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title: "分別善惡報應經 · 第二"
description: "分別善惡報應經是北宋時期天息災翻譯的一部重要佛教經典，屬於漢傳佛教因果報應類典籍。該經由印度高僧天息災於太平興國年間在汴京譯出，內容主要闡述善惡業報的法則，詳細說明眾生行為與果報之間的對應關係，強調因果律的必然性與公正性。經文通過具體事例闡明十善十惡的業報差別，為修行者提供明確的行為指南。在佛教體系中，此經被視為闡釋業報思想的權威經典之一，對中國佛教因果觀念的形成與傳播具有重要影響，常被用作佛教倫理教育的基本教材。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcw3j0bd01o4ld0487fbkgex"
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## 分別善惡報應經卷下

> 分別善悪報応経 巻下

西天中印度惹爛駄囉國密林寺三藏明教大師賜紫沙門臣天息災奉　詔譯

> 西天中インド・ジャランダラ国密林寺の三蔵明教大師、紫衣を賜る沙門、臣

「復云何業，有補特伽羅，若身及心俱不快樂又不修福？此一有情，於過去世損惱眾生令他怖畏，又無信心不發善願，故此補特伽羅，命終之後生在人中身心不安，又多愚闇而不修施。

> また、どのような業によって、ある人が生まれつき心身ともに苦しみ、幸せを感じることがなく、さらに善い行い（福）を積もうとしないのでしょうか。この者は過去世において、生きとし生けるものを傷つけ悩ませ、彼らに恐怖を与えました。さらに、仏法への信仰心がなく、善い願いを起こすこともありませんでした。それゆえ、この人は命を終えた後、人間の世界に生まれても、心と体が安らかではなく、知恵が乏しく暗く、施しを行うこともないのです。

「云何補特伽羅人間命短三塗命長？此一補特伽羅，過去修因，順生善少順後惡多，故此補特伽羅人中命促，後生地獄鬼畜及阿素囉壽命乃長。

> どのような人が、人間としての命は短く、三悪道での命は長いのでしょうか。この人は、過去に善悪の原因となる行いを積んできましたが、その中で、現世での善い結果をもたらす行いは少なく、未来に悪い結果をもたらす行いが多いのです。それゆえ、この人は人間としての命は短く、その後に生まれる地獄・餓鬼・畜生・阿修羅の世界での命は長いのです。

「云何補特伽羅三塗命短人中命長？此一補特伽羅，過去修因，順生惡少順後善多，故此補特伽羅三塗壽短，後生人中壽命乃長。

> ある人は、なぜ地獄・餓鬼・畜生の三悪道での命は短く、人間に生まれてからの命は長いのでしょうか。この人は過去世において、悪い行いを少なくし、善い行いを多く積んできました。そのため、三悪道での寿命は短くて済み、その後人間に生まれてからは長い寿命を得ることができるのです。

「云何補特伽羅，生在人中及三塗內，壽命皆短？此一補特伽羅，過去修因，順生順後善惡俱少，故此補特伽羅，人及三塗壽命皆短。

> いかなる者が、人の中や三悪道の中に生まれても、寿命がみな短いのか。この者は、過去に修行して因を積んだが、順生と順後の善悪の業がともに少なかったがゆえに、この者は、人や三悪道において寿命がみな短いのである。

「云何補特伽羅命盡煩惱盡？云何補特伽羅，煩惱乃盡壽命不盡？謂預流、一來、不還、決定性者及不決定阿羅漢人。

> 「どのような人が、寿命が尽きるとともに煩悩も尽きるのでしょうか。どのような人が、煩悩が尽きても寿命は尽きないのでしょうか。それは、預流、一来、不還、決定の性質を持つ者、および不決定の阿羅漢となる人々のことです。」

「復云何業，有補特伽羅惡趣而生，形色身量端嚴殊妙，見者歡喜人皆愛樂？此一補特伽羅，於過去世修習忍行，破佛淨戒墮在惡趣受異類身，形色端嚴柔潤具足見者歡喜。

> また、どのような業によって、ある者は悪趣に生まれながらも、その姿かたちや体格が見事に整い美しく、見る者を喜ばせ、皆から愛されるのでしょうか。この者は過去世において忍耐を身につけながらも、仏の清らかな戒を破ったため、悪趣に堕ちて異類の身を受けましたが、その姿かたちは端麗でなめらかであり、見る者を惹きつけるのであります。

「復云何業，有補特伽羅生惡趣中，身體麁澁形色醜陋，人見不悅？謂此補特伽羅，於過去世性多瞋怒不修忍度，破佛淨戒又不發露，命終已後處異類中，形色醜陋身體麁澁，諸根缺減臭氣充滿，癡增闇昧見者不喜。

> さて、どのような業によって、ある人は悪趣に生まれ、体は粗く硬く、姿形は醜く、人々が見て喜ばないのでしょうか。それは、この人が過去世において、怒りが多く忍辱の修行をせず、仏の戒律を破りながらも告白しなかったからです。命終わった後、異類の中に生まれ、姿形は醜く、体は粗く硬く、諸根は欠け、臭気が満ち、愚かさが増して暗く、見る者は皆喜ばないのです。

