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title: "景德傳燈錄 · 第十六祖羅睺羅多"
description: "景德传灯录由宋代高僧道原编纂，成书于景德年间（1004-1007年），是中国佛教禅宗重要史传类典籍。全书共三十卷，收录自释迦牟尼至五代末年的禅宗祖师1701人，以法脉传承为脉络，记录历代禅师的机缘语录、公案典故。作为现存最早的传灯体著作，该书系统记载了禅宗五家七宗的传承体系，保存了大量珍贵史料，对研究中国禅宗发展史具有不可替代的价值。景德传灯录与五灯会元并称为禅宗两大灯录，被后世奉为禅门经典，不仅影响了宋明理学的发展，更成为东亚禅佛教传播的重要文献依据。"
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第十六祖羅睺羅多者。迦毘羅國人也行化至室羅筏城。有河名曰金水。其味殊美。中流復現五佛影。尊者告眾曰。此河之源凡五百里。有聖者僧伽難提居於彼處。佛誌一千年後當紹聖位。語已領諸學眾泝流而上。至彼見僧伽難提安坐入定。尊者與眾伺之。經三七日方從定起。尊者問曰。汝身定耶。心定耶。曰身心俱定。尊者曰。身心俱定何有出入。曰雖有出入不失定相。如金在井金體常寂。尊者曰。若金在井若金出井金無動靜何物出入。曰言金動靜何物出入。許金出入金非動靜。尊者曰。若金在井出者何金。若金出井在者何物。曰金若出井在者非金。金若在井出者非物。尊者曰。此義不然。曰彼理非著。尊者曰。此義當墮。曰彼義不成。尊者曰。彼義不成我義成矣。曰我義雖成法非我故。尊者曰。我義己成我無我故。曰我無我故復成何義。尊者曰。我無我故故成汝義。曰仁者。師於何聖得是無我。尊者曰。我師迦那提婆證是無我。曰稽首提婆師。而出於仁者。仁者無我故。我欲師仁者。尊者曰。我已無我故。汝須見我我。汝若師我故。知我非我我。難提心意豁然。即求度脫。尊者曰。汝心自在非我所繫。語已即以右手擎金鉢舉至梵宮。取彼香飯將齋大眾。而大眾忽生厭惡之心。尊者曰。非我之咎汝等自業。即命僧伽難提分坐同食。眾復訝之。尊者曰汝不得食。皆由此故。當知與吾分坐者。即過去娑羅樹王如來也。愍物降迹。汝輩亦莊嚴劫中已至三果而未證無漏者也。眾曰我師神力斯可信矣。彼云過去佛者即竊疑焉。僧伽難提知眾生慢。乃曰。世尊在日世界平正。無有丘陵江河溝洫。水悉甘美草木滋茂。國土豐盈無八苦行十善。自雙樹示滅八百餘年。世界丘墟樹木枯悴。人無至信正念輕微。不信真如唯愛神力。言訖。以右手漸展入地。至金剛輪際取甘露水。以瑠璃器持至會所。大眾見之即時欽慕悔過作禮。於是尊者命僧伽難提而付法眼。偈曰。

