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title: "起世經 · 第十"
description: "起世经是隋代高僧阇那崛多等人翻译的重要佛教经典，属于阿含部经典之一。该经主要阐述宇宙生成、世界构造及众生轮回的佛教世界观，详细描绘了世界的形成、毁灭及再生过程，并探讨了众生业力与轮回的关系。阇那崛多是北印度高僧，隋文帝时期来华，参与译经事业，对汉传佛教经典的传播贡献卓著。起世经在佛教中具有重要地位，为研究佛教宇宙观和轮回思想提供了经典依据，对后世佛教哲学和修行实践影响深远。"
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## 起世經卷第十

> 起世経 巻第十

隋天竺三藏闍那崛多等譯

> 隋の天竺三蔵僧・闍那崛多 他訳

### 最勝品第十二之餘

> 最勝品第十二（続き）

「復次，諸比丘！汝等應知，日天宮殿，縱廣正等五十一由旬，上下亦爾，七重牆壁、七重欄楯。多羅行樹，亦有七重，周匝圍繞，雜色間錯，以為莊嚴。彼諸垣牆，皆為金銀琉璃、頗梨赤珠、硨𤦲瑪瑙等之所成就。於四方面並有諸門，一一諸門皆有樓櫓却敵臺觀，及諸樹林池沼園苑。其中皆生種種雜樹，其樹皆有種種葉、種種花、種種菓、種種香，隨風遍熏，復有種種諸鳥和鳴。諸比丘！然彼日天以二種物，成其宮殿，正方如宅，遙看似圓。諸比丘！何等為二？所謂金及頗梨。此日宮殿，眾多天金及天頗梨，合而成就。一面兩分，皆是天金，清淨無垢，離諸穢濁，皎潔光明。一面一分，天頗梨成，淨潔光明，善磨善瑩，無垢無穢。諸比丘！又彼日天勝大宮殿，有五種風吹轉而行。何等為五？一名為持、二名為住、三名隨順轉、四名波羅呵迦、五名將行。

> さらに、比丘たちよ、知るがよい。太陽の天の宮殿は、縦横とも五十一由旬あり、高さも同じである。七重の壁と七重の欄干を持ち、多羅の並木も七重に巡らされ、様々な色彩が美しく交じり合って飾り立てられている。それらの壁はすべて、金、銀、瑠璃、水晶、赤珠、貝殻、瑪瑙などでできている。四方には門があり、それぞれの門には物見櫓や敵台、観覧台があり、林や池、庭園も備わっている。そこには様々な木々が生い茂り、そこには様々な葉、花、実、香りがあり、風に乗ってあまねく香りが漂う。また、様々な鳥たちが美しく鳴き合っている。 比丘たちよ、太陽の天子は、二種類の素材で宮殿を構成している。その形は正方形で住居のようだが、遠くから見ると円形に見える。比丘たちよ、その二種類とは何か？すなわち、金と水晶である。この太陽の宮殿は、多くの天界の金と天界の水晶とが合わさってできている。一面のうち三分の二は天界の金で、清らかで汚れがなく、濁りを離れて、輝くばかりに清浄である。残りの三分の一は天界の水晶で作られ、清らかで輝き、よく磨かれ、汚れや濁りがない。 比丘たちよ、さらにその太陽の巨大な宮殿は、五種類の風によって吹き動かされながら運行している。その五種類とは何か？第一に「持つ風」、第二に「留まる風」、第三に「順に従う風」、第四に「波羅呵迦（はらかか）風」、第五に「運び行く風」である。

「復次，諸比丘！於彼日天宮殿之前，別有無量諸天先行，無量百天、無量千天、無量百千天，於前而行，行時各各常受安樂，皆名牢行，牢行諸天從此得名。又諸比丘！日宮殿中，閻浮檀金以為妙輦輿，高十六由旬，方八由旬，莊嚴殊勝，日天子身，及內眷屬。在彼輦中，以天五欲功德，和合具足受樂歡喜。諸比丘！日天子身壽五百歲，子孫相承，皆於彼治，宮殿住持滿足一劫。

> さらに、比丘たちよ、あの太陽の宮殿の前には、数え切れないほどの天人が先に行き、百、千、百千もの天人が先に進みながら、それぞれ常に安楽を受けている。彼らは皆「牢行」と名付けられており、牢行の天人の名はここから来ている。また、比丘たちよ、太陽の宮殿の中には、閻浮檀金で作られた見事な輿があり、高さは十六由旬、幅は八由旬で、荘厳に飾られている。そこには太陽の天子の体と、その内側の眷属がいる。その輿の中で、天の五欲の功徳が和合し、十分に具わって楽しみ喜びを受けている。比丘たちよ、太陽の天子の寿命は五百年であり、子孫が代々受け継いで、皆そこを治め、宮殿は一劫の間、保たれ続けるのである。

「復次，諸比丘！日天子身支節分中，光明出照閻浮檀輦，閻浮檀輦光明復出照彼宮殿。從彼日天大宮殿中，光明相接出已照曜，遍四大洲及諸世界。諸比丘！日天子身輦及宮殿，具足皆有一千光明，五百光明傍行而照，五百光明向下而照。復次，以何因緣，日天子所居勝大宮殿，照四大洲及諸世界？諸比丘！有一種人，能行布施。彼布施時，施於沙門婆羅門及貧窮孤獨遠來求者，所謂飲食騎乘衣裳、花鬘瓔珞塗香、床敷房舍燈油，凡是資須養身命者，於布施時速疾而施，不諂曲施。或復供養諸持戒仙、功德具足行善法者，種種承事，以是因故，受無量種身心安樂。譬如大澤空閑山林廣遠磧地，忽有池水，其水涼冷清淨輕甘。有諸壯夫，遠行疲頓熱惱渴乏，不得飲食已經多時。至彼池所，飲已澡浴，除斷一切渴乏熱惱，出於池外，身意怡悅，受無量樂，多生歡喜。如是如是，彼布施時，心清淨故，身壞命終，於日宮殿中，生為天子。生其中已，報得如是速疾稱心飛行宮殿。以此因緣，日天宮殿，照四大洲及餘世界。

> さらに、比丘たちよ。日天子の身体の各部分から放たれる光は、閻浮檀の輦（香木で作られた車）を照らし、その輦の光がさらに宮殿を照らす。その日天の大宮殿から光が連なって放たれ、四大洲やその他の世界を照らし渡るのである。 比丘たちよ。日天子の身体、輦、そして宮殿には、それぞれ千の光明が備わっている。そのうち五百の光明は横に、五百の光明は下に向かって照らすのである。 さて、どのような因縁により、日天子の住む壮大な宮殿が四大洲やその他の世界を照らすのだろうか。 比丘たちよ。ある人が施しを行う。その施しの際、彼は沙門やバラモン、貧しい人々、孤独な人々、遠くから訪ねて来た物乞いに施す。すなわち、飲食、乗り物、衣服、花鬘、瓔珞、塗香、寝具、住居、灯明など、命を養うために必要なものを、ためらわずに施し、こびへつらわずに施す。あるいはまた、戒律を守る仙人や、功徳を備え善法を修行する人々を、様々に供養し奉仕する。 このような因縁により、彼は無量の身心の安楽を受ける。たとえば、広大な荒野や山間の辺鄙な地に、忽然と池が現れる。その水は冷たく清らかで軽やかで甘い。そこに遠方から来た壮健な人々が、疲れ果て、熱に悩まされ、のどが渇き、飢えに苦しみ、長い間飲食を得られなかったとする。彼らがその池に至り、水を飲み、身を洗えば、すべての渇きと熱の苦しみは除かれ、池から出た後、身も心も安らぎ、無量の楽しみを受け、大いに喜び楽しむ。 まさにそのように、彼が施しを行う時、心が清らかであるがゆえに、身が壊れ命が終わった後、日天の宮殿に生まれ、天子となる。そこに生まれた後は、このように速やかに意のままに飛び行く宮殿を得るのである。この因縁により、日天の宮殿は四大洲やその他の世界を照らすのである。

「諸比丘！復一種人，不殺生、不偷盜、不邪婬、不妄語、不飲酒、不放逸，供養持戒功德具足諸仙諸賢，親近純直善法行人，廣說如前。身壞命終，隨願往生日天宮殿。於彼即受速疾果報，是故名為諸善業道。以是因緣，此日宮殿，照四大洲并餘世界。復一種人，修不殺生乃至正見，亦曾供養諸仙持戒功德具者，亦曾親近純直善行。以值遇彼清淨因緣，便得報生日天宮殿，受速疾果。以是因緣，日天宮殿，照四大洲及餘世界，廣說如上。

> 「比丘たちよ。またある種の人は、殺生せず、盗まず、邪淫せず、偽りを語らず、酒を飲まず、放逸ならず、戒を守る功徳を具えた仙人や賢者を供養し、純粋で正直な善法を行う人々に親しみました。このように、先に広く説いた通りです。その人は身が壊れ命が終わると、願いに従って天にある日天の宮殿に生まれます。そこでは速やかな果報を受けることから、これは諸々の善業の道と名づけられます。この因縁によって、この日天の宮殿は四大洲ならびにその他の世界を照らします。 また別のある種の人は、不殺生から正見に至るまでを修め、また戒を持ち功徳を具えた仙人たちを供養し、純粋で正直な善行に親しみました。その清らかな因縁に出会ったことによって、日天の宮殿に生まれて報いを受け、速やかな果報を得ます。この因縁によって、日天の宮殿は四大洲およびその他の世界を照らします。このように、先に広く説いた通りです。」

