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title: "摩訶僧祇律 · 4"
description: "摩诃僧祇律是东晋时期由佛陀跋陀罗与法显共同译出的佛教戒律经典，属印度大众部所传。该律由法显从印度求得梵本，归国后与佛陀跋陀罗合作译成汉文。内容系统规定了僧团的组织制度、僧侣日常行为规范及戒律实施细则，涵盖布萨、安居、衣食住行等细则。作为汉传佛教早期重要律典之一，它展现了佛教僧团生活的原始面貌，为研究印度佛教戒律史及中印文化交流提供了珍贵文献，对后世律学发展影响深远。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcwn1n0y0dsrjs04tl40bons"
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## 摩訶僧祇律卷第四十

> 摩訶僧祇律 第四十巻

東晉天竺三藏佛陀跋陀羅共法顯譯

> 東晋インド僧・仏陀跋陀羅と法顕の共訳

### 明一百四十一波夜提法之餘

> 明の百四十一波夜提法の残り

佛住舍衛城，爾時迦梨比丘尼安居中受僧床褥已而捨遊行。諸比丘尼以是因緣語大愛道瞿曇彌，乃至答言：「實爾。」佛言：「汝云何安居中遊行？從今已後不聽。乃至已聞者當重聞。若比丘尼，安居中遊行者，波夜提。」

> 仏は舎衛城におられた。その時、迦梨比丘尼が安居（あんご）の期間中に僧団から寝具や敷物を受け取った後、それを置いて遊行（ゆぎょう）に出かけた。比丘尼たちはこの件を大愛道（だいあいどう）瞿曇弥（ぐどんみ）に伝えた。そこで瞿曇弥がそのことを仏に告げると、仏は迦梨比丘尼に「本当か」と尋ねられた。比丘尼は「本当です」と答えた。 そこで仏は言われた。「あなたはどうして安居の期間中に遊行したのか。今後は、そのようなことをしてはならない。すでに聞いた者は、再びよく聞きなさい。もし比丘尼が安居中に遊行すれば、波夜提（ばやだい）の罪となる。」

安居者，前安居、後安居。

> 安居には、前安居と後安居があります。

行者，下至聚落宿，波夜提。波夜提者，如上說。

> 修行者が、たとえ村や集落に宿泊するだけでも、波逸提（はいつだい）となります。 波逸提とは、先に述べた通りです。

若比丘尼，安居中離界一宿，波夜提。若王難、餘方賊來，若恐奪命、若畏失梵行者，去無罪。比丘尼安居中，無有求聽羯磨法為塔僧事而遊行，是故世尊說。

> 比丘尼が安居の期間中に、その区域を離れて一晩過ごした場合、波夜提（懺悔すべき罪）となります。ただし、王による妨害や他の地域からの賊の襲来があった場合、命の危険を感じた場合、または清らかな修行（梵行）を失う恐れがある場合に避難することは罪になりません。比丘尼が安居中に、塔や僧侶のための用事について許可を得るための羯磨の作法を行わずに遊行することはありません。そのため、世尊はこのようにお説きになりました。

佛住舍衛城，爾時比丘尼舍衛城安居竟，來詣比舍離。往到跋陀羅比丘尼親里家，其家人問：「何處安居？」答言：「舍衛城。」問：「舍衛城何似？好不？」比丘尼言：「祇洹樹林華果茂盛、池水清涼，精舍如是、世尊住處如是，尊者舍利弗、大目連如是，須達居士如是。」檀越言：「此是真出家。」「今我跋陀羅，此處生、此處長，如無手足人，初不肯出。」諸比丘尼以是因緣往白世尊，乃至答言：「實爾。」佛言：「汝云何安居竟而不遊行？從今已後不聽。乃至已聞者當重聞。若比丘尼，安居竟不遊行者，波夜提。」

> 仏は舎衛城に滞在しておられました。その時、比丘尼たちが舎衛城での雨安居を終えて、毘舎離に向かいました。そこで跋陀羅比丘尼は知人の家を訪ねました。家の人が尋ねました。「どこで雨安居をされたのですか？」「舎衛城です」と比丘尼は答えました。「舎衛城はどんなところですか。良い所ですか？」比丘尼は言いました。「祇園精舎は樹木や花々が実り豊かで、池の水は清く涼やかです。精舎はそのようであり、世尊のお住まいもそのようです。また、尊い舎利弗や大目連もいらっしゃいますし、須達長者のような方もおられます。」施主は言いました。「それは本当の出家というものです。」「私たちの跋陀羅は、ここで生まれ、ここで育ちましたが、まるで手足のない人のように、一度も外に出ようとしません。」 比丘尼たちはこの因縁を世尊に報告しました。世尊はお尋ねになりました。「確かにそのようなことがあったのか。」「はい、その通りです。」と比丘尼たちは答えました。仏はおっしゃいました。「あなたはどうして雨安居を終えたのに遊行しなかったのか。今後はそれを許さない。すでに聞いた者も再び聞くように。もし比丘尼が雨安居を終えても遊行しなければ、波夜提の罪となる。」

安居竟者，三月竟。

> 安居の期間が終わりました。それは三か月の期間が過ぎたということです。

不遊行者，乃至不出聚落行，波夜提。波夜提者，如上說。

> 遊行しない者、つまり村の外に出て歩かない者には、波夜提の罪がある。波夜提とは、先に述べた通りである。

安居竟乃至不離界一宿行，波夜提。若羸老病不能行無罪。是故世尊說。

> 安居（あんご）の期間が終了しても、一日でも自分の区域を離れて滞在してはならない。もし離れた場合は波夜提（懺悔すべき罪）となる。ただし、弱っていたり、老いていたり、病気で移動できない場合は罪にはならない。これが、世尊がお説きになった教えである。

佛住舍衛城，爾時偷蘭難陀語樹提言：「此間安居。」即往檀越家歎譽：「樹提比丘尼賢善持戒，汝當供養於是。」樹提威儀庠序，舉動視瞻不失儀法，見已生歡喜心，乃至後嫌訶惱觸。諸比丘尼以是因緣往白世尊，乃至答言：「實爾。」佛言：「此是惡事，乃至已聞者當重聞。若比丘尼語比丘尼作是語：『阿梨耶！此處安居。』後嫌訶惱觸，波夜提。」

> 仏は舎衛城におられた。その時、スラナンダがトゥッシーにこう言った。「ここで安居をしましょう。」そして、彼女は在家の信者のもとへ行き、トゥッシーを褒め称えた。「トゥッシー比丘尼は賢く、戒律をよく守っています。どうかこの方を供養してください。」トゥッシーは威儀が整っていて、動作や目線も律に適い、違背することがなかった。それを見た人々は喜びの心を生じたが、後に彼女を嫌い、罵倒し、悩ませるようになった。比丘尼たちはこの因縁をもって世尊のもとへ行き申し上げた。世尊はトゥッシーに問われた。「本当か。」答えて言った。「本当でございます。」仏は言われた。「これは悪いことである。……すでに聞いた者たちは、これを重ねて聞くべきである。もし比丘尼が別の比丘尼にこう言ったならば、『アーリヤよ、ここで安居をしましょう。』後に嫌って罵り悩ませたならば、波逸提とする。」

若比丘尼語：「是中安居。」安居中惱觸。惱觸者，若自身口、若使人身口惱觸，波夜提。若前人不持戒，畏作非法，雖驅遣無罪。若式叉摩尼、沙彌尼，越比尼罪。乃至俗人，越比尼心悔。是故世尊說。

> もし比丘尼が、「ここで安居しましょう」と言ったのに、その安居中に他の比丘尼を悩ませたり、触れ合ったりした場合。悩ませたり触れ合うとは、自ら身体や言葉で行うか、あるいは他人に身体や言葉で行わせることである。そのような行為は波夜提（悔過すべき罪）となる。ただし、相手が戒律を守っておらず、非合法的な行いをすることを恐れて追い出した場合は罪にはならない。また、式叉摩尼や沙弥尼に対して行った場合は、越比尼罪（軽い罪）となる。さらに、在家者に対して行った場合は、越比尼心悔（心の中で悔いる罪）となる。ゆえに、世尊はこのようにお説きになったのである。

佛住舍衛城，爾時迦梨比丘尼，到欲安居時餘行去，受安居已還。房舍已分竟，方來索言：「是我房舍，還我！」住者言：「我已受，不可得。」於是鬪諍。有善比丘尼呼言：「阿梨耶！可就此房住。」入已持巨摩柴草積聚房中，先住者言：「阿梨耶！此不用物不須安。」即言：「賢善！汝買得此房耶？」答言：「我當次得此僧房，若是僧房者我何以不安？」於是以身口擾亂。諸比丘尼以是因緣往白世尊，乃至答言：「實爾。」佛言：「此是惡事，汝云何知他先安居已後來擾亂？從今已後不聽。乃至已聞者當重聞。若比丘尼，知比丘尼先安居已後來，若自擾亂、若使人擾亂，波夜提。」

> 仏は舎衛城に滞在しておられた。その時、迦梨比丘尼が安居の時期になると他の場所へ行き、安居を受けてから戻ってきた。房舎はすでに分配が終わっていたのに、彼女が来て「それは私の房だ。返せ！」と要求した。先に住んでいた者が「私はすでに受け取ったので、返せない」と言った。そこで争いが生じた。 そこに善良な比丘尼がいて、「アーリヤ（尊師）、こちらの房にお入りください」と声をかけた。彼女が入ってくると、大きな薪や藁の束を房の中に積み上げた。先に住んでいた者が言った。「アーリヤ、この不用品は置く必要がありません」。すると彼女は言った。「賢者よ、あなたはこの房を買い取ったのですか？」。先住者が答えた。「私は順番にこの僧房を得たのです。もし僧房であれば、なぜ私が置いてはいけないのですか？」そして身体と言葉で彼女を悩ませた。 比丘尼たちはこの因縁を世尊に告げた。世尊は「本当にそうなのか」と尋ね、彼女は「その通りです」と答えた。仏は言われた。「これは悪い行いである。あなたはどうして、他者が先に安居を受けた後に来て、悩ますことができるのか。今後はこれを許さない。すでに聞いた者は再び聞くべきである。もし比丘尼が、他者の比丘尼が先に安居を受けた後に来て、自ら悩ませ、あるいは他人に悩ませるならば、波逸提（罪）である。」

知先安居者，前安居、後安居。

> まず、安居（あんご）を行う期間の順序について説明します。先に安居を行う者は、前期安居と後期安居の二つがあります。

擾亂者，若自身口、若使他身口擾亂，波夜提。

> かく乱するならば、自分自身で言葉や行動によりかき乱す場合も、他人に言葉や行動でかき乱させる場合も、波逸提（懺悔すべき罪）となる。

若擾亂比丘尼，波夜提。式叉摩尼、沙彌尼，越比尼罪。乃至俗人，越比尼心悔。是故世尊說。

> 比丘尼を悩ませた場合、波夜提（悔過すべき罪）となる。式叉摩尼（学法女）や沙彌尼（見習い尼）に対しては、越比尼罪（軽い罪）となる。さらに在家の者に対しては、越比尼心悔（心に悔いを生じる罪）となる。ゆえに、世尊はこのように説かれたのである。

佛住舍衛城，爾時有比丘尼，不先看牆外，擲棄大小便。時有婆羅門新洗浴，著新淨衣巷中行，正墮頭上。婆羅門瞋罵言：「眾多人子沙門尼，污我如是。」諸比丘尼往白佛，乃至答言：「實爾。世尊！」佛言：「此是惡事，汝云何不審諦觀而棄不淨？從今已後不聽。乃至已聞者當重聞。若比丘尼，隔牆不觀擲棄不淨，波夜提。」

> 仏は舎衛城に滞在しておられた。その時、ある比丘尼が、牆の外を先に見ずに大小便を捨てた。ちょうどその時、新たに沐浴し清らかな衣を身につけたバラモンが巷を歩いており、それが頭上に落ちた。バラモンは怒って罵った。「多くの人の子である沙門尼よ、このように私を汚した。」諸々の比丘尼は仏のもとに行き、事の次第を告げた。（問われて）比丘尼は答えた。「その通りです、世尊よ。」仏は言われた。「これは悪い行いである。どうしてよく確かめずに不浄なものを捨てたのか。今日から以後は、これを許さない。すでに聞いた者は、再びよく聞くがよい。もし比丘尼が、牆を隔てて見ずに不浄な物を捨てれば、波逸提の罪となる。」

