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title: "白雲守端禪師廣錄 · 舒州法華山證道禪院語錄"
description: "白云守端禅师广录由宋代临济宗杨岐派高僧白云守端禅师所述，其参学弟子处凝、智本、智华及法演等人共同编集，并收录海谭录内容。该书成书于北宋禅宗鼎盛时期，系统记载了守端禅师的语录、开示、公案和偈颂，集中体现杨岐宗风，融合临济峻烈与云门高古的禅法特色。作为禅宗重要文献，该录是研究宋代禅宗思想及杨岐派发展的重要典籍，对后世禅修者具有深远的指导意义。"
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### 舒州法華山證道禪院語錄

> 舒州法華山證道禅院語録

參學小師　智本　編

> 参学小師　智本　編

師時在五祖西堂受請。陞座云。適來疏中道。寂照不動則定。感而遂通則慧。拈起拄杖。示眾云。者箇是定是慧。有人辨得麼。既無。不免依前序品第一去也。所以道。遊戲卷舒。是衲僧分上。贏得邊事。要舒也。三世諸佛。在拄杖頭上。要卷也。分付與德山臨際。且道。今日是卷是舒。良久云。無限樹頭風過耳。牧牛童子又嗚咿。以拄杖擊禪床一下。

次夜。眾請小參。僧問。法不孤起。仗境方生。施主親迎。請師說法。師云九九八十一。僧云學人未曉其中旨。請師方便再宣揚。師云問取露柱。僧云莫便是和尚為人處。師云笑殺傍觀。僧禮拜。問。

> その翌夜、大衆が小参を請うた。ある僧が問うた。「法は孤り起きず、境に仗って方に生ず。施主が親しく迎え、師に法を説くことを請う。いかがでしょうか。」師は言った。「九九八十一。」僧が言った。「学人はその中の旨をまだ理解できません。師よ、方便をもう一度説き明かしてください。」師は言った。「露柱に問え。」僧が言った。「それはまさに和尚の人の為すところではございませんか。」師は言った。「傍観者を笑い殺す。」僧は礼拝した。問うた。

不求諸聖。不重己靈。未是衲僧分上事。如何是衲僧分上事。師云死水不藏龍。僧云便恁麼去時如何。師云賺殺你。僧云溪山各異。雲月是同。師云轉沒交涉。僧云。謾某甲一人即得。爭奈大眾眼何。師云作得箇庸衲僧。僧云放過一著。師拍禪床一下。僧便禮拜　師乃云。佛身充滿於法界。普現一切群生前。隨緣赴感靡不周。而常處此菩提座。大眾。作麼生說箇隨緣赴感底道理。只如一彈指間。盡大地含生根機。一時應得周足。而未甞動著一毫頭。便且喚作隨緣赴感。而常處此座。只如山僧。此者受法華請。相次與大眾相別去。宿松縣裏開堂了。方歸院去。且道。還離此座也無。若道離。則世諦流布。若道不離。作麼生見得箇不離底事。莫是無邊剎境。自他不隔於毫端。十世古今。始終不離於當念麼。又莫是一切無心。一時自徧麼。若恁麼。正是掉棒打月。到者裏。直須悟始得。你道。既悟了便休。又何必更須遇人底。當垂手方便之時。著著自有出身之路。不瞎却學者眼。若只悟得箇乾蘿蔔底。不唯瞎却學者眼。兼自已動便先自犯鋒傷手。你看我楊岐先師。問慈明師翁道。幽鳥語喃喃。辭雲入亂峰時如何。答云。我行荒艸裏。汝又入深村。進云。官不容針。更借一問。師翁便喝。進云好喝。師翁又喝。先師亦喝。師翁乃連喝兩喝。先師遂禮拜退。大眾須知。悟了遇人者。向十字街頭。與人相逢。却在千峰頂上握手。向千峰頂上相逢。却在十字街頭握手。所以山僧甞有頌云。他人住處我不住。他人行處我不行。解開布袋頭。一時撒在諸人面前了也。有眼底莫錯怪好。

