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title: "遺教經論記 · 前文"
description: "宋代观复法师所著的《遺教經論記》是對佛陀遺教經的重要註疏。該論記成書於中國佛教義學興盛的宋代，旨在闡釋《佛遺教經》的深層義理，內容涉及戒定慧三學、修行要旨及涅槃正道。觀復法師通過系統論述，強調持戒修心的重要性，為學人提供清晰的修行次第。此論記在佛教史上具有重要地位，被視為理解遺教經的權威指南之一，對漢傳佛教律學與實踐影響深遠，是研究宋代佛教思想的重要文獻。"
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釋此論。科分三。初題目。二歸敬。三釋文。初中二。初標題目。於中約六義釋。初通顯立題。二別明論目。三對辨開合。四解釋名義。五問答顯明。六定其去取。

> この論を釈するにあたり、その科段を三つに分ける。第一に題目、第二に帰敬、第三に本文の解釈である。第一の題目について、さらに二つに分ける。まず標題を示し、その中で六つの義によって釈する。第一に題を立てる意味を全体的に示し、第二に論の目を別に明らかにし、第三に開合を対比して弁じ、第四に名義を解釈し、第五に問答によって明らかにし、第六に取捨を定める。

初中。大疏云。或以人為目。或以法為名。人有請說等殊。法有法喻等別。或體或用。或果或因。乍複乍單。其類繁廣。而圓覺疏。加或能詮所詮。或真妄境智。則吾宗通目多法。隨何經論。約何立名。即非局定。

> 初中の段階では、大疏に「あるいは人を以て目と為し、あるいは法を以て名と為す。人には請説等の違いがあり、法には法・喩等の区別がある。あるいは体であり、あるいは用であり、あるいは果であり、あるいは因である。あるいは重ね、あるいは単独で、その種類は広く多い。しかし圓覚疏では、あるいは能詮・所詮を加え、あるいは真妄・境智を加える。我が宗門では、多くの法を通じて目と為し、どの経論に従い、何に基づいて名を立てるかは、必ずしも定まっているわけではない。」と言う。

二別明論目者。然論有二類。一集義論。謂採集經中義類成論。如瑜伽唯識等。二釋論。謂隨經釋文。如金剛般若論及今論。是故此論題。但約所釋經名。以目論名也。若於前所明人法等中。今用何為目。若約論題。依所解得名。所解是經。則約教法得名也。若於所解經題。辨得名者。所遺之教是法。法有教理行果。此亦教法。若約能遺屬人。遺通能所。則兼含人法。

> 二、論の題名について別に明かす。そもそも論には二種類ある。一つは集義論であり、経典の中の義の類を採り集めて論とするものである。瑜伽論や唯識論などのことである。二つは釈論であり、経典に従って文を解釈するものである。金剛般若論や今のこの論のことである。ゆえにこの論の題名は、ただ解釈される経典の名によって、論の名を付けたのである。もし先に明かした人や法などの中から、今どれを用いて名とするかを考えれば、もし論の題名について言えば、解かれた所に従って名を得る。解かれる所は経典であるから、教法に従って名を得るのである。もし解かれる経典の題名について、名を得る所以を辨ずるならば、説き遺された教えは法であり、法には教・理・行・果がある。これもまた教法である。もし説き遺す側が人に属するならば、説き遺すことは能と所に通ずるから、人と法を兼ね含むことになる。

三對辨開合者。四字。從寬至狹。開合四重。初論字。是能釋之通名。以凡釋論皆云論故。上三字。所解經之別稱。以於諸經中。唯釋遺教經故。此具二對。一是能所。謂能釋所釋故。二是通別。謂通名別名故。次於上三字。經為能詮。遺教即所詮。以經詮顯遺訓故。則詮旨一對。次於上二字。教是所遺之法。唯局於所。遺通能所。則通局一對。故此一題。開合四對。

> 三つの対照によって開合（開くことと閉じること）を弁別する。四つの文字について、広いところから狭いところへと、開合には四重の対がある。 まず「論」の字について論じる。これは解釈する側の通名である。なぜなら、およそ解釈の書物をすべて「論」と呼ぶからである。 上の三文字（「遺教経」）は、解釈される経典の別称である。なぜなら、諸々の経典の中で、ただ『遺教経』のみを解釈するからである。 ここに二つの対がある。第一に「能所」（主体と客体）の対である。すなわち、解釈するもの（論）と解釈されるもの（経）ということである。第二に「通別」（一般的と特殊的）の対である。すなわち、通名（論）と別名（遺教経）ということである。 次に、上の三文字について、「経」は表現する手段であり、「遺教」は表現される内容である。なぜなら、経典が遺教の教えを明らかに示すからである。これは「詮旨」（表現と意味）の一対となる。 次に、上の二字について、「教」は遺される法であって、ただ対象となる側に限られる。「遺」（遺すこと）は、能（遺す側）と所（遺される側）の両方に通じる。これは「通局」（普遍的と限定的）の一対となる。 ゆえに、この一つの題目には、開合の四つの対があるのである。

四解釋名義者。遺教乃囑累得名。訓誨為義。住法記云。遺教有二意。一囑累後事。二臨終顧命。故下論釋於我滅後云。此言示現遺教義故。即初意也。又釋最後教誨云。正顯遺教義故。即次義也。即下正宗六分經文。指事教誡。垂示將來。如世遺囑之類。是也。經者。能詮得名。貫攝為義。佛地論云。能貫能攝。故名為經。以佛聖教。貫穿攝持所應說義。所化生故。論。約能釋得名。剖析為義。謂評量教理。剖析名言。故云論也。

> 四、名義の解釈について。「遺教」という名は、遺言・委託によって名付けられ、教え諭すことを意味とする。『住法記』にいう、「遺教には二つの意味がある。一つは後の事を委託すること。二つは臨終の際の遺言である」。ゆえに後の論において、「我が滅度の後」を釈して、「この言葉は遺教の義を示す」という。これが第一の意味である。また「最後の教誨（教え戒め）」を釈して、「まさに遺教の義を顕わす」という。これが第二の意味である。すなわち後の正宗分の六分の経文において、事に指して教え戒め、将来に示し伝えたものであり、世間の遺言のような類である。これがそれである。「経」は、説くことができることによって名付けられ、貫き摂ることを意味とする。『仏地論』にいう、「よく貫きよく摂る、故に経と名付ける」。仏の聖教は、説くべき義と教化すべき衆生を貫き通し摂持するからである。「論」は、解釈することができることによって名付けられ、剖析することを意味とする。すなわち教理を評価し量り、名言を分析するから、「論」というのである。

五問答顯明者。問。此論一題。為具取經目。以標論題耶。為略取經目。以標論題耶。答。或具或略。何者。若經題上無佛字。即是略名。若上加佛字。即是具名。今詳藏本經。正標佛垂般涅槃略說教誡經。開元釋教錄。據僧祐錄云。亦名佛臨般。一曰遺教經。內典錄別名。亦曰一名遺教經。餘眾經錄。但有正名。若世流行本。與古德所釋本。皆曰佛遺教經。既藏本新舊目錄。皆上無佛字。應如住法記謂。上安佛字。後人所加。宣演同此。斯說為正。問。前來諸德釋題。皆上有佛字。今何不依。答。此如阿彌陀經。藏本與眾目錄。皆無佛說字。而世流布本。多具在之。如大乘法師等疏釋題。亦釋佛說字。既藏本與眾目皆無。足顯後人安之。但前德。失對藏目。故亦解釋也。又貞元已前。凡所譯經題中。多無佛說字。而貞元新譯經題中。多安佛等字。豈舊譯梵本多無。新譯梵本多有。驗知皆譯人意爾。此經姚秦什公譯時。既有正別二名。故一名具。一名略也。問。住法記云。今詳世典。義不須安佛字。以大千界中。一佛所說。終窮遺教。唯局至尊。故此不標。無所揀故。然前正題標佛字者。欲顯示垂般之言。因連人號。不同他經揀餘人說。此義云何。答。此釋反招難也。何則。如有難云。若但云遺教。餘望外道等臨終。豈不遺訓耶。彼自云如世謂遺囑之類。則題中有濫。故致正題先標佛字也。又難云。若謂佛字顯垂般之言者。亦由垂般通於餘聖。故云以佛字揀之。況垂般涅槃略說教誡皆佛。貫之而通揀耶。故知反招難爾。問。無佛字。豈免難耶。答。上明云皆譯人意。不謂有無。則濫不濫故。餘經名題。濫者甚多云云。如經目中。可知。若取連類。如般泥洹經。同本二譯。一本不標譯人名。題云般泥洹經。一本西晉白法祖譯。題云佛般泥洹。此亦具略之異。不應無佛字。則濫餘聖般泥洹耶。若云未免濫者。晉漢凡譯經題中。多不安佛字等。應皆有濫。故知但譯人意。今什公二題。雖具略之別。亦如般泥洹經。同本二譯。具略二名也。又遺字既通能所。則義含能遺之佛故也。