隔牆者，隔籬牆。

> 垣根（かきね）のことです。

擲不淨者，大小便、洟唾、糞掃及洗手足水、髮、指甲。

> 汚物を捨てる場とは、大小便、鼻水や唾液、ちりやごみ、手や足を洗った水、髪の毛、爪などのことです。

不觀者，不先看而擲。

> 見ようとせずに、先に見ずに放り投げることです。

若欲擲棄物時當先諦視，若多人行者，當待斷乃擲；若行人希者，當彈指乃擲。若不視、不彈指而擲者，波夜提。若比丘不視而擲者，越比尼罪。是故世尊說。

> もし物を捨てようとする時は、まずよく確かめなさい。大勢の人が通っている時は、途切れるのを待ってから捨てなさい。人が少ない時は、指を鳴らしてから捨てなさい。もし確かめず、指も鳴らさずに捨てたならば、波夜提（軽い罪）となります。比丘が確かめずに捨てれば、越比尼罪（過失）となります。ゆえに、世尊はこのように説かれたのです。

佛住舍衛城，爾時波斯匿王東園池，不禁比丘、比丘尼入。爾時六群比丘尼往彼園中作世俗語話，大小便洟唾生草上，復以藕葉裹不淨放池水中。明旦波斯匿王與後宮夫人，共詣園池遊觀。時後宮人閉在深宮不出來久，始得一出遊戲熙怡喜勇競，各占顧生草：「此是我許。」而往捉之污泥其手，詣水欲洗，復見水上有裹，便作是念：「諸年少等聞我等出，必裹眾香以待我等。」即往捉取而污其手，即往白王：「此是何物不淨如是？」王即呼守園人問：「誰污此園？」白言：「更無餘人，昨日六群比丘尼在中作俗人，言戲而去。」諸比丘尼以是因緣往白，乃至佛言：「此是惡事，乃至已聞者當重聞。若比丘尼，生草上大小便，波夜提。若比丘尼，水中大小便，波夜提。」

> 仏は舎衛城にいらっしゃいました。その時、波斯匿王の東園の池は、比丘や比丘尼が立ち入ることを禁じていませんでした。ある時、六群比丘尼たちがその園にやって来て、世俗の話をし、生きた草の上で大小便や鼻水、唾を吐き捨てました。さらに蓮の葉で汚物を包み、池の水の中に流しました。翌朝、波斯匿王は後宮の夫人たちと共に園池に遊びに出かけました。その時、後宮の人々は深い奥に閉じこもって長い間外に出ていなかったので、ようやく出られた喜びに心が弾み、我先にとそれぞれ生の草を占めました。「これは私のものだ」と言いながら、手を触れたところ、手が汚れてしまいました。水で洗おうとして、さらに水の上に包みがあるのを見ました。「若者たちが私たちが出かけるのを聞いて、香を包んで待っていてくれたのだろう」と思い手にとってみると、手が汚れてしまいました。そこで王のもとに行って申し上げました。「これは何という汚らわしいものなのでしょうか？」王は園守りを呼んで尋ねました。「誰がこの園を汚したのか？」園守りは申し上げました。「他には誰もおりません。昨日、六群比丘尼たちが園の中で俗人のように話し、戯れて去って行きました。」 比丘尼たちはこの因縁を仏に告げました。仏はおっしゃいました。「これは悪い行いである。すでに聞いた者は、重ねて聞くべきである。もし比丘尼が生きた草の上で大小便をすれば、波逸提（懺悔すべき罪）である。もし比丘尼が水中で大小便をすれば、波逸提である。」

比丘尼者，如上說。

> 比丘尼とは、先に述べた通りです。

草者，一切草，大小便洟唾，波夜提。

> 草とは、あらゆる草を指します。大小便や鼻水、唾などがかかった場合、波夜提（懺悔すべき罪）となります。

若雨時生草覆地者，當在無草處行。若無空處者，當在瓦塼上、乾草木、牛馬𡱁上、人行處。若復無者，下至一木枝，令先墮木枝後墮草上。若經行處有草者，當於經行頭安唾壺。是故世尊說。

> もし雨が降って地面に草が生い茂っているなら、草のない場所を歩くべきです。もし草のない場所がなければ、瓦や煉瓦の上、乾いた草や木の上、牛や馬の糞の上、あるいは人が歩く道の上を歩きなさい。それもなければ、一本の木の枝の上で、まず枝の上に落ち、その後で草の上に落ちるようにしなさい。経行する場所に草があるなら、経行の始めのところに唾壺を置きなさい。それゆえ、世尊はこのようにお説きになったのです。

比丘尼如上說。

> 比丘尼は、先ほどと同じように説いた。

水者，有十種，如上說。

> 水には、先に述べたとおり十種類あります。

若水中大小便洟唾，波夜提。

> 水の中に大小便や鼻水、唾を吐き入れてはならない。罰せられるべき行いである。

若雨時水漫溢者，當於高處大小便。若無是者，當於瓦石、乾草木上、牛馬𡱁上。若復無者，當以草木枝承，令先墮木枝後墮水中。若掘廁下有水出者，不得先於中大小便，先令淨人行，然後比丘尼行。若廁下有流水者，當安板木，令先墮板上後墮水中。若船上行時有廁處者，當安板木承，令墮板上後墮水中。若無板者，以木枝承，令先墮木枝上後墮水中。是故世尊說。

> 雨の時期に水があふれている場合は、高い場所で大小便をしなさい。もしそれができないなら、瓦や石、乾いた草木、牛や馬の糞の上で行いなさい。それもないなら、草木の枝で受け止め、枝の上に落としてから水の中に落ちるようにしなさい。もし便所の下から水が出ている場合は、先にその中で大小便をしてはならない。まず清らかな人に行わせてから、比丘尼が行いなさい。もし便所の下に流れる水がある場合は、板を置いて、まず板の上に落としてから水の中に落ちるようにしなさい。もし船の上で用を足す場所がある場合は、板を置いて受け止め、板の上に落としてから水の中に落ちるようにしなさい。板がない場合は、木の枝で受け止め、枝の上に落としてから水の中に落ちるようにしなさい。このように、世尊はお説きになったのです。

佛住舍衛城，爾時六群比丘尼遊行勸化，語女人言：「與我物，欲為諸比丘作食。」女人即與，作是言：「至作食日語我，我當行食。」時請尊者舍利弗、大目連、離波多、劫賓那，尊者羅睺羅，復請六群比丘，敷二坐，一與長老比丘，一與六群比丘。爾時長老比丘，時到著衣持鉢到舍次第而坐，與尊者舍利弗白米飯、蒙巨羹、酥乳酪，如是轉與麁食。尊者目連與麁米飯、摩沙羹油乳，餘比丘與赤米飯摩沙羹，或有得飯不得羹，有得羹不得飯，乃至尊者羅云與赤米飯、麻籸、菜羹。時諸女人復持種種好食來，問言：「與誰？」比丘尼便以身障長老比丘，示六群比丘，與白米飯、好羹、酥乳酪，自恣與。諸比丘食已而去。佛知而故問：「舍利弗！得好食滿足不？」答言：「已食。世尊！」如是三問，答亦如是。如是一一問諸長老比丘，答皆如是。乃至問羅云：「何故色力不足？得好食飽不？」答言：「世尊！食油得力、食酥有色，食麻籸菜無色無力。」問六群比丘：「得好食不？」答言：「世尊！我得白米飯、好羹、酥酪種種好食。皆是姊妹信心恩力。」佛言：「上座是誰？」答言：「尊者舍利弗。」佛問舍利弗：「汝實爾不？」答言：「實爾。」世尊！佛言：「此非法食。汝云何看是擾亂比丘僧而入捨心？」舍利弗言：「若世尊言：『是非法食。』者，若一劫、若過一劫不可得消。」於是即取鳥翮擿而吐之。佛言：「呼六群比丘尼來。」來已，問言：「汝實爾不？」答言：「實爾。」佛言：「此是惡事，汝云何知眾利迴與一眾？從今已後不聽。乃至已聞者當重聞。若比丘尼，知眾利迴與一眾，波夜提。」

> 世尊は舎衛城に滞在されていた。ある時、六群比丘尼たちが托鉢して回り、女たちにこう言った。「私たちに布施をください。比丘たちのために食事を作りたいのです」。女たちは喜んで布施し、こう言った。「食事の日になったら知らせてください。私が料理を運びます」。 その時、尊者舎利弗、大目連、離波多、劫賓那、尊者羅睺羅を招待した。さらに六群比丘も招き、長老比丘のための席と六群比丘のための席の二つを設けた。 時が来て、長老比丘たちは衣を着け鉢を持ってその家に行き、順に座った。尊者舎利弗には白米の飯と、モロヘイヤのスープ、酥、乳酪が出された。しかし次第に粗末な食事に変わっていった。尊者目連には玄米の飯と豆のスープ、油と乳。他の比丘たちには赤米の飯と豆のスープ。ある者は飯を得てもスープがなく、ある者はスープを得ても飯がなかった。尊者羅睺羅に至っては、赤米の飯と、ごま粕と菜っ葉のスープだった。 その後、女たちが様々な美味なる食事を持って来て、「どなたに差し上げましょうか？」と尋ねた。すると比丘尼たちは自らの身をもって長老比丘たちを隠し、六群比丘を示した。そして白米の飯、上等なスープ、酥、乳酪を自由に与えた。比丘たちは食事を終えて立ち去った。 世尊はこれをご存知でありながら、あえてお尋ねになった。「舎利弗よ、良い食べ物に満足したか？」。舎利弗は答えた。「食べました、世尊よ」。三度同じ問いがあり、答えも同じだった。かくして一人ひとり長老比丘たちに問われたが、答えは皆同じだった。最後に羅睺羅に問われた。「どうして顔色が優れないのか？ 良い食べ物で満腹したか？」。羅睺羅は答えた。「世尊よ、油は力を与え、酥は艶を与えます。しかしごま粕と菜っ葉のスープでは艶も力も出ません」。 次に六群比丘に問われた。「良い食べ物を得たか？」。彼らは答えた。「世尊よ、私は白米の飯、上等なスープ、酥、乳酪、様々な美味を得ました。全ては姉妹たちの信仰の力と恩恵によるものです」。 世尊は言われた。「上座は誰か？」。答え、「尊者舎利弗です」。仏は舎利弗に問われた。「あなたは本当にそうしたのか？」。舎利弗は答えた。「本当です、世尊よ」。仏は言われた。「これは法に適った食事ではない。どうしてあなたは、このように比丘僧を混乱させる様子を見ながら、見捨てる心を起こしたのか？」。舎利弗は言った。「世尊が『これは法に適わぬ食事である』とおっしゃるならば、たとえ一劫、あるいはそれ以上の劫を経ても、消化することは叶いません」。そこで舎利弗は鳥の羽根を取って、それで食べ物をかき出し、吐き出した。 仏は言われた。「六群比丘尼を呼べ」。呼び寄せて、問われた。「あなたたちは本当にそうしたのか？」。答え、「本当です」。仏は言われた。「これは悪い行いである。どうしてあなたたちは、大勢のための施しを知りながら、一部の者だけに回したのか？ 今後はこれを許さない。すでに聞いた者は再びよく聞きなさい。『もし比丘尼が、大勢のための施しだと知りながら、一部の者だけに回すならば、波逸提（懺悔すべき罪）となる』」。

比丘尼者，如上說。

> 比丘尼とは、先に述べた通りです。

知者，若自知、若從他聞。

> 智慧ある人は、自ら気づくか、あるいは他者から聞いて知ることがあります。

眾者，比丘眾、比丘尼眾。

> 「衆」とは、比丘の集まり、比丘尼の集まりのことです。

利者，八種，時藥、夜分藥、七日藥、終身藥、隨身物、重物、不淨物、淨不淨物。

> 利（薬）には八種ある。 時薬（食べ物）、夜分薬（夜に服用できる飲み物）、 七日薬（一週間保存可能なもの）、終身薬（長期間保存可能なもの）、 随身物（常に身につける品）、重物（僧団の共有財産）、 不浄物（僧が直接持ってはいけないもの／金銭など）、 浄不浄物（処理の仕方で清浄となるもの）の八つである。

迴者，選物向處已定，而迴與餘眾，波夜提。波夜提者，如上說。

> 回向（施物の指定）とは、ある物を特定の対象に施すと決めた後に、その施しを他の大衆に回すことである。波夜提（罪）となる。波夜提については、前の説明の通りである。

若人來問：「我欲布施，當施何處？」應言：「隨汝心所樂處施。」若言：「何處功德大？」當言：「施僧。」若問：「何處有好持戒僧？」當言：「都無犯戒僧。」若言：「何處有比丘、比丘尼自守少事，坐禪、誦經、不大遊行，恒使我得見此物。」得語言：「與某甲。」若比丘尼，知物向僧迴向己，尼薩耆波夜提。若迴向餘人，波夜提。眾迴向餘眾，波夜提。眷屬迴向眷屬，亦波夜提。一人物迴向一人，越毘尼罪。比丘迴眾物與餘眾，越比尼罪。是故世尊說。

