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title: "金光明最勝王經疏 · 18 堅牢地神品(五末)"
description: "唐代高僧慧沼所撰《金光明最勝王經疏》是佛教重要注疏之一。此疏针对《金光明最勝王經》进行系统阐释，该经为大乘佛教重要经典，宣扬护国利民、忏悔灭罪思想。慧沼作为唯识宗代表人物，其注疏融合唯识学说，深入剖析经义，影响深远。本疏不仅有助于理解经文深意，且对唐代佛教义学发展有重要贡献，历来被尊为研究该经的权威文献之一，在佛教注疏史上占有显著地位。"
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### 堅牢地神品第十八

> 第十八章 堅牢地神

堅牢地神品，三門分別。一來意者，前雖益其衣服，未得飲食資持。此益飲食，資身安樂故得弘法，故前品後有此品生。釋品名者，梵云堅牢，是地義，即堅牢地之神。或復由神能令地堅牢，名堅牢地之神，亦依主釋，能堅牢地是神用故。三解妨者，天女益於財物，標云增長財物品；此地神加於飲食，何故不言地神益飲食滋味品？答：天女分成兩品，故增財物簡之。〈地神品〉既不分無濫，不言飲食。

> 堅牢地神の章について、三つの観点から説明する。 第一に、本章が生じた趣意である。前の章では衣服の恵みについて述べたが、まだ飲食の支えを得ていなかった。この章では飲食の恵みを説き、身体を安らかに楽しませることで法を弘めることができる。よって前の章に続いてこの章が生じたのである。 第二に、章の名を解釈する。サンスクリット語で「堅牢」とは地の意味であり、すなわち堅牢地の神である。あるいは、この神が地を堅牢にする力を持つことから、堅牢地の神と名付けられた。これは「依主解釈」によるもので、地を堅牢にするのが神の働きだからである。 第三に、疑問を解く。天女が財物を恵むことを「増長財物品」と標しているのに、なぜ地神が飲食を加えることを「地神は飲食を恵む滋味品」と言わないのか。答え：天女に関する教えは二つの章に分かれているため、財物を増すことを示して区別したのである。しかし「地神品」は既に分けることで混同が生じないため、わざわざ飲食と明記する必要はない。

經　爾時堅牢地神即於眾中從座而起，合掌恭敬而白佛言：

下品文分二：初益飲食資持、後「白佛言」下與呪現身加被。初中復四：初標益弘經、二「若有方處」下正明得益、三「爾時世尊」下佛重述成、四「爾時堅牢」下地神願護。標中有二：初儀軌、後標益。此初也。

> 下品の文は二つに分かれます。最初は飲食や資産を支える利益、その後「仏に申し上げる」以下の部分は呪文を示して現身で加護を与えることです。初めの部分はさらに四つに分かれます。第一に経典を広める利益を示すこと、第二に「もし場所があるなら」以下で正しく利益を得ることを明らかにすること、第三に「その時、世尊は」以下で仏が改めて述べて成就すること、第四に「その時、堅牢は」以下で地神が守護を誓うことです。最初の部分には二つあります。まず作法、次に利益を示すことです。これがその最初です。

經　「世尊！是《金光明最勝王經》，若現在世、若未來世，若在城邑聚落、王宮樓觀，及阿蘭若、山澤空林，有此經王流布之處，世尊！我當往詣其所，供養恭敬擁護流通。」

> 経典：「世尊よ、この『金光明最勝王経』は、現在の世にも未来の世にも、もし町や村、王宮や楼閣、そして静かな修行の場や山間、野原、林の中にあって、この経典の王が広まっている場所があれば、世尊よ、私は必ずその場所に赴き、供養し敬い、守り護り、広く伝えていきます。」