> 問：この論の題名について、経の題名をそのまま用いて論の題としたのか、それとも経の題名を省略して論の題としたのか。 答：そのまま用いた場合も、省略した場合もある。なぜか。経の題名に「仏」の字がなければ省略した名前であり、上に「仏」の字を加えれば完全な名前となる。 現在、大蔵経のテキストを調べると、正式な題名は「仏垂般涅槃略説教誡経」となっている。「開元釈教録」は僧祐の録に基づいて「仏臨般」とも呼ばれ、別名を「遺教経」という。「内典録」では別名を「遺教経」の一つともしている。その他の経典目録には正式な名前のみが記されている。 世間に流布しているテキストや古の学者たちが注釈したテキストは、いずれも「仏遺教経」としている。大蔵経の新旧の目録を見る限り、上に「仏」の字はない。したがって、「住法記」が述べるように、上に「仏」の字を置くのは後人が加えたものであり、「宣演」も同様の見解である。この説が正しい。 問：これまでの学者たちは題を釈する際、いずれも上に「仏」の字を置いていた。なぜ今それに従わないのか。 答：これは「阿弥陀経」のようなものである。大蔵経のテキストや種々の目録には「仏説」の字がないが、世間に流布するテキストには多く含まれている。大乗の法師たちが疏で題を釈する際にも「仏説」の字を釈している。しかし大蔵経のテキストや種々の目録にないことから、後人が加えたものであることが明らかである。先人たちは大蔵経と目録を照合しなかったため、解釈してしまったのである。 また、貞元年間より前は、翻訳された経典の題名に「仏説」の字がないものが多かった。しかし貞元年間に新しく翻訳された経典の題名には「仏」などの字を置くものが多かった。旧訳の梵本にはなく、新訳の梵本にはあったと考えるべきだろうか。これは翻訳者たちの意図によるものであると分かる。 この経典を姚秦の鳩摩羅什が翻訳した時、すでに正式名と別名の二つがあった。ゆえに一方は完全な名、一方は省略した名なのである。 問：「住法記」にこうある。「世間の典籍を詳しく調べると、『仏』の字を置く必要はない。大千世界において一仏が説法され、究竟の遺教はただ尊い仏にのみ限られる。ゆえにこれを標示せず、選択の必要がないからである。しかしながら先の正式な題名に『仏』の字を標すのは、『垂般』（臨終）の言葉を示そうとし、人号に連なるからであり、他の経典が他の人の説法を選択するのとは異なる」と。この意味はどうであろうか。 答：この解釈はかえって非難を招くものである。なぜか。もし「遺教」とのみ言えば、外道などの臨終の際の遺訓も含まれてしまうではないか、という非難がある。彼自身が「世に遺嘱の類と呼ばれる」と言っているように、題の中に混同がある。だから正式な題名に先に「仏」の字を標して区別したのである。 また、「仏」の字が垂般の言葉を示すというなら、垂般は他の聖者にも通じる。だから「仏」の字をもって選択するのである。ましてや「垂般涅槃」「略説教誡」はいずれも仏に属し、これらを通してすべてを区別するのである。ゆえにかえって非難を招くことが分かる。 問：「仏」の字がなければ、非難を免れないのか。 答：先に述べたように、すべて翻訳者の意図によるものである。有無によって混同があるかないかではない。他の経典の題名で混同が多いものは非常に多い。例えば「般泥洹経」は同本を二度翻訳したものである。一方の本は訳者の名を標さず、題を「般泥洹経」とし、他方の本は西晋の白法祖が訳し、題を「仏般泥洹」としている。これも完全名と省略名の違いであり、「仏」の字がないからといって、他の聖者の般泥洹と混同されるべきであろうか。 もし混同を免れないと言うなら、晋・漢の時代に翻訳された経典の題名には「仏」などの字を置かないものが多かった。それらすべてに混同があるべきであろうか。ゆえに翻訳者の意図によるものと知るべきである。 今、鳩摩羅什の二つの題名は完全名と省略名の違いがあるが、これも「般泥洹経」の同本二訳と同様に、完全名と省略名の二つがあるのである。また「遺」の字は能遺（遺す側）と所遺（遺される側）の両方に通じるから、その意味には能遺の仏が含まれているのである。

六定其去取者。藏本以佛垂般等標通者。以什公所譯。意存正名。論以別名易見。又人情好略。故世本唯標此名。故譯論者。意同順世。故略標也。故法華釋論。勒那摩提。具譯云玅法蓮華經論。而菩提留支。略譯云法華經論。故知題之具略。在於譯人。今論從略。

> 六、その取捨を定める。蔵本において「仏垂般」などと標すのは通称である。鳩摩羅什（くまらじゅう）師の訳は正しい名を重んじる意図があるが、論では別名を用いて分かりやすくしている。また、人々の心情は簡略を好むため、世間に流通する本ではこの名のみを標す。よって論を訳す者も、世間に従う意図で簡略に標したのである。ゆえに『法華釈論』では勒那摩提（ろくなまてい）が具に訳して『妙法蓮華経論』としたが、菩提留支（ぼだいるし）は簡略に訳して『法華経論』とした。これにより、題目の具略は訳者次第であると知られる。今、この論は簡略に従う。

二造譯人　馬鳴者。傳云。中天竺有外道智慧。不許公鳴犍椎。鳴即來索論義。時脇尊者從北竺。來遊中竺。即鳴犍椎上巨寒切。下地音。即鐘磬類。外道果來。即至論場。脇之義云。當今天下泰平。大王長壽。四土豐榮。無諸災患。外道即屈。降為弟子。後小月氏音支國王。將欲試驗以行正法。故請說法要。以馬餓七日。正說法時。牽馬眾中。以浮流與之馬食浮流草。故以與之馬竟不食。唯悲鳴垂淚。諦聽法要。故名馬鳴。若付法藏云。富那耶奢。與馬鳴論議。鳴既屈。奢度出家。鳴猶未服。欲捨身命。奢即入定。知鳴心念。時暗室中。先已有經。即語鳴曰。汝往取經。鳴曰。此室暗冥。云何往取。奢曰。但去。當今汝見。爾時奢以神通力。遙伸右手。入其暗室。五指放光。其光照耀。鳴由是服為弟子。據傳即脇弟子。據付法藏。即奢弟子。以脇是第九祖。奢是第十祖。恐俱為二人弟子。二傳別出。故不同也。起信疏云。此菩薩初生之時。感動諸馬悲鳴不已。又善能撫琴。以宣法音。諸馬聞之。咸悉悲鳴。又釋摩訶衍論。有六馬鳴。契經異說勝頂經謂。佛成道十七日。有外道曰馬鳴。難佛。摩尼清淨經說。佛滅後一百年出世。變化功德經。三百年出。摩耶經。六百年出。常德三昧經。八百年。莊嚴三昧說。過去有菩薩。名曰馬鳴。據本。即是大光明佛。若明其因。即八地菩薩。約所化境。目能化人。故從馬悲鳴。目曰馬鳴也。言菩薩者。具云菩提薩埵。此云覺有情。如常釋。言造者。廣宣抄引唯識疏云。作者名造。今新起故。敘理名述。先來有故。