「諸比丘！六十剎那，名一羅婆，三十羅婆，名牟休多。諸比丘！若干剎那、若干羅婆、若干牟休多，日天宮殿，常行不息。六月北行，於一日中，漸移北向六俱盧奢，未曾暫時離於日道；六月南行，亦一日中，漸移南向六俱盧奢，不差日道。諸比丘！日天宮殿，六月行時，月天宮殿，十五日中，亦行爾許。復次，有何因緣，常於夏時生諸熱惱？諸比丘！日天宮殿，六月之間，向北行時，一日常行六俱盧奢，未曾捨離日所行道。但於其中，有十因緣，故生熱惱。何等為十？諸比丘！須彌山外，次復有山，名佉提羅迦，高廣正等四萬二千由旬，雜色可觀，七寶成就。於其時間，日天宮殿，所有光明，照觸彼山，令其生熱，故於彼時，有是熱惱，此為第一熱惱生緣。復次，諸比丘！佉提羅迦山外，次復有山，名伊沙陀羅，高廣正等二萬一千由旬。於其時間，日天宮殿，所有光明照觸彼山，令生熱觸，此為第二熱惱生緣。次有由乾陀山，高廣正等一萬二千由旬，是第三緣。次有善現山，高廣正等六千由旬，是第四緣。次有馬片頭山，高廣正等三千由旬，是第五緣。次有尼民陀羅山，高廣正等一千二百由旬，是第六緣。次有毗那耶迦山，高廣正等六百由旬，是第七緣。次有輪圍山，高廣正等三百由旬，是第八緣。次有從此大地已上高萬由旬，彼虛空中，有諸夜叉宮殿住處，頗梨所成，是第九緣。次有四種大洲、八萬小洲，彼等洲中諸餘大山、須彌山王等，是第十緣。具足應如佉提羅迦中說，是為十種，日天宮殿，六月之中，向北道行，熱惱因緣。

> 「比丘たちよ。六十刹那（せつな）をもって一羅婆（らば）とし、三十羅婆をもって一牟休多（むくた）とする。比丘たちよ。数知れない刹那や羅婆や牟休多の間、日天（にってん）の宮殿は、絶え間なく運行を続けるのだ。六月の間、北へ進むときは、一日ごとに北方へ六倶盧奢（くるしゃ）ずつ移動し、決して日道から外れることはない。また六月の間、南へ進むときも、一日ごとに南方へ六倶盧奢ずつ移動し、日道を違えることはない。比丘たちよ。日天の宮殿が六月の間運行する時、月天の宮殿も十五日の間に、同じ距離を運行するのである。」 「さらに、なぜ夏の間に様々な熱苦が生じるのか。比丘たちよ。日天の宮殿が、六月の間北へ向かう時、一日ごとに六倶盧奢を運行し、日道から外れることはない。しかしその中に、熱苦を生じさせる十の因縁がある。その十とは何か。比丘たちよ。須弥山（しゅみせん）の外に、次に佉提羅迦（かだいらか）という山がある。その高さと広さは等しく四万二千由旬（ゆじゅん）で、様々な色に輝き、七宝でできている。その時期に、日天の宮殿の光明がこの山を照らし、熱を生じさせる。これによってその時、この熱苦があるのだ。これが第一の熱苦の生じる因縁である。」 「さらに、比丘たちよ。佉提羅迦山の外に、次に伊沙陀羅（いしゃだら）という山がある。その高さと広さは等しく二万千由旬である。その時期に、日天の宮殿の光明がこの山を照らし、熱の感触を生じさせる。これが第二の熱苦の生じる因縁である。」 「次に、由乾陀（ゆけんだ）山がある。その高さと広さは等しく一万二千由旬である。これが第三の因縁である。」 「次に、善現山（ぜんげんせん）がある。その高さと広さは等しく六千由旬である。これが第四の因縁である。」 「次に、馬片頭山（めへんずせん）がある。その高さと広さは等しく三千由旬である。これが第五の因縁である。」 「次に、尼民陀羅山（にみんだらせん）がある。その高さと広さは等しく千二百由旬である。これが第六の因縁である。」 「次に、毘那耶迦山（びなやかせん）がある。その高さと広さは等しく六百由旬である。これが第七の因縁である。」 「次に、輪囲山（りんいせん）がある。その高さと広さは等しく三百由旬である。これが第八の因縁である。」 「次に、この大地から上方に一万由旬のところ、その虚空には、夜叉たちの宮殿の住処があり、水晶でできている。これが第九の因縁である。」 「次に、四つの大きな洲と八万の小さな洲があり、それらの洲の中のすべての大きな山々、須弥山王などがある。これが第十の因縁である。詳細は、佉提羅迦山の箇所で述べた通りである。これらが十種の、日天の宮殿が六月の間、北の道を運行するときの熱苦の因縁である。」

「復次，於中何因緣故，有諸寒冷？諸比丘！日天宮殿，六月已後，漸向南行。爾時，復有十二因緣能生寒冷。何者十二？諸比丘！於須彌山、佉提羅迦山二山之間，有須彌留海，闊八萬四千由旬，周迴無量。其中多有優鉢羅花、鉢頭摩花、拘牟陀花、奔荼梨迦花等，悉皆遍滿，香氣甚盛。日天宮殿，所有光明，經於其間，照觸彼海，此是第一寒冷因緣；如是次第，伊沙陀羅山，是第二緣；由乾陀山，是第三緣；善現山，是第四緣；馬片頭山，是第五緣；尼民陀羅山，是第六緣；毘那耶迦山，是第七緣；輪圍大山，是第八緣。彼諸海中，所有諸花，具足次第，應如佉提羅迦山中廣說。

> さらに、どのような因縁によって寒さが生じるのか。比丘たちよ、太陽の宮殿は六月を過ぎると次第に南へと進む。その時、寒さを生じさせる十二の因縁がある。どのような十二か。 比丘たちよ、須弥山と佉提羅迦山との間には、須弥留海という海がある。その広さは八万四千由旬、周囲は計り知れない。そこには、優鉢羅花、鉢頭摩花、拘牟陀花、奔荼梨迦花などの花々が豊かに咲き誇り、香りは非常に盛んである。太陽の宮殿の光がその海を照らし、冷気を生じさせる。これが第一の寒冷の因縁である。 同じように、第二の縁は伊沙陀羅山、第三の縁は由乾陀山、第四の縁は善現山、第五の縁は馬片頭山、第六の縁は尼民陀羅山、第七の縁は毘那耶迦山、第八の縁は輪囲大山である。これらの海にある花々についての詳しい説明は、佉提羅迦山のところで述べた通りである。

「復次，閻浮洲中，所有諸河流行之處，日天宮殿，光明照觸，故有寒冷，略說乃至此是第九寒冷因緣。復次，如閻浮洲諸河流行，瞿陀尼洲，諸河流行倍多。於此日天宮殿，光明照觸，寒冷更多，此是第十寒冷因緣。復次，如瞿陀尼洲諸河流行，弗婆提洲，諸河流行倍多於此，是第十一寒冷因緣。復次，如弗婆提洲諸河流行，欝單越洲，諸河流行又倍於此。日天宮殿，光明照觸，而生寒冷，是第十二寒冷因緣。諸比丘！日天宮殿，六月之間，向南行時，每於一日，行六俱盧奢，不違其道。有如是等十二因緣，所以寒冷。

> さらに、閻浮提（えんぶだい）にあるすべての川が流れる場所では、太陽の宮殿の光が照らし触れることで、寒さが生じます。これを簡単に言えば、これが第九の寒さの原因です。 さらに、閻浮提の川の流れと比べて、瞿陀尼洲（くだにしゅう）の川の流れは倍以上です。ここでも太陽の宮殿の光が照らし触れることで、さらに寒さが強まります。これが第十の寒さの原因です。 さらに、瞿陀尼洲の川の流れと比べて、弗婆提洲（ふばだいしゅう）の川の流れは倍以上です。これが第十一の寒さの原因です。 さらに、弗婆提洲の川の流れと比べて、欝単越洲（うったんえつしゅう）の川の流れはさらに倍以上です。太陽の宮殿の光が照らし触れることで、寒さが生じます。これが第十二の寒さの原因です。 比丘たちよ、太陽の宮殿は六ヶ月の間、南へ向かって進むとき、一日ごとに六倶盧舎（くろしゃ）の距離を、道を違えずに進みます。このように十二の原因によって、寒さが生じるのです。

「復次，諸比丘！有何因緣，於冬分時，夜長晝短？諸比丘！日天宮殿，過六月已，漸向南行，每於一日，移六俱盧奢，無有差失。當於是時，日天宮殿，在閻浮洲最極南陲，地形狹小，日過速疾。諸比丘！以此因緣，於冬分時，晝短夜長。復次，比丘！有何因緣，於春夏時，晝長夜短？諸比丘！日天宮殿，過六月已，漸向北行，每一日中，移六俱盧奢，無有差失，異於常道。當於是時，在閻浮洲處中而行，地寬行久，所以晝長。諸比丘！以此因緣，春夏晝長，夜分短促。

> 「また、比丘たちよ、なぜ冬の季節は夜が長く昼が短いのでしょうか。比丘たちよ、太陽の宮殿は六ヶ月を過ぎると次第に南方へと進みます。一日ごとに六俱盧奢（約六キロメートル）ずつ移動し、その動きに誤りはありません。この時、太陽の宮殿は閻浮洲（人間の住む世界）の最も南の果てに位置します。その地は狭いため、太陽は速やかに通過します。比丘たちよ、この因縁によって、冬の季節は昼が短く夜が長くなるのです。 さらに、比丘たちよ、なぜ春や夏の季節は昼が長く夜が短いのでしょうか。比丘たちよ、太陽の宮殿は六ヶ月を過ぎると次第に北方へと進みます。一日ごとに六俱盧奢ずつ移動し、その動きに誤りはなく、通常の道筋とは異なります。この時、太陽の宮殿は閻浮洲の中程を進みます。その地は広いため、太陽の通過に時間がかかり、昼が長くなります。比丘たちよ、この因縁によって、春と夏は昼が長く、夜が短くなるのです。」

「復次，諸比丘！若閻浮洲，日正中時。弗婆提洲，日則始沒；瞿陀尼洲，日則初出。欝單越洲，正當半夜；若瞿陀尼洲日正中時，此閻浮洲日則始沒，欝單越洲日則初出，弗婆提洲正當半夜；若欝單越洲日正中時，瞿陀尼洲日則始沒，弗婆提洲日則初出，閻浮洲中正當半夜；若弗婆提洲日正中時，欝單越洲日則始沒，閻浮洲中日則初出，瞿陀尼洲正當半夜。諸比丘！若閻浮洲人所謂西方，瞿陀尼人以為東方；瞿陀尼人所謂西方，欝單越人以為東方；欝單越人所謂西方，弗婆提人以為東方；弗婆提人所謂西方，閻浮洲人以為東方。南北二方，亦復如是。」世尊於此說優陀那偈：

