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title: "摩訶僧祇律 · 1"
description: "摩诃僧祇律是东晋时期由佛陀跋陀罗与法显共同译出的佛教戒律经典，属印度大众部所传。该律由法显从印度求得梵本，归国后与佛陀跋陀罗合作译成汉文。内容系统规定了僧团的组织制度、僧侣日常行为规范及戒律实施细则，涵盖布萨、安居、衣食住行等细则。作为汉传佛教早期重要律典之一，它展现了佛教僧团生活的原始面貌，为研究印度佛教戒律史及中印文化交流提供了珍贵文献，对后世律学发展影响深远。"
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### 明三十尼薩耆波夜提法之初

> 三十尼薩耆波夜提法の章 初

佛在毘舍離大林重閣精舍，廣說如上。爾時長老難陀、優波難陀遊諸聚落，多得衣物滿車載來。爾時世尊晨朝時聞重車聲，知而故問諸比丘：「何等車聲？」諸比丘白佛言：「世尊！是長老難陀、優波難陀，遊諸聚落多得衣物滿車載來，是彼車聲。」世尊即時便作是念：「我諸弟子乃爾多求衣物。」後於一時冬中八夜大寒雨雪，時世尊初夜著一衣，在有覺有觀三昧。至中夜時，覺身小冷，復著第二衣。至後夜時，復覺身冷，著第三衣，便作是念：「我諸弟子齊是三衣，足遮大寒大熱、防諸蚊虻，覆障慚愧、不壞聖種。若性不堪寒者，聽弊故衣，隨意重納。」於是世尊夜過晨朝，詣眾多比丘所，敷尼師檀坐。語諸比丘：「我一時晨朝聞重車聲，問諸比丘：『何等車聲？』諸比丘言：『長老難陀、優波難陀，遊諸聚落多得衣物，是彼車聲。』我作是念：『我諸弟子多求衣物，廣生樂著。』我復一時冬中八夜，乃至重著三衣，便作是念：『我諸弟子齊此三衣，足止大寒大熱、防諸蚊虻，覆障慚愧、不壞聖種。』我從今日聽諸比丘齊畜三衣。若得新者，兩重作僧伽梨，一重作欝多羅僧，一重作安陀會。若性不堪寒者，聽弊故衣，隨意重納。」

> 仏は毘舎離の大林重閣精舎におられた。 このように広く説かれた。 その時、長老の難陀尊者と優波難陀尊者が諸々の村々を巡り、多くの衣服を得て、車いっぱいに積んで帰ってきた。 ある朝、世尊は重い車の音をお聞きになり、あえて比丘たちに尋ねられた。 「これは何の車の音か。」 比丘たちは仏に申し上げた。 「世尊よ、あれは長老の難陀尊者と優波難陀尊者が村々を巡り、多くの衣服を得て車いっぱいに積んで戻って来たその車の音でございます。」 世尊はその時、こうお考えになった。 「我が弟子たちは、これほどまでに衣服を求めるのか。」 その後、冬の八夜の間、大寒波と大雪が降った。 その時、世尊は初夜に一枚の衣を着て、有覚有観の三昧におられた。 中夜になり、少し身体が冷えるのを感じ、第二の衣を重ねて着られた。 後夜になり、さらに寒さを感じ、第三の衣を着られた。 そこで、こうお考えになった。 「我が弟子たちは、この三衣があれば、大寒や大暑をしのぎ、蚊や虻などから身を守り、恥を覆い、聖なる種を損なわずに十分である。 もしどうしても寒さに耐えられない性質の者には、古くなった衣を重ねて着ることを許そう。」 こうして夜が明け、世尊は朝になって多くの比丘の集まる所に行き、尼師檀（座布）を敷いて坐られた。 比丘たちに語られた。 「私はかつて朝に重い車の音を聞き、比丘たちに『これは何の車の音か。』と尋ねた。 比丘たちは『長老の難陀尊者と優波難陀尊者が村々を巡り、多くの衣服を得た。あれはその車の音でございます。』と言った。 私はこう思った。『我が弟子たちは衣服を多く求め、楽しみや執着を広く生じている。』 また、ある時、冬の八夜の間に、三枚の衣を重ねて着て、こう思った。 『我が弟子たちは、この三衣だけで大寒や大暑をしのぎ、蚊や虻を防ぎ、恥を覆い、聖なる種を損なわずに十分である。』 今日から私は、比丘たちに三衣だけを持つことを許す。 新しい衣を得たら、僧伽梨（大衣）は二重に、欝多羅僧（上衣）と安陀会（下衣）は一重に作りなさい。 もしどうしても寒さに耐えられない性質の者には、古い衣を好きなだけ重ねて着ることを許そう。」

復次佛住毘舍離，廣說如上。時一聚落中有三摩訶羅比丘共住。一摩訶羅死，有多衣物，而不知分。一比丘言：「我須僧伽梨。」第二復言：「我亦須之。」如是一一物皆競欲得，不能斷當。爾時優波難陀遊諸聚落，過彼住處，是摩訶羅等遙見彼來，便作是念：「是釋種子端正姝好，佛種出家，當為我等止此諍事。」即便白言：「我此住處有諸衣物，各競欲取不能得分。尊者今日為我止此諍事，得分衣物。」優波難陀答言：「我今為汝分物，多起怨嫌。」摩訶羅言：「不為我分者，誰當分之？我等寧可詣諸外道求分物耶？」優波難陀復言：「當先作要，隨我語者我當為分。」答言：「從教。」語言：「盡出物來。」即便出之，隨為分作三分。時摩訶羅作是念：「我正有二人而作三分，彼故當欲取一分耶？寧使取一分，且止我諍。」分為三分已，復問摩訶羅言：「物盡出來，莫使後復致諍。有不欲出者，第二人復持來出。」答言：「已盡。」時優波難陀在二分中間立，二摩訶羅中間著一分。作是言：「汝等聽我說羯磨。」答言：「爾。」便作是言：「是二分并我，如是我有三；汝二共一，如是汝有三。是三彼三，二三平等不？」是摩訶羅已先作要，又復畏難釋種子故，不敢復言。是二摩訶羅共得一分，故不知分。復白言：「長老！我今此分當云何分？」爾時優波難陀即與分作二分，摩訶羅便各持去。

> さらに、仏は毘舎離に滞在された。詳細は先のとおりである。 その頃、ある村に三人の老修行者が共に住んでいた。一人の老修行者が亡くなり、多くの衣類や品物があったが、分け方がわからなかった。一人の修行者が「私は僧伽梨（三衣の一枚）が欲しい」と言い、もう一人も「私もそれが欲しい」と言った。このように、一つ一つの品物について互いに取り合い、決着がつかなかった。 その時、優波難陀が諸々の村をめぐって、その住まいに立ち寄った。老修行者たちは遠くから彼が来るのを見て、こう考えた。「この釈迦族の出身者は端整で美しく、仏の種として出家された方だ。きっとわれわれのこの争いを鎮めてくださるだろう。」そこで、すぐに申し出た。「われわれのこの住まいには様々な品物がありますが、互いに取り合って分けられずにおります。尊者様、今日はどうかこの争いを鎮め、品物を分けてください。」 優波難陀は答えた。「私がお前たちの品物を分けたら、きっと恨みが起こるだろう。」 老修行者たちは言った。「あなたが分けてくださらなければ、誰が分けてくれるのでしょう？われわれは外道のもとに行って、分けてもらうしかないのでしょうか？」 優波難陀は再び言った。「まず、約束をしよう。私の言うことに従うなら、分けてあげよう。」 彼らは「お言葉に従います」と答えた。 優波難陀は言った。「すべての品物を出しなさい。」 彼らが品物を出すと、彼は三分に分けた。 その時、老修行者たちは考えた。「われわれは二人なのに、三分にしているということは、彼も一分を取ろうとしているのだろうか？いや、彼に一分を取らせてでも、争いをやめさせよう。」 三分に分けた後、優波難陀は老修行者たちに尋ねた。「品物はすべて出したか？後で再び争いが起きないようにしなさい。もし出し惜しみしているものがあれば、もう一人もそれを出しなさい。」 彼らは「もうすべて出しました」と答えた。 そこで、優波難陀は二分の間に立ち、二人の老修行者と一分を間において、こう言った。「私の言うことを聞きなさい。」 彼らが「はい」と答えると、優波難陀は次のように言った。「この二分と私とで、私の分は三つとなる。お前たち二人で一分とし、お前たちの分も三つとなる。この三つとその三つは、同じでないだろうか？」 老修行者たちはすでに先に約束をしており、また釈迦族の者を恐れていたため、再び文句を言えなかった。 二人の老修行者は共同で一分を得たが、その分け方がわからなかった。再び申し出た。「長老よ！この分はどのように分けたらよいのでしょう？」 その時、優波難陀はさらに二分に分け、老修行者たちはそれぞれ持って去った。

