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title: "根本說一切有部毘奈耶破僧事 · 第六"
description: "根本说一切有部毗奈耶破僧事是唐代高僧义净翻译的一部重要佛教律典，属于说一切有部的律藏典籍。义净于7世纪赴印度求法，归国后系统翻译了大量佛教经典。该典籍主要记载佛陀时代僧团分裂事件的缘起、经过及戒律处置，反映了早期佛教僧团的内部规范与历史。作为律藏核心文献之一，它不仅是研究原始佛教戒律制度的重要依据，也为后世僧团管理提供了经典范本，在汉传佛教律学体系中具有权威地位，对了解佛教发展史和僧伽制度演变具有不可替代的价值。"
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## 根本說一切有部毘奈耶破僧事卷第六

> 根本説一切有部律 破僧事 巻第六

大唐三藏法師義淨奉　制譯

> 大唐三蔵法師義淨、勅によりて訳す

「爾時大梵天王白佛言：『世尊！於此世間有諸眾生，或生或老，然其根性有上中下、利鈍不同、形相端嚴、性行調順、少諸煩惑，亦少煩惑種類；由不聽正法故，所解狹劣。世尊！如嗢鉢羅花、鉢特摩花、俱沒陀花、奔茶利迦花，並於水中或生或老，其花根性有上中下：一浮出水、一與水齊、一居水下。眾生亦爾，於世間中或生或老，然諸根性有上中下、利鈍不同、形相端嚴、性行調順、少諸煩惑、亦少煩惑種類；由不聽正法故，所解狹劣。為是人故當說正法，時彼諸人聞說法寶並皆悟解。』

> その時、大梵天王が世尊に申し上げました。 「世尊よ、この世の中には、生まれ、そして老いていく多くの生きとし生けるものがおります。しかし、その性質や能力には、上の者、中の者、下の者があり、機敏な者もいれば鈍い者もおり、姿かたちは端麗でありながら、性質は穏やかで、煩わしさや迷いも少なく、その種類もまた少なくあります。ただ、正しい教えを聞かないがゆえに、理解するところが狭く浅いのです。 世尊よ、ちょうど、青い蓮華、赤い蓮華、白い蓮華、大白衣の蓮華が、いずれも水の中に生まれ、水の中で育ちながらも、その性質や能力に上・中・下があり、水面に浮かぶもの、水と同じ高さにあるもの、水の下にあるものがあるように、生きとし生けるものもまた同じです。世の中に生まれ、老いていく中で、その性質や能力には上・中・下があり、利根な者も鈍根な者もおり、姿かたちは端麗で、性質は穏やか、煩わしさや迷いも少なく、その種類もまた少ないのです。 しかし、正しい教えを聞かないために、その理解は狭く浅いままです。 ですから、どうかそのような人々のために、正しい教えをお説きください。そうすれば、その人々は教えの宝を聞いて、皆、悟り理解するでありましょう。」

「爾時世尊聞是請已，便作是念：『我以佛眼觀彼眾生性差別不？』作是念已，即以佛眼觀見有情，或生、或老，然其根性有上中下、利鈍不同、形相端嚴、性行調順、少諸煩惑，亦少煩惑種類；由不聽正法故，所解狹劣。爾時世尊即於有情起大悲心，而說頌曰：

> その時、世尊はこの請願をお聞きになり、こうお考えになった。「私は仏の眼で、あの衆生たちの性質の違いを見極めよう。」そう考えた後、仏の眼で有情たちを観察すると、生まれつつあり、老いつつある者たちがいた。その根機には上・中・下の差があり、利根・鈍根も異なり、姿形は端厳で、性質は穏やかに整い、煩悩は少なく、煩悩の種類もまた少なかった。しかし正しい教えを聞かないがゆえに、理解は狭く浅かった。その時、世尊は有情たちに対して大いなる悲しみの心を起こし、偈を説かれた。

「『若有於法深樂聽， 我即當開甘露門；如其譏慢自輕人， 大梵我終不為說。』

> 「もしも法を深く喜んで聴く者があれば、私は甘露の門を開きましょう。 しかし、もし嘲り、怠り、自らを軽んじる者があれば、大梵よ、私はその人に説くことは決してありません。」

