとってふさわしい場所でした。その地は安らかで穏やかだったため、多くの人々がここに住みました。

復次，是中有富那羅等六師，自言我是一切智人，與佛為對；及長爪梵志，婆蹉姓、拘迦那大等，皆外道大論議師；及長者尸利崛多，提婆達多、阿闍貰等，是謀欲害佛，不信佛法，各懷嫉妬！有是人輩故，佛多住此。譬如毒草生處，近邊必有良藥。

> さらにまた、ここには富那羅（プーラナ）など六人の師がおり、彼らは「我こそが一切智を得た者である」と自称して仏陀と対立しました。また、長爪梵志（ディーガナカ）、婆蹉姓の者（ヴァッチャ族）、拘迦那大（ゴーカナダ）などは、いずれも外道の大論師たちです。さらに、長者の尸利崛多（スリグプタ）、提婆達多（デーヴァダッタ）、阿闍貰（アジャータシャトル）などは、仏陀を害そうと謀り、仏法を信じず、それぞれ嫉妬の心を抱いていました。このような人々がいるからこそ、仏陀はしばしばこの地に留まられたのです。たとえば、毒草が生える場所の近くには、必ず良薬があるようなものです。

如偈說：

> 次のように偈で説かれています。

「譬如師子， 百獸之王； 為小虫吼，為眾所笑。 若在虎狼， 猛獸之中，奮迅大吼， 智人所可。

> 譬えば獅子は、百獣の王である。 小さな虫に向かって吼えれば、皆に笑われる。 しかし虎や狼などの猛獣の中で、 奮い立ち大声で吼えるならば、それは賢者に称えられる。

「諸論議師如猛虎， 在此眾中無所畏；大智慧人多見聞， 在此眾中最第一。」

> 「様々な論を立てる者たちは猛虎のように恐ろしいが、 この集まりの中では何の恐れもない。 大いなる智慧を持つ人は、多くを見聞きし、 この集まりの中で最も優れている。」

以是大智多聞人皆在王舍城故，佛多住王舍城。

> それゆえ、大いなる智慧と多聞（多くの教えを聞く）の人々が皆、王舎城に集まっていたので、仏もまた多くの場合、王舎城に滞在されたのです。

復次，頻婆娑羅王到伽耶祀舍中迎佛，及餘結髮千阿羅漢。是時佛為王說法，得須陀洹道，即請佛言：「願佛及僧就我王舍城，盡形壽受我衣被、飲食、臥具、醫藥，給所當得。」佛即受請，是故多住王舍城。

> また、ビンビサーラ王がガヤの祠に赴き、仏と、残る結髪の千人の阿羅漢たちを出迎えました。そのとき仏が王のために法を説かれたところ、王は須陀洹（預流果）の道を得ました。そしてすぐに仏に申し上げました。「どうか仏と僧団の皆さまは、私の王舎城にお越しください。生涯にわたり、衣・食・寝具・薬を差し上げ、必要なものをすべてお支えいたします。」 仏はその請けを受け入れられました。それゆえに、しばしば王舎城におられたのです。

復次，閻浮提四方中，東方為始，日初出故；次第南方、西方、北方。東方中，摩伽陀國最勝。摩伽陀國中，王舍城最勝，是中有十二億家。

> また、閻浮提（えんぶだい）の四方について言えば、東方を始めとします。なぜなら、日が初めて昇るからです。次に南方、西方、北方の順です。 東方の中でも、マガダ国が最も優れています。マガダ国の中では、王舎城（おうしゃじょう）が最も優れており、そこには十二億の家があります。

佛涅槃後，阿闍貰王以人民轉少故，捨王舍大城，其邊更作一小城，廣長一由旬，名波羅利弗多羅，猶尚於諸城中最大，何況本王舍城！

> 仏が涅槃に入られた後、アジャータシャトル王は人民の数が減ったために、ラージャグリハの大城を捨て、その辺りに新たに一つの小城を造りました。その城の広さは長さ一由旬で、名をパータリプトラといいます。それでも諸々の城の中では最も大きく、ましてや元のラージャグリハの大城はなおさらです。

復次，是中人多聰明，皆廣學多識，餘國無此。

> さらに、この国（インド）の人々は賢く、幅広く学び多くの知識を持っています。他の国にはこのような人々はおりません。

復次，有人應得道者，待時、待處、待人。佛豫知釋提桓因及八萬諸天，應在摩伽陀國石室中得道，是故佛多住王舍城。

> さらに、悟りを得るべき人がいて、その人には適切な時、場所、そして人が必要です。仏は、帝釈天と八万の天人が、マガダ国の石窟の中で悟りを得るべき時を予知しておられました。そのため、仏はしばしば王舎城に滞在されたのです。

