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title: "博伽梵歌 · 第四十節"
description: "博伽梵歌又称雅蘇瑪蒂書達．踏薩，是古印度史诗摩诃婆罗多的核心篇章，成书于公元前5世纪至公元前2世纪之间，作者传统上归功于圣人毗耶娑。这部经典以克里希纳与阿周那的对话形式展开，阐述了业瑜伽、智慧瑜伽和奉爱瑜伽等修行道路，强调通过无私行动与虔信获得解脱。作为印度教最重要的圣典之一，博伽梵歌对佛教思想也有深远影响，其关于轮回、业力与解脱的论述与佛教教义存在对话空间。该经典至今仍是研究印度哲学与宗教实践的重要文献。"
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### 第四十節

> 第四十節

　　　　ajñaś cāśraddadhānaś ca
　　　　　　saṁśayātmā vinaśyati
　　　　nāyaṁ loko 'sti na paro
　　　　　　na sukhaṁ saṁśayātmanaḥ

ajñaḥ——對標準經典沒有知識的愚人；ca——和；aśraddadhānaḥ——對訓示經典沒有信心；ca——還有；saṁśaya——懷疑；ātmā——個人；vinaśyati——跌回；na——永不；ayam——這個；lokaḥ——世界；asti——那裏有；na——不；paraḥ——下一世；na——不；sukham——快樂；saṁśaya——有懷疑；ātmanaḥ——那個人的。

> 無知者——對標準經典一無所知的愚人；以及——不信任教誨經典者；還有——心中存疑之人；這樣的人——終將墮落。此世間——不存在；也沒有——來世；更沒有——安樂；懷有懷疑的——那個人。

譯文

但是愚昧和沒有信心及懷疑訓示經典的人，並不會得到對神的知覺。對於懷疑的人來說，在這一個世界中或在下一個中，都不會有快樂。

> しかし、無知で、教えを信じず、疑いを持つ人は、神への気づきを得ることはできません。疑いを持つ者には、この世界でも、来世でも、幸せはありません。

要旨

> 心の本質を理解するための教え。

在眾多的標準和權威的訓示經典中，博伽梵歌是最佳的。差不多像禽獸的人對於標準的訓示經典沒有信心和知識；而有些人雖然對訓示經典有認識或甚至能夠從中引述句段，但實際上他們對這些字句都沒有信心。而其他的人就算可能對經典如博伽梵歌有信心，但他們並不相信或崇拜具有最高人格的神首——史里基士拿。這些人不會在基士拿知覺中佔任何地位，他們會跌下來。在上述的所有人當中，那些沒有信心和經常有懷疑的人，將不會進步。對神和祂的訓示經典沒有信心的人，將不會在這個世界或是下一世中得到好處，在任何情形下，他們都不會得到快樂。因此一個人必需充滿信心地追隨訓示經典的原則，從而得以提升到知識的層次。祇有這個知識才會幫助一個人晉陞至靈性了解的超然境界。換句話說，有懷疑的人，在靈性解放中，究竟是沒有地位的。所以一個人應該跟隨在使徒傳遞系列中偉大導師（阿闍黎耶）ācāryas 的步伐，從而得到成功：

> 様々な基準や権威ある教えの経典の中で、『バガヴァッド・ギーター』は最も優れています。ほとんど獣のような人々は、権威ある教えの経典に対して信心や知識を持っていません。また、経典についての知識があったり、その句を引用できる人でも、実際にはその言葉に信心を持っていない人もいます。さらに、『バガヴァッド・ギーター』のような経典に信心を持っていても、最高人格の神であるシュリー・クリシュナを信じず、崇拝しない人々もいます。そのような人々はクリシュナ意識の立場に留まることはできず、落ちてしまいます。上述したすべての人々の中で、信心を持たず、常に疑いを抱いている人々は、進歩することができません。神とその教えの経典に信心を持たない人々は、この世でも来世でも利益を得られず、いかなる状況においても幸福を得ることはできません。したがって、人は信心に満ちて教えの経典の原則に従い、それによって知識の段階へと高められるべきです。この知識だけが、人を霊的な理解という超越的な境地へと導く助けとなります。言い換えれば、疑いを抱く者には、霊的解放の境地に立つ場所はありません。それゆえ、人は使徒継承の流れに連なる偉大な指導者（アーチャーリヤ）たちの歩みに従うことで、成功を得るべきなのです。