> 二人目の翻譯者である馬鳴について。伝えられるところによれば、中インドに外道の智者がいて、僧院が鐘や太鼓を鳴らすことを許さなかった。鐘を鳴らせば、やって来て論義を挑んだのである。その頃、脇尊者が北インドから中インドに遊化に来て、すぐに鐘を鳴らした。外道は果たしてやって来て、論場に至った。脇尊者が論じたところによれば、「今や天下は泰平で、大王は長寿、四方の国土は豊かに栄え、諸々の災いがない」と。外道はついに屈して、弟子となった。その後、小月氏国の王が、正しい法を行うために尊者を試そうと思い、法要を説いてもらうことにした。馬を七日間空腹にしておき、説法の最中に、その馬を大衆の中に連れて来て、浮流の草を与えた。ところが馬はついに食べようとせず、ただ悲しげに嘶いて涙を流し、じっと法要を聴いた。それゆえに「馬鳴」と名付けられたのである。一方、『付法蔵伝』によれば、富那耶奢が馬鳴と論義して、馬鳴は屈し、耶奢は彼を度して出家させた。馬鳴はまだ心服せず、命を捨てようと思った。耶奢はすぐに定に入って、馬鳴の心の思いを知った。その時、暗い部屋の中に、すでに経典があった。耶奢は馬鳴に言った。「あなたはあそこへ行って経典を取って来なさい」。馬鳴は言った。「この部屋は暗くて、どうやって取りに行けましょうか」。耶奢は言った。「ただ行きなさい。今、あなたに見えるようにしよう」。その時、耶奢は神通力によって、遠くから右手を伸ばし、その暗い部屋に入れた。五本の指から光を放ち、その光は部屋を照らした。馬鳴はこれによって心服し、弟子となった。伝えによれば脇尊者（第九祖）の弟子であり、『付法蔵伝』によれば耶奢（第十祖）の弟子である。おそらく両者の弟子であったのだろう。二つの伝記が別々に伝えられているので、異なるのである。『起信疏』にはこうある。この菩薩が生まれた時、多くの馬が感動して悲しみ鳴くことやまなかった。また、琴を弾くのが巧みで、法の音を宣べ伝えた。馬たちがそれを聞いて、皆悲しみ鳴いた。また『釈摩訶衍論』には、六種の馬鳴が説かれている。経典によって異なる説がある。これに基づけば、大光明仏である。その因を明らかにすれば、八地の菩薩である。教化する対象に基づいて、よく人を教化できることから、馬の悲鳴に由来して「馬鳴」と名付けたのである。「菩薩」というのは、詳しくは菩提薩埵といい、ここでは「覚りのある有情」と訳す。常の解釈の通りである。「造」というのは、広宣抄が唯識疏を引用して言うには、「作者を作ると名付ける。今、新たに起こすからである。理を述べるのを述と名付ける。先にすでにあるからである」と。

言真諦三藏譯者。傳云。拘羅那他。陳言親依。或云波羅末陀。此云真諦。並梵文之名字也。本西印度。優禪尼國人。以梁武大清二秊。屆于建業。屬梁季崩乱。不果宣傳。後觀機壤。遂欲泛海往楞伽修國。道俗留之。遂停南越。後自梁安泛舶西引。業風賦命飄還廣州。刺史歐陽穆公頠。延住制旨寺。請翻廣義法門經。唯識論等。穆公薨。世子紇重請傳經。而神思幽通。量非情測。常居別所。四絕水洲。紇往造之。嶺峻濤湧。未敢凌犯。諦乃鋪舒坐具在水上。跏坐其內。如乘舟焉。泛波達岸。既登接對。而坐具不濕。神異例多。後弟子宗愷等。欲迎諦還建業。時揚輦碩望。恐奪時榮。乃奏曰。嶺表所譯眾部。多明無塵唯識。言乖治術。有弊國風。不𨽻諸華。可流荒服。帝然之。故南海新文。有藏陳世。太建元年遘疾。正月十一日午時遷化。年七十有一。自陳武永定二年戊寅。至孝宣太建元秊己丑。更譯金剛般若等三十八部。餘未譯者。梵本書。並多羅樹葉。凡有二百四十甲。若依陳紙翻之。則列二萬餘卷。今現譯訖。止是數甲。餘並在制旨王園兩寺。而言譯者。宋僧傳云。周禮有象𣆁。通六蠻。狄鞮主七戎。寄司九夷。譯知八狄。今四方官。唯譯官顯著者何也。從漢已來。多事北方。故譯名爛熟矣。復加之翻者。如翻錦綉。背面俱華。但其華有左右不同耳。由是翻譯二名行焉。然有四句。一譯字不譯音。即陀羅尼是。二譯音不譯字。如佛胸前卍字是。三音字俱譯。如諸經中諸華言是。四音字俱不譯。如經題上

二字是。然古皆云譯胡為漢。至隋及唐。皆言譯梵為華。故寧統辨梵胡有異。不應古者皆曰胡言。自隋至唐。皆曰梵語。要胡梵義分。方是正義。具如宋僧傳。

> 真諦三蔵の訳者について伝えられるところによれば、その名を拘羅那他といい、陳の言葉で「親依」と称する。あるいは波羅末陀ともいい、これを「真諦」と訳す。いずれも梵語の名である。もとは西インドの優禪尼国の人である。梁の武帝の太清二年に建業に到着したが、梁の末期の乱に遭遇し、経典の翻訳を果たせなかった。後に機縁を見て、海を渡って楞伽修国へ行こうとした。道俗の人々がこれを引き留めたので、南越に留まった。その後、梁の安から船出して西へ向かったが、風に翻弄されて広州に流れ着いた。刺史の歐陽穆公・頠が招いて制旨寺に住まわせ、広義法門経や唯識論などの翻訳を請願した。穆公が亡くなると、その子の紇が再び經典の翻訳を請うた。彼の精神は深遠で、常人には測り知れなかった。常に別の場所に住み、四方を水に囲まれた洲にいた。紇がそこを訪ねると、嶺は峻険で波は荒く、近づくことができなかった。すると真諦は座具を水の上に広げ、その上に結跏趺坐して、舟に乗るかのように波を渡って岸に達した。対面したが、座具は濡れていなかった。このような神異は数多くあった。後に弟子の宗愷らが真諦を建業に迎えようとした。その時、揚輦の有力者たちは、自分たちの栄誉を奪われることを恐れ、奏上していった。「嶺表で翻訳された多くの経典は、無塵唯識を明かすものが多く、治国の術にそぐわず、国の風俗に害がある。中国に留めるべきではなく、辺境の地に流すべきである。」帝はこれを是とした。そのため、南海での新しい翻訳は、陳の時代には蔵にしまわれた。太建元年に病にかかり、正月十一日の正午に入滅した。享年七十一歳であった。陳の武・永定二年の戊寅から、孝宣・太建元年の己丑までに、金剛般若などの三十八部を翻訳した。翻訳されずに残ったものは、梵語の原典で、多羅樹の葉に書かれたものが、合わせて二百四十帙あった。もし陳の紙に翻訳すれば、二万巻余りになるであろう。現在までに翻訳を終えたものは、わずか数帙にすぎない。残りはすべて制旨寺と王園寺の両寺にある。 「訳す」ということについて、宋の僧伝にはこうある。周の礼には象𣆁という官があり、六蛮の言葉を通訳し、狄鞮は七戎を、寄は九夷を、訳は八狄を掌ったという。今の四方の官の中で、訳官だけが広く知られているのはなぜか。漢の時代以来、多くが北方と交渉したため、「訳」の名が広まったのである。また、「翻」という語を加えるのは、錦繍を裏返すように、裏も表も美しいが、その美しさに左右の違いがあるだけだという意味である。このようにして「翻訳」という二つの名が行われるようになった。 しかし、四つの場合がある。第一に、字を訳して音を訳さないもの。すなわち陀羅尼である。第二に、音を訳して字を訳さないもの。例えば仏の胸の卍の字である。第三に、音も字も共に訳すもの。諸経典の中の漢語がこれである。第四に、音も字も共に訳さないもの。経題の上の二字がこれである。 古くはすべて「胡を訳して漢となす」と言った。隋から唐にかけては、「梵を訳して華となす」と言うようになった。それゆえ、寧ろ統べて梵と胡に違いがあることを弁えるべきで、昔の人がすべて「胡言」と言ったのは正しくない。隋から唐に至っては、すべて「梵語」と言う。要するに、胡と梵の意味を区別してこそ、正しい意味となるのである。詳しくは宋の僧伝に示されるとおりである。

