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title: "阿毗達摩攝義論 · 分別攝心品第一"
description: "阿毗達摩攝義論是南傳上座部佛教的權威論著，由十二世紀錫蘭高僧阿耨樓陀尊者所造。該論以攝頌形式精要總括了巴利佛典論藏阿毗達摩的核心教義，系統闡述心法、心所法、色法、涅槃等究竟勝義，被譽為研究上座部哲學的必讀綱要。其內容嚴謹簡明，既是佛教心理學與哲學的巔峰之作，也是實修的重要指南，在南傳佛教傳統中具有與清淨道論並尊的崇高地位，為歷代學修者所推崇。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcwn4gvu0ggrjs043k19ymqv"
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### 分別攝心品第一

> 第一品 心の統御

無上正等正覺者． 及諸正法最上僧． 歸命敬禮我當說． 阿毗達摩攝義論．

> 無上の正等正覚者（ほとけ）と、 最高の正法と、すぐれた僧団に 帰依し敬礼して、われは説く—— アビダンマの要義をまとめた論を。

說此對法義． 勝義有四種． 心及心所色． 湼槃攝一切．

> この「対法」の意味するところを説明しよう。 その勝れた義には四つの種類がある。 心と心所と色、そして涅槃が、すべてを包括する。

論曰．此中先說心法．彼有四種．謂欲界心．色界心．無色界心．及出世間心．

> 論じて曰く、ここではまず心の法について述べる。それには四つの種類がある。すなわち、欲界の心、色界の心、無色界の心、そして出世間の心である。

此中云何為欲界心．謂喜受俱行邪見．相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．喜受俱行非邪見相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．捨受俱行邪見相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．如是八種．名為欲界貪俱行心．

> ここでいう「欲界の心」とは何か。次の八つの心を指す。 喜びの感情とともにあり、誤った見解（邪見）を伴い、疑いがなく、他人から教えられたものではない心 ― 一つ。 疑いがあるもの、または他人から教えられたもの ― 一つ。 喜びの感情とともにあり、誤った見解を伴わず、疑いがなく、他人から教えられたものではない心 ― 一つ。 疑いがあるもの、または他人から教えられたもの ― 一つ。 平静な感情とともにあり、誤った見解を伴い、疑いがなく、他人から教えられたものではない心 ― 一つ。 疑いがあるもの、または他人から教えられたもの ― 一つ。 この八種類を、欲界における貪り（執着）を伴う心と呼ぶ。

憂受俱行瞋相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．如是二種．名為瞋俱行心．

> 怒りの感情と共にあり、憎しみと結びついている心について、疑いがなく他者の教えに頼らないものが一つ。疑いがあり他者の教えに頼るものが一つ。この二種類を「怒りと共にある心」と呼びます。

捨受俱行猶豫相應者一．捨受俱行掉舉相應者一．如是二種．名為痴俱行心．

> 捨受と共にあり、疑いと対応するもの一つ。 捨受と共にあり、掉挙（心の浮つき）と対応するもの一つ。 この二つを「痴（無知）を伴う心」という。

頌曰．

> 次のように説かれています。

八種貪為根． 及瞋根二種． 愚痴根有二． 是為惡十二．

> 八つの貪りの根があり、二つの瞋りの根がある。そして愚痴の根も二つあり、これらが合わせて十二の悪の根となる。

論曰．捨受俱行眼識．如是耳識鼻識舌識及苦受俱行身識．捨受俱行等尋求心．及捨受俱行等貫徹心．如是七種．名為不善異熟心．

> 論曰。捨受と共に働く眼識、同じく耳識、鼻識、舌識、苦受と共に働く身識、捨受と共に働く等しい尋求心、そして捨受と共に働く等しい貫徹心、この七つの種類を不善異熟心と名づける。

捨受俱行眼識．如是耳識鼻識舌識及樂受俱行身識．捨受俱行等尋求心．喜受俱行等貫徹心．及捨受俱行等貫徹心．如是八種．名為無因善異熟心．

> 無因の善異熟心は、次の八種類である。 - 捨受と共に働く眼識 - 同じく、捨受と共に働く耳識・鼻識・舌識 - 楽受と共に働く身識 - 捨受と共に働く等尋求心 - 喜受と共に働く等貫徹心 - 捨受と共に働く等貫徹心

捨受俱行五根門能引發心．如是意門能引發心．喜受俱行阿羅漢笑心．如是三種．亦名無因業心．如是已說．總為十八不具因心．

> 五感の門（五根門）とともにあり、捨（たいらな気持ち）を伴う心は、心を引き起こすことができる。このように、意の門（意識）も心を引き起こすことができる。喜びを伴う阿羅漢の笑いの心も同様である。これら三種類は、無因の業の心とも呼ばれる。以上のように述べてきた。総じて、これらを十八の因を具えない心とする。