「復次，十不善業獲果云何？殺命為因，壽量色力而非滿足；偷盜所得，霜雹蟲蝗飢饉水旱；邪欲所獲，外多塵垢妻不貞良；虛妄所獲，臭氣惡名人皆嫌厭；離間所獲，眷屬不和疾病縈纏；麁惡所獲，觸對硬澁果實非美；雜穢所獲，林木叢刺園苑荒殘；貪愛所獲，庫藏寡尠；瞋恚所獲，果味辛辣容貌醜惡；愚癡所獲，外色不潔果實虛耗；十不善業因之所得。

> 順に、十不善業がもたらす報いとはどのようなものかを示そう。殺生を因とすれば、寿命や体力、容姿が十分に満たされない結果を得る。偸盗（盗み）によって得られる報いは、霜や雹、虫や蝗（いなご）の害、飢饉、水害や干ばつである。邪淫によって得られる報いは、外に多くの塵芥（ちりあくた）があり、妻が貞節でないことである。虚偽の言葉によって得られる報いは、悪臭と悪い名声であり、人々に嫌われ忌避される。離間語（仲違いさせる言葉）によって得られる報いは、親族や眷属が不和となり、病気に纏わりつかれることである。粗悪な言葉によって得られる報いは、触れるもの全てが硬く澁（しぶ）く、果実が美味しくないことである。雑穢な言葉によって得られる報いは、林や木々に荊棘（いばら）が生い茂り、園苑が荒れ果てることである。貪愛によって得られる報いは、倉庫の蓄えが少なくなることである。瞋恚によって得られる報いは、果実の味が辛く、容貌が醜悪になることである。愚癡によって得られる報いは、外の色が清らかでなく、果実が虚しく消費されることである。これらはすべて、十不善業を因として得られる報いなのである。

「修十善業獲果云何？遠離殺害，壽量所依皆悉滿足；離於偷盜，飢饉風雹蟲蝗等災悉皆遠離；因無邪欲，美聲流播遠離塵垢；因無妄語，口常香潔；因無離間，眷屬和順，遠離高下霹靂霜雹；因無麁惡，果味甘美；遠離硬澁，因無雜穢，林木園苑遠離叢刺，皆悉滋潤；因無貪愛，倉庫果實充滿具足；因無瞋恚，身相圓滿諸根無缺；因無邪見，信心不斷，最上果實香美具足；修十善業感果如是。

> 十善業を修すると、どのような報いを得るのでしょうか。殺生を遠ざければ、寿命とそのよりどころがすべて満たされます。盗みを離れれば、飢饉や風害、雹、虫害、蝗の害などの災いがすべて遠ざかります。邪な欲がなければ、美しい名声が広く伝わり、汚れや塵から遠ざかります。偽りの言葉がなければ、口は常に清らかで香り豊かです。離間の言葉がなければ、家族や仲間は和やかに従い、高い低いの差や落雷、霜、雹から遠ざかります。粗悪な言葉がなければ、果物の味は甘美で、硬く渇いたものから遠ざかります。雑な汚れがなければ、林や木々、庭園は茨の茂みから遠ざかり、すべてが潤います。貪りの愛着がなければ、倉庫や果実は満ち足りて備わります。怒りがなければ、身体の相は円満で、諸々の感覚器官は欠けることがありません。邪見がなければ、信仰の心は絶えることなく、最も優れた果実は香り良く味わい深くして満ち足りています。十善業を修すれば、このような報いを得るのです。

「復次十惡，獲果有十。何等為十？殺生十者：一冤家轉多，二見者不喜，三有情驚怖，四恒受苦惱，五常思殺業，六夢見憂苦，七臨終悔恨，八壽命短促，九心識愚昧，十死墮地獄。復次偷盜報有十種。何等為十？一結宿冤，二恒疑慮，三惡友隨逐，四善友遠離，五破佛淨戒六王法謫罰，七恣縱𢠽逸，八恒時憂惱，九不自在，十死入地獄。復次邪欲報有十種。何等為十？一欲心熾盛，二妻不貞良，三不善增長，四善法消滅，五男女縱逸，六資財密散，七心多疑慮，八遠離善友，九親族不信，十命終三塗。復次妄語報有十種。何等為十？一口氣恒臭，二正直遠離，三諂曲日增，四非人相近，五忠言不信，六智慧尠少，七稱揚不實，八誠語不發，九愛論是非，十身謝惡趣。復次飲酒三十六過。其過云何？一資財散失，二現多疾病，三因興鬪諍，四增長殺害，五增長瞋恚，六多不遂意，七智慧漸寡，八福德不增，九福德轉減，十顯露祕密，十一事業不成，十二多增憂苦，十三諸根闇昧，十四毀辱父母，十五不敬沙門，十六不信婆羅門，十七不尊敬佛，十八不敬僧法，十九親近惡友，二十捨離善友，二十一棄捨飲食，二十二形不隱密，二十三淫欲熾盛，二十四眾人不悅，二十五多增語笑，二十六父母不喜，二十七眷屬嫌棄，二十八受持非法，二十九遠離正法，三十不敬賢善，三十一違犯過非，三十二遠離圓寂，三十三顛狂轉增，三十四身心散亂，三十五作惡放逸，三十六身謝命終墮大地獄受苦無窮。」

