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title: "舍利弗阿毘曇論 · 10 優婆塞品"
description: "《舍利弗阿毘曇論》是部派佛教重要论典，由罽宾高僧昙摩耶舍与昙摩崛多等译于姚秦弘始年间（公元5世纪初）。本论相传为佛陀大弟子舍利弗所述，系统阐述阿毘达磨对法义理，涵盖蕴、处、界、谛、道品等核心教义，体系严整。该论反映了说一切有部的哲学思想，是研究早期佛教教理的关键文献，对汉传阿毘曇学发展影响深远，为南北朝毗昙学派奠定了理论基础。"
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### 舍利弗阿毘曇論問分優婆塞品第十

> 舎利弗阿毘曇論 問分 優婆塞品 第十

問曰：是優婆塞耶？答曰：是。誰優婆塞？是佛優婆塞。何等佛？釋迦牟尼佛。何所勳是優婆塞？謂法。何等法？離欲。何等離欲？滅盡。何等滅盡？涅槃。齊幾名為優婆塞？若人諸根男相具足，心無錯亂，不為苦所逼，欲作優婆塞，向尊上，心向彼為主，依於捨，彼喜樂，彼法輪未轉未有眾僧，口受二教：歸依佛、歸依法。受此二語已，即名優婆塞。如偈說：

> 問う：この人は優婆塞（在家の信者）でしょうか？ 答える：そうです。 誰の優婆塞ですか？ 仏陀の優婆塞です。 どの仏陀ですか？ 釈迦牟尼仏です。 何によって優婆塞となるのですか？ 法（教え）によってです。 どのような法ですか？ 欲望を離れることです。 どのような離れ方ですか？ 完全に滅ぼし尽くすことです。 どのような滅尽ですか？ 涅槃（安らぎの境地）です。 どれだけの条件で優婆塞と呼ばれるのですか？ もし人が、男性としての身体的特徴を備え、心が混乱せず、苦しみに押しつぶされず、優婆塞になろうと願い、尊いもの（仏陀）に向かい、心がそれをよりどころとし、執着を手放すことに依り、それを喜びとするならば、その時、まだ法の輪が回っておらず（教えが広まる前）、僧団も存在しない場合でも、口で二つの教えを受けます。「仏陀に帰依します」「法に帰依します」と。この二つの言葉を受けたならば、直ちに優婆塞と呼ばれるのです。 偈（うた）にこうあります。

「離垢煩惱使， 證第一常寂，降伏稱無量， 為彼提謂說。歸佛及歸法， 離垢無上寶，未有第三寶， 教令依二寶。非為欲損彼， 大仙無所悋，此法義應爾， 大仙不毀僧。」

> 煩わしい汚れの迷いを離れ、 第一の常なる静寂を証得し、 無量の称賛を受ける者となられた仏は、 彼、提謂のために説かれた。 仏に帰依し、法に帰依せよ、 清らかでこの上ない宝に。 第三の宝はまだ現れず、 二つの宝に依るよう教えられた。 彼を損なうためではなく、 大仙は何一つ惜しまれない。 この法の道理はそうあるべきであり、 大仙は僧を毀たれなかった。

法輪既轉，便有聖眾，即說三語，口受三教：歸依佛、歸依法、歸依僧。受此三語已，即名優婆塞。如佛說：

> 法輪が回り始めると、聖なる僧伽が現れ、三つの言葉を説き、三つの教えを口伝します。それは、仏に帰依し、法に帰依し、僧に帰依することです。この三つの言葉を受け入れたならば、その人は優婆塞（在家信者）と呼ばれます。仏が説かれたように。

「歸依處眾多， 山巖及樹木，園林及神寺， 斯由苦所逼；此歸非安隱， 此歸非為上，非歸依此處， 能離一切苦。若歸佛法僧， 正觀四真諦，苦由於集生， 能滅於苦集。八正安隱道， 必至甘露處，此歸最為安， 此歸最為上，歸依於此處， 能離一切苦。」

> 人々はさまざまな拠り所を求める。 山や岩、樹木に、 園林や神々の社に。 これは苦しみに追われてのこと。 しかし、これらの拠り所は安らかではない。 これらは最上の拠り所ではない。 ここに拠り所を求めても、 すべての苦しみから離れることはできない。 もし仏と法と僧に帰依し、 四つの真実の道理を正しく観るならば、 苦は集まりによって生じ、 その苦の集まりを滅することができる。 八つの正しい安らかな道は、 必ず甘露の境地へと至る。 この帰依こそ最も安らかであり、 この帰依こそ最も優れている。 ここに拠り所を求めれば、 すべての苦しみから離れることができる。

