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title: "出三藏記集 · 1 摩訶鉢羅若波羅蜜經抄序"
description: "出三藏记集是中国佛教史上第一部系统的佛教经录由南朝梁代高僧僧祐编撰成书于天监年间该书在道安综理众经目录基础上增补完善记载东汉至梁代所译经律论目录并保存大量译经文献及高僧传记其内容分为撰缘起诠名录总经序述列传四部分不仅梳理了汉译佛典源流更收录众多珍贵序跋和僧传是研究中国佛教早期传播与经典翻译不可或缺的权威史料在佛教文献学与目录学领域具有开创性地位被誉为现存最古的佛教经录对后世大藏经的形成影响深远"
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### 摩訶鉢羅若波羅蜜經抄序第一

> 摩訶般若波羅蜜経抄序 第一

道安法師

> 道安法師

昔在漢陰十有五載。講放光經歲常再遍。及至京師漸四年矣。亦恒歲二。未敢墮息。然每至滯句首尾隱沒。釋卷深思。恨不見護公叉羅等。會建元十八年正車師前部王。名彌第。來朝。其國師。字鳩摩羅跋提。獻胡大品一部四百二牒言二十千失盧。失盧三十二字。胡人數經法也。即審數之。凡十七千二百六十首盧。殘二十七字都并五十五萬二千四百七十五字。

> 昔、漢陰に在ること十有五年、『放光経』を講ずること歳に常に再遍なり。京師に及んで、次第に四年を経たり。また恒に歳に二たびす。未だあえて怠り休まず。しかしながら、滞句の首尾に至りては、かくれやみ、巻を釈（お）きて深く思い、恨むらくは、護公や叉羅らを見ざることを。 建元十八年の正月、車師前部の王、名は彌第（みだい）といえる者、来朝す。その国の師（国師）、字は鳩摩羅跋提（くまらばだい）という、胡の『大品（だいほん）』一部を献ず。四百二牒（じょう）、言うことには、二十千失盧（にじっせんしつる）なり。失盧（しつる）は三十二字（もじ）にして、胡人（こじん）の経の法を数うる所なり。すなわちこれを審らかに数うるに、凡そ十七千二百六十首盧（しゅる）。余ること二十七字を残し、都べて合わせて五十五万二千四百七十五字。

天竺沙門曇摩蜱執本。佛護為譯。對而撿之。慧進筆受。與放光光讚同者。無所更出也。其二經譯人所漏者。隨其失處稱而正焉。其義異不知孰是者。輒併而兩存之。往往為訓其下。凡四卷。其一經五卷也。譯胡為秦。有五失本也。一者胡語盡倒而使從秦。一失本也。二者胡經尚質。秦人好文。傳可眾心非文不合。斯二失本也。三者胡經委悉至於嘆詠。丁寧反覆。或三或四。不嫌其煩。而今裁斥。三失本也。四者胡有義記正似亂辭。尋說向語文無以異。或千五百刈而不存。四失本也。五者事已全成。將更傍及。反騰前辭已乃後說而悉除此。五失本也。然般若經。三達之心覆面所演。聖必因時時俗有易。而刪雅古以適今時。一不易也。愚智天隔聖人叵階。乃欲以千歲之上微言。傳使合百王之下末俗。二不易也。阿難出經去佛未久。尊者大迦葉令五百六通迭察迭書。今離千年而以近意量截。彼阿羅漢乃兢兢若此。此生死人而平平若此。豈將不知法者勇乎。斯三不易也。涉茲五失經三不易。譯胡為秦。詎可不慎乎。正當以不開異言。傳令知會通耳。何復嫌大匠之得失乎。是乃未所敢知也。前人出經。支讖世高。審得胡本難繫者也。叉羅支越。斵鑿之巧者也。巧則巧矣。懼竅成而混沌終矣。若夫以詩為煩重。以尚書為質朴。而刪令合今。則馬鄭所深恨者也。近出此撮欲使不雜推經言旨。唯懼失實也。其有方言古辭。自為解其下也。於常首尾相違句不通者。則冥如合符。厭如復折。乃見前人之深謬。欣通外域之嘉會也。於九十章蕩然無措疑處。毫芒之間泯然無微疹。已矣乎。