爾時諸比丘以是因緣，往白佛言：「云何，世尊！是優波難陀欺彼摩訶羅比丘？」佛語諸比丘：「是優波難陀不但今日欺彼比丘，過去世時已曾欺彼。」諸比丘白佛言：「已曾爾耶？」答言：「曾爾！過去世時，南方國土有無垢河，河中有二水獺：一者能入深，二者入淺。時入深水者，捕得一鯉魚，如《生經》中廣說。」

> その時、比丘たちはこの因縁をもって、世尊のもとに参り、申し上げました。「尊師よ、優波難陀が、あの愚かな比丘を欺いたのは、どのような理由からでしょうか。」 仏は比丘たちに告げられました。「優波難陀が、今日だけその比丘を欺いたのではありません。過去世においても、すでに彼を欺いていたのです。」 比丘たちが仏に申し上げました。「過去世にも、そのようなことがあったのですか。」 仏は答えられました。「その通りです。過去世のこと、南方の国に無垢河という川がありました。その川には二匹のカワウソが住んでいました。一匹は深い所に入ることができ、もう一匹は浅い所に入るものでした。ある時、深い所に入るカワウソが一匹の鯉を捕まえました。この話の詳しいところは『生経』の中に広く説かれている通りです。」

復次佛在毘舍離，廣說如上。有五事利益故，如來五日一行諸比丘房。爾時世尊遍行諸房，至難陀房中，見其房內多畜衣物。有桁曬衣物者、有縫衣者、染衣者、打衣者、作淨者。難陀如是分處，喻如欲作大會布施一切僧物。時世尊知而故問難陀：「是誰衣物？」答言：「我許。」佛言：「比丘！此衣太多。」難陀白佛言：「世尊！先聽兩重僧伽梨：一重欝多羅僧、一重安陀會。」佛言：「此衣故多。」答言：「世尊！我有共行弟子、依止弟子等衣物，各作兩重僧伽梨：一重欝多羅僧、一重安多會，及作沙彌等衣。」佛言：「此衣猶多。」又白世尊：「我出家人臨時難得，是故此諸衣物浣染作竟，舉著器中。若衣壞時，當取易代。」佛告難陀：「此是惡事，汝出家人云何計常貪著？汝常不聞世尊呵責多求多欲難滿，讚歎少欲知足耶？汝今多欲難滿，廣求衣物積畜餘長，此非法、非律、非如佛教，不可以是長養善法。云何畜長衣受用？從今已去，若有長衣，聽一宿。」

> また、仏は毘舎離におられた。前と同じく、五つの利益があるため、如来は五日ごとに僧房を回られた。ある時、世尊はすべての房を回り、難陀の房にお着きになった。房の中にはたくさんの衣類が備えてあり、衣を竿に掛けて干す者、縫う者、染める者、打つ者、清める者がいた。難陀はこれらの作業を、あたかも大会のためにすべての僧の物を用意するかのように配分していた。 世尊はご存知でありながら、あえて難陀に尋ねられた。「これは誰の衣か？」答えた。「私のものです。」仏は言われた。「比丘よ、この衣は多すぎる。」難陀は仏に申し上げた。「世尊は以前に、二重の僧伽梨（大衣）と、一重の欝多羅僧（上衣）、一重の安陀会（下衣）をお許しになりました。」仏は言われた。「それでもこの衣は多い。」答えた。「世尊、私には共に修行する弟子や依止する弟子たちがおり、彼らの衣もそれぞれ二重の僧伽梨、一重の欝多羅僧、一重の安陀会、そして沙弥たちの衣も作っております。」仏は言われた。「この衣はなお多い。」さらに世尊に申し上げた。「私は出家者ですので、物が手に入る機会は限られています。ですから、これらの衣類を洗い染めて仕上げた後、器の中に納めておき、衣が傷んだときに取り替えようとしております。」 仏は難陀に告げられた。「これは悪いことだ。あなたは出家者でありながら、どうして常にとらわれ貪り執着するのか。あなたは、世尊が多くのものを求め、欲多く満たされにくいことを戒め、少なく欲し足ることを知るを称賛されたのを聞いていないのか。今、あなたは欲が多く満たされにくく、広く衣類を求めて余分に蓄えている。これは法にかなわず、律にかなわず、仏の教えにもかなわない。これによって善い法を育てることはできない。どうして長衣（余分な衣）を蓄えて用いるのか。今より以後、もし長衣があれば、一晩だけの所持を許す。」

諸比丘白佛言：「世尊！云何是難陀多畜諸衣不知厭足？」佛告諸比丘：「是難陀不但今日多畜諸衣不知厭足，過去世時已曾多畜不知厭足，如《鳥生經》中廣說。」

> 比丘たちが仏に問うた。「世尊よ。なぜ難陀は多くの衣服を蓄えて、満足することを知らないのでしょうか？」 仏は比丘たちに答えた。「難陀が多くの衣服を蓄えて満足することを知らないのは、今日に限ったことではない。過去世においても、すでに多く蓄えて満足することを知らなかったのである。その詳細は『鳥生経』の中で詳しく説かれている通りである。」

復次佛住俱舍彌，為諸天世人恭敬供養。世尊時到著入聚落衣，持鉢入俱舍彌城，次行乞食。爾時國王夫人名舍彌，以千五百張㲲奉上世尊。佛告阿難：「持是㲲衣與諸比丘。」長老阿難即持與諸比丘。諸比丘不受，語阿難言：「用劫貝為？浣染未竟，已不如法。」時阿難以是因緣，往白世尊。佛告阿難：「從今已去若得長衣，聽至十日。」有諸比丘，長衣滿十日，持是諸衣往白世尊：「此衣滿十日，今當云何？」佛告比丘：「若知識比丘邊，作淨施法。若復捨故受新，十日一易。」復次佛在毘舍離，毘舍離人年年飯僧食已布施衣物，諸比丘不受。諸檀越詣佛所，禮足已白佛言：「頗有方便，聽諸比丘取衣受用，令施者得福，受者得利不？」佛言：「得。」如上廣說。

> なお、世尊は俱舎弥に滞在されていた。諸々の天や人々から敬われ、供養されていた。ある時、世尊は着衣の時刻になり、衣をつけて鉢を持ち、俱舎弥の町に入り、順に托鉢をされた。その時、国王の夫人で舎弥という方が、千五百枚の布を世尊に差し上げた。佛は阿難に告げられた。「この布切れを持って、諸比丘に与えなさい。」長老の阿難はすぐにそれを諸比丘に持って行った。諸比丘は受け取らず、阿難に言った。「木綿をどうして使うのか。洗って染めるまでに、すでに法に適わない。」その時、阿難はこの因縁を世尊に申し上げた。佛は阿難に告げられた。「今より以後、もし長衣を得たなら、十日間まで持つことを許す。」ある比丘たちが、長衣を十日間満たして、それらの衣を世尊のもとに持って来て言った。「この衣は十日間経ちました。今、どうすべきでしょうか。」佛は比丘に告げられた。「もし知識ある比丘のもとで、浄施の作法をしなさい。また、もし古いものを捨てて新しいものを受け取るなら、十日ごとに一度、替えなさい。」さらに、佛は毘舎離に滞在された。毘舎離の人々は毎年、僧たちに食事を供養し、食事の後に衣服や物を布施したが、諸比丘は受け取らなかった。施主たちは佛のもとに赴き、足に礼をしてから佛に申し上げた。「何か方便があって、諸比丘が衣を受け取り用いることを許し、施す者が福を得、受ける者が利益を得るようにしていただけないでしょうか。」佛は言われた。「それはできる。」以上のように広く説かれた。

