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title: "菩薩地持經 · 6 成熟品"
description: "《菩萨地持经》由北凉时期著名译经师昙无谶翻译，属瑜伽行派重要典籍。该经系统阐述菩萨修行的十个阶位（十地）及持守的戒律规范，涵盖发心、修行至成佛的全过程。它反映了公元5世纪大乘佛教菩萨道思想的成熟形态，对汉传佛教菩萨戒体系与修行理论影响深远，是研究大乘菩萨道实践与教义的关键文献。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcwlagjk11obl7043gl0qagi"
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## 菩薩地持經卷第三

> 菩薩地持経 巻第三

北涼中印度三藏曇無讖於姑臧譯

> 北涼・中インド三蔵 曇無讖 姑臧にて訳す

### 菩薩地持方便處成熟品第六

> 第6章 成熟品

云何成熟？略說有六種：一者自性成熟；二者人成熟；三者種分別成熟；四者方便成熟；五者人成熟；六者人相成熟。自性成熟者，有善法種子修習、善法隨順二障，清淨解脫身心有力，真實方便具足究竟，有佛無佛堪能次第斷煩惱障及智慧障，如癰已熟至應破時，名之為熟。又如瓦瓶任用之時名之為熟，亦如菴羅果等堪食用時名之為熟。如是菩薩修習善法真正方便具足究竟，次第堪任離障清淨，是名自性成熟。人成熟者，略說四種。有聲聞種性，以聲聞乘而成熟之；有緣覺種性，以緣覺乘而成熟之；有佛種性，以無上大乘而成熟之；無種性者，則以善趣而成熟之。如是四種人，諸佛菩薩以此四事而成熟之。種分別成熟者，略說有六種：一者諸根成熟；二者善根成熟；三者智慧成熟；四者下成熟；五者中成熟；六者上成熟。諸根成熟者，壽具足、色具足、種性具足、自在具足、信言具足、大力具足、人具足、力具足，身得報果，堪能勇猛精進方便心無疲厭，於一切明處悉方便學。善根成熟者，性少煩惱不起惡法，陰蓋輕微質直隨順。智慧成熟者，明慧具足，善說惡說能解義趣，受持分別生智成熟，堪能究竟離諸煩惱。諸根成熟解脫報障，善根成熟解脫業障，智慧成熟解脫煩惱障。下成熟者，有二因緣：一者不久修習諸根善根智慧因緣；一者修習下因。中成熟者，於此二因緣，一勝一劣。上成熟者當知俱勝。

> 成熟とは何か？簡潔に言えば六種類ある。一つは自性成熟、二つ目は人成熟、三つ目は種別による成熟、四つ目は方便成熟、五つ目は人成熟、六つ目は人の相における成熟である。 自性成熟とは、善い法（真理）の種子を修習し、善法に従って煩悩障と所知障の二つの障りを清らかにし、身心に力を得て、真実の方便を完全に具え、仏がいる世でもいない世でも、順を追って煩悩障と智慧障を断つことができることである。ちょうど腫れ物が熟して破るべき時になったのを「熟した」と言い、また瓦の瓶が使えるようになったのを「熟した」と言い、マンゴーなどの果物が食べ頃になったのを「熟した」と言うのと同じである。このように菩薩が善法を修習し、真実の方便を完全に具え、順を追って障りを離れ清らかになることができること、これを自性成熟という。 人成熟とは、簡潔に言えば四種類ある。声聞の種性を持つ者には声聞乗によって成熟させ、縁覚の種性を持つ者には縁覚乗によって成熟させ、仏の種性を持つ者には無上の大乗によって成熟させる。また種性のない者には、善趣（善い生まれ方）によって成熟させる。この四種類の人々を、諸仏や菩薩はこれら四つの方法によって成熟させるのである。 種別による成熟とは、簡潔に言えば六種類ある。一つは諸根の成熟、二つ目は善根の成熟、三つ目は智慧の成熟、四つ目は下の成熟、五つ目は中の成熟、六つ目は上の成熟である。 諸根の成熟とは、寿命が充分であり、容姿がすぐれ、家柄が良く、自在の力を持ち、言葉に信頼があり、大力を具え、人としての条件を備え、力が充実していることである。身体が果報を得て、勇猛に精進し、心に疲れや飽きがなく、あらゆる学問分野に進んで学ぶことができる。 善根の成熟とは、元来煩悩が少なく、悪い行いを起こさず、心の覆いが軽く、素直で教えに従うことである。 智慧の成熟とは、明らかな智慧を完全に備え、善い説法も悪い説法もその意味を正しく理解し、教えを受けて保ち、分別する智慧が成熟し、煩悩を究極的に離れることができることである。 諸根が成熟すれば報いの障り（報障）から解脱し、善根が成熟すれば行いの障り（業障）から解脱し、智慧が成熟すれば煩悩の障り（煩悩障）から解脱する。 下の成熟には二つの因縁がある。一つは諸根・善根・智慧の因縁を長く修習しないことであり、もう一つは下の因を修習することである。 中の成熟とは、これら二つの因縁のうち、一つは優れ、一つは劣ることである。 上の成熟とは、両方とも優れていると知るべきである。