> 「また十の悪行には、それぞれ十の果報があります。どのような十かというと、殺生には十の報いがあります。一には怨みの相手が増えること、二には見る人が喜ばないこと、三には生きものが怖がること、四には常に苦しみ悩むこと、五にはいつも殺しの業を思い浮かべること、六には夢に憂い苦しみを見ること、七には臨終に悔やみ恨むこと、八には寿命が短いこと、九には心がおろかで暗いこと、十には死んで地獄に堕ちることです。 また盗みの報いにも十種あります。どのような十かというと、一には古い怨みを結ぶこと、二には常に疑い心を抱くこと、三には悪い友に付きまとわれること、四には善い友に遠ざけられること、五には仏の清らかな戒を破ること、六には国の法律で罰せられること、七にはほしいままに遊び放蕩すること、八には常に憂い悩むこと、九には思うままにならないこと、十には死んで地獄に入ることです。 また邪な欲の報いにも十種あります。どのような十かというと、一には欲の心が盛んであること、二には妻が貞節でないこと、三には不善が増えていくこと、四には善い法が滅びていくこと、五には男女が放逸になること、六には財産がひそかに散っていくこと、七には心に疑いが多いこと、八には善い友から遠ざかること、九には親族に信じてもらえないこと、十には命終わって三悪道に堕ちることです。 また嘘をつく報いにも十種あります。どのような十かというと、一には口臭が常に悪いこと、二には正しく正直な人から遠ざけられること、三にはおもねり曲がることが日ごとに増えること、四には人間でないものが近づいてくること、五には忠告を信じないこと、六には智慧が非常に少ないこと、七には称賛が真実でないこと、八には誠実な言葉が出てこないこと、九には是非を論じるのを好むこと、十には命終わって悪い世界に堕ちることです。 また酒を飲むことには三十六の過失があります。その過失とはどのようなものか。一には財産が散り失せること、二には多くの病気が現れること、三にはそれによって争いが起こること、四には殺し合いが増えること、五には怒りの心が増すこと、六には思い通りにならないことが多いこと、七には智慧が次第に少なくなること、八には福徳が増えないこと、九には福徳がかえって減ること、十には秘密が露わになること、十一には事業が成し遂げられないこと、十二には憂い苦しみが多く増すこと、十三には諸々の感覚がおろかで暗いこと、十四には父母を辱めること、十五には修行者を敬わないこと、十六にはバラモンを信じないこと、十七には仏を尊ばないこと、十八には僧と法を敬わないこと、十九には悪い友に親しむこと、二十には善い友を捨て離れること、二十一には食べ物を捨てること、二十二には身の隠すべき所を隠さないこと、二十三には淫らな欲が盛んになること、二十四には人々に喜ばれないこと、二十五には言葉や笑いが多くなること、二十六には父母が喜ばないこと、二十七には家族に嫌われること、二十八には非道なことを受け持つこと、二十九には正しい法から遠ざかること、三十には賢く善い人を敬わないこと、三十一には過ちを犯すこと、三十二には悟りの世界（涅槃）から遠ざかること、三十三には心の乱れがますます増すこと、三十四には心と体が散り乱れること、三十五には悪を行い放逸になること、三十六には命終わって大地獄に堕ち、限りない苦しみを受けることです。」

爾時佛告輸迦長者：「若復有人，於如來塔合掌恭敬，有十功德。何等為十？一貴族廣大，二妙色廣大，三形相廣大，四四事廣大，五珍財廣大，六美名廣大，七信根廣大，八憶念廣大，九智慧廣大，十藝業廣大。如是，長者！若復有人合掌恭敬如來之塔，獲斯功德。

> その時、仏はシューカ長者に告げられた。「もしも人が、如来の塔に向かって合掌し敬うならば、十の功徳を得るであろう。その十とは何か。第一に、高貴な生まれが広大となる。第二に、美しい姿が広大となる。第三に、立派な器量が広大となる。第四に、生活に必要なものが広大となる。第五に、財産が広大となる。第六に、名声が広大となる。第七に、信仰の心が広大となる。第八に、記憶力が広大となる。第九に、智慧が広大となる。第十に、技能や才能が広大となる。このように、長者よ。もしも人が合掌して如来の塔を敬うならば、これらの功徳を得るのである。」

「若復有人，於如來塔合掌禮拜，獲十功德。何等為十？一言辭柔軟，二智慧超群，三人天歡喜，四福德廣大，五賢善同居，六尊貴自在，七恒值諸佛，八親近菩薩，九命終生天，十速證圓寂；如是功德，禮拜佛塔獲如斯報。

> もしも誰かが、如来の塔（仏塔）に向かって合掌し礼拝するならば、十の功徳を得ることができます。その十とは何でしょうか。第一に、言葉が柔和になること。第二に、智慧が優れて優れること。第三に、人や天の者の歓喜を得ること。第四に、福徳が広大になること。第五に、善い人々と共に過ごすこと。第六に、尊く貴い立場で自由に生きられること。第七に、常に仏に出会うこと。第八に、菩薩に親しく近づくこと。第九に、命が終わった後、天に生まれること。第十に、速やかに悟りを成就すること。このような功徳が、仏塔を礼拝することで得られる報いなのです。

