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title: "法華經科註 · 授學無學人記品第九"
description: "徐行善所著《法華經科註》是元代对《妙法莲华经》的重要科判注释著作。该书依天台宗教义，对经文进行科分判释，系统梳理其组织结构与精深义理，旨在引导学人深入理解一乘实相、会三归一等核心思想。其内容涵盖经题释义、科文大纲、名相注解及修行要旨，结构严谨，释义明晰。作为汉传佛教注疏传统的典范之作，它不仅反映了元代天台宗的法华研习水平，更为后世研究、弘扬《法华经》提供了权威依据，在佛教典籍阐释史上占有重要地位。"
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△二授學無學人記品授二千人記二初品目。

玅法蓮華經授學無學人記品第九正經云授阿難羅云決品

> 妙法蓮華経 学無学人の記別を受ける品 第九 <note>正経には、「阿難と羅睺羅に決別を授ける品」とある。</note> その時、阿難と羅睺羅がこう思いました。「私たちも、きっと将来、仏になるという予言（記別）をいただけるだろうか。」 そして、心の中で深く願い、仏の前に進み出て、ひざまずいてこう申し上げました。「世尊よ、私たちもまた、この縁に預かりたいと願います。ただ、如来の御心のままにお任せいたします。」 その時、仏は阿難に告げられました。「あなたは来世において、仏となるであろう。その名は、山海慧自在通王如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・

研真斷惑慕求勝見名之為學即三果四向真無漏慧也真窮惑盡勝見已極無所復學名為無學即阿羅漢果約教者折法研真名學惑盡真窮名無學三藏意也體法研真名學無真無惑名無學通意也自淺之深名學通別惑盡權實理窮名無學別意也研如來藏有學無學法性實相非學非無學而學而無學圓意也是二千人或是學或是無學同是一流一時受記同一名號故別為一品本迹者阿難迹為學人羅睺羅迹為無學而本地不可思議以例餘二千人亦應各有本迹此品是授記中第二段也。

> 真実を究め、煩悩を断ち、優れた見解を求めることを「学」と呼びます。これは、三果（さんか）・四向（しこう）の聖者が持つ真の無漏の智慧（むろのちえ）のことです。真実を極め、煩悩を断ち尽くし、優れた見解が完成したので、もはや学ぶべきものがない状態を「無学」と呼びます。これは阿羅漢果（あらかんか）のことです。 教えに基づいて説明すると、煩悩を分析して真実を究めるのが「学」であり、煩悩を断ち尽くして真実を極めるのが「無学」です。これは三蔵教（さんぞうきょう）の立場です。 諸法をありのままに観じて真実を究めるのが「学」であり、真実も煩悩もないと体得するのが「無学」です。これは通教（つうきょう）の立場です。 浅い教えから深い教えへと進むのを「学」といい、通教と別教（べっきょう）の煩悩を断ち尽くし、権（かり）の教えと実（じつ）の教えの理を極めるのを「無学」とします。これは別教の立場です。 如来蔵（にょらいぞう）を研鑽することが「有学・無学」であり、法性（ほっしょう）・実相（じっそう）は「学」でも「無学」でもなく、しかも「学」であり「無学」である。これが円教（えんぎょう）の立場です。 この二千人の比丘

△二經文二初請記二初二人請二初默念得記。

> △ 二経文二　初請記二　初二人請二　初黙念得記

爾時阿難羅睺羅而作是念我等每自思惟設得授記不亦快乎。

> その時、阿難と羅睺羅はこう思いました。「私たちもいつも考えている。もし授記を得られたなら、それほど嬉しいことはないだろう。」

△二發言請記二初引例。

> では、お言葉をもってお許しを願います。まず、先例を引いて申し上げます。

即從座起到於佛前頭面禮足俱白佛言世尊我等於此亦應有分唯有如來我等所歸。

> そこで立ち上がり、仏の前に進み出て、頭を地につけて仏の足に礼をし、皆で仏に申し上げました。「世尊よ、私たちにもまた、この（悟りの）分け前があるはずです。ただ、如来こそが私たちの帰依するところなのです。」