> 「さらに、比丘たちよ、もし閻浮洲で太陽が真南に来るとき、弗婆提洲ではまさに日が沈もうとし、瞿陀尼洲ではちょうど日が昇る時である。そして欝単越洲は真夜中にあたる。もし瞿陀尼洲で太陽が真南に来るときには、この閻浮洲では日が沈み始め、欝単越洲では日が昇り始め、弗婆提洲は真夜中となる。もし欝単越洲で太陽が真南に来るときには、瞿陀尼洲では日が沈み始め、弗婆提洲では日が昇り始め、閻浮洲は真夜中となる。もし弗婆提洲で太陽が真南に来るときには、欝単越洲では日が沈み始め、閻浮洲では日が昇り始め、瞿陀尼洲は真夜中となる。比丘たちよ、閻浮洲の人が西方と呼ぶ方角を、瞿陀尼の人は東方と見なす。瞿陀尼の人が西方と呼ぶ方角を、欝単越の人は東方と見なす。欝単越の人が西方と呼ぶ方角を、弗婆提の人は東方と見なす。弗婆提の人が西方と呼ぶ方角を、閻浮洲の人は東方と見なす。南北の方角についても、同じように考えられる。」このように、世尊はこのことを説いて、優陀那（感興の偈）を述べられた。

「轉住及轉壞， 天出及薄覆，十二重風吹， 於前諸天行。樓櫓及風吹， 身體光明照，布施持戒業， 剎那羅婆過。熱則有十緣， 寒有十二種，晝夜及日中， 東西說四方。

> 住まいが変わり、また壊れていくこと。 天が出現し、薄く覆われること。 十二重の風が吹き、 先の諸天が進んでいくこと。 楼櫓（ろうろ）と風が吹き、 からだの光明が照らすこと。 布施と持戒の業（わざ）が、 刹那（せつな）や羅婆（らば）の瞬間を超えること。 暑さには十の因縁があり、 寒さには十二の種類がある。 昼と夜、そして真昼に、 東と西とで四方が説かれる。

「諸比丘！月天子宮，縱廣正等四十九由旬，四面周圍，七重垣牆、七重欄楯、七重鈴網，復有七重多羅行樹，周匝圍繞，雜色可觀。彼諸牆壁，皆以金銀乃至瑪瑙，七寶所成。四面諸門，各有樓櫓種種莊挍，乃至眾鳥，各各和鳴，廣說如前日天宮殿。諸比丘！月天宮殿，純以天銀天青琉璃，而相間錯，二分天銀，清淨無垢，無諸滓穢。其體皎潔，光甚明曜；餘之一分天青琉璃，亦甚清淨，表裏映徹，光明遠照。

> 「比丘たちよ、月天の宮殿は、縦横ともに四十九由旬（ゆじゅん）の広さで、四方位を七重の垣根、七重の欄干、七重の鈴の網が取り囲み、さらには七重の多羅樹（たらじゅ）の並木が周りを巡らせ、色とりどりで見事である。それらの壁はすべて、金、銀、瑪瑙（めのう）などの七宝で造られている。四方の門にはそれぞれ楼櫓（ろうろ）を備え、様々な飾りが施され、さらには多くの鳥たちがそれぞれ美しい声で鳴き合っている。これらの詳細は、先に述べた日天の宮殿と同じである。 比丘たちよ、月天の宮殿は、純粋な天界の銀と天界の青瑠璃（せいりゅうり）とが交互に組み合わされており、そのうち二分は天界の銀で、清らかで汚れがなく、濁りもない。その体は清らかに輝き、光は極めて明るく照り映える。残りの一分は天界の青瑠璃で、これもまた非常に清らかで、内外共に透き通り、その光は遠くまで照らし渡る。」

「諸比丘！彼月天子，最勝宮殿，為五種風，攝持而行。何等為五？一持、二住、三順、四攝、五行。以此五風，所攝持故，月天宮殿，依空而行。諸比丘！月宮殿前，亦有無量諸天宮殿，引前而行，無量百千萬數諸天子等，亦在前行，於前行時，恒受無量種種快樂，彼諸天子，皆有名字。諸比丘！於此月天大宮殿中，有一大輦，青琉璃成，其輦輿高十六由旬，廣八由旬，月天子身與諸天女，在此輦中，以天種種五欲功德，和合受樂，歡娛悅豫，隨意而行。諸比丘！彼月天子，如天年月，壽五百歲，子孫相承，皆於彼治，然其宮殿，住於一劫。諸比丘！月天子身支節分中光明出已，周遍照彼青琉璃輦，其輦光明照月宮殿，月宮殿光照四大洲。諸比丘！彼月天子，有五百光，向下而照，有五百光，傍行而照，是故月天名千光明，亦復名為涼冷光明。

> 比丘たちよ、あの月天子の最も優れた宮殿は、五種類の風によって支えられて運行している。その五つとは何か。第一に支える風、第二に留める風、第三に従う風、第四に集める風、第五に運ぶ風である。この五つの風によって支えられているので、月天の宮殿は虚空に依って運行するのである。 比丘たちよ、月宮殿の前にも、無量の天々の宮殿が先導して運行している。無量百千万の数の天子たちも前に進み、進むときには常に限りない様々な楽しみを受けている。それらの天子たちには皆、名前がある。 比丘たちよ、この月天の大宮殿の中には、一つの大きな輿がある。青琉璃でできており、その輿の高さは十六由旬、幅は八由旬である。月天子の身体と天女たちは、この輿の中で、天の様々な五つの欲望の功徳をもって和合して楽しみを受け、喜び楽しみ、心のままに運行するのである。 比丘たちよ、あの月天子は、天の年月で計算して五百歳の寿命を持ち、子孫が代々受け継いで皆その国を統治する。しかし、その宮殿は一劫の間存続する。 比丘たちよ、月天子の身体の各部から光明が出ると、その光は遍くあの青琉璃の輿を照らす。その輿の光明は月宮殿を照らし、月宮殿の光は四大洲を照らす。 比丘たちよ、あの月天子には、五百の光が下に向かって照らし、五百の光が横に向かって照らす。ゆえに月天は「千の光明」とも呼ばれ、また「涼冷なる光明」とも呼ばれるのである。

「諸比丘！何因緣故，月天宮殿，照四大洲？以於過去布施沙門及婆羅門、貧窮孤獨遠來乞者，所謂飲食騎乘衣服花鬘、諸香床鋪房舍諸資生等。於布施時，應時疾與，無諂曲心。或復供養諸仙持戒具功德者，正直純善。以此因緣，受無量種身心快樂。譬如空閑山澤曠野磧中，有一池水，涼冷輕美，無諸濁穢。是時有人，遠行疲乏，飢渴熱逼，入此池中澡浴飲水，除一切苦，受無量樂。如是如是，以上因緣，生在月天宮殿之中，受樂果報，亦復如是。諸比丘！或復有人，斷於殺生，乃至斷酒及放逸行，供養承事諸仙有德，則得生月宮殿中，照四洲界；或復有人，斷於殺生，乃至正見故，得速疾空行宮殿。此等名為諸善業道。又何因緣，月天宮殿，漸漸現也？諸比丘！此有三因緣。何等為三？一者背相轉出；二者青身諸天，形服瓔珞，一切悉青，常半月中隱覆其宮，以隱覆故，彼時月形漸漸而現；三者從日天宮殿，有六十光明一時流出，障彼月輪，以是因緣漸漸而現。復次，以何因緣，是月宮殿圓淨滿足，如是顯現？諸比丘！亦三因緣故令如是。一者爾時月天宮殿，面相轉出，以是義故，圓滿而現。復次，青色諸天，衣服瓔珞，一切皆青，常半月中隱月宮殿，然此月宮，於逋沙他十五日時，形最圓滿，光明熾盛。譬如於多油中然大熾炬，諸小燈明悉皆隱翳。如是如是，月天宮殿，十五日時，能覆諸光，亦復如是。復次，日天宮殿，六十光明一時流出，障月輪者，此月宮殿，於逋沙他十五日時，圓滿具足，於一切處，皆離翳障，是時日光不能隱覆。復次，有何因緣，月天宮殿，於黑月分第十五日，一切不現？諸比丘！此月宮殿，於黑月分第十五日，最近日宮，由彼日光所覆翳故，一切不現。復次，有何因緣，月天宮殿，名為月也？諸比丘！此月宮殿，於黑月分，一日已去，乃至月盡，光明威德，漸漸減少，以此因緣，名之為月。復次，以何因緣，月宮殿中，有諸影現？諸比丘！此大洲中，有閻浮樹，因此樹故，名閻浮洲。其樹高大，影現月輪，以此因緣，有諸影現。

