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title: "增壹阿含經 · 1"
description: "增壹阿含經是佛教重要经典之一，由东晋时期译经师瞿昙僧伽提婆翻译。该经属于早期佛教阿含部经典，以数字递增方式组织教义，从一到十逐层阐述佛法要义，涵盖四圣谛、八正道、因果业报等核心思想。经文内容包含佛陀开示、弟子问答及修行指导，体系完整，是研究原始佛教的重要文献。作为汉传佛教根本经典之一，增壹阿含經在佛教史上具有崇高地位，为后世禅修与教理研究提供了重要依据，对东亚佛教发展影响深远。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmbrp1uss02oulg04g8odrvn9"
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### （一）

> （一）

聞如是：

> このように私は聞きました。

一時，佛在舍衛國祇樹給孤獨園。

> ある時、お釈迦様は舎衛国の祇園精舎におられました。

爾時，世尊告諸比丘：「今有四人出現於世。云何為四？或有人先苦而後樂；或有人先樂而後苦；或有人先苦而後苦；或有人先樂而後樂。

> ある時、世尊は比丘たちにこう告げられました。「今、世の中には四種類の人がいる。どのような四種類か。ある人は最初は苦しみ、後には楽しむ。ある人は最初は楽しみ、後には苦しむ。ある人は最初も苦しく、後にも苦しむ。ある人は最初も楽しく、後にも楽しい。」

「云何人先苦而後樂？或有一人生卑賤家，或殺人種、或工師種、或邪道家生，及餘貧匱之家，衣食不充，彼人便生彼家。然復彼人無有邪見，彼便有此見：有施、有受者，有今世、有後世，有沙門、婆羅門，有父、有母，世有阿羅漢等受教者，亦有善惡果報。若彼有極富之家，以知昔日施德之報，不放逸報。彼若復見無衣食家者，知此人等不作施德，恒值貧賤。我今復值貧賤，無有衣食，皆由曩日不造福故，誑惑世人，行放逸法，緣此惡行之報，今值貧賤，衣食不充。若復見沙門、婆羅門修善法者，便向懺悔，改往所作；若復所有之遺餘，與人等分。彼身壞命終，生善處；若生人中，多財饒寶，無所乏短。是謂此人先苦而後樂。

> 「どのような人が、まず苦しんで後に楽を得るのか。ある人が卑しい家に生まれる。例えば、殺人者の家、職人の家、邪見を説く者の家、あるいはその他の貧しく乏しい家で、衣食も満たされない。その人はそのような家に生まれる。しかしながら、その人には誤った見解がなく、次のような正しい見解を持つ。すなわち、施しには意味があり、受ける者も存在する。現在の世も未来の世もあり、修行者や僧侶、父や母が存在する。世には教えを受ける阿羅漢などがおり、善悪の果報も存在する。」 「もしその人に、極めて豊かな家があったとしても、過去に施しの徳を積んだ報いや、怠りなく努めた報いがあることを知っている。また、もし衣服や食べ物のない家を見たならば、これらの人々は施しの徳を積まず、常に貧しく卑しい境遇にあると知る。『私も今、貧しく卑しく、衣食がないのは、すべて過去に福を積まなかったからだ。人々を惑わし、怠りなく努めることのない生き方をしてきた。その悪い行いの報いにより、今、貧しく卑しく、衣食も満たされないのだ』と。」 「そして、もし修行者や僧侶で善い教えを実践する人を見れば、彼らに懺悔し、過去の行いを改める。もし余ったものがあれば、人々と平等に分け合う。その人は命を終えた後、良い所に生まれ変わる。あるいは人間に生まれれば、多くの財宝に恵まれ、何も欠けることがない。これが、まず苦しんで後に楽を得る人である。 」

「何等人先樂而後苦？於是，或有一人生豪族家，或剎利種、或長者種、或大姓家，及諸富貴之家，衣食充足，便生彼家。然彼人恒懷邪見，與邊見共相應，彼便有此見：無施、無受者，亦無今世、後世之報，亦無父母，世無阿羅漢，亦無有得證者，亦復無有善惡之報。彼人有此邪見，若復見有富貴之家，而作是念：『此人久有此財寶耳。』男者久是男，女者久是女，畜生者久是畜生。不好布施，不持戒律。若彼見沙門、婆羅門奉持戒者，起瞋恚心：『此人虛偽，何處當有福報之應？』彼人身壞命終之後，生地獄中；若得作人，在貧窮家生，無有衣食，身體倮露，衣食不充。是謂此人先樂而後苦。