「若復有人拂拭佛塔，獲十功德。何等為十？一色相圓滿，二身體𦟛直，三音聲微妙，四遠離三毒，五路無叢刺，六種族最上，七崇貴自在，八命終生天，九體離垢染，十速證圓寂；如是功德，拂拭佛塔獲如斯報。

> もし人が仏塔を掃除すれば、十の功徳を得ることができる。その十とは何か。第一に、容姿が端麗で円満であること。第二に、身体がまっすぐでしっかりしていること。第三に、声が美しく澄んでいること。第四に、貪・瞋・痴の三毒から遠ざかること。第五に、道に荆棘や障害がないこと。第六に、高貴な家系に生まれること。第七に、尊ばれ、自由自在であること。第八に、命終わりの後、天に生まれること。第九に、身体が汚れや煩わしさから離れること。第十に、速やかに悟り（涅槃）を成就すること。このような功徳が、仏塔を掃除することで得られる報いなのである。

「若復有人，於如來塔布施傘蓋，獲十種功德。何等為十？一離熱惱，二心不散亂，三作世間主，四藝業廣大，五福德無量，六得轉輪王，七身相圓滿，八遠離三塗，九命終生天，十速證圓寂；如是功德，傘蓋施佛獲如斯報。

> また、もし人が如来の塔に傘蓋（さんがい）を布施したならば、十の功徳を得ることができる。その十とは何か。第一に、熱さや悩みから離れること。第二に、心が散乱しないこと。第三に、世間の主となること。第四に、技芸や事業が広大になること。第五に、福徳が限りないこと。第六に、転輪王を得ること。第七に、身の相が円満であること。第八に、三悪道から遠ざかること。第九に、命終わって天に生まれること。第十に、速やかに涅槃を証得すること。このような功徳が、傘蓋を仏に施すことによって得られる報いなのである。

「若復有人，於如來塔以鍾鈴布施，獲十種功德。何等為十？一端嚴無比，二妙音適悅，三聲同迦陵，四言辭柔軟，五見皆歡喜，六得阿難多聞，七尊貴自在，八美名流布，九往來天宮，十究竟圓寂；如是功德，布施鍾鈴所獲勝報。

> また、もし人が如来の塔（仏塔）に鐘や鈴を布施するならば、十種の功徳を得ることができる。その十とは何か。第一に、比べるものがないほど端正で美しいこと。第二に、素晴らしい声で人々を喜ばせること。第三に、迦陵頻伽（かるびょうが）の声のように美しい声を持つこと。第四に、言葉が柔らかく優しいこと。第五に、見る者すべてが喜びを感じること。第六に、阿難のように多くの教えを聞き記憶すること。第七に、尊く貴い地位で自由自在であること。第八に、美しい名声が広く伝わること。第九に、天宮を行き来できること。第十に、究極の悟りである円寂（涅槃）に達すること。このような功徳は、鐘や鈴を布施することによって得られる素晴らしい報いである。

「若復有人，於如來塔布施幢幡，有十功德。何等為十？一形容𦟛直長壽圓滿，二世間慇重，三信根堅固，四孝養父母，五親友眷屬皆悉廣大，六美名稱讚，七色相端嚴，八見者歡喜，九富貴上族自在生天，十速證圓寂；如是功德，施佛幢幡獲如斯報。

> また、もし人が如来の塔に幢幡を布施するならば、十の功徳がある。その十とは何か。一には、姿形が整って背が高く、長寿で円満であること。二には、世間から厚く敬われること。三には、信仰の心が堅固であること。四には、父母を孝養すること。五には、親しい友人や眷属が皆、広く多くいること。六には、美しい名声と称賛を得ること。七には、顔立ちが端正で荘厳であること。八には、見る人を喜ばせること。九には、富貴で高貴な家に生まれ、自在に天界に生まれること。十には、速やかに涅槃を証得すること。このような功徳があり、仏の幢幡を布施することで、このような報いを得るのである。

「若復有人，於如來塔以衣布施，獲十二種殊妙功德。何等十二？一身體𦟛直，二見者歡喜，三福相光潤，四色相微妙，五色形無比，六身無塵垢，七衣服鮮潔，八臥具細軟，九得大自在，十命終生天，十一見皆愛敬，十二速證圓寂；如是功德，施佛衣服獲如斯報。

> もしも誰かが、如来の塔に衣服を布施すれば、十二の素晴らしい功徳を得ることができます。その十二とは何か？一つ目は、身体がまっすぐで美しいこと。二つ目は、見る人すべてが喜ぶこと。三つ目は、福徳の相が輝きのあること。四つ目は、容貌の相が微細で美しいこと。五つ目は、姿形が比類ないこと。六つ目は、身体に塵や汚れがないこと。七つ目は、衣服が清らかで新しいこと。八つ目は、寝具が柔らかく心地よいこと。九つ目は、大きな自由を得ること。十つ目は、命が終わると天に生まれること。十一つ目は、見る人すべてに愛され尊敬されること。十二つ目は、速やかに涅槃を成就することです。このような功徳は、仏に衣服を布施することで得られる報いなのです。

「若復有人，於如來塔施花供養，功德有十。何等為十？一色相如花，二世間無比，三鼻根不壞，四身離臭穢，五妙香清淨，六往生十方淨土見佛，七戒香芬馥，八世間慇重得大法樂，九生天自在，十速證圓寂；如是功德，以花供養佛舍利塔獲如斯果。

