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title: "大方等大集經 · 1 護持正法品"
description: "大方等大集經是北涼時期著名譯經師曇無讖所譯的重要佛教經典，屬於大乘佛教經典集。該經形成於印度大乘佛教興盛時期，後傳入中國，由曇無讖於5世紀初譯成漢文。內容涵蓋菩薩修行、六度萬行、諸佛淨土及密教儀軌，強調菩薩道的實踐與智慧。經中系統闡述了大乘佛教的空性思想、菩薩戒律及禪定法門，對漢傳佛教的發展影響深遠。作為大集部經典的核心，該經在中國佛教史上佔有重要地位，為研究大乘佛教教義與實踐提供了重要依據，至今仍被視為佛教修行與研究的重要典籍。"
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### 日藏分護持正法品第一

> 日蔵分 正法を護り持つ品 第一

如是我聞：

> このように私は聞きました。

一時，婆伽婆在王舍城迦蘭陀竹園，與大菩薩其數無量不可稱計前後圍繞，及餘十方諸佛世界無量無數不可思議阿僧祇諸大菩薩聲聞之眾，地及虛空皆悉遍滿，俱來集會前後圍遶。復有十方無量世界帝釋天王、梵天王、四天大王、諸大龍王、夜叉王、乾闥婆王、阿修羅王、迦樓羅王、緊那羅王、摩睺羅伽王，如是等無量無數不可稱計俱來集會。復有欲界色界天、龍、夜叉、羅剎、乾闥婆、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽等，皆悉一心瞻仰如來。

> その時、世尊は王舎城の迦蘭陀竹園にいらっしゃいました。数えきれないほどの大菩薩たちが前後に取り囲み、さらに十方の仏国土から来た無量無数の菩薩や声聞の衆も、地上も虚空もすべて満たさんばかりに集まり、世尊を囲んでいました。 また、十方の無数の世界から、帝釈天王、梵天王、四天大王、諸々の大龍王、夜叉王、乾闥婆王、阿修羅王、迦楼羅王、緊那羅王、摩睺羅伽王など、数えきれないほどの者たちが集まりました。 さらに、欲界と色界の天、龍、夜叉、羅刹、乾闥婆、阿修羅、迦楼羅、緊那羅、摩睺羅伽なども皆、一心に如来を仰ぎ見ていました。

爾時，世尊為諸大眾說虛空目安那波那甘露法門四無量已，默然而坐。娑婆世界地及虛空一切大眾亦皆默然合掌向佛，唯悕如來甘露法雨而無厭足，猶如重病思遇良醫，如在大闇思見光明，如溺大河思登彼岸，如遭急難思求依護。如是遍滿娑婆佛剎地及虛空諸大菩薩，及諸聲聞，釋梵天王、摩睺羅伽王，乃至人、非人等合掌默然，瞻仰法王亦復如是。

> その時、世尊はすべての大衆のために「虚空目安那波那甘露法門」と「四無量心」を説き終えられ、静かに座しておられた。この娑婆世界の大地と虚空に満ちるすべての大衆も、皆、静かに合掌して仏に向かい、如来の甘露の法の雨を飽くことなく待ち望んでいた。それは、重い病の人が名医に遇うことを願い、深い闇の中にいて光明を見ることを願い、大河に溺れて彼岸に渡ることを願い、急な災難に遭って救いのよりどころを求めるようなものであった。 このように、娑婆世界の仏国土いっぱいに、大地と虚空に満ちたすべての大菩薩、すべての声聞、帝釈天・大梵天王・摩睺羅伽王、さらには人や人ならざるものたちまでが、合掌して静かに、法の王である仏を仰ぎ見ていたのである。

爾時，眾中有一大梵天王，名曰功德蓮華光，已於昔日供養無量無邊諸佛，於諸佛所殖諸善根，於阿耨多羅三藐三菩提得不退轉，繫心緣法善修慈愍，即從坐起合掌向佛，而說偈言：

「大聖神通力， 能速遍諸剎，如心無所障， 光照十方國，巧說奢摩他， 盡智及方便，阿那波那念， 及四無量等。佛於三界中， 生死際已捨，淨慧悉滿足， 勝人天修羅，已離於愛縛， 度疑到彼岸，了知諸菩薩， 現證於佛法。眾生心亂故， 墮在生死河，如盲無所見， 常為苦所沒，遠離善知識， 不聞清淨法，輪迴生死中， 為諸結所縛。佛度生死海， 慈悲故說法，為煩惱眾生， 斷生死羅網。愛為煩惱本， 諸眾生染著，能仁巧分別， 令盡生死際。以癡愛因緣， 不修諸功德，若能斷之者， 六根皆寂滅。大慈牟尼王， 悲心為說法，聞已除癡愛， 獲甘露涅槃。」

> 「大聖の神通力は、全ての仏国土に瞬時に至り、心に障りがないように、智慧の光が十方の世界を照らす。巧みに奢摩他を説き、尽智や方便も説く。阿那波那念や四無量心などの教えも説く。仏は三界において、生と死の輪廻をすでに超え、清らかな智慧を完全に満たしている。天人の王や阿修羅にも勝る存在である。すでに愛執の束縛を離れ、疑いを超えて悟りの彼岸に至り、菩薩たちの教えを理解し、仏法を現に証得している。衆生は心が乱れているので、生死の河に堕ちている。盲人のように何も見えず、常に苦しみに沈んでいる。善き師から遠ざかり、清らかな法を聞くことができず、生死の輪廻の中で、さまざまな煩悩の束縛に縛られている。仏は生死の海を渡り、慈悲の心で説法される。煩悩に苦しむ衆生のために、生死の羅網を断ち切るのだ。愛執は煩悩の根本であり、衆生はそれに染まり執着している。能仁（仏）は巧みにその道理を説き分け、衆生をして生死の果てを尽くさせる。愚かさと愛執の因縁によって、諸々の善い行いを修めない。もしそれらを断ち切ることができれば、六根はすべて寂静に達する。大慈の牟尼王は、悲心をもって説法し、それを聞けば、愚かさと愛執が除かれ、甘露の涅槃を得るのである。」

爾時，佛告功德蓮華光大梵天王，而說偈言：

「過去修諸度， 今亦如是行，不樂聲聞乘， 及辟支佛地。復有諸眾生， 數起瞋恚心，及念二乘等， 是則為障礙。以是諸障故， 退失於佛法，不起是障者， 得佛法滿足。有四生眾生， 俱來至此剎，非唯愛欲身， 非盡念不淨。是中大智人， 能行菩提道，已曾久修習， 定忍總持等，能守護諸根， 正念加趺坐，安住自境界， 佛當為汝說。樂五眾眾生， 為說不淨法，令斷於繫縛， 七菩提分滿，我無嫉妬心， 憐愍故為說，菩薩聞此法， 不捨菩提心。十方一切佛， 已曾住此剎，晝夜常加護， 令佛法久住，汝等諸菩薩， 愍此剎眾生，常生歡喜忍， 令我法久住。我說聲聞法， 為斷貪欲心，示五陰諸入， 及十八界空，十三奢摩他， 及毘婆舍那。能斷難斷愛， 是人得清淨，顯說無漏行， 聲聞四真諦。憐愍眾生故， 為令法久住，說此四諦法， 令度生死海。復告諸菩薩， 汝等莫生疑，佛當為汝等， 廣說菩薩行。」

> 過去に諸々の修行を積み、今もまたそのように行じている。 声聞乗の境地や辟支仏の境地を楽しまない。 また、ある衆生は、しばしば怒りの心を起こし、 二乗などを思うことは、すなわち障りとなる。 これらの障りがあるために、仏法から退き失ってしまう。 このような障りを起こさない者は、仏法を満たし得る。 四生の衆生が、共にこの仏国土に来る。 ただ愛欲の身のみに依るのではなく、すべてを不浄と観じる思いに尽きるのでもない。 この中で、大いなる智慧ある人は、菩提の道を行じることができ、 すでに久しく修習し、禅定・忍辱・総持などを備えている。 諸々の感覚器官を守り、正念を保って結跏趺坐し、 自らの境地に安住せよ。仏はまさにあなたがたのために説かれるであろう。 五蘊の衆生を喜ぶ者には、不浄の法を説いて、 執着の束縛を断たせ、七菩提分を満たす。 わたしには嫉妬の心はなく、憐れみのゆえに説くのである。 菩薩はこの法を聞いても、菩提の心を捨てない。 十方のすべての仏は、すでにこの仏国土に住したことがあり、 昼夜たえず守護を加え、仏法を長く住せしめる。 あなたがた諸々の菩薩は、この国土の衆生を哀れみ、 常に歓喜の忍びを生じて、わたしの法を長く住せしめよ。 わたしが声聞の法を説くのは、貪欲の心を断つためであり、 五陰・諸入・十八界の空を示すためである。 十三の奢摩他（止）と毘婆舍那（観）によって、 断じ難い愛着をも断つことができる。この人は清らかさを得る。 漏なき行いを明らかに説き、声聞の四真諦を示す。 衆生を哀れむがゆえに、法を長く住せしめるために、 この四諦の法を説いて、生死の海を渡らせるのである。 さらに諸々の菩薩に告げる。「あなたがたは疑いを起こしてはならない。 仏はまさにあなたがたのために、菩薩の行いを広く説かれるであろう。」

爾時，此娑婆世界中所有眾生在佛會者作如是念：「如來今者欲說聲聞法，不說菩薩道。」

> その時、この娑婆世界にいて仏の説法の場に集まったすべての众生は、こう思った。「如来さまは今、声聞の法を説こうとしていて、菩薩の道をお説きにならないのだろうか。」

十方世界諸來菩薩，復作是念：「如來慈愍，欲令我等於此世界修諸禪行，使三寶種不斷絕故，於此剎中所有天、龍、夜叉、羅剎、乾闥婆、阿修羅，乃至人、非人等，未信者令信，已信者令增進故，欲令一切眾生悉受安樂捨諸疑悔滿足涅槃八正道故，令此佛剎有大福德具足熏修眾善法故。」