二歸敬請加二。初頂禮下所歸三寶。初偈佛。次偈法僧。所以要歸三寶者。起信疏云。略有六意。一荷恩德故。二請加護故。三令生信故。四為儀式故。五表尊勝故。六顯益物故。頂禮二字。能歸至誠。謂以己最上之頂。禮彼最下之足。故云頂禮。敬之至也。然西域有九拜。一發言問訊。二俯首示敬。三柔首高揖。四合掌手拱。五屈膝。六長跪。七首肘據地。八五輪著地。九五體投地。今當第八。但云頂禮者。頂若著地。必兩手膝。無不著地。故舉頂攝餘四輪也。三世下所歸分齊。言三世尊者。若但云世尊。約別則三界獨尊號。十號之一也。故瑜伽中。合七八總為一。云無上丈夫調御士。故世尊別當第十號。若約總。則具上十德。為世所尊。則開無上士為第七。調御丈夫為第八。故佛當第十。則世尊總具十號也。今偈既云三世尊。三世有二。一過現未三世中。唯佛最尊故。二三種世間。謂有情世間。器世間。智正覺世間。此三世間中。唯佛最尊故。雖初義竪窮三世。實亦橫該十方。以三時約時。時無別體。約處以明。故必該十方也。言無上功德海者。以佛德超過一切。故云無上功德。具微塵數相好。深廣難量。故喻如海。此同華嚴云如來無上功德海。普現明灯照世間。一切眾生咸救護。悉皆與樂無遺者。此中初句。同今第二句。次句。同今上句。下二句。同今第三句。言哀愍度眾生者。大慈悲救物也。度約濟度。即佛慈悲。哀愍力為能度。淪溺眾生為所度。謂出二死海。至三德岸也。故華嚴云。汝觀如來法常爾。一切眾生咸利益。能以大慈哀愍力。拔彼畏塗淪溺者。然歸佛偈中。初句下三字。總舉諸德。次句。大智。第三句。大悲。以悲智是佛本懷故。述此以申所敬相也。言是故我歸命者。示敬意故。初二字。迎上佛具悲智。故我歸命也。起信疏云。歸者。是依投趣向義。命者。總御諸根。一身之要。人之所貴。莫不為先。舉此無二之命。以奉無上之尊。又歸者。是還源義。眾生六根。從一心起。而背自源。馳趣六塵。今舉命根。總攝六情。還歸一心。一心。即一體三寶也。問。起信宗一心。故有次義。今何引之。答。能歸之人。即論主八地菩薩。豈不會一心耶。況下釋一心。亦約第一義心解。

> この偈の始めに、仏・法・僧の三宝に帰依し、加護を請い願うことを述べる。初めの偈は仏、次の偈は法と僧についてである。三宝に帰依する理由について、『起信疏』には、おおむね六つの意味があると説かれている。一つには、恩徳を担うがゆえに。二つには、加護を請い願うがゆえに。三つには、信心を生じさせるがゆえに。四つには、儀式のためであるがゆえに。五つには、尊く勝れたものであることを示すがゆえに。六つには、利益を人々に施すことを顕すがゆえに。 「頂礼」の二字は、帰依する側の至誠の心を表す。すなわち、自己の最上の頂をもって、相手の最下の足を礼するのである。ゆえに「頂礼」という。これは敬意の極みである。そもそも西域には九種の礼拝がある。一に発言して問訊すること、二に俯首して敬意を示すこと、三に柔らかく頭を傾けて高く揖すること、四に合掌して手を拱くこと、五に屈膝すること、六に長跪すること、七に頭と肘を地に据えること、八に五輪を地に着けること、九に五体を地に投げ出すことである。今ここでは第八の礼拝に当たる。ただ「頂礼」とのみ言うのは、頂が地に着くならば、必ず両手と膝も地に着かないことはないからである。ゆえに頂をもって他の四輪を包括しているのである。 「三世」の下は、帰依する対象の範囲を示す。「三世尊」と言うのは、ただ「世尊」とのみ言えば、別しては三界において独り尊い称号であり、十号の一つである。ゆえに『瑜伽論』では、第七と第八を合わせて一つとし、「無上丈夫調御士」と説く。ゆえに「世尊」は別して第十号に当たる。もし総じて言えば、上記の十の徳を具えて、世に尊ばれるのである。すなわち「無上士」を開いて第七とし、「調御丈夫」を第八とする。ゆえに仏は第十号に当たり、「世尊」は総じて十号を具えることになる。 今この偈で「三世尊」と言うのは、三世に二つの意味があるからである。一つには、過去・現在・未来の三世の中で、ただ仏のみが最も尊いこと。二つには、三種の世間、すなわち有情世間・器世間・智正覚世間の中で、ただ仏のみが最も尊いことである。初めの意味は、たとえ縦に三世を尽くすとしても、実は横にも十方を包括するのである。なぜなら、三時は時について言うが、時に別の体はなく、処について明らかにするから、必ず十方を包括するのである。 「無上功徳海」と言うのは、仏の功徳が一切を超越しているから「無上功徳」という。微塵の数のような相好を具え、深く広く測り難いので、海に譬えるのである。これは『華厳経』の「如来無上功徳海、普現明灯照世間、一切衆生咸救護、悉皆与楽無遺者」と同じである。この中の初めの句は、今の第二句と同じである。次の句は、今の上句と同じである。下の二句は、今の第三句と同じである。 「哀愍度衆生」と言うのは、大慈大悲をもって人々を救うことである。「度」は済度について言う。すなわち仏の慈悲であり、哀愍の力が能度となり、沈み漂う衆生が所度となる。すなわち、生と死の二つの海を出でて、三徳の岸に至るのである。ゆえに『華厳経』には「汝観如来法常爾、一切衆生咸利益、能以大慈哀愍力、抜彼畏塗淪溺者」とある。 仏に帰依する偈の中、初めの句の下の三字は、諸々の功徳を総じて挙げる。次の句は大智、第三の句は大悲である。悲と智は仏の本来の願いであるから、これを述べて帰依する相手の徳を表すのである。 「是故我帰命」と言うのは、敬意を示すためである。初めの二字は、上に述べた仏が悲智を具えていることを受けて、ゆえに私は帰命するのである。『起信疏』には、帰とは依投・趣向の意義であり、命とは諸々の根を総べて統べるもので、一身の要であり、人の貴ぶところで、先としないものはないとある。この無二の命を挙げて、無上の尊に捧げるのである。 また帰とは、本源に還る意義である。衆生の六根は一心から起こるが、自らの本源に背いて六塵に馳せ趣く。今、命根を挙げて六情を総べて摂し、一心に還るのである。一心とは、すなわち一体三宝である。 問う。『起信論』の宗旨は一心であるから、そのような意義がある。今ここでなぜこれを引用するのか。 答う。帰依する主体である人とは、論主である八地の菩薩である。どうして一心を会得していないことがあろうか。ましてや下の「一心」の解釈も、第一義心について解しているのである。