下標益，有二：初明弘經時處、後「世尊我當」下標益弘經。

> 下の標（しるし）にある利益には二つあります。まず、経典を広める時と場所を示し、次に「世尊よ、私は」の部分から、利益を標として示しています。

經　「若有方處為說法師敷置高座演說經者。」

> もし、法を説く先生が高座を設けて経典を説く場所があるならば。

下第二正明得益，有三：初明供養弘經之人、次「既受如是」下明得供養更廣弘經、後「既聽受已」下明聞經得益。初復分五：一指弘經人及處。

> 次に、第二の「正に得益を明かす」には三つの部分があります。まず初めに、経典を広める人への供養を明かします。次に「既に如是を受けて」以下で、供養を得てさらに広く経典を弘めることを明かします。後に「既に聴受し已って」以下で、経を聞いて得る利益を明かします。初めの部分はさらに五つに分かれます。一に、経を広める人とその場所を示します。

經　「我以神力不現本身，在於座所頂戴其足。」

> 経典：「私は神通力によって自分の姿を隠し、そのまま座った場所で、あなたの足を頭の上にいただきます。」

下二明神頂敬。

> 次に、第二の明神が深く敬い拝むことについてお示しします。

經　「我得聞法深心歡喜，得餐法味增益威光，慶悅無量。」

> 経典: 「私は教えを聞いて心の底から喜び、教えの味わいをいただいて威光が増し、この上なく幸せに感じました。」

下三明神蒙法利。

> 三つの明らかな神々が、その法の恵みを受ける。

經　「自身既得如是利益，亦令大地深十六萬八千踰繕那至金剛輪際，令其地味悉皆增益，乃至四海所有土地亦使肥濃，田疇沃壤倍勝常日。亦復令此贍部洲中江河池沼所有諸樹藥草叢林、種種華果根莖枝葉及諸苗稼，形相可愛眾所樂觀，色香具足皆堪受用。若諸有情受用如是勝飲食已，長命色力諸根安隱，增益光暉無諸痛惱，心慧勇健無不堪能。又此大地凡有所須，百千事業悉皆周備。」

> 経典： 「自身がこのような利益を得たならば、また大地の深さ十六万八千由旬の金輪の際に至るまで、その地味をことごとく増大させ、四海のすべての土地もまた肥沃にし、田畑は平素に勝って倍も豊かになる。またこの閻浮提の中の河川や池沼、すべての樹木や薬草、叢林、さまざまな花や果実、根や茎、枝や葉、そして苗や穀物も、形や様子が愛らしく、人々の目を楽しませ、色と香りが共に備わり、すべて享受できるようになる。もし生きとし生けるものたちが、このようなすぐれた飲食を受用すれば、長命となり、色力（つやや力）も増し、諸根（感覚器官）も安らかで、光輝が増し、痛みや悩みもなく、心も智慧も勇ましく健やかで、できないことは何もない。またこの大地には、必要なものはすべて、百千の事業がことごとく備わるのである。」

下四益其供養。供養有五：一益地味，益地味故令地所生皆悉美好；二「乃至」下益分限；三「亦復」下明益百穀；四「若諸有情」下益受用，若說法師及敷座人聽法之眾咸得此益，故云若諸有情；五「又此大地」下明益資具。

> 四つの利益をもたらす供養について説明します。供養には五つの利益があります。第一に、大地の味わいを豊かにします。そのため、大地から生まれるものはすべて素晴らしくなります。第二に、「乃至」以下の部分は、所有物や領分を豊かにする利益です。第三に、「亦復」以下の部分は、あらゆる穀物を実らせる利益を明らかにしています。第四に、「若諸有情」以下の部分は、実際の享用の利益です。説法する僧侶、説法の座を設ける人、そして法を聞く人々のすべてがこの利益を得ます。だから「若諸有情」と言われています。第五に、「又此大地」以下の部分は、必要な道具や資材を満たす利益を明らかにしています。