> もし人が如来の塔に花を供えて供養すれば、功德は十種ある。何が十種か。第一に、容色が花のように美しい。第二に、世間で比べる者がない。第三に、鼻の感覚が衰えない。第四に、身体が污れや臭いから離れている。第五に、妙なる香りが清らかである。第六に、十方の浄土に生まれ変わって仏に会える。第七に、戒の香りが芳しく漂う。第八に、世間から厚く敬われ、大きな法の喜びを得る。第九に、天界に生まれて自在である。第十に、速やかに悟りを開く。このような功德が、花を仏舎利塔に供えることで得られる果報なのである。

「若復有人，以鬘布施如來之塔，獲十種功德。云何十種？一色妙如鬘，二身離臭穢，三形體清淨，四生十方佛土，五戒香芬馥，六恒聞妙香，七眷屬圓滿，八諸根適悅，九生天自在，十速證涅槃；如是功德，於如來塔施鬘供養，獲如斯報。

> また、ある人が華鬘（けまん）を如来の塔に供えたならば、十の功德を得ることができます。その十とは何か。第一に、その人の姿は華のように美しくなります。第二に、身に不浄の匂いがなくなります。第三に、身体が清らかになります。第四に、十方の仏の国に生まれます。第五に、戒の香りが馥郁（ふくいく）と漂います。第六に、常に微妙な香りを嗅ぎます。第七に、家族や従者が満ち足ります。第八に、五感すべてが快適で喜びに満ちます。第九に、天上に生まれて自由自在に過ごせます。第十に、速やかに涅槃を悟ります。このように、如来の塔に華鬘を捧げて供養することで、このような功德と報いを得るのです。

「若復有人，施燈供養佛舍利塔，獲十功德。云何十種？一肉眼清淨，二獲淨天眼，三離於三毒，四得諸善法，五聰明智慧，六遠離愚癡，七不墮黑闇三塗，八尊貴自在，九往生諸天，十速證圓寂；如是功德，施燈供養佛舍利塔，獲斯勝報。

> もし人が灯明を捧げて仏舎利塔を供養するならば、十の功徳を得ることができます。その十種とは何でしょうか？第一に、肉眼が清らかになること。第二に、清らかな天眼を得ること。第三に、三毒（貪・瞋・痴）から離れること。第四に、すべての善い法を得ること。第五に、聡明で智慧があること。第六に、愚かさから遠ざかること。第七に、暗黒の三悪道に堕ちないこと。第八に、尊く貴く自在であること。第九に、諸天に生まれること。第十に、速やかに涅槃を証得すること。このような功徳があり、灯明を捧げて仏舎利塔を供養する者は、このような素晴らしい果報を得るのです。

「若復有人，施塗香供養如來之塔，獲十功德。云何十種？一鼻根清淨，二身離臭穢，三身妙香潔，四形相端嚴，五世間恭敬，六樂法多聞，七尊貴自在，八聲譽遐布，九命終生天，十速證圓寂；如是十種功德，布施塗香供養如來舍利之塔，獲斯勝報。

> また、もし人が塗香を施して如来の塔を供養するならば、十の功徳を得ることができます。どのような十種かというと、第一に鼻の感覚が清らかになること、第二に体から悪臭がなくなること、第三に体が香しく清らかになること、第四に姿かたちが整って美しくなること、第五に世間から敬われること、第六に法を喜び多く聞くこと、第七に尊く高貴で自由自在であること、第八に名声が広く遠くに伝わること、第九に命終わった後に天に生まれること、第十に速やかに涅槃を証得することです。このような十の功徳は、塗香を施して如来の舎利塔を供養することで得られる素晴らしい果報なのです。

「若復有人，以妙音樂供養佛塔，獲於十種勝妙功德。何等為十？一身相端嚴，二見者歡喜，三音聲微妙，四言辭和順，五肢體適悅，六離瞋恚，七慶喜多聞，八崇貴自在，九命終生天，十速證圓寂；如是功德，以妙音樂供養佛塔，獲如斯報。

> もしも人が、微妙な音楽をもって仏塔に供養するならば、十種のすぐれた功徳を得ることができます。その十とは何か。第一に、身体の姿が端整で厳かであること。第二に、見る者すべてが欢喜すること。第三に、音声が微妙で美しいこと。第四に、言葉づかいが柔和で穏やかであること。第五に、肢体が快適で満ち足りること。第六に、怒りやいかりを離れること。第七に、喜び楽しみながら多くの教えを聞くこと。第八に、尊ばれ、自在であること。第九に、命が終わった後に天に生まれること。第十に、すみやかに悟りを証すること。これらの功徳は、妙なる音楽をもって仏塔に供養することで、このような報いを得るのです。

「若復有人，於如來塔歡喜讚歎，獲十八種勝妙功德。云何十八？一種族尊高，二形相端嚴，三圓滿𦟛直，四見聞歡喜，五資財無量，六眷屬廣大，七遠離散壞，八尊貴自在，九恒生佛土，十聲譽遐布，十一美德讚頌，十二四事豐足，十三天人供養，十四得轉輪王，十五壽命延長，十六體堅金剛，十七命終生天，十八速證圓寂；如是功德，歡喜讚歎佛舍利塔，獲斯勝報。

