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title: "鎮州臨濟慧照禪師語錄 · 臨濟慧照玄公大宗師語錄序"
description: "镇州临济慧照禅师语录由唐代僧人慧然编集，收录了禅宗临济宗创始人义玄禅师的语录和行迹。该书成于晚唐时期，系统阐述了临济宗棒喝齐施、机锋峻烈的宗风，强调直指人心、见性成佛的禅法要旨。作为禅宗最重要的语录体著作之一，它奠定了临济宗的思想基础，对后世禅宗发展影响深远，是研究临济禅法不可或缺的经典文献。"
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### 臨濟慧照玄公大宗師語錄序

> 臨済慧照玄公大宗師語録 序

薄伽梵「正法眼藏涅槃妙心」付摩訶迦葉，是為第一祖。逮二十八祖菩提達磨提十方三世諸佛密印而來震旦，是時中國始知佛法有教外別傳、不立文字、直指人心、見性成佛。厥後優鉢羅花於時出現，芬芳馥郁，一華五葉，香風匝地、寶色照天，各放無量光明，輝映大千世界。

> 薄伽梵は「正法眼蔵涅槃妙心」を摩訶迦葉に伝え、これが第一祖となりました。 二十八祖の菩提達磨に至り、十方三世の諸仏の密印を携えて震旦（中国）に渡来しました。 その時、中国ではじめて、教外別伝・不立文字・直指人心・見性成仏という仏法の伝承があることを知ることとなりました。 その後、優鉢羅華が現れ、その香りは馥郁として漂い、一つの花から五つの葉が広がりました。 香りを帯びた風は大地を満たし、宝のような色は天を照らし、それぞれが無量の光明を放ち、大千世界を輝かせました。

其中一大苾芻，為一大事因緣依棲黃蘗山中，三度參請，三度被打，後向高安灘頭大愚老師處始全印證。平生用金剛王寶劍，逢凡殺凡、逢聖殺聖，風行草偃，號令八方，如雪色象王；如金毛師子踞地哮吼，狐狸、野干心破腦裂，百獸見之，無不股慄；如驚濤嶮崖，壁立萬仞，使途中之人其行次且不敢舉足下足，惟恐喪身失命，雖老子鉗槌者，見之無不汗下。

> ある大比丘は、一大事の因縁に依って黄檗山中に棲み、三度参請し、三度打たれ、後に高安灘頭の大愚老師のところで初めて印可を得た。平生は金剛王の宝剣を用い、凡夫に逢えば凡夫を殺し、聖者に逢えば聖者を殺す。風が草をなびかせるがごとく、号令は八方に響き渡り、雪のような色の象王のようであり、金毛の獅子が地に踞って哮吼するがごとく、狐狸や野干は心破れ脳裂け、百獣これを見て股慄せざるはない。また、驚濤の険崖、壁立すること万仞、途上の人その行くこと躊躇し、足を挙げ下ろすことを敢えず、ただ身を喪い命を失わんことを恐れる。老子の鉗槌たる者といえども、これを見て汗を流さざるはない。

若夫三玄三要奪境奪人，金章玉句如風檣陣馬、如迅雷奔霆，凌轢波濤，穿穴嶮固，破碎陣敵，天回地轉，七縱八橫，幾於截斷眾流，四海學徒莫不望風披靡。故門庭峻峭，孤硬難入，蓋妙用功夫不在文字、不離文字，盡大地作一隻眼者乃能識之，末後將正法眼藏却向瞎驢邊滅却。

> 三玄三要、境を奪い人を奪うという境地は、金の章句、玉の文句が、風に帆を上げる船や戦場を駆ける馬のごとく、迅雷のごとく、奔り走る雷霆のごとく、波濤を凌ぎ、険しい固きを穿ち、敵陣を打ち砕き、天を回し地を転じ、七縦八横、ほとんど衆流を截断する勢いで、四海の学徒みな風に靡くがごとく向かうところ敵なし。ゆえに門庭は峻峭にして、孤硬にして入り難し。蓋し妙用の功夫は文字に在らず、文字を離れず、尽きる大地を一隻の眼と為す者にして初めてこれを識し得る。末後、正法眼蔵を将ちて却って盲驢の辺に滅却せしむ。

師之出處具載《傳燈》等錄，茲不復贅。自興化獎公而下，子孫雲仍最為蕃衍盛大，多大根器人，冠映河嶽，騰耀古今，在在處處法席叢林，化俗談真，重規疊矩，出廣長舌相為人開堂演法——如慈明圓公、琅瑯覺公，皆大法王人天師也。

> 師の行跡は『伝灯録』などに詳しく記されており、ここで重ねて述べることはしません。興化の奨公より以降、その法系は雲のように広がり、最も繁栄盛大となりました。多くの優れた器量の人が現れ、その名声は山河を輝かせ、古今に輝きを放ちました。各地の道場や叢林では、世俗を教化し真実を説き、伝統を重んじて規範を守り、広長舌相を現して人々のために法を説き示しました――慈明の円公や琅瑯の覚公などは、まさに大法王、人天の師と言える方々です。

今雪堂大禪師，臨濟十八代嫡孫、琅瑯第十世的派，王臣尊禮，緇素嚮慕，是亦僧中之龍象爾。不忘祖師恩德，每恨臨濟一言一句、一棒一喝、參承諮決、升堂入室語錄未大發明，刻梓流行，用廣禪林觀聽，仍求北山居士郭天錫為作序引。

> 今、雪堂大禪師は、臨済宗十八代の嫡孫であり、琅瑯第十世の正統な流れを継ぐ方です。王侯や臣下からも尊ばれ、僧俗を問わず多くの人々が慕っておられます。まさに僧侶の中の龍象（優れた高僧）でいらっしゃいます。 師は祖師の恩徳を忘れず、常に臨済禅師の一言一句、一棒一喝、参禅や問答、法堂での説法や室中の教えなどが十分に世に知られていないことを残念に思われ、それらの語録を版木に刻んで広く流布し、禅林の見聞を広めようとされました。そのために、北山居士の郭天錫に序文を寄せていただくようお願いされたのです。

嗚呼！雪堂老師行從上祖師難能之事，慎終追遠，知恩報恩則不無，將五百年風顛老漢吐下唾團，重新拈出供養。今代衲僧還肯咀嚼麼？合浦還珠固為奇特，冷灰爆豆亦自不妨。

> ああ！雪堂老師は歴代の祖師が成し難いことを行い、終わりを慎み遠きを追い、恩を知り恩に報いることを忘れなかった。五百年の風狂の老漢が吐き捨てた唾団を、今さら拾い上げて供養する。現代の修行者たちよ、よく噛みしめて味わうことができるか？合浦の珠が還るのは確かに奇異なことだが、冷えた灰の中から豆がはじけるのもまた妨げにはならない。

大德二年八月，前監察御史郭天錫焚香九拜書。

> 大徳二年八月、前監察御史の郭天錫、香を焚き九拝して書す。