經　「世尊！以是因緣，諸贍部洲安隱豐樂，人民熾盛無諸衰惱，所有眾生皆受安樂。」

> 世尊よ、このような因縁によって、閻浮提（えんぶだい）の世界は穏やかに豊かになり、人々は栄え、衰えや悩みはなくなります。すべての生きとし生けるものは、安らかな幸せを享受するのです。

下五結得益。

> その五点の教えを守ることで、次のような大きな功徳が得られます。

經　「既受如是身心快樂，於此經王深加愛敬，所在之處皆願受持供養恭敬尊重讚歎。」

> 経典にはこう説かれています。「このような身心の喜びを受けたならば、この経典の王を深く敬愛し、そこにある場所ごとに、皆が進んで受け止め、供養し、敬い、尊び、称賛することを願うようになる。」

下第二明得供養更廣弘經。於中分三：初明說聽加敬願持、次「又復於彼」下明其地神請說并益、後「是故世尊」下後勸聽經。此初也。

> 第二に、供養を得てさらに広く経を弘めることを明かす。この中を三つに分ける。第一に、説法と聴聞における恭敬の心と、経を受持したいという願いを明かす。第二に、「また、かの地において」の下では、地の神が説法を請い、その利益を明かす。第三に、「このゆえに世尊」の下では、後に経を聴聞するよう勧める。これがその第一である。

經　「又復於彼說法大師法座之處，悉皆往彼為諸眾生勸請說是最勝經王。何以故？世尊！由說此經，我之自身并諸眷屬咸蒙利益，光暉氣力、勇猛威勢、顏容端正倍勝於常。世尊！我堅牢地神蒙法味已，令贍部洲縱廣七千踰繕那地皆悉沃壤，乃至如前所有眾生皆受安樂。」

> 経典： 「さらにまた、その説法の大師が法座に着かれるところには、すべてそこに赴き、諸々の衆生のためにこの最勝の経王を説くよう請願いたします。なぜでしょうか。世尊よ、この経が説かれることによって、私自身と眷属たちのすべてが利益を受け、光彩や気力、勇猛な威勢、顔かたちの端正さが、ふだんにも増してすぐれたものとなるからです。世尊よ、私は堅牢地神として、この法の味わいを受けたのち、贍部洲（せんぶしゅう）の広さ七千由旬（ゆじゅん）の地をすべて肥沃にし、以前と同様に、そこにいるすべての衆生が安楽を受けるようにいたします。」

下明地神請說并益，復二：初請說、後「世尊我堅牢」下與益。請說有三：初願請、次「何以故」徵、後「世尊」下釋與益。可知。

> 以下に、明地神（堅牢地神）の請願と利益について述べる。ここでは二つの部分に分かれる。初めに請願の説明、次に「世尊よ、我は堅牢なり」以下の文で利益を授ける部分である。 請願の説明は三つから成る。第一に願いを請う部分、第二に「何以故（なぜならば）」と問いかける部分、第三に「世尊よ」以下の文で利益を授ける理由を釈明する部分である。これらの順序は容易に理解できよう。

經　「是故世尊！時彼眾生為報我恩，應作是念：『我當必定聽受是經，恭敬供養尊重讚歎。』作是念已，即從住處城邑聚落舍宅空地詣法會所，頂禮法師聽受是經。」

> 経よって、世尊よ。その時、かの衆生は私の恩に報いるために、こう考えるべきです。『私は必ずこの経を受け聴き、敬い、供養し、尊び、称賛しよう』と。そう考えたならば、すぐに住んでいる場所、町や村、家や空き地から法会の場に赴き、法師に礼拝して、この経を受聴するのです。

下後勸聽經，有三：初念報恩、次「應作是念」下起決心聽、後「作是念」下往法會聽。

> 仏法を聞くことを勧める教えには、三つの段階があります。まず、恩に報いるために聞くことを心に刻みます。次に、「こう考えるべきである」と述べられるところから、聞く決意を固めます。最後に「こう心に決めて」とあるところから、法の集いへと向かいます。

