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title: "景德傳燈錄 · 第十五祖迦那提婆"
description: "景德传灯录由宋代高僧道原编纂，成书于景德年间（1004-1007年），是中国佛教禅宗重要史传类典籍。全书共三十卷，收录自释迦牟尼至五代末年的禅宗祖师1701人，以法脉传承为脉络，记录历代禅师的机缘语录、公案典故。作为现存最早的传灯体著作，该书系统记载了禅宗五家七宗的传承体系，保存了大量珍贵史料，对研究中国禅宗发展史具有不可替代的价值。景德传灯录与五灯会元并称为禅宗两大灯录，被后世奉为禅门经典，不仅影响了宋明理学的发展，更成为东亚禅佛教传播的重要文献依据。"
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## 景德傳燈錄卷第二

> 景徳伝灯録 巻第二

### 天竺三十五祖內一十三祖見錄內二十二祖旁出無錄

> 天竺三十五祖<note>内の十三祖は録にあり、二十二祖は傍出で録なし</note>

-   第十五祖迦那提婆
-   第十六祖羅睺羅多
-   第十七祖僧伽難提
-   第十八祖伽邪舍多
-   第十九祖鳩摩羅多
-   第二十祖闍夜多
-   第二十一祖婆修盤頭
-   第二十二祖摩拏羅
-   第二十三祖鶴勒那
-   第二十四祖師子尊者
    -   達磨達
    -   因陀羅
    -   瞿羅忌利婆
    -   達磨尸利帝
    -   那伽難提
    -   破樓求多羅
    -   波羅婆提
    -   波羅跋摩
    -   僧伽羅叉
    -   摩帝隷披羅
    -   訶利跋茂
    -   和修盤頭
    -   達摩訶帝
    -   旃陀羅多
    -   勒那多羅
    -   盤頭多羅
    -   婆羅婆多
    -   毘舍也多羅
    -   毘樓羅多摩
    -   毘栗芻多羅
    -   優波羶馱
    -   婆難提多
-   第二十五祖婆舍斯多
-   第二十六祖不如蜜多
-   第二十七祖般若多羅

-   第十五祖迦那提婆
-   第十六祖羅睺羅多
-   第十七祖僧伽難提
-   第十八祖伽耶舍多
-   第十九祖鳩摩羅多
-   第二十祖闍夜多
-   第二十一祖婆修盤頭
-   第二十二祖摩拏羅
-   第二十三祖鶴勒那
-   第二十四祖師子尊者
-   第二十五祖婆舍斯多
-   第二十六祖不如密多
-   第二十七祖般若多羅
-   師子尊者旁出達磨達
-   達磨達出二祖
    -   一因陀羅
    -   二瞿羅忌利婆
-   因陀羅出四祖
    -   一達磨尸利帝
    -   二那伽難提
    -   三破樓求多羅
    -   四波羅婆提
-   瞿羅忌利婆出二祖
    -   一波羅跋摩
    -   二僧伽羅叉
-   達磨尸利帝出二祖
    -   一摩帝隷拔羅
    -   二訶利跋茂
-   破樓求多羅出三祖
    -   一和修盤頭
    -   二達摩訶帝
    -   三旃陀羅多
-   波羅跋摩出三祖
    -   一勒那多羅
    -   二盤頭多羅
    -   三婆羅婆多
-   僧伽羅叉出五祖
    -   一毘舍也多羅
    -   二毘樓羅多摩
    -   三毘栗芻多羅
    -   四優波羶馱
    -   五婆難提多。

第十五祖迦那提婆者。南天竺國人也。姓毘舍羅。初求福業兼樂辯論。後謁龍樹大士將及門。龍樹知是智人。先遣侍者。以滿鉢水置於坐前。尊者覩之即以一鍼投之而進。欣然契會。龍樹即為說法。不起於坐見月輪相。唯聞其聲不見其形。尊者語眾曰。今此瑞者。師現佛性表說法非聲色也。尊者既得法。後至毘羅國。彼有長者曰梵摩淨德。一日園樹生大耳如菌。味甚美。唯長者與第二子羅睺羅多取而食之。取已隨長盡而復生。自餘親屬皆不能見。時尊者知其宿因遂至其家。長者問其故。尊者曰。汝家昔曾供養一比丘。然此比丘道眼未明。以虛霑信施故報為木菌。惟汝與子正宗云與次子精誠供養。得以享之。餘即否矣。又問。長者年多少。答曰。七十有九。尊者乃說偈曰。