> 十方世界から集まったすべての菩薩たちは、またこう考えました。「如来は慈しみをもって、私たちをこの世界でさまざまな禅の修行に励ませ、三宝の種が途絶えないようにしたいとお考えだ。この仏の世界にいる天・龍・夜叉・羅刹・乾闥婆・阿修羅、さらには人や人ならざる者たちまで、まだ信じていない者には信を起こさせ、すでに信じている者にはさらに深めさせるため、すべての生きとし生けるものが安楽を受け、疑いと悔いを捨てて涅槃と八正道を満たすことができるように、この仏の世界に大きな功徳がそなわり、多くの善法を修める力が満ちあふれるようにと願っておられるのだ。」

十方世界所有眾生作如是念：「娑婆佛剎福德吉處，我今恭敬、尊重、供養、禮拜彼佛剎中諸菩薩等。」各作是念：「我今應當於此世界結加趺坐，各各入於種種勝忍陀羅尼門及諸三昧，放大光明利益安樂諸眾生故。」作是念已，即於此剎加趺而坐，入于勝忍陀羅尼諸深三昧。

> 十方世界のすべての生きとし生けるものたちは、こう心に思いました。「娑婆の仏の世界は福徳に満ちた吉祥の場である。私たちは今、敬い、尊び、供養し、その仏の世界にあるすべての菩薩方に礼拝しよう。」それぞれがこう思いました。「私たちは今、この世界で結跏趺坐して、それぞれがさまざまなすぐれた忍耐の陀羅尼の門や、さまざまな三昧に入り、大きな光明を放って、多くの生きとし生けるものを利益し安楽にするために。」そう心に決めてから、ただちにこの世界で結跏趺坐し、すぐれた忍耐の陀羅尼と深い三昧に入りました。

是諸菩薩或有經於百大劫中修菩薩行，有得無生法忍乃至十地，具足修習十八不共、四無所畏等諸功德法，各以勝忍陀羅尼諸深三昧因緣力故，放大光明。其中或有光，如燈炬野火之明，有如釋梵諸天、大梵王光。又如一日之光，二三四五如是轉倍，乃至百千萬億日光，此諸光明遍照三千大千世界。其中眾生遇斯光者，身心安樂皆大歡喜，如人熱悶入清涼池。是光能除眾生三惡道苦，飢渴寒熱種種諸病，及貪瞋癡邪見等患，乃至能令三界獄中所有恐怖厄難眾生，令盡苦際。是時此剎諸眾生等蒙光力故，咸共深心恭敬供養，尊重讚歎佛法僧寶，厭捨諸惡勤修善法。從是諸光乃至遍照十方，如恒河沙等諸佛世界淨穢等剎，有佛無佛皆悉普照，猶如重夜幽闇之中忽有百千萬億日光俱時普照，此及他方恒河沙剎土，光明遍照亦復如是。

> これらの菩薩たちの中には、百大劫もの長い間、菩薩の修行に励んだ者もいれば、無生法忍を得て第十地に至るまでに、十八不共法や四無所畏などの功徳をすべて修め上げた者もいます。彼らはそれぞれ優れた忍耐と陀羅尼、深い三昧の力によって、大きな光明を放ちます。その光の中には、灯や松明、野火の明かりのようなものもあれば、帝釈天や梵天、大梵王の光のようなものもあります。また、一日の光、二日、三日、四日、五日と倍々に増していき、百千万億の太陽の光にまでなるものもあります。これらの光明は三千大千世界をあまねく照らします。その光に触れた衆生は、心も体も安らかになり、大いに喜びます。まるで暑さに苦しむ人が涼しい池に入ったときのように。この光は、衆生の三悪道の苦しみ、飢えや渇き、寒さや暑さなどのさまざまな病、そして貪りや怒り、愚かさ、邪見などの悩みを取り除きます。さらに、三界の牢獄にあるすべての恐ろしい災難に遭っている衆生を、苦しみの果てまで導きます。そのとき、この世界の衆生たちは光の力によって、みな深い心で恭敬し供養し、仏法僧の宝を尊び讃嘆し、悪を捨てて善法に励みます。この光はさらに十方にまで広がり、ガンジス川の砂の数ほどの仏世界の清らかな国土も汚れた国土も、仏がいるいないにかかわらず、すべてを照らします。ちょうど、深い夜の暗闇の中に、突然、百千万億の太陽の光が一斉に輝き渡るようなものです。この世界も他の方角にあるガンジス川の砂の数ほどの国土も、光明に遍く照らされること、また同じです。

爾時，十方恒河沙等諸佛世界，有諸菩薩摩訶薩等，承佛神力於一念頃來至此剎，各在一面結加趺坐，是諸菩薩或有已經百千大劫修菩薩行，或有乃至具足十地，皆悉修習十八不共、四無畏等諸功德法，各以善根福德力故，入深三昧放大光明，遍照三千大千世界，其中所有魔王、龍王，乃至人天，諸光明等皆悉不現。

> そのとき、十方のガンジス川の砂の数ほどもある諸仏の世界から、多くの菩薩摩訶薩たちが、仏の神通力によって一瞬のうちにこの世界に来て、それぞれ一方に座り、結跏趺坐しました。これらの菩薩の中には、すでに百千の大劫にわたって菩薩の修行を続けてきた者もいれば、十地を完全に具えた者もおり、みな十八不共法や四無畏などの功徳の法を修めていました。それぞれが善根と福徳の力によって、深い三昧に入り、大きな光明を放ち、三千大千世界をくまなく照らしました。その中にあった魔王や龍王、さらには人間や天人などが放つあらゆる光明は、みな見えなくなりました。

爾時，世尊告諸聲聞四輩等眾：「汝今應知，此諸菩薩摩訶薩等大善根力入於三昧放此光明，遍照三千大千世界。又彼十方諸佛如來，曾於此剎作佛事已而還本國，今共加護此諸菩薩摩訶薩等，令入禪定現神通力，為令現在及未來世三寶久住不斷絕故。以是菩薩神通光明因緣力故，令諸天、龍、夜叉、羅剎、阿修羅、迦樓羅、緊那羅、摩睺羅伽、人、非人等，未信者令信，已信者令增長，於正法中發大精進，如法修行自在無礙得不退轉，乃至修學涅槃正道具足滿故。

> そのとき、世尊は四衆の弟子たちに告げられました。「あなたがたは今、知るべきである。これらの菩薩摩訶薩たちは、すぐれた善根の力によって三昧に入り、この光明を放ち、三千大千世界をあまねく照らしている。また、十方の諸仏如来は、かつてこの世界で仏の仕事を終えてそれぞれの国にお帰りになったが、今はともにこれらの菩薩摩訶薩たちを加護し、禅定に入って神通の力を現すようにされている。それは、現在および未来の世において、三宝が長く住し続けて絶えることがないようにするためである。この菩薩の神通と光明の因縁の力によって、天・龍・夜叉・羅刹・阿修羅・迦楼羅・緊那羅・摩睺羅伽・人・非人などは、まだ信じていない者は信じるようになり、すでに信じている者はますます信心を増し、正しい法の中で大きな精進を起こし、法のとおりに修行して自在に妨げなく、不退転の位を得るに至り、さらには涅槃への正しい道を修め学んで、完全に満たすことができるのである。」

「是諸菩薩隨所住處，於當來世是中皆應起立塔寺造作法堂，安置舍利經法形像，以種種七寶而修供養，所謂金銀、琉璃、車𤦲、馬瑙、頗梨、真珠、珂貝、璧玉，及上繒綵，種種衣服、床榻、臥具、種種幡蓋、袈裟、法服、種種瓔珞、華香、末香、塗香、燒香，作諸音樂禮拜供養，為令恐怖生死眾生求涅槃道修功德故。」

> これらの菩薩が住むところではどこであっても、未来の世において、そこに塔や寺を建て、法堂を造り、舎利や経典や仏像を安置し、さまざまな七つの宝で供養を修めるべきです。すなわち、金、銀、瑠璃、車𤦲、馬瑙、頗梨、真珠、珂貝、璧玉、そして上等な絹織物、さまざまな衣服、寝台、臥具、さまざまな幡や蓋、袈裟、法服、さまざまな瓔珞、花の香り、末香、塗香、焼香です。また、さまざまな音楽を奏でて礼拝し供養するのです。それは、生死を恐れる众生が涅槃の道を求め、功德を修めるためです。

爾時，世尊作如是言：「於未來世若有善男子、善女人，於三寶所如是布施我悉受之，令彼眾生於三乘中隨其所樂得不退轉。

> そのとき、世尊はこのようにおっしゃいました。「未来の世に、もし善い男子や善い女子が、仏・法・僧の三宝に対してこのように布施をするなら、私はそれらをすべて受け取ろう。そして、それらの人々が三つの乗り物のうち、それぞれの望みに応じて、不退転の境地を得られるようにしよう。」

「若復有人為供養故，或造一舍一僧伽藍，經行之處布施園林，衣服、飲食、臥具、床褥，種種湯藥而供養之。或有建立講讀論堂、經行禪室，於中布施奴婢、田宅、象馬、車乘、駝驢、牛羊、種種諸物、衣服、臥具，及諸湯藥資生所須，令持法比丘身心安隱，坐禪修道講讀論義，如法修行具足莊嚴，得勝自在涅槃道故，欲令佛法久住於世故，捨如是等種種諸物，我於爾時與諸菩薩及聲聞眾皆悉受之。若未來世有善男子、善女人，為供養三寶故，能捨如是種種諸物，建立講讀論堂、經行禪室，給其所須，我悉知見而生隨喜，與諸菩薩及聲聞眾同共受用。何以故？為令是等得大果報，於三惡道得遠離故，隨其所欲於三乘中得不退轉，乃至各於三乘而般涅槃故。