> 「比丘たちよ、なぜ月天の宮殿は四大洲を照らすのか。それは、過去において、修行者やバラモン、貧しい者、孤独な者、遠方から来た乞食に布施を行ったからである。すなわち、食べ物、飲み物、乗り物、衣服、花飾り、香り、寝具、住まい、その他生活に必要なものを布施したのである。布施する際に、時機を逃さず速やかに与え、こざかしい心がなかった。あるいはまた、戒律を守り、功徳を具えた、正しく純真で善良な仙人たちを供養した。これらの因縁によって、無量の身心の安楽を受けた。例えば、人里離れた山や野原や砂漠の中に、一つの池があり、その水は冷たく、清らかで、柔らかく、濁りがなかった。そこへ、遠くから来た疲れ果てた人が、飢えと渇きと熱に苦しみながらやって来て、その池で身を洗い、水を飲み、一切の苦しみを除き、無量の安楽を得た。まさにそのように、以上の因縁によって、月天の宮殿に生まれ、安楽の果報を受けるのである。比丘たちよ、あるいは、殺生を断ち、乃至、飲酒や放逸な行いを断ち、功徳ある仙人たちを供養し仕えた人も、月天の宮殿に生まれ、四大洲を照らすのである。またある人は、殺生を断ち、乃至、正しい見解を持つことによって、速やかに虚空を飛行する宮殿を得る。これらを善なる業の道と名付ける。 では、何の因縁によって、月天の宮殿は徐々に現れてくるのか。比丘たちよ、これには三つの因縁がある。三つとは何か。第一に、月の背の部分が向きを変えて現れるからである。第二に、身も衣服も瓔珞もすべて青色の天人たちが、常に半月の間、月の宮殿を隠すからである。その隠れることによって、月の形が徐々に現れてくるのである。第三に、日天の宮殿から六十の光明が一時に流れ出て、その月輪を覆い隠すからであり、この因縁によって徐々に現れてくるのである。 さらに、何の因縁によって、月の宮殿は円く満ち足りて清らかに、このように顕現するのか。比丘たちよ、これにも三つの因縁によってそうなるのである。第一に、その時、月天の宮殿が正面を向いて出るからであり、この意味によって、満ち足りて現れるのである。第二に、青色の天人たちは、衣服も瓔珞もすべて青く、常に半月の間、月の宮殿を隠しているが、この月の宮殿は、逋沙他（布薩）の十五日目には、その形が最も円満となり、光明が熾盛となる。例えば、多量の油の中で大きな炬火を燃やせば、他の小さな灯火はすべて隠れて見えなくなる。まさにそのように、月の宮殿は十五日目には、諸々の光を覆い隠すのである。第三に、日天の宮殿から六十の光明が一時に流れ出て月輪を覆い隠すのであるが、この月の宮殿は、逋沙他（布薩）の十五日目には、円満に具足し、あらゆる場所で覆い隠すものがなくなり、その時は日光も覆い隠すことができないのである。 次に、何の因縁によって、月天の宮殿は、黒月（月が欠ける期間）の第十五日目には、全く現れなくなるのか。比丘たちよ、この月の宮殿は、黒月の第十五日目には、太陽の宮殿に最も近づき、その日光によって覆い隠されるため、全く現れなくなるのである。 次に、何の因縁によって、月天の宮殿は「月」と呼ばれるのか。比丘たちよ、この月の宮殿は、黒月の期間の一日目から月が尽きるまで、光明の威徳が徐々に減少していく。この因縁によって「月」と名付けられるのである。 次に、何の因縁によって、月の宮殿の中に様々な影が現れるのか。比丘たちよ、この大洲には閻浮樹という木がある。この木によって、この洲は閻浮洲と名付けられている。その木は高く大きく、その影が月輪に映る。この因縁によって、様々な影が現れるのである。」

「復次，以何因緣，有諸河水流於世間？諸比丘！以有日故有熱，有熱故有炙，有炙故有蒸，有蒸故有汗濕，以汗濕故，一切山中，汁流為水，以成諸河。諸比丘！此因緣故，河流世間。復次，有何因緣，五種種子，世間出現？諸比丘！若於東方，有諸世界，或成已壞、或壞已成、或成已住，南西北方，成壞及住，亦復如是。爾時，阿那毘羅大風，別於他方成住世界，吹五種子，散此界中，散已復散，乃至大散，所謂根子、莖子、節子、接子、子子，此為五子。諸比丘！閻浮樹果大如摩伽陀國一斛之瓮，摘其果時，汁隨流出，色白如乳，味甘如蜜。諸比丘！閻浮樹果，隨所出生，有五分利益，謂東、南、西方，上下二方。東分生者，諸乾闥婆皆共食之。南分生者，為七大聚落人民所食。何者為七？一名不正叫、二名叫喚、三不正體、四賢、五善、六牢、七勝。於此七種大聚落中，有七黑山，一名偏廂、二名一搏、三小棗、四何髮、五百偏頭、六能勝、七最勝。彼七山中，有七梵仙所居之窟，一善眼、二善賢、三小、四百偏頭、五爛物池、六黑入、七增長。時，西分生者，金翅鳥等所共食之。上分生者，虛空夜叉皆共食之。下分生者，海中諸虫皆來取食。」

> また、どのような因縁によって、世の中に数々の川が流れているのでしょうか。比丘たちよ、太陽があるから熱があり、熱があるから炙りがあり、炙りがあるから蒸気が生じ、蒸気があるから汗や湿り気が生じます。その汗や湿り気によって、あらゆる山々から汁が流れ出て水となり、数々の川ができるのです。比丘たちよ、この因縁によって、川が世の中に流れているのです。 また、どのような因縁によって、五種類の種子が世の中に現れるのでしょうか。比丘たちよ、東方の諸世界では、世界が形成されたり壊れたり、壊れた後に形成されたり、形成されたまま留まったりしています。南方、西方、北方でも同様に、形成と破壊と停滞が繰り返されています。その時、アナヴィラという大風が、他の場所にある形成・停滞している世界から五種類の種子を吹き寄せ、この世界にまき散らします。まいてはまたまき、大きくまき散らすのです。その五種とは、根の種、茎の種、節の種、接ぎ木の種、そして子の種です。これが五種の種子です。 比丘たちよ、閻浮（エンブ）の果実は、マガダ国で用いられる一斛（いっこく）の瓮（かめ）ほどの大きさがあります。その果実を摘むと、汁が流れ出し、その色は乳のように白く、味は蜜のように甘いのです。比丘たちよ、閻浮の果実が生じる所には、五つの方向に分かれて利益があります。すなわち、東、南、西方、そして上下の二方です。東方に生じたものは、乾闥婆（けんだつば）たちが皆で食べます。南方に生じたものは、七つの大きな集落の人々が食べます。その七つとは、一つ目は「不正叫」、二つ目は「叫喚」、三つ目は「不正体」、四つ目は「賢」、五つ目は「善」、六つ目は「牢」、七つ目は「勝」です。これら七つの大きな集落には、七つの黒山があります。一つ目は「偏廂」、二つ目は「一搏」、三つ目は「小棗」、四つ目は「何髪」、五つ目は「百偏頭」、六つ目は「能勝」、七つ目は「最勝」です。それら七つの山の中には、七人の梵仙（ぼんせん）が住む洞窟があります。一つ目は「善眼」、二つ目は「善賢」、三つ目は「小」、四つ目は「四百偏頭」、五つ目は「爛物池」、六つ目は「黒入」、七つ目は「増長」です。時に、西方に生じたものは金翅鳥（こんじちょう）たちが皆で食べます。上方に生じたものは虚空夜叉（こくうやしゃ）たちが皆で食べます。下方に生じたものは海の中の様々な虫たちが来て食べるのです。

於中有優陀那偈：

> この中に、ウダーナの偈（うた）があります。

初說雨多少， 宮殿中示現，二事多有風， 於前諸天行。輦輿及壽命， 身體光明照，布施持戒業， 遍及滿足輪。月翳及不見， 有影何因緣，諸河諸種子， 閻浮樹最後。

> まずは雨の量について説き、 宮殿の中にその様子を現す。 第二には、多くの風が吹くこと。 これは天の諸々の前を行くもの。 輦輿（輿）や寿命、 身体の光明の輝き、 布施や戒律を守る行い、 それらすべてが輪を満たす。 月の翳りや見えなくなること、 影があるのはどのような因縁か。 諸々の川、諸々の種子、 そして最後に閻浮（エンバ）の木がある。

「諸比丘！劫初眾生，食地味時，多所資益，久住於世。而彼諸人，若多食者，顏色即劣；若少食者，光相便勝。當於是時，形色現故，眾各相欺，共諍勝劣，勝者生慢；以我慢故，地味便沒。續生地皮，色味具足，譬如成就羯尼迦羅花，有如是色；又如淳蜜煎除滓蠟，有如是味。彼諸眾生，皆共聚集，憂愁苦惱，椎胸叫喚，迷悶困乏，作是唱言：『嗚呼！我地味，嗚呼我地味。』譬如今者，有諸勝味，既嘗知已，唱言：『嗚呼！此是我味。』執著舊名，不知真義。彼諸眾生，亦復如是。時，彼眾生食於地皮，亦久住世。多食色麤，少食形勝，以勝劣故，我慢相凌，地皮復沒。便生林蔓，形色成就，香味具足，譬如成就迦藍婆迦花，有如是色，割之汁流，猶如淳蜜，乃至如前，聚共愁惱。如是次第，林蔓沒已，有粳米出，不耕不種，自然而生。無芒無𥢶，米粒清淨，香味具足。彼時眾生，食是米已，身分即有脂髓皮肉、筋骨膿血、泉脈流布，及男女根相貌彰顯。根相既生，染心即起。以有染故，數相視瞻，既數相看，遂生愛欲。以欲愛故，便於屏處，行非梵行不淨欲法。是時復有諸餘眾生，未行此者，見已告言：『咄！汝眾生所作甚惡，云何如此？』時，彼眾生，即生慚愧，墮在不善諸惡法中，便得如是波帝名字波帝隋言墮，即是夫主。時，彼眾生，以墮如是諸惡法故，同行欲者將飯食來，共餉遺之，語彼女言：『汝有墮也！汝有墮也！』因此立名為婆梨耶隋言飯食，即是婦也。諸比丘！以此因緣，先舊下生諸勝人等，見於世間夫妻事出，心生惡賤，左手捉取，右手推之，令離其處。時，彼夫妻，或復二月、或復三月，去已還來，即以杖木土塊瓦石而打擲之，作如是言：『汝善隱藏！汝善隱藏！』是故，今者諸女嫁時，或擲諸花，或擲金銀衣服羅闍羅闍梵語，即是熬稻穀為花者，作如是呪願之言：『願汝新婦，安隱快樂。』諸比丘！如是次第，往昔眾人，用之為惡；今時諸人亦如是作，用之為好。以是因緣，諸眾生等，於世法中，行於惡行。如是次第，乃至起作種種舍宅，為彼惡業，作覆藏故。」