△二引望。

> △二引望とは、過去・現在・未来を見渡すことをいう。

又我等為一切世間天人阿修羅所見知識阿難常為侍者護持法藏羅睺羅是佛之子若佛見授阿耨多羅三藐三菩提記者我願既滿眾望亦足。

> また、私たちは一切の世間の天、人、阿修羅から知識を得る存在です。 阿難は常に侍者として法の宝庫を守り伝えています。 羅睺羅は仏の子です。 もし仏が阿耨多羅三藐三菩提の記別を私に授けてくだされば、 私の願いは満たされ、皆の望みも十分に叶うでしょう。

二人於佛最親時眾所望羅雲是佛子俗中親重阿難持佛法藏道中親勝勝重兩人不蒙別記則眾望不足也問若重若勝應同上流又如列眾二人在多知識中獲記何意居下答總與千二百記二人已同上流今更索別記又阿難是學人羅云弟子位故入學無學章耳。

> 仏に最も近く、時に大衆の尊敬を集める二人がいる。羅雲（らうん）は仏の実子であり、世俗において親しく重んじられた。阿難（あなん）は仏法の宝藏を継承し、修行の道において親しく優れていた。このように優れて重んじられる二人が、別個の授記（じゅき）を受けなければ、大衆の期待は満たされない。 問う：もしこの二人が「重んじられる」や「優れている」のなら、上流の列に加わるべきではないか。また、大衆の列挙において、二人は多知識（たちしき）の中にあり、授記を得ているのに、なぜ下位に置かれるのか。 答える：総じて千二百人の授記はすでに二人も上流に含まれている。今、さらに別個の授記を求めるのである。また、阿

△二二千請。

> 二千人のお弟子さんたちがお招きに応じました。

爾時學無學聲聞弟子二千人皆從座起偏袒右肩到於佛前一心合掌瞻仰世尊如阿難羅睺羅所願住立一面。

> その時、修行を終えた者と修行中の者、合わせて二千人の声聞の弟子たちが皆、座を立って右肩をあらわにし、仏の前に進み出ました。そして心を一つにして合掌し、世尊を敬いながら仰ぎ見ました。阿難や羅睺羅がそうしたように、彼らもまた願いを込めて、一かたまりとなってその場に立ち並びました。

二千請記但有默念引例二意同於二人故言如阿難等願耳不發言請者非如二人親重親勝故也。

> 二千請記には、ただ心の中で念じるだけで例を引くという意味があり、二人の場合と同じ理由で「阿難などの願いのようである」と言うのです。声に出して請願しないのは、この二人のように親しく大切にされているわけではないからです。

△二授記二初記二人二授二千初文又二初記阿難五初長行明修因得果。

> 二、授記の章。 （一）人に授記することを説く。 （１）まず、二人に授記する。 （イ）授記の文、さらに二つに分かれる。 （ⅰ）最初に阿難に授記する。五つの段がある。 （ⅰ‐１）長行（散文）で、修行の因と得る果報を明らかにする。

爾時佛告阿難汝於來世當得作佛號山海慧自在通王如來應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊當供養六十二億諸佛護持法藏然後得阿耨多羅三藐三菩提教化二十千萬億恒河沙諸菩薩等令成阿耨多羅三藐三菩提國名常立勝幡其土清淨瑠璃為地劫名妙音徧滿其佛壽命無量千萬億阿僧祇劫若人於千萬億無量阿僧祇劫中算數校計不能得知正法住世倍於壽命像法住世復倍正法阿難是山海慧自在通王佛為十方無量千萬億恒河沙等諸佛如來所共讚歎稱其功德。

> その時、仏は阿難に告げられた。「あなたは未来世において、必ず仏となるであろう。その名を山海慧自在通王如来・応供・正遍知・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師・仏世尊という。 あなたは六十二億の諸仏に供養し、法蔵を護り持った後に、無上正等覚（阿耨多羅三藐三菩提）を得るであろう。また、二十千万億恒河沙の菩薩たちを教化し、彼らをして無上正等覚を成就させしめるであろう。 その国の名は常立勝幡という。その国土は清らかで、瑠璃を大地とする。劫の名は妙音遍満という。その仏の寿命は、無量千万億阿僧祇劫であり、もし人が千万億無量阿僧祇劫の間、計算しても知り得ない。 正法の住む期間は寿命の倍、像法の住む期間はさらに正法の倍である。 阿難よ、この山海慧自在通王仏は、十方の無量千万億恒河沙の諸仏如来によって、その功徳を共に称賛されるのである。」