次偈中。初句法寶。次句僧寶。第四句能歸相。言清淨深法界者。約理法界也。界是性義。而言清淨深者。以菩薩二乘所得法界。未極清淨。未至源底。唯佛窮徹。究竟清淨故。以清淨深字揀之。故攝論云。揀異二乘所得法界。故名最清淨法界也住法記二解。皆非論意。穿鑿之甚。況有從而錄之者。此句。兼上一偈。即佛三身。然三世尊。通報化二身。以約眾生等三世間為尊。即屬報身。若過現未三世尊。屬於化身。其無上功德海。唯約報身。哀愍度生。亦通報化。謂度二死海故。菩薩度變易生死。此約地上見報身故。化身可知。此云清淨深法界。即是法身。若爾。此是法寶。何名佛身耶。答。此既理法界。亦即果法。是佛所證深法界。故為法身。若爾。何得合佛法二段配三身耶。答。此依起信疏體例故。彼論云。及彼身體相。法性真如海。疏云。此法寶也。教淺理深。行分果圓。故歸理果。以用大中。辨佛報化二身。是故體相二大。自是法身。屬法寶攝。今云清淨深法界。自是法身。義通理果。屬法寶攝。故文在法寶。義當法身也。問。今云法身。安知即是法身耶。答。梁攝論中本論云。復次諸佛法界。恒時應具五業。釋論云。此中明法身業。而言諸佛法界者。欲顯法身含法界五義。轉名法界一性義。二因義。三藏義。四真實義。五甚深義。故知法界即是法身也。然雖法界具攝五義。皆約理法界為言二記配三身等。為與此碩異。智者詳焉。

> 偈の次の部分について説明します。初めの句は法宝、次の句は僧宝、第四の句は帰依する対象のすがたを示しています。 「清淨深法界（清らかで深い法界）」とあるのは、理法界について述べたものです。「界」とは本性という意味です。そして「清浄で深い」と言うのは、菩薩や二乗が得る法界は、まだ完全に清らかではなく、その根源の底にまで至っていないからです。ただ仏だけが窮め尽くし、究竟的に清らかであるため、「清浄深」という言葉で区別しているのです。 したがって『摂論』には、「二乗が得る法界と異なることを簡別するから、最清浄法界と名づける」とあります<note>『住法記』の二つの解釈は、いずれも論の意に反しており、穿ちすぎています。ましてやそれに従って記録する者などいるでしょうか</note>。 この句は、前の偈と合わせると、仏の三身を表しています。しかし「三世尊」という場合は、報身と化身の二身を通じて言います。衆生などの三世間について「尊」とするのは、報身に属します。もし過去・現在・未来の三世の尊というなら、それは化身に属します。 その「無上功德海」は、もっぱら報身について述べたものです。哀れみの心で衆生を救済することも、報身と化身の両方に通じます。二種の死の海（分段生死と変易生死）を渡らせるからです。菩薩が変易生死を渡るのは、これは地上の菩薩が報身を見ることを指します。化身については言うまでもありません。 ここで「清淨深法界」と言うのは、すなわち法身です。それならば、これは法宝であって、どうして仏身と言えるのでしょうか。 答え：これは理法界であり、同時に果上の法でもあります。仏が証得した深い法界であるから、法身となるのです。 それならば、どうして仏と法の二つの部分を三身に配当できるのでしょうか。 答え：これは『起信論疏』の体裁に従ったものです。あの論には「及び彼の身体相、法性真如海」とあり、疏には「これは法宝である」とあります。教えは浅く理は深く、行は分かれ果は円満であるから、理と果に帰依するのです。用大の中では、仏の報身と化身の二身を弁別しています。ゆえに体大・相大の二つは、自ずから法身であり、法宝に属します。 今「清淨深法界」と言うのは、自ずから法身であり、その義は理と果に通じ、法宝に属します。だから文としては法宝の位置にあり、義としては法身に当たるのです。 問：今「法身」と言いますが、どうしてそれが法身だと分かるのでしょうか。 答：梁の『摂論』の本論に、「また諸仏の法界は、恒に時に応じて五種の業を具える」とあります。釈論には「これは法身の業を明かすものである」とあります。「諸仏の法界」と言うのは、法身が法界の五種の義を含み、転じて法界と名づけることを示そうとしているからです<note>一には性義、二には因義、三には蔵義、四には真実義、五には甚深義</note>。したがって法界がすなわち法身であると知るのです。 しかし、法界が五義を全て含むとはいえ、いずれも理法界について述べたものです<note>二つの記が三身などに配当するのは、これとは大きく異なります。賢明な方はよく吟味してください</note>。

言增長下二句。僧寶。修行有二。一自分。二昇進。今云增長。即約昇進為言。此通三乘賢聖。者之一字。即是牒人言。世及出世間者。謂出世間修進行者。若三乘中三凡三賢。即世間僧。四果十聖。即出世間僧。若細言之。前三果。未盡三界惑故。亦是世間僧爾。言我等皆南無者。宣演記云。文含二義。一約所歸。有二釋。一謂佛德特異。故須別明。法僧義齊。所以合示。故云等皆。二謂大小二乘。凡聖僧寶。世及出世。平等普歸。故云等皆。二約能歸。謂以我一人。總攝一切。悉皆歸命。故云我等皆南無也上彼釋。問。若爾。今攝一切。皆歸法僧。何故佛寶。但云我歸命耶。答。文影略故。所以前略但云我。影在今文。故知前但云我。亦攝一切眾生等。皆歸佛爾。問。有何所以。總攝一切歸命耶。答。謂十方諸佛。悉皆歡喜故。十方眾僧。悉皆贊歎故。十方一切法藏。常恒流布故。問。馬鳴大士。證不動地。下地功德。悉以滿足。何故。下位皆歸命耶。答。謂由所攝能歸之人。皆亦同自位故上諸問答。皆依釋摩訶衍論中。言南無者。梵語正云盤淡。此翻我禮。義云歸命。然佛云歸命。法僧云南無。唐梵互舉爾。

> 「言增長下二句」について、これは僧寶を説明しています。修行には二つの種類があります。一つは自分自身の修行（自分分）であり、もう一つは更高い段階へ進む修行（昇進）です。ここで「增長」と言うのは、昇進の観点から述べているのです。これは三乗（声聞乗・縁覚乗・菩薩乗）の賢者や聖者に共通して当てはまります。「者」の一字は、その人々を指し示す言葉です。 「世及び出世間」とは、出世間の修行を進める行者を指します。三乗の中の三凡（外凡・内凡・最下凡）や三賢（十住・十行・十回向）は世間の僧侶であり、四果（預流果・一来果・不還果・阿羅漢果）や十聖（初地から十地までの菩薩）は出世間の僧侶です。詳しく言えば、前三果（預流果・一来果・不還果）はまだ三界（欲界・色界・無色界）の煩悩を完全に断ち切っていないので、これも世間の僧侶と言えます。 「我等皆南無」について、『宣演記』にはこうあります。この文には二つの意味が含まれています。一つ目は帰依の対象についてです。これには二つの解釈があります。第一に、仏の徳は特に優れているので、別に明らかにする必要があり、法と僧は徳が同等なので、まとめて示すのです。だから「等皆」と言うのです。第二に、大乗と小乗の二乗、凡夫と聖者の僧寶、世間と出世間のすべてを平等に広く帰依するので、「等皆」と言うのです。二つ目は、帰依する側についてです。自分一人で全てを代表し、全ての衆生が皆、帰命するので「我等皆南無」と言うのです。<note>上記の解説は以上です</note> 問い：もしそうなら、今ここで全ての衆生をまとめて法と僧に帰依させているのに、なぜ仏寶については「我歸命」とだけ言うのですか。 答え：これは文の表現が省略されているからです。前の文では簡潔に「我」とだけ言い、今の文にその意味が反映されています。だから前の文の「我」も、全ての衆生が皆、仏に帰依することを含んでいるのです。 問い：何の理由があって、全ての衆生をまとめて帰命させるのですか。 答え：十方の諸仏が皆、喜ばれるからです。十方の僧伽が皆、讚歎されるからです。十方の一切の法藏が、常に絶え間なく流布されるからです。 問い：馬鳴大士は不動地（第八地）を証得し、それより下の位の功德は全て圓満しています。なぜ、下の位の者たちも皆、帰命させるのですか。 答え：これは、歸依させる側の人が、ともに同じ位を持つからです。<note>上記の問答は全て『釈摩訶衍論』に基づいています</note> 「南無」とは、梵語を正しくは「盤淡」と言い、これを翻訳すると「我禮」となります。その意味は「歸命」です。しかし、仏については「歸命」と言い、法と僧については「南無」と言います。これは漢語と梵語を互いに用いているのです。