> 「比丘たちよ。劫の初め、衆生が地の味を食べていた時、多くの利益を得て長く世に存続しました。しかし、多く食べた者たちは容色が衰え、少なく食べた者たちは光明が勝っていました。そこで、容貌に優劣が現れたため、互いに欺き合い、優劣を競い合いました。勝った者は慢心を起こし、その慢心によって地の味は消え去りました。 次に地の皮が生じ、色と味を備えていました。それは、例えば満開のカニカーラ花のような色であり、また蜜を煮詰めて滓や蝋を取り除いたような味でした。その衆生たちは皆集まって、憂い苦しみ、胸を打ち叫び、迷い悶え、こう言いました『ああ、我らが地の味よ。ああ、我らが地の味よ』。これは、今で言うなら、ある優れた味を一度味わった人が『ああ、これが我々の味だ』と言うのと同じで、昔の名前に執着し、本当の意味を知らないのです。あの衆生たちもまた同じでした。 彼らが地の皮を食べても、長く世に存続しました。多く食べると色は粗くなり、少なく食べると姿は優れていました。その優劣から、慢心によって互いに軽蔑し合い、地の皮もまた消え去りました。 次に林蔓が生じ、形や色が整い、香りや味が備わっていました。それは、例えば満開のカランバカ花のような色で、切れば蜜のように汁が流れました。そして、前と同じように集まって嘆き悲しみました。 こうして次第に林蔓が消えると、粳米が現れました。耕さず、種を蒔かずに自然に生じ、芒も殻もなく、米粒は清らかで香りや味が備わっていました。その米を食べると、衆生の身体には脂髄・皮肉・筋骨・膿血・脈管が巡り、男女の性器の形がはっきりと現れました。 性器が生じると、染着の心が起きました。染着があるために、互いに何度も見つめ合い、愛欲が生まれました。愛欲によって、人目を避けて清らかでない行い、不浄な欲の法を行うようになりました。 また、そうした行いをしなかった他の衆生がこれを見て、『おい、お前たちの行いは大変悪い。どうしてそんなことをするのか』と言いました。すると、その衆生たちは恥じ入り、不善の悪法に堕ちたのです。そこで彼らは『波帝』という名を得ました<note>波帝は梵語で『堕ちた者』、即ち夫の主という意味</note>。 その時、これらの悪法に堕ちた衆生たちは、同じ欲を行う者が飯を持ってきて贈り、その女に『汝、堕ちたり』『汝、堕ちたり』と言いました。これによって『婆梨耶』という名が立てられました<note>梵語で飯を意味し、即ち婦のこと</note>。 比丘たちよ。このような因縁で、先に生まれた優れた人々は、世に夫婦ということが現れるのを見て、嫌悪し、左手で捕まえて右手で押しやり、その場から離れさせました。その夫婦は、二月か三月して戻って来ると、棒や土塊や瓦石で打ち据え、『お前らはよく隠れよ。よく隠れよ』と言いました。 それゆえ、今でも女性が嫁ぐ時、花や金銀、衣服、羅闍<note>羅闍は梵語で、稲穀を煎って花形にしたもの</note>を投げ、『願わくは、あなたの新婦が安らかに楽しくあれ』と呪願するのです。 比丘たちよ。このように、昔の人々はこれを悪として行いましたが、今の人々は同じことを善いこととして行っています。この因縁によって、衆生は世間の法の中で悪い行いをするのです。こうして次第に、その悪業を覆い隠すために様々な家屋を建てるに至ったのです。」

偈言：

初作占婆城， 後作波羅奈，過劫殘末際， 規度王舍城。

> まず占婆城が築かれ、 後に波羅奈が造られた。 劫の終わり、残されたわずかな時を経て、 王舎城が計画的に整えられた。

「諸比丘！以此因緣，先舊勝人，造作村城聚落、國邑王都宮室、諸餘住處，莊嚴世間，次第出生。諸比丘！如是眾生，更漸增長非法行時，有餘眾生，福命業盡，從光音天捨身來下，於母腹中，受胎生身。以此因緣，世人漸多，非法漸增。諸比丘！諸舊勝人，先生世間，彼諸眾生，餘福力故，不須耕種而有粳米，自然出生。若有須者，日初分取，於日後分尋復還生；日後分取，日初還生，成熟無異；若未取者，依舊常在。後時眾生，福漸薄故，嬾墮懈怠，貪悋心生，作如是念：『今此粳米，非耕種得，何用辛苦，日初日後，時別往取？徒自困乏。我今寧可一時頓取。』遂即併取二時粳米。有餘眾生，喚彼人言：『食時方至，可共相隨收粳米也。』彼人報言：『我已頓取，日初後分一時將來。汝欲去者可自知時。』彼人作是念：『此人善作，快自安樂，日初後分一時頓取，我今亦可一時併取兩三日食。』即頓取之。爾時，更有諸餘眾生，喚彼人言：『我等可共收取粳米。』彼即報言：『我前已取三日食分。汝自知時。』彼人聞已，復作是念：『此人甚善，我今亦宜一時併取四五日分，以為貯積。』以此因緣，爾時，粳米漸生皮糩，盛裹其米，又被刈者，即更不生，未刈之處依舊猶在，於是稻穀便有分段，叢聚而生。

> 「比丘たちよ、このような因縁によって、先に世に現れた勝れた人々は、村や町、集落、国や都、王宮や家屋、その他の住まいを造り、世の中を荘厳して、次第に生まれ出てきました。 比丘たちよ、このように衆生がさらに増え、非法な行いが増すとき、残りの衆生の中で、福徳と寿命の業が尽きた者たちが、光音天から身を捨ててこの世に降り、母の胎内で胎生の身を受けます。この因縁によって、世の中の人はさらに増え、非法もさらに増えていきました。 比丘たちよ、先に世に生まれた勝れた人々や、その他の衆生は、残った福徳の力によって、耕さなくても粳米が自然に生まれました。必要な者は、午前中に取れば、午後にはまた生え、午後に取れば、午前中にまた生え、熟し方は全く同じでした。また、取らなければ、そのままそこにありました。 ところが後になって、衆生の福徳が薄くなり、怠け者でだらしなく、貪りの心が生まれ、こう考えました。 『この粳米は、耕さなくても得られるものだ。わざわざ苦労して、午前と午後、いちいち取りに行く必要があるだろうか。ただ疲れるだけだ。いっそのこと、一度にまとめて取ってしまおう。』 こうして、彼は一度に二回分の粳米を取ってしまいました。 他の衆生が彼に呼びかけました。 『食事の時間ですよ。一緒に粳米を取りに行きましょう。』 すると彼は答えました。 『私はもう、午前と午後の分を一度に取ってしまいました。あなたが行きたいなら、ご自分の好きな時にどうぞ。』 その言葉を聞いた別の者は、こう考えました。 『この人はうまくやったな。楽でいい。午前と午後の分を一度に取っている。私も二、三日分を一度に取ってしまおう。』 こうして、彼は三日分を一度に取りました。 さらに、他の衆生がその者に言いました。 『一緒に粳米を取りに行きましょう。』 彼は答えました。 『私はもう三日分を取りました。あなたはご自分で都合の良い時にお取りなさい。』 それを聞いた別の者が、また考えました。 『この人はとても賢い。私も四五日分を一度に取って、蓄えておこう。』 このような因縁によって、粳米には次第に皮やもみ殻ができて米を包むようになり、刈り取ったところには新たに生えず、刈り取らなかったところだけがそのまま残りました。こうして、稲には粒ごとに区分けができ、叢になって生えるようになりました。」

「是時眾生方共聚集，愁憂悲哭，自相謂言：『我憶往昔所生之身，以喜為食，自然光明，騰空自在，神色最勝，壽命遐長。而為我等忽生地味，色香味具，食亦久壽。若多食者，色形則麤；能少食者，顏色猶勝。爭勝劣故，起憍慢心，則成差別。由於此故地味滅沒，次生地皮，次生林蔓，次生粳米，乃至皮糩。刈者不生，不刈如舊，以如是故，成此段別，叢聚而生。我等今者，宜應分境，結為壃畔。彼是汝分，此是我分，并立要契，侵者罰之。』諸比丘！以此因緣，世間便有界畔謫罰名字出生。

> その時、人々は共に集まり、悲しみ嘆きながら互いに言い合いました。 「私たちはかつて生まれ変わった身を覚えている。喜びを食べ物とし、みずから光を放ち、空を自在に飛び、姿は最もすぐれ、寿命は長かった。ところが私たちに忽然と地味が生じ、色・香り・味が備わり、これを食べても長寿であった。多く食べる者は色形が粗くなり、少なく食べる者は色がなおすぐれていた。優劣を争う心から、おごり高ぶる心が生じ、差別が生まれた。そのために地味は消え失せ、次に地皮が生じ、次に林の蔓、次に粳米が生じ、ついには籾殻に至った。刈ったものは生えず、刈らないものは元のように残った。こうして、区別ができ、群れ集まって生じるようになった。今、私たちは土地を区切って境を設け、『あれはあなたの分、これは私の分』と定め、約束を結び、侵す者には罰を科そう。」 比丘たちよ、この因縁によって、世の中に境界や罰則という名が生まれたのである。