> 「どのような人が、最初は楽しく、後に苦しむのでしょうか。例えば、ある人が高貴な家に生まれる——クシャトリヤの種族、長者の家系、あるいは大富豪の家系など、豪勢で贅沢な暮らしができ、衣食も十分に整った家に生まれる。しかしその人は、常に邪見を抱き、偏った見解（辺見）と共に在る。その人はこう考える——『施しをしても意味はなく、受ける者もいない。現世や来世の報いもない。父母も、この世に阿羅漢もおらず、悟りを開く者もいない。善悪の報いも存在しない』と。 このような邪見を持つ者は、裕福な家を見ると、『この人は昔からずっと財宝を持っていたのだろう。男は永遠に男、女は永遠に女、畜生は永遠に畜生である』と思う。布施を好まず、戒律も守らない。もし修行僧やバラモンが戒律を守って励んでいる姿を見ると、怒りの心を起こして、『この人々は偽りだ。どこに福報などあるはずがあろうか』と言う。 その人は命終えて後、地獄に生まれ落ちる。もし人間に生まれ変わったとしても、貧しい家に生まれ、衣食もなく、体は裸で、食べ物や衣服も満たされない。この人を「最初は楽しく、後に苦しむ者」と呼ぶのである。」

「何等人先苦而後苦？於是，有人生貧賤家，或殺人種、或工師種，及諸下劣之家，無有衣食，而此人生彼家。然復彼人身抱邪見，與邊見共相應，彼人便有此見：無施、無有受者，亦無今世、後世善惡之報，亦無父母，世無阿羅漢。不好布施，不奉持戒。若復見沙門、婆羅門，即興瞋恚向賢聖人；彼人見貧者，言久來有是；見富者，言久來有是；見父者，昔者是父，見母者，昔者是母。彼若身壞命終，生地獄中；若生人中，極為貧賤，衣食不充，是謂此人先苦而後苦。

> ある人にとって、なぜ先も苦しく後も苦しいのか。例えば、貧しい家に生まれた者がいる。人を殺す種族や、職人や、その他下賤な家に生まれ、衣服や食物もない。そのような家に生まれたにもかかわらず、その人は誤った見解を持ち、偏った見解と結びついている。その人は次のように考える。「施しもなく、それを受ける者もない。また、現在や来世における善悪の報いもない。父母もなく、世に阿羅漢は存在しない。」そして、施しを好まず、戒律を守らない。もし沙門やバラモンを見れば、すぐに聖者に対して怒りを起こす。その人は貧しい者を見れば「昔から貧しかったのだ」と言い、裕福な者を見れば「昔から裕福だったのだ」と言う。父親を見れば「昔からの父親だ」と言い、母親を見れば「昔からの母親だ」と言う。その人が死んで肉体が壊れると、地獄に生まれる。あるいは人間に生まれても、極めて貧しく賤しく、衣服や食物が満たされない。これが「先も苦しく後も苦しい者」と呼ばれる。

「彼云何人先樂而後樂？彼或有一人生富貴家，或剎利種、或梵志種、或生國王種、或長者種生，及諸饒財多寶家生，所生之處無有乏短，彼人便生此家。然後彼人有正見，無有邪見，彼便有此見：有施、有受者，有今世、後世，世有沙門、婆羅門，亦有善惡之報，有父、有母，世有阿羅漢。彼人若復見富貴之家饒財多寶者，便作是念：『此人昔日布施之所致。』若復見貧賤之家，『此人昔者，皆由不布施故。故我今可隨時布施，莫後更生貧賤之家，然常好喜施惠於人。』彼人若見沙門、道士者，隨時問訊可否之宜，供給衣被、飲食、床臥具、病瘦醫藥，盡惠施之。若復命終之後，生善處天上；若人中，生富貴之家，饒財多寶，是謂此人先樂而後樂。」

> 「どのような人が、まず楽しく、後に楽しいのか。ある人は裕福な家に生まれる。クシャトリアの種姓、バラモンの種姓、王族の家系、あるいは長者の家系など、豊かで財宝の多い家に生まれ、生まれた場所に乏しいものは何もない。そうしてその家に生まれた人は、正しい見解を持ち、邪な見解を持たない。彼にはこのような見解がある。『布施はあり、施しを受ける者もあり、現在世、未来世がある。世には修行者やバラモンがおり、善悪の報いもある。父や母も存在し、世には阿羅漢もいる。』その人が、もし裕福で財宝の多い家を見れば、こう思う。『この人は過去に布施をしたからだ。』もし貧しく賤しい家を見れば、『この人は昔、布施をしなかったからだ。だから私は今こそ、適時に布施をしよう。後に再び貧しく賤しい家に生まれないように。そして常に喜んで人に施しを与えよう。』その人は、もし修行者や道士を見れば、その都度、安否や都合を尋ね、衣服、食べ物、寝具、病時の薬などを供給し、すべてを施し与える。もし命終わった後には、善い所である天界に生まれるか、あるいは人の世界で裕福で財宝の多い家に生まれる。これを、まず楽しく後に楽しい人という。」

