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title: "起世經 · 12 最勝品"
description: "起世经是隋代高僧阇那崛多等人翻译的重要佛教经典，属于阿含部经典之一。该经主要阐述宇宙生成、世界构造及众生轮回的佛教世界观，详细描绘了世界的形成、毁灭及再生过程，并探讨了众生业力与轮回的关系。阇那崛多是北印度高僧，隋文帝时期来华，参与译经事业，对汉传佛教经典的传播贡献卓著。起世经在佛教中具有重要地位，为研究佛教宇宙观和轮回思想提供了经典依据，对后世佛教哲学和修行实践影响深远。"
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### 起世經最勝品第十二之一

> 『起世経』最勝品第十二の一

「復次，諸比丘！世間轉已，如是成時，諸眾生等，多得生於光音天上。是諸眾生生彼天時，身心歡豫，喜悅為食，自然光明，又有神通，乘空而行，得最勝色，年壽長遠，安樂而住。諸比丘！爾時，世間轉壞已成，空無有物，諸梵宮中，未有眾生。光音天上福業盡者，乃復下生梵宮殿中，不從胎生，忽然化出，此初梵天名娑訶波帝娑訶者世界名，波帝者主也，為如是故有此名生。諸比丘！爾時復有諸餘眾生福壽盡者，從光音天捨身命已亦於此生，身形端正，喜悅住持以為飲食，自然光明，有神通力，騰空而行，身色最勝，即於其間，長時久住。彼諸眾生於是住時，無有男女、無有良賤，唯有此名，名曰眾生眾生也。復次，諸比丘！當於如是三摩耶時，此大地上出生地肥，周遍凝住。譬如有人熟煎乳汁，其上便有薄膜停住，亦如水膜，停住水上。如是如是，諸比丘！復於後時，此大地上，所生地肥，凝然停住，漸如鑽酪，成就生酥，有如是等形色相貌，其味甘美，猶如上蜜。爾時，眾生其中忽有性貪嗜者，作如是念：『我今亦可以指取此，試復甞之，令我得知，此是何物？』時，彼眾生作是念已，即以其指深齊一節，沾取地味，吮而甞之。甞已意喜，如是一沾一吮，乃至再三，即生貪著。次以手抄，漸漸手掬，後遂多掬，恣意食之。時，彼眾生如是抄掬恣意食時，復有無量其餘諸人，見彼眾生如是食噉，亦即相學，競取而食。諸比丘！彼諸眾生取此地味，食之不已，其身自然漸漸澁惡，皮膚麤厚，顏色濁暗，形貌改異，無復光明，亦更不能飛騰虛空。以地肥故，神通滅沒。諸比丘！如前所說，後亦如是。爾時，世間便成黑暗。諸比丘！為如是故，世間始有大暗出生。復次，云何於如是時，世間忽然出生日月及諸星宿，便有晝夜、一月半月、年歲時節等名字生也。諸比丘！爾時日天勝大宮殿，從東方出，繞須彌山半腹而行，於西方沒。西方沒已，還從東方出。爾時，眾生復見日天勝大宮殿，從東方出，各相告言：『諸仁者，還是日天光明宮殿，再從東出，右繞須彌，當於西沒。』第三見已，亦相謂言：『諸仁者，此是彼天光明流行，此是彼天光明流行也。』是故稱日為修梨耶修梨耶修梨耶者隋言此是彼也，故有如是名字出生。

> また、比丘たちよ、この世界が壊れた後、このようにして成り立つ時、多くの衆生は光音天に生まれます。彼らがその天に生まれる時、身心は喜びに満ち、喜悦を食物とし、自然に光を放ち、神通力を持ち、空中を翔け、最も勝れた姿を持ち、寿命は長く、安楽に住んでいます。比丘たちよ、その時、世界は壊れて空となり、何もなく、梵宮にはまだ衆生はいません。光音天で福業の尽きた者が、梵宮殿に下って生まれます。胎から生まれるのではなく、忽然として変化して現れます。この最初の梵天を「サハーンパティ」と呼びます<note>「サハー」とは世界の名、「パティ」とは主のことです</note>。このような理由から、この名が生じました。 比丘たちよ、その時、他の衆生で福と寿命の尽きた者も、光音天から命を終え、ここに生まれます。姿は端正で、喜悦を住まいとし、それを食物とし、自然に光を放ち、神通力を持ち、空中を翔け、身の色は最も勝れ、その間、長い時を住みます。彼らの衆生がここに住む時、男女もなく、貴賤もなく、ただ「衆生、衆生」という名があるのみです。 さらに、比丘たちよ、そのような時、この大地上に地肥が生じ、一面に凝り固まってとどまります。例えば、人が牛乳を煮詰めると、その上に薄い膜ができるように、あるいは水の上の水膜がとどまるように、比丘たちよ、その後の時、この大地上に生じた地肥は、凝り固まって、やがて熟酪のようになり、生酥を成し、そのような形や色を持ち、その味は甘美で、上の蜂蜜のようです。 その時、衆生の中に、貪り好きな者がいて、こう思いました。「私は今、指でこれを取り、試しに味わってみよう。そうすれば、これは何か知ることができるだろう。」その衆生はこう思って、指を一節ほど深く差し入れ、地味を沾して、舐めてみました。舐めてみて心は喜び、こうして一度沾し、舐め、さらに二度、三度と繰り返し、貪著を生じました。次に手で掬い、徐々に手で掬い、ついには多くを掬い、思うままに食べました。 その時、その衆生がこのように掬い、思うままに食べるのを、無数の他の人々が見て、同じように学び、競って取って食べました。 比丘たちよ、彼らの衆生がこの地味を取り、食べるのをやめなかったので、その身は自然に次第に荒れ、皮膚は粗く厚くなり、色は濁り暗くなり、形貌は変わり、もはや光輝はなく、さらに虚空に飛び翔けることもできなくなりました。地味のために、神通は消え失せました。比丘たちよ、前に述べた通り、その後も同様です。その時、世間は暗闇となりました。比丘たちよ、このような理由から、世間に大きな暗闇が生じました。 さらに、どのような理由から、その時、世間に忽然として日や月や諸々の星宿が生じ、昼と夜、一ヶ月、半月、年や時節などの名が生じたのでしょうか。 比丘たちよ、その時、日天の大きな宮殿が東の方から現れ、須弥山の半ばを巡り、西に没します。西に没した後、再び東から現れます。その時、衆生は再び日天の大きな宮殿が東から現れるのを見て、互いに告げて言いました。「諸君よ、これはまた日天の光輝ある宮殿が、再び東から現れ、右に須弥を巡り、西に没するのだ。」三度目に見て、また互いに言いました。「諸君よ、これは彼の天の光明の流れである。これは彼の天の光明の流れである。」このため、日を「スーリヤ」と呼びます<note>「スーリヤ」とは、現代語で「これは彼」のことです</note>。このようにして、その名が生じました。

## 起世經卷第九

> 起世経 第九巻