> 聖者を求めず、己の霊性を重んじないのは、まだ衲僧の分上事ではない。では、衲僧の分上事とは何か。師は言う、死水には龍は潜まぬ。僧が言う、そのまま進む時はどうか。師は言う、お前を騙すぞ。僧が言う、溪と山はそれぞれ異なり、雲と月は同じである。師は言う、ますます関係ない。僧が言う、私一人を欺くのは構わないが、大衆の目をどうするのか。師は言う、凡庸な衲僧となるだけだ。僧が言う、一歩譲ります。師は禅床を一拍する。僧はすぐに礼拝した。 師はさらに言う、仏身は法界に満ち、すべての衆生の前に普く現れる。縁に随って赴き感応するも、常にこの菩提座に在る。大衆よ、縁に随って赴き感応する道理をどう説くか。ほんの一弾指の間に、大地のすべての衆生の根機を、一時に応じて満たす。しかも、一毫も動かず、それを縁に随って赴き感応し、常にこの座に在ると呼ぶのだ。山僧が今、法華の請いを受け、次に大衆と別れ、宿松県で開堂した後、院に帰る。さて、この座を離れたと言えるか。離れたと言えば、世俗の流布である。離れていないと言えば、どうして離れていないことが分かるのか。無辺の刹土が、自他毫端を隔てず、十世の古今が、始終当念を離れないということか。あるいは、一切無心で、一時に自ずから遍満するということか。もしそうなら、まさに棒を振り回して月を打つようなものだ。ここに至っては、直ちに悟らなければならない。悟ったらそれで終わりか、なぜさらに人に出会う必要があるのか。手を垂れて方便を示す時、一つ一つの動きに自ずと出身の道がある。学ぶ者の目を暗くすることはない。もし乾いた大根のような悟りしか得られなければ、学ぶ者の目を暗くするだけでなく、自分自身も動くたびに刃に触れて手を傷つける。 我が楊岐の先師が、慈明の師翁に尋ねたことを見よ。「幽鳥が喃々と語り、雲を辞して乱峰に入る時、どうか」と。答えは「我は荒草の中を行く、汝はまた深村に入る」と。さらに「官は針をも容れず、もう一問をお借りします」と言うと、師翁は喝をかけた。先師が「良い喝だ」と言うと、師翁はまた喝をかけた。先師も喝をかけた。師翁は連続して二度喝をかけ、先師は礼拝して退いた。 大衆よ、知るべきだ。悟って人に出会う者は、十字路で人と出会いながら、千峰の頂上で握手する。千峰の頂上で出会いながら、十字路で握手する。だから山僧は常に頌に言う、「他人の住む所に我は住まず、他人の行く所に我は行かず」と。袋の口を解き、一時に諸人の前に撒き散らした。目ある者は、間違って責めないように。

離五祖日上堂。辭眾。僧問。運籌幃幄即不問。此日登途事若何。師云上馬見路。僧云恁麼則。布金重有賴。花雨別垂方。師云先行不到。末後為初。僧云路遙知馬力。歲久辨人心。師云謝相送　乃云。梁朝志公和尚。令人傳語南嶽思大禪師。何不下山來。救度眾生。目視雲漢作什麼。思大却迴傳語云。三世諸佛。被我一口吞盡。何處更有眾生可度。

> 五祖法演禅師が離れる日に、上堂して大衆に別れを告げた。 僧が尋ねた。「帷幄（いあく）の中で策略をめぐらすことはさておき、今日、旅立たれることについてお尋ねします。いかがでしょうか。」 師は言った。「馬に乗れば道が見える。」 僧が言った。「それでは、金を敷き詰める（布金）ごとく、再び頼りにすべきものがあり、花の雨は別の方角に降り注ぐのですね。」 師は言った。「先に行く者は到着せず、最後の者が初めとなる。」 僧が言った。「道が遠ければ馬の力がわかり、歳月が経てば人の心がわかる。」 師は言った。「見送りを感謝する。」 そして師は言われた。「梁の時代の志公和尚が、人をやって南嶽の思大禅師に伝言させた。『なぜ山を下りて来て、衆生を救い度さないのか。雲や天の川を見つめて何をしているのか。』と。思大禅師は逆に伝言を返した。『三世の諸仏を、私は一口で飲み尽くした。どこにまだ救うべき衆生があろうか。』と。」

大眾。思大老人。也似釘樁搖櫓。只知其一。不知其二。山僧即不然。住承天時。便了城中事。住圓通時。便了路頭事。過五祖來。即高坐西堂。如今往法華去。便像席打令。誰能管得你三世諸佛閑事。何謂如此。相逢不下馬。各自有前程。

> 皆さん、思大老人は、まるで杭を打ち櫓を揺らすかのようで、ただ一つのことしか知らず、二つ目を知りません。 山僧はそうではありません。承天寺にいた時は、城中のことをすぐに理解し、円通寺にいた時は、道中のことをすぐに理解しました。五祖山を経て来てからは、すぐに西堂に高座し、今は法華寺へ行き、まるで座席で号令をかけるかのようです。 三世諸仏の余計なことなど、誰があなたを管理できるでしょうか。なぜそう言えるのか？ 出会っても馬から降りず、それぞれが自分の前途を持っているからです。