阿難為今佛侍者護持法藏於六十二億佛所亦護法藏如今不異爾後方得菩提此自行修因得果也教化二十千萬億菩薩等即果後化他令他修因得果也。

> 阿難は、今の仏の侍者として仏法を守り伝え、六十二億の仏のもとでも同じく法蔵を護持しました。その後、初めて悟りを開きました。これは自ら修行の因を積み、その果を得るという意味です。また、二十千万億の菩薩たちを教化したのは、悟りの後に他者を導き、彼らにも修行の因を積ませて果を得させるという意味です。

△二偈頌明修因得果。

> １．修行の因を示し、その果を得ることを明かす偈と頌

爾時世尊欲重宣此義而說偈言。

> その時、世尊はこの教えの意味を改めて明確に示そうとして、次のように偈（うた）を説かれました。

我今僧中說阿難持法者當供養諸佛然後成正覺號曰山海慧自在通王佛其國土清淨名常立勝幡教化諸菩薩其數如恒沙佛有大威德名聞滿十方壽命無有量以愍眾生故正法倍壽命像法復倍是如恒河沙等無數諸眾生於此佛法中種佛道因緣。

> 今、私は僧侶の皆さんに告げます。阿難は法を守る者であり、諸仏に供養を捧げ、その後、正覚を成就して、その名を山海慧自在通王仏と称するでしょう。その国は清らかで、常立勝幡と名付けられます。無数の菩薩たちを教化し、その数はガンジス川の砂のように無量です。仏は大いなる威徳を備え、その名声は十方に満ち渡ります。寿命には限りがなく、衆生を哀れむがゆえに、正法は寿命の倍の期間続き、像法もまたその倍続きます。ガンジス川の砂のように無数の衆生が、この仏法の中で仏道の因縁を植えるでしょう。

△三八千菩薩等生疑。

> △三千の菩薩たちが疑問を抱きました。

爾時會中新發意菩薩八千人咸作是念我等尚不聞諸大菩薩得如是記有何因緣而諸聲聞得如是決。

> その時、会場にいた新たに発心した八千の菩薩たちは、皆こう思った。「私たちは、大菩薩たちがこのような記別（未来の成仏を予言すること）を受けたのをまだ聞いたことがない。それなのに、どういう因縁で、声聞たちがこのような決定（成仏の保証）を受けたのだろう。」

八千菩薩疑者通疑聲聞今日發心即蒙佛記國淨若此何故昔於方等記諸菩薩無量劫行乃得佛說。

> 八千もの菩薩たちが抱いた疑問は、声聞にも共通するものだった。「今日、発心した者が即座に仏の記別を得て、その浄土もこのように清らかであるというのなら、なぜかつて方等経において、多くの菩薩たちが無量劫もの修行を経て初めて仏となるという記別が説かれたのだろうか」

△四如來為發迹釋疑。

> △四番目として、如来が人々の疑問を解きほぐすために、その真実を示される。

爾時世尊知諸菩薩心之所念而告之曰諸善男子我與阿難等於空王佛所同時發阿耨多羅三藐三菩提心阿難常樂多聞我常勤精進是故我已得成阿耨多羅三藐三菩提而阿難護持我法亦護將來諸佛法藏教化成就諸菩薩眾其本願如是故獲斯記。

> その時、世尊は菩薩たちの心の内をご存じになり、彼らに告げられました。 「善き者たちよ、私と阿難は、空王仏のもとで同時に無上正等覚（阿耨多羅三藐三菩提）の心を起こした。 阿難は常に多くの教えを聞くことを好み、私は常に精進に励んだ。 そのため、私はすでに無上正等覚を成就したのだ。 一方、阿難は私の教えを守り、また未来の諸仏の教えの宝庫を守り、多くの菩薩たちを導き成就させる。 これが彼の本来の願いであり、そのためにこの授記を得たのである。」

佛因眾疑即為發迹釋疑阿難昔日與我同發大心即是同學由我精進前超得佛由我多聞猶故持經迹為侍者本地如此今授妙記何足可疑。

> 仏は、大衆の疑惑によって、すぐにその因縁を明かし、疑いを解かれた。阿難よ、昔、あなたは私と共に大いなる志を起こした。すなわち、同じく学び合う仲間である。私が精進して先に仏となったのは、あなたが多聞を誇り、今なお教えを守り、その跡として侍者となったからである。本地がこのようなものである以上、今、妙法の記別を授けることに、何の疑いがあろうか。