經　「既聽受已各還本處，心生慶喜共作是言：『我等今者得聞甚深無上妙法，即是攝受不可思議功德之聚。由經力故，我等當值無量無邊百千俱胝那庾多佛，承事供養，永離三塗極苦之處，復於來世百千生中，常生天上及在人間受諸勝樂。』」

> 経典にはこう説かれています。「聞き終えた後、皆それぞれ元の場所に帰り、心に喜びを抱いてこう言った。『私たちは今、この上なく深い素晴らしい教えを聞くことができました。これはまさに、はかり知れない功徳の集まりを受け取ったということです。この経典の力によって、私たちは無数・無限の仏陀に出会い、お仕えし、供養することができるでしょう。そして、地獄・餓鬼・畜生の三つの悪道の極めて苦しい境遇から永遠に離れ、さらに来世の百千年の間、常に天界や人間界に生まれ、優れた楽しみを受けるでしょう。』」

下第三明聞經得益。有三：初勸慶相賀、次「時彼諸人」下傳說利他、後「世尊隨諸」下明其得益。初中復五：一慶聞深法、二「即是」下慶獲福廣、三「由經力」下慶當遇佛、四「永離」下慶免三塗、五「復於」下慶當勝報。

> 第三に、経典を聞いたことによる利益を明らかにする。本章は三つの部分からなる。第一に、祝い合って喜び合うこと。次に「時に、かの諸人の…」という箇所から、他者のために教えを伝えること。最後に「世尊は諸人に随って…」の箇所から、その利益を明らかにする。初めの部分はさらに五つに分かれる。第一に、深い教えを聞けたことを慶ぶ。第二に、「すなわちこれ…」という箇所では、大きな功徳を得たことを慶ぶ。第三に「経の力によって…」という箇所では、未来に仏に出会えることを慶ぶ。第四に「永遠に離れる…」という箇所では、三つの悪道を免れたことを慶ぶ。第五に「さらに…において

經　「時彼諸人各還本處，為諸人眾說是經王，若一喻一品、一昔因緣、一如來名、一菩薩名、一四句頌或復一句，為諸眾生說是經典乃至首題名字。」

> 経に説かれています。「そのとき、彼らの一人ひとりがそれぞれの元いた場所に帰り、人々のためにこの経王を説きました。たとえ一つの譬え、一つの章、一つの過去世の因縁、一つの如来の名、一つの菩薩の名、一つの四句の偈、あるいはたった一つの句であっても、また経典の題名に至るまで、人々のためにこの経典を説いたのです。」

下次傳說利他。

> この次に説くのは、他者の利益となる行いについての伝え方です。

經　「世尊！隨諸眾生所住之處，其地悉皆沃壤肥濃過於餘處，凡是土地所生之物悉得增長滋茂廣大，令諸眾生受於快樂，多饒珍財好生惠施，心常堅固深信三寶。」作是語已。

> 経に曰く、「世尊よ。衆生が住むところの地は、すべて他の場所よりも豊かで肥えた土地となります。その地に生えるものはすべて、よく成長し茂り広がり、衆生に喜びをもたらします。豊かな財宝が生まれ、人々は喜んで施しを行い、心は常に堅固で三宝を深く信じるようになります。」と、このように語られました。

下明其得益。

> その功徳を得ることを明らかにする。

經　爾時世尊告堅牢地神曰：「若有眾生聞是《金光明》最勝經王乃至一句，命終之後當得往生三十三天及餘天處。若有眾生為欲供養是經王故，莊嚴宅宇乃至張一傘蓋、懸一繒旛，由是因緣六天之上如念受生，七寶妙宮隨意受用，各各自然有七千天女共相娛樂，日夜常受不可思議殊勝之樂。」作是語已。