復次，其國豐樂，乞食易得，餘國不如。又以三因緣故：

> さらに、その国は豊かで安らかであり、托鉢すれば簡単に食べ物が得られるため、他の国々はかなわない。また、三つの理由があるからである。

一者、頻婆娑羅王約勅宮中常作千比丘食。

> 第一に、ビンビサーラ王は宮中で常に千人の比丘のために食事を用意するよう命じられました。

二者、樹提伽雖人中生，常受天富樂；又多富貴諸優婆塞。

> 二つ目。樹提伽（じゅだいが）は、人間として生まれながら、常に天界のような豊かな楽しみを受けていた。また、多くの裕福な優婆塞（在家の修行者）たちも同様であった。

三者、阿波羅邏龍王善心受化，作佛弟子，除世飢饉故，常降好雨，是故國豐。

> 三つ目は、アバララ竜王が善心をもって教えを受け入れ、仏の弟子となりました。世の中の飢饉を取り除くために、常に良い雨を降らせたので、国は豊かになりました。

如佛涅槃後，長老摩呵迦葉欲集法，思惟：「何國豐樂，乞食易得，疾得集法？」如是思已，憶王舍城中，頻婆娑羅王約勅常設千比丘食。頻婆娑羅王雖死，此法不斷，是中食易得，易可集法，餘處無如是常供。若行乞食時，諸外道來共論議，若共論議，集法事廢；若不共論，便言諸沙門不如我。如是思惟，擇取最上千阿羅漢，將就耆闍崛山，集結經藏。

> お釈迦様が涅槃に入られた後、長老のマハーカッサパ（摩訶迦葉）は教えを編纂しようと考えました。彼は思いました。「どの国が豊かで楽しく、托鉢で食べ物が得やすく、速やかに編纂できるだろうか？」 こう考えて、彼は思い出しました。王舎城では、ビンビサーラ王（頻婆娑羅王）が常に千人の比丘に食事を供えるよう命じていたことを。ビンビサーラ王は亡くなりましたが、この習慣は絶えず続いていました。そこでは食べ物が得やすく、編纂も容易に行えました。他の場所には、このような常設の供養はありませんでした。 さらに、托鉢に出かければ、様々な外道がやって来て議論を挑んでくるでしょう。もし議論に応じれば、教えの編纂が遅れてしまいます。議論しなければ、彼らは「修行者たちは我々に及ばない」と言うでしょう。 こう考えた末に、マハーカッサパは最も優れた千人の阿羅漢を選び、彼らと共にギッジャクータ山（耆闍崛山）へ向かい、経典の編纂を行いました。

以是三因緣，故知摩伽陀國乞食易得。

> この三つの理由があるからこそ、マガダ国では托鉢が容易に叶うと知るべきである。

如《阿含》及《毘尼》中說，言毘耶離國時時有飢餓。如《降難陀婆難陀龍王兄弟經》中說，舍婆提國飢餓，餘諸國亦時時有飢餓；摩伽陀國中無是事，以是故知摩伽陀國豐樂，乞食易得。

> 『阿含経』や『毘尼』にもあるように、毘耶離国ではしばしば飢饉が起こりました。また『降難陀婆難陀龍王兄弟経』には、舎衛国で飢饉があったと説かれ、他の国々でも時折飢饉が起こりました。しかし、摩伽陀国ではそのようなことはありませんでした。このことから、摩伽陀国は豊かで平穏な国であり、托鉢で食べ物を得ることも容易だったとわかります。

復次，王舍城在山中閑靜；餘國精舍平地故，多雜人入出，來往易故不閑靜。

> また、王舎城は山中にあって静かで閑静です。一方、他の国の精舎は平地にあるため、様々な人々が出入りしやすく、往来も多いので閑静ではありません。

又此山中多精舍，諸坐禪人、諸聖人皆樂閑靜，多得住中；佛是聖人、坐禪人主，是故多住王舍城。如是等種種因緣，故多住王舍城。

> また、この山中には多くの精舎（修行の場）があり、坐禅をする人々や聖人たちは皆、静けさを好み、多くがそこに滞在することができました。仏は聖人であり、坐禅をする人々の主であるため、特に王舎城に多く滞在されたのです。このような様々な理由から、世尊は王舎城に長くおられたのでした。