> もし人が来て「私は布施をしたいのですが、どこに施すべきでしょうか？」と尋ねたら、こう答えるべきです。「あなたの心のままに、好きなところへ施しなさい。」 もし「どの場所が功徳が大きいのですか？」と尋ねたら、「僧伽に施しなさい。」と答えるべきです。 もし「どこに良い戒律を守る僧がいますか？」と尋ねたら、「戒律を破る僧などどこにもいません。」と答えるべきです。 もし「どこかに、自分を律し、無駄なことをせず、坐禅や誦経に励み、あまり遊行せず、私が常に布施の品を届けられるような比丘や比丘尼はいますか？」と尋ねたら、「あの人に施しなさい。」と答えるべきです。 もし比丘尼が、僧伽に向けられた布施の品を自分のために流用したならば、尼薩耆波逸提（捨堕罪）となります。 もし他の人に流用したならば、波逸提（堕罪）となります。 僧伽からの布施を別の僧伽に流用した場合も、波逸提です。 同じグループからの布施を別のグループに流用した場合も、波逸提です。 個人からの布施を別の個人に流用した場合、越毘尼罪（軽罪）となります。 比丘が僧伽の品を別の僧伽に流用した場合も、越比尼罪となります。 故に、世尊はこのようにお説きになったのです。

教誡隱處癰、 離宿不遊行、安居後嫌責、 安居已後來、隔牆棄不淨、 草水迴向僧。十四跋渠竟。

> 教え戒める隠れた傷、 一夜泊まりを離れて歩まず、 安居の後に非難し合い、 安居を終えてから来た者、 壁越しに汚れを捨て、 草や水を僧団に回向する。 第十四の章、終わり。

比丘同戒七十、不同戒七十一。百四十一波夜提修多羅說竟。

> 比丘たちが同じ戒律を守る場合は七十の戒があり、異なる戒律を守る場合は七十一の戒があります。合わせて百四十一の波夜提（悔過すべき罪）について、経典（スートラ）で説き終わりました。

明八提舍尼法初

> \*\*八つの悔過法 第一\*\*

佛住舍衛城，爾時佛告大愛道：「如來一時在舍衛城。時六群比丘尼，酥市乞酥、油市乞油、蜜市乞蜜、石蜜市乞石蜜、肉市乞肉、魚市乞魚、乳市乞乳、酪市乞酪，而食為世人所譏：『云何沙門瞿曇稱歎少欲、毀呰多欲？』如比丘緣中廣說。瞿曇彌比丘尼亦應如是學。瞿曇彌！我一時住迦維羅衛釋氏精舍，聽病比丘尼索好食。」佛告大愛道瞿曇彌：「依止舍衛城比丘尼皆悉令集，乃至已聞者當重聞。若比丘尼不病為身，白衣家乞酥、若使人乞，若噉、若食，是比丘尼應向餘比丘尼悔過，如是言：『阿梨耶！我墮可訶法，此法悔過。』是波羅提提舍尼法。」

> 仏が舎衛城に滞在された時、大愛道に告げられた。 「如来がかつて舎衛城におられた時、六群比丘尼たちが、油や蜜、石蜜、肉、魚、乳、酪などを家々から乞い求めて食べ、世の人々から非難された。『どうして沙門ゴータマは少欲を称賛し、多欲を非難しながら、このようなことをするのか』と。比丘たちの場合について詳しく説いたように、瞿曇弥比丘尼もまた、同じように学ぶべきである。 瞿曇弥よ、私はかつてカピラヴァストゥの釈氏精舎に滞在した時、病んだ比丘尼には特別な食べ物を求めることを許した。」 そして仏は大愛道・瞿曇弥に告げられた。 「舎衛城に住む比丘尼たちを皆、集めなさい。すでに聞いた者も、再び聞くべきである。 もし比丘尼が、病気でもないのに、自分のために在家の家々からバターを乞い求めたり、他の人に乞わせたりして、それを食べたり飲んだりしたならば、その比丘尼は他の比丘尼たちに懺悔し、こう言わねばならない。 『尊師よ、私は非難されるべき行いを犯しました。この行いは懺悔すべきものです。』 これは波羅提提舍尼法である。」

如是二、油，三、蜜，四、石蜜，五、乳，六、酪，七、魚，八、肉。

> 二つは油、三つは蜂蜜、四つは砂糖、五つは乳、六つはヨーグルト、七つは魚、八つは肉であります。

為身者，自為向身。

> 身のために行うことは、そのまま身へと向かうことである。

病者，世尊說無罪。云何病？老羸、病、服吐下藥、刺頭出血，如是比病。

> 病について、世尊は「罪はない」と説かれました。 では、病とは何でしょうか？老いて衰えること、病気になること、吐かせたり下させたりする薬を飲むこと、頭に針を刺して血を出すことなど、このような状態を病といいます。

家者，四種姓家。

> 家とは、四つの階級の家のことである。

酥者，牛酥、水牛酥、羊酥。

> 酥とは、牛の酥、水牛の酥、羊の酥を指します。

乞者，若自乞、若使人乞。

> 乞食というのは、自分で乞う場合もあれば、他の人に乞わせる場合もあります。

若噉若食者，是比丘尼應向餘比丘尼悔過言：「阿梨耶！我墮可訶法，此法悔過。」前人應問：「汝見此罪不？」答言：「見。」「汝莫更作。」「我頂戴持。」

> もし食べたり飲んだりしたなら、その比丘尼は他の比丘尼に対して懺悔して言うべきです。「尊よ！私は非難されるべき法に堕ちました。この法を懺悔します。」相手（先輩の尼）は尋ねるべきです。「あなたはこの罪を見たのですか？」答えは「見ました」。「二度と犯してはなりません。」「私は謹んで守ります。」

波羅提提舍尼者，此罪應發露，是名悔過。

> 波羅提提舍尼とは、この罪を告白し、明らかにすべきものを言います。これを「悔過」といいます。

若比丘尼熱病，須酥者得乞，不得到不信家乞，當至有信家。若乞食時見量酥人言：「長壽！無病。」答言：「阿梨耶！欲得何物？」答言：「乞食。」主人言：「我無食，正有酥，須酥者與。」得取滿鉢，亦得勸與餘人。量油亦得如是。若風病起亦得乞油，不得從壓油家索，應從有信家索。若乞食見量油人，當言：「無病，長壽！」言：「阿梨耶！欲須何物？」答言：「乞食。」「我無食，正有油。須者當與。」得取滿鉢無罪。當時亦得勸與伴。如是蜜，若水病時得乞蜜，不得至採蜜家索，當到有信家乞，乃至得勸與伴如是石蜜。若病，醫言：「應服石蜜。」得乞石蜜，不得至石蜜家乞，當到有信家。若乞食時，見稱石蜜人，乃至得勸與伴。若病，醫言：「當服乳。」得乞乳。若乞食時見放牛家𤚲乳，應言：「長壽！無病。」言：「阿梨耶！欲得何物？」言：「我乞食。」答言：「我無食，正有乳。」須者得取。若索酪漿，言：「無有酪漿，正有乳。」得取。若病，醫言：「當須酪。」得乞酪。若乞食時見量酪人語言：「長壽！無病。」問言：「阿梨耶！欲得何物？」答言：「我乞食。」若言：「我無食，正有酪。」得取，亦得勸與伴。若乞酪，下清汁，與酪者得取。若比丘尼服吐下藥，醫言：「當須魚汁。」得乞。若乞食時乞酪漿，得魚者得取。若刺頭出血，醫言：「須肉得乞。」不得至屠兒家乞，當詣有信家乞。若乞食時得索菜汁，若言：「無菜汁，正有肉汁。」須者得取。若自知：「我某時常病發，爾時藥必難得。」得預乞無罪。若不病時乞病時食，越比尼罪。病時乞不病時食無罪，病時乞病時食無罪。不病時乞不病時食，波羅提提舍尼。不隨病煮隨病食無罪。隨病煮不隨病食，越比尼罪。隨病煮隨病食無罪。不隨病煮不隨病食，出家人仰他活命無罪，是故世尊說。

> 比丘尼が熱病で酥（ギー）が必要な時は、頼んで良い。しかし、信頼できない人の家には頼みに行ってはならず、必ず信心のある家に行くこと。托鉢の途中で酥を計っている人を見たら、「長寿でありますように、ご無事で」と言いなさい。相手が「阿闍梨よ、何をお求めですか」と尋ねたら、「托鉢に来ました」と答えなさい。主人が「食べ物はなく、ただ酥があるだけです。酥が必要なら差し上げましょう」と言ったら、鉢いっぱい受け取って良い。また、他の人に分けてあげることも勧めて良い。油についても同じである。 もし風の病にかかった時も、油を乞うて良い。ただし、油絞り屋から直接もらってはならず、信心のある家に頼むこと。托鉢で油を計っている人を見かけたら、「ご無事で、長寿でありますように」と言いなさい。「阿闍梨よ、何が要りますか」と聞かれたら、「托鉢です」と答えよ。相手が「食べ物はなく、油だけあります。必要な方にお分けします」と言った時は、鉢いっぱい取っても罪にはならない。その時、仲間に分けるよう勧めても良い。 蜜についても同じだ。水の病にかかった時は蜜を乞うて良い。ただし、蜜を採る家には行ってはならず、信心のある家に行くこと。そして仲間に分けるよう勧めても良いことは先と同じだ。石蜜についても同様である。もし病気で医者が「石蜜を服用すべきだ」と言ったら、石蜜を乞うて良い。ただし石蜜を作る家に行かず、信心のある家に行くこと。托鉢の時に石蜜を量っている人を見かけたなら…仲間に分けるよう勧めて良いことも同じである。 もし病気で医者が「乳を飲むべきだ」と言ったら、乳を乞うて良い。托鉢の時に牛を飼っている家が乳を搾っているのを見かけたら、「長寿でありますように、ご無事で」と言いなさい。相手が「阿闍梨よ、何が要りますか」と尋ねたら、「托鉢です」と答えよ。相手が「食べ物はなく、乳だけです」と言ったら、受け取って良い。もし酢の一種である酪漿を求めたら、「酪漿はなく、乳だけです」と言われたら、乳を受け取って良い。 もし病気で医者が「酪が必要だ」と言ったら、酪を乞うて良い。托鉢で酪を量っている人を見かけたら、「長寿でありますように、ご無事で」と言いなさい。相手が「阿闍梨よ、何が要りますか」と尋ねたら、「托鉢です」と答えよ。相手が「食べ物はなく、酪だけです」と言ったら、受け取って良い。また、仲間に分けるよう勧めても良い。もし酪を乞うて、その上澄みの清汁をもらえる場合、あるいは酪そのものをもらえる場合も、受け取って良い。 比丘尼が吐き下しの薬を服用していて、医者が「魚の汁が必要です」と言ったら、乞うて良い。托鉢の時に酪漿を求めたら、魚があれば受け取って良い。 もし頭を剃って出血した時、医者が「肉が必要です」と言ったら、肉を乞うて良い。ただし屠殺人の家には行かず、信心のある家に行くこと。托鉢の時に菜汁を求め、「菜汁はなく、肉汁だけです」と言われたら、必要な人は受け取って良い。 「自分はいつもこの時期に病気が再発し、その時に薬が手に入りにくい」と分かっているなら、事前に貯めても罪にはならない。しかし病気でもない時に、病気の時の食べ物を乞うのは、越比尼罪（軽い罪）である。病気の時に、病気でない時の食べ物を乞うのは罪ではない。病気の時に、病気に適した食べ物を乞うのも罪ではない。病気でない時に、病気でない時の食べ物を乞うのは、波羅提提舍尼（懺悔すべき罪）である。 病人の状態に合わせて煮ていないが、病人が食べても問題ないものは罪にならない。病人の状態に合わせて煮たが、病人には適さない食べ物を食べるのは越比尼罪である。病人の状態に合わせて煮たものを病人が食べるのは罪ではない。病人に合わせずに煮たものでも、病気でない人が食べるのは、出家者が施しに頼って生きている以上、罪ではない。このように、世尊はお説きになったのである。