「爾時，眾中有一眾生，自惜己稻，盜取他稻。餘人見已，即告之言：『咄！汝眾生所作甚惡，所作甚惡。云何自有，更盜他物！』呵已放去，而語之言：『莫復如此。』然是眾生更復重作，亦且呵放，如是再三，猶不改悔。麤言呵罵，手打其頭，牽臂將詣眾人之中，告眾人言：『此人偷盜！』而此盜者，對於眾前，拒諱諍鬪，語眾人言：『今此眾生，以麤惡言，見相罵辱，手打我頭。』時，彼眾人便共聚集，憂愁悲哭，自相謂言：『我等今日，相與至此，困惡處也。我等已生惡不善法，起諸煩惱，增長未來生老苦果，當向惡趣。而今現見以手相擊，牽排駈遣呵責罵辱。我等今應推求正人，共立為主，以為守護。應呵責者正作呵責、應謫罰者正作謫罰、應駈遣者正作駈遣，我等田分，所有稻穀，各自收取。若守護主，有所須者，我等眾人，共斂供給。』大眾如是，善平量已，於是即共推求正人，為守護主。爾時，於彼大眾之中，獨有一人，身最長大，圓滿端嚴，容儀特勝，殊妙可觀，形色威光，無不具足。於是大眾，至彼人所，作如是言：『善哉仁者，汝為我等作正守護。我等諸人各有田畔，汝當經理，勿令相侵。應呵正呵、應責正責、應謫罰者正作謫罰、應駈遣者正作駈遣。我等諸人所收稻穀，當分與汝，不令乏少。』彼人聞已，即相許可，為作守護，呵責謫罰，駈遣平正，無有侵凌。眾斂稻穀，而供給之，不令短闕。如是依法，為作正主，以從眾人稻田之中取地分故，因即名為剎帝利隋言田主。時，諸眾生歡喜依教奉行。彼剎帝利，於眾事中，智慧善巧，處於眾中，光相最勝，是故復名為曷囉闍隋言王也。大眾立為大平等王，是故復名摩訶三摩多隋言大平等也。諸比丘！彼摩訶三摩多作王之時，一切諸人，始復立名為薩多婆隋言眾生。諸比丘！摩訶三摩多王有息，名乎盧遮隋言意喜。諸比丘！彼乎盧遮作王之時，諸人共稱為訶夷摩迦隋言舍者。諸比丘！乎盧遮王有息，名迦梨耶那隋言正真。諸比丘！彼迦梨耶那作王之時，諸人共稱為帝羅闍隋言胡麻生也。諸比丘！迦梨耶那王有息，名婆羅迦梨耶那隋言最正真者。諸比丘！彼婆羅迦梨耶那作王之時，諸人共稱為阿跋羅騫陀隋言雲片。諸比丘！彼雲片王有息，名烏逋沙他隋言齋戒。諸比丘！其齋戒王在位之時，諸人共稱為多羅承伽隋言木脛。諸比丘！彼齋戒王頂上自然出一肉皰，其皰開張，生一童子，端正殊特，具三十二大人之相，生已唱言摩陀多隋言持我。其頂生王，具足神通，有大威力，統四大洲，自在治化。諸比丘！此等六王，壽命無量。諸比丘！其頂生王，右髀出皰，生一童子，端正殊特，身亦具足三十二相，名右髀生，有大威力，統四大洲。其右髀王左髀出皰，生一童子，身亦具足三十二相，名左髀生，有威德力，王三大洲。其左髀王，右膝肉皰，生一童子，威相如前，王二大洲。其右膝王，左髀肉皰，生一童子，威相如前，領一大洲。

> その時、群れの中の一人が自分の稲を惜しんで、他人の稲を盗みました。それを見た別の人が言いました。「おい、あなたの行いは非常に悪い。自分のものがあるのに、なぜ他人のものを盗むのか！」と叱って追い払い、「二度としてはいけない」と言いました。しかし、その人はまた同じことを繰り返しました。また叱って追い払いましたが、三度四度と繰り返しても改めようとしません。そこで人々は荒い言葉で罵り、手で頭を打ち、腕を引いて人々の前に連れて行き、「この人は泥棒だ！」と告げました。すると、この盗人は人々の前で否認し、言い争いました。「この者たちは荒い言葉で罵り、手で私の頭を打った」と言いました。 その時、人々は集まって悲しみ嘆き、互いに言いました。「私たちは今日、ひどい状況に陥ってしまった。私たちの中に悪い行いや煩悩が生まれ、未来の老いや苦しみの結果を増やし、悪い世界へ向かうことになる。今、手で打ち合い、引っ張り合い、追い払い、叱り罵るという現実が現れている。私たちは正しい人を探し出し、皆で主として立て、守りとしよう。叱るべき者を正しく叱り、罰するべき者を正しく罰し、追い払うべき者を正しく追い払う。私たちの田地の稲は各自で収穫する。もし守護主に必要なものがあれば、私たち皆で集めて供給しよう。」こうして人々はよく話し合い、正しい人を探し出して守護主としました。 その時、その群れの中に一人の人物がいました。体が最も大きく、円満で端正、容姿は特に優れ、素晴らしく、威厳と輝きを全て備えていました。そこで人々はその人のもとに行き、こう言いました。「善きかな、あなたが私たちの正しい守護主となってください。私たちにはそれぞれ田の境目があります。あなたが管理し、互いに侵し合うことがないようにしてください。叱るべきは正しく叱り、罰するべきは正しく罰し、追い払うべきは正しく追い払ってください。私たち全員が収穫した稲をあなたに分け与え、不足させません。」その人は聞いて承諾し、守護主となり、叱責、罰、追放を公正に行い、侵害はありませんでした。人々は稲を集めて彼に供給し、不足させることはありませんでした。 こうして法に従って正しい主が立てられました。人々の田んぼの中から土地を分け与えたことから、この主は「刹帝利（田の主）」と呼ばれました。その時、すべての衆生は喜んで教えに従い行いました。その刹帝利は様々な事柄において智慧と巧みな能力を持ち、群れの中で最も光り輝いていたため、「曷囉闍（王）」とも呼ばれました。人々は彼を大いなる平等の王と定め、そのため「摩訶三摩多（大いなる平等）」とも呼ばれました。 比丘たちよ、その摩訶三摩多が王であった時、すべての人々は初めて「薩多婆（衆生）」という名で呼ばれるようになりました。 比丘たちよ、摩訶三摩多王には「乎盧遮（意喜）」という名の息子がいました。比丘たちよ、その乎盧遮が王であった時、人々は彼を「訶夷摩迦（舎者）」と呼びました。 比丘たちよ、乎盧遮王には「迦梨耶那（正真）」という名の息子がいました。比丘たちよ、その迦梨耶那が王であった時、人々は彼を「帝羅闍（胡麻生）」と呼びました。 比丘たちよ、迦梨耶那王には「婆羅迦梨耶那（最正真者）」という名の息子がいました。比丘たちよ、その婆羅迦梨耶那が王であった時、人々は彼を「阿跋羅騫陀（雲片）」と呼びました。 比丘たちよ、その雲片王には「烏逋沙他（齋戒）」という名の息子がいました。比丘たちよ、その齋戒王が在位していた時、人々は彼を「多羅承伽（木脛）」と呼びました。 比丘たちよ、その齋戒王の頭頂に自然に肉の腫れ物が現れ、それが開いて一人の童子が生まれました。その童子は端正で特別に優れ、三十二の大人の相を備えており、生まれてすぐに「摩陀多（私を支えよ）」と唱えました。その頂生王は完全な神通力を持ち、大きな威力を有し、四大洲を統治し、自由自在に治めました。 比丘たちよ、この六人の王は寿命が計り知れませんでした。 比丘たちよ、その頂生王の右ももから腫れ物が現れ、一人の童子が生まれました。端正で特別に優れ、体も三十二の相を完全に備えており、名を「右髀生」といい、大きな威力を有し、四大洲を統治しました。 その右髀王の左ももから腫れ物が現れ、一人の童子が生まれました。体も三十二の相を完全に備えており、名を「左髀生」といい、威力と德を有し、三大洲を治めました。 その左髀王の右膝に肉の腫れ物が現れ、一人の童子が生まれました。威光と相は前と同様で、二大洲を治めました。 その右膝王の左ももに肉の腫れ物が現れ、一人の童子が生まれました。威光と相は前と同様で、一大洲を治めました。

「諸比丘！從是已來，有轉輪王，皆領一洲，汝等當知。諸比丘！如是次第，最初眾立大平等王，次意憙王，次正真王，次最正真王，次受齋戒王，次頂生王，次右髀王，次左髀王，次右膝王，次左膝王，次已脫王，次已已脫王，次體者王，次體味王，次果報車王，次海王，次大海王，次奢俱梨王，次大奢俱梨王，次茅草王，次別茅草王，次善賢王，次大善賢王，次相愛王，次大相愛王，次叫王，次大叫王，次尼梨迦王，次那瞿沙王，次狼王，次海分王，次金剛臂王，次牀王，次師子月王，次那耶坻王，次別者王，次善福水王，次熾熱王，次作光王，次曠野王，次小山王，次山者王，次焰者王，次熾焰王。諸比丘！其熾焰王，子孫相承，有一百一，並在逋多羅城治化天下。其最後王，名為降怨，以能降伏諸怨敵故，名曰降怨。

> 「比丘たちよ、それ以来、世には転輪王が現れ、いずれも一つの大陸を治めてきました。よく知っておくべきです。比丘たちよ、このように順を追って、最初に大衆によって立てられた大平等王、次に意喜王、次に正真王、次に最正真王、次に受斎戒王、次に頂生王、次に右髀王、次に左髀王、次に右膝王、次に左膝王、次に已脱王、次に已已脱王、次に体者王、次に体味王、次に果報車王、次に海王、次に大海王、次に奢倶梨王、次に大奢倶梨王、次に茅草王、次に別茅草王、次に善賢王、次に大善賢王、次に相愛王、次に大相愛王、次に叫王、次に大叫王、次に尼梨迦王、次に那瞿沙王、次に狼王、次に海分王、次に金剛臂王、次に床王、次に師子月王、次に那耶坻王、次に別者王、次に善福水王、次に熾熱王、次に作光王、次に曠野王、次に小山王、次に山者王、次に焔者王、次に熾焔王と続きました。 比丘たちよ、その熾焔王から子孫が代々受け継がれ、百一の王たちが、逋多羅城で天下を治めました。その最後の王の名は降怨といい、すべての怨敵を降伏させたことから、降怨と呼ばれました。」