「爾時大梵天王聞此頌已，作如是念：『佛於今者欲說正法。』心生喜躍頂禮佛足，遶佛三匝忽然不現。時佛世尊復作是念：『我於今者為誰先說？』又作念言：『有哥羅哥，往在因中曾為我師，及以種種供給，我當為彼先說正法。』爾時空中諸天白言：『世尊！其哥羅哥命終已來經今七日。』世尊亦以佛眼，觀知命終經其七日。復作念言：『彼哥羅哥，不聞我法失大利益，若得聞法利益無邊。』又復念言：『我今當為嗢達羅摩子說法，由於因中為第二師，種種供給我故為說。』空中諸天亦白佛言：『此嗢達羅摩子昨夜命過。』佛亦觀知昨夜命終，復作是念：『彼不聞我法失大利益，若得聞法利益無邊。』爾時世尊便作是念：『我欲先為何人說法？』復作是念：『應為彼五人先為說法。何以故？我昔苦行之時，彼等五人信心尊重承事供養。』復作是念：『彼等五人今何所在？』爾時世尊超人天眼觀察，乃見五人在波羅痆斯仙人墮處施鹿林中。見已從菩提樹坐下而起，往詣迦施那國波羅痆斯城，乃路逢一外道，名為親近。彼見世尊形容端嚴清淨色相善好，問曰：『具壽喬答摩！諸根端正、清淨顏容、皮膚細滑，於何教師而得出家？受誰法教？』爾時世尊即說頌曰：

> その時、大梵天王はこの偈を聞いて、こう考えた。「仏は今まさに正法を説こうとしておられるのだ。」心に喜びが湧き上がり、仏の足もとに礼拝し、仏の周りを三度巡って、忽然と姿を消した。 その時、仏世尊はまたこう考えた。「私は今、誰のために最初に説法すべきだろうか。」さらにこうも考えた。「哥羅哥という者がいる。過去世で私の師となり、様々な供養をしてくれた。私は彼のために最初に正法を説くべきだろう。」 その時、虚空の諸天が言った。「世尊よ、哥羅哥は命を終えてから、すでに七日が経ちました。」世尊も仏眼をもって観察し、彼が命終して七日を経たことを知った。さらにこう考えた。「彼の哥羅哥は、私の法を聞くことができず、大きな利益を失ってしまった。もし法を聞くことができれば、利益は限りがなかったであろうに。」 またこうも考えた。「私は今、嗢達羅摩子のために説法すべきだろう。彼は過去世で私の第二の師であり、様々に供養してくれたからだ。」虚空の諸天も仏に言った。「この嗢達羅摩子は昨夜、命を終えました。」仏もまた観察し、昨夜命終したことを知った。さらにこう考えた。「彼は私の法を聞くことができず、大きな利益を失ってしまった。もし法を聞くことができれば、利益は限りがなかったであろうに。」 その時、世尊はこう考えた。「私は誰のために最初に説法すべきだろうか。」さらにこう考えた。「あの五人の者たちのために、まず説法すべきだ。なぜなら、私が昔、苦行を行っていた時、彼ら五人は深い信心と尊敬の心をもって、私に仕え供養してくれたからだ。」 またこう考えた。「彼ら五人は今、どこにいるのだろうか。」その時、世尊は人と天の眼を超えた智慧の眼で観察すると、彼ら五人が波羅痆斯の仙人堕處の施鹿林にいるのを見た。それを見て、菩提樹の下から立ち上がり、迦施那国の波羅痆斯城へと向かった。 途中、一名の外道に会った。名を親近といった。彼は世尊の姿が端正で、清らかな相を備え、肌が細やかで滑らかなのを見て、問うた。 「具寿ゴータマよ、諸根は端正で、清らかな顔立ち、肌は細やかで滑らかだ。どの教師のもとで出家し、誰の法の教えを受けたのか。」 その時、世尊は偈を説いて答えた。

「『我今不從師受業， 亦無比類同於我；世間所應開覺者， 唯我一人善能曉。一切通達超出世， 而於諸法無所著；咸皆棄捨證解脫， 自然覺悟不從師。既無有人類於我， 所以自然覺一切；如來天人大導師， 已證一切智力具。』

> 「わたしは今、師について学んだのではない。 また、わたしに並ぶ者も存在しない。 世の中で悟りを開くべき者たちに対して、 ただわたし一人がよく理解し導くことができる。 すべてを悟り、世を超え、 しかしすべての事柄に執着しない。 すべてを捨て去って解脱を証し、 自然に目覚めたのであって、師に従ったのではない。 わたしに匹敵する人間は誰もいない。 それゆえに自然とすべてを悟ったのである。 如来は天と人の大いなる導き手であり、 すでにすべてを悟る智慧を具えているのだ。」