頌曰．

> 次のように説かれています。

不善異熟七． 善異熟八種． 業心有三種． 斯十八無因．離不善無因． 是即名為善． 心有五十九． 或為九十一．

> 悪い報いの七つの心。 良い報いの八種の心。 業による心に三種あり。 これら十八は「無因」と呼ばれる。 悪いものから離れた無因の心―― これを「善」と名づける。 心は五十九あり、 あるいは九十一とも説かれる。

論曰．喜受俱行智相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．喜受俱行智不相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．捨受俱行智相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．捨受俱行非智相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．如是八種．名為欲界善心．

> 論じて曰く。 喜びの感受を伴い、智慧を具え、疑いがなく、他からの教えによるものでもないもの（一つ）。 疑いがあり、他からの教えによるものであるもの（一つ）。 喜びの感受を伴い、智慧を具えず、疑いがなく、他からの教えによるものでもないもの（一つ）。 疑いがあり、他からの教えによるものであるもの（一つ）。 平静な感受を伴い、智慧を具え、疑いがなく、他からの教えによるものでもないもの（一つ）。 疑いがあり、他からの教えによるものであるもの（一つ）。 平静な感受を伴い、智慧を具えず、疑いがなく、他からの教えによるものでもないもの（一つ）。 疑いがあり、他からの教えによるものであるもの（一つ）。 このような八種類の心を、欲界における善心と名付ける。

喜受俱行智相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．喜受俱行智不相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．捨受俱行智相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．捨受俱行智不相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．如是八種．名為欲界有因異熟心．

> 喜びの気持ちを伴った智慧があり、疑問も他人の教えもないもの…1つ。 疑問や他人の教えがあるもの…1つ。 喜びの気持ちを伴った智慧で、対応しないもの。 疑問も他人の教えもないもの…1つ。 疑問や他人の教えがあるもの…1つ。 平静な気持ちを伴った智慧があり、疑問も他人の教えもないもの…1つ。 疑問や他人の教えがあるもの…1つ。 平静な気持ちを伴った智慧で、対応しないもの。 疑問も他人の教えもないもの…1つ。 疑問や他人の教えがあるもの…1つ。 このように八種類あり、これを欲界における原因を伴う異熟の心という。

喜受俱行智相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．喜受俱行智不相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．捨受俱行智相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．捨受俱行智不相應無疑非他教者一．有疑及他教者一．如是八種．名為欲界具因業心．

> 喜びの感覚を伴い、智慧が対応し、疑いがなく他者から教えられたものではないもの…１。 疑いがあり、他者から教えられたもの…１。 喜びの感覚を伴い、智慧が対応せず、疑いがなく他者から教えられたものではないもの…１。 疑いがあり、他者から教えられたもの…１。 平等の感覚を伴い、智慧が対応し、疑いがなく他者から教えられたものではないもの…１。 疑いがあり、他者から教えられたもの…１。 平等の感覚を伴い、智慧が対応せず、疑いがなく他者から教えられたものではないもの…１。 疑いがあり、他者から教えられたもの…１。 このように八種類ある。これらを「欲界における、原因を備えた業の心」と名付ける。

如是一切即是二十四種欲界具因善心．異熟心．及業心．頌曰．

> これらすべてが、二十四種類の欲界の「具因善心」「異熟心」および「業心」である。 偈頌にいう——

依受智行別． 數有二十四． 在欲界具因． 善異熟及業．欲異熟二三． 二十善不善． 及業有十一． 共有五十四．

> 智慧と行為の別によって、 その数は二十四ある。 欲界には因を具えている。 善・異熟・そして業がある。 欲界の異熟は二つか三つ。 善は二十、不善は… そして業は十一ある。 合わせて五十四である。

論曰．尋．伺．喜．樂．捨．心一境性相應初靜慮善心．伺．喜．樂．心一境性相應第二靜慮善心．喜．樂．心一境性相應第三靜慮善心．樂．心一境性相應第四靜慮善心．捨．心一境性相應第五靜慮善心．此五名為色界善心．

> 論にはこう説かれている。 「尋・伺・喜・楽・捨と、心一境性が対応した、初静慮の善心。 伺・喜・楽と、心一境性が対応した、第二静慮の善心。 喜・楽と、心一境性が対応した、第三静慮の善心。 楽と、心一境性が対応した、第四静慮の善心。 捨と、心一境性が対応した、第五静慮の善心。 これら五つを、色界の善心と名付ける。」