「諸比丘！其降怨王，子孫相承，在阿踰闍城治化，有五萬四千王，其最後王，名曰難勝。諸比丘！彼難勝王，子孫相承，在波羅奈城治化，有六萬三千王，其最後王，名難可意。諸比丘！彼難可意王，子孫相承，在迦毘羅城治化，有八萬四千王，其最後王，名曰梵德。諸比丘！彼梵德王，子孫相承，在白象城治化，有三萬二千王，其最後王，名曰象德。諸比丘！彼象德王，子孫相承，在拘尸那城治化，有三萬二千王，其最後王，名曰藿香。諸比丘！彼藿香王，子孫相承，在優羅奢城治化，有三萬二千王，其最後王，名那伽那嗜。諸比丘！彼那伽那嗜王，子孫相承，在難降伏城治化，有三萬二千王，其最後王，名曰降他。諸比丘！彼降他王，子孫相承，在葛那鳩遮城治化，有一萬二千王，其最後王，名曰勝軍。諸比丘！彼勝軍王，子孫相承，在彼波城治化，有一萬八千王，其最後王，名曰天龍。諸比丘！彼天龍王，子孫相承，在多摩梨奢城治化，有二萬五千王，其最後王，名曰海天。諸比丘！彼海天王，子孫相承，還在多摩梨奢城治化，有一萬王，其最後王，亦名海天。諸比丘！彼海天王，子孫相承，在檀多富羅城治化，有一萬八千王，其最後王，名為善意，子孫相承，在王舍大城治化，有二萬五千王，其最後王，名善治化。諸比丘！善治化王，子孫相承，還在波羅奈城治化，有一千一百王，其最後王，名大帝君。諸比丘！大帝君王，子孫相承，在茅主大城治化，有八萬四千王，其最後王，復名海天。諸比丘！彼海天王，子孫相承，還在逋多羅城治化，有一千五百王，其最後王，名曰苦行。諸比丘！彼苦行王，子孫相承，還在茅主大城治化，有八萬四千王，其最後王，名曰地面。諸比丘！彼地面王，子孫相承，還在阿踰闍城治化，有一千王，其最後王，名曰持地。諸比丘！彼持地王，子孫相承，還在波羅奈大城治化，有八萬王，其最後王，名曰地主。諸比丘！彼地主王，子孫相承，在寐鬚羅城治化，有八萬四千王，其最後王名曰大天。諸比丘！彼大天王，子孫相承，在寐鬚羅大城治化，有八萬四千王，此八萬四千王皆在寐鬚羅大城，菴婆羅林中，修行梵行。其最後者，名尼寐王，次沒王，次竪齊王，次訶奴王，次優波王，次奴摩王，次善見王，次月見王，次聞軍王，次法軍王，次降伏王，次大降伏王，次更降王，次無憂王，次除憂王，次肩節王，次節王，次摩羅王，次婁那王，次方主王，次塵者王，次迦羅王，次難陀王，次鏡面王，次生者王，次斛領王，次食飲王，次饒食王，次難降王，次難勝王，次安住王，次善住王，次大力王，次力德王，次竪行王。諸比丘！彼竪行王，子孫相承，在迦攝波城治化，有七萬五千王，其最後王，名菴婆梨沙。諸比丘！彼菴婆梨沙王有子，名曰善立。諸比丘！其善立王，子孫相承，在波羅大城治化，有一千一百王，其最後王，名雞梨祁。

> 比丘たちよ、その降怨王の子孫は代々受け継がれ、アユッダ城（阿踰闍城）で治世を行い、五万四千人の王がいました。その最後の王の名を難勝といいます。 比丘たちよ、その難勝王の子孫は代々受け継がれ、バーラーナシー城（波羅奈城）で治世を行い、六万三千人の王がいました。その最後の王の名を難可意といいます。 比丘たちよ、その難可意王の子孫は代々受け継がれ、カピラ城（迦毘羅城）で治世を行い、八万四千人の王がいました。その最後の王の名を梵徳といいます。 比丘たちよ、その梵徳王の子孫は代々受け継がれ、白象城で治世を行い、三万二千人の王がいました。その最後の王の名を象徳といいます。 比丘たちよ、その象徳王の子孫は代々受け継がれ、クシナガラ城（拘尸那城）で治世を行い、三万二千人の王がいました。その最後の王の名を藿香といいます。 比丘たちよ、その藿香王の子孫は代々受け継がれ、ウラーシャ城（優羅奢城）で治世を行い、三万二千人の王がいました。その最後の王の名を那伽那嗜といいます。 比丘たちよ、その那伽那嗜王の子孫は代々受け継がれ、難降伏城で治世を行い、三万二千人の王がいました。その最後の王の名を降他といいます。 比丘たちよ、その降他王の子孫は代々受け継がれ、カナクッジャ城（葛那鳩遮城）で治世を行い、一万二千人の王がいました。その最後の王の名を勝軍といいます。 比丘たちよ、その勝軍王の子孫は代々受け継がれ、彼波城で治世を行い、一万八千人の王がいました。その最後の王の名を天龍といいます。 比丘たちよ、その天龍王の子孫は代々受け継がれ、タマリシカ城（多摩梨奢城）で治世を行い、二万五千人の王がいました。その最後の王の名を海天といいます。 比丘たちよ、その海天王の子孫は代々受け継がれ、再びタマリシカ城で治世を行い、一万人の王がいました。その最後の王もまた海天といいます。 比丘たちよ、その海天王の子孫は代々受け継がれ、タンダプラ城（檀多富羅城）で治世を行い、一万八千人の王がいました。その最後の王の名を善意といいます。そしてその子孫は代々受け継がれ、ラージャグリハ大城（王舎大城）で治世を行い、二万五千人の王がいました。その最後の王の名を善治化といいます。 比丘たちよ、善治化王の子孫は代々受け継がれ、再びバーラーナシー城で治世を行い、千百人の王がいました。その最後の王の名を大帝君といいます。 比丘たちよ、大帝君王の子孫は代々受け継がれ、茅主大城で治世を行い、八万四千人の王がいました。その最後の王の名も海天といいます。 比丘たちよ、その海天王の子孫は代々受け継がれ、再びプータラ城（逋多羅城）で治世を行い、千五百人の王がいました。その最後の王の名を苦行といいます。 比丘たちよ、その苦行王の子孫は代々受け継がれ、再び茅主大城で治世を行い、八万四千人の王がいました。その最後の王の名を地面といいます。 比丘たちよ、その地面王の子孫は代々受け継がれ、再びアユッダ城で治世を行い、千人の王がいました。その最後の王の名を持地といいます。 比丘たちよ、その持地王の子孫は代々受け継がれ、再びバーラーナシー大城で治世を行い、八万の王がいました。その最後の王の名を地主といいます。 比丘たちよ、その地主王の子孫は代々受け継がれ、眠須羅城で治世を行い、八万四千人の王がいました。その最後の王の名を大天といいます。 比丘たちよ、その大天王の子孫は代々受け継がれ、眠須羅大城で治世を行い、八万四千人の王がいました。この八万四千人の王は皆、眠須羅大城のアンバ林の中で清らかな行いを修行しました。その最後の者を、ニメイ王、さらにボツ王（次沒王）、センセイ王（竪斉王）、カダ王（訶奴王）、ウハ王（優波王）、ヌマ王（奴摩王）、ゼンケン王（善見王）、ゲツケン王（月見王）、ブングン王（聞軍王）、ホウグン王（法軍王）、コウフク王（降伏王）、ダイコウフク王（大降伏王）、コウコウ王（更降王）、ムユウ王（無憂王）、ジョユウ王（除憂王）、ケンセツ王（肩節王）、セツ王（節王）、マラ王（摩羅王）、ロウナ王（婁那王）、ホウシュ王（方主王）、ジンジャ王（塵者王）、カラ王（迦羅王）、ナンダ王（難陀王）、キョウメン王（鏡面王）、ショウジャ王（生者王）、コクリョウ王（斛領王）、ジキイン王（食飲王）、ジョウショク王（饒食王）、ナンコウ王（難降王）、ナンショウ王（難勝王）、アンジュウ王（安住王）、ゼンジュウ王（善住王）、ダイリキ王（大力王）、リキトク王（力徳王）、ジユギョウ王（竪行王）といいます。 比丘たちよ、そのジユギョウ王（竪行王）の子孫は代々受け継がれ、カッサパ城（迦摂波城）で治世を行い、七万五千人の王がいました。その最後の王の名をアンバリシャ（菴婆梨沙）といいます。 比丘たちよ、そのアンバリシャ王には、善立という名の子がいました。 比丘たちよ、その善立王の子孫は代々受け継がれ、バーラ大城（波羅大城）で治世を行い、千百人の王がいました。その最後の王の名をキリキ（雞梨祁）といいます。

「諸比丘！爾時有迦葉如來、阿羅呵、三藐三佛陀，出現世間，菩薩於彼修行梵行，生兜率天。雞梨祁王有子，名曰善生，子孫相承，還在逋多羅城治化，有一百一王，其最後王，名曰耳者。彼耳者王有二子，大名瞿曇，次名婆羅墮闍。彼瞿曇王有一子，名甘蔗種。諸比丘！甘蔗種王，子孫相承，還在逋多羅城治化，有一百一甘蔗種王，其最後王，名不善長。諸比丘！不善長王，復生四子，一名優牟佉、二名金色、三名似白象、四名足瞿。彼足瞿王有子，名曰天城；天城有子，名曰牛城。彼牛城王，子孫相承，在迦毘羅婆城治化，有七萬七千王，其最後者，名廣車王，次別車王，次堅車王，次住車王，次十車王，次百車王，次九十車王，次雜色車王，次智車王，次廣弓王，次多弓王，次兼弓王，次住弓王，次十弓王，次百弓王，次九十弓王，次雜色弓王，次智弓王。諸比丘！彼智弓王，復生二子，一名師子頰，二名師子足。師子頰王，紹繼王位，復生四子，一名淨飯，二名白飯，三名斛飯，四甘露飯；又生一女，名為甘露。諸比丘！淨飯王生二子，一名悉達多，二名難陀；白飯二子，一名帝沙，二難提迦；斛飯二子，一阿泥婁駄，二跋提梨迦；甘露飯二子，一阿難陀，二提婆達多；其甘露女，唯有一子，名世婆羅。諸比丘！菩薩一子，名羅睺羅。