「爾時世尊說此頌已，詣迦施那國波羅痆斯城，仙人墮處施鹿林中。是時五人在彼林中，遙見世尊，各相謂言：『共立一制，此沙門喬答摩，性多緩慢、常為邪命、斷惑數退。彼今廣飡美食，所謂酥、蜜、酪等，以酥油塗身香湯洗浴。彼喬答摩來至我所，我等不應起迎頂禮，亦莫喚坐，彼若坐時亦任遠坐。』立制纔竟，如來漸漸近五人所。時彼五人不勝如來威德尊重，從座而起，一人為如來安座、一人為如來取水、一人為如來安置洗足器、二人迎接為受三衣：『善來喬答摩！可坐此座。』世尊作是念：『此愚癡人！共立章制而便自犯。』作是念已就座而坐。五人供養，未知世尊得成正覺，心生輕慢，所有言說皆喚如來在俗名號，或喚喬答摩，或喚具壽，或喚種族。是時世尊見毀呰已，告五人曰：『於如來處，莫喚俗姓、喬答摩、具壽、種族名字。若如是毀呰如來者失大利益，生生之處於長夜中而受苦惱。何以故？若復有人頻喚如來俗姓名號等，彼無智人生生之處失大利益，常受苦惱。汝等應知！自今以去於如來所莫喚俗姓。』五人報曰：『具壽喬答摩！汝先苦行，不得正覺智慧之法，亦復不見善安樂住，汝不可得。何謂今日破戒棄捨苦行？心不能定，癡狂心亂廣受好食，所謂酥、乳酪等，酥油塗身香水洗浴。一無苦行，如何乃言得成正覺？』世尊報曰：『汝愚癡人！不見如來前後相貌諸根差別。』五人報曰：『具壽喬答摩！如是相貌，我見差別。』爾時世尊告五人曰：『出家之人不得親近二種邪師。云何為二？一者樂著凡夫下劣俗法及耽樂婬欲處、二者自苦己身造諸過失。並非聖者所行之法。此二邪法，出家之人當須遠離。我有處中之法，習行之者，當得清淨之眼及大智慧，成等正覺寂靜涅槃。何為處中法？所謂八聖道。云何為八？所謂正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定。』爾時世尊而為五人以決定心說如是教。時五人中，二人侍佛學法，三人晨時乞飯，還至本處充六人食。又於中後，三人侍佛學法，二人入村乞食，還至本處五人共飡，唯佛世尊不非時食。

> この時、世尊はこの偈を説き終えて、迦施那国の波羅痆斯城にある、仙人の堕ちた場所、施鹿林へと向かわれました。その時、五人の者たちがその林の中にいました。彼らは遠くに世尊を見て、互いに言い合いました。「一つの決まりを立てよう。この沙門ゴータマは、性質が怠慢で、常に邪な生き方をし、惑いを断つことも何度も退いてしまう。彼は今や美食を広く食べている。いわゆる酥、蜜、酪などである。そして酥油を身に塗り、香湯で浴びている。あのゴータマが我々のところに来ても、我々は立ち上がって迎えず、頭を下げて礼拝せず、座るようにも勧めない。彼が座るならば、遠いところに勝手に座らせておけ。」この決まりを立て終わると、如来はしだいに五人のもとへ近づかれました。その時、五人の者たちは如来の威徳の尊さに耐えられず、座から立ち上がり、一人は如来のために座を整え、一人は如来のために水を取り、一人は如来のために足を洗う器を置き、二人は迎えて三衣を受け取って、「よく来られました、ゴータマよ。どうぞこの座にお座りください」と言いました。世尊はお思いになりました。「この愚かな者たちよ！共に決まりを立てたのに、自らそれを破ってしまった。」そうお思いになって、座に着かれました。五人の者たちは供養しましたが、世尊が正覚を得られたことを知らず、心に軽んじる思いを抱き、話す時はいつも如来を在家の時の名で呼び、あるいはゴータマと呼び、あるいは具寿と呼び、あるいは種族の名で呼びました。その時、世尊はこのように誹謗されたのを見て、五人の者たちに告げられました。「如来に対して、俗姓、ゴータマ、具寿、種族の名前などで呼んでいてはならない。もしこのように如来を誹謗するならば、大きな利益を失い、生まれるところどころで長い間苦しみを受けることになる。なぜならば、もし人がたびたび如来を俗の姓名で呼ぶならば、その無知な人は生まれるところどころで大きな利益を失い、常に苦しみを受けるからである。あなたたちは知るべきである。今より後、如来のところで俗姓で呼んではならない。」五人の者たちは答えて言いました。「具寿ゴータマよ、あなたは先に苦行をしても、正覚の智慧の法を得られず、また安らかな楽しい住まいも見ることができなかった。あなたは得られなかったのだ。どうして今になって戒を破り、苦行を捨てて、心を定めることができず、痴に狂い心を乱して、良い食物を広く受けるのか。いわゆる酥、乳酪などである。酥油を身に塗り、香水で浴びる。苦行が全くないのに、どうして正覚を得たと言えるのか。」世尊はお告げになりました。「あなたがた愚かな人々よ！如来の前後の相貌や諸根の違いを見ないのか。」五人の者たちは答えて言いました。「具寿ゴータマよ、そのような相貌の違いは、私たちは見ております。」その時、世尊は五人の者たちに告げられました。「出家した人は、二種の邪師に親しんではならない。どのような二つか。一つは凡夫の下劣な俗法に執着し、婬欲の楽しみに耽ること。二つは自分自身の身を苦しめて、さまざまな過ちを造ることである。これらは聖者の行う道ではない。この二つの邪な法は、出家した人は遠く離れなければならない。私には中道の法がある。これを行ずる者は、清らかな眼と大きな智慧を得て、等正覚を成就し、寂静の涅槃に至るであろう。中道の法とは何か。いわゆる八聖道である。どのような八つか。正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定である。」その時、世尊は五人の者たちに決定的な心をもってこの教えを説かれました。その時、五人の者たちのうち、二人は世尊に侍して法を学び、三人は朝に食事を乞いに行き、元の場所に帰って来て六人分の食を調えました。また、昼の後には、三人が世尊に侍して法を学び、二人が村に入って食事を乞い、元の場所に帰って来て五人が共に食事をしました。ただ世尊だけは非時には食事をされませんでした。