酥、油、蜜、石蜜、乳、酪、肉、魚是名八。

> 脂（あぶら）、油（あぶら）、蜂蜜、石蜜（せきみつ・固形の砂糖）、乳（ちち）、酪（らく・発酵乳）、肉、魚。これらを八種という。

比丘尼波羅提提舍尼法竟。

> 比丘尼の懺悔の作法（波羅提提舍尼法）はここまでです。

眾學法，廣說如比丘中。唯除六群比丘尼生草上水中大小便，餘者盡同。

> 众学法は、比丘における詳細な説明と同様である。ただ、六群比丘尼が生きた草の上や水中で大小便をすることを除き、その他はすべて同じである。

七滅諍法：現前比尼、憶念比尼、不癡比尼、自言比尼、覓罪相比尼、多覓比尼、布草比尼。

> 七つの紛争を鎮める方法： 1. 現前毘尼（その場で解決する方法） 2. 憶念毘尼（記憶に基づいて解決する方法） 3. 不癡毘尼（精神に問題がある場合の対処法） 4. 自言毘尼（自ら告白することで解決する方法） 5. 覓罪相比尼（過ちを調べて解決する方法） 6. 多覓毘尼（多数決で決める方法） 7. 布草毘尼（草を敷くように和解する方法）

法隨順法，如上比丘中廣說。

> 法に随順する法について、以上の比丘の教えの中で詳しく説かれた通りである。

比丘尼波羅提木叉分別竟。

> 比丘尼の波羅提木叉（戒律）の解説はここで終わります。

明雜跋渠初　坐法者

> 明雑跋渠（みょうざっばく）の初め　坐法について

佛住舍衛城，爾時比丘尼初夜後夜加趺而坐，時有蛇來入瘡門中。諸比丘尼語大愛道，大愛道以是因緣往白世尊。佛言：「應與某甲藥。」蛇不死而還出，即與藥而出。佛言：「汝云何加趺而坐？從今已後不聽。坐法者，當屈一脚以一脚跟掩瘡門。若比丘尼加趺坐，越比尼罪。」

> 佛は舎衛城におられた。ある時、ある比丘尼が初夜と後夜に跏趺坐（あぐら）を組んで座っていた。その時、蛇が来て痔門（尻の穴）に入ってしまった。比丘尼たちは大愛道（マハー・プラジャーパティー）にそのことを伝えた。大愛道はこの因縁をもって世尊のもとへ行き、申し上げた。佛は言われた。「その者には、ある薬を与えるべきである。」すると蛇は死なずに出てきた。そして薬を与えて出てきたのである。佛は言われた。「あなたはなぜ跏趺坐を組んで座ったのか。今後はそれを許さない。坐法とは、一方の脚を曲げ、もう一方の脚のかかとで痔門を覆うようにすべきである。もし比丘尼が跏趺坐を組めば、越比尼罪（僧残罪）となる。」

簟席法者，佛住舍衛城，爾時比丘尼敷簟席縫衣，竹篾傷小便道血出。諸比丘尼以是因緣往白世尊。佛言：「從今日後不聽比丘尼坐竹席。若縫衣時，若在講堂、溫室，巨摩塗地已縫衣。若無者，當敷著床上、若膝上縫。若於竹簟席上坐，越比尼罪。」是名席法。

> 簟席に関する法。仏は舎衛城に滞在しておられた。ある時、比丘尼が竹の簟席を敷いて衣を縫っていたところ、竹のささくれが性器を傷つけて出血してしまった。比丘尼たちはこの出来事を世尊に告げた。仏は言われた。「今日より以後、比丘尼が竹の席に座ることを許さない。もし衣を縫う時は、講堂か温室で、牛糞を塗ってから縫いなさい。もし牛糞がなければ、寝台の上か膝の上に衣を置いて縫いなさい。もし竹の簟席の上に座れば、越比尼罪となる。」これが席法である。

佛住舍衛城，爾時偷蘭難陀與眾多女人到阿耆羅河脫衣洗浴，比丘尼先出，取女人莊嚴腰物纏腰已，語女人言：「看我好不？」諸女人言：「我食欲人纏腰使細，欲令夫主愛念。阿梨耶用是何為？」比丘尼聞已。以是事具白大愛道，乃至答言：「實爾。」世尊！佛言：「此是惡事，從今已後不聽比丘尼纏腰。若用女人纏腰物纏腰，越比尼罪。若有癰瘡，纏腰無罪。」

> 仏は舎衛城に滞在された。その時、偷蘭難陀比丘尼が多くの女たちと共に阿耆羅川へ行き、衣を脱いで水浴びをした。比丘尼が先に上がり、女たちの腰を細く見せるための装飾品を自分の腰に巻きつけて、女たちに言った。「私、どう？ きれい？」すると女たちは言った。「私たちは、夫に愛してもらいたくて、食べ物を控えて腰を細くしているのです。尊者（アーリヤ）は、どうしてそんなものを身につけるのですか？」比丘尼はこれを聞き、このことを大愛道に詳しく報告した。大愛道は仏にこのことを伝え、仏は問われた。「本当なのか？」比丘尼は答えた。「本当です、世尊よ。」すると仏は言われた。「これは悪い行いである。今より後、比丘尼が腰を細く見せるための飾りをつけることを禁ずる。もし女たちが腰に巻く物を腰に巻けば、越比尼罪となる。ただし、腫れ物や傷がある場合は、腰に巻いても罪にはならない。」

佛住舍衛城，爾時偷蘭難陀比丘尼共眾多女人到阿耆羅河邊，脫衣放一處入水洗浴。先出岸上，著女人襏衣，語諸女人言：「看我宜著不？」女人言：「我是俗人，著此已欲令夫主愛念，汝用著是為？」諸比丘尼以是因緣往白世尊，乃至答言：「實爾。」佛言：「從今日後不聽著襏衣。」

> 仏は舎衛城に滞在されていた。その時、偷蘭難陀比丘尼が多くの女性たちと共に阿耆羅河のほとりへ行き、衣を脱いで一箇所に置き、入水して沐浴した。先に岸に上がった彼女は、女性用の薄衣を身に着け、他の女性たちに言った。「私にこれが似合うか見てください。」女性たちは言った。「私たちは在家の者です。これを着て、夫の愛情を引きたいのです。あなたがそれを着るのはなぜですか。」比丘尼たちはこの出来事を世尊に報告し、尋問の末に偷蘭難陀は「確かにその通りです」と答えた。仏は言われた。「今日より以降、このような女性用の薄衣を着ることを禁じる。」

襏衣者，珂貝、琉璃、真珠、玉、金銀、摩尼如是比莊嚴陰衣不聽著，下至結縷作陰衣相，越比尼罪。若陰上有癰瘡，裹者無罪。是名襏衣。

> 襠当てとは、貝殻、瑠璃、真珠、玉、金銀、摩尼など、このようなもので装飾された下衣を身につけてはならないという定めです。たとえ糸を結んで作った下衣のようなものでも、越比尼罪となります。ただし、陰部に腫れ物やできものがあり、それを包むためであれば罪はありません。これを襠当てといいます。

佛住舍衛城，乃至洗浴先出，著女人莊嚴服，諸比丘尼以是因緣往白世尊，乃至答言：「實爾。」佛言：「從今日後不聽著女人莊飾服。」

> 仏は舍衛城に滞在しておられた。ある比丘尼が先に洗い場から出て、女物の装飾品や衣服を身に着けた。他の比丘尼たちはこの出来事を世尊に告げた。世尊は「本当か」と尋ねられた。比丘尼が「その通りです」と答えると、仏は言われた。「今日から以後、女物の装飾品や衣服を身に着けてはならない。」

女人服者，頭上光鍱額、耳鐶、鈴、瓔珞、指鐶、臂釧、脚釧如是比，一切女人嚴飾服不聽著。若著者，越比尼罪。若身有癰瘡，以藥塗纏無罪。是名女人嚴飾服。

> 女性が身に着けるものとして、頭の上の光る飾り、額飾り、耳輪、鈴、首飾り、指輪、腕輪、足輪など、このようにあらゆる女性の装飾品や衣服は身に着けてはならない。もし着ければ、違反の罪となる。ただし、体にできものや傷があり、薬を塗って包帯をするのは罪ではない。これらを女性の装飾品・衣服と名付ける。

佛住舍衛城，爾時比丘尼度釋種女、摩羅女、梨車女、大富家女，合嚴飾服而度出家。時諸貧家有女出門，及節會日行來，皆從借賃，為世人所譏：「此賃衣人非出家法。」諸比丘尼以是因緣往白世尊，乃至答言：「實爾。」佛言：「從今日後不聽合女人嚴飾服度出家，當令捨已而度。」

> 仏は舎衛城におられた。その時、比丘尼たちが、釈迦族の娘、マーラ族の娘、リッチャヴィ族の娘、大富豪の家の娘たちを、美しい飾り衣をまとったまま出家させていた。そのため、貧しい家の娘たちが門を出る時や祭りの日などに、その衣を借りるようになり、世間から「この衣を借りる人たちは、出家の道とはほど遠い」と非難された。比丘尼たちはこの理由を世尊に告げ、世尊は「確かにそうだ」とお答えになった。そして、仏は仰せられた。「今日から以後、女性が飾り衣を身につけたまま出家させることを許さない。必ずそれを捨てさせてから、出家させなさい。」

捨者，若女人來欲出家者，應令捨俗人嚴身具。若作是念：「某時或穀貴乞食難得，或老病當須湯藥，女人少能得物。」當置人家。若女人持俗嚴飾服來，合度出家者，越比尼罪。是名合嚴飾服出家。

> 捨てるとは、もし女性が来て出家を望むなら、俗人の装身具を捨てさせるべきである。もし「穀物が高くて乞食が難しい時期があるかもしれない、あるいは老病で薬が必要になるかもしれない、女性は物を得ることが少ない」と考えるなら、在家の家に預けておくべきである。もし女性が俗人の装飾した服を持ってきて、そのまま出家を許したならば、越比尼罪となる。これを「装飾した服を身につけたまま出家すること」という。

佛住舍衛城，爾時釋種女、摩羅女、梨車女、貴人女，將使人出家，使人端正，令與外人交通以自活命，為世人所譏：「此非出家人，是婬女耳。」諸比丘尼以是因緣往白世尊，乃至答言：「實爾。」佛言：「汝云何畜婬女以自活命？從今日後不聽畜婬女活命，若畜者，越比尼罪。」是名婬女。

> 仏は舎衛城におられた。その時、釈迦族の娘、マーラ族の娘、リッチャヴィ族の娘、高貴な家の娘たちが、自分の侍女を出家させた。その侍女たちは美しく、外部の者と関係を持ち、それを生業として生きていた。そのため、世の人々から非難された。「これは出家者ではない。ただの遊女だ」と。 比丘尼たちはこの因縁をもって世尊のもとへ行き、報告した。そして、問われて「その通りです」と答えた。仏は言われた。「お前たちはどうして遊女を養い、それを生きる糧とするのか。今日から後、遊女を養い生計を立てることを許さない。もし行えば、越比尼罪となる。」これが遊女である。

佛住舍衛城，爾時世尊制戒，不聽畜婬女。爾時比丘尼便私畜園民女，於外婬蕩以自活命，為世人所譏：「此非出家法，是婬女耳。」比丘尼以是因緣往白世尊，乃至答言：「實爾。」佛言：「從今日後不聽私畜園民女、使人女作婬女以自活命。若畜者，越比尼罪。」是名園民女。

> 仏は舎衛城におられた。その時、世尊は戒律を定められ、淫女を養うことを禁じられた。そこで比丘尼たちは、こっそりと園の娘たちを私的に養い、外で淫らにふるまって自らの生計を立て、世間の人々から「これは出家の道ではなく、淫女である」と非難された。比丘尼たちはこの因縁をもって世尊のもとへ赴き、報告した。世尊は「本当にそうなのか」と尋ねられ、彼女たちが「その通りです」と答えると、仏は言われた。「今日より以後、こっそりと園の娘や召使いの娘を養い、淫女として自らの生計を立てることを許さない。もし養うならば、越比尼罪（軽い罪）となる。」これが園の娘についての教えである。

佛住舍衛城，爾時有年少比丘尼，端正乳出，人見皆笑。諸比丘尼以是因緣往白佛，乃至答言：「實爾。」佛言：「從今日後當作僧祇支。」作法者如上說，應先著覆乳衣，然後著餘衣。若不畜僧祇支，越比尼罪。有而不著，亦越比尼罪。是名僧祇支法。

> 仏は舎衛城に滞在されていた。ある時、若い比丘尼がいて、容姿が美しく乳房が目立ったため、人々が見ては笑った。比丘尼たちはこの理由をもって仏のもとへ行き、このことを告げた。仏が「本当にそうなのか」と尋ねると、比丘尼は「その通りです」と答えた。仏は「今日より以後、僧祇支（サンギチ：下着のような衣）を作りなさい」とおっしゃった。その作り方は前述の通りで、まず胸を覆う衣を着て、その後に他の衣を着るべきである。もし僧祇支を用意しないならば、越比尼罪（軽い違反）となる。持っていながら着用しない場合も、越比尼罪となる。これが僧祇支の規定である。

