---
title: "佛祖統紀 · 下兜率"
description: "佛祖统纪由南宋僧人志磐于咸淳年间撰成。全书五十四卷，以天台宗视角记述佛教传播史，涵盖印度至中国的佛教源流、宗派传承、历代高僧事迹及教理阐述。它仿照史书体例，系统整合此前诸家佛教史传，是天台宗集大成的历史著作。该书不仅保存了大量珍贵佛教史料，且确立了以天台为正统的判教体系，对后世佛教史学研究影响深远，被誉为中国佛教通史的里程碑式著作。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcwm70q000whjs04hsxxjn3p"
---

## 佛祖統紀卷第二

宋景定四明東湖沙門志磐撰

### 教主釋迦牟尼佛本紀第一之二

### 下兜率

序曰。四明法師之言云。如來昔於大通之時。覆講法華。與無邊眾生作一乘之因矣。以由中間退大樂五塵。如來大悲恐其墮苦。於是更以小乘。而為救拔。或用衍三而為導引。如此大小種種成熟。堪於今世悟入佛乘。是故如來為此一事出現於世。然其機發復少差殊。故於一代而分五時。有機堪能直入於實者有機但能迂入於實者。雖此二類。熟在一時嚴於華頓談別圓被二種機者。此機從始即見勝相。若其中間習小深者。雖於今世入一佛乘。而於小先熟。故為此機示現劣身。初說三藏諸味調熟。來至法華方開佛慧。此機於始唯見劣身。故天台師曰。小機則示三藏佛身說法。大機應以舍那佛身說法。是故降神母胎。即示兩相故。然華嚴頓後。方施小化。譬如窮子急追不至徐語方來。前頓後漸其義已成。今那忽云降神母胎即示兩相。須知諸文所論。初頓後漸。蓋是化緣施設之語。今此所說大小雙應。終歸一乘。方盡鑑機始末之事。如方便品。思無大機。念欲息化。諸佛勸諭。方施小乘。次文却云無量劫來。讚涅槃法。生死永盡。我常是說。是故思機。然後施小。此等之說。皆是儀式。不可據此以難今文預鑑群機。原始要終。度物之意也並別行記今觀二聖師所論。則知如來出興。秖一八相。自大機而觀之。則始終無改。無非華嚴。自小機而觀之。則遊化鹿苑。諸教次第。謂之舍那謂之釋迦。一體而兩名。由機有不同耳。然則大小二始。頓漸兩說。五時施化。一乘會歸。是皆如來。隨順機宜。善巧方便。令入佛慧之道。今故得以述之。

> 序に曰く。四明法師の言に、 「如來は昔、大通の時に法華を覆講し、無辺の衆生と一乗の因を結んだ。しかしその途中で、大乗を退き五欲の塵に楽（ねが）う者が出た。如來は大悲をもって彼らが苦に堕ちるのを恐れ、そこでさらに小乗をもって救い上げ、あるいは衍（えん）三を用いて導き入れた。このように大小様々に成熟させ、彼らが今世に仏乗を悟り入るに堪えられるようにした。それゆえ如來はこの一事のために世に出現したのである。然るにその機根の発現にはなお少しの差違があるので、一代の教えに五時を分けた。 機根が直ちに実（真実）に入るに堪える者もあれば（迂回して実に入る者もあり、この二類はみな一時に熟する）、華厳や頓教で、別・円の教えを受けて二種の機根に応じる者もある。この機根は初めから勝れた相を見る。もしその中で小乗を習うこと深い者があれば、今世に一仏乗に入るとはいえ、まず小乗に熟する。そこでこの機根のために劣った身を示し、初めに三蔵を説き、諸味をもって調熟し、法華に至って初めて仏慧を開く。この機根は初めから劣った身のみを見る。 故に天台師が言う。「小機には三蔵仏身を示して説法し、大機には舎那仏身をもって説法すべきである。それゆえ、神を母胎に降ろす時、すでに二相を示した」と。 然るに華厳の頓教の後に、小乗の教化が施される。譬えば窮子が急に追いかけても至らず、徐々に語ってようやく来るようなもの。前は頓教で後は漸教というその義はすでに成っている。今、どうして「神を母胎に降ろす時、すでに二相を示した」と言えるのか。 知るべきである。諸々の文に論じられる「初めは頓教、後は漸教」というのは、おおむね化縁の施設立ての言葉である。今ここで説く「大小双応して、ついには一乗に帰する」というのは、まさに機根を鑑みる始終の事を尽くしている。例えば方便品に、「大機がないと思い、教化を止めようと念じ、諸仏が勧めてようやく小乗を施す」とあり、続く文には「無量劫来、涅槃の法を讃嘆し、生死永く尽きると、我れ常に是を説く。故に機を思って、後に小乗を施す」とある。これらの説はすべて儀式（方便の形式）であり、これをもって今の文（預め群機を鑑みる）を難じてはならない。原始要終（初めから終わりまでを尽くす）は、物を度する意である」（別行記による）。 今、二聖師の論を観るに、如來の出興はただ八相のみ。大機から観れば始終改まることがなく、すべて華厳である。小機から観れば鹿苑に遊化し、諸教が次第する。これを舎那といい、釈迦という。一体にして二名あるのは、機に異なるからである。 然らば、大小二始、頓漸両説、五時の施化、一乗の会帰、これらはすべて如來が機宜に随順し、善巧方便をもって人を仏慧に入れる道である。今、故にこれを述べるのである。

菩薩從兜率天。將降神時。有十佛剎微塵數菩薩。皆與菩薩。同願同行。乃至普賢神通行願。悉皆同等。又以神通。普現兜率天宮。一一宮中。悉現十方一切世界閻浮提內受生影像華嚴經○大機所見下兜率相。