「爾時世尊告五人曰：『此苦聖諦法，我未曾聞；由如理作意精勤力故，得淨慧眼智明覺生。此苦集聖諦法，我未曾聞；由如理作意精進力故，得淨慧眼智明覺生。此苦滅聖諦法，我未曾聞；由如理作意精進力故，得淨慧眼智明覺生。此苦滅道聖諦法，我未曾聞；由如理作意精進力故，得淨慧眼智明覺生。』復告五人：『此苦聖諦法，我未曾知，今當應知！由如理作意精進力故，得淨慧眼智明覺生。此苦集聖諦法，我未曾斷，今當應斷！如理作意精進力故，得淨慧眼智明覺生。此苦滅聖諦法，我未所證，今當應證！如理作意精進力故，得淨慧眼智明覺生。此苦滅道聖諦，我未修習，今當應修！如理作意精進力故，得淨慧眼智明覺生。此苦聖諦，我已遍知，不復更知，先未曾聞，由如理作意精進力故，得淨慧眼智明覺生。此苦集聖諦，我已永斷，更不復斷，先未曾聞，由如理作意精進力故，得淨慧眼智明覺生。此苦滅聖諦，我已作證，更不復證，先未所證，由如理作意精進力故，得淨慧眼智明覺生。此苦滅道聖諦，我已修習，先未所習，由如理作意精進力故，得淨慧眼智明覺生。汝等五人當知！我先未得此四諦三轉十二種，未生淨眼智明覺，不能超過人天，乃至梵界、諸沙門、婆羅門、一切世間天人、阿蘇羅，未證解脫出離，不離顛倒，我不證無上正智。汝等當知！我自修習此四聖諦三轉十二種，證已即生淨眼智明，了達正覺。爾時我便超過人、天、魔、梵界及世沙門婆羅門，於天人阿蘇羅解脫，出離心所顛倒。我得於正智無上正覺。』世尊說此法時，具壽憍陳如證於無垢無塵法中得法眼淨，及八萬天眾於法中亦證法眼。

「爾時世尊告憍陳如曰：『汝證法已。』答曰：『世尊！我已證。』佛復告曰：『憍陳如！汝證法耶？』答曰：『善逝！已證。』佛言：『具壽憍陳如既遍證法，以是義故，號阿若憍陳如。』爾時地行藥叉眾聞世尊語，同發聲言：『仁者當知！此佛世尊，於波羅痆斯城仙人墮處施鹿林中三轉十二行法輪，非諸沙門、婆羅門、人天、魔梵之所能轉，令多人安樂故、令多人利益故、哀愍有情故。由是義故，天眾增益蘇羅損減。』爾時空行藥叉，聞地行聲已，亦同發聲，乃至四天王天、三十三天、炎魔天、覩史天、化樂天、他化自在天，及諸梵天，皆同時、同剎那、同臘婆、同牟呼栗多發聲。阿迦尼吒天聞是聲已亦同言曰：『仁者當知！此佛世尊，波羅痆斯城仙人墮處施鹿林中三轉十二行相法輪，非諸沙門、婆羅門、天、人、魔、梵之所能轉。為令多人得安樂故、為令多人得利益故、哀愍有情故，天眾增長、蘇羅損減。』世尊波羅痆斯城仙人墮處施鹿林中三轉十二行相法輪故，因號此法經及此地，名為『轉法輪處經』。

「爾時世尊復告四人曰：『有四聖諦。云何為四？所謂苦聖諦、集聖諦、滅聖諦、道聖諦。云何苦聖諦？所謂生苦、老苦、病苦、死苦、愛別離苦、怨憎會苦、求不得苦乃至五取蘊苦。如此應知修習八聖道：所謂正見、正思惟、正語、正業、正命、正精進、正念、正定。云何名集聖諦？所謂愛欲更受後有，愛、喜、貪、俱行愛，彼彼欣樂染愛，為捨離故，應修習八正道。云何滅聖諦？所謂愛欲更受後有，喜愛相應攀緣染著，為滅壞、休息、永沒、離欲、見證故，修習八正道。云何道聖諦？所謂八聖道，應當修習。』世尊說此四諦法時，阿若憍陳如證諸漏盡心得解脫，四人於此法中，離諸塵垢證清淨眼。爾時世間中有二應供：一是世尊、二是憍陳如。

