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title: "出三藏記集 · 7 長阿含經序"
description: "出三藏记集是中国佛教史上第一部系统的佛教经录由南朝梁代高僧僧祐编撰成书于天监年间该书在道安综理众经目录基础上增补完善记载东汉至梁代所译经律论目录并保存大量译经文献及高僧传记其内容分为撰缘起诠名录总经序述列传四部分不仅梳理了汉译佛典源流更收录众多珍贵序跋和僧传是研究中国佛教早期传播与经典翻译不可或缺的权威史料在佛教文献学与目录学领域具有开创性地位被誉为现存最古的佛教经录对后世大藏经的形成影响深远"
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### 長阿含經序第七

> 長阿含経 序 第七

釋僧肇作

> 僧肇作

夫宗極絕於稱謂。賢聖以之冲默。玄旨非言不傳。釋迦所以致教。是以如來出世。大教有三。約身口則防之以禁律。明善惡則導之以契經。演幽微則辯之以法相。然則三藏之作也。本於殊應。會之有宗則異途同趣矣。禁律律藏也。四分十誦。法相阿毘曇藏也。四分五誦。契經四阿含藏也。增一阿含四分八誦。中阿含四分五誦。雜阿含四分十誦。此長阿含四分四誦。合三十經以為一部。阿含秦言法歸。法歸者。蓋是萬善之淵府。總持之林苑。其為典也。淵博弘富溫而彌曠。明宣禍福賢愚之迹。割判真偽異濟之原。歷記古今成敗之數。墟域二儀品物之倫。道無不由法無不在。譬彼巨海百川所歸。故以法歸為名。開析修途所記長遠。故以長為目。翫茲典者長迷頓曉。邪正難辯顯如晝夜。報應冥昧照若影嚮。劫數雖遼近猶朝夕。六合雖曠現若目前。斯可謂朗火明於幽室。慧五目於眾瞽。不𨶳戶牖而智無不周矣。大秦天王。滌除玄攬高韻獨邁。恬智交養道世俱濟。每懼微言翳於殊俗。以右將軍使者司隷挍尉晉公姚爽。質直清柔玄心超詣。尊尚大法妙悟自然。上特留懷每任以法事。以弘始十二年歲上章掩茂。請罽賓三藏沙門佛陀耶舍。出律藏四分四十卷。十四年訖。十五年歲昭陽奮若。出此長阿含訖。涼州沙門佛念為譯。秦國道士道含筆受。時集京夏名勝沙門於宅第挍定。恭承法言敬無差舛。蠲華崇朴務存聖旨。余以嘉遇猥參聽次。雖無翼善之功。而豫親承之末。故略記時事以示來覽焉。

> 仏陀の究極の境地は言葉を超えており、賢者や聖人はそのために沈黙を保つ。しかし、深遠な教えは言葉なしには伝わらない。だからこそ釈迦は教えを説かれたのである。 そのため、如来がこの世に現れられた時、大いなる教えには三つの種類があった。身と口に関しては戒律をもって防ぎ、善悪を明らかにするには経典をもって導き、微細な真理を説くには法相をもって論じた。すなわち、三蔵の成立は、様々な機根に応じたものであり、その宗旨を会得すれば、異なる道も同じ趣きに帰するのである。 禁律は律蔵であり、四分律と十誦律がある。法相は阿毘曇蔵であり、四分五誦からなる。契経は四阿含蔵であり、増一阿含は四分八誦、中阿含は四分五誦、雑阿含は四分十誦、そしてこの長阿含は四分四誦からなる。合わせて三十経をもって一部とする。 阿含とは、秦の言葉で「法帰」という意味である。法帰とは、あらゆる善の源泉であり、すべての教えを総持する林苑である。この経典は、深遠で広大、豊かで温かく、尽きることのない広がりを持つ。禍福や賢愚の跡を明らかにし、真偽や様々な救済の源を判別し、古今の盛衰の理法を記し、天地の万象を網羅する。道が及ばないところはなく、法が存在しないところはない。それは大海に百の川が帰するようなものである。だから「法帰」と名付けられたのである。 修行の道を開き示し、その記録は長く遠大であるので、「長」をもって名称としたのである。この経典を玩味する者は、長い迷いからたちどころに悟る。邪と正の区別が難しいことも、昼と夜のように明らかになる。報応の冥いことも、影や響きのように照らし出される。劫の数は遠いが、朝夕のように近く感じられる。六合が広大でも、目前にあるかのように現れる。これは、暗い部屋に明るい火を灯し、大いなる智慧の目を多くの盲人に与えるようなものである。戸や窓を開けずとも、智慧は至らないところがないのである。 大秦天王は、深遠な見解を研ぎ澄まし、高邁な風格を独自に発揮された。静と智を共に養い、道と世をともによくされた。常に微細な言葉が異国の風習に埋もれることを憂えられ、右将軍使者司隷挍尉である晋公姚爽は、質実剛健で清廉柔和、心は深く悟りに達し、大法を尊び、自然の妙理をよく悟っていた。天王は特にこの者に心を留め、常に法の務めを任せられた。 弘始十二年の歳、上章掩茂の年に、罽賓の三蔵沙門である仏陀耶舎に請いて、律蔵四分四十巻を訳出され、十四年になって完成した。十五年、歳昭陽奮若の年に、この長阿含の翻訳が終わった。涼州の沙門である仏念が翻訳を担当し、秦国の道士である道含が筆受した。当時、京夏の名高い沙門たちが邸宅に集まり、校訂を行った。法の言葉を恭しく受け、誤りがないよう慎重にした。華美な表現を省き、質素を尊び、聖旨の保持に努めた。 私は幸運にも、この訳業の列に加わり、聴聞の末席に連なることができた。善を助ける功績はないが、親しくその一端に接することができた。よって、時の出来事を簡略に記録し、後世の閲覧に供することとしたのである。