爾時世尊告諸比丘：「依止毘舍離比丘皆悉令集，以十利故為諸比丘制戒，乃至已聞者當重聞。若比丘衣已竟，迦絺那衣已捨，若得長衣，得至十日畜。過十日者，尼薩耆波夜提。」

> その時、世尊は比丘たちに告げられた。 「ヴァイシャーリーに滞在する比丘たちをすべて集めなさい。十の利益のために、比丘たちに戒律を定める。すでに聞いた者も、再び聞くように。 もし比丘が衣の行を終え、迦絺那衣（かりきなえ）の期間が過ぎたならば、新たに得た衣は十日間まで蓄えることが許される。十日を過ぎて持つならば、尼薩耆波逸提（にっさつぎはいつだい）の罪となる。」

衣已竟者，比丘三衣已成，是名衣竟。不受迦絺那衣亦名衣竟；已捨迦絺那衣亦名衣竟；浣染衣訖亦名衣竟。

> 衣が「竟（おわ）った」とは、比丘が三衣を完成させたことを言います。これを「衣竟」と呼びます。迦絺那衣（カティナ衣）を受けないことも「衣竟」です。すでに迦絺那衣を捨てた場合も「衣竟」です。洗濯や染色が終わった場合も「衣竟」と呼びます。

衣者，欽婆羅衣、劫貝衣、芻摩衣、俱舍耶衣、舍那衣、麻衣、軀牟提衣。復有衣名僧伽梨、欝多羅僧、安陀會、尼師檀、雨浴衣、覆瘡衣、納衣、居士衣、糞掃衣、若作、若不作、如法衣、不如法衣、知識衣、迦絺那衣。

> 衣服とは、①羊毛や獣毛で織った衣、②木綿の衣、③麻布の衣、④野蚕（やさん）の糸で織った衣、⑤麻の一種（チェナ）で織った衣、⑥普通の麻の衣、⑦粗い麻（クムダ）で織った衣のことを言います。 また、衣には次のような種類があります。僧伽梨（さんぎゃり：大きな衣）、欝多羅僧（うったらそう：上着）、安陀会（あんだえ：下着）、尼師檀（にしだん：座布団）、雨浴衣（うよくえ：雨の日に着る衣）、覆瘡衣（ふくそうえ：傷を覆う衣）、納衣（のうえ：ぼろを継ぎ合わせた衣）、居士衣（こじえ：在家信者が布施した衣）、糞掃衣（ふんぞうえ：捨てられた布で作った衣）、製作した衣、未完成の衣、法にかなった衣、法にかなわない衣、知人からもらった衣、迦絺那衣（かちなえ：夏の修行後にもらえる特別な衣）です。

已捨者，捨迦絺那衣有十事捨：受衣捨、衣竟捨、時竟捨、聞捨、出去捨、失去捨、壞捨、送衣捨、時過捨、究竟捨。

> 既に捨てられたものについて、迦絺那衣の捨て方には十のことがある。すなわち、衣を受け取って捨てる、衣の期間が終わって捨てる、時期が終わって捨てる、聞いて捨てる、出て行って捨てる、失って捨てる、壊れて捨てる、衣を送って捨てる、時が過ぎて捨てる、究極において捨てる、である。

齊十日者，數極至十日也。

> 斎戒十日とは、その数を十日に限るということである。

長衣者，除所受持衣，餘衣是，過十日，尼薩耆波夜提。

> 長い衣とは、受け持っている衣を除いた、余分な衣のことです。それが十日を過ぎると、尼薩耆波逸提（懲戒すべき罪）となります。

尼薩耆波夜提者，是長衣應僧中捨，波夜提罪懺悔。不捨而悔者，越比尼罪。

> 尼薩耆波夜提とは、長衣（余分な衣）を僧の中で捨てるべきものであり、また波夜提の罪として懺悔すべきものです。もし捨てずに悔い改めるならば、越比尼の罪となります。

波夜提者，能墮惡道，開罪、現罪、舉罪，施設罪名也。

> 波夜提とは、悪道に堕ちる原因となるものです。これは罪を示し、現れる罪を明らかにし、罪を挙げて、罪の名を定めることを意味します。

若比丘一日得十領衣，乃至十日不作淨，過十日，一切尼薩耆波夜提。若比丘一日得十領衣，半作淨、半不作淨。若作淨者，是應淨法。半不作淨者，過十日，尼薩耆波夜提。若比丘一日得衣、二日作淨；二日復得衣、三日作淨；三日復得衣、四日復作淨；四日復得衣、五日作淨；五日復得衣、六日作淨；六日復得衣、七日作淨；七日復得衣、八日作淨；八日復得衣、九日作淨；九日復得衣、十日作淨；十日復得衣，至十一日，一切盡尼薩耆波夜提，以相續不斷故。若比丘一日得衣，即日作淨，乃至十日得衣、十日作淨；十一日得衣，十一日作淨，犯越比尼罪，以無間故。間者，比丘一日得衣，更停九日。二日得衣，更停八日。三日得衣，更停七日。四日得衣，更停六日。五日得衣，更停五日。六日得衣，更停四日。七日得衣，更停三日。八日得衣，更停二日。九日得衣，更停一日。十日得衣，即十日作淨。十一日得衣不應受，是名間。若比丘前得衣多、後得衣少，以前衣力故，得尼薩耆波夜提。若比丘前得衣少、後得衣多，以前衣力故，尼薩耆波夜提。若比丘前衣有、中間無，若有者，尼薩耆波夜提。若比丘前衣無、中間有，若有者，尼薩耆波夜提。

> 比丘が一日に十着の衣を得ても、十日間「浄」（正式な処理）を施さなければ、十一日目には全て「尼薩耆波夜提（捨堕罪）」となる。 比丘が一日に十着の衣を得て、半分は浄を行い、半分は浄を行わなかった場合、浄を行ったものは正しい扱いとなる。しかし、浄を行わなかった半分は、十日を過ぎれば尼薩耆波夜提となる。 比丘が衣を得るたびに、翌日になってから浄を行う場合を考えよう。つまり、ある日に衣を得て次の日に浄を行い、二日目にも衣を得て三日目に浄を行う……というように、九日目に衣を得て十日目に浄を行い、十日目にも衣を得たとする。そうすると、十一日目には、それまでに得た衣すべてが尼薩耆波夜提となる。なぜなら、前の衣の罪が連続して続いているからである。 一方、比丘が衣を得たその日のうちに浄を行えば、状況は異なる。例えば、一日目に衣を得て即日浄を行い、十日目に衣を得て即日浄を行い、十一日目に衣を得て即日浄を行ったとしても、罪にはならない。ただし、十一日目に衣を得てそのまま次の日まで浄を行わなかった場合、間が空いていないため「越比尼罪（軽い罪）」となる。 「間」がある場合とは、比丘が一日目に衣を得た後、九日間は新しい衣を得ないことを指す。二日目に衣を得た後は八日間、三日目の後は七日間、四日目の後は六日間、五日目の後は五日間、六日目の後は四日間、七日目の後は三日間、八日目の後は二日間、九日目の後は一日間、何も得ない期間がある場合である。そして十日目に衣を得た場合は、その日（十日目）に浄を行う。十一日目に衣を得たら、それは受けてはならない。これが「間」の正しいあり方である。 比丘が最初に多くの衣を得て、後に少ない衣を得た場合、最初の多くの衣の影響により、尼薩耆波夜提となる。逆に、最初に少ない衣を得て、後に多くの衣を得た場合も、最初の少ない衣の影響により、尼薩耆波夜提となる。 比丘の前に衣があり、途中で衣がなくなり、また後に衣を得た場合、もし前の衣が残っていれば（つまり浄を行っていなければ）、尼薩耆波夜提となる。また、比丘の前に衣がなく、途中で衣があり、また後に衣を得た場合でも、途中の衣が残っていれば、同様に尼薩耆波夜提となる。

比丘不受迦絺那衣謂受想、捨迦絺那衣不捨想、不受衣謂受想、不作淨謂淨想、不與謂與衣想、不記識謂記識想、愚、內心、非處作淨。

> 比丘が迦絺那衣（夏安居後の特別な衣）を受けていないのに、「受けた」と思うこと。 迦絺那衣を捨てたのに、「捨てていない」と思うこと。 衣を受けていないのに、「受けた」と思うこと。 浄（清める作法）を行っていないのに、「行った」と思うこと。 与えていないのに、「与えた」と思うこと。 記識（記憶や印）をしていないのに、「した」と思うこと。 愚かさ、内なる心の迷い、誤った場で浄めの行いをすること。