「爾時世尊復告四人曰：『汝等當知！色無我，若色有我，不應生諸疾苦、能於色中作如是色不作如是色。是故汝等，知色無我故，生諸疾苦、不能作如是色不作如是色；受想行識亦復如是應知。』爾時世尊復告四人曰：『於意云何？色為是常？為無常耶？』答曰：『大德！色是無常。』告曰：『色若無常者，為苦？非苦？』答曰：『大德！是苦。』告曰：『色若無常苦者，即是變壞。若多聞弟子者，執色是我、我有諸色、色屬於我、我在色中不？』答曰：『不也。』世尊告曰：『如是受想行識，為是常耶？為無常耶？』答曰：『大德！無常也。』告曰：『乃至識等無常者，為苦？非苦？』答曰：『是苦，大德！』告曰：『識等無常苦者，即是變壞。若有多聞弟子，執色乃至識是我，我有識等、識等屬我、我在識等中不？』答曰：『不也。大德！』告曰：『是故當知！諸所有色，若過去、若未來、若現在，若內、若外，若麁、若細，若勝、若劣，若近、若遠，如是諸色非我、非我所有、非屬於我、我不在色，由如實遍知，應如是見；乃至受想行識亦如是見。汝等聲聞弟子，具足多聞觀五取蘊，離我我所。如是觀已，知諸世間實無可取。無可取故不生怖畏，無怖畏故內證圓寂：我生已盡、梵行已立、所作已辦、不受後有。』

「爾時世尊說此法時，彼四人等聞此法已，心得解脫證阿羅漢果。是時世間有六阿羅漢，佛為第一。

「爾時佛在波羅痆斯城婆羅㮏河邊，時彼城中有長者子名曰耶舍，於日日中，令奏女樂受五欲樂，身心疲倦即便眠臥，諸伎女等圍遶而睡。爾時耶舍中夜忽覺，見諸伎女，九孔流溢種種不淨，頭髮蓬亂衣服垢穢，手足繁鬧囈言喧雜。見此事已作是思惟：『我於今夜在屍林耶？』心生驚怖起躡寶履，其履價直百千兩金，趨至門邊大聲叫喚：『諸人當知，苦來逼我！諸人當知，苦來逼我！』悲泣雨淚。時有非人，隱耶舍聲不令人覺，即為開門。爾時耶舍，出至大門亦發大聲，悲泣哽噎復作是言：『諸人當知，苦來逼我！』時彼非人隱耶舍聲不令人覺，便為開門。爾時耶舍出至城門如前叫喚，時彼非人亦為開門。爾時耶舍出城門已至婆羅㮏河邊，爾時世尊河邊經行，耶舍見水如前叫喚，佛聞其聲，告言：『童子！此處無畏，汝可渡來。』於是耶舍脫留寶履，渡詣佛所，頂禮佛足在一面立。

「爾時世尊即將耶舍至其住處，佛就本座。時彼耶舍禮佛足已對如來坐。爾時世尊即為敷演妙法示教利喜。諸佛常法：先說此法，所謂布施、持戒生天之因。復說五欲所有過患；讚歎出家獨處山林，思惟觀察斷諸煩惱。演說廣大微妙之法，開示令解；諸有聽者聞說此法，歡喜清淨無有疑惑。佛觀知已更復為說出世之法：所謂苦集滅道聖諦。猶如浣衣先除垢穢，既清淨已色即易染；耶舍亦爾，初聞佛說心器清淨，便能了知四聖諦法，證預流果，見法得法極通達法，究竟堅法越一切悕望，度一切疑惑不假他緣，於大師教餘不能引，於諸法中得無所畏。耶舍爾時得此法已心大歡喜，從座而起整衣服，頂禮佛足右膝著地，合掌白佛而作是言：『世尊！我今入此微妙之法獲大勝利，從今已後乃至盡形，歸佛法僧，為五戒鄔波索迦：不殺、不盜、不耶行、不妄語、不飲酒。』作是語已退坐一面。

「時彼耶舍出城已後，妻從睡覺不見耶舍，處處尋覓莫知所在，告父長者曰：『長者當知！今子耶舍不知所在。』長者聞已作如是念：『豈非我子被諸惡賊及以怨家將出城外作無利耶？』作是念已，即於四方令諸馬使、自持火炬與諸人等處處尋覓，遂出城門漸至河側，見有寶履價直百千，便作是念：『我子定非惡賊得去，既脫寶履明知渡河。』長者即便渡河而去，漸至佛所。于時世尊遙見長者從外而來，即以神力令彼長者雖入眾中不見其子。時彼長者既至佛所頂禮佛足，白言：『世尊！見我耶舍以不？』佛言：『長者！汝宜且坐，容於此處與子相見。』時彼長者聞佛語已，起歡喜心得未曾有，禮佛雙足在一面坐。