> もしまた、供養のために、一つの僧坊や一つの僧伽藍を造り、経行の場所に園林を布施し、衣服・飲食・臥具・床褥、さまざまな湯薬を供養する人があれば、あるいは講読論議の堂や経行・坐禅の室を建立し、そこで奴婢・田宅・象馬・車乗・駱駝・驢馬・牛・羊、さまざまな物、衣服・臥具、およびさまざまな湯薬や生活に必要なものを布施して、法を持つ比丘の身心を安らかにし、坐禅・修道・講読・論義をさせ、法のままに修行して功徳を具え、すぐれた自在の涅槃の道を得させるために、また仏法が世に久しく住することを願うために、このようなさまざまな物を捨てるならば、私はその時、菩薩たちや声聞の集まりとともに、すべてこれを受けます。 未来の世に、善男子・善女人が三宝を供養するために、このようなさまざまな物を捨て、講読論議の堂や経行・坐禅の室を建立し、必要なものを与えるならば、私はすべて知り見て、随喜の心を生じ、菩薩たちや声聞の集まりとともに同じく受用します。なぜかといえば、これらの人々に大きな果報を得させ、三悪道から遠く離れさせるためであり、その望みに従って三乗のうちで不退転を得させ、ついにはそれぞれ三乗において涅槃に至らせるためです。

「又善男子、善女人，以如是等種種諸物供養因緣故，於未來世當獲二利。何等為二？一者、法利；二者、財利。隨所生處資財具足，宿習因緣故，於是諸物不生慳悋悉能捨施，為欲供養比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷故，隨其住處，或在山林樹下、阿蘭若處、無憒閙聲，堪可坐禪係念之處，建立塔寺房堂靜室。隨彼所須皆能給施，是比丘等受彼施已如法行故，天、龍，夜叉隨其所在皆悉擁護。」

> また、善い男性も善い女性も、このようなさまざまな品々を供養するという因縁によって、未来の世において二つの利益を得ることになります。その二つとは何でしょうか。第一に法の利益、第二に財の利益です。生まれるところどこでも財産に恵まれ、過去の習いの因縁によって、これらの品々に対してけちな心を生じることなく、すべて施し捨てることができます。比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷に供養したいがために、彼らの住む場所に応じて、あるいは山林の木の下や阿蘭若の場所、騒がしい音のない、坐禅して心を集中するのにふさわしい場所に、塔や寺、房舎や静かな部屋を建てます。彼らが必要とするものに応じてすべて与えることができ、これらの比丘たちがその施しを受けて法にかなって行うので、天、龍、夜叉は彼らのいる場所どこでもすべて守護してくれます。

爾時，佛告諸比丘言：「汝等當知，十方諸佛已曾於此娑婆世界入深禪定現大神通，破壞魔王及諸龍等，慈愍眾生故演說妙法，為令三寶久住世間。各於此土作佛事已歸還本國。爾時如恒河沙等諸佛世界，有無量無邊阿僧祇菩薩摩訶薩，欲見於我禮拜供養，聽聞正法及受持故，復為聞說虛空目修多羅四無礙法，各於他方來集此剎，慈悲憐愍諸眾生故，入於禪定現大威力，破壞魔王及諸龍等，欲令此土諸眾生輩供給供養施其所須修諸功德，於三乘中得解脫故。是未來世有善男子、善女人，信心清淨為欲供養如法修行諸比丘故，或捨家宅園林田地奴婢乃至資生種種所須。

> そのとき、仏は比丘たちに告げられました。「あなたがたは知りなさい。十方の諸仏はすでにこの娑婆世界で深い禅定に入り、大きな神通力を現し、魔王や龍たちを打ち破り、衆生を慈しむために妙なる法を説き、三宝が長く世間に留まるようにされました。それぞれこの国土で仏の仕事を終えて、自らの国へ帰られました。そのとき、ガンジス川の砂の数ほどの諸仏の世界から、無量無辺の阿僧祇の菩薩摩訶薩たちが、私を見て礼拝し供養し、正しい法を聞き受け持つために、また虚空目修多羅の四無礙法を聞くために、それぞれの他方からこの世界に集まってきました。衆生を慈悲深く憐れむために、禅定に入り大きな威力を現し、魔王や龍たちを打ち破り、この国土の衆生たちが供給し供養し必要なものを施し、さまざまな功德を修め、三乗の中で解脱を得るようにと願われたのです。未来の世に、善男子・善女人が、清らかな信心をもって、法のままに修行する比丘たちを供養しようとして、家や宅、園林、田地、奴婢、さらには生活に必要なさまざまなものを捨てるならば。

「爾時，若有破戒比丘，受他所捨乃至一華一果，是惡比丘以愚癡故，受他淨心所施諸物獲大惡報，於現在世得四惡報。何等為四？一者、惡名遠聞流布十方；二者、父母師長兄弟眷屬，奴婢親戚皆悉離散；三者、獲大重病臥糞穢中，惡報相現痛苦而死；四者、衣鉢坐具所有資財，悉為五家之所分散，是名四種惡報。

> そのとき、戒を破った比丘がいて、他人から捨てられたもの、たとえ一本の花や一つの果物であっても受け取るならば、この悪い比丘は愚かさのために、他人の清らかな心からの施し物を受けて大きな悪い報いを得る。現世において四つの悪い報いを受ける。どの四つか。第一に、悪い評判が遠くまで広まり十方に流れ伝わる。第二に、父母や師長、兄弟、親族、召使いや親しい者たちがみな離れ散ってしまう。第三に、重い病にかかって糞尿の汚れの中に横たわり、悪い報いが現れて苦しみながら死ぬ。第四に、衣や鉢、座具などすべての財産が五家によって分け取られてしまう。これが四つの悪い報いである。

「於未來世復獲四種大惡果報。何等為四？一者、身壞命終墮大地獄；二者、於地獄中久受勤苦，地獄終已復生畜生、餓鬼道中，得無手足報，居在曠野無水之處，經百千萬歲具受辛苦；三者、從彼命終生毒蛇中，得無眼報，經無量歲唯食於土；四者、於彼命終得生人中，墮五濁世不值諸佛，於彼世中雖得人身，常無眼目亦無手足，住在曠野唯食世間所棄穢食恒不充足，不得與人同共住止。從彼命終復墮地獄，於三惡道難得免出。何以故？彼善男子、善女人，淨心捨施田舍園林、衣服、湯藥、種種諸物，唯欲供養如法比丘，然破戒者受他所施唯欲供身，不與如法持戒比丘，以是因緣獲如是罪。

> 未来の世において、さらに四つの大きな悪い報いを受けることになります。その四つとは何か。 第一に、身体が壊れて命が終わると、大きな地獄に堕ちることになります。 第二に、地獄で長い間苦しみを受け、地獄での命が終わった後も、畜生や餓鬼の世界に生まれ変わり、手足のない報いを受けて、水のない荒野に住み、百千万年もの間、苦しみを受け続けます。 第三に、そこでの命が終わると毒蛇に生まれ変わり、目のない報いを受けて、無量の歳月の間、ただ土だけを食べて生きることになります。 第四に、そこでの命が終わると人間として生まれますが、五つの濁りに満ちた世に堕ちて、諸仏にお会いすることができません。その世の中で人間の身体を得ても、いつも目が見えず手足もなく、荒野に住んで、世間で捨てられた汚れた食べ物だけを食べ、いつも満たされることがなく、人と一緒に住むこともできません。そこでの命が終わると、また地獄に堕ちて、三つの悪道から抜け出すことは難しくなります。 なぜでしょうか。その善男子・善女人が、清らかな心で田畑や庭園、衣服、薬湯、さまざまな物を施し、ただ如法の比丘に供養しようとしたのに、戒を破った者がその施しを受けて自分の身を養うことだけを望み、如法に戒を保つ比丘に分け与えなかったからです。この因縁によって、このような罪を受けるのです。

「又破戒者，久處生死具受諸苦，雖得人身不值佛世。所以者何？諸佛如來不可思議難可值遇。彼破戒者，斷滅法母不求精進，不用見聞佛法僧故，以是因緣不值佛世，彼惡比丘於當來世得如是等大惡果報。」

> 戒を破る者は、長く生死の世界にとどまってあらゆる苦しみを受け、たとえ人間の身を得ても、仏が世に現れる時代にめぐり会えません。なぜでしょうか。諸仏如来は不可思議であり、めぐり会うことはきわめて難しいからです。戒を破る者は、法の母を断ち滅ぼし、精進を求めず、仏・法・僧を見聞きしようともしないため、そのような因縁によって仏の世にめぐり会えないのです。その悪い比丘は、未来の世においてこのような大きな悪い果報を受けるのです。

爾時，大德伽耶迦葉聞此語已，悲泣雨淚而白佛言：「世尊！如我解佛所說義者，寧處地獄具受眾苦，終不受此破戒身也。所以者何？雖得此身而復出家，為衣食故具犯禁戒受他淨施，獲如是等種種苦惱。」

> そのとき、大徳・伽耶迦葉はこの言葉を聞いて、涙を雨のように流し、仏に申し上げた。「世尊、私が仏の説かれた意味を理解するかぎりでは、むしろ地獄に身を置いてあらゆる苦しみを受けようとも、この戒を破った身を受けることは決してありません。なぜなら、たとえこの身を得て出家しても、衣食のために禁戒をことごとく犯し、他人の清らかな布施を受けるならば、このようなさまざまな苦悩を受けることになるからです。」