二述本意二。論我所下。初正申意。然所以歸三寶者。乞威加被。解釋佛經。欲令末世修行菩薩。知此方便道故。佛法久住。離難成益也。言我者。問。馬鳴已登八地。二我皆斷。那自稱我耶。答。智論云。世間法中說我。非第一義中說我。以諸法實無我。世間法中。雖說我無咎。又世界語言。有三根本。一邪。二慢。三名字。初二不淨。後一是淨。一切凡夫。具三種語。見思道人二種語。謂慢名字語。聖人一種語。謂名字。內心不計實法。隨世間人。共傳是語。佛弟子順俗故說我無咎。今約順俗。故云我也。又南海寄歸傳云。西國南海稱我。不是慢詞。設令道汝。亦非輕稱。但欲別其彼此。令無踞傲之心。不並神州將為鄙惡。據此。則譯師順西域風俗。故經多稱我也。言建立論等者。興建成立此論。為解佛經故。此猶通意。為彼下二句。方是正意。然此經文。一期讀之。似專小乘。故舊來諸德。於藏乘教攝中。皆收入小乘。特由此故。論主以自智深知佛意。佛臨涅槃說此經者。由別為一類大乘淺機。不能直受大乘深法者而說此經。意在大乘。但文言似小。懸知末代不解佛意。一期取文收入小教。則使末世諸修行菩薩自智力弱者。不知是大乘方便道。棄捨此經。故論主建立此論。令知此經正是大乘方便道。但兼共二乘。所以特云為彼諸菩薩。令知方便道。下文云。復示摩訶衍方便道。與二乘共。此是論主特申釋經之意也。後解論者。不能發揚斯理。致使經論雙迷。若使此經。明為大乘深機。直說菩薩行法。又不兼共二乘。凡讀經者。亦自知此經是大乘經。豈古德同謂小乘。而假此論釋之。方知是大乘耶。特申文意秘隱。待論方明。此釋既顯論主之深旨。冀無惑焉。然論主在起信論歸敬後。亦申造論之意云。為欲令眾生。除疑捨邪執。起大乘正信。佛種不斷故。但彼是大乘實教之宗論。故龍樹釋論謂。令一切無量眾生。外道異生。二乘菩薩。除疑捨邪執。於甚深大乘正道。決定精進。趣入迴向故。令三寶種不斷。今此論意。是大乘權教之釋論。由所釋之經。末世多謂小乘。故大士懸知。特云為彼諸菩薩。令知方便道。則佛法久住。反顯非此論。則不知方便。悞為小乘。則佛法速滅也。問。若爾。亦可非大乘起信論。則應起小乘信邪。答。不爾。若非彼論則泛信大乘。不能於甚深大乘正道。而起正信。只由此義。彼釋論特云。發起堅固信。決定於甚深大乘正道故。此論但云令知大乘方便道爾。故知非彼論。則權實不分。非此論。則不知此經是大乘方便道。然彼是大乘實教。故釋論云大乘正道。此是大乘權教。故今論云大乘方便道。以二論對明。大乘有二。一曰正道。此即實教。二曰方便道。即當權教。欲彰二論權實之殊。故皆於歸敬之後。申明其意。即此正宗六科。皆顯大乘方便爾。以彼對此。其意昭然。而住法記。約示權歸實。釋方便等言。幾許悞耶。若此是汝等所行是菩薩道者。乃即小成大。令二乘知方便也。此全非論意。又若即權歸實。則唯一乘。不應下云與二乘共。是尚共教故。又與法華會權方便何異。此轉無交涉。若宣演但云。令知正宗六分方法便宜。進趣菩提。靡不由此。評曰。此通釋方便二字。以會六分之經。猶不知方便道言。因何而得。亦不得論意。

> 二、論の本意を述べる。「論」の下に「我」という語がある。まず正式に意図を述べる。 三宝に帰依する所以は、仏の加護を請い、仏経を解釈して、末世の修行する菩薩たちにこの方便の道を知らしめ、仏法を長く世に保ち、困難を離れて利益を得させるためである。「我」ということについて。 問う：馬鳴（めみょう）はすでに八地に登っている。人我・法我の二つとも断じ尽くしているのに、どうして自ら「我」と称するのか。 答える：『大智度論』にいう。世間の法の中では「我」と言うが、第一義の中では「我」と言わない。すべての法は実に我がないからである。世間の法の中で、たとえ「我」と言っても過ちはない。 また、世間の言語には三つの根本がある。一つは邪見、二つは慢心、三つは名前である。初めの二つは清らかでなく、後の一つは清らかである。すべての凡夫は三種類の語を具えている。見道・思道の人は二種類の語を持つ。すなわち慢心と名前の語である。聖人は一種類の語を持つ。すなわち名前である。心の中で実法を計り執着せず、世間の人々に従って共にこの語を伝える。仏弟子は世俗に順じて「我」と言っても過ちはない。今、世俗に順じるという意味で「我」と言うのである。 また『南海寄帰伝』にいう。西国や南海では「我」と称するのは、慢心の言葉ではない。たとえ「汝」と言っても、軽んじる称呼ではない。ただ互いを区別したいだけで、傲慢の心を起こさせないためである。神州の鄙悪とみなすのとは異なる。これによれば、訳師は西域の風俗に順じたので、経典には多く「我」と称するのである。 「建立論等」ということについて。この論を興し建て成立させるのは、仏経を解釈するためである。これはまだ通じた意味である。「為彼」の下の二句が、まさに正しい意図である。 しかし、この経文は一時期読むと、小乗に専ら似ている。それゆえ昔からの諸徳は、蔵・乗・教の摂属において、みな小乗に収めた。特にこの理由によって、論主は自らの智慧をもって深く仏意を知る。仏が涅槃に臨んでこの経を説かれたのは、別に一類の大乗の浅い機根の者たちのためであり、直接に大乗の深い法を受けられない者のためにこの経を説かれたのである。意図は大乗にあるが、文句は小乗に似ている。 未来の世の人が仏意を解さず、一時期文を取って小乗の教えに収めることを遠く知っておられる。そうすれば、末世の修行する菩薩たちで自らの智慧の力が弱い者は、これが大乗の方便の道であることを知らずに、この経を捨ててしまうであろう。それゆえ論主はこの論を建立して、この経がまさに大乗の方便の道であることを知らしめようとした。ただ二乗と兼ね共にするだけである。 だから特に「彼の諸菩薩のため」と言って、方便の道を知らしめるのである。下文にいう。「また摩訶衍の方便の道を示し、二乗と共にする」と。これが論主が特に経の意図を釈して述べたものである。 後の論の解釈者は、この理を発揚できず、経も論も二つながら迷わせてしまった。もしこの経が明確に大乗の深い機根のためのもので、直接に菩薩の行法を説き、また二乗と兼ね共にしないならば、経を読む者もみな自らこの経が大乗経であることを知るであろう。どうして古徳がみな小乗と言い、この論の解釈を待って初めて大乗と知るのであろうか。 特に文意が秘められ隠されているのは、論を待って初めて明らかになるのである。この解釈がすでに論主の深い意図を明らかにしている。どうか惑うことのないように。 しかし、論主は『起信論』の帰敬の後にも、論を造る意図を述べて言う。「衆生が疑いを除き、邪執を捨て、大乗の正信を起こし、仏種を絶やさないようにするためである」と。しかし、あれは大乗の実教（真実の教え）の宗論である。それゆえ龍樹の釈論は言う。「一切の無量の衆生、外道・異生、二乗・菩薩が、疑いを除き邪執を捨て、甚深の大乗正道において、決定して精進し、趣入し回向することによって、三宝の種を絶やさないようにするためである」と。 今、この論の意図は、大乗の権教（方便の教え）の釈論である。解釈される経が末世に多く小乗と言われるので、大士（馬鳴）は遠く知って、特に「彼の諸菩薩のため」と言って、方便の道を知らしめる。そうすれば仏法は長く世に保たれる。逆に言えば、この論がなければ方便の道を知らず、誤って小乗として、仏法は速やかに滅びるであろう。 問う：それならば、『大乗起信論』がなければ、小乗の信を起こすべきであろうか。 答える：そうではない。もしあの論がなければ、ただ漠然と大乗を信じるだけで、甚深の大乗正道において正信を起こすことはできない。ただこの意味によって、あの釈論は特に言う。「堅固な信を発起し、甚深の大乗正道において決定する」と。この論はただ「大乗の方便の道を知らしめる」と言うだけである。 ゆえに知るべきである。あの論がなければ権実（方便と真実）が分かれず、この論がなければこの経が大乗の方便の道であることを知らない。しかし、あれは大乗の実教であるから、釈論は「大乗正道」と言う。これは大乗の権教であるから、今の論は「大乗方便道」と言う。 二つの論を対照して明らかにすると、大乗には二つある。一つは「正道」と言い、これが実教である。二つは「方便道」と言い、これが権教に当たる。二論の権実の違いを明らかにしようとして、みな帰敬の後にその意図を述べているのである。 すなわち、この正宗六科は、みな大乗の方便を示すだけである。あれとこれとを対照すれば、その意味は明らかである。しかし『住法記』は、「権を示して実に帰せしめる」と解して、「方便」などの言葉を釈している。どれほどの誤りであろうか。 もし「これは汝らの行うところの菩薩道である」というのは、すなわち小を即して大と成すことで、二乗に方便を知らしめるのである。これはまったく論の意図ではない。また、もし権を即して実に帰するならば、ただ一乗のみであり、下文の「二乗と共にする」というべきではない。これはなお共教であるからである。また『法華経』の会権帰実の方便と何の違いがあろうか。これはますます関係がない。 もし宣演がただ「正宗六分の方法の便宜を知らしめ、菩提に進趣するは、みなこれによらないものはない」と言うならば、評して言う。これは「方便」の二字を通じて解釈し、六分の経に会するものであるが、まだ「方便道」の言葉が何によって得られるかを知らない。また論の意図を得ていない。