方便成熟者，有二十七種：一者界充滿；二者現緣饒益；三者度；四者愛樂攝受；五者初處；六者非初處；七者遠淨；八者近淨；九者方便；十者淨心；十一者財饒益；十二者法饒益；十三者神足；十四者說法；十五者隱覆說法；十六者顯現說法；十七者下方便；十八者中方便；十九者上方便；二十者聞；二十一者思；二十二者修；二十三者攝取；二十四者伏取；二十五者自作；二十六者請他作；二十七者俱作。界充滿者，善法種子生長具足，依先修習善法種子展轉相因增長充滿，是名界充滿。現緣饒益者，於現在世不倒說法、不倒受持，善隨順法法次法向。界充滿者，以本因故現在成熟。現緣饒益者，現在世因，現在成熟。度者，親近善友信心得生，信增上已，離家惡行受持禁戒，非家出家受離欲戒。愛樂攝受者，出苦道跡、欲樂苦行二俱遠離，行於樂道深樂佛法。初處者，以初厭法修行厭離，知勝妙義度功德利。非初處者，已度成熟，於現在世不離親近諸佛菩薩，增長住處漸漸增進轉勝成熟。遠淨者，起懈怠心修行遠緣，流轉生死經歷劫數；堪任清淨與此相違，名為近淨。方便者，得諸善義欣樂奉行，畏厭來世惡道眾苦，於現世中畏惡名稱，受持禁戒常行頓行。淨心者，正觀諸法次第堪忍，於正法中無能壞者，亦令眾生修習正法，於三寶中得善勝義信心不動。財饒益者，隨其所須，衣食眾具一切施與。法饒益者，欲受法者授之以法，樂受義者為說正義。神足者，神力示現哀愍眾生令得信樂，信增上已修方便淨。彼諸眾生若見若聞大神變已，於正法中得清淨心修善方便。說法者，自善解義能為人說，己及眾生與正道俱，疾成大智隨順說法。隱覆說法者，於少智眾生覆藏深義，為說麁現易行之法。顯現說法者，智慧眾生深入佛法，為說甚深微妙之處。下方便者，不常方便、不頓方便。中方便者，或常方便或頓方便，行一捨一不能具足。上方便者，具二方便。聞者，解佛所說修多羅等種種經法，受持誦習精勤方便。思者，於寂靜處思惟諸法，開解通達決定法相。修者，謂止舉捨，止觀前行，修習深樂，止觀捨心。攝取者，依止無貪心修行布施，瞻視和上諸師疾病，供施衣食湯藥眾具，若有憂悔及餘煩惱能為開解，修如是等如法供養。伏取者，心正思惟自護煩惱，見餘眾生若有毀失，下犯訶責、中犯折伏、上犯驅出。呵責、折伏，為安樂彼及餘眾生；若驅出者，還聽懺悔，既安樂彼兼利餘人。若不還悔，安樂餘人，餘人見彼犯罪驅出因是自護。自作者，自如法住隨順說法，令他眾生出不善處安立善處。若不如法住，眾人當言：「汝今云何教授他人發舉與念？他應教汝發舉與念。」請他者，彼善方便巧說法者，眾所知識增上愛敬，勸請說法成熟眾生。俱者，謂自作、勸他二俱成熟。此二十七種方便成熟，彼六種成熟分別具足，所謂諸根成熟、善根成熟、智慧成熟、下中上成熟。