佛住毘舍離，如跋陀羅比丘尼緣中廣說，佛言：「不聽裸身浴，當用浴衣。不聽裸形入河、若池水中浴，當著雨衣。若裸浴，越比尼罪。若避隱處、無人處，裸浴無罪。」是名浴衣法。

> 仏は毘舎離に滞在されていた。跋陀羅比丘尼の因縁について詳しく述べられた後、仏はこう言われた。「裸で沐浴してはならない。沐浴の際には浴衣を用いるべきである。裸のまま川や池に入って沐浴してはならない。雨衣を着用すべきである。もし裸で沐浴すれば、比尼罪（教団の規則違反）となる。ただし、人が見えない隠れた場所で、誰もいない場所で裸で沐浴するのは罪にはならない。」これが浴衣の定めである。

坐法并竹席、 纏腰覆襏衣、著俗嚴飾具、 合嚴飾具度、使人園民女、 僧祇支浴衣。雜跋渠初竟。

> 座位や竹の敷物、 腰に巻き、衣を重ねる。 俗な装身具をつけ、 装身具を合わせて整え、 人を遣わし園の女や、 僧祇支（そうぎし）や浴衣（よくえ）を得る。 雑跋渠（ぞうばっこ）の初め、終わり。

佛住舍衛城，爾時比丘尼住處與俗人隔壁，比丘尼欲心起自手拍陰。時丈夫聞聲，即語婦人言：「此是何聲？」答言：「不知何故作此聲耶？」其丈夫言：「此出家人修梵行，欲心起不能自制，拍陰聲耳！」諸比丘尼聞已，以是因緣往白，乃至佛言：「汝實爾不？」答言：「實爾。」佛言：「從今已後不聽拍陰。」

> 仏は舎衛城におられた。ある時、比丘尼の住まいが俗人の家と隣接していた。比丘尼が欲心を起こし、自ら陰部を叩いたところ、その音を男が耳にして妻に言った。「これは何の音か？」妻が答えた。「どうしてそのような音を立てたのか分かりません。」男は言った。「この出家者は梵行を修めているが、欲心が起きて自制できず、陰部を叩く音だ。」 比丘尼たちはこれを聞き、この因縁を仏に告げた。仏は問われた。「本当にそうしたのか。」答えて曰く。「本当です。」仏は言われた。「今後は陰部を叩くことを許さない。」

拍者，手拍、若拘鉢拍、若鍵鎡拍，以歇欲心者，越比尼罪。是名手拍。

> 拍手、鉢を叩く、あるいは鍵や鎌で打ち鳴らすなどして、欲望の心を静めようとする者は、越比尼罪となる。これを「手拍」という。

佛住舍衛城，爾時比丘尼欲心起，作胡膠身生，縛著床脚，後失火，恐燒床褥故出之。時俗人看火起，何處被燒？何處不被燒？見已嫌訶：「云何出家人作此惡事？」諸比丘尼以是因緣往白，乃至答言：「實爾。」佛言：「從今日後不聽作胡膠形。」胡膠形者，若胡膠作、若銅、鉛、錫、白鑞、若牙、若蠟蜜，如是比作身生，以歇欲心者，偷蘭遮。是名胡膠形。

> 仏は舎衛城に滞在されていた。ある時、ある比丘尼に欲心が生じ、胡膠（にかわ）で男根の形を作り、それを床脚に縛りつけた。その後、火事が起こり、彼女は寝具が焼けるのを恐れてそれを取り出した。その時、俗人たちが火事を見に来て「どこが焼けたのか。どこが焼けていないのか」と見て回り、これを見つけて非難した。「どうして出家者がこのような悪事を働くのか」と。比丘尼たちはこの因縁を仏に告げた。仏は問い詰められて「確かにその通りである」と認めた。そこで仏は言われた。「今日より以後、胡膠の形を作ることを許さない。」胡膠の形とは、胡膠で作るもの、あるいは銅、鉛、錫、白鑞、牙、蝋蜜などで作るものを言う。このようなもので男根の形を作り、欲心を鎮めようとする者は、偷蘭遮となる。これを胡膠形と名付ける。

佛住舍衛城，爾時大愛道往至佛所，頭面禮足却住一面，時大愛道白佛言：「世尊，女人形臭，得聽洗不？」佛言：「得洗。」時比丘尼洗外，內猶故臭，以是因緣往白，乃至言：「得洗內不？」佛言：「得洗。」洗法者，得齊一指節，不得令過。若過洗，以歇欲心者，偷蘭遮。是名洗法。

> 仏がシャーラスティ（舎衛城）におられたときのこと。大愛道がそのもとへ訪れ、頭を仏の足に触れて礼拝し、一方に立った。そして大愛道が尋ねた。「世尊よ、女性の体は臭います。洗ってもよろしいでしょうか？」仏はお答えになった。「洗ってよい。」その後、比丘尼たちは外側を洗ったが、内側がまだ臭っていた。そのためこの件を仏に申し上げると、さらに「内側も洗ってよろしいでしょうか？」と尋ねた。仏はお答えになった。「洗ってよい。」洗い方としては、指の一節分までにとどめ、それ以上してはならない。もし欲心を鎮めるためにそれを越えて洗えば、\*偷蘭遮\*（重い罪）となる。これが洗い方の教えである。

佛住舍衛城，爾時比丘尼有月期污床褥，大愛道往詣佛所白佛言：「世尊，得作月期不淨衣不？」佛言：「得。當持故布作，不得堅物作。又不得深內作婬欲想，當軟物障小便道。若用堅物深內，以歇欲心者，偷蘭遮。」是名月期衣法。

> 世尊は、シャーラスの都におられました。その時、ある比丘尼が月経で寝具を汚してしまいました。マハー・プラジャーパティーが世尊のもとへ行き、次のように尋ねました。「世尊よ、月経のための下着を作ってもよろしいでしょうか？」世尊はお答えになりました。「作ってもよい。古い布で作りなさい。固い物で作ってはならない。また、深く入れて情欲を催させてはならない。柔らかい物で尿の通り道を防ぎなさい。もし固い物を深く入れて欲心を鎮めようとするならば、それはサンスカーラ（突吉羅）の罪となる。以上が月経衣についての決まりである。」

佛住舍衛城，爾時比丘尼往女人洗浴處浣月期衣，女人嫌言：「是沙門尼污此水赤乃如是。」諸比丘尼以是因緣往白，乃至佛言：「從今日後不聽女人洗浴處浣月期衣。」若浣者，越比尼罪。是名女人浣月期衣法。

> 仏は舎衛城におられた。その時、ある比丘尼が女性の沐浴場で月経の衣を洗っていた。女性たちが嫌がって言った。「この沙門尼（女性修行者）が、この水をこんなに赤く汚してしまった。」比丘尼たちはこの出来事を仏に告げた。そこで仏は言われた。「今日から以後、女性の沐浴場で月経の衣を洗ってはならない。」もし洗ったならば、越比尼罪（軽い罪）となる。これが「女性が月経の衣を洗う法」である。

佛住舍衛城，爾時世尊制戒，不聽女人洗處浣月期衣，便往男子洗處浣，乃至「若比丘尼往男子洗處浣者，越比尼罪。」是名男子法。

> 世尊がシャーラヴァスティーに滞在された時のことです。当時、世尊は「女性の洗い場で月経の衣を洗ってはならない」という戒律を定められました。そこで比丘尼たちは男性の洗い場に行って洗うようになりました。これを受けて、「もし比丘尼が男性の洗い場で洗うならば、越比尼罪（軽い罪）となる」と定められました。これが男性に関わる法です。

佛住舍衛城，爾時世尊制戒，不聽男子洗浴處浣月期衣。時比丘尼到客浣衣處浣，乃至「不聽客浣衣處浣月期衣。」當取瓫餘瓦器中於屏處浣。浣時不得持水灑地，當著水瀆中無人見處，衣當曬令乾，後須時當用。若比丘尼於客浣衣處浣月期衣者，越比尼罪。是名客浣衣處。

> 仏が舍衛城におられた時、世尊は戒律を定められた。男子の沐浴場所で月経衣を洗うことを許可されなかった。その時、比丘尼たちは外来者の洗濯場に行き、そこで洗濯した。そこで、「外来者の洗濯場で月経衣を洗うことも許可されない」と定められた。鉢やその他の陶器の器を取り、人目のない場所で洗うべきである。洗う際には地面に水をまいてはならず、排水溝の中の人の見えない場所に水を捨て、衣は乾かしてから、後に必要な時に使うべきである。もし比丘尼が外来者の洗濯場で月経衣を洗ったならば、越比尼罪となる。これが外来者の洗濯場の意味である。

佛住舍衛城，爾時比丘尼欲心起，以小便道承懸注水，即失不淨，心生疑悔。諸比丘尼語大愛道，大愛道往白世尊。佛言：「從今日後不聽以小便道承懸注。」懸注者，水懸注下。若比丘尼於懸注水中浴時，當持衣物遮。若以小便道承懸注水、屋簷漏水，以歇欲心者，偷蘭遮。若於懸注水、屋簷漏浴者，不得以身向水，當背上。若以身向水以歇欲心者，偷蘭遮。是名懸注水。

> 仏は舎衛城におられた。その時、ある比丘尼に欲心が生じ、尿道で流れ落ちる水を受けたところ、不浄が漏れ出た。彼女は心に疑惑と後悔を抱いた。他の比丘尼たちは大愛道に告げ、大愛道は世尊のもとへ行って申し上げた。仏は言われた。「今日より以後、尿道で流れ落ちる水を受けてはならない。」 「流れ落ちる水」とは、水が高いところから流れ落ちることをいう。もし比丘尼が流れ落ちる水の中で沐浴する時は、衣や物で体を覆いなさい。もし尿道で流れ落ちる水や軒先の滴る水を受け、欲心を鎮めようとするならば、それは偷蘭遮となる。また、流れ落ちる水や軒先の滴る水の中で沐浴する時は、体を水の方へ向けてはならず、背を向けなさい。もし体を水の方へ向けて欲心を鎮めようとするならば、それも偷蘭遮となる。これが流れ落ちる水の定義である。

佛住舍衛城，爾時比丘尼於急流水中浴，欲心生，逆水而行失不淨。諸比丘尼以是因緣往白，乃至「從今日後不聽於急流水中逆水觸小便道。」流水者，若山水、若急流水、若向流逆水以歇欲心者，偷蘭遮。若於急流水洗時，不得向流當背。若向流者，越比尼罪。是名流水。

> 仏が舎衛城に滞在していたときのこと。ある比丘尼が急流の中で沐浴し、心に欲念が生じて川を逆流しながら進んだため、不浄を漏らしてしまった。諸比丘尼たちはこの因縁を仏に告げた。そこで仏は「今日より以後、急流の水の中で川を逆流して小便の道に触れることを許さない」と定めた。 「流れの水」とは、山水や急流の水を指す。もし川を遡るように逆流して進み、欲心を鎮めようとした場合は、サンカーリカ（サンガで対処すべき罪）となる。もし急流の水で洗う際は、川の流れに向かってはいけない。背を向けるべきである。もし川の流れに向かったならば、バーイキー（軽い罪）となる。これを「流れの水」と呼ぶ。

佛住舍衛城，爾時比丘尼種種觸身出精，或蕪菁根、葱根、種種諸根內小便道中出精。比丘尼以是因緣往白，乃至「從今已後不聽若比丘尼用蕪菁根、葱根內小便道中出精，以歇欲心者，偷蘭遮。」是名根。

> 仏は舎衛城におられた。その時、ある比丘尼がさまざまな物で体に触れて精を出していた。カブの根やネギの根など、様々な根を尿道に入れて精を出していたのである。比丘尼はこのことを仏に告げた。そこで仏はお示しになった。「今後、比丘尼がカブの根やネギの根などを尿道に入れ、欲心を鎮めるために精を出すことを許さない。もし行えば、とらんしゃ（偷蘭遮）の罪となる。」これが「根」についての教えである。

拍陰胡膠形、 齊節月期衣、女人洗處浣、 男處浣亦然。客浣衣處浣、 懸注及急流、種種根出精。 第二跋渠竟。

> 拍陰や胡膠の形や、 斉節や月期の衣について。 女が洗う所で洗い、 男が洗う所でもまた同じように。 客が衣を洗う場所で洗い、 懸注および急流においても、 様々な根から精が出る。 第二の跋渠（章）ここに終わる。