二以知下。二示益相。意謂。不知此道。應謂小乘。使佛法不久住。過由未盡。二利未成。則唯自利爾。此意愈顯。若非此論。但謂小乘。唯住自利故。由此論故。則反於是。問。凡夫不知有過可也。豈聖人不知此道。而起過耶。答。此有二意。一者聖猶有過。謂七地菩薩。入觀同諸佛。出觀同凡夫。又二地方除悞犯尸羅。故未免過。二者。聖必知正道。方得離過。苟不知此道。自非聖人。即此過障於聖地。故云聖過也。初義。滅除凡聖所起之過。次義。滅除滯凡障聖之過。例如煩惱即障凡夫所起。即是過也所知之障是障聖之過故。

> 第二に、利益を示す相を明かす。その意味は、もしこの道を知らなければ、小乗とみなされるべきであり、仏法を長く住せしめることができない。過ちは未だ尽きず、自利・利他の二利も未だ成就せず、ただ自利のみに留まる。この意味はますます明らかとなる。もしこの論がなければ、ただ小乗とみなされ、自利のみに安住するからである。この論があることによって、その逆となるのである。 問う。凡夫が過ちがあることを知らないのは許されるであろう。聖人がどうしてこの道を知らずして過ちを起こすことがあろうか。 答える。これには二つの意味がある。第一に、聖人にもなお過ちがあること。すなわち七地の菩薩は、観に入れば諸仏と同じであるが、観から出れば凡夫と同じである。また二地においてようやく誤って戒律を犯すことを除く。それゆえ過ちを免れない。第二に、聖人は必ず正道を知って、初めて過ちを離れることができる。もしこの道を知らなければ、それは聖人ではなく、この過ちが聖地を妨げる。ゆえに「聖の過ち」というのである。 第一の意味は、凡夫と聖人が起こす過ちを滅除することである。第二の意味は、凡夫に留まり聖地を妨げる過ちを滅除することである。例えば、煩惱はすなわち障りであり<注釈：凡夫が起こすもの、すなわち過ちである>、所知の障りは<注釈：これが聖地を妨げる過ちであることによる>。

三釋文二。此修下。初標舉科分。然約三藏。則屬契經藏。約二藏。即菩薩藏。約諸乘。則建立大乘。其藏乘之義。備如華嚴大疏。問。誰建立耶。答。是佛本建立。故云此修多羅等。然論主。懸知末世迷於佛意。而謂聲聞藏乘。故此特指。若前云建立論。則屬論主。又此經建立。雖正在菩薩。亦兼為二乘。以兼從正故。今云菩薩所修等。而宣演記。取金陵會同大小。合而不分。為得聖意。非也。此則取兼為正。公違論旨。此中既判七分。皆云菩薩所修。此為正意。下釋此比丘。復示大乘與二乘共。此明兼攝。非是正途。故下節節釋經。皆云菩薩。又若謂通小之大故。共二乘者。此乃下揀愚法。上揀一乘。即三乘共教。此約揀異。何謂合而不分。故知此釋大違論旨。若住法記云。若據今經。本聲聞乘。而論云菩薩者。凡有五意。一本如來出世意。經云諸有所作。常為一事。唯以佛之知見。示悟眾生。難曰。此論尚存三乘。何謂一事。又既本此意。論中何處示二乘佛知見耶。此公。只知佛教唯大小乘。安知化法化儀。有多差別耶。二順法華開會意。經云。汝等所行。是菩薩道。難曰。論謂大乘共二乘。此猶存三。豈是會小歸大耶。又既開顯。則諸小乘經。皆可作大乘釋。何獨此論。獨本是意。而餘小乘經。還作小釋耶。三依涅槃重施意。謂涅槃會中。談常顯性。決了權疑。復恐滅後執實謗權。故重施偏小。則使未來。執謗不起。既聞常住。同歸佛乘。一切教文。無復偏小。故號出家菩薩真是聲聞。論主弘通。正存此意。難曰。若今存此意故。作大乘釋者。諸小乘論。皆滅後造。何不存此意。却還作小釋耶。如天親等師。皆大菩薩。豈不知聞常住後。一切教文。無復偏小。而但依經旨。還釋以小乘耶。四流通應機意。以偏小教門。已經開廢。末世愚昧。人多聽從。若附小乘。必無承奉。故西天此土。諸祖聖師。並用大乘。弘贊小教。深符佛旨。頗合機宜。難曰。若用大弘小者。但於小乘經論中。略引大乘義。而毗贊之。豈有一經全是小乘。一論全作大解。此方西域皆無此例。反使論主。雖有流通應機之意。全乖經旨。虗用其功。若使後人効之。一切經論。都無交涉。此豈聖師深意。乃凡愚之淺見爾。五大小相攝意。謂若依小乘。則不攝大機。今從大判。則大小俱攝。難曰。若以大攝小故。判為大乘者。的是經文。全無大義。如當知多欲之人下八段經文。若對大涅槃經。與八大人覺經。誠是大乘所修之行。然由不標總名。但結別目。故釋經者。謂是小乘。論主但總名標之。以合經之別目。豈是專以小乘行。作大乘釋。欲以大機小邪。只有經隨機異。論逐經通。豈有大菩薩不順經文。別以私意。以大攝小耶。由上五意。足見記主不解差別化法化儀。唯分大小而已。況下節節釋文。多違論旨。如下自見。故皆無取。然則智者玅玄。南山律鈔。賢首探玄。皆云小乘者會解曰。古德因配化儀門中始終一類小乘。如阿含遺教說。非判釋遺教經也。亦由什公譯此經已。即編入小乘藏中。續至陳朝真諦。譯此論於南越。雖曰大乘。然既論藏陳世。因絕見聞。所以開元已前。數本經錄。雖列真諦所譯三十八部。其入藏者。亦多不足。此論皆入有名闕本錄中。至開元間。昇師方獲論本。續依論義。并經。並編入大乘藏中。爾後諸師。因此論故。方知此經具大乘義。故前智者。南山。賢首。未見論本故。一期取為小乘。次至興元貞元間。清涼國師。方於大疏。頻指遺教。為大乘義。如問明品疏。釋如鑽燧求火未出而數息。云遺教對此明小水常流則能穿石。演義釋云。即是彼經八大人覺等。又發心品云。菩薩獲此廣大智。疾向菩提無所礙。為欲利益諸眾生。處處宣揚大人法。疏云。大人法。八大人覺。鈔釋云。八大人覺者。遺教全明云云具如下引。十地鈔中。亦廣解釋。皆約大乘義以會之。以此驗知。若此論。譯已不藏南越。豈古德皆謂之小乘耶。問。八大人覺。焉知即大乘耶。答。如八大人覺經云。如此八事。乃是諸佛菩薩大人之所覺悟。精進行道等。又前輩多疑。闕施度故。非是大乘。若爾。則以四諦專在聲聞。因緣定在緣覺。六度唯局大乘。如諸教四重四諦。豈定是緣覺。諸小乘論。三祇別修六度。各有滿時。此雖云菩薩所修。尚屬小教。豈專以諦緣度。而定大小之別乎。如此論釋四諦無疑。通於無作四諦。應當一心徹於第一義心。八大人覺諸三昧門。住堪忍地。示無生法。明二無我。會三秘藏。此皆經具明大乘修進觀行。何但爭六度具闕。以定大乘耶。