> 方便による成熟には二十七種類がある。一是界充滿、二是現緣饒益、三是度、四是愛樂攝受、五是初處、六是非初處、七是遠淨、八是近淨、九是方便、十是淨心、十一是財饒益、十二是法饒益、十三是神足、十四是説法、十五是隱覆説法、十六是顯現説法、十七是下方便、十八是中方便、十九是上方便、二十是聞、二十一是思、二十二是修、二十三是攝取、二十四是伏取、二十五是自作、二十六是請他作、二十七是俱作。 界充滿とは、善法の種子が生長し具足していること。過去に修めた善法の種子が互いに因となり、増長して満ちあふれることを、界充滿と言う。現緣饒益とは、現在世において、誤りなく法を説き、誤りなく法を受持し、法に従い、法の次第に沿って善く進むこと。界充滿は、過去の因によって現在成熟する。現緣饒益は、現在世の因によって現在成熟する。 度とは、善き朋友に親近して信心が生まれ、信仰が深まったならば、家での悪行を離れて戒律を受持ち、家を離れて出家し、欲望を離れる戒を受けること。 愛樂攝受とは、苦しみからの脱出の道と、欲望や苦行という両極端を共に離れ、楽しい道を行き、深く仏法を喜ぶこと。 初處とは、最初に厭離の法によって修行し、素晴らしい意味や度する功徳の利点を知ること。 非初處とは、すでに成熟した者が、現在世において諸仏・菩薩から離れず、その境地を増長し、徐々に進んでさらに勝れた成熟へと至ること。 遠淨とは、怠惰な心を起こし、遠い縁によって修行し、生死を流転して長い劫数を経ること。清らかになるに堪えること、これとは反対を近淨と言う。 方便とは、諸々の善い意味を得て喜んで行い、来世の悪道の苦しみを畏れ、現世においては悪い評判を畏れて、戒律を受持ち常に行いを整えること。 淨心とは、諸法を正しく観察し、順を追って堪え忍び、正しい法においては誰にも壊されることなく、また衆生に正しい法を修めさせ、三宝において善く勝れた信心が動かないこと。 財饒益とは、相手の必要なものに応じて、衣食などのあらゆる道具を施し与えること。 法饒益とは、法を受けたい者には法を授け、意味を喜ぶ者には正しい意味を説くこと。 神足とは、神通力をもって衆生を哀れみ、信じ楽しむ心を起こさせ、信仰が深まったならば、方便と清らかさを修めること。それらの衆生は、大きな神通の変化を見たり聞いたりした後、正しい法において清らかな心を得て、善い方便を修める。 説法とは、自らよく法の意味を理解し、他人のために説くこと。自分も衆生も正道と共にあり、速やかに大きな智慧を成就し、相手に合わせて法を説くこと。 隱覆説法とは、智慧の少ない衆生に対しては深い意味を隠し、粗くて分かりやすい行いの法を説くこと。 顯現説法とは、智慧ある衆生には、仏法の深く微妙なところを説くこと。 下方便とは、常に行う方便でもなく、一度に行う方便でもないこと。 中方便とは、常に行う方便か一度に行う方便のどちらか一方であり、両方を兼ね備えていないこと。 上方便とは、その二つの方便を兼ね備えていること。 聞とは、仏の説かれた経典などの様々な教えを理解し、受持し、誦し、学び、精進し努力すること。 思とは、静かな場所で諸法を思索し、理解し通達し、法の相を決定すること。 修とは、止・挙・捨のこと。止観を先行して修め、深く楽しみ、止・観・捨の心を修めること。 攝取とは、貪りのない心に依って布施を修行し、和尚や師匠の病気を見舞い、衣服や食物、薬や道具を供養し、もし後悔やその他の悩みがあればそれを解きほぐし、このような如法の供養を修めること。 伏取とは、心を正しく思惟して自らの煩悩を守り、他の衆生に過ちや欠点があるのを見たら、軽い過ちには叱責し、中程度の過ちには折伏し、重い過ちには追放する。叱責や折伏は、その者と他の衆生を安楽にするためである。追放した場合でも、後に懺悔を許す。それによりその者を安楽にし、同時に他の人々にも利益となる。もし懺悔しなくても、他の人々は安楽になる。他の人々は、その者が罪を犯して追放されるのを見て、自らを守るからである。 自作とは、自ら如法に住し、相手に応じて法を説き、他の衆生を不善の場所から出して善い場所に安立させること。もし自ら如法に住していなければ、人々は言うだろう。「あなたはどうして他人を教え、注意を促すのか。むしろあなたこそ、他の人から教えられ、注意されるべきだ」と。 請他とは、善い方便と巧みな説法を持ち、大衆に知られ敬愛される者を、説法を勧め請うことで衆生を成熟させること。 俱とは、自ら行うことと他を勧めることの両方で成熟させること。 これら二十七種の方便による成熟は、先に述べた六種の成熟、すなわち諸根の成熟、善根の成熟、智慧の成熟、下・中・上の成熟にそれぞれ対応して具わるものである。