「爾時世尊為說妙法示教利喜。諸佛常法：凡所演說，先開布施、持戒生天之因，復說五欲所有過患，讚彼出家獨處山林，乃至令彼長者得預流果。其子耶舍猶著俗時種種珍寶莊嚴之具，得阿羅漢果。爾時世尊即攝神力而說頌曰：

「『調伏寂靜持淨戒， 常以妙法自莊嚴；於諸含識無害心， 是謂沙門苾芻行。』

「於是時中，世間有七阿羅漢，佛為第一。

「爾時長者，忽見其子在佛前坐，見已告曰：『童子汝來，共汝歸家。汝母相憶，悲傷啼泣。』

「爾時世尊告長者曰：『於意云何？頗有已得無學智、見證四諦法，彼人還家飡吐食不？』長者答曰：『不也，大德！』佛言：『長者！汝今已得有學智、見證四諦法不？』答曰：『已得。』佛告長者曰：『此耶舍童子，已得無學智見證四諦法。』長者白言：『我子耶舍獲大果利，得無學智見，證四聖諦理，所謂苦集滅道。』

「爾時長者白佛言：『世尊！願佛世尊至明日時，與子耶舍來我宅中受我供養。』爾時世尊默受其請，長者知佛許已禮足而去。

「爾時世尊至時著衣持鉢，與耶舍童子到長者宅。耶舍母妻在中門傍，待佛世尊及其耶舍。既見佛來，自以其手嚴飾床具、敷設座已請世尊坐。爾時世尊即就其座，時耶舍母及妻禮世尊足在一面坐。爾時世尊即為說法示教利喜，先演布施持戒人天之因，次演修習斷諸煩惱，乃至證預流果。爾時其母及妻，既見法證法已，即從坐起禮佛雙足白言：『世尊！我於今日得此妙法，盡此形壽歸佛法僧，永持五戒作鄔婆斯迦。願佛世尊，今日食時受我供養。』世尊默然而許。時耶舍母見佛許已，即於家中辦諸清淨上妙飲食，於世尊前飾一香壇，奉諸香味而以供養。世尊食已洒掃清淨，重以香花周匝供養，在一面坐。如來爾時重為說法即便而去。

「時波羅痆斯城諸長者等，聞第一長者子耶舍，剃除鬚髮被於法服，隨佛世尊而作弟子。其第二長者子名曰富樓那，其第三長者子名曰無垢，第四長者子名曰驕梵拔提，第五長者子名曰妙肩，聞耶舍出家，咸作是念：『今耶舍童子生於貴家，富有珍寶、身體端嚴、恒受快樂，捨其所好為佛弟子。將知如來甚大威德、法亦微妙，我等應當剃除鬚髮侍養如來學受勝法。』作是議已即共同心，從波羅痆斯城至世尊所，禮世尊足在一面立，白佛言：『世尊！願與妙法，我等出家為佛弟子，依如來教奉持梵行。』

「佛告諸長者子曰：『今正是時，善來苾芻！汝便出家修諸梵行。』作是語已，彼長者子等鬚髮自落、袈裟著身成苾芻相，如經七日曾出家者，其所悟解如百歲苾芻。爾時世尊重為說法：『汝等苾芻！獨一靜處遠離喧雜，常守自心勤修苦行，今既出家應求梵行，度於彼岸證自正智，得佛神通盡於生死，梵行建立辦於所作，勿受後有，如斯修者得無生果。』時四苾芻聞佛此言，即便悟解證阿羅漢果。時此世間有十一阿羅漢，佛為第一。

「波羅痆斯城中有五十豪族家，聞此五長者子咸皆出家，剃除鬚髮而被法服證阿羅漢果，各作是言：『如來教法甚為深妙，令彼五長者子各捨豪富而為出家。我等諸人亦宜詣佛而為弟子。』作是議已咸至佛所，頂禮佛足在一面立白佛言：『世尊！願聽我等於善法律中出家，而為苾芻常修梵行。』佛言：『善來苾芻！』鬚髮自落袈裟著身，如經七日曾出家者。佛言：『具壽！夫出家者，獨處山林遠離喧雜，常守自心勤修苦行，度於彼岸證自正智，得佛靜力盡生死際，勿受後有，如斯修者得無生果。』時五十苾芻聞佛言已心獲無礙，證阿羅漢果。時此世間有六十一阿羅漢，佛為第一。

