---
title: "補續高僧傳 · 覺原曇禪師傳"
description: "明河法师所撰《補續高僧傳》是明代重要的佛教史傳著作。該書接續梁唐宋歷代高僧傳傳統，廣泛搜集唐代以後至明代的高僧事跡，尤其注重禪宗與淨土宗人物的記載。內容涵蓋高僧的行誼、教化與修行成就，具有極高的史料價值。此傳不僅填補了明代之前僧傳的空白，更成為研究中國佛教史特別是明清佛教發展的重要文獻，在佛教傳承與歷史研究中佔有不可替代的權威地位。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcvm6ip10505l10a6yv5gsqo"
---

### 覺原曇禪師傳

> 覚原曇禅師伝

慧曇。字覺原。天台人。依越之法果寺。時廣智笑隱訢公。說法中天竺。師造焉。備陳求道之切。廣智斥曰。從外入者。決非家珍。道在自己。豈向人求耶。師退。凝然獨坐一室。久之無所入。廣智一日舉百丈野狐話。師大悟曰。佛法落我手矣。廣智曰。爾見何道理。敢爾大言。師展雙手曰。不直一文錢。廣智頷之。丙申。王師定建業。師謁　上於轅門。　上見師氣貌異。甞歎曰。此福德僧也。命主蔣山太平興國禪寺。時當儉歲。師化食以給。其眾無闕乏者。山下田人。多欲𨽻軍籍。師懼寺田蕪廢。請於　上而歸之。山之林木。為樵所剪伐。師又陳奏。　上封一劒授師曰。敢有伐木者斬。山木賴以全。踰年丁酉。改龍翔為天界。　詔師主之。每設廣薦法會。師必升座。舉宣法要。　車駕親帥羣臣幸臨。恩數優渥。遠邇學徒。聞風奔赴。堂筵至無所容。先是。僧堂寮庫。有司權以貯戎器。久而不歸。　上見焉。亟命出之。洪武元年。開善世院。秩視從二品。特授師演梵善世利國崇教大禪師。住持大天界寺。統諸山釋教事。降　誥命。俾服紫方袍。章逢之士。以釋氏為世蠹請滅除之。　上以其章示師。師曰。孔子以佛為西方聖人。以此知真儒不必非釋。非釋必非真儒也。上亦以佛陰翊王度。却不聽。庚戌夏。奉使西域。辛亥秋。至省合剌國。布宣　天子威德。其國王喜甚。館于佛山寺。待以師禮。一日呼左右謂曰。予不能復命矣。跏趺端坐。夜參半問云。日將出否。曰未也。已而復問。至於四三。曰日出矣。恬然而逝。其日葢丙子云。踰五日顏貌如生。王大敬歎。斵香為棺。聚香代薪。築壇而茶毗之。師廣顙豐󰬇。平頂大耳。面作紅玉色。耳白如珂雪。目光爛爛射人。學者見之。不威而懾。及即之也。盎然而春溫。其遇禪徒。隨機而應。未甞務為奇巧。聞者自然有所悟入。雖位隆望重。恒處之若寒素。無毫髮自矜意。為人寡言笑。喜怒任真。不能以貴賤異其顏色。然毗翊宗教。無一息敢忘。廣廈細旃之間。從容　召對。據經持論。每罄竭蘊蓄。松園之復釋道私租之免。皆師之所請也。

> 慧曇、字は覚原。天台の人。越の法果寺に依る。時に広智笑隠訢公、中天竺で説法す。師、これに詣でて、道を求める切なる思いを詳しく述ぶ。広智これを斥けて曰く、「外より入る者は、決して家の宝にあらず。道は自己の中にあり、どうして人に求めようか」。師退きて、凝然として独り一室に坐す。久しくして入る所なし。広智、一日、百丈野狐の話を挙ぐ。師、大いに悟りて曰く、「仏法、我が手に落ちたり」。広智曰く、「汝、いかなる道理を見て、かくも大言を吐くか」。師、両手を広げて曰く、「一文の値打ちもなし」。広智、これに頷く。 丙申、王師、建業を定む。師、轅門にて上に謁す。上、師の気貌の異なるを見て、嘗て歎じて曰く、「これ福德の僧なり」。命じて蔣山太平興国禅寺を主とす。時に儉歳に当たり、師、食を化して以て衆に給す。その衆、欠乏する者なし。山下の田人、多く軍籍に属さんと欲す。師、寺田の荒廃するを懼れ、上に請いてこれを帰す。山の林木、樵夫に剪伐せらる。師また陳奏す。上、一劒を封じて師に授け、「敢えて木を伐る者あらば斬れ」と曰う。山木、これによりて全かる。 踰年丁酉、龍翔を改めて天界とす。詔して師をしてこれを主とせしむ。広薦の法会を設くる毎に、師必ず升座し、法要を宣べることを挙ぐ。車駕親しく群臣を帥いて幸臨す。恩数優渥なり。遠近の学徒、風を聞きて奔赴す。堂筵、至って容るる所なし。先ず、僧堂寮庫、有司権めて以て戎器を貯う。久しくして帰さず。上これを見て、亟に命じてこれを出ださしむ。 洪武元年、善世院を開く。秩、従二品に視す。特に師に演梵善世利国崇教大禅師を授け、大天界寺に住持し、諸山の釈教の事を統べしむ。誥命を降し、紫の方袍を服せしむ。章逢の士、釈氏を以て世の蠹と為し、滅除を請う。上、その章を以て師に示す。師曰く、「孔子は仏を以て西方の聖人と為す。これによりて真の儒は必ずしも釈を非とせず、釈を非とする者は必ずしも真の儒にあらざることを知る」。上また仏の陰に王度を翊くを以て、却って聴かず。 庚戌の夏、西域に奉使す。辛亥の秋、省合剌国に至り、天子の威徳を布宣す。その国王、甚だ喜び、佛山寺に館し、師礼を以て待つ。一日、左右を呼びて謂いて曰く、「予、復命すること能わず」。跏趺端坐す。夜参半、問うて云く、「日、将に出づるか」。曰く、「未だなり」。已にしてまた問う。四三に至る。曰く、「日出でり」。恬然として逝く。その日、蓋し丙子なりと云う。五日を踰え、顔貌生けるが如し。王大いに敬歎し、香を斵って棺と為し、香を聚めて薪に代え、壇を築いて茶毘す。 師、広顙豊頬、平頂大耳、面は紅玉の色を作し、耳は珂雪の如く白く、目光爛爛として人を射る。学者これを見て、威せずして慴る。及びこれに即くに、盎然として春の温もりの如し。その禅徒に遇うに、機に随いて応じ、未だ嘗て奇巧を務とせず。聞く者自然に悟入する所あり。位隆く望重しと雖も、恒にこれを寒素の若く処し、毫髪も自ら矜る意なし。人の為に寡言笑、喜怒は真に任せ、貴賤を以てその顔色を異にすること能わず。然れども宗教を毗翊すること、一息も敢えて忘れず。広廈細旃の間、従容として召対に応じ、経に据え論を持ち、毎に蘊蓄を罄竭す。松園の復たる、釈道私租の免るるは、皆師の請う所なり。