問曰：優婆塞幾戒？答曰：五。何等五？盡壽不殺生，是優婆塞戒。盡壽不盜，是優婆塞戒。盡壽不邪婬，是優婆塞戒。盡壽不妄語，是優婆塞戒。盡壽不飲酒，是優婆塞戒。如是優婆塞五戒，盡壽受持不得違犯。齊幾為持戒優婆塞？若優婆塞於此五戒中常持戒，護行、近行、不缺行、不亂行、不濁行、不雜行、隨順戒行，齊是名持戒優婆塞。如偈說：

> 質問：在家の信者には、いくつの戒めがありますか？ 答え：五つです。 その五つとは何か？ 生涯にわたり殺生をしないこと、これが在家信者の戒めです。 生涯にわたり盗みをしないこと、これが在家信者の戒めです。 生涯にわたり不適切な性行為をしないこと、これが在家信者の戒めです。 生涯にわたり嘘をつかないこと、これが在家信者の戒めです。 生涯にわたり酒を飲まないこと、これが在家信者の戒めです。 このように在家信者の五つの戒めは、生涯にわたって受け持ち守り、違反してはなりません。 どこまでが戒めを守る在家信者と言えるのか？ もし在家信者がこの五つの戒めを常に守り、保護し、実践し、欠けることなく、乱れることなく、濁らず、混ざり合わず、戒めに従って行動するならば、ここまでを行持する在家信者と呼びます。 偈頌に言うように：

「智人能持戒， 悕望於三樂，尊重得利益， 終受天上樂。見如是等處， 智者能離惡，利根持淨戒， 常得第一樂。」

> 智者は戒律を守り、三つの楽しみを願う。 尊敬を集め利益を得て、ついには天上の楽しみを受ける。 これらの道理を見極めて、賢者は悪を離れる。 鋭い智慧で清らかな戒律を守り、常に最高の楽しみを得る。

云何殺生？若生眾生想，故斷眾生命。死時未到、到時未死，教令殺害斷命勿令活，彼語聞已、過彼時已、滅彼生已仆地。如此身業、口業，是眾生，故斷眾生命、當斷、不定斷，彼是殺生業。若行彼業者，是名殺生人。云何不殺生優婆塞戒？若於彼業不樂、遠離、不作、護不犯、斷根、捨不善、堪忍行善，名不殺生是優婆塞戒。如佛說：

> 殺生とは何か。生き物と認識して、故意にその命を絶つことである。死ぬ時が来ていないのに殺したり、死ぬ時が来ているのに殺さずに無理に生かすのではなく、命を断ち切って生き返らせないように教え、その言葉を聞いた後、その時を過ぎ、命を絶たれて地面に倒れる。このような身体の行為、言葉の行為によって、その生き物の命を絶つこと、絶とうとすること、不確かに絶つこと、これが殺生の業である。この業を行う者を、殺生の人という。 では、殺さないという優婆塞の戒めとは何か。その業を喜ばず、遠ざけ、行わず、守って犯さず、根を断ち、不善を捨て、よく忍耐して善を行うこと、これを殺さないという優婆塞の戒めと名づける。仏が説かれた通りである。

「不殺亦不教， 亦不勸他殺，諸定及驚怖， 及與大名稱，於一切眾生， 盡捨諸刀杖。」

> 殺さず、殺すことを教えず、また他者に殺すよう勧めない。 心を静かに保ち、恐れず、また名声を追い求めず、 すべての生きとし生けるものに対して、あらゆる刃や杖を捨て去る。

云何不與取？若有人不與取，若村中若山澤，不與，盜心取他物。若共他行、若共相交劫取他物想，起盜心、悕望、愛護、作己有。如是身業、口業，取去取來，離本家、移處、壞封幟、出界，彼業是不與取。若行彼業者，名不與取人。云何不盜是優婆塞戒？於彼業不樂、遠離、不作、護戒不犯、斷根、捨不善根、堪忍行善，是名不盜優婆塞戒。如佛說：

「不盜亦不教， 不取不持去，亦不勸他取， 離諸不與取。」

云何邪婬？若有邪行人，若有母護、父護、兄護、弟護、姊護、妹護、自護、法護、姓護、親里護、信要護，乃至花鬘護，若共如此宿、共行欲法；若自妻非道行，彼業是邪行。若行彼業者，是名邪行人。云何不邪婬是優婆塞戒？若於彼業不樂、遠離、不作、護戒不犯、斷根、捨不善、堪忍行善，是名不邪婬是優婆塞戒。如佛說：