人成熟者，略說六種。菩薩住於六地成熟眾生，謂住解行地菩薩行解行住；淨心地菩薩行淨心；住行道跡地菩薩行道跡；住決定地菩薩住決定；住決定行地菩薩行決定行；住究竟地菩薩到究竟。無種性處人，善趣成熟，數退數進。有種性處人，令得成熟，無有退失，數數增進。

> 人の成熟には、大きく分けて六つの段階があります。 菩薩は六つの境地に立って、人々を成熟させます。すなわち、 \* \*\*修行を志す境地\*\*に立つ菩薩は、修行の道を歩む人を成熟させます。 \* \*\*心が清らかになる境地\*\*に立つ菩薩は、心を清める人を成熟させます。 \* \*\*修行の道筋を歩む境地\*\*に立つ菩薩は、その道を歩む人を成熟させます。 \* \*\*悟りが確定する境地\*\*に立つ菩薩は、確定した人を成熟させます。 \* \*\*確定した行いを実践する境地\*\*に立つ菩薩は、確定した行いを実践する人を成熟させます。 \* \*\*究極の境地\*\*に立つ菩薩は、究極に達した人を成熟させます。 一方、悟りの性質を持たない人は、善い世界に生まれても、何度も退歩したり進歩したりを繰り返します。 しかし、悟りの性質を持つ人は、成熟へと導かれれば、退歩することなく、確実に向上していくのです。

人相成熟者，本習聲聞住下成熟者，下欲下方便，未離惡趣，於現法中不得沙門果，於現法中不得涅槃。住中成熟者，中欲中方便，不墮惡趣，於現法中得沙門果，不得涅槃。住上成熟者，上欲上方便，不墮惡趣，於現法中得沙門果及般涅槃。住上成熟者，上欲上方便，於現法中得沙門果及般涅槃，成辟支佛如聲聞。何以故？道同聲聞故。勝聲聞者，謂最後身無師自悟，本習力故，修三十七品斷一切結，得阿羅漢證，故名緣覺。又菩薩住解行地者當知下成熟，淨心地者中成熟，決定究竟者上成熟。住下成熟菩薩，下欲下方便，未離惡趣，當知是第一阿僧祇滿，熾然不動，快淨、道品悉不成就。住中成熟菩薩，中欲中方便，不墮惡趣，第二阿僧祇滿，熾然不動，道品成就、快淨不成就。住上成熟菩薩，上欲上方便，不墮惡趣，第三阿僧祇滿，熾然不動，快淨、道品一切成熟，其性淳厚具足熾然，增上妙果增上福利，故名熾然。不還不退堅固昇進，故名不動。於菩薩地清淨無上，故名快淨。

