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title: "蘇悉地羯羅經 · 5 分別同伴相品"
description: "蘇悉地羯羅經是一部唐代重要密教經典，由印度高僧輸波迦羅（善無畏）於唐開元年間譯出。該經系統闡述了密教修行中的成就法，詳細規定了持誦、灌頂、壇場布置、法器使用及飲食禁忌等儀軌，強調清淨三業與師承的重要性。作為唐代開元三大士所傳密法的核心典籍之一，它與大日經和金剛頂經共同構成了中國密教的理論與實踐基礎，對漢傳密教及後世日本東密影響深遠，在密教經典中佔有崇高地位。"
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### 蘇悉地羯囉經分別同伴相品第五

> 悉地成就経 仲間の相を分別する品 第五

「復次當說其同伴相。福德貴族生者；常樂正法不行非法；復懷深信離諸恐怖精進不退；奉持尊教常作實語；諸根支分皆悉圓滿身無疾病；不過極長復不極短，不過極肥亦不極瘦，不用太黑亦不極白，離如此過。福德同伴能忍諸苦；善解真言及曼荼羅法供養次第諸餘法則；常修梵行能順諸事；出言柔軟令人樂聞；離諸我慢；強記不忘；有所奉行不相推托；多聞智慧復有慈悲常念布施；善解分別明王真言常須念誦；所持真言與尊行同；兼明結界護身等法，如是之伴當速得成就。

> さて、次にその仲間の相について述べよう。 福徳ある貴い家に生まれた者は、常に正しい法を愛好し、非法を行わない。 さらに深い信心を抱き、諸々の恐怖から離れ、精進して退かない。 尊い教えを奉じて守り、常に真実の言葉を話す。 諸々の感覚器官や身体の部分はすべて完全に備わり、身体に病気がない。 極端に長すぎず、また極端に短すぎない。 極端に太すぎず、また極端に痩せすぎない。 あまりに黒くもなく、あまりに白くもない。このような過ちから離れている。 福徳ある仲間は、諸々の苦しみに耐えることができる。 真言（マントラ）と曼荼羅（マンダラ）の法、および供養の作法やその他の諸々の法則をよく理解している。 常に梵行（清らかな行い）を修め、様々な事柄にうまく従うことができる。 言葉は柔らかく、人に聞かれて喜ばれる。 我（が）慢（まん）から離れている。 記憶力が優れていて忘れることがない。 なすべきことは引き受けて行い、互いに言い訳をしない。 多くのことを聞き知り（多聞）、智慧があり、さらに慈悲の心を持ち、常に施しを思い行う。 明王（みょうおう）の真言をよく理解し分別し、常に念誦しなければならないことを知っている。 自身が保つ真言は、尊い行いと一致している。 さらには結界や護身などの法にも通じている。 このような伴侶がいれば、速やかに成就を得るであろう。

「三業調善；曾於師所入曼荼羅；歸依佛教不習邪法；善知尊者所須次第；不待言教隨有所求知時即送，具如此者為勝同伴。

> 三つの行いが整っていること。 かつて師のもとで曼荼羅を受けたこと。 仏教に帰依し、邪な教えを学ばないこと。 尊者の必要な順序をよく知っていること。 言葉で教えられなくても、必要な時に適切に差し出すこと。 このような条件を備えた者は、優れた道の仲間である。

「身意賢善心無憂惱；決定堅固終無退心，得如是伴當速成就。

> 身と心は賢く善く、憂いや悩みがありません。決意は堅固で、ついに退く心がなく、このような伴侶を得れば、速やかに成就するでしょう。

「於多財利不生貪著，具如是德說為勝伴。

> 財宝が多くあっても貪り執着せず、このような徳を備えた人を、善き友（すぐれた伴侶）という。

「復於行者處心無捨離，若欲成就諸餘藥等，為作強緣不應捨離，自然聖戒，具如是德說為勝伴。

> さらに修行者の心に、捨て離れることがないこと。もし他の諸々の薬などを成就させようと望むならば、強い縁となるために、捨て離れるべきではない。自然に備わる聖なる戒めは、このような徳を具えていることから、すぐれた伴侶であると説かれる。