開堂日。拈香祝　聖罷。乃云。宗乘一舉。早落二三。古路坦然。行人自昧。移身換步。到者方知。今日還有到者麼。試出來看。

> 開堂の日。香を拈じて聖寿を祝し罷りて、乃ち云く。宗乗を一挙すれば、早く二三に落つ。古路は坦として然り。行人自ら昧し。身を移し歩を換えれば、到る者方に知る。今日に到る者あらば、試みに出で来て看よ。

僧問。十方薄伽梵。一路涅槃門。將手一劃云。古人到者裏。未為極則。和尚作麼生為人。師云蹉過了也。僧云今日親見法華。師云脚跟下一句。作麼生道。僧云別有好思量。師云向你道蹉過。僧禮拜　問一喝。分賓主。照用一時行。離此二途。請師別道。師便喝僧云從來疑著和尚。師便打。僧云作家。師云也不消得。僧禮拜　師乃云。昔日靈山會上。世尊拈花。迦華微笑。世尊道。吾正法眼藏。分付摩訶大迦葉。次第流傳。無令斷絕。至于今日。大眾。若是正法眼藏。釋迦老子自無分。將箇什麼分付。將什麼流傳。何謂如此。況諸人分上。各各自有正法眼藏。每日起來。是是非非。分南分北。種種施為。盡是正法眼藏之光影。此眼開時。乾坤大地。日月星辰。森羅萬象。只在面前。不見有毫釐之相。此眼未開時。盡在諸人眼睛裏。今日已開者。不在此限。有未開者。山僧不惜手。為諸人開此法眼藏看。乃舉手竪兩指云。看看。若見得去。事同一家。若也未然。山僧不免重說偈言。諸人法眼藏。千聖莫能當。為君通一線。光輝滿大唐。須彌走入海。六月降嚴霜。法華雖恁道。無句得商量。大眾。既滿口道了。為什麼却無句得商量。乃喝一喝云。分身兩處看。

> 僧が尋ねた。 「十方の薄伽梵（仏陀）は、一つの道、涅槃の門へと至ります。手を一振りして言うならば、古人がここに至っても、まだ極致とはなりません。和尚はどうか衆生のために示してください」 師は言った。 「すでに通り過ぎてしまった」 僧が言う。 「今日、法華を目の当たりにいたしました」 師は言った。 「足元の一句を、どうか説いてみよ」 僧が言う。 「別によき思量があります」 師は言った。 「さっきも言っただろう、通り過ぎてしまったと」 僧は礼拝した。 問う。 「一喝にして賓主を分かち、照用を一時に行う。この二つの道を離れて、和尚は別の道を示してください」 師はただちに喝した。 僧が言う。 「かねてより和尚を疑っておりました」 師はただちに打った。 僧が言う。 「作家（真の老師）です」 師は言った。 「それも要らない」 僧は礼拝した。 師はさらに言った。 「昔、霊山の会座で、世尊が花を拈じ、迦葉が微笑んだ。世尊は言われた。『我が正法眼蔵、摩訶大迦葉に付嘱す。次第に流伝して、断絶せしむることなかれ』と。今日に至るまで。 大衆よ、もし正法眼蔵というならば、釈迦老子ですら自ら分け与えるものはない。いったい何を付嘱し、何を流伝するというのか。なぜそうなのか。 ましてや、諸人のそれぞれの上に、各々自ずから正法眼蔵がある。毎日起きて、是是非非、南を分け北を分け、種々の振る舞いをする。これらすべてが正法眼蔵の光影である。 この眼が開く時、乾坤大地、日月星辰、森羅万象、ただ目の前にあるだけで、毫釐の相も見えない。この眼がまだ開かない時は、すべて諸人の眼の中にある。 今日、すでに開いた者はこの限りではない。まだ開いていない者のために、山僧は手を惜しまず、諸人のためにこの法眼蔵を開いてみせよう」 そして手を挙げて二本の指を立てて言った。 「見よ、見よ。もし見ることができれば、事は一つになる。もしまだならば、山僧は重ねて偈を説かざるを得ない。 諸人の法眼蔵 千聖も当たる能わず 君がために一線を通ず 光輝満つ大唐に 須弥山は海に走り入れ 六月に厳霜降る 法華はかくの如く説けども 句無くして商量を得ず 大衆よ、すでに口を満たして説いたのに、なぜ句がなく商量できないのか」 そして一喝して言った。 「分身して二つのところを見よ」

入院日上堂。僧問。遠離祖嶠。已屆法華。如何是不動尊。師云大眾總見。僧云未審其中事作麼生。師云仰面看。僧云恁麼則太子峰高。松江月白去也。師云是始得。僧禮拜　師乃云。古人道。說到不如行。今日與大眾。說也到行也到。且喜得天下太平。你且道。脚踏實地一句。作麼生道。良久云。畢竟水須朝海去。到頭雲定覓山歸。

