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title: "朝鮮寺剎史料 · 念佛禊碑文"
description: "朝鮮寺剎史料是朝鲜半岛重要的佛教历史文献汇编，由朝鲜王朝时期的学者及佛教人士编撰，具体作者已不可考。该书成书于高丽至朝鲜时代，系统收录了朝鲜半岛寺院沿革、高僧传记、佛教艺术及宗教政策等史料，反映了佛教在朝鲜社会的传播与发展。内容涵盖寺庙建筑、佛像铸造、佛经翻译及宗派传承，是研究朝鲜佛教史、文化史的核心文献。该书不仅展现了佛教对朝鲜传统文化的深远影响，也为东亚佛教研究提供了珍贵的一手资料，具有重要的学术与宗教价值。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmaxrtvdv0dq2jr04wv5w9yth"
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### 念佛禊碑文

> 念仏の懺悔碑文

雲梯山下有吾魚寺寺以吾魚名山以雲梯名者盖因四祖師講道之迹也以之而出家者歸焉以之而叅禪者歸焉以之而玩景者歸焉山岳蔚然而深石磵錚然而清信乎海東諸剎中第一名區而法宇之華麗眾寮之羅絡必以是寺稱之中經煨燼未因營役緇徒四散寺力凋殘至於佛前泛應之節冬而糊窓無紙曉而行香無燭午而供飯無米則不但為居僧之羞抑亦為觀者之慨粵辛未冬山人大曄村人黃處坤朴之範等百五十餘人剏出如干錢約日備禊逐年殖利則其債用者樂為之償而莫有後先其錢之息益多而水田之置亦不小矣自今以後佛殿所入之費莫不畢給則豈非大成卭乎於是山中之人咸感其諸員之功德而議之曰生而保軆死而靈駕不足為萬一之報也恐泯其跡不傳於後乃竪碑于法堂中列署姓名聊圖其悠久一以嘉今人之功一以勸後人之善則其智慮亦深且遠矣使有安請文余余乃辭之曰汝何不請於浮屠師而請之於余也此禊儒與釋同之故不敢偏請也余亦少時讀書於此者不無顏私且此僧韓之太顛白之如滿不能孤負其望故略敘終始遂為之銘銘曰惟此梵宇誰建如琳昔人易財檀越相尋爭供爭飯求福之忱自西及東有赫其臨道觀羅列緇徒若林今也則吝少施多侵顧彼善人誠意獨深鳩錢殖之僧俗同心修禊十年松醪同斟佛用自足居僧皆欽告厥成功刻木于岑歷署姓啣漕溪之陰立于法殿可傳遺音風不能磨雨何以沈若論其壽如石如金後人慕效匪今似今紀功者繼彼木多森吾黨不及以是自箴

> 雲梯山の麓に、我が魚寺という寺がある。寺は魚の名をもって名とし、山は雲梯の名をもって名とす。これはそもそも四祖師が説法の跡を残された地であるからだ。この地によって出家する者も、この地によって禅を修行する者も、この地によって景色を楽しむ者も、皆ここに集まる。山は草木が生い茂り深く、谷川は澄んで清らかに流れる。まことに海東の諸寺院の中でも第一の名勝であり、仏殿の華麗さ、僧坊の整然と立ち並ぶ様は必ずこの寺をもって称えられる。 中ごろ火災に遭い、修復のための労役もままならず、僧侶たちは四方に散り、寺の力は衰えた。仏前での日常の勤めにも事欠き、冬には窓を張る紙もなく、明け方の香を焚くろうそくもなく、昼には食事の米もないありさまであった。これはただ住む僧侶の恥であるばかりか、見る者の嘆きを招くことであった。 かの辛未の冬、僧の大曄、村人の黄處坤・朴之範ら百五十余名が、いくばくかの金銭を出し合い、期日を定めて講（こう）を結び、年ごとに利子を殖やしていった。その金を借りる者は喜んで返済し、先後なく滞ることがなかった。金の利息はますます増え、水田の購入も少なからず行われた。今より後、仏殿に必要とされる費用は、すべてこれでまかなわれることとなった。これはまことに大いなる成就ではないか。 そこで山中の人々は皆、その人々の功德に感じ入り、評議して言った。「生きては身を養い、死しては霊を送ることは、万分の一の報いにも満たない。その跡が絶えて後世に伝わらないことを恐れる」と。そこで法堂の中に碑を立て、連署して姓名を列ね、その永く伝わることを願った。一つには今の人々の功德を称え、一つには後人の善を勧めるためである。その思慮はまた深く遠いものというべきである。 安と名乗る者が私に碑文を請うた。私はこれに辞して言った。「あなたはどうして僧侶に請わず、私に請うのか」と。彼は言う。「この講は儒者と仏者が共にするため、偏って請うことができません」と。私も若い頃この寺で書物を読んだことがあり、まったく私心がないわけではない。またこの僧は韓の大顛に似て、白の如満のような人物であり、その願いを無にすることもできず、かくて始めから終わりまでを略述し、ついに銘を鋳ることにした。 銘に曰く、 この仏閣、誰か建てしや琳の如く 昔人は財を施し、檀越たちは相次ぎ来たり 飯を供え物を供え、福を求める真心 西より東に及び、赫としてその臨むことあり 道観は並び立ち、僧侶は林の如し 今は則ち吝嗇にて、施すこと少なく侵すこと多し かの善き人々を顧みれば、誠意ひとえに深し 金を集め利殖し、僧俗心を同じゅうす 講を修めること十年、松の酒を同じく酌む 仏用は自ずから満ち、住む僧侶皆敬う その功成るを告げ、木に刻んで岑に立てる 姓名を列ね署す、漕溪の陰に 法殿に立てて、遺音を伝うべし 風も磨くこと能わず、雨もまた沈むことなし その寿を論ずれば、石の如く金の如し 後人慕い効い、今にして今に似ざるなし 功績を記す者継ぎて、彼の木々の茂るよりも多し 我が輩及ばず、もって自らを戒めん

道光三年癸未秋七月既望菊窩翁識

> 道光三年、癸未の年の秋、七月十六日、菊窩翁が記す。