> もし誰かが如来の塔において喜びをもって讃嘆すれば、十八種の殊勝な功徳を得ることができる。その十八種とは何か。第一に、家柄が高く貴いこと。第二に、姿形が端正で美しいこと。第三に、身体が円満でまっすぐなこと。第四に、見る人聞く人を喜ばせること。第五に、財産や資産が限りなくあること。第六に、親族や家来が多く集うこと。第七に、散り散りにならず壊れることがないこと。第八に、尊く貴く自在であること。第九に、常に仏の国に生まれること。第十に、名声が広く遠くに届くこと。第十一に、美徳を称え讚えられること。第十二に、衣・食・寝具・薬の四つの供えものが豊かに満ちること。第十三に、天や人々から供養されること。第十四に、転輪王の位を得ること。第十五に、寿命が長く延びること。第十六に、身体が金剛のように堅固であること。第十七に、命を終えた後、天に生まれること。第十八に、速やかに涅槃を証得すること。これらの功徳は、仏の舎利塔を喜び讚えることによって得られる、このような殊勝な果報なのである。

「若復有人，施佛床座，獲十種功德。何等為十？一德業尊重，二世間稱讚，三肢節多力，四名稱遠聞，五德美歌頌，六安和適悅，七獲轉輪王座僕從眾多，八見者歡喜，九生天自在福相具足，十速證圓寂；如是功德，施佛床座獲斯勝報。若復有人，布施鞋履供養僧佛，功德有十。云何十種？一威儀師範，二象馬無闕，三行道勇健，四身無疲乏，五足步無損，六離荊棘沙礫，七獲神足通，八僕從眾多，九生天自在，十速證圓寂；如是功德，鞋履布施佛比丘等，獲如斯報。

> また、もし人が仏に寝床や座具を施せば、十種の功徳を得る。その十種とは何か。第一に、徳と業が尊重されること。第二に、世間から称賛されること。第三に、手足の節々に力が満ちること。第四に、名声が遠くまで聞こえること。第五に、美しい徳が歌い称えられること。第六に、安らかで和やかで心地よいこと。第七に、転輪聖王の座を得て、多くの従者に囲まれること。第八に、見る者すべてが喜ぶこと。第九に、天に生まれて自在の福相を具えること。第十に、速やかに涅槃を証得すること。このような功徳が、仏に寝床や座具を施すことで得られる勝れた報いである。 また、もし人が靴や履物を布施して僧や仏に供養すれば、功徳は十種ある。その十種とは何か。第一に、威儀が整い師範となること。第二に、象や馬が欠けることなく備わること。第三に、道を行くのに勇猛で健やかであること。第四に、身体に疲れがなくなること。第五に、歩く足に損傷がないこと。第六に、荊棘や砂利から遠ざかること。第七に、神足通を獲得すること。第八に、多くの従者がいること。第九に、天に生まれて自在であること。第十に、速やかに涅槃を証得すること。このような功徳が、靴や履物を仏や比丘たちに施すことで得られる報いである。

「若復有人，以鉢器什物施佛及僧，功德有十。云何十種？一形色光潤，二器物具足隨意受用，三離諸飢渴，四珍寶豐足，五遠離惡趣，六人天歡喜，七福相圓滿，八尊貴自在，九恒生諸天，十速證圓寂；如是功德，布施器物獲如斯報。

> また、もし人が鉢や器具などの品物を仏と僧侶に施すならば、その功徳には十の種類があります。その十種とは何でしょうか。一つ目は、容姿が美しく輝くこと。二つ目は、必要な道具が十分に揃い、思いのままに使えること。三つ目は、飢えや渇きから離れられること。四つ目は、財宝が豊かになること。五つ目は、悪い境遇から遠ざかること。六つ目は、人々や天から喜ばれること。七つ目は、福徳の相が完全に備わること。八つ目は、高貴で自由自在であること。九つ目は、常に天に生まれること。十つ目は、速やかに涅槃を成就することです。このように、器物を施すことで、このような功徳の報いを得ることができるのです。

「若復有人，齋食供養佛及眾僧，功德有十。云何為十？一壽命延長，二形色圓滿，三肢節多力，四記憶不忘，五智慧辯才，六眾覩歡喜，七豐足珍寶，八人天自在，九命終生天，十速證圓寂；如是十種勝妙功德，施佛及僧齋食供養，獲如斯果。

> また、もし人が斎食をもって仏と僧衆に供養するならば、功德は十種あります。その十種とは何か。第一に寿命が延びること、第二に姿形が円満であること、第三に手足が力強いこと、第四に記憶が衰えないこと、第五に智慧と弁才があること、第六に多くの人々に喜ばれること、第七に珍宝が豊かにあること、第八に人や天において自在であること、第九に命終わった後に天に生まれること、第十に速やかに涅槃を証得することです。このような十種の勝れた妙なる功德は、仏と僧に斎食を供養することで得られる果报なのです。

「若復有人，以象馬車乘施佛及僧，功德有十。云何為十？一足相柔軟，二威儀無缺，三身離疲乏，四安樂無病，五冤家遠離，六神足自在，七僕從眾多，八人天福相見皆歡喜，九命終生天，十速證圓寂；如是功德，以車乘象馬施佛及僧，獲如斯報。

