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title: "金剛經闡說 · No. 508-B 捐刊金剛經闡說序"
description: "清代谢仁澍所著《金剛經闡說》，又名《存吾闡說》，成书于清代中后期。该书是对佛教根本经典《金刚经》的注疏阐义，内容以逐句阐释经义为主，融合了禅宗心法与净土思想，强调离相破执、明心见性的修行宗旨。作为清代重要的《金刚经》注疏之一，本书语言平实，说理透彻，在佛教义理研究与修行实践层面均具较高参考价值，是研究清代佛教思想及《金刚经》流传的重要文献。"
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### No. 508-B捐刊金剛經闡說序

> No. 508-B 寄進刊行『金剛経』解説序

葢聞佛道宏深，以慈悲而利物；神功廣大，以智慧而覺人。故先天地而不見其始，後天地而不見其終。觀於金剛般若波羅蜜經，葢可見矣。是經也，論不空之空，證無相之相。闡明虗妄，即六如而可知；推測根源，於四相而可悟。誠諸佛傳燈之奧旨，大乘闡道之統宗，而羣生明心見性之心法也。雖然，法由心得，非經無以寓夫法；經因人明，非言無以著夫經；世以經傳，非梓無以公夫世。考自唐、宋以至元、明，釋是經、鋟是經者，分門別戶，汗牛充棟，而求其剖真言之至當，衷秘旨之弗違，唯白雲山人之金剛經闡說為甚詳矣。夫白雲山人者，古閩鄉進士　存吾陳先生也。先生諱玉篇。公身膺花縣，治試絃歌；職歷黃堂，春分桃李。公餘之暇，仰慕真如，闡說此經，通明法相。使讀之者如仰寶鏡於中天，誦之者若得明珠於滄海。惜乎因心種果，棃棗未登；幸也以福為田，子孫永守。無奈一字一編，必藉檀那之力；寸楮寸版，無非長者之金。於是冀樂善之有同心，望樂施而無吝色。或慨捐白鏹，固屬落落大方；或勉助青蚨，亦願多多益善。伏祈共鑒葵心，少伸蓮舌。俾夫鏤成卷軸，用廣如來之慈悲；刷送流傳，大啟眾生之智慧。是為序。

> そもそも仏道は広大深遠にして、慈悲をもって万物を利し、神妙な功徳は広大にして、智慧をもって人々を覚醒させる。ゆえに天地より先に存在してもその始まりを見ず、天地より後にもその終わりを見ない。『金剛般若波羅蜜経』を観れば、まさにこれを見ることができるであろう。この経典は、空ならざる空を論じ、相なき相を証する。虚妄を明らかにし、すなわち六如によって知ることができ、根源を推し測れば、四相によって悟ることができる。まことに諸仏が伝灯する奥深い旨趣であり、大乗が道を開く根本の宗義、そしてあらゆる衆生が明心見性するための心法である。 しかしながら、法は心によって得られるものであり、経典なくしては法を留めることができない。経典は人によって明らかになり、言葉なくしては経典を顕わすことができない。世は経典によって伝えられ、印刷なくしては世に広めることができない。唐・宋から元・明に至るまで、この経典を解釈し、刊行したものは、門戸を分かち、汗牛充棟のごとく多いが、その中で真言を最も適切に解き明かし、秘められた旨趣に背かないものをもとめれば、ただ白雲山人の『金剛経闡説』が最も詳しいのである。 白雲山人とは、古閩の郷進士、存吾陳先生である。先生は名を玉篇という。先生は花県の任に就き、治世を試みて弦歌のごとく和やかにし、黄堂の職を歴任し、春の桃李のごとく人材を育んだ。公務の余暇に、真如を仰ぎ慕い、この経典を闡説し、法相を通明にした。読む者はあたかも中天に宝鏡を仰ぐがごとく、誦する者は滄海に明珠を得るがごとくである。惜しむらくは、心によって種を蒔き果を結んだが、梨や棗の版木に登ることがなかった。幸いにも福を田として、子孫が永くこれを守った。しかしながら、一字一編も必ず檀那の力を借り、寸楮寸版もすべて長者の金によるものである。そこで、善を楽しむ者に同じ心あることを願い、施しを楽しむ者に吝嗇の色なきことを望む。あるいは白鏹を慨然と寄付するは、まさに落落大方の属し、あるいは青蚨を努めて助けるも、また多多益善を願うものである。伏して葵心を共に鑑み、少しばかり蓮舌を伸べんことを祈る。これによって巻軸を彫り成し、もって如来の慈悲を広め、刷り送りて流伝し、大いに衆生の智慧を啓く。これが序である。

同治六年歲次丁卯梅夏臺陽洪壽椿敬撰於海東尋樂山房之西軒

> 同治六年、丁卯の年の梅雨の夏、台陽の洪寿椿が海東の尋楽山房の西軒にて謹んで記す。