問曰：

> お尋ねします。

若住王舍城，可爾。何以不多住竹園，而多住耆闍崛山？

> 王舎城に住むのであれば、それでよい。しかし、なぜ竹園に多く住まずに、耆闍崛山に多く住んだのだろうか。

答曰：

> お答えしますと、

我已答，聖人、坐禪人樂閑靜處。

> すでに答えました。聖者や坐禅をする人は、閑静な場所を楽しむものです。

問曰：

> お尋ねします。

餘更有四山，鞞婆羅跋恕等，何以不多住，而多住耆闍崛山？

> さらに、他にも四つの山々（鞞婆羅山や跋恕山など）があるのに、なぜ世尊はこれらの地に長く留まらず、特に耆闍崛山（ぎしゃくつせん）に長く住まわれたのでしょうか。

答曰：

> お答えしますと、

耆闍崛山於五山中最勝故。云何勝？耆闍崛山精舍近城，而山難上，以是故雜人不來；近城故，乞食不疲。以是故，佛多在耆闍崛山中，不在餘處。

> 霊鷲山は五つの山の中で最も優れています。なぜ優れているのでしょうか？霊鷲山の精舎は町に近く、しかし山は登りにくいため、雑多な人が来ません。町に近いので、托鉢で疲れることもありません。これらの理由から、仏陀はよく霊鷲山におられ、他の場所にはあまりおられませんでした。

復次，長老摩訶迦葉於耆闍崛山集三法藏，可度眾生度竟，欲隨佛入涅槃；清朝著衣持鉢，入王舍城乞食已，上耆闍崛山，語諸弟子：「我今日入無餘涅槃。」如是語已，入房結加趺坐，諸無漏禪定自熏身。

> さて、長老マハーカシャパは、耆闍崛山（ぎじゃくっせん）にて三つの法蔵を集め、人々を救い終えた後、仏に従って涅槃に入ろうとしました。ある早朝、衣をまとい鉢を持って、王舎城（おうしゃじょう）に入り托鉢を済ませると、耆闍崛山に登り、弟子たちに告げました。「私は今日、無余涅槃（むよねはん）に入る」と。こう言うと、部屋に入って結跏趺坐（けっかふざ）し、あらゆる煩悩を断ち切った禅定をもって、自らの身を静かに清めました。

摩訶迦葉諸弟子入王舍城，語諸貴人：「知不？尊者摩訶迦葉今日入無餘涅槃。」

> 摩訶迦葉の弟子たちは王舎城に入り、貴人たちに語りました。「ご存じですか？ 尊者摩訶迦葉は本日、無余涅槃に入られました。」

諸貴人聞是語，皆大愁憂言：「佛已滅度，摩訶迦葉持護佛法，今日復欲入無餘涅槃！」諸貴人、諸比丘晡時皆共集耆闍崛山。

> 貴人たちはこの言葉を聞いて、皆ひどく悲しみ、「仏はすでに入滅され、マハーカッサパが仏法を守り伝えてきたのに、今また彼も無余涅槃に入ろうとされている！」と言った。そして貴人たちと比丘たちは、夕方になると皆、集まってギリビ山に赴いた。

長老摩訶迦葉晡時從禪定起，入眾中坐，讚說無常：「諸一切有為法，因緣生故無常；本無今有、已有還無故無常。因緣生故無常，無常故苦，苦故無我，無我故，有智者不應著我我所；若著我我所，得無量憂愁苦惱。一切世間中，心應厭求離欲。」

> 長老大迦葉が夕方に坐禅から立ち、大勢の中に座って、無常について次のように讃えて説いた。 「あらゆる因縁によって生じるものは、すべて無常である。もともと無かったものが今現れ、すでにあったものは消え去るからだ。因縁によって生じるから無常であり、無常であるから苦しみであり、苦しみであるから私（永遠不変の自己）は存在しない。私が存在しないのだから、智慧ある者は、私や私のものに執着すべきではない。もし私や私のものに執着すれば、計り知れない憂いや苦しみを得ることになる。一切の世の中において、心はこれを厭い、執着を離れるよう求めるべきである。」

如是種種說世界中苦，開導其心，令入涅槃。說此語竟，著從佛所得僧伽梨，持衣鉢捉杖，如金翅鳥現，上昇虛空，四種身儀：坐、臥、行、住，一身現無量身，滿東方世界，於無量身還為一身；身上出火，身下出水；身上出水，身下出火。南、西、北方亦如是。