> また、ある人が象や馬、車両を仏と僧侶に施すならば、得られる功德は十種あります。どのような十種かと言えば、第一に足の相が柔らかくなること、第二に威儀に欠けるところがないこと、第三に身が疲れにくくなること、第四に安楽で病がないこと、第五に怨みのある者から遠ざけられること、第六に神通力が自在に働くこと、第七に多くの召使いや従者が得られること、第八に人天の福相が現れ、見る者すべてが喜ぶこと、第九に命終わって天に生まれること、第十に速やかに涅槃を成就することです。これらの功德は、車や象、馬を仏と僧侶に施すことによって得られる報いなのです。

「若復有人，修嚴房室屋宇殿堂施佛及僧，功德眾多行相云何？恒離驚怖身心安樂；所得臥具細軟最妙；衣服嚴身香潔清淨；人間天上五欲自在；剎帝利婆羅門大姓種族，及長者居士宰官商主，聚落城邑國王大臣，隨願滿足皆悉成就。若於轉輪聖王，隨其福力，一洲二洲乃至四洲，王化自在。若於六欲諸天、四王、忉利，乃至他化自在，願皆成就，隨意生彼。若復有人由前福力，於色界諸天，梵眾、梵輔乃至色究竟天，皆悉成就隨願生彼。若復有人於無色界空無邊處，乃至非想非非想處，皆悉成就。若於預流、一來、不還、阿羅漢果、緣覺，乃至無上菩提，隨其所應皆得成就。如是功德差別無量，因修房室殿堂樓閣施佛及僧，獲如斯報。

> また、もし人が立派な室や堂、殿堂、楼閣を修理・建築して仏と僧伽に施すならば、その功徳はどれほど多く、どのようなものがあるでしょうか。常に恐怖や驚きから離れ、心身は安らかで楽しく過ごせます。得る寝具は柔らかくて最も素晴らしく、衣服は身を飾り香り高く清らかで、人間界や天上の五欲において自在に楽しめます。王族やバラモンといった高貴な家柄や、長者・在家の信者・役人・商人の長、村や町、都や国、王や大臣など、願うままに満たされ、すべて成就します。もし転輪聖王となれば、その福力に応じて、一つの洲、二つの洲、さらには四つの洲までも王として自在に統治できます。また、六欲天の四王天や忉利天から他化自在天に至るまで、願うままに成就し、思うままにその天に生まれられます。さらに、その福力によって色界の諸天、すなわち梵衆天・梵輔天から色究竟天に至るまで、すべて成就し、願うままにそこに生まれます。また、無色界の空無辺処から非想非非想処に至るまでも、すべて成就します。預流果・一来果・不還果・阿羅漢果・縁覚、さらには無上の菩提に至るまで、その人に応じてすべて成就するのです。このように功徳の違いは限りなく多くありますが、すべては房室や殿堂・楼閣を修理して仏と僧伽に施したことによって、このような報いを得るのです。

「若復有人，以美飲湯藥施佛及僧，獲十種功德。云何十種？一諸根圓滿，二清淨鮮潔，三額廣平正，四容貌熙怡，五形色光潤，六福德圓滿，七離飢渴，八遠離三惡，九生天自在，十速證圓寂；如是功德，施佛及僧美飲湯藥，獲如是報。

> もしまた誰かが、美味しい飲み物や薬湯を仏と僧侶に施すならば、十の功徳を得るでしょう。その十の功徳とは何でしょうか？第一に、すべての感覚器官が円満に備わること。第二に、清らかで輝くこと。第三に、額が広く平らで正しいこと。第四に、顔つきが明るく和やかなこと。第五に、身体の色つやが美しく潤うこと。第六に、福徳が円満にそろうこと。第七に、飢えや渇きから離れること。第八に、三つの悪道（地獄・餓鬼・畜生）から遠ざかること。第九に、天界に生まれて自由に生きられること。第十に、速やかに悟り（涅槃）を証得すること。このような功徳が、仏と僧侶に美味しい飲み物や薬湯を施すことによって得られる報いなのです。

「若復有人歸佛出家，功德有十。云何為十？一遠離妻室，二染欲不貪，三愛樂寂靜，四諸佛歡喜，五遠離邪魔，六近佛聽法，七遠離三惡，八諸天愛敬，九命終生天，十速證圓寂；如是十種功德，歸佛出家獲如斯報。

> また、もし人が仏に帰依して出家するならば、その功徳には十の種類があります。どのような十かというと、第一に、妻子のある生活から遠ざかること。第二に、欲望に対して貪ることがないこと。第三に、静けさを愛し喜ぶこと。第四に、諸仏が喜ばれること。第五に、邪悪なものから遠ざかること。第六に、仏に近づいて教えを聞くこと。第七に、三つの悪道（地獄・餓鬼・畜生）から遠ざかること。第八に、天の人々から愛され敬われること。第九に、命が終わった後、天に生まれること。第十に、速やかに悟りを成就すること。このように、帰仏して出家することの十種の功徳には、このような報いがあるのです。

「若有比丘在林野中寂靜而居，有十種功德。云何為十？一遠離闠閙，二清淨香潔，三禪定成就，四諸佛愛念，五離中夭，六多聞總持，七成就舍摩他、尾鉢舍那，八煩惱不起，九命終生天，十速證圓寂；如是功德，林野中住比丘修行，獲如斯報。

