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title: "菩薩地持經 · 3 地品"
description: "《菩萨地持经》由北凉时期著名译经师昙无谶翻译，属瑜伽行派重要典籍。该经系统阐述菩萨修行的十个阶位（十地）及持守的戒律规范，涵盖发心、修行至成佛的全过程。它反映了公元5世纪大乘佛教菩萨道思想的成熟形态，对汉传佛教菩萨戒体系与修行理论影响深远，是研究大乘菩萨道实践与教义的关键文献。"
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### 菩薩地持畢竟方便處地品第三

> 菩薩地持 畢竟方便處 地品 第三

如上所說十三住，次第為七地，六是菩薩地、一是菩薩如來共地。一者種性地；二者解行地；三者淨心地；四者行迹地；五者決定地；六者決定行地；七者畢竟地。種性住名種性地，解行住名解行地，淨心住名淨心地，增上戒住、增上意住、三種增上慧住、有開發無相住名行迹地，無開發無相住名決定地，於三決定是初決定；無礙智住名決定行地，最上菩薩住、如來住名畢竟地。如來住地，後建立品廣說。菩薩於解行地入歡喜地，云何離惡趣報？是菩薩於解行地，依世俗淨禪集菩提具，於百一十苦眾生修悲愍心，為惡趣眾生久處惡道如己舍宅，於此學無上菩提故堪忍，能為一切眾生作除苦因，一切眾生三惡道業，以清淨心願悉代受，畢竟修行一切善業修習正願。以世俗淨禪正願力故，惡道煩惱染污受身不久得斷。菩薩轉惡道身，諸惡道業一切不行，是名菩薩離諸惡趣。過解行地入淨心地，前住品說。淨歡喜住信等十法，於此地淨對治所治及次第建立。云何對治？一者放逸不受菩薩戒，違信菩提，是故以信對治。二者於諸眾生有殺害心，違於大悲，是故悲心對治。三者於諸眾生有瞋恚心，違於大慈，是故慈心對治。四者顧念命財，違於惠施，是故惠施對治。五者於諸眾生多求眾具，違於不惓，是故不惓對治。六者無方便智，違於知論，是故知論對治。七者不善隨順，違隨順他，是故知世間對治。八者於修善法放逸懈怠，違於慚愧，是故慚愧對治。九者長夜生死受無間苦其心怯劣，違於勇猛，是故勇猛對治。十者於佛疑惑，違於供養，是故供養對治。如是十種對治所治，略說有二種：一者心淨；二者方便淨。前三種心淨，餘者方便淨。云何次第？菩薩信於菩提，於苦眾生而起悲心，起悲心故欲度眾生而起慈心，起慈心故而為惠施，為惠施故修習正義無有厭惓，無有厭惓故知諸經論，知經論故善知世間隨順世間，隨順世間故若煩惱起而生慚愧，以慚愧故不隨煩惱得勇猛力，得勇猛力故修正方便善法增長，多得勝利供養如來，如是十法淨一切地。

> 以上に述べた十三の住は、順を追って七つの地となります。六つは菩薩の地、一つは菩薩と如来に共通の地です。第一に種性地、第二に解行地、第三に浄心地、第四に行迹地、第五に決定地、第六に決定行地、第七に畢竟地です。 種性住を種性地といい、解行住を解行地といい、浄心住を浄心地といいます。増上戒住、増上意住、三つの増上慧住、有開発無相住を行迹地といい、無開発無相住を決定地といいます。三つの決定のうち、これが第一の決定です。無礙智住を決定行地といい、最上菩薩住と如来住を畢竟地といいます。如来住地については、後の建立品で詳しく述べられます。 菩薩が解行地から歓喜地に入るとき、どのようにして悪趣の報いを離れるのでしょうか。この菩薩は解行地において、世俗の清らかな禅定に依り、菩提のための資糧を集め、百一十の苦しむ衆生に対して悲愍の心を修めます。悪趣の衆生が長く悪道に留まることを、自分の家のように思いやります。ここにおいて無上の菩提を学ぶためによく耐え忍び、一切の衆生のために苦しみの原因を取り除くことができます。一切の衆生の三悪道の業を、清らかな心で全て代わりに受けようと願い、ついには全ての善業を修行し、正しい願いを修習します。世俗の清らかな禅定と正しい願いの力によって、悪道の煩悩に染まった受身は、やがて断たれます。菩薩は悪道の身を転じ、諸々の悪道の業は一切行われなくなります。これを菩薩が諸々の悪趣を離れるといいます。 解行地を過ぎて浄心地に入ることについては、前の住品で説かれています。 清らかな歓喜住における信等の十の法は、この地において対治すべきものとその対治法、そしてその順序が定められています。どのように対治するのでしょうか。第一に、放逸により菩薩戒を受けず、菩提への信に背くこと。ゆえに信をもって対治します。第二に、諸々の衆生に対して殺害の心があり、大悲に背くこと。ゆえに悲心をもって対治します。第三に、諸々の衆生に対して瞋恚の心があり、大慈に背くこと。ゆえに慈心をもって対治します。第四に、命や財産に執着し、恵施に背くこと。ゆえに恵施をもって対治します。第五に、諸々の衆生に対して多くの道具を求め、疲れを知らないことに背くこと。ゆえに疲れを知らないことで対治します。第六に、方便の智慧がなく、経論を知ることに背くこと。ゆえに経論を知ることで対治します。第七に、うまく従うことができず、他に従うことに背くこと。ゆえに世間を知ることで対治します。第八に、善法の修習において放逸で怠け、慚愧に背くこと。ゆえに慚愧をもって対治します。第九に、長い生死の間、無間の苦を受け、心が臆病で弱く、勇猛に背くこと。ゆえに勇猛をもって対治します。第十に、仏に対して疑惑を持ち、供養に背くこと。ゆえに供養をもって対治します。 このように十の対治すべきものがありますが、大まかに二つに分けられます。一つは心の清らかさ、二つ目は方法の清らかさです。最初の三つが心の清らかさであり、残りが方法の清らかさです。 では、その順序はどうでしょうか。菩薩は菩提を信じ、苦しむ衆生に対して悲心を起こします。悲心を起こすがゆえに、衆生を救おうとして慈心を起こします。慈心を起こすがゆえに、恵施を行います。恵施を行うがゆえに、正しい意味を修習し、飽きることがありません。飽きることがないがゆえに、諸々の経論を知ります。経論を知るがゆえに、世間をよく知り、世間に従います。世間に従うがゆえに、もし煩悩が起これば慚愧を生じます。慚愧があるがゆえに、煩悩に従わず、勇猛の力を得ます。勇猛の力を得るがゆえに、正しい方法を修め、善法が増長し、多くの勝れた利益を得て、如来に供養します。このように十の法が、全ての地を清らかにします。