佛言：「迦葉！如是如是如汝所說，寧處地獄受種種苦，不受人身起如是等破戒罪業。何以故？地獄罪畢更不造新，故業盡已便於苦報而得解脫。

> 仏がおっしゃいました。「迦葉よ、そのとおりだ、そのとおりだ、あなたの言うとおりである。地獄に身を置いてさまざまな苦しみを受けたとしても、人の身を得てこのような戒を破る罪の業を起こすことはない。なぜか。地獄では罪が尽きれば新たに罪を造ることはなく、業が尽きれば苦の報いから解脱することができるからである。

「迦葉！諸身之中人身難得，得人身已值佛出世復難於是，雖值佛世出家受戒是最為難。所以者何？得受戒已如法修行能盡苦際，斷諸漏結而得解脫。是淨信心善男子、善女人，若剎利、婆羅門、毘舍、首陀，欲供養淨行持戒比丘，以其具足福德善根故，或捨家宅、園林、靜室、奴婢、象馬、牛羊等物種種資生，以為常住僧業，令彼比丘身心安隱集善根故。是愚癡比丘毀犯淨戒捨諸善根，遠離靜念專為非法，彼善男子等而不供養。以是因緣，衣服，臥具資生所須皆不充足，便作是言：『我大智人堪可受彼所施諸物。』或假檀越豪強勢力，奪他如法比丘所受諸物，唯自供身以為私用，言是己有此非僧物。彼愚癡人造是罪故，於當來世受如是等諸惡果報。」

> 迦葉よ、さまざまな身の中で人間の身を得ることは難しく、人間の身を得たうえで仏が世に現れることに巡り会うのは、それよりもさらに難しい。たとえ仏の世に巡り会っても、出家して戒を受けることは最も難しい。なぜなら、戒を受けたうえで法のとおりに修行すれば、苦の果てを尽くし、もろもろの煩悩の結びを断って解脱を得ることができるからである。この清らかな信を持つ善男子・善女人、すなわちクシャトリヤ、バラモン、ヴァイシュヤ、シュードラが、清らかな行いを守る持戒の比丘に供養しようと願い、その者が福德と善根を十分に備えているがゆえに、あるいは家屋・庭園・静かな部屋・奴隷・象馬・牛や羊など、さまざまな生活の糧となるものを捨てて、常住の僧のためのものとし、その比丘の身心が安らかになり善根を積むことができるようにする。ところが愚かな比丘が清らかな戒を破り、もろもろの善根を捨て、静かな心を遠ざけてひたすら非法を行うならば、それらの善男子たちは供養しない。そのために、衣服や臥具、生活に必要なものはすべて不足し、こう言うのである。『私は大きな智慧のある者だから、施されたさまざまな物を受けるにふさわしい』と。あるいは檀越の権勢を借りて、法のとおりに修行する比丘が受けるべきもろもろの物を奪い取り、ただ自分だけの供養のために私用し、これは自分のものであって僧の物ではないと言う。あの愚かな者はこの罪を造ったために、来世においてこのようなもろもろの悪い果報を受けるのである。

爾時，頻婆娑羅王白佛言：「世尊！若善男子、善女人，若剎利、婆羅門等，欲供養如法比丘故，捨彼田宅、園林、種種諸物資生所須，是破戒者奪他所受唯自供己，以是因緣，獲如是等大惡果報。若在家人奪彼持戒行法比丘如是布施種種資生，而自用者，是諸人等得幾許罪。」

> そのとき、頻婆娑羅王が仏に申し上げました。「世尊。もし善男子・善女人、あるいは刹利や婆羅門などが、法にかなった比丘に供養しようとして、田畑や屋宅、庭園や林、さまざまな品々や生活に必要なものを施したとします。ところが、戒を破った者がその施しを奪い取り、自分だけのために使ってしまったなら、そのためにこのような大きな悪い報いを受けることになります。もし在家の者が、戒を守り法を実践する比丘へのそのような布施やさまざまな生活の品々を奪い取って、自分のために使ったなら、そうした人々はどれほどの罪を得るのでしょうか。」

佛言：「大王！不須問此得幾罪報。」

> 仏がおっしゃいました。「大王よ、この罪の報いがどれほどかをお尋ねになるには及びません。」

王復白佛：「若未來世有剎利等，以種種諸物施與持法比丘，以是因緣諸比丘等多有資生，是剎利、婆羅門、毘舍、首陀，不信佛法及因果故又不畏罪，如是人輩奪而用者得幾許罪？」

> 王は再び仏に申し上げました。「もし未来の世に、王族や武士などが、さまざまな品々を持戒の僧に施したとします。そのため僧たちは生活の糧を多く得ることになります。ところが、王族・祭司・商人・農民といった人々が、仏法や因果を信じず、罪を恐れることもなく、そうした僧から奪って使った場合、どれほどの罪を得るのでしょうか。」

佛言：「大王！是諸人等奪他施故，當得無量大惡果報，若我具說重增彼罪。所以者何？是剎利、婆羅門、毘舍、首陀，淨心施彼行法比丘種種諸物，是比丘等多有資生。如是愚人猶彼癡驢，以不信故奪他所受種種施物而自供己，以是因緣故當得大罪。彼人若聞我說惡業差別種種果報，誹謗不信，如是愚人得二種罪：一者、奪他所施；二者、於我所說誹謗不信。」

> 仏がおっしゃいました。「大王よ、これらの人々は他者への施しを奪ったがゆえに、無量の大きな悪い報いを受けることになります。もし私が詳しく説けば、かえって彼らの罪を重くすることになるでしょう。なぜなら、クシャトリヤ、バラモン、ヴァイシャ、シュードラが清らかな心で、法を行う比丘たちにさまざまな物を施したとき、それらの比丘たちは多くの生活の糧を持っています。このような愚かな人々は、あの愚かなロバのように、信仰心がないために、他者が受けたさまざまな施し物を奪って自分のものとしました。この因縁によって、大きな罪を受けることになるのです。もしその人が、私が説く悪業の違いやさまざまな果報を聞いても、誹謗して信じなければ、このような愚かな人は二つの罪を得ます。一つには、他者の施しを奪ったこと。二つには、私が説いたことを誹謗して信じないことです。」

時頻婆娑羅王復白佛言：「世尊！唯願說之，唯願說之，於當來世若剎利、婆羅門、毘舍、首陀四種姓中，有信佛法深識因果怖畏罪者，聞佛所說初中後善義味甚深，純備具足清淨梵行。如是之人聞已能信，如法修行作諸功德，復為供養行法比丘故，捨種種諸物給其所須。若有破戒比丘及愚癡人，奪彼持法比丘如是種種所受諸物，彼信心人方便擁護持戒比丘，終不令彼侵奪欺陵。」頻婆娑羅王說是語已。

> 時に頻婆娑羅王、また仏に申し上げた。「世尊よ、どうかお説きください。どうかお説きください。未来の世において、もし剎利、婆羅門、毘舍、首陀という四種の姓の中に、仏法を信じ、因果を深く理解し、罪を恐れる者がおり、仏の説かれた教えを聞いて、初めも中も後も善く、その意味はとても深く、清らかな修行が完全に備わっていると知ったならば、そのような人は聞いて信じ、法のままに修行してさまざまな功德を積み、さらに法を行う比丘を供養するために、さまざまな物を施して必要なものを与えるでしょう。もし戒を破る比丘や愚かな者が、その法を保つ比丘からこのようなさまざまな施し物を奪おうとするなら、その信心ある人は方便を尽くして戒を守る比丘を守り、決して彼らに奪わせたり辱めたりさせませんように。」頻婆娑羅王がこう申し上げると、

佛言：「大王！善哉，善哉！快說是語。

> 仏がおっしゃいました。「大王よ、すばらしい、すばらしい。よくその言葉を語ってくださいました。

「大王！於當來世若有剎利、婆羅門、毘舍、首陀，為欲供養行法比丘故，或捨田宅、園林、奴婢、象馬、衣服、臥具、飲食、湯藥、資生所須。若有剎利、婆羅門、毘舍、首陀，以不信故奪他所施，而彼愚人於現身中得二十種大惡果報。何者二十？一者、諸天善神皆悉遠離；二者、有大惡名流布十方；三者、眷屬知識違背乖離；四者、怨憎惡人同共聚會；五者、所有資財悉皆散失；六者、心狂癡亂恒多躁擾；七者、諸根不具；八者、睡臥不安；九者、恒常飢渴；十者、所食之物猶如毒藥；十一者、所愛之人悉皆離別；十二者、共事之人常多鬪諍；十三者、父母兄弟妻子奴婢不信其言；十四者、所有隱密覆匿之事，知識親友共相顯露；十五者、所有財物五家分散；十六者、常遇重病無人瞻視；十七者、資生所須常不稱意；十八者、形體枯悴；十九者、久受勤苦難得免離；二十者、常處糞穢乃至命終。

> 「大王よ、未来の世において、もし剎利（クシャトリヤ）、婆羅門（ブラフマン）、毘舎（ヴァイシャ）、首陀（シュードラ）が、法を行う比丘に供養しようとして、田畑や屋敷、庭園や林、召使い、象や馬、衣服、寝具、食べ物や飲み物、薬、生活に必要なものを施したとします。もし剎利、婆羅門、毘舎、首陀が、信心がないために他人の施しを奪い取るなら、その愚かな人は現世で二十種の大きな悪い報いを受けます。二十とは何でしょうか。一つには、天の善い神々がみな遠ざかります。二つには、悪い評判が四方八方に広まります。三つには、家族や知人が背を向けて離れていきます。四つには、怨み憎む悪人と一緒に集まることになります。五つには、持っている財産がすべて失われます。六つには、心が狂い乱れて常に落ち着かなくなります。七つには、体の器官が不完全になります。八つには、眠っても安らかではありません。九つには、いつも飢えと渇きに苦しみます。十つには、食べるものが毒のようになります。十一には、愛する人とすべて別れなければなりません。十二には、一緒に仕事をする人と常に争いが絶えません。十三には、父母や兄弟、妻や子供、召使いがその言葉を信じません。十四には、隠していた秘密の事柄が、知人や親友によって明るみに出されます。十五には、すべての財物が五つの者（王・盗賊・水・火・悪い相続人）によって散らばってしまいます。十六には、重い病にかかっても誰も見舞いに来ません。十七には、生活に必要なものがいつも思うように得られません。十八には、体がやせ衰えます。十九には、長く苦しみを受け続けて逃れることが難しくなります。二十には、糞や汚物の中にいることになり、命の終わりまでそうなのです。」