佛住舍衛城，爾時諸比丘集，不知作舉羯磨，令比丘尼作已，比丘尼心生疑悔，語大愛道，大愛道即以是事往白世尊。佛言：「此上尊眾，汝云何與作舉羯磨？從今已後不聽與比丘作舉羯磨。若比丘中都無能者，得授使誦。作羯磨時若不得者，遙授無罪。若比丘尼與比丘作羯磨者，越比尼罪。比丘得與比丘尼作羯磨無罪。」是名羯磨。

> 仏は舎衛城におられた。その時、比丘たちが集まったが、挙羯磨（罪を挙げる儀式）を行う方法を知らず、比丘尼にその儀式を行わせた。すると比丘尼たちは心に疑いと後悔を生じ、大愛道にそのことを告げた。大愛道はすぐにこのことを世尊のもとに報告した。仏は言われた。「これは尊い僧侶たちの集まりである。なぜ彼女たちに挙羯磨を行わせたのか。今後は、比丘のために挙羯磨を行うことを許さない。もし比丘の中に全く能力がない者がいるならば、人を派遣して誦えさせてもよい。羯磨を行う時に、もし必要な者が得られないならば、遠くから伝えて行っても罪はない。もし比丘尼が比丘のために羯磨を行うならば、越比尼罪（僧侶の規律に反する罪）となる。比丘が比丘尼のために羯磨を行うのは、罪ではない。」これが羯磨である。

佛住比舍離，爾時跋陀羅比丘尼，著憍奢耶衣到親里家，道路值暴雨，如視水精舉見身體，眾人圍繞欲看，於是蹲地，依止弟子在邊而障。諸比丘尼以是因緣往白，乃至答言：「實爾。世尊！」佛言：「從今已後比丘尼不聽著憍舍耶衣。」憍奢耶者有二種：一者生，二者作。生者，細絲。作者，紡絲。著細絲憍奢耶，越比尼。著紡絲，越比尼心悔。比丘著無罪。

> 仏はヴァイシャーリーにおられた。その時、バドラー比丘尼が高価な絹の衣（コーシェーヤ）を着て親族の家に向かった。道中で豪雨に見舞われ、水晶のように透けて身体が見えてしまい、人々が集まって見物した。彼女はしゃがみ込み、従者の比丘尼がそばにいて隠そうとした。比丘尼たちはこの出来事を仏に報告した。仏が問われると、バドラーは「その通りです、世尊」と答えた。仏は言われた。「今後、比丘尼はコーシェーヤの衣を着てはならない」 コーシェーヤには二種類ある。一つは「生」（生糸で織ったもの）、もう一つは「作」（紡いで作ったもの）である。生のものは細い糸、作のものは紡いだ糸でできている。細い糸のコーシェーヤを着ると、比丘尼は「越比尼罪（僧残罪）」となる。紡いだ糸のコーシェーヤを着ると、「越比尼心悔（悪作罪）」となる。比丘が着るのは無罪である。

佛住舍衛城，爾時偷蘭難陀比丘尼大乳，著一僧祇支於閣上經行，俗人遙見自相謂言：「看是似如水上浮瓠。」諸比丘尼以是因緣往白，乃至佛言：「從今日後當作覆肩衣。」覆肩衣者，襞疊拖覆肩上。若不作不著，越比尼罪。不聽比丘尼高處著一重僧祇支經行。若屏處著一重僧祇支無罪。是名僧祇支。

> ある時、仏は舎衛城に滞在していた。その頃、比丘尼の偷蘭難陀（とらんなんだ）は乳房が大きく、一枚の僧祇支（そうぎし）だけを着て楼閣の上を行禅していた。俗人たちが遠くからそれを見て、「あれを見よ、まるで水面に浮かぶ瓢箪（ひょうたん）のようだ」と互いに言い合った。比丘尼たちはこの出来事を仏に告げた。仏は言われた。「今日より以後、覆肩衣（ふくけんえ）を作るべきである。」覆肩衣とは、布を折り畳んで肩の上に掛けるものである。もし作らず、あるいは着けなければ、越比尼罪（おちびざい）となる。また、比丘尼が高い場所で一枚だけの僧祇支を着て行禅することを許さない。ただし、人目のない隠れた場所で一枚の僧祇支を着るのは罪ではない。これを僧祇支という。

佛住舍衛城，爾時釋種女、摩羅女、梨車女、貴勝家女出家，善知莊嚴，有嫁女娶婦，皆借倩莊嚴，得好飲食，為世人所譏：「此非出家人，是客莊嚴人耳。」諸比丘尼以是因緣往白，乃至佛言：「從今已後不聽莊嚴女人。」

> 仏がシェエト国（舎衛城）におられた時、釈迦族の娘、マラ族の娘、リッチャヴィ族の娘、高貴な家の娘たちが出家しました。彼女たちは身だしなみを整えることに非常に長けており、嫁入りや結婚の際には、彼女たちを借りて身だしなみを整えてもらったり、良い食べ物をもらったりしていました。そのため、世の人々からは「これは出家者ではない。ただ身だしなみを整えるために雇われた人だ」と非難されました。 比丘尼たちはこのことを仏に告げました。仏はこう言われました。「今後は、女性に対して身だしなみを施すことを許さない。」

莊嚴者，梳頭莊眼粉面朱脣，著嚴飾服以自活命者，越比尼罪。若有頭痛、眼痛得磨著藥無罪。是名莊嚴法。

> 厳粛にするとは、髪を梳かし、目を飾り、白粉を塗り、口紅を施し、華やかな装飾の服を着て、そのような方法で生計を立てることを言います。これを破れば、比尼の罪（僧団の戒律に違反する罪）を犯すことになります。ただし、頭痛や目の痛みがある場合に薬を塗ることは罪になりません。これが「厳粛の法」という意味です。

佛住舍衛城，爾時釋種女、摩羅女、大姓家女出家，種優鉢羅華取而賣之，為世人之所譏：「此非出家人，此是賣華女耳！」諸比丘尼以是因緣往白世尊，乃至答言：「實爾。」佛言：「從今已後不聽種華賣以自活命。若比丘尼種優鉢羅華以自活命者，越比尼罪。為塔為供養佛故無罪。」是名優鉢羅華。

> 仏は舎衛城に滞在しておられた。その時、釈迦族の娘、マッラ族の娘、名家の娘たちが出家して、青い蓮の花を植えて販売し、生計を立てていた。世の人々はこれを非難した。「これは修行者ではない。ただの花売り娘だ」と。 比丘尼たちはこの出来事を世尊に告げた。世尊は「本当にそうなのか」と尋ねられた。比丘尼たちは「その通りです」と答えた。 そこで仏は言われた。「今後は、花を植えて売り、自らの生計とすることは許さない。もし比丘尼が青い蓮の花を植えて生計を立てれば、越比尼罪となる。ただし、塔のため、あるいは仏に供養するために植える場合は、罪はない。」 これが青い蓮の花に関する教えである。

佛住舍衛城，爾時比丘尼種須曼那華，乃至「為塔、供養佛故無罪。」

> 仏は舎衛城に滞在しておられました。その時、比丘尼がネックレスの花を植えていました。（ある人は）「塔のため、仏を供養するためであれば罪はありません」と言いました。

佛住舍衛城，爾時世尊制戒，不聽種華樹。爾時釋種女、摩羅女出家，結華鬘賣以自活命，為世人所譏：「此非出家人，此是賣華鬘女耳！」諸比丘尼以是因緣往白，乃至佛言：「從今日後不聽結華鬘。」

> 仏は舎衛城におられた。その時、世尊は戒律を定め、花を植える木を育てることを禁じられた。さて、ある時、釈迦族の娘やマーラ族の娘たちが出家して、花の首飾りを作って売り、生計を立てていた。すると世の人々から、「これは出家者ではない。花飾りを売る女だ」と非難された。比丘尼たちはこの事由を仏に告げた。そこで仏は言われた。「今日より後、花の首飾りを作ってはならない。」

鬘者，優鉢羅華、摩梨華、須曼那華。結作鬘賣活命者，越比尼罪。若佛生時大會、菩提大會、轉法輪大會、阿難大會、羅睺羅大會、五年大會，檀越言：「阿梨耶！佐我結鬘。」爾時得結種種鬘無罪。是名結鬘法。

> 花鬘とは、青蓮華、茉莉華、須曼那華などの花を編んで作った花輪のことである。これを作って売り生計を立てる者が、重い罪（越比尼罪）を犯すことになる。しかし、仏の誕生を祝う大法会、成道を記念する大法会、初転法輪の大法会、阿難尊者を讃える大法会、羅睺羅尊者を讃える大法会、そして五年に一度の大法会の際に、信者から「尊い方よ、私のために花輪を編んでください」と頼まれたなら、その時は様々な種類の花輪を編んでも罪にはならない。これが花輪の結び方に関する規則である。

佛住舍衛城，爾時釋種女、摩羅女、梨車女出家，紡縷而賣，為世人所嫌：「此非出家人，此是賣縷人也。」諸比丘尼以是因緣往白，乃至佛言：「從今已後不聽紡縷。」

> 仏が舎衛城におられたとき、釈迦族の娘、マッラ族の娘、リッチャヴィ族の娘たちが出家しました。彼女たちは糸を紡いで売っていたため、世間の人々から非難されました。「これは出家者ではない。これは糸売りだ」と。 比丘尼たちはこのことを仏に告げました。そこで仏はこうおっしゃいました。「今後、糸を紡ぐことは許さない。」

紡縷者，劫貝縷、芻摩縷、憍舍耶縷、舍那麻縷、紡縷。賣活命者，越比尼罪。若欲作漉水囊、腰帶，紡者無罪。是名紡縷法。

> 糸を紡ぐ者について。劫貝（コットン）の糸、芻摩（麻）の糸、憍舍耶（絹）の糸、舍那麻（ある種の麻）の糸を紡ぐことを言います。生計のために売る場合、越比尼罪となります。ただし、漉水袋や腰帯を作るために紡ぐ場合は罪にはなりません。これが糸を紡ぐに関する法です。

佛住舍衛城，爾時須提那死，婦出家，其叔常欲使罷道。時比丘尼入聚落乞食，叔遇見之即欲捉取，便走入一大家內，語婦人言：「異事，幾當壞我梵行。」問：「何故？」答言：「叔欲罷我道。」婦人言：「莫恐，我當相護。」比丘尼言：「我欲向和上邊去。」婦人言：「汝欲去者，當著俗服假異摽相，乃可得脫。」即著臂釧耳鐶俗人服飾，又將四五人侍從而去。其叔於外見之念言：「此非比丘尼，是俗人耳。」到住處已，諸比丘尼呵言：「汝何故著此？」答言：「我叔欲取我，方便自護故假著此耳。」諸比丘尼語大愛道，大愛道即以是事具白世尊。佛言：「呼比丘尼來。」來已，佛問：「汝實爾不？」答言：「實爾。」佛言：「汝云何壞威儀？從今已後不聽壞威儀。若決定壞威儀者非比丘尼。若方便自護故壞威儀，越比尼罪。故名比丘尼。若比丘尼決定壞威儀者，偷蘭遮。若方便自護無罪。」

> 仏は舎衛城におられた。その時、須提那（スディンナ）が亡くなり、その妻が出家して比丘尼となっていた。彼女の義理の兄にあたる者が、常に彼女を還俗させようと企んでいた。 ある時、比丘尼が村に托鉢に行ったところ、その兄が彼女を見つけ、捕まえようとした。彼女は急いで家の中に逃げ込み、そこにいた女性に言った。「大変です。もう少しで私の清らかな修行が壊れるところでした。」女性が「なぜですか？」と尋ねると、比丘尼は答えた。「義兄が私を還俗させようとしているのです。」女性は「恐れることはありません。私が守ってあげます。」と言った。比丘尼は「私は師のもとへ行きたいのですが。」と言うと、女性は「行きたいのなら、俗人の服装をして、外見を変えなさい。そうすれば逃げられます。」と助言した。 そこで比丘尼は腕輪や耳飾り、俗人の衣服を身に着け、さらに4、5人の従者を連れて外出した。外でそれを見た義兄は、「これは比丘尼ではなく、ただの俗人だ。」と思った。 彼女が住処に戻ると、他の比丘尼たちが咎めて言った。「なぜそんな格好をしているのですか？」彼女は答えた。「義兄が私を捕まえようとしたので、身を守るために仮にこのような姿をとったのです。」 比丘尼たちはこのことを大愛道（マハー・プラジャーパティー）に告げ、大愛道はすぐに世尊に報告した。仏は「その比丘尼を呼びなさい。」と言われた。 来た後、仏は「あなたは本当にそうしたのか？」と尋ねられた。彼女は「はい、その通りです。」と答えた。 仏はおっしゃった。「あなたはなぜ威儀を損なうようなことをしたのか。今後は威儀を損なうことを許さない。もし故意に威儀を損なうならば、それは比丘尼ではない。ただし、自らを守るための方便として威儀を損なった場合は、越比尼罪（軽い罪）となる。ゆえに比丘尼である。もし比丘尼が故意に威儀を損なうならば、偷蘭遮（重い罪）となる。身を守るための方便としてならば、罪はない。」