> このように、様々な方法で世界の苦しみについて説き、人々の心を開き導いて、涅槃に入らせました。この言葉を述べ終えると、仏からいただいた僧伽梨（そうぎゃり）を身にまとい、衣鉢（いはつ）と杖（つえ）を手に取り、金翅鳥（こんじちょう）のように現れて虚空に上昇しました。そして、座る、横たわる、歩く、立つという四つの身体の動作を示し、一つの身から無数の身を現して東方世界を満たし、また無数の身を一つに戻しました。身の上から火を出し、身の下から水を出し、あるいは身の上から水を出し、身の下から火を出しました。南方、西方、北方でも同様でした。

眾心厭世，皆歡喜已，於耆闍崛山頭，與衣鉢俱，作是願言：「令我身不壞，彌勒成佛，我是骨身還出，以此因緣度眾生。」如是思惟已，直入山頭石內，如入軟埿；入已，山還合。

> 人々がこの世に厭い、すべてが喜びに満ちたとき、耆闍崛山の山頂に衣と鉢と共にあり、こう願いました。「どうか我が身を朽ちさせずに、弥勒が成仏するとき、この骨身が再び現れ、その縁によって人々を救済するように。」そう思惟して、そのまま山頂の岩の中に入りました。それはまるで柔らかな泥に入るかのようでした。入ると、山は再び閉じました。

後人壽八萬四千歲，身長八十尺時，彌勒佛出；佛身長百六十尺，佛面二十四尺，圓光十里。是時，眾生聞彌勒佛出世，無量人隨佛出家。

> 人の寿命が八万四千歳、身の丈が八十尺の時代になると、弥勒仏が世に現れます。その仏の身の丈は百六十尺、仏の顔は二十四尺、背後の光輪は十里に及びます。この時、人々は弥勒仏の出現を聞き、計り知れないほどの多くの人が仏に従って出家するのです。

佛在大眾中，初說法時，九十九億人得阿羅漢道，六通具足；第二大會，九十六億人得阿羅漢道；第三大會，九十三億人得阿羅漢道。自是已後，度無數人。

> 釈迦が大勢の人々の前で初めて説法を行った時、九十九億の人が阿羅漢の悟りを得て、六つの神通力（六通）を完全に身につけました。二度目の説法の会では、九十六億の人が阿羅漢の果を得ました。三度目の会では、九十三億の人が阿羅漢の果を得ました。それ以降も、数えきれないほどの人々が救われました。

爾時，人民久後懈厭。彌勒佛見眾人如是，以足指扣開耆闍崛山。是時，長老摩訶迦葉骨身，著僧伽梨而出，禮彌勒足；上昇虛空，現變如前，即於空中滅身而般涅槃。

> その時、人々は長い年月の後に次第に怠り嫌うようになりました。弥勒仏はこの様子をご覧になり、足の指で耆闍崛山を打ち開かれました。するとその時、長老マハーカッサパの遺骨が、僧伽梨（衣）を身にまとって現れ出て、弥勒仏の足に礼拝しました。そして虚空に上昇し、以前のように神通変化を現した後、そのまま空中で身を消し、般涅槃に入られました。

爾時，彌勒佛諸弟子怪而問言：「此是何人？似人而小，身著法衣，能作變化！」彌勒佛言：「此人是過去釋迦文尼佛弟子，名摩訶迦葉，行阿蘭若，少欲知足，行頭陀，比丘中第一，得六神通、共解脫大阿羅漢。彼時人壽百年，少出多減，以是小身能辦如是大事。汝等大身利根，云何不作如是功德？」

> その時、弥勒仏の弟子たちは怪しんで尋ねた。「この者は何者でしょうか。人に似ておりますが小さく、法衣を身につけ、変化を起こすことができます。」 弥勒仏は言われた。「この者は、過去の釈迦文尼仏の弟子であり、名をマハーカーシャパ（大迦葉）という。阿蘭若（あらんにゃ）に住み、少欲知足（しょうよくちそく）で、頭陀（ずだ）の行を実践し、比丘の中でも第一であり、六神通（ろくじんずう）と共解脱（ぐげだつ）の大阿羅漢（だいあらかん）を得た者である。かの時代の人の寿命は百年で、出生する者は少なく、命を終える者は多かった。それなのに、この小さな身で、このような大きな事柄を成し遂げることができたのである。あなたがたは大きな身体を持ち、優れた心根を持ちながら、どうしてこのような功徳を積もうとしないのか。」