「於行者處無所規求，未得悉地成就以來終不捨離，縱淹年歲復無悉地終不懷於捨離之心，假有大苦及餘難事逼切身心亦不應捨，具如是德說為勝伴。

> 修行者に対して、何の見返りも求めず、悟りの成就を得るまでは決して離れず、たとえ長い年月が経ち、悟りが得られなくても、決して離れようという心を起こさない。たとえ大きな苦しみや他の困難が身に迫ろうとも、決して捨ててはならない。このような徳を備えた者を、すぐれた伴侶（善知識）という。

「若有如前種種德行堪能成就最上勝事，縱無前德但明真言成就法則，并復善解諸曼荼羅智慧高明，復加精進勝持誦者，如是之伴亦能成就最上勝事。

> もしも前述のようなさまざまな徳行を備え、最上の勝れた事を成し遂げる能力があるなら、たとえそれらの徳がなくとも、真言成就の法則を明らかにし、また諸々の曼荼羅をよく理解して智慧が高く明らかであり、さらに精進して勝れた念誦に努める者があれば、そのような仲間もまた、最上の勝れた事を成し遂げることができるのである。

「為願成就最上勝事，故其福德伴半月半月與持誦者而作灌頂及以護摩，隨時所辦香花然燈，諸餘次第擁護簡擇，隨所有為並須助作。非直助修如前尊事，若持誦者有所虧失，其福德伴依於經法以理教誨勿令有闕，乃至廣為開示因緣，具如是者最為勝伴。

> 願いを成就させ、最も勝れた事柄を成し遂げるために、その福徳の伴侶は半月ごとに、持誦者と共に灌頂や護摩を行います。また、時々に応じて香や花、灯明を整え、その他の次第に従って守護し、選別し、為すべき全ての行いを助けて共に成し遂げます。 ただ単に前に述べた尊い事柄を助けて修するだけではありません。もし持誦者に過ちや欠けるところがあれば、その福徳の伴侶は経典の教えに従って道理をもって教え諭し、欠けるところがないようにさせます。さらには因縁を広く説き明かし、このように具わっている者こそが、最も優れた伴侶となるのです。

「行者每日持誦之時及所行事時有忘失，其福德伴隨所見處相助作之便令周備。若欲成就藥法之時須常以手而按其藥，或以草幹而用按之。念誦作法事務雖多，修行之者持誦不得廢忘。欲了之時其伴當須側近而立，看彼尊者念誦既勞，或恐忘作發遣神法、置數珠法及餘法等，見忘作處應助作之。

> 修行者が毎日お経を読む時や行を修める時、もし忘れや落ち度があっても、その功徳は、周りで助ける人々が見守る中で補われ、完全なものとなります。 もし薬を作るための行法を成就させたい時には、常に手でその薬を押さえるか、あるいは草の茎で押さえなければなりません。 お経を読み、作法を行うことは多くありますが、修行を志す者は読誦を怠ったり忘れたりしてはいけません。 行が終わろうとする時には、助ける者は側に近づいて立ち、その尊い行者が読誦に疲れ、うっかり護法の神を送る作法や数珠を置く作法、その他の作法を忘れてしまわないか見守るのです。もし忘れているところを見つけたなら、すぐに助けて行うべきです。

「其伴常須持誦供養所作諸事，而生福德並皆迴向持真言者滿所求願，有所指受唯共伴語，既欲成就最勝事故，更許一伴展轉合語不得參差。

> その伴侶は常に真言を唱え、供養し、あらゆる行いを通じて功徳を積み、そのすべてを真言の修行者の願いが叶うよう回向しなければなりません。もし指示があれば、ただ伴侶とのみ言葉を交わし、最も勝れた成就を目指すため、さらに一人の伴侶を許して順に言葉を伝えさせることができますが、乱れがあってはなりません。

「其伴所食與尊者同，非但同食亦令持者所食錯者如依法制，具如是者堪為最上勝事同伴。第二同伴第三同伴亦然，一如前說。

> その仲間が食べるものは尊師と同じであり、ただ同じものを食べるだけでなく、食事を運ぶ者が間違えた場合でも、法に従って処置する。このような者は、最上の勝れた仲間となり得る。第二の仲間、第三の仲間も同様であり、全て先に述べた通りである。