> 此文分為三部分來解釋。首先標示科判。就三藏而言，此經屬於契經藏；就二藏而言，屬於菩薩藏；就諸乘而言，則建立為大乘。關於藏與乘的意義，在《華嚴大疏》中已有詳細說明。 問：是誰建立的呢？答：這是佛陀本人所建立的，所以說「此修多羅」等。然而論主預知未來眾生會迷失於佛的本意，將聲聞藏誤認為小乘，因此特別指出。若之前說「建立論」，那就屬於論主的建立。 又此經的建立，雖然主要在於菩薩，但也兼顧二乘，這是因為兼帶利益而從屬於正道。現在說「菩薩所修」等，而《宣演記》採取金陵的觀點，將大乘與小乘會通合一，不加分別，認為這符合聖意，其實是不對的。這是以兼攝為正宗，公然違背論旨。 此中既然判分七分，都說「菩薩所修」，這才是正意。下文解釋「此比丘」時，又顯示大乘與二乘共修，這說明的是兼攝，不是正道。所以下文逐節解釋經文，都說「菩薩」。 又若說因為通於小乘的大乘，所以與二乘共修，這是下文揀別愚法、上揀一乘，屬於三乘共教，這是就區別差異而言，怎能說是合而不分呢？所以可知這種解釋大大違背論旨。 《住法記》說：若根據此經，本來是聲聞乘，而論中說是菩薩，共有五點理由：第一，本於如來出世的意趣，經說「諸有所作，常為一事，唯以佛之知見，示悟眾生」。問難：此論尚且保存三乘，怎能說是一事？又既然本於此意，論中何處顯示二乘的佛知見呢？這位註者只知道佛法分大小二乘，怎知化法與化儀有多種差別呢？ 第二，順應《法華經》開權顯實的意趣，經說「汝等所行，是菩薩道」。問難：論說大乘與二乘共修，這仍保存三乘，豈是會小歸大？又既然開顯了，那麼所有小乘經都可作大乘解釋，為何唯獨此論本於此意，而其餘小乘經仍作小乘解釋呢？ 第三，依《涅槃經》重新施設的意趣，在涅槃會中談論常住、顯示佛性，決斷權教的疑惑，又恐怕滅度之後眾生執著於權教而誹謗真實，所以重新施設偏小之教，使未來眾生不生執著誹謗。既然聽聞常住之理，同歸佛乘，一切教法都不再是偏小，所以稱出家菩薩真是聲聞。論主弘揚流通，正是存此意趣。問難：若現在因存此意而作大乘解釋，那麼所有小乘論典都是滅度之後所造，為何不存此意，反而作小乘解釋呢？如天親等師，都是大菩薩，豈不知聽聞常住之後，一切教法都不再是偏小，卻只依經義，仍作小乘解釋？ 第四，為流通而隨順根機的意趣。因為偏小教門已經開顯廢立，末世眾生愚昧，多數人聽從。若附屬於小乘，必定沒有人信受奉行，所以印度與此土的歷代祖師聖賢，都用大乘來弘揚讚歎小教，深深契合佛旨，頗為適合眾生根機。問難：若用大乘弘揚小乘，只須在小乘經論中略引大乘義理來讚揚即可，怎會有一部經全是小乘，而一部論全部作大乘解釋？此方與西域都沒有這樣的例子。反而使論主雖有流通隨機的用意，卻完全違背經旨，白費功夫。若讓後人效法，一切經論都沒有交涉了，這豈是聖師的深意？不過是凡愚的淺見罷了。 第五，大小乘互相含攝的意趣。若依小乘，則不能攝受大乘根機；現在從大乘來判定，則大小乘都能攝受。問難：若因以大攝小而判為大乘，的確經文完全沒有大乘義理。如「當知多欲之人」以下的八段經文，若對照《大涅槃經》與《八大人覺經》，確實是大乘所修之行。但因沒有標示總名，只結出別目，所以解釋經文的人以為是小乘。論主只用總名來標示，以配合經中的別目，怎能說是專門將小乘行作大乘解釋，想以大乘攝受小乘呢？只有經典隨順根機而不同，論典隨順經典而通達，怎會有大菩薩不順經文，另以私意以大攝小呢？ 由以上五點，足見註者不了解差別的化法與化儀，只分大小而已。何況下文逐節解釋經文，多處違背論旨，如下文自然可見，所以都不足取。 然而智者大師的《妙玄》、南山律師的《律鈔》、賢首大師的《探玄》，都說此經是小乘。古德因在化儀門中，始終歸類為小乘，如《阿含經》《遺教經》所說，並非判定《遺教經》。也是因為鳩摩羅什翻譯此經後，就編入小乘藏中。後來到了陳朝真諦，在南越翻譯此論，雖然稱為大乘，但既然論典在陳朝譯出，當時無人見聞。所以在開元年間以前，多種經錄雖然列有真諦所譯的三十八部，但入藏的也多不完整，此論都列入有名無本的目錄中。到了開元年間，智昇法師才獲得論本，接著依論義與經文，一同編入大乘藏中。 此後諸位大師，因為此論的緣故，才知道此經具足大乘義理。所以之前的智者、南山、賢首，因為未見論本，一時判為小乘。後來到了興元、貞元年間，清涼國師才在《大疏》中多次指《遺教經》為大乘義。如《問明品疏》解釋「如鑽燧求火，未出而數息」時說，《遺教經》對此說明「小水常流則能穿石」，《演義》解釋說，就是彼經的八大人覺等。又《發心品》說「菩薩獲此廣大智，疾向菩提無所礙，為欲利益諸眾生，處處宣揚大人法」，疏中說大人法就是八大人覺，鈔中解釋說八大人覺在《遺教經》中有完整說明。《十地鈔》中也廣泛解釋，都約大乘義理來會通。 由此可以驗證，若此論翻譯之後沒有藏在南越，古德怎會都說是小乘呢？ 問：八大人覺，怎知就是大乘呢？答：如《八大人覺經》說「如此八事，乃是諸佛菩薩大人之所覺悟，精進行道」等。又前輩多疑惑，因為缺少布施度，所以不是大乘。若是如此，則四諦只屬於聲聞，因緣只在緣覺，六度唯獨限於大乘。如諸教中的四重四諦，怎能一定是緣覺？諸小乘論中，三大阿僧祇劫別修六度，各有圓滿之時，雖說菩薩所修，仍屬小教，怎能專以四諦、因緣、六度來判定大小之別呢？ 如此論解釋四諦無疑，通於無作四諦，應當一心徹於第一義心，八大人覺、諸三昧門、住堪忍地、示無生法、明二無我、會三秘藏，這些都是經中明確顯示大乘的修行觀行。怎能只爭論六度有無，來判定是否大乘呢？