> その時、世尊は堅牢地神に告げられた。「もしこの『金光明最勝経王』の、ほんの一句であっても聴聞した者は、命終の後には三十三天やその他の天界に生まれることができる。また、この経王を供養しようと願い、家屋を荘厳し、あるいはただ一つの傘蓋を張り、一つの繙を掲げた者も、その縁によって六天の上に、思いのままに生まれ、七宝の妙なる宮殿を自在に受用し、それぞれに自然と七千の天女たちが共に楽しみ、昼も夜も絶え間なく、思いもよらぬ素晴らしい楽しみを受けるのである。」と説かれた。

下第三佛重述成。於中有二：初述成聞經益、後「若有眾生」下述成供養益。述聞生上得益不言受樂者，影略故也。

> 第三に、仏が再び成果を述べられる。この中に二つある。初めに、経を聞くことの利益を述べ、後に「もし眾生が有れば」と、供养の利益を述べる。経を聞いて上の功徳を得ることを述べるが、受楽については言及しないのは、対比による省略のためである。

經　爾時堅牢地神白佛言：「世尊！以是因緣，若有四眾昇於法座說是法時，我當晝夜擁護是人，自隱其身在於座所頂戴其足。」

> 経　その時、堅牢地神が仏に申し上げた。「世尊（世界の尊い方）よ、そういう理由から、もし四つの弟子たち（比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷）が法座に上がってこの教えを説く時には、私は昼夜を問わずその人を守護し、自らの姿を隠してその座の場所にあり、その人の足を頭の上にいただきましょう。」

下第四地神願護。於中有三：一願護法師。

> （第四地の神々の願いによる守護について、ここには三つあります。第一に、法師を守護したいという願いです。）

經　「世尊！如是經典為彼眾生已於百千佛所種善根者於贍部洲流布不滅，是諸眾生聽斯經者，於未來世無量百千俱胝那庾多劫天上人中常受勝樂，得遇諸佛速成阿耨多羅三藐三菩提，不歷三塗生死之苦。」

> 世尊よ、このような経典は、すでに百千の仏のもとで善根を培った衆生たちによって、閻浮提（人間世界）に広められ、滅びることなく存続するのです。この経典を聴く衆生は、未来の無量百千俱胝那由多劫の間、天界や人間界で常に勝れた楽しみを受け、諸仏に出会い、速やかに阿耨多羅三藐三菩提（正しい悟り）を成就し、三悪道の生死の苦しみを経ることがありません。

下二願護正法。護正法者，為利有情。「是諸眾生」下三明令生得益，有二：初得樂果、後離苦報。樂果有二：初受世果、「得遇諸佛」下得出世果、下離苦報。可知。

> 第二の願は、正しい教えを守るということです。正しい教えを守るというのは、生きとし生けるものを利益するためです。 「（これらの衆生は）」以下の第三段では、（仏の教えによって）生きとし生けるものが利益を得ることを明らかにしており、二つの部分があります。まず、楽しい結果（楽果）を得ること、次に、苦しい報い（苦報）から離れることです。 楽しい結果には二つあります。まず、この世での結果（世果）を受けること、次に「（（これらの衆生は）諸仏に遇うことを得て）」以下で、この世を超えた結果（出世果）を得ることを示し、さらにその後に苦しい報いから離れることを示しています。 以上の通りです。（注：これらは）理解できることでしょう。

經　爾時堅牢地神白佛言：「世尊！我有心呪能利人天安樂一切。」

> 爾（その）時、堅牢地神（けんろうじしん）が仏に申し上げました。「世尊よ、私には心の呪文（じゅもん）があります。それは人と天人のために利益をもたらし、すべてを安楽にいたします。」

下大段第二與呪現身加被。於中分三：初啟白、次「若有」下說呪、後佛讚。此初也。

> では、次の段階に入ります。第二に、陀羅尼を示し、その功徳を現すことです。ここは三つに分かれます。初めに仏に申し上げ、次に「もし…あらば」以下で陀羅尼を説き、最後に仏がそれを称賛します。これが、その初めの部分です。

