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title: "三國遺事 · 靺鞨　渤海"
description: "三国遗事由高丽时代僧侣一然所撰，是朝鲜半岛重要佛教历史文献。该书成书于13世纪，在高丽王朝佛教兴盛的背景下，补充了三国史记未收录的古代新罗、高句丽、百济历史传说与佛教事迹。内容涵盖王系编年、佛教传播、高僧轶事及灵异故事，尤其记录了阿道、墨胡子等早期传法者的事迹与佛国寺创建等史实。作为朝鲜佛教史核心典籍，它融合历史与宗教叙事，对研究韩国古代文化、佛教发展及民间信仰具有不可替代的权威价值。"
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### 靺鞨一作勿吉渤海

> 靺鞨（別名：勿吉）渤海

通典云。渤海。本栗未靺鞨。至其酋柞榮立國。自號震旦。先天中玄宗王子始去靺鞨號。專稱渤海開元七年己未柞榮死。諡為高王。世子襲立。明皇賜典冊襲王。私改年號。遂為海東盛國。地有五京。十五府。六十二州。後唐天成初。契丹攻破之。其後為丹所制三國史云。儀鳳三年。高宗戊寅。高麗殘孽類聚。北依太伯山下。國號渤海。開元二十年間。明皇遣將討之。又聖德王三十二年。玄宗甲戌。渤海靺鞨越海侵唐之登州。玄宗討之。又新羅古記云。高麗舊將柞榮。姓大氏。聚殘兵。立國於大伯山南。國號渤海。按上諸文。渤海乃靺鞨之別種。但開合不同而已。按指掌圖。渤海在長城東北角外賈耽郡國志云。渤海國之鴨淥南海扶餘橻城四府。並是高麗舊地也。自新羅泉井郡地理志。朔州領縣有泉井郡。今湧州至橻城府三十九驛　又三國史云。百濟末年。渤海靺鞨新羅分百濟地據此。則鞨海又分為二國也羅人云。北有靺鞨。南有倭人。西有百濟。是國之害也又靺鞨地接阿。瑟羅州　又東明記云。卒本城地連靺鞨或云今東真羅第六祇麻王十四年乙丑靺鞨兵大入北境。襲大嶺柵過泥河　後魏書靺鞨作勿吉　指掌圖云。挹屢與勿吉皆肅慎也　黑水　沃沮　按東坡指掌圖。辰韓之北有南北黑水　按東明帝立十年滅北沃沮。溫柞王四十二年南沃沮二十餘家來投。新羅又赫居世五十二年東沃沮來獻良馬。則又有東沃沮矣。指掌圖。黑水在長城北　沃沮在長城南。

> 通典に言う。渤海は、もとは栗未靺鞨（りつびまつかつ）であった。その酋長の柞榮（さくえい）が国を立て、自ら震旦と号した。先天年間（玄宗の王子）に至り、初めて靺鞨の号を除き、専ら渤海と称した。開元七年（己未）に柞榮が亡くなり、諡して高王とした。世子が位を継ぎ、明皇（玄宗）が典冊を賜って王を継がせた。私かに元号を改め、ついに海東の盛国となった。地には五京、十五府、六十二州があった。後唐の天成の初め、契丹が攻め破った。その後は契丹に従属させられた。（三国史に言う。儀鳳三年、高宗の戊寅の年、高麗の残党が集まり、北のかた太伯山のふもとに依り、国号を渤海とした。開元二十年の間、明皇が将を遣わしてこれを討った。また聖徳王三十二年、玄宗の甲戌の年、渤海靺鞨が海を越えて唐の登州を侵し、玄宗がこれを討った。また新羅古記に言う。高麗の旧将柞榮は、姓は大氏で、残兵を集め、大伯山の南に国を立て、国号を渤海とした。按ずるに、上記の諸文によれば、渤海はすなわち靺鞨の別種であり、ただ開かれ閉じられることが異なるだけである。指掌図によれば、渤海は長城の東北の角の外にある。）賈耽の郡国志に言う。渤海国の鴨淥・南海・扶餘・橻城の四府は、いずれも高麗の旧地である。新羅の泉井郡（地理志に、朔州の領県に泉井郡がある。今の湧州である）から橻城府まで三十九駅である。また三国史に言う。百済の末年、渤海・靺鞨・新羅が百済の地を分けた。（これによれば、靺鞨はまた二国に分かれたのである。）新羅の人は言う。北に靺鞨があり、南に倭人があり、西に百済がある。これが国の害である。また靺鞨の地は阿瑟羅州に接している。また東明記に言う。卒本城の地は靺鞨に連なる。（あるいは今の東真のことと言う。）新羅の第六の祇麻王十四年（乙丑）に、靺鞨の兵が大いに北境に入り、大嶺の柵を襲い、泥河を過ぎた。後魏書では靺鞨を勿吉と作る。指掌図に言う。挹屢と勿吉は、ともに粛慎である。黒水、沃沮。按ずるに、東坡の指掌図によれば、辰韓の北に南北の黒水がある。按ずるに、東明帝が立って十年に北沃沮を滅ぼした。溫柞王四十二年に南沃沮の二十余家が来て帰順した。新羅でもまた赫居世五十二年に東沃沮が来て良馬を献じた。これによりまた東沃沮があることが分かる。指掌図には、黒水は長城の北にあり、沃沮は長城の南にある。