「爾時佛住波羅痆斯城仙人墮處施鹿林中，六十苾芻前後圍遶。爾時世尊告諸苾芻：『我今與汝，於一切天人繫縛之中而得解脫。汝等各可隨詣諸方，為諸眾生作大利益，且令汝等各各而往，不用同行。我亦往優樓頻螺聚落，為利益故。』爾時惡魔作是念言：『此沙門喬答摩，住於波羅痆斯仙人墮處施鹿林中，為聲聞眾如是說法云：「我於一切天人繫縛中而得解脫。汝等苾芻，亦於一切天人繫縛中同得解脫，汝等應往人間廣為利益。汝等應各別行，不用同往。我亦將詣優樓頻螺聚落者。」我今應當為彼作諸障礙。』爾時惡魔作是念已，化為摩納婆往詣佛所，即於佛前而說頌曰：

「『汝不得解脫， 而作解脫想；汝在繫縛中， 不能解脫我。』

「爾時世尊作是念言：『今者惡魔願我散亂。』世尊知已說頌答曰：

「『人天繫縛中， 我已得解脫；罪者今當知， 我已摧伏汝。』

「爾時惡魔便作是念：『此沙門喬答摩能知我心。』作是念已便生懊惱，內懷懺悔便滅而去。

「爾時世尊復告諸苾芻曰：『我於天人繫縛中而得解脫，汝等亦得解脫。汝等應往餘方作諸利益哀愍世間，為諸天人得安樂故。汝等不得雙行，我今亦往優樓頻螺聚落。』諸苾芻等咸奉佛教，唯然而去。

「爾時世尊往波羅痆斯城優樓頻螺聚落，既到於彼詣白疊林，在一樹下宴坐而住。時有六十賢部在聚落外，於日日中與諸女樂共相嬉戲。有一女人失眾所期棄而出去，時六十賢部尋覓此女，漸次往詣至白疊林，便見世尊坐一樹下顏貌端嚴——若有見者發清淨心，調伏諸根意得寂靜成就最勝，猶如金幢光明殊妙——諸人見已，便詣佛所，白言：『大德！頗見一女人不？』世尊報曰：『彼女人者是汝何親？』諸人白言：『我六十賢部，在聚落外於日日中令諸女樂作於倡伎。此一女人失我所期棄我而去，我今覓來。』告言：『諸人！於意云何？汝今所要，為求女身是要？為求自身要耶？』諸人報曰：『大德！求女身無益，尋求自身最為第一。』世尊告曰：『童子！汝等來坐，我今為汝宣說妙法。』時六十賢部頂禮佛足却坐一面，佛說妙法示教利喜。諸佛常法，先說此法：所謂布施、持戒生天之因，復說五欲所有過患，讚歎出家獨處山林，思惟觀察斷諸煩惱。演說廣大微妙之法，開示令解；諸有聽者聞說此法，歡喜清淨無有疑惑。佛觀知已，更復為說出世之法：所謂苦集滅道四聖諦理。猶如浣衣先除麁垢，得清淨已色則易染；六十賢等初聞佛說心器清淨，便能了知四聖諦法，證預流果。見法得法極通達法，究竟堅法越一切希望，度一切疑惑，不假他緣，於大師教餘不能引，於諸法中得無所畏。六十賢部得此法已，心大歡喜從坐而起，整衣服頂禮佛足，雙膝著地合掌向佛，而作是言：『世尊！我等入此微妙之法，獲大勝利，從今已後乃至盡形歸佛法僧，受五學處為鄔波索迦：不殺、不盜、不邪行、不妄語、不飲酒。』作是語已禮佛而退。

「爾時世尊，夜既曉已於晨朝時，著衣入多軍村，作是思惟：『於此村中我先為誰說法？』復作是念：『是時村主有其二女：一名歡喜、二名歡喜力。我先往昔欲捨苦行時，此二女人，先以乳糜及與酥蜜，供養於我，我食此故身力強健。』

「爾時世尊作是念已，往二女家。彼二女人遙見世尊，為佛敷設座已奉迎世尊，頂禮佛足作如是言：『善來！善來世尊！唯願世尊入就此座。』爾時世尊而就其座，時彼女人頂禮佛足却住一面。佛為說法示教利喜，廣說乃至於諸法中得無所畏。爾時二女即從座起整衣服，頂禮佛足雙膝著地，合掌向佛，白言：『世尊！我遇妙法獲大勝利，從今以後乃至盡形歸佛法僧，為鄔波斯迦。』作是語已白佛言：『世尊！今日慈悲受我微供。』爾時世尊默然受請。時彼女人見佛受已，即於佛前作其泥壇，世尊洗手足已如法而坐。時彼二女，布設種種清淨甘美飲食，自手行食，頻頻將來而為供養。世尊食已洗手收食器已，掃灑其地燒香散花，頂禮佛足却坐一面。爾時世尊便為說法示教利憙呪願而去。將欲出村便作是念：『於此摩揭陀國，誰有最尊外道及婆羅門，聞我說法生信敬心，令眾多人得入我法？時有外道名優樓頻螺迦攝，老年一百二十，有五百弟子，在尼連禪河邊林中住，修習苦行。時摩揭陀國一切諸人，皆生恭敬尊重供養，為勝福田如阿羅漢。我今往彼為說妙法，令眾多人獲大勝利。』作是念已，往尼連禪河邊至迦攝所。其優樓頻螺迦攝，遙見世尊即嚴飾床座。佛就而坐，而作是語：『善來！善來大沙門！多時不見沙門來此。』共相問訊曰：『大德！起居輕利不？』作是語已相對而坐。佛告迦攝：『仁是尊重於此火舍，請覓一邊寄停一宿。』迦攝波曰：『我非尊重，然此石室有大毒龍，恐相損害。』