是時諸弟子皆慚愧，發大厭心；彌勒佛隨眾心，為說種種法。有人得阿羅漢、阿那含、斯陀含、須陀洹；有種辟支佛善根；有得無生法忍，不退菩薩；有得生天人中受種種福樂。

> その時、弟子たちは皆、深く恥じ入り、強い厭離の心を起こしました。弥勒仏はその心に従って、さまざまな教えを説かれました。ある者は阿羅漢、阿那含、斯陀含、須陀洹の悟りを得ました。ある者は辟支仏の善根を育て、ある者は無生法忍を得て不退転の菩薩となり、またある者は天や人間の世界に生まれて、さまざまな福楽を受けるようになりました。

以是故，知是耆闍崛山福德吉處，諸聖人喜住處。佛為諸聖人主，是故佛多住耆闍崛山。

> ゆえに、この耆闍崛山（ぎしゃくっせん）は、福徳に満ちためでたい場所であり、聖者たちが喜んで住むところであると知られるべきです。仏はすべての聖者の主であるため、特にこの耆闍崛山に多くおられます。

復次，耆闍崛山，是過去、未來、現在諸佛住處；如《富樓那彌帝隸耶尼子經》中說：「佛語富樓那：『若使三千大千世界劫燒若更生，我常在此山中住。一切眾生以結使纏縛，不作見佛功德，以是故不見我。』」

> さらに、耆闍崛山（ぎしゃくっせん）は、過去・未来・現在の諸仏がお住まいになる場所です。『富樓那彌帝隷耶尼子經』（ふるなみていれいやにしきょう）の中で、仏が富樓那にこう語っています。 「たとえ三千大千世界（さんぜんたいせんせかい）が劫（こう）の火で焼かれ、あるいは新たに生まれ変わろうとも、私は常にこの山に住み続けている。しかしながら、すべての衆生（しゅじょう）は煩悩（ぼんのう）の束縛に絡め取られ、仏を見る功徳（くどく）を積むことがない。そのため、私を見ることができないのだ。」

復次，耆闍崛山清淨鮮潔，受三世佛及諸菩薩，更無如是處，是故多住耆闍崛山。

> さらに、霊鷲山（りょうじゅせん）は清らかで美しく、過去・現在・未来の三世の仏や菩薩たちが、この地をそのまま受け入れてこられました。これほどふさわしい場所は他にありません。そのため、多くの聖者たちがこの霊鷲山にとどまっておられるのです。

復次，諸摩訶衍經多在耆闍崛山中說，餘處說少。何以故？是中淨潔有福德閑靜故；一切三世諸佛住處，十方諸菩薩，亦讚歎恭敬此處；諸天、龍、夜叉、阿修羅、伽留羅、乾闥婆、甄陀羅、摩睺羅伽等大力眾神，守護供養恭敬是處。如偈說：

> さらに、大乗経典の多くは耆闍崛山で説かれ、他の場所で説かれることは少ない。なぜか。この地は清らかで、福徳があり、閑静であるからだ。あらゆる三世の諸仏の住処であり、十方の諸菩薩もこの地を讃嘆し敬う。また、天、龍、夜叉、阿修羅、伽留羅、乾闥婆、甄陀羅、摩睺羅伽などの大力の神々が集い、この地を守護し、供養し、敬う。偈にこうある。

「是耆闍崛山， 諸佛所住處，聖人所止息， 覆蔭一切故。眾苦得解脫， 唯有真法存。」

> 「この耆闍崛山（ぎじゃくっせん）は、 諸仏がお住まいになる場所。 聖人たちが安らかに過ごし、 すべてを守り包み込むところ。 あらゆる苦しみから解き放たれ、 ただ、真実の教えだけがそこにあるのです。」

復次，是中十方無量智慧福德大力菩薩，常來見釋迦牟尼佛，禮拜恭敬聽法故，佛說諸摩訶衍經，多在耆闍崛山。諸摩訶衍經，《般若》為最大，今欲說故，云何不住耆闍崛山？

> さらに、この世界には十方の無数の智慧と福徳を備えた大いなる力を持つ菩薩たちがいる。彼らは常に釈迦牟尼仏のもとを訪れ、礼拝し、恭敬し、法を聴聞する。そのため、仏が大乗経典を説かれる際には、多くは耆闍崛山（ぎしゃくつせん）で行われた。諸々の大乗経典の中でも、『般若経』は最も重要である。今まさにこれを説こうとするにあたり、なぜ耆闍崛山にとどまらないのだろうか。

略說住耆闍崛山因緣竟。

> さて、ここまで、耆闍崛山（ぎしゃくせん）に住まわれた理由について、簡単に説明しました。