經　「若有男子女人及諸四眾，欲得親見我真身者，應當至心持此陀羅尼，隨其所願皆悉遂心，所謂資財珍寶伏藏，及求神通長年妙藥，并療眾病、降伏怨敵、制諸異論。當於淨室安置道場，洗浴身已，著鮮潔衣，踞草座上。於有舍利尊像之前或有舍利制底之所，燒香散華飲食供養，於白月八日布灑星合。」

> 経典にこう説かれている。「もし男子や女人、および四衆が、私の真の身を親しく見ようと願うならば、心を込めてこの陀羅尼を持ちなさい。そうすれば、その願いはすべて心のままに叶うだろう。すなわち、財産や宝物、地中の財宝（伏蔵）を求めたり、神通力や長寿の妙薬を求めたり、さらには病を治し、敵を降伏させ、様々な異論を抑えたいと願うこともできる。清らかな部屋に道場を設け、身を洗い清め、清らかな新しい衣をまとい、草の座に腰かけなさい。舎利のある仏像の前、あるいは舎利のある塔のところで、香を焚き、花をまき、飲食を供養し、白月の第八日に、布灑星（プシャー星）が合する時に行いなさい。」

下說呪，復三：初標告示法、次別說教之、後結勸令學。初中有三：初總告、次「隨其所願」下述呪功能、後「當治淨室」下示持呪法。法有六：一皆治淨室立壇場、二洗浴嚴其身、三所居座、四對尊儀、五備供養、六誦呪時白月八日。西方月法，黑半左前、白半在後，與此不同，但依白月八日誦呪。布灑星者，即此鬼星也。然未知月大小殊，若為白八常鬼星合，準應但取白八與鬼星合日，未必白八日常與鬼星合。先誦護身呪，次誦見身呪，後誦共語呪。

> 次に、呪文を説く部分が三つに分かれています。最初は、概要を示す教えです。次に、個別に教えを説きます。最後に、学ぶように勧めて結びます。 最初の概要には三つの点があります。一つ目は全体を告げること、二つ目は「その願いに従って」の部分から、呪文の働きを述べること、三つ目は「清らかな部屋を整えよ」の部分から、呪文を唱える方法を示すことです。 その方法には六つあります。 一、清らかな部屋を整え、壇（祭壇）を設けること。 二、身を洗い清め、身だしなみを整えること。 三、座る場所を整えること。 四、尊い仏の姿を前に置くこと。 五、供え物を用意すること。 六、呪文を唱えるときは、白分（新月から満月へ向かう半月）の八日目とすること。 西方の暦では、黒分（満月から新月へ向かう半月）が先で、白分が後になります。これは我々の暦とは異なりますが、ここの教えでは白分の八日目に呪文を唱えるとされています。 「布灑星（星宿）」とは、ここでいう鬼宿（ぎしゅく）のことを指します。しかし、月の大小によって白分の八日目が必ずしも鬼宿の日と重なるとは限りません。おそらく、単に白分の八日目というだけでなく、白分の八日目が鬼宿と重なる日を選ぶべきなのでしょう。 まずは身を守る呪文を唱え

經　「即可誦此請召之呪：」

> 経文に曰く、「ただちにこの招請の呪文を唱えよ。」

「怛姪他　只里只里主嚕主嚕　句嚕句嚕　拘柱拘柱　覩柱覩柱　縛訶上縛訶　伐捨伐捨　莎訶」

> 「タギャタ　チリチリ　チュルチュル　クルクル　クチュクチュ　トゥチュトゥチュ　ワカ<注>上</注>ワカ　バシャバシャ　ソワカ」

「世尊！此之神呪，若有四眾誦一百八遍請召於我，我為是人即來赴請。」

> 「世尊よ、この神呪について、もし四衆（比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷）が百八回唱えて私を呼び求めるならば、私はその人のためにすぐに訪れてその請いに応じましょう。」