「大王！是愚癡人於現身中得如是等二十種諸惡果報，命終之後墮阿鼻地獄一劫受苦。飢食鐵丸，渴飲融銅，用熱鐵鍱以為衣服，行住坐臥所受之物皆是火聚，六方熾焰更相通徹。彼諸罪人於阿鼻地獄具受如是種種等苦，從彼命終生末伽車䭾餓鬼中，居在曠野無水之處，生便無眼，又無手足，四方熱風來觸其身，形體楚毒猶如劍切，宛轉在地受大苦惱，脂髓膏流猶居熱熬，魂神迷亂出大惡聲，具受如是百千種苦經無量歲，然後命終生大海中受肉團身，其形長大滿百由旬。然彼罪人所居之處，於其身外面一由旬，滿中熱水狀若融銅，經無量百千歲受如是等種種苦惱，如地獄中等無差別。從彼命終，於閻浮提曠野澤中忽然化生，形如肉團猶若大山，四方熱風來燒其身，飛禽走獸競來食之，經無量歲，爾乃命終還墮地獄。復經無量百千萬歲備受眾苦，然後命終生餓鬼中，乃至肉團之身，經無量百千歲，往反輪迴具受眾苦。其罪漸薄得出為人，生無佛國五濁剎中，從生而盲諸根不具，身形醜惡人不憙見。」

> 「大王よ、この愚かな者は、生きているうちにこのような二十種の悪い報いを受け、命が終わると阿鼻地獄に堕ちて一劫の間苦しみを受けます。飢えれば鉄の丸を食べ、渇けば溶けた銅を飲み、熱い鉄の板を衣服として身にまとい、行くにも住むにも座るにも臥すにも、身に受けるものはすべて火の塊であり、六方から炎が激しく燃え上がり互いに通じ合っています。それらの罪人は阿鼻地獄でこのようなさまざまな苦しみをことごとく受け、そこでの命が終わると末伽車䭾という餓鬼の世界に生まれ変わります。そこは水のない荒野で、生まれるとすぐに目がなく、また手足もなく、四方から熱風が吹いてその身を打ち、その身の苦しみは剣で切り裂かれるようであり、地に転げ回って大きな苦悩を受け、脂も髄も膏も流れ出て熱い釜の中にいるかのようです。魂は乱れ、大きな恐ろしい声を上げ、このような百千種の苦しみを無量の歳月にわたってことごとく受けます。その後、命が終わると大海の中に生まれ変わって肉の塊のような身体を受け、その形は長大で百由旬にも及びます。しかしその罪人のいる場所は、その身の外側一由旬の間、すべて熱い水で満たされ、溶けた銅のようです。無量百千歳の間、このようなさまざまな苦悩を受け、地獄と少しも変わるところがありません。そこでの命が終わると、閻浮提の荒野の沢の中に忽然と化生し、その形は肉の塊のようでまるで大きな山のようです。四方から熱風が吹いてその身を焼き、飛ぶ鳥や走る獣が争って食べに来ます。無量の歳月を経て、ようやく命が終わるとまた地獄に堕ちます。さらに無量百千万歳の間、あらゆる苦しみをことごとく受け、その後命が終わると餓鬼の中に生まれ、さらには肉の塊の身となって、無量百千歳の間、繰り返し輪廻してあらゆる苦しみを受けます。その罪が次第に薄くなってようやく人間として生まれることができても、仏のいない国、五濁の世界に生まれ、生まれつき盲目で諸根が欠け、身形は醜悪で人々から見られることを好まれません。」

佛告頻婆娑羅王言：「大王！如是罪人於當來世，獲如是等大惡果報。所以者何？是持法比丘如法行故，有信心者種種資財具足施與，彼惡比丘愚癡人等奪而自用，故獲如是諸惡果報。」

> ブッダは頻婆娑羅王にこう告げられました。「大王よ、このような罪ある人々は、来世においてこのような大きな悪い報いを受けるのです。なぜでしょうか。それは、法を保つ比丘が法のままに実践しているのに、信仰心のある人々がさまざまな財物を十分に施しているのを、あの悪い比丘や愚かな者たちが奪い取って自分のために使うからです。それゆえにこのようなさまざまな悪い報いを受けるのです。」

爾時，頻婆娑羅王聞此語已，悲泣雨淚而白佛言：「世尊！我今寧受地獄等身，終不欲受是人身也。何以故？以此人等造是罪故，獲如是種種大苦果報。」

> そのとき、頻婆娑羅王はこの言葉を聞いて、悲しみのあまり涙を雨のように流しながら、仏に申し上げた。「世尊よ、私は今、地獄の身などを受けることになっても、このような人間の身は受けたいとは思いません。なぜなら、これらの人々はこのような罪を犯したために、このようなさまざまな大きな苦しみの報いを受けるのですから。」

爾時，佛告頻婆娑羅王言：「大王！汝等諸王及剎利、婆羅門、毘舍、首陀聚落主等，如今現在及未來世乃至法住，於是時中所有持法比丘，付囑汝等應好擁護。若有信心善男子、善女人，為供養行法比丘故，或捨種種資生雜物，汝好擁護，勿令非法比丘及諸惡人欺奪侵陵。若有惡人欺奪如法比丘所受信施，汝等應當如法治之。」

> そのとき、仏は頻婆娑羅王に告げられました。「大王よ、あなたがた諸王、および刹利・婆羅門・毘舎・首陀の村の長たちよ。今現在も、未来の世も、法が保たれている限り、その時代における法を守る比丘たちを、あなたがたによく守り護るようお任せする。もし信心ある善男子・善女人が、法を行う比丘に供養しようとして、さまざまな生活の品々を施したなら、あなたがたはよく守り護り、非法の比丘やもろもろの悪人に欺き奪わせ、侵し害させてはならない。もし悪人が法にかなった比丘の受ける信施を欺き奪うなら、あなたがたは法に従ってそれを治めなさい。」

王白佛言：「世尊！若有國王見彼非法比丘，及諸愚人奪彼行法比丘所受信施，不如法治者當得幾許罪報，乃至剎利、婆羅門、毘舍、首陀聚落主等，見此非法比丘及諸愚人侵奪行法比丘所受信施，當得幾許罪報？」

> 王は仏に申し上げました。「世尊、もし国王が、法に背いた比丘たちや、愚かな者たちが、法を実践する比丘の受けている信施を奪うのを見て、法に従って裁かないなら、どれほどの罪の報いを受けるのでしょうか。また、クシャトリヤ、バラモン、ヴァイシャ、シュードラの村の長たちが、この法に背いた比丘たちや愚かな者たちが、法を実践する比丘の受けている信施を奪うのを見るなら、どれほどの罪の報いを受けるのでしょうか。」

佛告大王：「我今問汝，隨汝意答。除諸佛如來所有功德，一切聲聞及辟支佛所有福德，若有一人具足成就如是等大福德聚，是人福德是為多不？」

> 仏は大王に告げられた。「私は今あなたに問います。あなたの思うままにお答えください。仏や如来の功德を除いて、すべての声聞や辟支仏の持つ福德を、もし一人の人がすべて成就して、このような大きな福德の集まりを備えたなら、その人の福德は多いと言えるでしょうか。」

王言：「世尊！如是，如是。是人福德甚多！甚多！」

> 王はおっしゃいました。「世尊、そのとおりです。そのとおりです。この人の功徳は本当に多く、とても多いのです。」

佛言：「大王！如彼一人所得福德，如是一切眾生各皆備足是等功德。若有惡人於彼一切有福人所，割其手足、耳鼻，生挑其眼，如是惡人得幾許罪？」王聞此語，悲泣哽咽不能自勝。

> 仏がおっしゃいました。「大王よ、あの一人が得た功徳を、すべての生きとし生けるものがそれぞれに等しく備えているとしましょう。もし悪人があのすべての福ある者たちの手足や耳や鼻を切り落とし、生きながら目をえぐり出したなら、その悪人はどれほどの罪を得るでしょうか。」王はこの言葉を聞いて、悲しみにむせび泣き、涙をこらえることができませんでした。

佛言：「大王！何以不答？」

> 仏が言われました。「大王よ、なぜお答えにならないのですか。」

時王聞已猶復悲泣，而白佛言：「世尊！如是愚人所獲罪報，無量無邊阿僧祇不可稱計，乃至算數譬喻所不能及。世尊！若毀壞一人具上福者手足、耳鼻，生挑其眼，其罪大多不可思議。何況毀壞一切具是福者！」

> そこで王はこれを聞き、なおも悲しみ泣いて、仏に申し上げた。「世尊よ、このような愚かな者の受ける罪の報いは、量り知れず果てしなく、数えることもできないほどで、ついには計算やたとえで及ぶところではありません。世尊よ、もし一人のすぐれた福徳を備えた者の手足や耳や鼻を傷つけ、生きながらその目をえぐり出したなら、その罪はあまりに大きくて思いはかることもできません。ましてや、そのような福徳を備えたすべての者を傷つけるとなれば、なおさらです。」

佛言：「大王！如我現在及未來世乃至法盡，於其中間，若有信心善男子、善女人，俱捨如是資生所須田宅、園林、象馬、奴婢、衣服、臥具、湯藥等物，施與行法比丘。若非法比丘及諸愚人奪彼所施，是剎利、婆羅門、毘舍、首陀聚落主等，見此非法惡人不如法治者，獲大重罪復過於彼。」