不受迦絺那衣謂受想者，比丘不受迦絺那衣，自謂已受，長衣過十日，尼薩耆波夜提。

捨迦絺那衣不捨想者，比丘已捨迦絺那衣，而自謂未捨，長衣過十日，犯尼薩耆波夜提。

不受衣謂受想者，若比丘三衣自不受，便謂已受想，不作淨過十日，尼薩耆波夜提。

不作淨謂淨想者，比丘畜長衣不作淨施，而謂已作淨施，過十日，尼薩耆波夜提。

不與謂與想者，是衣不與塔、不與僧、不與人，而謂呼與，過十日，尼薩耆波夜提。

不記識謂記識想者，若比丘不記識，言：「此是尼師檀、此是覆瘡衣、此是雨浴衣。」而謂記識，不作淨，過十日，尼薩耆波夜提。

愚者，若比丘得衣，愚闇故不作淨，過十日，尼薩耆波夜提。

內心者，內心說淨，而口不言，是名非法淨，犯越比尼罪。若口說者，無罪。

非處者，若俗人、若畜生、若無心邊作淨，是不名作淨。過十日，尼薩耆波夜提。

優波離白佛言：「世尊！比丘長衣應作淨，何等人邊作淨？」佛告優波離：「當於比丘、比丘尼、式叉摩尼、沙彌、沙彌尼邊作淨。」又問：「相離近遠，得從彼作淨？」佛言：「齊三由旬，知其存亡。」優波離白佛言：「世尊！長衣沙彌邊作淨，是沙彌受具足，當云何？」佛言：「稱無歲比丘名作淨。」優波離復問：「是無歲比丘若死者云何？」佛言：「得停十日，於餘知識邊作淨。」復問：「齊幾許應作淨？幾許不作淨？」佛言：「廣一肘、長二肘，應作淨。」

若比丘二人共物，未分不犯；若分得已應作淨，若不作淨，過十日者，尼薩耆波夜提。若比丘，婆羅門舍請僧食并施衣物。有病比丘，囑人取衣分，是比丘持衣分來，雖久未與，不犯，若得已，應作淨。不作淨者，過十日，尼薩耆波夜提。若比丘聞若師、若弟子送衣與，未得，雖久不犯；若得已應作淨，若不作淨，過十日，尼薩耆波夜提。若比丘令織師織衣，衣竟雖久，未與，比丘不犯；得衣已應作淨，若不作淨，過十日，尼薩耆波夜提。若比丘買衣，雖價決了，未得，不犯；得已應作淨，若不作淨，過十日，尼薩耆波夜提。若比丘為佛為僧供養故，求衣物集在一處，雖久未用，不犯。若比丘於佛生處、得道處、轉法輪處、阿難設會處、羅云設會處、五歲會處，大得布施諸衣物，是物入僧末分者，雖久不犯；是物已分，多人共得一分，中有善毘尼人，能為眾人同意作淨者，無罪；若不作淨者，過十日，犯尼薩耆波夜提。若比丘道路行恐畏處，藏衣而去，過十日取者，尼薩耆波夜提。若有人取是衣物，持來與比丘者，亦尼薩耆波夜提。若比丘為賊所逐，遂便捨衣走，過十日已有人得衣，來還比丘者，無罪。不失失想、失不失想、若失失想，皆不犯，過十日無罪。不失不失想，過十日，尼薩耆波夜提。

若比丘長衣過十日，欲捨衣者，當求持律比丘、能羯磨人，請諸知識比丘，出界外。若無界場，應結小界，羯磨者應作是說：「大德僧聽！若僧時到，僧於此地，齊僧坐處外一尋以內，於其中作羯磨。諸大德聽！於此處齊僧坐處外一尋已內，於其中作羯磨。僧忍默然故，是事如是持。」不羯磨地者，不得作僧事，若作者得越比尼罪。律師應語是比丘言：「汝捨此衣。」是比丘應䠒跪合掌作如是言：「大德僧憶念！我某甲比丘是長衣過十日，犯尼薩耆，我今於僧中捨。」持律復問：「汝是衣曾受用不？」若言：「受用。」應語：「汝得波夜提罪，受用不淨衣故，隨用得越比尼罪。」若言：「不受用」者，語言：「汝得波夜提罪。」是比丘於持律前䠒跪合掌白言：「長老憶念！我某甲長衣過十日，已於僧中捨。此中犯波夜提罪，今於長老前悔過，不敢覆藏。」持律問言：「汝自見罪不？」答言：「見。」應教：「更莫復作。」答言：「爾。」如是第二、第三說。若受用者：「長老憶念！我某甲比丘長衣過十日，已於僧中捨。此中犯波夜提罪，及受用不淨衣隨用，得越比尼罪。是一切罪，今向長老誠心悔過，不敢覆藏。」持律問言：「汝自見罪不？」答言：「見。」「汝更莫作。」答言：「頂戴持。」如是第二、第三說。律師問：「此眾中誰是汝知識？」答言：「某甲。」即語隨次坐。應說羯磨：「大德僧聽！某甲比丘長衣過十日，已於僧中捨，已如法作。若僧時到，僧持此衣，與某甲知識比丘，如是白。」「大德僧聽！是某甲比丘長衣過十日，已於僧中捨，已如法作。僧今持此衣與某甲知識比丘，諸大德忍持此衣與某甲知識比丘者默然，若不忍者便說，是初羯磨。」如是第二、第三說。「僧已忍，持此衣與某甲知識比丘竟，僧忍默然故，是事如是持。」是知識比丘應即日、若明日還彼衣，亦不得於眾僧前還，亦不得停久過半月還也。是比丘得衣已，若受持、若作淨、若不知受持及不知作淨者，當教言：「我某甲，此僧伽梨、此欝多羅僧、此安多會，盡受不離宿受持。」如是三說。若作淨者，應教言：「我某甲比丘，是長衣淨施與某甲，某甲於我邊不計意若浣染縫，有因緣事當隨意用。」如是三說。若比丘衣已竟、迦絺那衣已捨，長衣齊十日，畜過十日者，尼薩耆波夜提，是故說。

佛住舍衛城，廣說如上。有一婆羅門請眾僧經宿供養，并施衣物。諸比丘聞彼請僧，各作是念：「今時和適不寒不熱，我等但著上下衣往，若彼得施衣，當作三衣受持。」即便著上下衣去。

爾時世尊以五事利益故，五日一行諸比丘房，開一房戶見架上多衣。世尊知而故問：「架上多衣者為是誰許？」有病比丘白世尊言：「有婆羅門，請諸比丘經宿供養布施衣物，是諸比丘以天時暖，留此諸衣，著上下衣去。若彼得施衣，當受作三衣。」佛告諸比丘：「當知如來應供第一樂人，出家離第一樂，而隨所住處，常三衣俱持鉢乞食。譬如鳥之兩翼，恒與身俱。汝等比丘！云何捨本族姓以信出家？應當如是，所至到處法衣隨身，不應離宿。」

復次佛在舍衛城，安居訖詣王舍城。時有一比丘，王舍城中以信出家，於餘聚落安居訖。聞世尊安居訖詣王舍城：「我今當往問訊世尊！并從佛去過看親里，天時不寒不熱，我當留一衣，但著上下衣去。」乃至世尊種種呵責比丘之法，法衣應器常與身俱，譬如鳥飛毛羽自隨，不應離宿。

復次佛住王舍城迦蘭陀竹園精舍，長老舍利弗作是念：「我今當為饒益親里故，往詣那羅聚落安居，意復不欲遠離世尊。以恭敬故，難往白佛。」諸比丘聞已，即以是事廣白世尊。佛告諸比丘：「從今日聽王舍城竹園精舍、僧那羅聚落僧共作一布薩界，令舍利弗安樂住。」羯磨者應作是說：「大德僧聽！從今日王舍城竹園精舍、那羅聚落作一布薩界。若僧時到，僧今從王舍城竹園精舍、那羅聚落共作一布薩界，如是白。」白一羯磨，乃至僧忍默然故，是事如是持。