> 入院の日、上堂。僧問う。「祖嶠を遠離し、すでに法華に届く。如何なるか是れ不動尊。」師云く、「大衆総て見る。」僧云く、「未だ審らかにせず、其中の事作麼生。」師云く、「仰面して看よ。」僧云く、「恁麼ならば則ち太子峰高く、松江月白し去るなり。」師云く、「是れ始めて得たり。」僧礼拝す。 師乃ち云く、「古人道う、『説到は行に如かず』と。今日、大衆と、説も到り、行も到る。且つ喜ぶべきは、天下太平を得たり。汝且つ道え、脚を地に踏みて実地なる一句、作麼生に道う。」良久して云く、「畢竟水は須らく海に朝して去り、到頭雲は定めて山を覓めて帰る。」

次日上堂云。古人道。選得幽居稱野情。終年無送復無迎。有時直上孤峰頂。月下披雲嘯一聲。山僧夜來到此。未有工夫上得孤峰頂。又值晦夜無月。只在方丈裏。長嘯數聲。諸人還聞麼。若道不聞。可謂自謾。若也聞去。將什麼聞。卓拄杖一下。

> 翌日、上堂して云く。 古人道う、「幽居を選んで野情に称し、終年送ること無く復た迎うること無し。時に直上して孤峰の頂に到り、月下に雲を披いて一声を嘯く」と。 山僧、夜来此に到るも、未だ工夫して孤峰の頂に上るを得ず。又、晦夜に値いて月無し。只だ方丈裏に在って、長嘯数声す。諸人、還って聞くや否や。 若し聞かずと道わば、自ら謾る可しと謂うべし。若し聞き去らば、将に什麼を以てか聞く。 拄杖を卓して一下す。

上堂云。如我按指。海印發光。拈起拄杖云。山河大地。水鳥樹林。情與無情。今日盡向法華拄杖頭上。作大師子吼。演說摩訶大般若。且道。天台南嶽。說箇什麼法門。南嶽說洞上五位修行。君臣父子。各得其宜。莫守寒巖異艸青。坐却白雲宗不妙。天台說臨際下三玄三要。四料揀。一喝分賓主。照用一時行。要會箇中意。日午打三更。廬山出來道。你兩箇正在葛藤窠裏。不見道。欲得不招無間業。莫謗如來正法輪。大眾。據此三箇漢見解。若上衲僧秤子秤。一箇重八兩。一箇重半斤。一箇不直半分錢。且道那箇不直半分錢。良久云。但願春風齊著力。一時吹入我門來。卓拄杖一下。

> 上堂して言う。私が指を押さえると、海印が光を放つ。杖を掲げて言う。山河大地、水鳥樹林、情あるものと情なきもの、今日こそ尽く法華の杖の頭上に向かい、大獅子吼をなし、大般若を演説する。さて、天台と南嶽は、どんな法門を説いたか。南嶽は洞上の五位修行を説き、君臣父子、それぞれに相応しい

上堂云。古者道。盡大地無一人真正舉揚宗教。設有一人舉揚宗教。盡大地直得亡鋒結舌。喪身失命。只是箇無孔鐵槌。大眾。古人醋裏有鹽。須是舌上有眼。方始辨得。若也辨得去。方知道無孔鐵槌。風吹不入。雨灑不濕。法華今日重說偈言。乃高聲云。無孔鐵鎚巡堂去。

> 上堂して言う。古人がこう言った。「大地のすべてに、一人として真に宗教を挙揚する者はない。仮に一人、宗教を挙揚する者がいたとしても、大地のすべてはただただ鋒を亡くし舌を結び、身を喪い命を失うばかりである。それはただの穴のない鉄槌にすぎない」と。大衆よ、古人の言葉には深い味わいがある。舌に眼があってこそ、はじめて見分けることができる。もし見分けることができたなら、そのとき初めて、穴のない鉄槌は風も吹き込まず、雨も濡らさないものだと知るだろう。法華（説法者）は今日、偈を改めて言う。そして声を高めて言う。「穴のない鉄槌、堂を巡って行く」と。

上堂云。解接無根樹。能挑海底燈。未是衲僧分上事。且道作麼生是衲僧分上事。良久云。一日兩度鉢盂溼。

> 上堂して言われた。 「根のない木に接ぎ木をし、海底の灯りをかかげることができたとしても、それはまだ修行僧の分上ではない。 では、どうすることが修行僧の分上なのかと言えば…」 しばらく沈黙して、言われた。 「一日に二度、鉢がぬれることだ。」