> 「比丘たちよ、そのとき、迦葉如来・阿羅漢・正等覚者がこの世に現れ、菩薩は彼のもとで梵行を修め、兜率天に生まれました。鶏梨祁王には善生という名の子がおり、子孫が代々受け継いで、再び逋多羅城で治めました。百一の王がいて、その最後の王は耳という名でした。その耳王には二人の子がおり、長子を瞿曇、次子を婆羅堕闍といいました。その瞿曇王には甘蔗種という名の子が一人おりました。 比丘たちよ、甘蔗種王の子孫は代々受け継いで、再び逋多羅城で治めました。百一の甘蔗種王がいて、その最後の王は不善長という名でした。比丘たちよ、不善長王にはさらに四人の子が生まれました。第一を優牟佉、第二を金色、第三を似白象、第四を足瞿といいます。その足瞿王には天城という名の子がおり、天城には牛城という名の子がおりました。 比丘たちよ、その牛城王の子孫は代々受け継いで、迦毘羅婆城で治めました。七万七千の王がいて、その最後の者は広車王といい、次に別車王、次に堅車王、次に住車王、次に十車王、次に百車王、次に九十車王、次に雑色車王、次に智車王、次に広弓王、次に多弓王、次に兼弓王、次に住弓王、次に十弓王、次に百弓王、次に九十弓王、次に雑色弓王、次に智弓王といいます。 比丘たちよ、その智弓王にはさらに二人の子が生まれました。第一を師子頬、第二を師子足といいます。師子頬王は王位を受け継ぎ、さらに四人の子を生みました。第一を浄飯、第二を白飯、第三を斛飯、第四を甘露飯といい、また一人の娘を生んで甘露と名づけました。 比丘たちよ、浄飯王は二人の子を生みました。第一を悉達多、第二を難陀といいます。白飯は二人の子で、第一を帝沙、第二を難提迦といいます。斛飯は二人の子で、第一を阿泥婁駄、第二を跋提梨迦といいます。甘露飯は二人の子で、第一を阿難陀、第二を提婆達多といいます。その甘露女にはただ一人の子がおり、名を世婆羅といいます。 比丘たちよ、菩薩には一人の子がおり、名を羅睺羅といいます。」

「諸比丘！如是次第，從大平等王已來，子孫相承，最勝種族，至羅睺羅童子身上成阿羅漢，斷諸煩惱，盡生死際，更無後有。

> 「比丘たちよ、こうして大平等王の時代から、子々孫々と受け継がれてきた最も優れた種族は、羅睺羅童子的な阿羅漢となりました。彼はすべての煩悩を断ち切り、生死の果てに達して、もはや再び迷いの世界に生まれることはありません。」

「諸比丘！以此因緣，於往昔時，有勝剎利，世間出生，依於如法，非不如法。諸比丘！有是法故，世間剎利，為最勝生。爾時，更有餘諸眾生，作如是念：『世間有為，是病是癰，是大毒箭。』熟思惟已，棄捨有為，於山澤中，造立草菴，靜坐修禪。若有所須，或日前分，或日後分，暫出草菴，入村乞食。眾人見已，隨須與之，并為造作，乃共稱言：『此等眾生，最修善業，棄捨世間有流不善諸惡之法，是婆羅門。』以此因緣，婆羅門種，世間出生。其中或有禪定不成，倚著村落，多教呪術，因此復名為教化者。又以其人入村舍故，名向聚落者。復為成就諸欲法故，名成就欲者。以此因緣，於往昔時，勝婆羅門，高行種姓，世間出生，依於如法，非不如法。復有其餘一類眾生，造作種種求利伎能工巧藝術諸生業事，以此因緣，名為毘舍。是故往昔毘舍種姓，現於世間，彼亦如法，非不如法。

> 「比丘たちよ、この因縁によって、昔々、優れた王族（刹利）がこの世に現れました。彼は正しい法に従い、法に背くことはありませんでした。比丘たちよ、このような法があるからこそ、世の中の王族が最も勝れた生まれとされるのです。その時、他の多くの人々がこう考えました——『世の中の営みは病のようなものであり、癰（はれもの）のようなものであり、大いなる毒の矢のようなものである』と。深く考えた末、彼らは世の営みを捨てて、山や沢の中に草の庵を建て、静かに座って瞑想（禅定）を修めました。もし必要なものがあれば、朝のうちか夕方のうちに、一時的に草庵を出て村に入り、托鉢（食を乞う）しました。人々はこれを見て、必要なものを与え、さらに世話をして、こう称えました——『これらの人々は、最も善い行いを修め、世の移り変わりや不善の悪法を捨てている。これこそがバラモンである』と。この因縁によって、バラモンという種姓がこの世に現れました。 その中には、瞑想（禅定）が成就せず、村落に依存してしまい、多くの呪術を教える者も現れました。そのため、彼らはまた『教化する者』と呼ばれました。また、村の家々に入ることから『聚落に向かう者』とも呼ばれました。さらに、様々な欲望を成就する法を修めたことから『欲望を成就する者』とも呼ばれました。この因縁によって、昔々、優れたバラモン、高潔な行いの種姓がこの世に現れ、正しい法に従い、法に背くことはありませんでした。 また、その他にも一類の人々がいて、様々な利益を求める技術や工芸、芸術などの生業を営みました。この因縁によって、彼らは『毘舎（ヴァイシャ）』と呼ばれました。このようにして、昔、毘舎の種姓がこの世に現れましたが、彼らもまた正しい法に従い、法に背くことはありませんでした。」

「諸比丘！此三種姓，世間生已，於後復有第四種姓，世間出生。諸比丘！有一種人，各自毀呰其家本法，剃除鬚髮，著袈裟衣，棄捨世間，出家修道，口自唱言：『我作沙門。』作是稱已，即成正願；婆羅門種，毘舍亦爾。有一種人，如前毀呰，亦捨出家，口自稱言：『我作沙門。』即成正願。為彼故有正願種類。諸比丘！有諸剎利，身口意業行於惡行，以惡行故，身壞命終，一向受苦；婆羅門、毘舍，亦復如是。復有剎利，身口意業行於善行，以善行故，身壞命終，一向受樂；婆羅門、毘舍，亦復如是。諸比丘！復有剎利，身口意業行二種行，以二行故，身壞命終，當受苦樂；婆羅門、毘舍，亦復如是。諸比丘！復有剎利，正信出家，修習三十七助道之法，能盡諸漏，心得解脫，智得解脫，現見證法，得諸神通。既作證已，口自唱言：『我生已盡，梵行已立，所作已辦，不受後有。』婆羅門、毘舍，亦復如是。諸比丘！此三種姓，於後生中，能成就明行足，得阿羅漢，名為最勝。

> 「比丘たちよ、世の中にはこの三つの階級が生まれ、その後、さらに第四の階級が世の中に現れる。比丘たちよ、ある種の人は、自分の家のやり方を否定し、髪やひげを剃り、袈裟をまとい、世俗を捨てて出家して修行の道に入り、自ら『私は沙門（修行者）となる』と宣言する。こう宣言すれば、それは正しい願いとなる。バラモンの階級も、ヴァイシャの階級も同じである。また、ある種の人は、先と同じように家のやり方を否定し、出家して自ら『私は沙門となる』と言い、それによって正しい願いを持つ。それゆえに、正しい願いを持つ人々の階級があるのだ。比丘たちよ、クシャトリアの中には、身体と言葉と心で悪い行いをし、その悪行のために、身体が壊れて命が終わった後、一方的に苦しみを受ける者たちがいる。バラモンやヴァイシャもまた同じである。また、クシャトリアの中には、身体と言葉と心で善い行いをし、その善行のために、身体が壊れて命が終わった後、一方的に楽しみを受ける者たちがいる。バラモンやヴァイシャもまた同じである。比丘たちよ、また、クシャトリアの中には、身体と言葉と心で両方の行いをし、その両方の行いのために、身体が壊れて命が終わった後、苦しみと楽しみの両方を受ける者たちがいる。バラモンやヴァイシャもまた同じである。比丘たちよ、また、クシャトリアの中には、正しい信仰心から出家し、三十七の悟りへと導く教えを修行して、すべての煩悩を尽くし、心の解脱と智慧の解脱を得て、この世で真理を自ら証し、さまざまな神通力を得る者たちがいる。そしてそれを証した後、自ら『私は生を尽くし、清らかな行いは完成し、なすべきことをなし、再び迷いの世界に生まれることはない』と宣言する。バラモンやヴァイシャもまた同じである。比丘たちよ、この三つの階級は、後の生においても、明行足（智慧と行いを完全に備えた者）となることができ、阿羅漢を得て、最も優れた者と称されるのである。」

「諸比丘！梵王裟呵婆底，昔於我前，說如是偈：

> 「比丘たちよ。梵天サハンパティはかつて、わたしの前で次のような詩を唱えた――」

「『剎利勝生者， 若出諸種姓，明行足成就， 彼勝諸天人。』

> 「どんなに高い身分に生まれても、 あらゆる家柄の人々の中で、 悟りを開き、智慧と行いを完全に備えた人は、 神々や人間の中で最も優れているのです。」

「諸比丘！梵王娑呵波底，彼偈善頌，非為不善，我已印可。諸比丘！我多陀阿伽度、阿羅呵、三藐三佛陀，亦說此義。諸比丘！如是次第，我所具說，世間轉成，世間轉壞，世間轉住。諸比丘！其有教師，為諸聲聞，所應作處，哀愍利益，而行慈悲，我已作訖，汝等當依。

> 「比丘たちよ、梵王サハンパティの唱えた偈は見事なものであり、決して悪いものではない。私はそれを認め、受け入れた。比丘たちよ、私、如来（タターガタ）・阿羅漢（アラハン）・正等覚者（サンマー・サンブッダ）もまた、同じ意味を説く。 比丘たちよ、このように私は、順を追って、世がどのように生じ、どのように壊れ、どのように留まるのかを詳細に説き示した。 比丘たちよ、師として、弟子たちのために為すべきこと、すなわち、慈しみの心で利益を与え導くという務めを、私は果たした。あなたがたは、これに従って修行しなさい。」

「諸比丘！若曠野空處、山林樹下、閑房靜室、窟穴崖龕、塚間露地，離諸村落，以草木等，結為菴舍。汝等比丘，應於是處修習禪定，勿墮放逸，致令後悔。是我教示汝諸比丘。」

> 「比丘たちよ。荒野や空き地、山や林の木の下、人里離れた静かな部屋、洞窟や崖のくぼみ、墓場や露地など、村々から離れた場所で、草木などを結んで庵を作りなさい。あなたがた比丘は、そうした場所で坐禅を修行しなさい。怠けたり油断したりして、後で後悔することのないように。これが、あなたがた比丘への私の教えである。」

佛說經已，諸比丘等，歡喜奉行。

> お釈迦さまがこのお経を説き終えられると、比丘たちは皆、喜んでその教えを実践しました。

## 起世經卷第十

> 起世経 巻第十