> 第十五祖 迦那提婆は、南インドの人である。姓は毘舎羅という。初めは福徳を求める業を行い、弁論を好んだ。後に龍樹大士に会いに行き、門前に至ろうとしたとき、龍樹は彼が智者であると知り、先に侍者を遣わして、鉢いっぱいの水を座前に置かせた。尊者はそれを見て、一本の針をその水に投げ入れて進んだ。心から喜び合い、その意は通じた。龍樹は直ちに彼のため\*説法した。座を立たずして月輪の相を見、ただその声を聞くだけでその形は見えなかった\*。尊者は弟子たちに語った。「今この瑞相は、師が仏性を現し、説法が声色によるものではないことを示している。」尊者は法を得た後、毘羅国に至った。そこに梵摩浄徳という長者がいた。ある日、庭の木に大きな耳のような形をした菌が生え、味は非常に美味であった。ただ長者とその次子の羅睺羅多だけがそれを取って食べることができた。食べるとすぐにまた生えてきた。他の親族はみなそれを見ることができなかった。時に尊者はその過去の因縁を知って、その家に至った。長者がその理由を尋ねると、尊者は言った。「あなたの家ではかつて一人の比丘を供養したことがある。しかしこの比丘は道の眼がまだ開けておらず、虚しく信者の施しを受けたため、報いとして木の菌と生まれ変わった。ただあなたとあなたの子<note>正宗では「次子」とある</note>だけが誠心を持って供養したため、それを享受することができたのだ。他の者はそうではない。」さらに尊者は長者の年齢を尋ねた。「七十九歳です」と答えた。そこで尊者は偈を説いた。

入道不通理 復身還信施汝年八十一 此樹不生耳

> 道に入りて理に通ぜざれば、 また身を還して信施を受けよ。 汝、年すでに八十一（はちじゅういち）、 この樹に耳は生ぜじ。

長者聞偈彌加歎伏。且曰。弟子衰老不能事師。願捨次子隨師出家。尊者曰。昔如來記此子。當第二五百年為大教主。今之相遇蓋符宿因。即與剃髮執侍。至巴連弗城。聞諸外道欲障佛法計之既久。尊者乃執長旛入彼眾中。彼問尊者曰。汝何不前。尊者曰。汝何不後。又曰。汝似賤人。尊者曰汝似良人。又曰。汝解何法。尊者曰。汝百不解。又曰。我欲得佛。尊者曰。我酌然得佛。又曰。汝不合得。尊者曰。元道我得汝實不得。又曰。汝既不得云何言得。尊者曰。汝有我故所以不得。我無我我故自當得。彼詞既屈。乃問師曰。汝名何等。尊者曰。我名迦那提婆。彼既夙聞師名。乃悔過致謝。時眾中猶互興問難。尊者析以無礙之辯。由是歸伏。乃告上足羅睺羅多而付法眼。偈曰。

> 長者が偈を聞いて、ますます感嘆し敬服した。そして言った。「弟子は老いており、師に仕えることはできません。どうか次男を差し出しますので、師のもとで出家させてください。」尊者は言った。「昔、如来はこの子が、第二の五百年の後に、大教主となるであろうと予言された。今、出会ったのは、まさに宿縁によるものである。」そこで即座に髪を剃り、侍者とした。バーリプトラ城に至った時、尊者は多くの外道たちが仏法を妨げようと企て、既に長い間策を巡らせているのを聞いた。そこで尊者は長い旛を手に取り、彼らの集まりの中に入った。彼らは尊者に問うた。「あなたはなぜ前に進まないのか。」尊者は答えた。「あなたはなぜ後ろに下がらないのか。」彼らはまた言った。「あなたは賤しい者のようだ。」尊者は答えた。「あなたは良人のようだ。」彼らはまた言った。「あなたは何の法を解しているのか。」尊者は答えた。「あなたは百も解していない。」彼らはまた言った。「私は仏を得たい。」尊者は言った。「私は確かに仏を得る。」彼らは言った。「あなたは得るにふさわしくない。」尊者は言った。「そもそも道において、私は得るが、あなたは実際には得られない。」彼らは言った。「あなたが得られないのなら、なぜ得ると言うのか。」尊者は言った。「あなたは我執があるゆえに得られない。私は我も我が有るという想いもないゆえに、自ずから得るのである。」彼らの言葉は屈し、ついに師に問うた。「あなたの名は何というのか。」尊者は言った。「我が名は迦那提婆（カナ・デーヴァ）という。」彼らは既に以前から師の名を聞いており、悔い改めて謝罪した。その時、会衆の中でもなお互いに問難を起こす者がいたが、尊者は無碍の弁をもって説き伏せた。これにより皆、帰依して伏した。尊者は上首の弟子である羅睺羅多（ラーフラ・バドラ）に法眼を付嘱し、偈を説いた。

本對傳法人 為說解脫理於法實無證 無終亦無始

> 伝法者に向けて、解脱の理を説くならば、 法において真に証するものはなく、終わりもなければ始まりもない。

尊者說偈已。入奮迅定身放八光而歸寂滅。學眾興塔而供養之。即前漢文帝十九年庚辰歲也。

> 尊者、偈を説き終えて奮迅定に入り、身に八つの光を放って寂滅に入りました。学侶たちは塔を建てて、これを供養しました。時は前漢の文帝十九年、庚辰の年でした。