是時，有一比丘白世尊曰：「我觀今世眾生先苦而後樂，或有眾生於今世先樂而後苦，或有眾生於今世先苦而後苦，或有眾生先樂而後樂。」

> その時、一人の修行僧が世尊に申し上げました。 「私は思います。この世の生き物たちを見ておりますと、 まず苦しみを経験してから後に楽を得る者、 あるいは、まず楽を味わってから後に苦しむ者、 あるいは、生涯を通じて苦しみ続ける者、 あるいは、生涯を通じて楽しいままの者、と様々でございます。」

爾時，世尊告彼比丘：「有此因緣，使眾生之類先苦而後樂，亦復有此眾生先樂而後苦，亦復有此眾生先苦而後苦，亦復有眾生先樂而後樂。」

> その時、世尊はその比丘に告げられました。 「このような因縁があるために、生きとし生けるものの中には、先に苦しみの後に楽しみを得る者があり、また先に楽しみの後に苦しみを得る者があり、また先に苦しみの後に苦しみを続ける者があり、また先に楽しみの後に楽しみを続ける者があるのです。」

比丘白佛：「復以何因緣先樂而後苦？復以何因緣先苦而後樂？復以何因緣先苦而後苦？復以何因緣先樂而後樂？」

> 比丘が仏に尋ねました。「どのような因縁によって、まず楽しく、その後で苦しむのでしょうか。また、どのような因縁によって、まず苦しく、その後で楽しく成るのでしょうか。さらに、どのような因縁によって、最初から最後まで苦しみ続けるのでしょうか。そして、どのような因縁によって、終始楽しく過ごせるのでしょうか。」

世尊告曰：「比丘當知，若人壽百歲，正可十十耳。若使壽終冬、夏、春、秋。若復，比丘！百歲之中作諸功德，百歲之中造諸惡業，作諸邪見，彼於異時，或冬受樂，夏受苦。若百歲之中，功德具足，未曾有短；若復在中百歲之內，在諸邪見，造不善行，先受其罪，後受其福。若復少時作福，長時作罪；後生之時少時受福，長時受罪。若復少時作罪，長復作罪，彼人後生之時先苦而後苦。若復於少時作諸功德，分檀布施，彼於後生先樂而後樂。是謂，比丘！以此因緣先苦而後樂，亦由此因緣先樂而後苦，亦由此因緣先苦而後苦，亦由此因緣先樂而後樂。」

> 世尊はおっしゃいました。「比丘たちよ、知るがよい。人の寿命が百年であれば、それはちょうど十が十回あるだけのことだ。たとえ寿命が冬、夏、春、秋を経て尽きようとも。さらに、比丘たちよ、百年の間に様々な善行を積み、百年の間に様々な悪行を為し、様々な邪見を抱く者があれば、その者は別の時に、あるいは冬に楽しみ、夏に苦しむことになる。もし百年の間に善行を十分に積み、欠けたところがなければ、またその百年の間に邪見にとらわれ、不善の行いを為せば、先にその罪を受け、後にその福を受ける。もし少しの間だけ福を積み、長い間罪を積めば、後に生まれ変わった時には、少しの間だけ福を受け、長い間罪を受ける。もし少しの間だけ罪を積み、長い間も罪を積めば、その人は後に生まれ変わった時、先に苦しみ、後にも苦しむ。もし少しの間だけ様々な善行を積み、布施を行えば、その人は後に生まれ変わった時、先に楽しみ、後にも楽しむ。比丘たちよ、かくのごとく、この因縁によって先に苦しみ後に楽しみ、またこの因縁によって先に楽しみ後に苦しみ、またこの因縁によって先に苦しみ後に苦しみ、またこの因縁によって先に楽しみ後に楽しむのである。」

比丘白佛言：「唯願，世尊！若有眾生欲先樂而後樂，當行布施，求此先樂而後樂。」

> 比丘が仏に申し上げました。「どうか、世尊よ。もしも衆生が、［今の楽しさと］後の楽しさの両方を望むなら、布施を行い、この［両方の］楽しさを求めるべきでございます。」

世尊告曰：「如是，比丘！如汝所言，若有眾生欲成涅槃及阿羅漢道乃至佛道，當於中行布施，作諸功德。如是，諸比丘！當作是學。」

> 世尊はおっしゃいました。「その通りだ、比丘たちよ。あなたが言う通り、もし涅槃や阿羅漢の道、さらには仏の道を成就しようと思うなら、その道において布施を行い、様々な功徳を積むべきである。だからこそ、比丘たちよ、そのように学びなさい。」

爾時，諸比丘聞佛所說，歡喜奉行。

> その時、比丘たちは仏の説かれたことを聞き、喜んで受け入れ、実践しました。