> もし比丘が林の中に住み、静かに過ごすならば、十の功徳がある。その十とは何か。第一に、騒がしい場所から遠ざかること。第二に、清らかで香り高いこと。第三に、禅定が成就すること。第四に、諸仏に愛され、心に留められること。第五に、若くして命を終えることがないこと。第六に、多くの教えを聞き、よく記憶すること。第七に、止観（しゃまた・びぱしゃな）を成就すること。第八に、煩悩が起こらないこと。第九に、命終の後、天に生まれること。第十に、速やかに悟りを果たすこと。このような功徳があるので、林の中に住む比丘は修行することによって、このような報いを得るのである。

「若有比丘持鉢乞食，有十種功德。云何十種？一威儀無缺，二成熟有情，三遠離慢心，四不貪名利，五福田周普，六諸佛歡悅，七紹隆三寶，八梵行圓滿捨下劣意，九命終生天，十究竟圓寂；如是功德，若常持鉢乞食所獲。若有比丘持鉢乞食，遠離十種黑闇，始獲如是十種功德，云何十種？一了知出入聚落有益無益，二了知族姓行時有益無益，三了知說法有益無益，四了知親近阿闍梨和尚有益無益，五了知慈心化利眾生有益無益，六了知親近遠離有益無益，七了知習學戒定慧三有益無益，八了知檀信施衣有益無益，九了知持鉢里巷之中有益無益，十了知受用臥具湯藥，乃至命終已來有益無益；如此了知，獲如是等十種勝報。」

> 「もし比丘が鉢を持って托鉢（たくはつ）を行うならば、十の功徳がある。その十とは何か。第一に、威儀（いぎ）に欠けるところがないこと。第二に、衆生（しゅじょう）を成熟させること。第三に、傲慢（ごうまん）な心を遠ざけること。第四に、名利（みょうり）を貪（むさぼ）らないこと。第五に、福田（ふくでん）が広く行き渡ること。第六に、諸仏（しょぶつ）が喜ばれること。第七に、三宝（さんぼう）を引き継ぎ盛んにすること。第八に、清らかな行いが円満で、卑しい心を捨てること。第九に、命終（めいじゅう）の後、天に生まれること。第十に、究極の悟りである涅槃（ねはん）に至ること。このような功徳は、常に鉢を持って托鉢を行うことで得られるのである。 また、もし比丘が鉢を持って托鉢を行い、十種の暗闇（あんこく）を遠ざけて、初めてこの十種の功徳を得るのである。その十とは何か。第一に、村や町に入ることの利益と不利益をはっきり知ること。第二に、托鉢する家々を巡るときの利益と不利益をはっきり知ること。第三に、説法（せっぽう）の利益と不利益をはっきり知ること。第四に、師匠や和尚（おしょう）に親しむことの利益と不利益をはっきり知ること。第五に、慈しみの心で衆生を教化（きょうけ）し利益することの利益と不利益をはっきり知ること。第六に、親しむことと遠ざかることの利益と不利益をはっきり知ること。第七に、戒（かい）・定（じょう）・慧（え）の三学（さんがく）を学ぶことの利益と不利益をはっきり知ること。第八に、信心深い施主（せしゅ）が衣服を施すことの利益と不利益をはっきり知ること。第九に、鉢を持って町の中を歩くことの利益と不利益をはっきり知ること。第十に、寝具や薬などを使うことの利益と不利益を、命が終わるまでに至るまで、はっきりと知ること。このように正しく知ることによって、このような十の優れた果報を得るのである。」

爾時佛告輸迦長者子言：「業因業生、業因業滅，業有前後、引滿差別，報乃高低愚智懸隔。」

> その時、仏はシューカ長者の子に告げて言われた。「業には因があり、業によって生じ、業によって滅する。業には前後の区別があり、引き寄せる力と満たす力に違いがある。その報いには高低があり、愚かさと知恵の差は大きく隔たっているのだ。」

說此法時，於是輸迦長者白佛言：「世尊！此舍衛國塢播塞迦族姓之中，及餘一切剎帝利婆羅門等族姓之中，聞皆歡喜憶念受持，我等眷屬皆悉愛樂長夜安樂，利益自他無有窮盡。」

> この法をお説きになったとき、長者の輸迦が仏に申し上げました。「世尊よ、この舎衛国の在家の信者たちの一族、またそのほかのすべての王族や婆羅門などの家柄の人々も、この教えを聞いて皆喜び、心に留めて実践いたしましょう。私たちの家族も皆この教えを愛し喜び、長く安らかに暮らすことができるでしょう。自分と他者の利益は限りなく続くのです。」

佛言：「善哉善哉！輸迦長者！如汝所說。」

> 仏は言われた。「善きかな、善きかな。シューカ長者よ、あなたの言う通りである。」

爾時世尊說是語已，兜儞野子輸迦長者，及諸苾芻、無量百千人非人等，歡喜踊躍，禮佛而退。

> その時、世尊がこの教えを説き終えられると、兜儞野の子である輸迦長者や、多くの僧侶たち、そして無数の人々や非人たちは皆、喜びのあまり心が躍り、仏に礼拝してから退场したのであった。

## 分別善惡報應經卷下

> 分別善悪報応経 巻下