上堂云。釋迦老子有四弘誓願。煩惱無邊誓願斷。法門無邊誓願學。眾生無邊誓願度。無上菩提誓願成。法華亦有四弘誓願。飢來要喫飯。寒到即添衣。困時伸脚睡。熱處要風吹。

> 上堂して言われた。 釈迦尊は四つの広大な誓願を立てられた。 煩悩は無辺なり、誓って断たんと願う。 法門は無辺なり、誓って学ばんと願う。 衆生は無辺なり、誓って救わんと願う。 無上の菩提、誓って成らんと願う。 法華にもまた四つの広大な誓願がある。 飢えたらご飯を食べる。 寒くなったら衣を一枚増やす。 眠くなったら足を伸ばして寝る。 暑いところでは風が欲しい。

上堂云。四月八日佛生節。有眉有眼皆傳說。天上天下我獨尊。不知幾箇腦門裂。腦門裂。一棒打與狗子喫。

> 上堂にて云く。 四月八日は仏生節。 目鼻立ちそろいし者ども皆、言い伝えよ。 天上天下唯我独尊。 幾つの額が裂けようか知らぬ。 額が裂けたならば、 一棒打って犬に食わせよ。

上堂。舉雪竇道。春山疊亂青。春水漾虗碧。寥寥天地間。獨立望何極。乃迴顧。問侍者云。還有人守方丈麼。云有。自云。作賊人心虗。

> 上堂。雪竇和尚がこう言われたことを挙げる。 「春山 乱れに青を重ね、春水 虚ろに碧を漾く。寥寥たり天地の間、独立して望む、何ぞ極あらん」 そして振り返って侍者に尋ねられた。 「まだ方丈を守っている者はいるか」 侍者が「おります」と答えると、ご自身でこう言われた。 「泥棒は心が虚ろだ」

大眾。雪竇老人。放去収來。有舒卷乾坤之手。然雖如是。何似乾坤收不得。堯舜不知名好。法華今日忍俊不禁。當為古人出氣。乃云。山櫻火𦦨輝。山鳥歌聲滑。携手不同途。任他春氣發。有天有地來。幾箇眼睛活。法華今日暫出。更不著問侍者守方丈。

> 大衆よ。雪竇老人は、放ち、収め、天地を自在に操る手を持つ。しかし、それでもなお、天地さえ収めきれないものがある。堯や舜でさえ、その名を知らなかったほどだ。法華は今日、笑いをこらえきれず、古人のために一矢を報いる。すなわち言う、山桜は火焔のように輝き、山鳥の歌声は滑らか。手を携えても道は同じならず、春の気配はそのままに任せよ。天地が生まれて以来、幾つの目が覚めていることか。法華は今日、ひととき出でて、侍者に方丈を守らせることすらせず。

上堂云。安居之首。禁足為名。禁足之意。意在進道而護生。衲僧家。更有何生而可護。何道而可進。唾一唾。唾破釋迦老子面門。行一步。蹈斷釋迦老子背脊骨。猶是隨行逐隊漢。未是本分衲僧。良久云。無限風流慵賣弄。免教人指好郎君。

> 上堂して云く。安居の初めに、禁足と名づく。禁足の意は、道を進めて生を護るにあり。衲僧の家に、さらに何の生か護るべき、何の道か進むべき。唾を一唾、唾は釈迦老子の面門を破り、一歩を行けば、釈迦老子の背脊骨を蹈み断つ。なお随行逐隊の漢たるに過ぎず、未だ本分の衲僧にあらず。良久して云く。無限の風流、売り弄ぶに慵し。人に指さされて好郎君と免ぜしむるを。

上堂云。法華今日傷寒。且向第二機裏說葛藤。拈起拄杖。卓三下。

> 法華は今日、風邪を引いている。 そこで第二の機縁に、葛藤の話をしよう。 杖を掲げ、三度床を突く。

上堂云。日消萬兩黃金。法華門下不著。直饒不直半分錢。正入得法華門。未昇得法華堂。未入得法華室。且道什麼人昇得法華堂。入得法華室。乃云。眼有三角。頭峭五嶽。

> 上堂して云く。日々に万両の黄金を費やしても、法華の門には届かず。たとえ一文も支払わずとも、正しく法華の門に入ることはできよう。しかし、まだ法華の堂に昇ることはできず、法華の室に入ることもできぬ。さて、いったい誰が法華の堂に昇り、法華の室に入ることができるのか。乃ち云く。目には三角あり、頭は五嶽のごとく聳え立つ。