爾時尊者舍利弗於那羅聚落結安居，日日詣竹園精舍，禮世尊足。值天七日連雨，便作是念：「我今體羸，是僧伽梨重，正欲持去，被雨遂重；若不持去，脫不得還，便應捨墮。且住待雨晴已，往詣世尊。」道逢諸外道，即共論議，如《沙門果經》中說。然後往詣世尊！禮拜問訊。佛知而故問：「舍利弗！何以多日不現？」即向世尊廣說上事。爾時世尊告諸比丘：「從今日後王舍城竹園精舍、那羅聚落作不離衣宿界，令諸比丘得安樂住。」羯磨者當作是說：「大德僧聽！今從王舍城竹園精舍至那羅聚落，除聚落及聚落界，作不失衣法。若僧時到，僧從王舍城至那羅聚落，除聚落及聚落界，作不失衣法，如是白。」「大德僧聽！從王舍城竹園精舍，至那羅聚落，除聚落及聚落界。僧今於是中作不失衣法。諸大德忍從王舍城至那羅聚落，除聚落及聚落界，是中作不失衣法者默然，若不忍者便說。」「僧已忍，從王舍城至那羅聚落，除聚落及聚落界，作不失衣法竟，僧忍默然故，是事如是持。」作不失衣法已，此王舍城趣那羅聚落道兩邊，各二十五肘名為界。若衣在道中得，道左右各二十五肘置衣。王舍城得，至那羅聚落無罪，置衣那羅聚落亦如是。王舍城竹園精舍、那羅聚落亦復如是。如舍利弗因緣、目揵連因緣，亦復如是。

復次世尊住舍衛城祇洹精舍，有一比丘食後欲詣開眼林坐禪，便作是念：「我或於彼中宿，便失僧伽梨。」即持三衣去。過見世尊，佛知而故問：「比丘！何以多持衣行？」答言：「世尊！我欲往開眼林坐禪，暮脫不還，恐失僧伽梨，故持三衣去。」佛告諸比丘：「從今日後從祇洹林，至開眼林、東坊精舍、西坊精舍、東林精舍、西林精舍、王園精舍、受籌塔婆羅林精舍，盡同作不失衣法，令諸比丘得安樂住。」羯磨者應作是說：「大德僧聽！今從祇洹至開眼林，東林精舍乃至受籌塔，是中除聚落及聚落界。若僧時到，僧從祇洹林，乃至受籌塔羯磨，作不失衣法，如是白。」「大德僧聽！從祇洹林乃至受籌塔，是中除聚落及聚落界，僧今作不失衣法。諸大德忍從祇洹林至開眼林，乃至受籌塔，作不失衣法，忍者僧默然，若不忍便說。」「僧已忍，從祇洹林至開眼林，乃至受籌塔，作不失衣法竟。僧忍默然故，是事如是持。」

復次佛住舍衛城祇洹精舍，爾時舍衛城中失火。時城中諸人象馬車乘男女擔負衣物出城，諸比丘多於城中寄衣，畏火燒衣故急走向城。城中諸人不信佛者，皆呵責言：「我等火逼出城避難，是沙門等向城而走，如蛾赴火，有何急事？」時有人言：「汝莫語此沙門輩不順正理，欲取人物，譬如賊伺人慢藏，如醫治病，以自濟活。是沙門輩亦復如是，伺人災患向城而走，是壞敗人有何道哉！」諸比丘聞已，以是因緣具白世尊。佛言：「呼是比丘來。」即呼來已，佛問諸比丘：「汝等何故向城而走，為世人所嫌？」答言：「我等衣物先在城中，城中失火，畏火燒故，走往取之。」佛問比丘：「汝等云何僧不作羯磨，而離衣宿？」答言：「作羯磨。」復問：「云何作？」答言：「通結舍衛城。」佛告比丘：「汝等云何阿練若處，通結聚落？從今已後不聽阿練若處通結聚落，應阿練若處通結阿練若處、聚落處通結聚落處。若阿練若處通結聚落，聚落處通結阿練若處者，得越比尼罪。」

佛告諸比丘：「依止舍衛城比丘皆悉令集，以十利故為諸比丘制戒，乃至已聞者當重聞。若比丘衣已竟，迦絺那衣已捨，若三衣中離一一衣餘處一宿，除僧羯磨，尼薩耆波夜提。」

衣竟者，三衣已成是名衣竟；不受迦絺那衣亦名衣竟；捨迦絺那衣亦名衣竟；浣染竟亦名衣竟。衣者，劫貝衣、欽婆羅衣、芻摩衣、憍奢耶衣、舍那衣、麻衣、軀牟提衣。

捨迦絺那衣者有十事，從受衣捨，乃至究竟捨。

一宿者，從日未沒至明相出時。

三衣者，僧伽梨、欝多羅僧、安陀會。

除僧羯磨者，僧不作羯磨，不聽離衣宿。設作羯磨，白不成就、羯磨不成就、眾不成就，若羯磨一一不如法，是名不作作。羯磨者，白成就、羯磨成就、眾成就、一一羯磨如法，是名僧作羯磨，世尊說無罪。

尼薩耆波夜提者，此衣應僧中捨，波夜提應悔過。不捨而悔者，得越比尼罪。

波夜提者，如上說。

界者，羯磨界、遊行界、依止界、七菴婆羅界。

羯磨界者，廣略聚落，稱名標幟，隨曲避難。諸方廣者，如摩頭羅國，有叢林精舍。摩頭羅東有遙扶那河，河東有仙人聚落精舍。時仙人聚落精舍，比丘遣使白叢林精舍僧言：「我欲共結一布薩界。」問言：「何以故？」答言：「彼間多好飲食、得別房衣、得安居衣，是故欲同。」應報言：「為衣食來者，此非所宜，但彼間住。」若言：「我所住處多年少比丘，不善契經、比尼、阿毘曇，不善觀陰、界、入、十二因緣，是故欲來就諸長老學契經、毘尼、阿毘曇，陰、界、入、觀十二因緣。」彼應語言：「汝後僧作羯磨法事時，不作障礙者，當共汝同。應語一切比丘盡來，若不來者，一切盡出界去。若來若出界去已，當作羯磨。」羯磨者應作是說：「大德僧聽！從今叢林精舍、仙人聚落精舍，是中內界、外界、內外界、中間界，若僧時到，僧是叢林精舍、仙人聚落精舍，是中共作一布薩界，如是白。」「大德僧聽！是叢林精舍、仙人聚落精舍，是內界、外界、內外界、中間界，僧今共作一布薩界。諸大德忍從叢林精舍、仙人聚落精舍，是二界共作一布薩界者默然，若不忍便說。」「僧已忍磨頭羅叢林精舍、仙人聚落精舍，是二界共作一布薩界竟。僧忍，默然故。是事如是持。」若中間無河水者，應一處作羯磨。中有河水者，應三處作羯磨：一、摩頭羅精舍；二、水中；三、仙人聚落精舍。若河水中有洲者，應五處作羯磨：一、摩頭羅精舍；二、水中；三、洲上；四、水中；五、仙人聚落。如陸地，道兩邊各二十五肘，水中亦爾。一時夏水漲，比丘受欲來應羯磨，為水所漂出界去，殆死得出。白諸比丘：「我向持欲來，為水所漂，殆死得出，今可廣結界不？」諸比丘言：「得，汝去上下水三由旬作識，若樹、若石、若堆，如是等作識來。」說羯磨者應作是言：「大德僧聽！從磨頭羅精舍至仙人聚落精舍，從分齊以來內界、外界、內外界、中間界、上下水中。若僧時到，僧從摩頭羅精舍至仙人聚落精舍，河水上下從分齊已來，作一羯磨布薩界，如是白。」白一羯磨，乃至「僧忍，默然故。是事如是持。」復有一時持欲來赴羯磨，就船欲渡。船師挽船上流，然後當渡。語比丘言：「船重難牽，汝可步去，至應渡處便上。」是比丘以持欲故，不應上岸。出界失欲故，便於岸底涉水而進。船去疾，遂出界分。比丘即於界內，直浮趣船，水復漂船下過三由旬。比丘復應捨船，直浮趣岸，到彼已涉水尋岸而上。到道口入界內，然後上岸，是名廣說。

略說者，羯磨人應作是說：「大德僧聽！今從摩頭羅精舍至仙人聚落精舍，內界、外界、內外界、中間界。若僧時到，僧今從摩頭羅精舍、仙人聚落精舍，共作一布薩界，如是白。」白一羯磨，乃至「僧忍，默然故。是事如是持。」是名略說界。

聚落界者，如磨頭羅西精舍、聚落精舍，欲共作一布薩界者，應稱名齊三由旬內諸精舍作一羯磨。羯磨者應如是說：「大德僧聽！從今日恬精、舍車精舍、勝精舍、不亂精舍、賢精舍、戒次第精舍、螺精舍、酪村精舍、黃精舍等，是諸精舍內界、外界、內外界、中間界。若僧時到，僧是諸精舍共作一布薩界，如是白。」白一羯磨，乃至「僧忍，默然故。是事如是持。」是名聚落界。

