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title: "紫柏尊者全集 · 斷婬偈(有引)"
description: "紫柏尊者全集是明代高僧紫柏真可的著作集，由德清（憨山德清）校阅整理。紫柏真可是晚明四大高僧之一，与莲池、憨山、蕅益齐名，活跃于16世纪末至17世纪初，主张禅净双修，对佛教复兴影响深远。全集收录其语录、书信、诗文等，涵盖禅法心要、净土思想、佛教戒律及社会关怀，体现了他融合各宗、注重实修的弘法特色。该书是研究明代佛教思想的重要文献，展现了紫柏尊者革新佛教的实践智慧，在汉传佛教史上具有崇高地位。"
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### 斷婬偈有引

> 断淫の偈<note>引用あり</note>

夫言清行濁。開眼說律。合眼行婬。醒夢雖殊。婬根無二。故此根未拔。生死難逃。今世後世。眼合眼開。根塵主客。授受無窮。苟能一念不起。婬機自枯。於眾生分中。念起是常。不起是變。於菩薩日用。不起是常。念起是變。常變無根。隨習所熏。熟則名常。生則名變。名雖有換。初無異同。故能以戒定慧之香。熏而不斷。則淨用現前。以貪瞋癡之水潤之。則染用力猛。故寂音尊者。觀音贊有曰。憫我心明力不逮。時時種子發現行。此我尊者。踢翻好醜窠臼。而能吐言真實。如雲盡長空。明月顯露。清淨光潔如此也。偈曰。

> 言葉は清らかでも、行いは濁っている。目を開けては戒律を説き、目を閉じては姦淫を行う。目覚めと夢は異なるが、淫欲の根は一つである。ゆえにこの根を拔かない限り、生死の輪廻から逃れることはできない。今世も来世も、目を閉じても開いても、六根と外界の対象、主と客は、受け渡しが尽きることがない。もし一念も起こさなければ、淫欲の機制は自然に枯れるだろう。衆生の側から見れば、念が起こるのが常で、起こらないのが変である。菩薩の日々の暮らしでは、起こらないのが常で、起こるのが変である。常と変には根本がなく、習慣に従って熏習される。熟したものを常といい、生のものを変という。名は変わるが、その本質に違いはない。ゆえに戒・定・慧の香をもって熏じ続ければ、清らかなはたらきが目の前に現れる。貪り・怒り・愚かさの水で潤せば、煩悩のはたらきは激しくなる。そこで寂音尊者は、観音賛にこう述べている。「私の心は明るくとも力が及ばず、しばしば種子が現行となる」と。この尊者は、良い悪いの枠組みを蹴り倒し、真実の言葉を語ることができる。雲が尽きて長空が現れ、明月が露わになるように、清らかで光り輝くのである。偈に曰く、

十方三世中。惟我一人婬。婬機斷不難。婬人處處滿。婬機卒難斷。時時互相熏。增長無有已。我斷人不斷。斷斷熏復深。染淨各有源。源窮染淨洗。戒根盤虗空。空外無有物。有婬無地藏。

> 十方三世の中にあって、ただ我れ一人が婬（よこしまな心）を抱く。婬の根本を断つことは難しくない。しかし婬に染まる人は至る所に満ちている。婬の根本はついに断ち難く、時々に互いに熏習（影響）し合い、増え続けて止まることがない。我れが断っても人は断たず、断ち続けても熏習はさらに深まる。染まりと清らかさはそれぞれに源があり、源を窮め尽くせば染まりも清らかさも洗い清められる。戒の根本は虚空に盤踞し、虚空の外に物は何もない。婬があれば、地蔵（菩薩の救い）も宿る場所がない。