上堂。良久云。早是為蛇畵足了也。下座。

> 上堂。しばらくして言われた。これで蛇に足を描くようなものだ。下座。

上堂。舉教中道。一切眾生。悉皆有心。有心者皆得作佛。祖師又道。一切有心。天地懸隔。恁麼道。莫有相違麼。作麼生得不相違去。良久云。波斯鼻孔似朱紅。樓至拳頭如鉢大。悶來打倒須彌山。赫殺補陀觀自在。

> 上堂にて、教えの中の道を挙げる。一切衆生は、皆心を持っている。心を持つ者は、皆仏となることができる。祖師はまた言う。一切の心ある者は、天地ほど隔たっている。このように言うことは、矛盾があるのではないか。どうすれば矛盾しないでいられるだろうか。 しばらく沈黙してから言う。ペルシャ人の鼻の穴は朱のように赤い。楼至仏の拳は鉢のように大きい。気が滅入れば須弥山を打ち倒し、補陀落の観自在菩薩を驚かせる。

上堂。舉金鑾和尚。一日在厨前。見典座便問。典座。變生成熟。即不無典座。離却木杓。道將一句來。曲座無語。後令入室僧代語。皆不契。乃自代云。羊羹雖美。眾口難調。大眾且道。金鑾離得木杓也未。法華即不然。離却木杓。一句作麼生道。人情若好。喫水也肥。

> 上堂。金鑾和尚の話を挙げる。ある日、和尚が台所の前で典座を見かけ、尋ねた。「典座よ、生のものを調理して熟させることは、まさに典座の役目だ。しかし、その木杓を離れて、一句を言ってみよ。」典座は言葉が出なかった。後に、僧房に入った僧に代わりに言わせたが、どれも合わなかった。そこで和尚自ら代わって言った。「羊羹は美味しいが、衆人の口には合わせにくい。」大衆よ、さて金鑾和尚は木杓を離れたと言えるだろうか。法華はそうはしない。木杓を離れて、一句をどう言うか。人情が良ければ、水を飲んでも肥える。

上堂。舉玄沙常將汝等諸人。放頂𩕳上。不敢錯悞諸人一毫子。古人恁麼道。且道是錯悞。不錯悞。若道不錯悞。因什麼將汝放頂𩕳上著。所以法華尋常與諸人。只是平交相見。尚自怕有錯悞時。恁麼道。也似知而故犯了也。然雖如是。明眼人前。不得錯舉。

> 上堂。玄沙が常に汝ら諸人を頂𩕳の上に置き、諸人の一毫たりとも誤らせまいとしたという話を挙げる。古人がこのように言ったが、これは誤りか、誤りでないか。もし誤りでないというなら、なぜ汝らを頂𩕳の上に置くのか。だからこそ法華は普段から諸人とただ平等に交わり、なおかつ誤りを恐れているのだ。このように言うのも、知っていながらあえて過ちを犯すようなものだ。しかしそうであっても、明眼人の前では誤ったことを挙げてはならない。

上堂云。今年雨水非常足。管取秋來天下熟。牧童齊唱太平歌。笑殺東村王大叔。

> 今年は雨がよく降り、秋にはきっと豊作でしょう。 牧童たちが平和の歌を歌い、村の王おじさんを笑わせています。

上堂云。法華収得三般稀奇之寶。尋常可曾拈出。今日麻頭穀頭進發。不免將出奉送二公。乃拈起拄杖。卓三下云。前頭第一不得擘破。又須分交兩手。縱遇南番舶主。也須換却眼睛。

> 上堂にて言う。法華は三種の珍しい宝を収めている。普段はめったに取り出さないが、今日は麻頭と穀頭が進み出たので、二公に奉送せざるを得ない。 そこで杖を取り上げ、三度床を突きながら言う。まず第一に、これを割ってはならない。しかも両手に分けて持たねばならぬ。たとえ南蛮の船主に出会っても、目を換えねばならぬ。

中秋日上堂云。問在答處。答在問處。即且致。且道不問不答。在什麼處。良久云。此夜一輪滿。清光何處無。

> 中秋の日に上堂して言われた。「問いは答えの中にあり、答えは問いの中にある。これはさておき、問わず答えない境地はどこにあるのか」と。 しばらく沈黙した後、言われた。「今夜、満月が輝き、清らかな光はどこにでも満ちている」

合肥請師。不赴。入州退免迴山。上堂云。不住城隍果所期。山花山鳥又仝嬉。石泉昨夜牕前過。何事清聲勝舊時。以拄杖卓三下。

> 合肥より師を請うも、赴かず。州に入りて退免され、山に戻る。上堂して云く、城隍に住まわず、期する所の果て、山の花、山の鳥、また同じく嬉し。石泉、昨夜、窓前を過ぎ、何事ぞ清き声、旧時に勝れる。杖を以って三下に卓す。