稱名界者，說羯磨比丘不知諸精舍名，令舊比丘知名字者，僧中唱諸精舍名字已，羯磨者應作是說：「大德僧聽！從今日是某甲比丘所說諸精舍名字，內界、外界、內外界、中間界，是諸精舍共作一布薩界。若僧時到，僧某甲比丘所說諸精舍名字，共作一布薩界，如是白。」白一羯磨，乃至「僧忍，默然故。是事如是持。」是為稱名界。

幖幟界者，作如是言：「大德僧聽！從今日齊幖幟，若石、若山、若井、若埠、若樹、內界、外界、內外界、中間界，作一布薩界。若僧時到，僧齊幖幟，若石、若山、若井、若樹，共作一布薩界，如是白。」白一羯磨，乃至「僧忍，默然故。是事如是持。」若羯磨人不知幖幟者，先令舊比丘僧中唱，如上稱名界，說是名幖幟界。

隨曲界者，有聚落邊精舍故壞，多有供養眾僧敷具，欲與諸精舍比丘共作一布薩界，修治精舍，共用此物。諸處比丘有欲共者、有不欲共者。諸欲共者，應盡來集、若出界去；其不欲者，自當精舍界作標幟住。諸欲共者，來集一處已，羯磨者應作是言：「大德僧聽！從今日此一住處某甲住處，齊幖幟內界、外界、內外界、中間界，共作一布薩界。若僧時到，僧此住處、某甲比丘住處齊幖幟以來共作一布薩界，如是白。」白一羯磨，乃至「僧忍，默然故。是事如是持。」是名隨曲界。

避難界者，一住處諸比丘，前安居、後安居日已過，有事難起，若賊難、王難、若奪命、若破戒、若水多虫漉不能淨，欲至餘精舍避此諸難，去三由旬內。若彼有比丘，若呼來、若出界去。羯磨者作是說：「大德僧聽！今日是住處彼某甲聚落精舍，內界、外界、內外界、中間界，共作一布薩界。若僧時到，僧從今日是中住處、彼某甲聚落精舍，共作一布薩界，如是白。」白一羯磨，乃至「僧忍，默然故。是事如是持。」若到彼處，復欲就餘精舍者，當捨先界，應作是說：「大德僧聽！是住處、先住處作別說戒，若僧時到，僧是住處先某住處，作別說戒，如是白。」白一羯磨，乃至「僧忍，默然故。是事如是持。」僧復欲進前精舍者，復取三由旬內，共作一布薩界。復欲進前者，當捨後結前，乃至前求適意住處，如是隨意結、隨意捨，是名避難界。

諸方界者，若比丘夏安居中，若諸難起，若王難、若賊難、若奪命難、若破戒、若水多虫漉不可淨，隨四方各三由旬內，自在結界，亦如上說。若難卒至，不得作羯磨，出去無罪。是名諸方。是謂羯磨界。

遊行界者，六十家聚落界、隔障界、樓閣界、兩道界、井界、樹界、園界、連蔓界、暫宿界、船界、舍內界、並界。

六十家聚落界者，如釋迦梨國大聚落、蘇彌國大聚落、摩頭羅國大聚落、巴連弗邑大聚落，是諸聚落各別起屋。若比丘置衣在一屋，人在第三屋宿，日光未滅去至明相出時還，尼薩耆。日光滅去至明相出還，無罪。日光未滅去、明相未出還，無罪。一切屋中盡有比丘住者，無罪。若結界者，無罪。周匝有垣牆者，無罪；周匝有塹者，無罪；周匝有渠水者，無罪；共一門者，無罪。若道於聚落中過，若比丘衣在道左，身度道右，日光未滅去至明相出，亦如上說。若比丘道中臥，持三衣枕頭，衣離頭者，尼薩耆。以不可截衣故，一切應捨。若聚落周匝牆圍遶、若塹、若籬、若一門，門有閉者，皆無罪，是名六十家聚落界。

隔障界者，亦如是。

樓閣界者，若梯閣道外，各二十五肘為界，若比丘置衣閣上，過二十五肘，日光未滅去至明相出還，尼薩耆。日光滅去、明相出還，無罪；日光未滅去、明相未出還，無罪。若比丘樓閣上住，畏賊來攻樓閣，故持衣出樓閣外二十五肘外藏，還樓閣上宿，日光未滅去至明相出還，尼薩耆，亦如上說。若比丘夜中大小行，離衣二十五肘內，與衣合無罪，是名樓閣界。

兩道界者，步道、車道。步道者，有比丘畏寒故至諸暖國，或畏熱故詣諸涼國。道行時，師與諸伴共行，並論議而去。弟子持衣鉢從後來，不及師。師至日沒時，畏離衣宿，故出道外待弟子，弟子持衣直過不見師，至天曉相待。若是師待衣處，離道二十五肘內，與衣合者不犯；過二十五肘外者，尼薩耆。若弟子持衣在前行，日沒時作是念：「莫令我師離衣宿。」即住道外待師行，極眠不覺師過，至曉相問，亦如上說，是名步道。車道者，比丘與乘車估客共行，置衣車上，畏塵坌故在前去，至日沒時畏離衣宿故，應住道外二十五肘內，令車盡過，與衣合故不犯。若比丘置衣車上，隨車後行，至日沒時不識何者是己衣車？比丘爾時應去車二十五肘內，繞車營一匝，與衣合故不犯。若高大車一隥、兩隥、三隥梯上者，比丘置衣車上在下住，從日光未滅至明相出時，尼薩耆，亦如上說。若於夜中暫內手車上者，不犯。若比丘在車上宿，置衣車下、若在車前置衣車後、若在車後置衣車前、若在車左置衣車右、若在車右置衣車左、日光未滅至明相出時，皆尼薩耆。若比丘置衣車上，離車二十五肘外靜處宿者，日光未滅去至明相出時還，尼薩耆，亦如上說。若比丘畏賊故，於車外過二十五肘藏衣，還車上宿，日光未滅至明相出時，尼薩耆，亦如上說。若夜中起大小行，離衣二十五肘內，與衣合無罪。若車營內以長繩橫斷，為繫牛故，比丘於繩一邊住，置衣繩一邊，日光未滅至明相出時，尼薩耆，亦如上說，是名兩道界。

井界者，比丘與估客共行，於井邊宿，井欄外二十五肘內，名為井界。衣著井欄上，比丘去井過二十五肘，日光未滅去至明相出時，尼薩耆，亦如上說。若畏賊故，藏衣井外過二十五肘，來井邊宿，日光未滅去至明相出時還，尼薩耆。若藏衣井半龕中，於井上宿，日光未滅去至明相出時，尼薩耆。若繩連衣著身宿者，不犯。置衣井底、於井上宿，置衣井上、井底宿，亦復如是。若夜暫垂手脚井中，與衣合者無罪，是名井界。

樹界者，於樹一切枝葉外二十五肘為樹界。若比丘置衣樹下，過二十五肘外，日光未滅去至明相出，應如上說。若比丘樹下，畏賊藏衣樹外過二十五肘，日光未滅去至明相出時還，尼薩耆。日光未滅去至明相未出還，不犯；日光滅去至明相出還，不犯。若夜中暫到衣所，與衣合不犯。若置衣樹上、樹下宿，若置衣樹下、樹上宿，日光未滅去至明相出時，尼薩耆。若繩連著身者無罪，是名樹界。園界亦如是。

連蔓界者，若蒲萄蔓架、不破蔓架、不樓藤蔓架、瓠蔓架、解脫花蔓架，如是一切蔓架外各二十五肘，名為連蔓界。比丘與估客共道行，至此蔓下宿，比丘求靜處，置衣蔓架底，出二十五肘外，日光未滅去、明相出時還，尼薩耆。日光滅去、明相出還，無罪；日光未滅去至明相未出還，無罪。若畏賊故藏衣二十五肘外，於蔓架底宿，日光未滅去至明相出時，如上說。若夜中大小行暫到衣所，與衣合無罪。若著衣蔓架上、在下宿，著衣蔓下、在上宿，亦復如是。若繩連身者無罪。是名連蔓界。