羯磨憍舍耶、 僧祇支客嚴、種花須曼那、 結鬘并紡縷、壞威儀最後。 第三跋渠竟。

> 羯磨（作法）と袈裟（衣）、 僧祇支（覆肩衣）の荘厳、 種々の花や須曼那（ジャスミン）、 花鬘（リング）と紡ぎ糸、 威儀を損なうこと、最後に説く。 第三の章、ここに終わる。

佛住舍衛城，爾時偷蘭難陀比丘尼乞食詣一大家，時有婦人墮胎，語言：「為我棄之。」答言：「不能。」又請：「我當顧爾許物。」即取以鉢盛之而去。時大迦葉乞食恒作此念，最初得食，當施與若比丘、比丘尼。見此比丘尼已語言：「取鉢來。」即覆不示。又復更呼，亦復不示。大迦葉性有威風，厲聲而喚，即戰怖而示。見已言：「咄！汝何故作此惡法？」時大迦葉語諸比丘尼，諸比丘尼以是因緣往白世尊，乃至答言：「實爾。」佛言：「此是惡事非法。汝云何覆鉢？從今日後不聽覆鉢，復不聽露捉，得食已當覆。若見比丘時當舉覆示之。若露持鉢，越比尼罪。見比丘不示，亦越比尼罪。」是名鉢事。

> 仏は舎衛城におられた。その時、偷蘭難陀比丘尼が托鉢に出かけ、ある大家の家を訪れた。そこである婦人が堕胎し、「これを捨ててほしい」と言った。比丘尼は「できません」と答えた。すると婦人は「代金を払います」と頼んだので、比丘尼は鉢に入れて持ち去った。 その頃、大迦葉は托鉢の際、常にこう考えていた。「最初に施しを得たら、比丘か比丘尼に施そう」と。この比丘尼を見かけて、「鉢を出しなさい」と言ったが、彼女は隠して見せなかった。さらに呼びかけても、やはり示さなかった。大迦葉は威風のある人で、大声で呼びかけると、彼女は震え上がって鉢を見せた。それを見て大迦葉は言った。「ああ、何という悪い行いをしているのか」。 そこで大迦葉は他の比丘尼たちにこのことを話し、比丘尼たちはこの因縁をもって世尊のもとへ赴き申し上げた。世尊は「本当か」と尋ねられ、比丘尼は「はい、その通りです」と答えた。 仏は言われた。「これは悪しき行いであり、法に適わない。なぜお前は鉢を隠したのか。今日から以後、鉢を隠すことを許さない。また、鉢をむき出しで持つことも許さない。食べ物を得たら覆いなさい。比丘を見たら、覆いを取って見せなさい。もし鉢をむき出しで持てば、比尼罪となる。比丘を見ても見せなければ、やはり比尼罪となる」。これが鉢に関する事柄である。

佛住舍衛城，爾時有大臣犯王法，其家財物盡應沒官，王即遣人守護。時偷蘭難陀比丘尼乞食次到其家，婦人語言：「阿梨耶！我家有事犯王罪應至死，財物入官，我欲寄少寶物嚴飾之具。若我得脫當相顧直，我若死者即持相施。」時比丘尼即與鉢盛雜寶，覆已而去。時守門人見之，問言：「鉢中何物？」而不示之，又復叱喚畏而示之。比丘尼聞已往白，乃至答言：「實爾。」佛言：「從今日後不聽覆鉢寶物。若有犯官事未被收錄，又未籍其財，爾時寄者得取。若王收攝又籍其財，應語言：『世尊制戒不得受是。』若言：『我與塔、與僧、施汝。』得取。得已不得覆上而去，當露持去。若有問者，當言：『塔物、僧物、我物。』若聽去者善，若不聽者當還。」是名覆鉢法。

> 仏は舎衛城におられた。その時、ある大臣が王の法に背き、その家の財産は全て没収されることとなった。王はすぐに人を遣わして家を見張らせた。そんな折、比丘尼の偷蘭難陀が托鉢のためその家を訪れた。すると、女主人が言った。「尊き方よ、わが家は罪を犯したため、死罪に処せられるかもしれません。財産は官に没収されます。そこで、少しばかりの宝飾品をお預けしたいのです。もし無事でいられたなら、その御礼をいたします。もし死罪となれば、あなたに差し上げます。」比丘尼はそれを受け、鉢に様々な宝を入れ、覆いをして立ち去った。 門番がそれを見て、「鉢の中には何が入っているのか？」と尋ねたが、比丘尼は見せなかった。さらに大声で叱りつけられたため、怖くなって中を見せた。比丘尼はこのことを仏に告げに行き、「確かにその通りでした。」と答えた。仏は言われた。「今日より以後、鉢に宝を入れて覆いをして運んではならない。もし、官の沙汰を受けておらず、まだ財産が没収されていない者が預ける場合は受け取ってもよい。しかし、王がすでに逮捕し、財産を没収した場合は、『世尊は戒律を定められ、これを受け取ってはならないとおっしゃっている』と言いなさい。もし、相手が『塔に捧げる、僧に捧げる、あなたに施す』と言うならば、受け取ってもよい。受け取った後は、覆いをせずに持ち去りなさい。もし誰かに尋ねられたら、『塔の物です』『僧の物です』『私の物です』と答えなさい。もし通してくれるなら良いが、通してくれないならば返しなさい。」これが鉢を覆うことに関する決まりである。

佛住舍衛城，爾時比丘尼作廁，以物覆上。諸女人持死胎放中，後有賤人旃陀羅抒廁，見已言：「是沙門尼自墮胎擲中。」諸比丘尼以是因緣往白，乃至佛言：「從今日後不聽覆廁，當開口作。若閉口作者，越比尼罪。」是名廁法。

> 仏は舎衛城におられた。その時、ある比丘尼が便所を作り、その上に物をかぶせて覆った。ところが、ある女性たちが流産した胎児をその中に捨てた。後日、賎民の旃陀羅（せんだら）がその便所を掃除していてそれを見つけ、「沙門尼（尼僧）たちが自分で堕胎して、ここに捨てたのだ」と言いふらした。比丘尼たちはこの出来事を仏に告げた。そこで仏は言われた。「今後は便所に覆いをしてはならない。開け放して作りなさい。もし閉じた形で作るならば、越比尼罪（軽い違反の罪）となる」。これが便所に関する規則である。

佛住舍衛城，爾時釋種女、摩羅女於浴室中浴，時有年少入中壞其梵行。諸比丘尼語大愛道，乃至「從今日後不聽入浴室。」若病者得房內然火油塗而揩。若比丘尼入浴室浴者，越比尼罪。是名浴室法。

> 仏様はシャーラスティに滞在しておられました。ある時、シャーキャ族の娘たちとマーラ族の娘たちが浴場で水浴びをしていました。そこへ若者たちが入り込み、彼女たちの清らかな行いを壊してしまいました。 比丘尼たちは大愛道（マハー・プラジャーパティー）にそのことを伝えました。そこで、「今日から以後、浴場に入ることを禁じる」と定められました。 もし病気の人の場合は、部屋の中で火を使って油を塗り、体をこすることが許されます。 もし比丘尼が浴場に入って水浴びをしたならば、越比尼罪（僧残罪）となります。これが浴場に関する規則です。

佛住舍衛城，爾時未制戒，比丘尼阿練若處、聚落中未有住處。時五百比丘尼，大愛道為上首，於王園中住。諸釋種女、摩羅女年少端正，有諸年少初夜伺便欲捉比丘尼，見已乘空而去。中夜復來亦復如是。後夜復來，中有鈍根，不時入定及睡眠者，不得即去，為所侵掠。大愛道以是事往白世尊，佛言：「從今日後不聽比丘尼在阿練若處住，若四眾集竟夜說法者得住，爾時不得在屏處。若比丘尼阿練若處住者，越比尼罪。」是名阿練若處。

> 仏は舎衛城にいらっしゃいました。その時、まだ戒律は定められておらず、比丘尼たちは阿練若（あらにゃ）の地や村に住む場所を持っていませんでした。そこで五百人の比丘尼たち、大愛道（マハー・プラジャーパティー）を上首として、王園（王の庭園）に住んでいました。そこには釈迦族の娘たちやマッラ族の娘たちで、若くて端正な者がいました。ある夜、初夜に若者たちが機会をうかがって比丘尼たちを捕らえようと近づきましたが、彼女たちを見ると、空に乗って去ってしまいました。中夜にも再び来ましたが、同じようになりました。後夜にもまた来ました。その中に、根の鈍い者や、すぐに禅定に入れず眠っている者がいて、すぐに去ることができず、襲われてしまいました。大愛道はこのことを世尊に告げました。仏は言われました。「今日より後、比丘尼が阿練若の地に住むことを許さない。もし四衆が集まって一晩中説法する場合には住むことを許すが、その時も人目のない所にいてはならない。もし比丘尼が阿練若の地に住めば、越比尼罪（ヴィナヤに背く罪）となる。」これが阿練若の地と呼ばれるものです。

比丘受迦絺那衣非比丘尼；比丘尼受迦絺那衣非比丘；比丘捨非比丘尼；比丘尼捨非比丘；比丘阿提呵魯阿那提訶魯非比丘尼；比丘尼阿提訶魯阿那提訶魯非比丘。

> 比丘（僧侶）がカティナ衣（迦絺那衣）を受けることはあっても、比丘尼（尼僧）が受けることはありません。 比丘尼がカティナ衣を受けることはあっても、比丘が受けることはありません。 比丘がカティナ衣を捨てることはあっても、比丘尼が捨てることはありません。 比丘尼がカティナ衣を捨てることはあっても、比丘が捨てることはありません。 比丘がカティナ衣の特権を得たり失ったりすることはあっても、比丘尼にそれはありません。 比丘尼がカティナ衣の特権を得たり失ったりすることはあっても、比丘にそれはありません。

覆鉢并寶鉢、 開廁入浴室、阿練若處住、 比丘受迦絺、非是比丘尼、 比丘捨迦絺、非是比丘尼。 第四跋渠竟。

> 鉢を覆うことと宝鉢のこと、 厠（トイレ）を開けて浴室に入ること、 阿蘭若（あらんにゃ／静かな場所）に住むこと、 比丘が迦絺那衣（かちなえ）を受けること、 これらは比丘尼（びくに）のためのものではない。 比丘が迦絺那衣を捨てること、 これもまた比丘尼のためのものではない。 第四の章、ここに終わる。

食於比丘不淨比丘尼淨，比丘尼不淨比丘淨。比丘得使比丘尼授食，除金銀及錢五生種火淨。比丘尼得從比丘受食，除金銀及錢火淨五生種。有三因緣非比丘。何等三？心決定捨戒、有實事僧驅出、形轉為女，是名三非比丘。應遣詣比丘尼精舍，不得共比丘尼，同覆障應別。若後還得男根者，當還比丘僧中，故名具足，亦復本歲。有三因緣非比丘尼。何等三？心決定壞威儀、有實事僧驅出、轉形為男。如比丘中說。比丘尼無有作殘食法，一坐足自恣食。

> 比丘にとって不浄な食べ物が比丘尼にとっては浄であり、比丘尼にとって不浄な食べ物が比丘にとっては浄であることがある。比丘は、金銀銭および五生種（五種の種子）と火による浄化がなされていないもの以外は、比丘尼から食物を受けることができる。比丘尼は、金銀銭と火による浄化、五生種以外は、比丘から食物を受けることができる。 比丘でなくなる理由は三つある。何が三つかというと、心によって戒を捨てることを決意した場合、実際の出来事によって僧団から追放された場合、性別が女性に変わった場合である。これを三つの非比丘という。そのような者は比丘尼の精舎に送られるべきであり、比丘尼と同じ屋根の下にいてはならず、別にするべきである。もし後に男根を再び得たならば、比丘の僧団に戻るべきである。これによって具足戒を受けた者となり、また元の年数もそのままとなる。 比丘尼でなくなる理由も三つある。何が三つかというと、心によって威儀を壊すことを決意した場合、実際の出来事によって僧団から追放された場合、性別が男性に変わった場合である。これは比丘の場合と同様に説かれる。比丘尼には残食法（食べ残しを処理する作法）はなく、一度座って満足するままに食べることが許されている。

