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title: "大智度論 · 18 讚檀波羅蜜義"
description: "大智度论由古印度龙树菩萨所造，后秦时期著名译经家鸠摩罗什翻译成中文。该论是佛教重要典籍，属于大乘中观学派的核心论著，主要阐释《大品般若经》的深奥义理。全书共一百卷，系统论述了般若空性思想、菩萨修行次第以及六度万行的实践方法，被誉为大乘佛教的百科全书。作为早期大乘佛教的代表性论典，大智度论对汉传佛教思想体系的形成影响深远，尤其为天台宗、华严宗等宗派提供了重要理论依据，在佛教哲学史上占据崇高地位。"
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### 大智度論釋初品中讚檀波羅蜜義第十八

> 大智度論釈初品中、檀波羅蜜を讃むる義第十八

問曰：

> お尋ねします。

檀有何等利益故，菩薩住般若波羅蜜中，檀波羅蜜具足滿？

> 檀にはどのような利益があるので、菩薩は般若波羅蜜にとどまりながら、檀波羅蜜を完全に満たすことができるのでしょうか。

答曰：

> お答えしますと、

檀有種種利益：

> 檀にはさまざまな利益があります。

檀為寶藏，常隨逐人；檀為破苦，能與人樂；檀為善御，開示天道；檀為善府，攝諸善人施攝善人，與為因緣，故言「攝」；檀為安隱，臨命終時心不怖畏；檀為慈相，能濟一切；檀為集樂，能破苦賊；檀為大將，能伏慳敵；檀為妙果，天人所愛；檀為淨道，賢聖所遊；檀為積善福德之門；檀為立事聚眾之緣；檀為善行愛果之種；檀為福業善人之相；檀破貧窮、斷三惡道；檀能全護福樂之果；檀為涅槃之初緣；入善人聚中之要法；稱譽讚歎之淵府；入眾無難之功德；心不悔恨之窟宅；善法道行之根本；種種歡樂之林藪；富貴安隱之福田；得道涅槃之津梁；聖人大士智者之所行；餘人儉德寡識之所效。

> 施しは宝物のようなもので、いつも人についてまわります。施しは苦しみを打ち破り、人に楽しみを与えます。施しはすぐれた導き手であり、天の道を開いて示します。施しはすぐれた倉であり、多くの善い人々を集めます<note>施しは善い人々を引き寄せ、縁となるので「集める」と言うのです</note>。施しは安らぎであり、命の終わりに臨んでも心が恐れません。施しは慈悲の姿であり、すべてを救います。施しは楽しみを集め、苦しみという賊を打ち破ります。施しは大将であり、けちという敵を伏せます。施しはすぐれた果実であり、天人に愛されます。施しは清らかな道であり、賢者や聖人が歩むところです。施しは善と福徳を積む門です。施しは事を成し遂げ人を集める縁です。施しは善い行いと愛の果実の種です。施しは福の業と善人の姿です。施しは貧しさを打ち破り、三つの悪道を断ちます。施しは福と楽しみの果実を完全に守ります。施しは涅槃への最初の縁です。善い人々の中に入るための大切な法です。称賛と誉れの源泉です。人々の中に入っても妨げのない功德です。心に悔いのない住まいです。善い法と修行の根本です。さまざまな喜びと楽しみの集まる場所です。富と安らぎの福田です。悟りと涅槃への橋です。聖人や大士、智者が行うところであり、その他の德の少ない見識の浅い人々もこれに倣うのです。

復次，譬如失火之家，黠慧之人，明識形勢，及火未至，急出財物；舍雖燒盡，財物悉在，更修室宅。好施之人，亦復如是，知身危脆，財物無常，修福及時，如火中出物；後世受樂，亦如彼人更修宅業，福慶自慰。愚惑之人，但知惜屋，怱怱營救，狂愚失智，不量火勢，猛風絕焰，土石為焦，翕響之間，蕩然夷滅。屋既不救，財物亦盡，飢寒凍餓，憂苦畢世。慳惜之人，亦復如是，不知身命無常，須臾叵保，而更聚歛守護愛惜，死至無期，忽焉逝沒，形與土木同流，財與委物俱棄，亦如愚人憂苦失計。