暫宿界者，客舍中種種雜人，比丘於中止宿。客舍主言：「此中畏賊，各自警備。」比丘問客舍主言：「長壽！何處牢固？」客舍主答言：「閣上牢固。」或言：「閣下牢固。」比丘藏衣閣下、於閣上宿，或置衣閣上、於閣下宿，日光未滅去至明相出時還，皆尼薩耆，如上說。若是中梯隥道通者，不犯。若比丘道行至天祠中宿，天祠主言：「此中畏賊盜，各自守備。」比丘問：「天祠主！何處牢固？」天祠主言：「若舍裏牢固、若舍外牢固。」比丘便置衣舍內，自於舍外頭，首向戶而臥，日光未滅去至明相出時，尼薩耆，如上說。若戶鉤在比丘邊者不犯。比丘道行於空聚落中宿，置衣第一房，自於第三房宿者，日光未滅去至明相出，如上說。若一切房盡有比丘者，不犯。若羯磨作界，若籬牆、溝渠圍繞，若水圍遶者，不犯。是名暫宿界。

船界者，若比丘載船上水、下水，船上有眾多住處。若比丘住處、若外道住處，比丘住處不牢密故，持衣寄外道住處，日光未滅去至明相出時還，尼薩耆，亦如上說。若外道聽自在置衣物者，不犯。若船著岸者，比丘置衣船上，離船過二十五肘外，日光未滅至明相出時，如上說。若船上畏賊，持衣上岸二十五肘外藏，還船上宿，日光未滅至明相出時，尼薩耆。夜中大小行暫詣衣所者，與衣合不犯。若比丘浣衣，於船上曬，風鼓衣盡外向，經宿者尼薩耆。若夜中風吹衣暫入船內者，不犯。若曬衣時，半在船內、半在船外者，尼薩耆，不可截故盡捨，是名船界。

家內界者，若兄弟二人共一家住，於家中別作分齊。若兄不聽弟入、弟不聽兄入，若比丘在兄分齊內、衣在弟分齊內，日光未沒至明相出者，如上說。若兄弟語比丘言：「俗人自違，於法不礙，任意住止。」者，爾時隨意置衣，無罪。若比丘至白衣家宿，畏賊故，問白衣：「何處牢固？」答言：「舍內牢固。」比丘置衣舍內，於舍外宿，日光未滅至明相出時，如上說。若夜於孔中暫內一手屋內者，不犯。是名家內界。

並界者，若四聚落界相接，比丘衣枕頭臥，比丘頭在一界，兩手各在一界，脚在一界，衣在頭底，衣離頭者，尼薩耆。若夜中手脚暫到衣所者，不犯。若車於此四界上住，車軛在一界、車後在一界、左輪在一界、右輪在一界，若置衣車前、車後宿，置衣車後、車前宿，置衣車左、車右宿，置衣車右、車左宿，日光未滅去至明相出時，尼薩耆；日光滅已去至明相出時還，不犯；日光未滅去至明相未出還，不犯。是名並界。

聚落界者，若比丘著上下衣入聚落，有主人語比丘言：「我今夜欲供養形像作福德，比丘當助我料理之。」是比丘即助莊嚴形像，懸繒花蓋敷置床座，至日沒時比丘報主人言：「日暮還精舍。」是主人慇懃留比丘宿，若彼住處諸比丘有長衣者，應暫借受持。若無者，隨近有諸比丘住處者，應從彼借。若無比丘，有比丘尼住處者，亦從彼借。若無者，是處俗人若有衣被者，應從借作淨，安施紐，然後受持。若無是事，後夜分城門開者，當疾還寺，莫踰城出。到精舍，門猶未開者，當索開門。若不得開者，應住門屋底。若無門屋者，應內手著孔中。孔有二種，若門孔、若水瀆孔。若門無孔者，於水瀆孔中、若內手、若內脚，莫先內手脚，脫有蛇蝮應先以杖驚之，然後內手與衣合。若無水瀆者，應踰垣牆入，應作相令內人識，莫令內人疑是賊，相驚動也。若不得入者，當疾捨衣，寧無衣犯越比尼罪，以輕易重故。若比丘於精舍內浣衣，懸當垣牆上曬。若夜風吹出垂著垣牆外者，犯尼薩耆。在內者不犯，以不可截故盡應捨。若比丘於精舍外脫衣，熱作忘衣在外，夜憶即出求之不見。晨朝出看，見衣去夜行迹二十五肘內者，不犯；二十五肘外者，尼薩耆。是名聚落界。

七菴婆羅樹界者，佛在舍衛城，時有一婆羅門，能種菴婆羅樹。是婆羅門聞沙門瞿曇在舍衛城，具足一切知見，有所問者皆能記說，作是思惟：「我今當往問種菴婆羅樹法，云何種菴婆羅樹，能使根莖堅固枝葉茂盛，花果成就扶踈生長，不相妨礙？」作是念已，詣世尊所，共相問訊已，於一面坐，白世尊言：「沙門瞿曇！云何方便種菴婆羅樹，能使根莖堅固枝葉茂盛，花果成就扶踈生長，不相妨礙？」時世尊告婆羅門言：「以五肘弓量七弓種一樹，如是種者，能令彼樹根莖堅固枝葉茂盛，花果成就扶踈生長，各各不相妨礙。」時婆羅門歡喜，便作是言：「善哉！沙門瞿曇，知種殖法，真一切智。」從坐起而去。婆羅門去不久，佛告諸比丘：「是婆羅門今大有所失，應問者不問，不應問者問。若彼問苦習義者，可得道迹。雖然，彼婆羅門今於我所發歡喜心，亦為大有所得。」爾時優波離知時而白佛言：「世尊！已聞菴婆羅樹分齊，今復請問：若有處所城邑聚落界分，不可知者。若欲羯磨，應齊幾許，名為善作羯磨？使令異眾僧各各相見而得成就羯磨，不犯別眾耶？」佛告優波離：「五肘弓量七弓種一菴婆羅樹，齊七菴婆羅樹，相去爾所作羯磨者，名善作羯磨。雖異眾相見而無別眾之罪，是名為七菴婆羅樹界。」若比丘離衣宿已，應白持律能羯磨者，言：「長老！我與是衣別宿，應捨。長老！為我作羯磨。」羯磨法如上過十日衣中說。是故說：「若比丘衣已竟，迦絺那衣已捨，若三衣中，若離一一衣餘處宿，除僧羯磨，尼薩耆波夜提。」

佛住舍衛城，廣說如上。爾時尊者阿那律於阿耆羅河邊住，得一小段衣，與眾多比丘俱，詣阿耆羅河邊水灑引令長廣。爾時世尊於自住處沒，當阿耆羅河邊現。知而故問阿那律：「汝作何等？」答言：「世尊！得一小段衣，尺量不足，欲引令長廣。」佛語阿那律：「汝頗有更得衣望處不？」答言：「有。」世尊問：「何時可得？」答言：「一月。」佛言：「從今日聽不足衣有衣望處者，停至一月為滿足故。」佛告諸比丘：「依止舍衛城比丘盡集，乃至已聞者當重聞。若比丘衣已竟，迦絺那衣已捨。若得非時衣，比丘須衣應取，疾作衣受。若不足者，有望處為滿故，聽一月畜。若過畜者，足不足，尼薩耆波夜提。」