> 天竺の沙門・曇摩蜱が経典を手にし、仏護が翻訳を担当した。対照しながら校合し、慧進が筆記を取った。『放光般若経』や『光讚般若経』と同じ箇所は新たに書き出さなかった。これら二経において訳者が見落とした箇所は、その欠けに従って補い正した。意味が異なり、どちらが正しいか分からない場合は、あえて両方を併記して残し、しばしばその下に訓釈を加えた。全四巻である。そのうちの一経は五巻である。 胡語（西域の言葉）を秦（漢語）に翻訳するには、五つの「原本の損失」がある。 第一に、胡語は語順が完全に逆であるため、秦の語順に従わせること。これが第一の損失である。 第二に、胡の経典は質朴を尊ぶが、秦の人は文飾を好む。広く人々の心に伝えるには、文飾がなければ合致しない。これが第二の損失である。 第三に、胡の経典は細部にわたり、特に賛嘆や詠唱を繰り返し、三度も四度も丁寧に重ねることを厭わない。しかし今はこれを削り省く。これが第三の損失である。 第四に、胡語には義記（内容の注記）があり、それが乱れた言葉のように見える。先行する説法を追いかけると、言葉に差異がない。あるいは千五百字ほど刈り取って残さない。これが第四の損失である。 第五に、事がすでに完了した後に、さらに別の事柄に及ぼうとして、前の言葉を重ねてから後の説法を行うが、これをすべて除いてしまう。これが第五の損失である。 しかし般若経は、三達（完全な智慧）の心によって覆面（秘密）のまま説かれたものである。聖人は必ず時節に応じ、時節や風俗には変化がある。そこで雅な古語を削り、現代に合わせる。これが第一の不易（変えがたい点）である。 愚かさと智慧は天地の差があり、聖人には凡人が及ぶことはできない。千年以上の昔の微細な言葉を、百王の後の末の時代に伝え合致させようとする。これが第二の不易である。 阿難が経典を編集したのは、仏の入滅から間もない時代である。尊者・大迦葉は五百の羅漢（六通を得た者）に互いに校合させ、書き写させた。今は千年も離れ、近ごろの心で裁断しようとしている。あの阿羅漢たちはこれほどまでに謹厳であったのに、この生死の凡人はこれほどまでに軽々しい。これは法を知らざる者の勇気というべきではないか。これが第三の不易である。 この五つの損失と三つの不易を経て、胡語を秦語に翻訳するのに、どうして慎重でなくてよいだろうか。正に、異なる言葉を了解させずに、伝えて会通させるだけである。どうして工匠の出来不出来を咎めることがあろうか。これは私の知りうるところではない。 先人が経典を翻訳した際、支讖や安世高は、胡本をしっかりと把握し、その連鎖を繋ぐことに長けていた。また、支曜や康僧鎧（叉羅支越）は、彫り削る技巧に巧みであった。巧みではあるが、穴を穿てば混沌が終わってしまうことを恐れる。もし『詩経』を煩雑だとして、『尚書』を質朴だとして、削って現代に合わせれば、馬融や鄭玄が深く恨むところとなるだろう。 近ごろこの『撮要』を出したのは、雑多にしないようにし、経典の言葉の旨を推し量り、ただ真実を失うことだけを恐れたからである。方言や古語がある場合は、自らその下に解釈を加える。通常、首尾が矛盾したり、句が通じない箇所は、符節を合わせたように暗合し、折り返したように合致する。これによって先人の深い誤りを見ることができ、西域との素晴らしい会通を喜ぶことができる。 九十章においては、迷いや疑念の置き場がなく、毫芒の間にも微かな瑕疵が消え去っている。もう終わったのである。

南摸一切佛過去未來現在佛如諸法明天竺禮般若辭也。明智也。外國禮有四種。一罽耶。二波羅南。三婆南。四南摸。南摸屈體也。跪也。此四拜。拜佛外道國主父母通拜耳。禮父母云南摸薩迦。薩迦供養也。

> 南無一切の仏、過去・未来・現在の仏たち、そして諸法の明らかな智慧に礼拝します。

摩訶大也鉢羅若智也波羅度也蜜無極經抄天竺經無前題前題皆云吉法吉法竟是也道安為此首目題也。

> 摩訶（大いなる）とは、鉢羅若（智慧）のことであり、波羅（彼岸に渡る）蜜（その極み）の経典の要約である。この経典の原本となる天竺の経典には前に題名がなく、先に掲げるものはすべて「吉祥の教え」と称され、それが経題の全体である。道安がこの経の冒頭に「摩訶般若波羅蜜経抄」と題した。