「佛告迦攝：『我請此舍，龍不損我。』迦攝報曰：『大沙門！若龍不損汝，隨意而坐。』爾時世尊於初夜分洗手足已，便入火室，如常敷草結跏而坐，正念不動。時彼毒龍遙見世尊，心生嗔怒便吐毒煙；時佛世尊以神通力從口出烟遮彼毒烟。時彼毒龍見佛出烟，嗔心猛熾遍身出火；爾時世尊為欲調伏彼毒龍故，入火光三昧遍身出火，於其石室猛火熾然。時迦攝波於中夜分從本處出，觀其星宿，遙見石室火焰熾然，便作是念：『大沙門喬答摩顏貌端政。苦哉！苦哉！不用我語，今被毒龍火燒成灰。』告諸弟子：『汝等各各將水滅火救大沙門。』爾時世尊知迦攝意，便作是念：『為欲調伏彼毒龍故，更入三昧，出種種火光，滅毒龍火不損龍身。』時彼毒龍見種種火，心生怖畏來詣佛所，便入鉢中盤身而住。世尊知龍調伏，從定而起，擎鉢而去至迦攝所，迦攝見已即便問曰：『大沙門汝得存邪？』世尊告曰：『我得平安。』迦攝問曰：『於汝鉢中而有何物？』世尊告曰：『此是毒龍汝所畏者，我已調伏在此鉢中。』迦攝見已而作是念：『沙門喬答摩，雖有大威德善能如是，然我亦是阿羅漢。』

「爾時世尊在優樓頻螺迦攝住處聚落林中。時迦攝波有五百摩納婆，各各供養祭祀火壇三所，其數總有一千五百火壇。彼五百摩納婆，於晨朝時欲祭祠火壇，于時燃火並皆不著。其摩納婆等俱怪斯事，遂往迦攝所白言：『我等今欲供養火壇，然火並皆不著。』迦攝聞此語已便作是念：『緣大沙門近我住處，有其威力燃火不著。』作此念已詣世尊所，作如是語：『沙門當知！我五百摩納婆欲祭祠火壇，燃火並皆不著，緣有斯事俱來白我。我如是思念：「為大沙門近我住處有其威力，燃火不著。」』佛告迦攝曰：『汝今欲得火著不？』迦攝報曰：『欲得火著。』作此語已，所事火壇並皆同起咸悉熾盛。迦攝見已而作是念：『沙門喬答摩雖有威德善能如是，然我亦是阿羅漢。』爾時世尊住於優樓頻螺迦攝修道所於樹林中，其摩納婆祭祠火已，欲滅其火不能得滅。于時摩納婆詣迦攝所而白言：『鄔波馱耶當知！我等祭祠火已，欲滅其火而不能得。』爾時迦攝復作是念：『大沙門喬答摩近我住處，將非彼力令火不滅？』作是念已詣世尊所，而白佛言：『大沙門願知，我此摩納婆等祭祠火已，欲滅其火而不能得。是故我作是念：「大沙門於我近住，將為彼力致令如此？」』作是言已，世尊告曰：『汝欲得滅其火不？』迦攝白曰：『大沙門！甚欲得滅。』即時以佛威力盡皆滅沒。是時迦攝便作是念：『希有威德！大德沙門雖能如是，然我亦是大阿羅漢。』

「爾時世尊住優樓頻螺迦攝修道所住林中，迦攝異時自欲祠火而不能著，迦攝便作是念：『大沙門於我近住，將非彼力致如此耶？』作是念已詣世尊所，白佛言：『大沙門當知！我欲於此自祭祠火，然不能著。是故我作是念：「大沙門於我近住，將為彼力致使如此？」』作是言已，世尊告曰：『汝今欲得火著以不？』迦攝白言：『大沙門！我欲得著。』以佛神力令火怱燃熾盛炎著。時優樓頻螺迦攝復作是念：『甚奇世尊！希有如此。大威德力雖能如是，然我亦是阿羅漢。』

## 根本說一切有部毘奈耶破僧事卷第六