> 第十六祖、羅睺羅多尊者は、カピラーヴァストゥ国の出身である。ある時、教化のために室羅筏城に赴かれた。そこに金水という名の川があり、その水は非常に美味であり、川の中央には五体の仏の影が現れていた。尊者は人々に告げられた。「この川の源流は五百里の彼方にあり、そこには聖者サンガナンディがおわす。仏は、一千年の後に彼が聖なる位を継ぐであろうと予言された。」そう言って尊者は、弟子たちを率いて川を遡り、サンガナンディが座禅に入定している場所に到着された。尊者と弟子たちは彼を見守り、三七日を経て、彼がようやく禅定から起ち上がるのを待った。 尊者が尋ねられた。「あなたは、身体が定に入っているのか、それとも心が定に入っているのか。」サンガナンディが答えた。「身体も心も共に定に入っております。」尊者が言われた。「身心共に定に入っているならば、どうして出入りがあるのか。」サンガナンディが答えた。「出入りはありますが、定の状態を失うことはありません。それはちょうど、井戸の中の金のようなものです。金の体は常に寂静なのです。」尊者が言われた。「もし金が井戸の中にあるのなら、井戸から出るのは何か。もし金が井戸から出たのなら、中にあるのは何か。」サンガナンディが答えた。「金が動くとか静かだとか言うのは、何が出入りしているのかということです。金の出入りを許すならば、金には動静はありません。」尊者が言われた。「金が井戸の中にある時、出てくるのはどの金か。金が井戸から出た時、中にあるのは何か。」サンガナンディが答えた。「金が井戸から出れば、中にあるものは金ではありません。金が井戸の中にあれば、出てくるものは物体ではありません。」尊者が言われた。「その義は正しくない。」サンガナンディが言った。「その理は捉えがたいものです。」尊者が言われた。「この義は誤りに堕ちるだろう。」サンガナンディが言った。「その義は成立しません。」尊者が言われた。「あなたの義が成立しないなら、私の義は成立した。」サンガナンディが言った。「私の義は成立しても、法は私のものではないからです。」尊者が言われた。「私の義はすでに成立している。私は無我だからである。」サンガナンディが言った。「あなたが無我であるならば、それはまた何の義を成すのですか。」尊者が言われた。「私が無我であるからこそ、あなたの義が成るのだ。」サンガナンディが言った。「尊者よ、あなたはどの聖者についてこの無我を得られたのですか。」尊者が言われた。「私の師であるカナデーヴァがこの無我を証得された。」サンガナンディは言った。「カナデーヴァ師に礼拝します。尊者を通して、私に無我を示してください。尊者は無我ですから、私は尊者を師としたいのです。」尊者が言われた。「私はすでに無我である。あなたは私の我を見る必要がある。もしあなたが私を師とするならば、私が非我なる我であることを知るがよい。」この言葉を聞いて、サンガナンディの心ははっきりと開け、すぐに解脱を求めた。尊者が言われた。「あなたの心はすでに自在であり、私の縛るところではない。」 そう言って尊者は右手で金の鉢を掲げ、梵天の宮殿にまで届かせ、そこから香り高い飯を取り、大衆に施そうとされた。しかし、大衆は突然、嫌悪の心を起こした。尊者は言われた。「これは私の咎ではない。あなた方自身の業によるものだ。」そしてサンガナンディに席を分け合って共に食事するように命じられた。大衆はさらに不思議に思った。尊者は言われた。「あなた方が食べられないのは、すべてこのためである。よく知っておきなさい。私と席を共にする者は、過去世のサーラ樹王如来である。衆生を哀れんでこの世に姿を現されたのだ。あなた方もまた、荘厳劫においてすでに第三の果位に達していたが、まだ無漏を証していなかったのだ。」大衆は言った。「我らの師の神通力は、これによって信じることができます。しかし、過去仏であるというお言葉には、ひそかに疑いを抱きます。」 サンガナンディは衆生の慢心を知って、こう言った。「世尊が在世の時、世界は平らで正しく、丘陵や谷、川や溝はなく、水はすべて甘美で、草木は茂り、国土は豊かに満ち、八苦はなく、十善が行われていた。しかし、双樹の間で入滅されてより八百年余りが過ぎ、世界は廃墟と化し、木々は枯れ果て、人々には確かな信仰はなく、正しい念は軽んじられ、真如を信ぜず、ただ神通力のみを愛好するようになった。」そう言うや否や、サンガナンディは右手を徐々に大地の中へ入れ、金剛輪の際まで達し、そこから甘露の水を取り、瑠璃の器に入れて集いの場に持って来られた。大衆はこれを見て、ただちに敬慕し、悔い改めて礼拝した。そこで尊者はサンガナンディに法眼を付嘱され、偈を説かれた。 偈： 心は、心を蔵する本源 心は、心に由りて生ずる諸法の相 心と諸法と、その本性ともに無なり 能と所と寂滅して、汝の道の如し

於法實無證 不取亦不離法非有無相 內外云何起

> 法に対して、実際に証（さと）るものはなく、 執着もせず、離れもしない。 法には「有る」とか「無い」といった相（すがた）はなく、 内も外も、どうして生じるだろうか。

尊者付法已。安坐歸寂。四眾建塔。此當前漢武帝二十八年戊辰歲也。

> 尊者が法を伝え終え、静かに座ったまま涅槃に入られました。四方の信者たちは塔を建てました。これは前漢の武帝の治世、二十八年目の戊辰の年の出来事です。