> 仏がおっしゃった。「大王よ、私が生きている今も、未来の世も、法が尽きるまで、その間ずっと、もし信心ある善男子・善女人が、田畑や屋敷、庭園や林、象や馬、召使い、衣服、寝具、薬など、生活に必要なものをすべて捨てて、法を行う比丘に施したとします。もし法に背く比丘や愚かな者たちが、その施し物を奪い取るなら、そのとき、クシャトリヤ、バラモン、ヴァイシャ、シュードラの村の長たちが、この法に背く悪人で法のままに治めない者たちを見たならば、大きな重い罪を受けることになり、それは先の者たちよりもさらに重いのです。」

爾時，頻婆娑羅王白佛言：「世尊！如是國王治國之事，甚難，甚難！何以故？彼放逸王等不如法治，是非法惡人獲如是罪。若有國王及剎利等不放逸故，擁護是等持法比丘。若有信心檀越施彼所須，若有非法惡人侵奪欺陵，當如法治者得幾許福？」

> そのとき、頻婆娑羅王が仏に申し上げました。「世尊、このように国王が国を治めることは、たいへん難しく、たいへん難しいことでございます。なぜなら、放逸な王たちは法にかなった治め方をせず、そのために法に背く悪人たちがこのような罪を得るからです。もし国王や刹利などの者たちが放逸でなく、法を守る比丘たちを守り支え、信心ある檀越が彼らに必要なものを施し、もし法に背く悪人が彼らを侵し奪い欺くならば、法にかなって治める者はどれほどの福を得るのでしょうか。」

佛言：「大王！如上所說具福諸人，若復有人有大勢力，禁閉獄中具受飢渴無量苦惱，若有一人具足大力，勝於前者出彼獄中，爾許諸人悉令解脫，經於百年四事供養，衣食、湯藥、種種所須無不備足。」

> 仏がおっしゃいました。「大王よ、先に申し上げたような福徳を備えた人々が、もしまた、ある人が大きな力を持っており、獄に閉じ込められて飢えと渇きの無量の苦悩を受けているとします。もし一人の人が十分な大力を持ち、先の人々に勝ってその獄から出ることができ、それだけの人々をすべて解脱させ、百年の間、四事の供養をし、衣食や湯薬、種々の必要なものに不足がないようにしたとします。」

佛言：「大王！彼有力人得幾所福？」

> 仏がおっしゃいました。「大王よ、その力ある人はどれほどの功徳を得るのでしょうか。」

王白佛言：「世尊！彼有力人所得福德，不可思議、不可稱計，乃至算數譬喻所不能及。」

> 王は仏に申し上げました。「世尊、その力ある人が得る功徳は、思いはかることも、数え上げることもできず、計算やたとえを用いても及ぶことができません。」

佛言：「大王！彼剎利、婆羅門、毘舍、首陀及聚落主等，如今現在及未來世乃至法住，是諸人等如法治彼非法比丘及愚癡人故，所得福德復過於彼。若復有人於今現在，及未來世乃至法欲滅時，若有信心善男子、善女人具捨種種所須施彼行法比丘，若有非法惡人侵奪欺陵，若復有人方便教化不令侵奪，語言：『汝等今者，若不隨教當治汝罪。』如彼惡人隨其教誨止彼欺心，不復侵奪持法比丘所受信施，是剎利乃至聚落主等，所得福德甚多，甚多！」

> 仏が言われた。「大王よ、あのクシャトリヤ、バラモン、ヴァイシャ、シュードラ、そして集落の長たちが、現在や未来の世、そして法が存続する限り、これらの人々が法に従って非法の比丘や愚かな者たちを治めることで得る福徳は、さらにそれを超えています。また、もし現在や未来の世、そして法が滅びようとする時に、信心ある善男子・善女人が様々な必要な物を捨てて法を行う比丘に施し、もし非法の悪人が侵奪し欺くならば、もしまた誰かが方便をもって教え導き侵奪させないようにして、『あなたがたは今、教えに従わなければ罪を治めるであろう』と言い、その悪人がその教えに従って欺く心を止め、再び法を持つ比丘の受ける信施を侵奪しなくなれば、このクシャトリヤから集落の長たちが得る福徳は非常に多く、非常に多いのである。」

王復白佛言：「世尊！若有乃至一比丘能如法住所有諸物，若有惡人欺陵侵奪者，我等剎利及婆羅門乃至聚落主等，不如法治當獲大罪。是一比丘所有資生，彼非法惡人有侵奪者，我等剎利乃至聚落主等，如法擁護不令彼人侵奪欺陵，乃至如法治之獲大功德。」

> 王は再び仏に申し上げた。「世尊よ、もし一人の比丘でも法にかなって暮らし、その所有する物を悪人が欺き奪おうとするなら、私たち刹利や婆羅門、さらには村落の長たちが、法にかなって治めなければ大きな罪を得ましょう。一人の比丘の暮らしの糧を、あの非法の悪人が奪おうとするなら、私たち刹利や村落の長たちが、法にかなって守り、その者に奪わせ欺かせず、法にかなって治めるならば、大きな功徳を得るでありましょう。」

佛言：「大王。不如汝所說。所以者何。於我法中有諸比丘，假令如法，始從一人乃至四人，我不聽受彼田宅、園林、象馬、車乘、奴婢等常住僧物，若滿五人乃可得受。若在僧伽藍中，或阿蘭若處，持法比丘在中止住，鳴鍾集僧和合布薩羯磨等事，房舍、床榻、臥具、湯藥同共受用。乃至百千眾僧在一伽藍、若阿蘭若處，鳴鍾集僧和合布薩，房舍、臥具、衣服、湯藥同心受用，而不貪著亦不繫念，不如其驎陀鳥貪著諸肉，食盡乃止終不中捨。持法比丘則不如是，初中後夜減省睡眠，精進誦經坐禪修道，背捨生死向涅槃路，如是比丘不稱他短不說己長，謙下卑遜不自憍高，衣食知足頭陀精進不放逸行，係念思惟心不馳散，於一切眾生起慈悲心憐愍覆護。大王！如是僧中有劫奪者獲大罪報，守護饒益得大功德。

> 仏がおっしゃいました。「大王よ、あなたの言うとおりではありません。なぜなら、私の法の中には多くの比丘がおり、たとえ法にかなっていても、一人から四人までの者には、田宅・園林・象馬・車乗・奴婢などの常住僧物を受け取ることを私は許していません。五人そろって初めて受け取ることができます。僧伽藍の中であれ、阿蘭若の処であれ、法を持つ比丘がそこに住んで、鐘を鳴らして僧を集め、和合して布薩や羯磨などを行い、房舎・床榻・臥具・湯薬を共に受用します。さらには百千の僧が一つの伽藍や阿蘭若の処にいて、鐘を鳴らして僧を集め、和合して布薩を行い、房舎・臥具・衣服・湯薬を心を一つにして受用し、貪り執着せず、心に留めることもなく、あの驎陀鳥のように肉を貪り、食べ尽くすまでやめないということはありません。法を持つ比丘はそうではありません。初夜・中夜・後夜に睡眠を減らし、精進して経を誦し、坐禅して道を修め、生死を捨てて涅槃の道に向かいます。このような比丘は他人の短所を言わず、自分の長所を語らず、謙虚でへりくだり、自ら高ぶることはありません。衣食に知足し、頭陀を行い精進して放逸に流れず、念を繫けて思惟し、心が散ることはありません。すべての衆生に対して慈悲の心を起こし、憐れみ護ります。大王よ、このような僧の中で奪う者は大きな罪報を受け、守り利益を与える者は大きな功徳を得るのです。」

「復次，大王！隨其所在若僧伽藍或阿蘭若處，有五比丘止住其中，持戒不破清淨具足，乃至於小罪中生大怖畏。如佛修多羅中所說空行，若自讀誦，教他讀誦，不誹謗他不說他過，不稱己長謙下自卑，不生憍慢嫉妬之心，慈悲憐愍一切眾生，求解脫道出生死海。如是眾僧，若在伽藍或阿蘭若處，鳴鍾集僧和合受用，常住僧物乃至湯藥。若復有人如法供養獲大功德，劫奪侵陵得大罪報。

> また、大王よ、どこであれ僧伽藍（僧園）や阿蘭若（静かな修行の場）に、五人の比丘がとどまり、戒を守り破らず清浄に具足し、わずかな罪にさえ大きな恐れを抱いているとします。仏の経典に説かれる空行のごとく、自ら読誦し、他人にも読誦を教え、他人を誹謗せず、他人の過ちを言わず、自分の長所を称えずへりくだって身を低くし、驕りや嫉妬の心を起こさず、慈悲をもってすべての衆生を憐れみ、解脱の道を求め生死の海を出ようとします。このような僧衆が、僧園にあれ阿蘭若の地にあれ、鐘を鳴らして僧を集め、和合して受用し、常住の僧物や湯薬に至るまで用いるのです。もしまた人が法にかなって供養すれば大きな功徳を得、これを奪い侵し凌げば大きな罪報を受けます。

「大王！是五比丘，精進持戒慚愧具足，於小罪中生大怖畏，行頭陀法住四聖種。如是眾僧所有福德猶若大海，即是世間、天人、阿修羅中最上福田，能令一切眾生離諸苦惱而得涅槃。何況十人二十、三十，乃至百千！若有信心剎利、婆羅門、毘舍、首陀，為供養故鳴鍾集僧，是僧集時其中或有非法比丘若多若少，共如法比丘同處集者，於是眾中乃至有五比丘，持戒清淨具足慚愧，於小罪中恒生怖畏終不毀犯。如是眾僧大修精進，棄捨世間所有諸事，惟希出世涅槃之道，所有功德無量無邊，是大福田，應受世間天人供養。是故，大王！汝等應好擁護如法安置，供給所須勿令乏少。若有非法之人欲相欺陵輕心毀辱者，汝好護持，勿令是等侵擾之也。」