△五明阿難顯本述歎二初長行。

> 五明：阿難が本地を顕し、述べて歎ずること。 初めに長行。

阿難面於佛前自聞授記及國土莊嚴所願具足心大歡喜得未曾有即時憶念過去無量千萬億諸佛法藏通達無礙如今所聞亦識本願爾時阿難而說偈言。

> アーナンダ（阿難）は、仏の前で自らが授記を受け、国土の荘厳とすべての願いが満たされるという話を聞いて、心から大いに喜び、これまでにない感動を覚えました。するとすぐに、過去無量千万億の諸仏の教えの宝庫を思い出し、通達して障りなく、今聞いたことと同じく、元々の本願をも悟りました。その時、アーナンダは偈を唱えてこう言いました。

△二偈頌。

> 二つの偈頌（うた）があります。

世尊甚希有令我念過去無量諸佛法如今日所聞我今無復疑安住於佛道方便為侍者護持諸佛法。

> 世尊は、まことに希有な方です。 私に、過去の無数の仏陀の教えを、 今日お聞きした通りの法として、思い出させてくださいました。 私は今、もはや疑いを抱くことなく、 仏の道に安住しています。 （そして私は）諸仏の教えを守り支えるため、 善巧な方法をもって、そのおそば近くに仕える者となりましょう。

△二記羅云二初長行。

> ＜羅ごうを説くこと。初めに長行。＞

爾時佛告羅睺羅汝於來世當得作佛號蹈七寶華如來應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊當供養十世界微塵等數諸佛如來常為諸佛而作長子猶如今也是蹈七寶華佛國土莊嚴壽命劫數所化弟子正法像法亦如山海慧自在通王如來無異亦為此佛而作長子過是已後當得阿耨多羅三藐三菩提。

> その時、仏は羅睺羅に告げられた。「汝は来世において仏となり、その名を『七宝華を踏む如来（蹈七宝華如来）』と称するであろう。すなわち、応供、正遍知、明行足、善逝、世間解、無上士、調御丈夫、天人師、仏世尊である。汝は十世界の微塵の数にも等しい諸仏如来を供養し、常にその諸仏の長子（最も優れた弟子）となるであろう。今、この私（釈迦）がそうであるように。その『七宝華を踏む如来』の国土の荘厳、寿命の劫数、教化した弟子の数、正法・像法の期間は、すべて山海慧自在通王如来と異なるところがない。また、汝はこの仏の長子となり、その後の功徳を積んで、ついに無上正等正覚（阿耨多羅三藐三菩提）を成就するであろう。」

△二偈頌。

> 二つの偈頌（うた）があります。

爾時世尊欲重宣此義而說偈言。

> その時、世尊はこの教えの意味を改めて明確に示そうとして、次のように偈（うた）を説かれました。

我為太子時羅睺為長子我今成佛道受法為法子於未來世中見無量億佛皆為其長子一心求佛道羅睺羅密行唯我能知之現為我長子以示諸眾生無量億千萬功德不可數安住於佛法以求無上道。

本是菩薩迹為小乘以迹覆本名為密行。

> もともとは菩薩でしたが、修行者としての小さな乗り物に身を置き、その姿で本来の姿を隠していることを「密行」といいます。

△二授二千三初長行。

> △二 二千三に授く 初めに長行。

爾時世尊見學無學二千人其意柔輭寂然清淨一心觀佛佛告阿難汝見是學無學二千人不唯然已見阿難是諸人等當供養五十世界微塵數諸佛如來恭敬尊重護持法藏末後同時於十方國各得成佛皆同一號名曰寶相如來應供正徧知明行足善逝世間解無上士調御丈夫天人師佛世尊壽命一劫國土莊嚴聲聞菩薩正法像法皆悉同等。

△二偈頌。

爾時世尊欲重宣此義而說偈言。

是二千聲聞今於我前住悉皆與授記未來當成佛所供養諸佛如上說塵數護持其法藏後當成正覺各於十方國悉同一名號俱時坐道場以證無上慧皆名為寶相國土及弟子正法與像法悉等無有異咸以諸神通度十方眾生名聞普周徧漸入於涅槃。

△三喜記。

爾時學無學二千人聞佛授記歡喜踊躍而說偈言世尊慧燈明我聞授記音心歡喜充滿如甘露見灌。

中道種智之慧照徹三諦源底復能破諸眾生煩惱惑暗故云慧燈明也。