上堂云。法法本來法。無法無非法。何於一法中。有法有不法。大眾。山河大地。色空明暗。森羅萬象。青黃赤白。皎然各有體有名。僧是僧。俗是俗。作麼生說得箇一法。莫是喝一喝。拍一拍。豎起一箇指頭麼。若恁麼。未夢見在。且作麼生道得去。良久云。曉日爍開巖畔雪。夜濤舂斷海邊藤。

> 上堂にて云く。 法は法、本来法なり。 無法もなく、非法もなし。 何ぞ一法の中に、法あり不法ありとなさん。 大衆よ、山河大地、色空明暗、森羅万象、青黄赤白、皎然として各々体あり名あり。 僧は僧、俗は俗。 どうして一法と言い得ようか。 喝を一喝し、拍を一拍し、指を一本立てることか。 もしそうなら、まだ夢にも見えず。 さて、どうして言い表せようか。 しばらく沈黙し、云く。 暁の日、巌辺の雪を爍き開き、 夜の濤、海辺の藤を舂き断つ。

因雪上堂云。乾坤不教少闕。冬後依時下雪。舊歲障氣永消。向遠殊祥逈別。節令雅合如斯。莫殢天公漏泄。為甚莫殢天公漏泄。君子施恩不望報。

> 雪が降ったので上堂して言った。 天地は少しも欠けることなく、冬が過ぎれば時節に応じて雪が降る。 古い年の邪気は永遠に消え去り、遠くに向かって特別な吉祥が別れを告げる。 節気はこのように雅やかに調和し、天の摂理が漏れることをもてあそんではならない。 なぜ天の摂理が漏れることをもてあそんではならないのか。 君子は恩を施しても報いを望まないからだ。

元日上堂云。相逢㸦相賀。一時俱勘破。幞頭脚指天。𪹼竹穿門過。今年好驅儺。向後無災禍。拍禪床下座。

> 元日の上堂にて云く。出会えば互いに祝い合い、一瞬にして共に見破る。冠の先は天を指し、爆竹は門をくぐり抜ける。今年は良い儺（鬼払い）の年、今後は災いも禍もなし。と禅床を叩き、下座す。

上堂。舉趙州道。泥佛不度水。金佛不度鑪。木佛不度火。大眾且道。古佛度箇什麼。古佛不度衲僧秤子。為什麼如此。左眼半斤。右眼八兩。

> 上堂。趙州和尚が言われた。「泥の仏は水を渡れず、金の仏は炉を渡れず、木の仏は火を渡れない。さあ、大衆よ、言ってみよ。古仏は何を渡るのか」と。古仏は僧侶の秤を渡らない。なぜそうなのか。左目は半斤、右目は八両。

聖節日上堂。舉太宗帝擎起鉢。問王隨相。既是大庾嶺頭提不起。為什麼却在寡人手裏。

> 聖なる節日に上堂。太宗皇帝が鉢を掲げ、王随相に問うた。「大庾嶺の頂でさえ持ち上げられなかったというのに、なぜ朕の手の中にあるのか」と。

後慈明師翁云。陛下有力。

> 後に慈明師翁は言われた。「陛下には力があります。」

大眾且道。腕頭有力。主天下有力。試斷看。

> 大衆よ、よく考えてみよ。腕力に優れた者が、天下を治める力を持つとは限らぬ。さあ、その道理を断じてみよ。

上堂云。趙州和尚道。夫為宗師。須是以本分事接人。法華可謂浪得其名。何故。有禪客到此。不免且與他打葛藤。又只是麤粥淡飯而已。並無一點是本分事。他時後日。見閻老子。作麼生分雪得去。今日眾中。具大慈悲者。可能為法華分雪得。有麼有麼。良久云。相識滿天下。知心能幾人。

> 上堂にて云く。趙州和尚は言われた。「宗師たる者は、本分の事をもって人に接するべきである。法華（私）は名ばかりを得た者と言える。なぜか。禅客がここに来れば、やむを得ず彼らと葛藤を交わす。それもただの粗末な粥や淡い飯に過ぎない。少しも本分の事はない。いつの日か、閻魔大王に会ったとき、どうやって弁明できるというのか」。今日、大慈悲を具えた者は、法華のために弁明できるか。いるか、いるか。しばらく沈黙して、云く。「知り合いは天下に満ちても、心を知る者は幾人いるだろうか」。