「離婬不淨行， 觀欲如火坑，雖未能離欲， 足不犯他妻。」

云何妄語？若有人妄語，若伴中、眾中、親里中、貴人中、國主前，若人倩人為證，如所知說。彼人不知言知、知言不知、見言不見、不見言見，若自為為他，若為財於眾中故作妄語，隱所忍、隱所欲、隱所覺、隱所想、隱心知，不見言見、見言不見、不聞言聞、聞言不聞、不覺言覺、覺言不覺、不識言識、識言不識，先欲妄語、語時知妄語、語竟知妄語。如是虛誑意，以為財故，若集聲音句言語口教，是妄語業。若行彼業者，是名妄語人。云何不妄語是優婆塞戒？於彼業不樂、遠離、不作、護戒不犯、斷根、捨不善、堪忍行善，是名不妄語是優婆塞戒。如佛說：

「若伴若眾中， 一一不妄語，不說不勸教， 離一切虛妄。」

云何飲酒放逸處？若有飲酒放逸處，若酒、醪酒、甘蔗酒、蒲桃酒、蜜酒，及餘物酒，若飲酒若愛樂酒灑身乃至草葉一渧，彼業是飲酒放逸處。若行彼業者，是名飲酒放逸人。云何不飲酒不放逸是優婆塞戒？若於彼業不樂、遠離、不作、護戒不犯、斷根、捨不善根、堪忍行善，名不飲酒不放逸處是優婆塞戒。如佛說：

「聖言當離酒， 亦勿與他酒，不飲不勸樂， 知此放逸處。知此不善門， 憍慠愚者然，知此處不善， 戒德自防護。不殺亦不盜， 實語不飲酒，不婬斷欲法， 不夜非時食。謙卑不高床， 息聽止觀樂，不花鬘塗香， 如是名八齋。隨彼時持齋， 智人隨食施，飲食供養僧， 不放逸貪著。供養於父母， 如法求財物，以自修家業， 得生日光天。」

五戒，幾色、幾非色？一切色。五戒，幾可見、幾不可見？一切不可見。

五戒，幾有對、幾無對？一切無對。五戒，幾聖、幾非聖？一切非聖。

五戒，幾有漏、幾無漏？一切有漏、一切有愛、一切有求、一切當取、一切有取、一切有勝。

五戒，幾受、幾非受？一切非受、一切外。

五戒，幾有報、幾無報？一切有報。

五戒，幾心、幾非心？一切非心。

五戒，幾心相應、幾非心相應？一切非心相應。

五戒，幾心數、幾非心數？一切非心數。

五戒，幾緣、幾非緣？一切非緣。

五戒，幾共心、幾不共心？一切不共心、一切不隨心轉。

五戒，幾業、幾非業？一切業。

五戒，幾業相應、幾非業相應？一切非業相應。

五戒，幾共業、幾非共業？一切不共業、一切不隨業轉。

五戒，幾因、幾非因？一切因。

五戒，幾有因、幾無因？一切有因、一切有緒、一切有緣、一切有為。

五戒，幾知、幾非知？一切知，如事知見。

五戒，幾識、幾非識？一切識，意識如事識；一切解、一切了。

五戒，幾斷智知、幾非斷智知？一切非斷智知。

五戒，幾修、幾非修？一切修。

五戒，幾證、幾非證？一切證，知見如事。

五戒，幾善、幾不善、幾無記？一切善。

五戒，幾學、幾無學、幾非學非無學？一切非學非無學。

五戒，幾報、幾報法、幾非報非報法？一切報法。

五戒，幾見斷、幾思惟斷、幾非見斷非思惟斷？一切非見斷非思惟斷。

五戒，幾見斷因、幾思惟斷因、幾非見斷非思惟斷因？一切非見斷非思惟斷因。

五戒，幾欲界繫、幾色界繫、幾無色界繫、幾不繫？一切欲界繫。

五戒，幾過去、幾未來、幾現在、幾非過去非未來非現在？一切三分或過去或未來或現在。云何不殺戒過去？不殺戒生已滅，名過去。云何不殺戒未來？不殺戒未生未出，名未來。云何不殺戒現在？不殺戒生未滅，名現在。乃至不飲酒不放逸戒亦如是。

## 舍利弗阿毘曇論卷第六問分第一十品竟