佛住舍衛城，阿耆羅河彼岸請二部僧食。比丘、比丘尼俱欲渡，比丘言：「世尊制戒，不得共船載。」比丘二人、三人輕船而渡，渡盡比丘尼渡，渡已問歲數，日時已過。時大愛道失食飢羸，到世尊所頭面作禮却住一面，佛知而故問：「何故飢色？」即以是事具白世尊。佛言：「從今日後上座八人，當次第如法，餘者隨到而坐。若五年大會多人集，比丘尼上座八人當次第坐，餘者隨意坐。若八人不隨次第坐，越比尼罪。」是故世尊說。

> 仏は舎衛城におられた。アキラ河の彼方で、二部の僧（比丘と比丘尼）に食事が施されることになった。 比丘と比丘尼は共に川を渡ろうとしたが、比丘が言った。「世尊は戒律を定められ、同じ船に乗ってはならないとお定めになった。」 そこで比丘たちは、二人、三人ずつ軽い船に乗って渡った。比丘たちが全員渡り終えると、比丘尼たちが渡り始めた。渡り終えた後、互いの年齢（出家してからの年数）を尋ね合っているうちに、日はすでに過ぎてしまった。 その時、大愛道（マハー・プラジャーパティー）は食事の機会を失い、飢えと疲れでやつれてしまった。彼女は世尊のおられる所に赴き、頭を足に付けて礼をし、一方に立った。 仏は知りながらも、あえて尋ねられた。「なぜ顔色がやつれているのか。」 大愛道はその一部始終を詳しく世尊に申し上げた。 仏は言われた。「今日から以後、上座の八人は、律に従って順序を守るがよい。残りの者は、来た順に座りなさい。もし五年に一度の大集会で大勢の人が集まる時も、比丘尼の上座八人は順序を守って座り、その他の者は自由に座りなさい。もし八人が順序を守らずに座ったならば、越比尼罪（教団の規則を破る罪）となる。」 このようにして、世尊は説かれたのである。

二眾淨不同、 三非比丘僧、三非比丘尼、 無殘八上座。第五跋渠竟。

> 二つの集まりの清らかさは異なり、 三つは比丘の僧団にあらず、 三つは比丘尼にあらず、 残りの八人は上座である。 第五の章、ここに終わる。

比丘雜跋渠中，別住、蒜、傘蓋、乘、刀治、革屣、同床臥坐、伎樂九事應出不說，餘十三跋渠殘比丘尼別。五雜跋渠威儀中，阿練若、浴室、廁屋、縫衣簟應出不說，餘盡同比丘尼。二部修多羅及學五百戒，世尊分別說戒序、八波羅夷、十九僧伽婆尸沙、三十尼薩耆波夜提、百四十一波夜提、八波羅提提舍尼、六十四眾學、七止諍法，法隨順法偈在後，比丘尼比尼竟。

> 比丘の雑跋渠の中には、別住、蒜、傘蓋、乗、刀治、革屣、同床臥坐、伎楽の九つのことがあり、これらについては述べず、残りの十三の跋渠は比丘尼の別のものとする。五つの雑跋渠の威儀の中には、阿練若、浴室、廁屋、縫衣簟のことがあり、これらについては述べず、残りはすべて比丘尼と同じである。二部の修多羅と五百戒を学ぶことについて、世尊は戒序、八波羅夷、十九僧伽婆尸沙、三十尼薩耆波夜提、百四十一波夜提、八波羅提提舍尼、六十四衆学、七止諍法を分別して説き、法随順法の偈を後に付けた。比丘尼の比尼はこれで終わる。

摩訶僧祇律私記

> 摩訶僧祇律の個人的な覚書

中天竺昔時，暫有惡王御世。諸沙門避之四奔，三藏比丘星離。惡王既死，更有善王，還請諸沙門還國供養。時巴連弗邑有五百僧，欲斷事而無律師，又無律文無所承案。即遣人到祇洹精舍，寫得律本于今傳賞。法顯於摩竭提國巴連弗邑，阿育王塔南天王精舍，寫得梵本還楊州。以晉義熙十二年歲在丙辰十一月，於鬪場寺出之，至十四年二月末都訖。共禪師譯梵本為秦焉，故記之。

> 中天竺に昔、悪しき王が世を治めていたことがありました。そのため、多くの修行者たちは四方に逃げ去り、三蔵を修める比丘たちも星のように散り散りになりました。悪王が亡くなった後、新たに善王が現れ、再び修行者たちを国に招き戻して供養しました。その時、パータリプトラには五百人の僧がいましたが、事を裁くのに律師（戒律に詳しい僧）がおらず、また律の文書もなく、拠り所となるものがありませんでした。そこで、祇園精舎に人を遣わして律の原本を書き写し、今日までそれを伝え広めています。 法顕は、マガダ国のパータリプトラにある、アショーカ王の塔の南にある天王精舎で、その梵語の原本を書き写し、楊州に持ち帰りました。そして、晋の義熙十二年、丙辰の年の十一月に、鬪場寺でこれを翻訳し、翌十四年の二月の末に全てを終えました。共にいた禅師と共に梵語を漢語に訳したので、ここに記しておきます。

佛泥洹後，大迦葉集律藏為大師宗，具持八萬法藏。大迦葉滅後，次尊者阿難亦具持八萬法藏，次尊者末田地亦具持八萬法藏，次尊者舍那婆斯亦具持八萬法藏，次尊者優波崛多世尊記無相佛，如降魔因緣中說，而亦能具持八萬法藏。於是遂有五部名生：初曇摩崛多別為一部，次彌沙塞別為一部，次迦葉維復為一部，次薩婆多。薩婆多者，晉言說一切有。所以名一切有者，自上諸部義宗各異。薩婆多者，言過去、未來、現在中陰各自有性，故名一切有。於是五部並立紛然競起，各以自義為是。時阿育王言：「我今何以測其是非？」於是問僧：「佛法斷事云何？」皆言：「法應從多。」王言：「若爾者，當行籌知何眾多。」於是行籌。取本眾籌者甚多，以眾多故，故名摩訶僧祇。摩訶僧祇者，大眾名也。佛說犯戒罪報輕重經

> 仏陀が涅槃に入られた後、大迦葉が戒律の教えを集めて大師範となり、八万の法蔵を完全に保持しました。大迦葉が滅した後、次に尊者アーナンダも八万の法蔵を完全に保持しました。その次に尊者マッタンディヤも八万の法蔵を完全に保持しました。さらに尊者サナヴァーシも八万の法蔵を完全に保持しました。そして尊者ウパグプタは仏陀から無相仏と記され、降魔の因縁の話にある通り、彼もまた八万の法蔵を完全に保持することができました。ここに五つの部派の名が生じました。最初に曇摩崛多（ダルマグプタ）が一つの部派となり、次に弥沙塞（マヒシャーサカ）が別の部派となり、次に迦葉維（カーシャピーヤ）がさらに別の部派となり、次に薩婆多（サルヴァースティヴァーダ）が起こりました。薩婆多とは、晋の言葉で「一切有」と言います。一切有と呼ばれる理由は、これらの上部の諸部派の教義がそれぞれ異なっていたからです。薩婆多は、過去・未来・現在および中有（中陰）のそれぞれに自らの性質があると説き、故に一切有と名づけられました。こうして五つの部派が並び立ち、互いに争いが激しくなり、各々が自らの教義を正しいと主張しました。その時、アショーカ王が言いました。「私は今、どうやってその是非を測ればよいのか。」そこで僧たちに尋ねました。「仏法において、事を裁くにはどうするのですか。」皆が答えました。「法は多数に従うべきです。」王が言いました。「それならば、投票を行い、どちらが多いかを知りましょう。」そこで投票が行われました。元々の宗派の票が非常に多かったため、その多数ゆえにマハーサンギカと呼ばれました。マハーサンギカとは、大衆という名です。 仏陀が説かれた戒を破った場合の罪の報いの軽重についての経典。

如是我聞，一時佛住王舍城迦蘭陀竹園。爾時尊者目連，晡時從禪定覺，往至世尊所，頭面禮足却住一面。時尊者大目連白佛言：「世尊！意有所疑今欲請問，唯願聽許。」佛告目連：「聽汝所問，當為汝說。」目連即白佛言：「世尊！若比丘、比丘尼，無慚愧心，輕慢佛語，犯眾學戒，如是犯波羅提提舍尼、波夜提、偷蘭遮、僧伽婆尸沙、波羅夷，得幾不饒益罪？唯願解說。」佛告目連：「諦聽！諦聽！當為汝說。若比丘、比丘尼，無慚無愧，輕慢佛語，犯眾學戒，如四天王壽五百歲墮埿梨中，於人間數九百千歲。」佛告目連：「若無慚無愧，輕慢佛語，犯波羅提提舍尼，如三十三天壽千歲墮埿梨中，於人間數三億六十千歲。」佛告目連：「無慚無愧，輕慢佛語，犯波夜提，如夜摩天壽二千歲墮埿梨中，於人間數二十億四十千歲。」佛告目連：「無慚無愧，輕慢佛語，犯偷蘭遮，如兜率天壽四千歲墮埿梨中，於人間數五十億六十千歲。」佛告目連：「無慚無愧，輕慢佛語，犯僧伽婆尸沙，如不憍樂天壽八千歲墮埿梨中，於人間數二百三十億四十千歲。」佛告目連：「無慚無愧，輕慢佛語，犯波羅夷，如他化自在天壽十六千歲墮埿梨中，於人間數九百二十一億六十千歲。」時尊者目連聞佛所說，歡喜奉行。

> 私はこのように聞きました。ある時、仏陀は王舎城のカランダの竹林に滞在されていました。 ある夕方、尊者の目連が禅定から覚めて、世尊のもとへ赴きました。頭を世尊の足に付けて礼拝し、その後、一方に立ちました。そこで、尊者の大目連が仏陀に申し上げました。「世尊よ、心に疑問があり、今まさに質問したいと存じます。どうかお許しください。」 仏陀は目連に答えました。「あなたの質問を許しましょう。あなたのために説き明かしましょう。」 目連はすぐに仏陀に問いました。「世尊よ、もし比丘や比丘尼に慚愧の心がなく、仏陀の教えを軽んじ侮り、衆学戒を犯した場合、あるいは波羅提提舍尼、波夜提、偷蘭遮、僧伽婆尸沙、波羅夷を犯した場合、どれだけの不利益な罪を得るのでしょうか。どうかお教えください。」 仏陀は目連に告げました。「よく聞きなさい。よく聞きなさい。あなたのために説き明かしましょう。もし比丘や比丘尼に慚愧の心がなく、仏陀の教えを軽んじ侮り、衆学戒を犯したならば、それは四天王の寿命五百歳の間、地獄に堕ちることになる。人間の歳に換算すれば、九十万年である。」 仏陀は目連に告げました。「もし慚愧の心がなく、仏陀の教えを軽んじ侮り、波羅提提舍尼を犯したならば、それは三十三天の寿命千歳の間、地獄に堕ちることになる。人間の歳に換算すれば、三億六千万年である。」 仏陀は目連に告げました。「もし慚愧の心がなく、仏陀の教えを軽んじ侮り、波夜提を犯したならば、それは夜摩天の寿命二千歳の間、地獄に堕ちることになる。人間の歳に換算すれば、二十億四千万年である。」 仏陀は目連に告げました。「もし慚愧の心がなく、仏陀の教えを軽んじ侮り、偷蘭遮を犯したならば、それは兜率天の寿命四千歳の間、地獄に堕ちることになる。人間の歳に換算すれば、五十億六千万年である。」 仏陀は目連に告げました。「もし慚愧の心がなく、仏陀の教えを軽んじ侮り、僧伽婆尸沙を犯したならば、それは不憍楽天の寿命八千歳の間、地獄に堕ちることになる。人間の歳に換算すれば、二百三十億四千万年である。」 仏陀は目連に告げました。「もし慚愧の心がなく、仏陀の教えを軽んじ侮り、波羅夷を犯したならば、それは他化自在天の寿命一万六千歳の間、地獄に堕ちることになる。人間の歳に換算すれば、九百二十一億六千万年である。」 その時、尊者の目連は仏陀の説かれたことを聞いて、歓喜して実践しました。

爾時目連即說偈言：

> そのとき、目連（もくれん）が偈（げ）を唱えました。

「因緣輕慢故， 命終墮惡道；因緣修善者， 於此生天上。緣斯修福業， 離惡得解脫；不善觀因緣， 身壞入惡道。」

> 因縁を軽んじ慢心すれば、命終わって悪道に堕ちる。 因縁によって善を修める者は、この世で天に生まれる。 この縁によって福業を修め、悪を離れて解脱を得る。 因縁を正しく観じなければ、身壊れて悪道に入る。

## 摩訶僧祇律卷第四十

> 摩訶僧祇律 第四十巻