> 大王よ、この五人の比丘は、精進し持戒し、慚愧の心を具え、小さな罪にも大きな恐れを抱き、頭陀の行を実践し、四聖種に安住しています。このような僧団の功德はまるで大海のようであり、すなわち世間・天人・阿修羅の中で最もすぐれた福田であり、すべての生きとし生けるものを苦悩から離れさせ、涅槃に導くことができます。ましてや十人、二十人、三十人、さらには百人、千人となればなおさらです。もし信仰ある刹利・婆羅門・毘舎・首陀が、供養のために鐘を鳴らして僧を集めるならば、その僧が集まったとき、そこに非法の比丘が多かれ少なかれ混じり、如法の比丘と同じ場所に集まったとしても、その集まりの中に五人の比丘がいて、戒を清らかに保ち、慚愧の心を十分に具え、小さな罪にも常に恐れを抱き、決して破ることはないならば、そのような僧団は大いに精進し、世間のすべての事柄を捨てて、ただ出世の涅槃の道のみを願い、その功德は無量無辺であり、大きな福田として、世間と天人の供養を受けるにふさわしいのです。ですから大王よ、あなた方はよくよくこの如法の僧団を守り護り、如法に安置し、必要なものを供給して乏しい思いをさせてはなりません。もし非法の者が欺き陵ぎ、軽んじ辱めようとするならば、あなた方はよく守り護り、これらの者たちが侵し擾すことのないようにしなさい。

頻婆娑羅王白佛言：「世尊！我於今者欲有所問，惟願聽許。」

> 頻婆娑羅王が仏に申し上げました。「世尊、私は今、お尋ねしたいことがございます。どうかお聞きくださいますようお願いいたします。」

佛言：「大王！隨汝意問。」

> 仏がおっしゃいました。「大王よ、あなたの思うままに問いなさい。」

王白佛言：「世尊！若有破戒比丘，得與如法眾僧和合共住，受彼上妙衣食臥具資生所須乃至湯藥不？」

> 王は仏に申し上げました。「世尊よ、もし戒を破った比丘が、法にかなった僧団とともに和合して共に住み、その上妙の衣食や臥具、生活に必要なもの、さらには湯薬を受けることはできますか。」

佛言大王：「我今問汝，隨汝意答。如王國中群臣百官乃至親屬，如是之人，若一、若二乃至眾多，犯王國法合其重罪，王時瞋怒方欲刑戮。王於爾時設於大會，歌舞作樂歡樂集時，是犯罪人得在會次同食歌舞歡娛作樂不？」

> 仏が大王に言われた。「私は今あなたに問います。あなたの心のままに答えてください。たとえば、あなたの国の中の家臣や役人、さらには親族たち、こうした人々が一人であれ、二人であれ、あるいは大勢であれ、国の法を犯して重い罪にあたるとき、王はそのとき怒って罰しようとします。王がそのとき、大きな宴を開き、歌や踊りで楽しみ、人々が集まって喜んでいるとき、その罪を犯した者がその宴の席に加わって、ともに食べ、歌い踊り、楽しむことができますか。」

王白佛言：「如是之人不得在會，乃至不令與我相見，何況共受集會歡樂。」

> 王は仏に申し上げました。「そのような人はこの集まりにいることはできず、私と会うことさえ許されません。ましてや一緒に集まり楽しむことなど、なおさらです。」

佛言：「大王！如是，如是。若有比丘破戒犯罪，實非沙門自言是沙門，實非梵行言我梵行。如是之人猶如盲人，於生死中流轉退沒。大王！如是之人於三世諸佛法中具犯禁戒，以是因緣諸佛如來之所棄捨，非佛弟子是魔眷屬，常趣惡道不墮僧數，不得在如法僧中行住坐臥同受房舍臥具資生諸物，乃至糠䴸亦不得受，何況得受眾僧上妙供具資生所須！如是之人，佛法之外眾所棄捨。」

> 仏はおっしゃいました。「大王よ、そのとおりです。たとえ出家していても、戒を破り罪を犯す者がいれば、その者は本当の修行者ではなく、自分を修行者と言い、清らかな行いをしていないのに清らかな行いをしていると言います。このような人は盲人のように、生と死の流転の中で沈んでいきます。大王よ、このような人は過去・現在・未来のすべての仏の教えにおいて戒をことごとく破っています。そのために、仏たちに見捨てられ、仏の弟子ではなく、悪魔の仲間であり、常に悪い世界へと向かい、僧侶の数にも入らず、正しい僧団の中で起居をともにすることも、部屋や寝具、生活に必要なものを他の僧と同様に受け取ることもできません。ぬかやふすまさえも受け取ることはできません。ましてや、僧団のすばらしい供物や生活に必要なものを受け取ることができるでしょうか。このような人は、仏の教えの外に追い出され、みなに見捨てられるのです。」

頻婆娑羅王白佛言：「世尊！是破戒比丘，不得與如法眾僧和合共住，同受種種衣食、臥具、湯藥等物。世尊！是破戒人有何等行類、相貌，而可得知？」

> 頻婆娑羅王が仏に申し上げた。「世尊、戒を破った比丘は、法にかなった僧団とともに和合して共に住むことはできず、さまざまな衣食や臥具、湯薬などを共に受けることはできません。世尊、この戒を破った者には、どのような行いや姿があり、それによって見分けることができるのでしょうか。」

佛言：「大王！是破戒相，初未現時難可了知。何者是破戒初相？所謂不樂供養三寶、和尚阿闍梨，亦不信重四聖種法而不修習，又不修行三十七助道法，是名破戒初相。心貪利養無有慚愧，與諸俗人以為親友，稱讚己德以自貢高，輕蔑誹謗毀呰他人，心不樂說正法之言，唯憙好談無益之語。專行魔業惱亂眾僧，他說一言十語加報，縱心蕩逸終不相下，猶如惡狗。復似飛烏眾聲亂鳴唯欲求勝，雖復出家處在眾中，諂曲虛偽專行刺毒。又如商人，持種種物在道而行逢彼惡賊，是破戒人為沙門中賊。又似獼猴，糞塗身已搪突於人，在於眾中猶如俱蘭吒華無色無香，心不和合恒出諍訟之言，常貪利養名聞等事，樂惡比丘及諸俗人以為伴侶而共談語。

> 仏は言われました。「大王よ、戒を破るという姿は、最初はまだ現れていないときには見極めるのが難しいものです。では、戒を破る最初の現れとは何でしょうか。それは、三宝や和尚・阿闍梨を供養することを喜ばず、四聖種の法を信じて重んじることもなく修習せず、また三十七助道法を修行しないことです。これが戒を破る最初の現れです。心は利養を貪り、恥じる心もなく、俗人たちと親しい友となって、自分の徳を称えて自ら高ぶり、他人を軽んじ誹りそしり毀り、正法の言葉を説くことを喜ばず、ただ無益な話を好んで語ります。もっぱら魔の業を行い、僧たちを悩ませ乱し、他人が一言言えば十語で言い返し、心のままに放逸にふるまって決して折れようとせず、まるで悪い犬のようです。また飛ぶ烏のように、ただ勝とうとして声を乱して鳴き立てます。出家して衆の中にありながらも、諂い曲がり偽りをもって、もっぱら刺す毒のような行いをします。また商人がさまざまな品物を持って道を行くとき悪賊に出会うように、この戒を破る者は沙門の中の賊です。また猿が糞を体に塗って人に突きかかるようなもので、衆の中にあっては俱蘭吒華のように色も香もなく、心は和らぐことなく、いつも争いの言葉を出し、常に利養や名聞などを貪り、悪い比丘や俗人たちを仲間として共に語り合います。」

「是諸比丘，乃至未盜眾僧田宅、園林、奴婢、象馬、駝騾、牛驢，如是等物難可了知，是名破戒初相。若盜如是等物是名破戒等相，是相出已失比丘法，是波羅夷非沙門，不得與如法眾僧同共止住，應當擯出。佛告大王：『是持戒比丘，寧與旃陀羅同共止住，不與破戒之人同住居止。』如樹枯朽火從內起，根本既燒枝葉亦盡。破戒比丘亦復如是，以破戒火燒諸功德，善根果報悉盡無餘，於未來世墮三惡道，遠捨慈悲而行魔業。譬如廁溷不可為淨，謗諸賢聖斷三寶種，法海乾竭壞正法城，誑惑施主惱亂清眾。如法比丘僧和合時違諍不隨，彼破戒比丘盜僧物因緣故，國主剎利、婆羅門、毘舍、首陀，乃至若男、若女、一切施主等，雖捨所須空無所得，失人天路墮惡道中。

> 「そうした比丘たちが、僧団の田畑や屋敷、庭園や林、召使いや奴隷、象や馬、ラクダやラバ、牛やロバといったものを盗まないうちは、こうしたものごとを理解するのは難しく、これを破戒の最初の現れと呼びます。もしこうしたものを盗めば、これを破戒の明確な現れと呼びます。その現れが生じたならば、もはや比丘としての法を失い、波羅夷であり、沙門ではなく、如法の僧団と共に同じ場所に住むことは許されず、追い出されるべきです。仏は大王に告げられました。『この持戒の比丘は、むしろ旃陀羅と同じ場所に住むことがあっても、破戒の人と同じ場所には住みません。』枯れ朽ちた木は内側から火が起こり、根が焼ければ枝も葉もみな尽きてしまいます。破戒の比丘もまた同じです。破戒の火によってあらゆる功德を焼き、善根の果報はすべて尽きて余すところなく、未来の世には三悪道に堕ち、慈悲から遠く離れて魔の業を行います。たとえば便所は清らかにはできないように、賢聖を謗り三宝の種を断ち、法の海を乾かし正法の城を壊し、施主を惑わし清らかな僧団を乱します。如法の比丘僧が和合しているときにも違って争い、それに従いません。その破戒の比丘が僧の物を盗んだ因縁によって、国の主である刹利、婆羅門、毘舎、首陀、さらには男であれ女であれ、すべての施主たちは、必要なものを施しても空しく何も得られず、人と天の道を失って悪道に堕ちるのです。」