> たとえば、家が火事になったとき、賢い人は状況をよく見きわめ、火が迫らないうちに急いで財物を外へ運び出します。家は焼け尽きても財物はすべて無事で、また新しい住まいを建てることができます。よく施しをする人も同じです。自分の身が危うくもろく、財物も無常であることを知り、時を逃さずに福を積みます。それは火の中から財物を運び出すようなものです。のちの世で楽しみを受けるのは、あの人が新しい家を建て直して、その福の喜びに自ら慰められるのと同じです。 愚かな人は、ただ家を惜しむことだけを知り、あわてて救おうとします。思い狂い、理性を失い、火の勢いを測りもせず、激しい風が炎を断ち、土も石も焦げ、たちまちのうちにすっかり消え果ててしまいます。家は救えず、財物も尽き、飢えや寒さ、凍えや餓えに、生涯憂い苦しみます。物惜しみする人も同じです。自分の身と命が無常で、ほんのしばらくも保証できないことを知らず、かえって財を集めて守り惜しみますが、死はいつ来るとも限らず、たちまち去ってしまいます。体は土や木と同じように流れ去り、財は捨てられた物とともに棄てられるのです。これもまた、愚かな人が憂い苦しみながら道を誤るのと同じです。

復次，大慧之人，有心之士，乃能覺悟，知身如幻，財不可保，萬物無常，唯福可恃，將人出苦，津通大道。

> また、大いなる智慧を持つ人、求道心のある人だけが、はっと気づくことができます。この身は幻のようであり、財産は永遠には保てず、すべてのものは無常であり、ただ功徳だけが頼りになること、それが人を苦しみから導き出し、大道へと通じる道となることを。

復次，大人大心，能大布施，能自利己；小人小心，不能益他，亦不自厚。

> また、器の大きい人は大きな心を持ち、広く布施をして自分も利益を得ます。器の小さい人は心も狭く、他人を助けることもできず、自分を豊かにすることもできません。

復次，譬如勇士見敵，必期吞滅；智人慧心，深得悟理，慳賊雖強，亦能挫之，必令如意。遇良福田，值好時節時：應施之時也。遇而不施是名失時，覺事應心，能大布施。

> また、たとえば勇者が敵を見れば、必ず打ち滅ぼそうと決意するようなものです。智慧ある人は、その慧の心によって真理を深く悟り、たとえ慳(ものおし)みの賊が強くても、それを打ち負かし、必ず思いのままにすることができます。すぐれた福田に出会い、よい時機に恵まれたなら<note>時：布施を行うべき時である。出会いながら布施をしないことを時を失うという。</note>、なすべきことを心に感じて、大きく布施を行うことができるのです。

復次，好施之人，為人所敬，如月初出，無不愛者；好名善譽，周聞天下，人所歸仰，一切皆信。好施之人，貴人所念，賤人所敬；命欲終時，其心不怖。如是果報，今世所得，譬如樹華。大果無量，後世福也。生死輪轉，往來五道，無親可恃，唯有布施若生天上、人中，得清淨果，皆由布施；象、馬畜生得好櫪養，亦是布施之所得也。

> また、よく布施をする人は人から敬われ、ちょうど新月が出るように、誰からも愛されます。名声と誉れは天下に広まり、人々は帰依し、すべての人が信じます。よく布施をする人は、身分の高い人からも思われ、身分の低い人からも敬われます。命が終わろうとするとき、その心は恐れません。このような果報は、現世で得られるもので、ちょうど木の花のようなものです。大きな果実は無量で、それが後世の福なのです。生死は輪転し、五道を行き来しますが、頼れる親はありません。ただ布施だけがあり、天上や人中に生まれて清らかな果報を得るのは、すべて布施によるものです。象や馬などの畜生がよい厩舎で養われるのも、これもまた布施によって得られたものです。

布施之德，富貴歡樂；持戒之人，得生天上；禪智心淨，無所染著，得涅槃道。布施之福，是涅槃道之資糧也；念施故歡喜，歡喜故一心，一心觀生滅無常，觀生滅無常故得道。

> 布施の徳は、富と楽しみをもたらします。戒めを守る人は、天の世界に生まれます。禅と智慧によって心が清らかになり、何にも染まらず、涅槃の道を得るのです。布施の福は、涅槃の道への糧となります。布施を思うから喜びが生まれ、喜びがあるから心が一つに定まり、心が一つに定まって生滅と無常を観るのです。生滅と無常を観るからこそ、道を得ることができるのです。

如人求蔭故種樹，或求華，或求果故種樹；布施求報亦復如是，今世、後世樂如求蔭，聲聞、辟支佛道如華，成佛如果。

> 人が木を植えるのは、日陰を求めるためであり、あるいは花を求め、あるいは実を求めるためです。布施をして報いを求めるのも同じです。現世と来世の楽しみは日陰を求めるようなもので、声聞や辟支仏の道は花のようなもので、成仏は実のようなものです。

是為檀種種功德。

> これは、布施というさまざまな功德です。