> 人の成熟の度合いについて説明します。 下位の成熟に留まる者は、もともと声聞の教えに慣れており、欲も浅く、修行の方法も浅いため、まだ悪道を離れておらず、現世において沙門の果報を得ることも、涅槃に至ることもできません。 中位の成熟に留まる者は、欲も中程度、修行の方法も中程度であり、悪道に堕ちることはありません。現世において沙門の果報を得ることはできますが、涅槃には至りません。 上位の成熟に留まる者は、欲も深く、修行の方法も優れています。悪道に堕ちることなく、現世において沙門の果報を得、そして般涅槃にも至ります。 また、上位の成熟に留まる者は、声聞と同じく辟支仏（独覚）となることができます。なぜなら、修行の道が声聞と同じだからです。声聞より優れている点は、最後の生において師なくして自ら悟りを開くことです。もともとの修行の力によって三十七道品を修め、すべての煩悩を断ち切り、阿羅漢の果報を得ることから、縁覚と呼ばれます。 さらに、菩薩について言えば、解行地に留まる者は下位の成熟であると知るべきです。浄心地に留まる者は中位の成熟、決定究竟に至る者は上位の成熟です。 下位の成熟の菩薩は、欲も浅く、修行の方法も浅いため、まだ悪道を離れておらず、第一阿僧祇劫が満ちた段階です。熾然・不動・快浄、そして道品のいずれも成就していません。 中位の成熟の菩薩は、欲も中程度、修行の方法も中程度であり、悪道に堕ちることはなく、第二阿僧祇劫が満ちた段階です。熾然・不動と道品は成就していますが、快浄は成就していません。 上位の成熟の菩薩は、欲も深く、修行の方法も優れており、悪道に堕ちることはなく、第三阿僧祇劫が満ちた段階です。熾然・不動・快浄、そして道品のすべてが成就しています。その性質は清らかで厚みがあり、熾然のすべてを備えています。 これらの功徳について、さらに詳しく説明します。 増上という優れた果報と増上という優れた利益を得ることから「熾然」と呼びます。退くことなく、還ることなく、堅固に向上し続けることから「不動」と呼びます。菩薩の境地において清らかでこの上ないことから「快浄」と呼びます。

彼中財利成熟、神足成熟、隱覆說法成熟、下方便成熟、聞惠成熟，此五種成熟，久遠修習猶尚為下，況復近修。餘一切成熟事，一一三種說，謂下下、下中、下上；中下、中中、中上；上下、上中、上上。如是等下中上分別，則有無量成熟。當知諸佛菩薩成熟眾生，彼菩薩於此成熟事，如所說自熟佛法，諸根成熟、善根成熟、智慧成熟、下中上行成熟，以三乘法成熟眾生。

> あらゆる衆生の成熟には五つの種類がある。すなわち、財利による成熟、神通力による成熟、秘密の説法による成熟、善巧方便による成熟、そして智慧を聞くことによる成熟である。この五つの成熟は、たとえ長い間修行を積んでも、まだ下位のものとされる。ましてや、短期間の修行ではなおさらである。その他のすべての成熟の事柄については、一つ一つに三つの種類がある。すなわち、下の下、下の中、下の上、中の中の下、中の中の中、中の上の下、上の下、上の中、上の上である。このように下、中、上の区別によって、無量の成熟が存在するのである。諸仏と菩薩が衆生を成熟させることについて、菩薩はこの成熟の事柄において、自ら仏法を修めることにより、諸根が成熟し、善根が成熟し、智慧が成熟し、下・中・上の行が成熟する。そして三つの乗り物（三乗）によって衆生を成熟させるのである。