「是故，大王！汝等當知，彼破戒人無有慚愧，以劫盜心取彼僧物以為己有。是如法比丘隨其住處，若在林中，或在伽藍，不應共住應生慈愍，方便示教遣令出眾。語言：『長老！汝等不應住此。』如是三諫，是破戒人若去者善；若不出眾，如法比丘不得瞋罵。應告國王、剎利、婆羅門、毘舍、首陀及有勢力者言：『此有比丘不如法行恒相擾亂，不令我等安心行道。惟願撿挍勿令侵惱。』而彼國王剎利乃至聚落主等，應當治之駈逐令出。若彼剎利王等取彼破戒比丘飲食財物而不駈遣者，如法比丘亦不應瞋，莫貪住處及資生等，默然捨去更求餘處無難之所，若在山林窟中，或阿蘭若地，隨其靜處就彼而住。」

> そこで、大王よ、あなたは知っておくべきです。戒を破った者は惭愧の心がなく、盗み取る心で僧の物を自分のものにします。そこで、法にかなった比丘は、自分が住んでいる場所が林の中であれ、寺院であれ、そのような者と共に住んではいけません。慈悲の心を起こし、うまく教え導いて、僧団から追い出すべきです。こう言いなさい。「長老よ、あなたはここに住むべきではありません」と。このように三度説得して、その戒を破った者が去ればよいのです。もし僧団から出ようとしなければ、法にかなった比丘は怒って罵ってはいけません。国王、剎利、婆羅門、毘舎、首陀、および力のある者に告げなさい。「ここに、法に反する行いをして常に乱し、私たちが心安らかに修行するのを妨げる比丘がいます。どうか取り調べて、私たちを悩ませないようにしてください」と。そして、その国王、剎利、あるいは村落の長などは、これを治めて追い出すべきです。もしその剎利の王などが、戒を破った比丘の飲食や財物を受け取りながら追い出さないなら、法にかなった比丘も怒ってはいけません。住む場所や生活の糧を貪らず、黙って去り、妨げのない別の場所を求めなさい。山林の洞窟の中であれ、あるいは阿蘭若の地であれ、その静かな場所に従ってそこに住みなさい。

頻婆娑羅王聞此語已，悲啼號泣，而白佛言：「世尊！剎利、婆羅門、毘舍、首陀乃至聚落主，為衣食資財故護彼破戒比丘與其勢力，令此如法比丘捨其住處。以是因緣，於當來世墮大地獄受無量苦，於三惡道輪迴往反難得免出，於未來世有無量無邊恒河沙等諸佛出現於世，具大慈悲入生死中度苦眾生，而不能令彼等國王、剎利、婆羅門及聚落主捨惡趣報得人天身。何以故？不受如法比丘語故，又不供給供養故，受如是等大罪果報。」

> 頻婆娑羅王はこの言葉を聞くと、悲しみのあまり泣き叫び、仏にこう申し上げました。「世尊、クシャトリヤ、バラモン、ヴァイシュヤ、シュードラ、さらには村の長たちまでもが、衣食や財産のために、戒を破った比丘を保護し、その勢力を与え、そのためにこの法にかなった比丘たちが住処を捨てることになっております。このような理由から、来世には大きな地獄に堕ちて無量の苦しみを受け、三つの悪道を輪廻して出ることは難しく、未来の世に無量無辺のガンジス川の砂の数ほどの諸仏が世に現れ、大きな慈悲をもって生死の中に入り苦しむ众生を救われても、それらの国王、クシャトリヤ、バラモン、村の長たちを悪趣の報いから捨てさせ、人間や天の身を得させることはできません。なぜでしょうか。法にかなった比丘の言葉を聞かないからであり、また供給し供养しないからであり、このような大きな罪の果報を受けるのです。」

佛言：「大王！於當來世諸國土中有信心剎利、婆羅門、毘舍、首陀，為供給供養如法比丘因緣故，若造伽藍靜處，或阿蘭若處起立房堂，施與如法比丘，或捨田宅、園林、奴婢、種種所須資生雜物，乃至湯藥，以如是供養因緣故，彼諸施主於當來世，或生剎利婆羅門大姓等家，六欲諸天乃至有頂，或生他方淨佛世界值佛聞法，不久當得阿耨多羅三藐三菩提。若復有人於我法中，為求福德涅槃道故，應當供養供給如法比丘。」

> 仏がおっしゃいました。「大王よ、未来の世のさまざまな国々において、信仰深いクシャトリヤ、バラモン、ヴァイシャ、シュードラが、法にかなった比丘に供給し供養するという縁によって、僧園の静かな場所や阿蘭若処に房舎を建て、法にかなった比丘に施したり、田畑や屋敷、庭園、奴婢、さまざまな必要な生活用品、さらには湯薬に至るまで施すならば、そのような供養の縁によって、それらの施主たちは未来の世において、クシャトリヤやバラモンなどの大姓の家に生まれるか、六欲の諸天、さらには有頂天に生まれるか、あるいは他方の清らかな仏の世界に生まれて仏に遇い法を聞き、まもなく阿耨多羅三藐三菩提を得るでありましょう。またもし人が私の法において、福徳と涅槃の道を求めるならば、法にかなった比丘に供養し供給すべきであります。」

爾時，頻婆娑羅王白佛言：「世尊！是諸比丘雖犯破戒初相，然未盜僧物，如是之人，云何不得與如法比丘同共住止同飲食、衣服等和合受用？」

> そのとき、頻婆娑羅王が仏に申し上げた。「世尊よ、これらの比丘たちは戒を破る最初の兆しを犯してはいますが、まだ僧団の物を盗んではいません。このような人を、なぜ正しい法を行う比丘たちと同じ場所に住み、同じ飲食や衣服などを共に受け用いることができないのですか。」

佛言大王：「我今問汝，隨汝意答。若王眷屬、大臣、宰相，犯王國法造種種罪，唯不合死有刑流者。如是之人，王若設會歌舞作樂大集之時，得在會次同受飲食共歡樂不？」

> 仏は大王に言われた。「私は今、あなたに問います。あなたの心のままに答えてください。もし王の一族や大臣、宰相たちが、王の国の法を犯してさまざまな罪を犯しても、ただ死だけは免れて流刑などの刑に処される者たちがいます。そのような者たちは、王が宴会を開き、歌や舞や音楽を盛大に行う集まりのとき、その席に連なり、ともに飲食を受け、ともに喜び楽しむことができるでしょうか。」

王白佛言：「世尊！如是之人尚不欲見，何況得在會所同受歡樂？」

> 王は仏に申し上げました。「世尊、そのような人は見ることさえ望みません。ましてや、集いの場に共にいて喜びを分かち合うことなど、なおさらです。」

爾時，佛告王言：「大王！若有富伽羅具造諸惡，於三惡趣不能勉離，如是之人受他田宅、園林、象馬、車牛、資生之具。如此之人非佛弟子，非沙門非釋子，於三世佛法中是大罪人，不得與行法比丘乃至和合少時共住，同受衣服、臥具、飲食、湯藥。若有剎利、婆羅門、毘舍、首陀及聚落主等，見破戒人與持法比丘同住，共受衣服等物而不駈遣，彼剎利等是三世諸佛正法之中為大罪人。如是剎利、婆羅門等，若不駈擯彼惡比丘，雖復更修功德種種布施，欲免此罪終不能滅，要必當墮阿鼻地獄。

> そのとき、仏は王に告げて言われた。「大王よ、もしある者が多くの悪行を重ね、三つの悪道から逃れることができないなら、そのような人は他人の田畑や屋敷、庭園や林、象や馬、車や牛、生活の道具などを受け取ってはなりません。このような人は仏の弟子ではなく、修行者でもなく、釈迦の一族でもなく、過去・現在・未来の仏法において大きな罪人です。法を行う修行者と共に行動することも、ましてや少しの間でも共に住み、同じ衣服や寝具、飲食、薬などを共に受けることはできません。もし王族や司祭、商人、労働者、あるいは村の長などが、戒を破った者と法を守る修行者が共に住み、同じ衣服などを受けているのを見て、追い出さないなら、その王族たちは過去・現在・未来の諸仏の正しい法において大きな罪人となります。このような王族や司祭たちが、その悪い修行者を追い出さないなら、たとえさらに功德を積み、さまざまな布施を行っても、この罪を免れようとしてもついに滅ぼすことはできず、必ず阿鼻地獄に堕ちることになるでしょう。

「是故，大王！若有欲得自利利他者，於彼破戒人所不應擁護。何以故？若有供養彼惡比丘，失人天善根、斷三寶種、墮諸惡趣。若剎利、婆羅門等擁護行法比丘，不令彼惡比丘與共同住、和合受用衣服飲食，是剎利等雖不布施修餘功德，即是三世諸佛之大檀越，能持三世諸佛正法。是人命終生於他方淨佛國土，不久當得阿耨多羅三藐三菩提。

「是故，大王！汝等剎利、婆羅門等，應當擁護供養供給行法比丘，乃至法欲滅時所有如法比丘，應當擁護供養供給，以是因緣能令三寶久住不滅。若不擁護如法比丘我法即滅，若法在世能令人天充滿惡道減少。」

王言：「世尊！有何等人堪為知事守護僧物，供養供給如法比丘？」

佛言：「大王！有二種人堪持僧事守護僧物。何者為二？一者、具八解脫阿羅漢人；二者、須陀洹等三果學人。此二種人堪知僧事，供養眾僧。諸餘比丘，或戒不具足，心不平等，不令是人為知僧事。」

## 大方等大集經卷第三十四