衣竟者，三衣已成，亦名衣竟；不受迦絺那衣，亦名衣竟；已捨迦絺那衣，亦名衣竟。浣染竟，亦名衣竟。

已捨迦絺那衣者，有十事捨，如上說。

得者，若男、若女、在家、出家人邊得衣也。

非時者，若受迦絺那衣，有七月名非時；若不受迦絺那衣者，有十一月是名非時。於此非時中得衣，是名非時衣。

衣者，如上說。

須者，是比丘實須衣也。

即取疾成受，持作而少不足者，停至一月。一月者三十日，齊是應畜，為求滿足故。

有望者，是比丘實聞有得衣處，待令滿足，得至一月畜。過是一月畜者，尼薩耆波夜提。

尼薩耆波夜提者，是衣應僧中捨，波夜提懺悔；不捨而悔，犯越比尼罪。波夜提者，如上說。

若比丘前十日得有望衣，無望衣、微小望衣、無力望、羸望。因生望、斷望、更起餘望，此皆無事停。若得此衣滿足已，半作淨、半不作淨，是中作淨者，名善作淨；不作淨者，過十日尼薩耆。若比丘於前十日中，若得居士衣、若糞掃衣，不自作不教作、不受持不作淨，彼衣若作、若不作，衣及衣餘前十日過，尼薩耆。若比丘前十日中得衣，若故衣、若納衣，是比丘得已，不自作不教作，乃至過前十日者，尼薩耆。若比丘中十日中得衣，若以染淨、若未淨，是比丘得是衣，不自作不教作、不受持不作淨，彼若作衣、若不作，衣及衣餘中十日過，尼薩耆。若比丘中十日得衣，若得應法衣、不應法衣，取已不自作不教作，乃至過中十日，尼薩耆。若比丘後十日中得衣，應作一衣而欲作二衣，餘比丘語是比丘言：「長老！是先欲作一衣，今何故作二衣？今應如先作一衣。」是比丘得衣已，不自作不教作，乃至過後十日，尼薩耆。若比丘後十日中得衣，欲作小割截衣，而作大割截衣，餘比丘語是比丘言：「長老！本欲作小割截衣，今何以作大割截衣？應如本作。」是比丘得衣，不自作不教作、不受持不作淨，若作、若不作，衣及衣餘過後十日，尼薩耆。若比丘前十日得衣，應即前十日作，中十日得衣，應即中十日作，後十日得衣，應即後十日作。若比丘前十日，五日已過得望衣；前十日中、後五日；中十日、前五日，此十日應作衣。若比丘中十日、前五日已過得望衣，應中十日後五日、後十日前五日，此十日應作衣。若比丘後十日前五日已過得望衣，即應此五日中應作衣。若比丘後十日中六日已過得望衣，應四日中作。七日已過得衣，三日應作。八日已過得衣，二日應作。九日已過得衣，一日應作。十日得衣即日應作。作衣時應餘人相助，浣染牽截絣篸却刺，刺橫刺長，刺緣施紐煮染染衣，作淨已受持。若一日恐不竟者，麁行隱令竟，受持後更細刺。是故世尊說：「若比丘衣已竟，迦絺那衣已捨，乃至足不足，尼薩耆波夜提。」

佛住舍衛城，廣說如上。優鉢羅比丘尼因緣應廣說，時優鉢羅比丘尼，以僧祇支與尊者阿難陀，是衣垢膩不淨。阿難陀持是衣，泥塗日中曬，佛知而故問：「阿難陀！汝作何等？」答言：「世尊！是優鉢羅比丘尼與我此僧祇支垢膩不淨，泥塗而曬。」佛問阿難陀：「汝與直貿易不？」答言：「不與。世尊！」佛告阿難陀：「應當與貿易，母人少利。」阿難陀不欲與，佛語阿難陀：「何以不與？」阿難陀白佛：「與何物？」佛語阿難陀：「王波斯匿所施劫貝，長十六肘廣八肘者與之。」阿難陀猶故不與，如《劫貝契經》廣說。

復次佛住舍衛城，廣說如上。時善生比丘尼將徒眾皆著弊壞衣，禮世尊足。佛知而故問：「諸比丘！此何等比丘尼，著弊壞衣而來詣我？」諸比丘白佛言：「世尊！此是善生比丘尼。」佛問諸比丘：「是善生比丘尼為得衣故不著？為無衣耶？」諸比丘言：「但得，已持與優陀夷。」

復次佛住舍衛城，廣說如上。時偷蘭難陀比丘尼將徒眾，皆著弊壞衣來詣世尊，頭面禮足。佛知而故問諸比丘：「此何等比丘尼，著弊壞衣而來詣我？」諸比丘白佛言：「世尊！此是偷蘭難陀比丘尼。」佛問諸比丘：「是偷蘭難陀比丘尼，為得衣故不著？為不得衣故不著。」諸比丘言：「但得，已持施阿難陀。」

復次佛住舍衛城，廣說如上。時蘇毘提比丘尼將徒眾，皆著弊壞衣來詣世尊，頭面禮足。佛知而故問諸比丘：「此何等比丘尼，著弊壞衣而來詣我？」諸比丘白佛言：「世尊！此是蘇毘提比丘尼。」佛問諸比丘：「是蘇毘提比丘尼為得衣不著？為不得衣耶？」諸比丘言：「但得，已持施善解比丘。」

復次佛住舍衛城，廣說如上。有失利摩比丘尼將徒眾，皆著弊壞衣來詣世尊，頭面禮足。佛知而故問諸比丘：「此何等比丘尼，著弊壞衣來詣我所？」諸比丘白佛言：「世尊！此是失利摩比丘尼。」佛問諸比丘：「是失利摩比丘尼，為得衣不著？為不得衣耶？」諸比丘言：「但得，已持施僧。」佛問諸比丘：「若親里比丘尼著如是弊壞衣者，是親里比丘應取彼衣不？」答言：「不取。」世尊復問：「若親里比丘尼自衣弊壞，持衣物與親里比丘不？」答言：「不也。世尊！」佛言：「是故比丘！不應從非親里比丘尼邊取衣，除貿易。」佛告諸比丘：「依止舍衛城比丘皆悉令集，以十利故為諸比丘制戒，乃至已聞者當重聞。若比丘從非親里比丘尼取衣，除貿易，尼薩耆波夜提。」

比丘者，如上說。

非親里比丘尼者，非父親相續、非母親相續，是名非親里比丘尼。一親里、多非親里，多親里、一非親里，沙彌尼親里、比丘尼非親里，沙彌尼非親里、比丘尼親里，是中得衣，犯；離此二眾，無罪。

衣者：欽婆羅衣、劫貝衣、憍舍耶衣、芻摩衣、舍那衣、麻衣、軀物提衣。

取者，受彼施也。

除貿易者，佛說若貿易無罪。

尼薩耆波夜提者，是衣應僧中捨，波夜提，懺悔。不捨衣而悔者，得越比尼罪。波夜提者，如上說。

非親里比丘尼，自與使受、使與自受、自與自受、使與使受。自與使受者，比丘尼自手與衣，比丘遣使受。使與自受者，比丘尼遣使持衣與比丘，比丘自受。自與自受者，比丘尼自與衣，比丘自受。使與使受者，比丘尼遣使持衣與比丘，比丘遣使受。

若比丘從非親里比丘尼取衣，許貿易，不與、不教與、不自語、不教人語、還本衣、截本衣、減與、與異物、離見聞處、離界，是比丘得，波夜提罪。不與者，自不與。不教與者，不教他人與。不自語者，不自語比丘尼言：「後爾許時當與汝衣。」不教語者，不使他人語比丘尼言：「後爾許時當與汝衣。」還本衣者，還比丘尼先衣，是不應與，應與餘衣。截者，截本衣還彼，是不名貿。減與者，得彼全衣已，與減小衣，是不名與，應與全足衣。與異物者，取彼衣已與鉢、若小鉢、若鍵鎡，若以飲食及餘物與，是不名貿，應與衣也。離見聞處者，若比丘取非親里比丘尼衣已，不與直、不教與、不自語、不教語、捨去、離見聞處，波夜提罪。離界者，若比丘取非親里比丘尼衣已，不與直、不自與、不教與、不自語、不教語、捨去、出界二十五肘，波夜提。若比丘取非親里比丘尼衣已，不與直、不自與、不教與、不自語、不教語；若坐、若臥、若入定、皆得波夜提罪。若非親里比丘尼，與知識沙彌衣，作是言：「沙彌！我與汝是衣。汝持是衣，與某甲比丘，可得福德。」比丘取者，無罪。如是沙彌尼、式叉摩尼、優婆塞，乃至諸優婆夷言：「我與汝此衣。汝持此衣施與尊者某甲比丘，可得功德。」比丘取者，無罪。若比丘尼語比丘言：「借尊者此衣，隨意著。」比丘得著，乃至破還，無罪。若眾多比丘尼與一比丘衣，是一比丘應各各與眾多比丘尼貿衣，亦得以一衣與眾多比丘尼，語言：「姊妹！通貿衣。」一比丘尼若別與眾多比丘衣，眾多比丘應各各別與一比丘尼貿易衣，亦得共與一衣，語言：「姊妹！此衣通貿衣。」若眾多比丘尼與眾多比丘衣，眾多比丘應還與眾多比丘尼貿衣。若一比丘尼與一比丘衣，一比丘應還與一比丘尼貿衣。若比丘尼與比丘，若鉢、若小鉢、若鍵鎡、若飲食，及餘小小物，盡得取，無罪。是故說：「若比丘從非親里比丘尼取衣，除貿易，尼薩耆波夜提。」

## 摩訶僧祇律卷第八