上堂云。一喝分賓主。照用一時行。要會箇中意。日午打三更。乃喝一喝云。賓在什麼處。主在什麼處。喚什麼作照。喚什麼作用。連喝三喝。

上堂。拈起拄杖云。若有一毫頭。便喚作一毫頭。古人與你諸人拍却了也。且道成得箇什麼邊事。以拄杖卓禪床一下。

上堂。眾立定。拈拄杖劃一劃云。文彩已彰也。且道作麼生免得過。不見道。以楔出楔。擊禪床下座。

上堂云。法華愛逞驢觜。只要步步到底。衲僧雖然不會。也似鹽落醋裏。

上堂。舉玄沙因悞喫藥。徧身紅爛。僧問。如何是堅固法身。玄沙云。膿滴滴地。

後來懷和尚頌云。滴滴通身是爛膿。釣魚船上顯家風。時人只見絲綸上。不見蘆花對蓼紅。

亦曾有人問法華。如何是清淨法身。只答他道。屎臰熏天。又云。蓮花葉上化生兒。且道。與古人是同是別。

法華亦有頌。屎臰熏天亦偶然。法華爭似為君宣。鼻中若有通天竅。一任橫行不著穿。

上堂云。去去實不去。途中好善為。來來實不來。路上莫虧危。古人恁麼道。法華即不然。去時乘興去。迴時乘興迴。與君重敘話。鼻孔大頭垂。

上堂云。聞聲悟道。見色明心。遂展手云。有麼有麼。又搖手云。無也無也。乃云。曾經大海休誇浪。除却巫山總是煙拍禪床一下。

上堂云。此事如在萬丈崖頭相似。總知道。放著手脚。便撲到底。只是捨命不得。法華今日。不動著一毫頭。教諸人到底去。遂擲下拄杖。下座。

上堂云。古人道。言多去道轉遠。法華即不然。言滿天下。何謂如此。行船自有把梢人。

上堂。舉教中道。不以色生心。不以聲香味觸法生心。大眾。釋迦老子向者裏。全身放倒了也。又道。應無所住而生其心。有甚救處。若救他不得。更為不孝之子。空喫他飯。向者裏須著近前。且道作麼生近前。以手拍禪床一下。

上堂。舉雲門大師。一日開門。見一僧來。雲門乃問。大用現前。不存軌則時如何。僧無對。雲門云。你問我。僧遂問。大用現前。不存軌則時如何。雲門掉兩手。高聲云。釋迦老子來也。大眾。雲門老兒。不妨解因行掉臂。耀古騰今。爭奈傍人眼何。且道傍人具什麼眼。乃云。欲窮千里目。更上一重樓。

到四祖訥和尚。請陞座。乃云。廬山把手閑行。盡是無人知處。淮甸重陪高步。却欲出在人前。大眾。在廬山時。為甚要恁麼深密。及乎今日。為甚要恁麼顯露。不見道。賣金須遇買金人。

到五祖。陞座云。昔年暫憩。今日重過。日月如流。將經二載。且道。有不隔閡底道理麼。諸仁者。高宴白蓮峯下。病叟深隱法華山中。相去一日之程。作麼生說箇不隔閡底道理。莫是夜夜抱佛眠。朝朝還共起。起坐鎮相隨。如身影相似。若恁麼。正道著第二頭底。未道著正定頭底。且道作麼生道。乃云。宇宙茫茫人不識。依前鼻孔大頭垂。

上堂云。學道先須且學貧。學貧貧後道方親。一朝體得成貧道。道用還同貧底人。法華雖與古人同路行。且不與古人同路歸。何謂如此。自住箇小院子。客來並無可施設。無可咬嚼。賴得下面有人撐拄。逐日且蓋覆得過。可謂山花不廢栽培力。自有春風管帶伊。

上堂云。始從鹿野苑。終至跋提河。四十九年間。未曾說一字。且道說什麼。乃云。芍藥花開菩薩面。椶櫚葉散夜叉頭。

上堂云。一陽生日冬至。自古自今如是。應時納祜皆知。他後不得瞌睡。

施主捨法衣。上堂云。龍披一縷。金翅不吞。當時若一口吞盡。豈不天下太平。且道那箇是吞不盡底。遂拈起法衣角。示眾云。者箇豈不是吞不盡底。還見麼。良久云。等閑掛在肩頭上。也勝時人著錦衣。

上堂。舉僧問南泉。摩尼珠人不識。如來藏裏親収得。如何是藏。南泉云。與汝往來者是藏。僧云直得不往來時如何。南泉云亦是藏。僧却問。如何是珠。南泉召僧名。僧應喏。南泉云你不會我語。

大眾。者僧一顆摩尼珠。可謂稀世之寶。大可怜生。幾乎落在萬丈坑裏。猶賴得南泉老兒。手親為他托得起。且道此珠見今在什麼處。乃云。海神知貴不知價。留與人間光照夜。