下別說教之。三呪即為三段。此初，有三：初標、次說、後誦法。言即可者，不是八日初即誦此誦名神呪，乘文便勢說即可誦此。不爾，護身呪何時說？故應先誦護身呪。

> まず、この教えを詳しく説明します。三つの呪文について、三つの段階に分けて述べられます。最初の段階には、さらに三つの部分があります。最初に標題を掲げ、次に内容を説き、最後にその唱え方を示しています。 「即ち可し」と言うのは、八日目の最初にこの呪文を唱えるという意味ではありません。この呪文は「神呪」と呼ばれ、文章の流れに沿って説かれたものです。つまり、適切な時に唱えるべきものなのです。そうでなければ、護身呪はいつ唱えるべきなのでしょうか。ですから、まず護身呪を唱えるべきなのです。

經　「又復世尊！若有眾生欲得見我現身共語者，亦復如前安置法式，誦此神呪：」

> さらに、世尊よ。もし生きとし生けるものの中に、私の姿を目の当たりにし、直接言葉を交わしたいと願う者がいるならば、先に述べたのと同様に準備を整え、この神呪を唱えなさい。

「怛姪他　頞折泥去頡力剎泥室尸達哩訶訶呬呬　區嚕　伐囇　莎訶」

「世尊！若人持此呪時，應誦一百八遍，并誦前呪，我必現身，隨其所願悉得成就，終不虛然。」

> 世尊よ、もし人がこの陀羅尼を唱えるならば、まず百八回唱え、その上で前の呪文も唱えるべきです。そうすれば、私は必ず姿を現し、その人の願いをすべて成就させましょう。決して空しいものとはなりません。

下請共語呪，文三如前。誦法中云并誦前呪者，不是但誦請語呪時即來共語，要先誦請現身呪方誦此呪。又非先誦請現神呪一百八遍，後誦請語時復誦於前一百八遍。

> 下請けの共語呪は、本文は前と同じです。ただし、誦経の方法の中で「前の呪を合わせて誦す」と言っているのは、単に請語の呪を誦したらすぐに来て言葉を交わすという意味ではありません。まず請現身呪を誦してから、この呪を誦するのです。また、先に請現神呪を108回誦し、その後で請語の際に再び前の108回を誦するというわけでもありません。

經　「若欲誦此呪時，先誦護身呪曰：」

> 経典にこうあります。「この呪文を唱えようとするときは、まず身を守る呪文を唱えなさい。それは次の通りです——」

「怛姪他爾室里　未捨羯㨖𭡠㨖矩㨖勃地上勃地囇婢㨖婢㨖矩句㨖佉婆上只哩莎訶」

> タギャタ ニシリ ミシャカチ ノチ クチ ボダイ ボダイリ ヒチ ヒチ ククチ カバ チリ ソワカ

「世尊！誦此呪時，取五色線誦呪二十一遍作二十一結，繫在左臂肘後，即便護身，無有所懼。」

> 世尊よ、この呪文を唱える時は、五色の糸を取り、呪文を二十一回唱えながら二十一の結び目を作り、左の肘の後ろに結びつけなさい。そうすれば、身を守られ、何も恐れることはありません。

下教護身呪。三文如前。

> 以下は教護身呪です。三つの文は先ほどと同じです。

經　「若有至心誦此呪者，所求必遂。我不妄語，我以佛法僧寶而為要契證知是實。」

> 経典にはこう説かれています。「もし心からこの呪を唱える者があれば、その求めることは必ず叶うであろう。私は決して虚言を語らない。私は仏法僧の三宝を証拠として、このことの真実を確かに証明する。」

下後結勸令學。

> この後、最後にまとめて学ぶよう勧める。

經　爾時世尊告地神曰：「善哉善哉！汝能以是實語神呪護此經王及說法者，以是因緣，令汝獲得無量福報。」

下後佛讚成也。

> その後、仏はこれを讃え、認められたのである。