尋．伺．喜．樂．心一境性相應初靜慮異熟心．伺．喜．樂．心一境性相應第二靜慮異熟心．喜．樂．心一境性相應第三靜慮異熟心．樂．心一境性相應第四靜慮異熟心．捨．心一境性相應第五靜慮異熟心．此五名為色界異熟心．

> 尋・伺・喜・楽・心一境性をそなえた第一禅定の異熟心。 伺・喜・楽・心一境性をそなえた第二禅定の異熟心。 喜・楽・心一境性をそなえた第三禅定の異熟心。 楽・心一境性をそなえた第四禅定の異熟心。 捨・心一境性をそなえた第五禅定の異熟心。 これらの五つを、色界の異熟心という。

尋．伺．喜．樂．心一境性相應初靜慮業心．伺．喜．樂．心一境性相應第二靜慮業心．喜．樂．心一境性相應第三靜慮業心．樂．心一境性相應第四靜慮業心．捨．心一境性相應第五靜慮業心．此五名為色界業心．

> 尋・伺・喜・楽・心一境性がそなわった初禅の心の働き。 伺・喜・楽・心一境性がそなわった第二禅の心の働き。 喜・楽・心一境性がそなわった第三禅の心の働き。 楽・心一境性がそなわった第四禅の心の働き。 捨・心一境性がそなわった第五禅の心の働き。 この五つを、色界における心の働きと呼びます。

如是一切．共十五種．名為色界善心．異熟心．及業心．頌曰．

> 以上、合わせて十五種の心を、色界の善心・異熟心・業心と名づける。偈にいう。

由靜慮有五． 色界心差別． 善異熟業故． 總有十五種．

> 静かに考えることで、五つの段階がある。 色界（物質的な世界）の心には、違いがある。 善い行いの結果としての業があるから、 合わせて十五種類がある。

論曰．空無邊處善心．識無邊處善心．無所有處善心．及非想非非想處善心．此諸心名為無色界善心．

> 論にはこう説かれている。 「空無辺処の善心、識無辺処の善心、無所有処の善心、および非想非非想処の善心。これらの心を、無色界の善心と名付ける。」

空無邊處異熟心．識無邊處異熟心．無所有處異熟心．及非想非非想處異熟心．此四名為無色界異熟心．

> 空無辺処の異熟心、識無辺処の異熟心、無所有処の異熟心、および非想非非想処の異熟心——これら四つを、無色界の異熟心と呼びます。

空無邊處業心．識無邊處業心．無所有處業心．及非想非非想處業心．此四名為無色界業心．

> 空無辺処の業心、識無辺処の業心、無所有処の業心、そして非想非非想処の業心、この四つを無色界の業心と呼びます。

如是一切．共十二種是為無色界善心．異熟心．業心．頌曰．

> 以上の十二種が「無色界の善心」「異熟心」「業心」である。 偈頌に曰く、

四種無色心． 所緣差別故． 由善異熟業． 更立十二種．

> 四種の無色の心は、 それぞれの所縁（対象）の違いによって、 善なる異熟の業（結果をもたらす行い）によって、 さらに十二種類に分けられる。

預流道心．一來道心．不還道心．及阿羅漢道心．此四名為出世善心．

> 預流道の心、一来道の心、不還道の心、そして阿羅漢道の心。この四つを「出世間における善い心」と呼びます。

預流果心．一來果心．不還果心．及阿羅漢果心．此四名為出世異熟心．

如是共八種．為出世善心．異熟心．

頌曰．

> 次のように説かれています。

出世四善心． 由於四道別． 異熟心彼果． 是八種無上．惡心唯十二． 善心二十一． 三十六異熟． 業心有二十．十二無色心． 出世有八種． 如此應知心． 總有八十九．若再廣分別． 一百二十一．

> 世の中に出る第一の善心。四つの道によって分かれる。異熟心はその果である。これらの八つは最高である。 悪心はただ十二。善心は二十一。三十六の異熟心。業心は二十。 十二の無色界の心。世を出る心は八種ある。このように心を知るべきである。総じて八十九ある。 さらに広く分ければ、百二十一となる。

論曰．云何八十九種心而成一百二十一．謂尋．伺．喜．樂．心一境性相應初靜慮預流道心．伺．喜．樂．心一境性相應第二靜慮預流道心．喜．樂．心一境性相應第三靜慮預流道心．樂．心一境性相應第四靜慮預流道心．捨．心一境性相應第五靜慮預流道心．此五種名為預流道．如是．一來道心．不還道心．及阿羅漢道心．共有二十心．如此如是．其果心亦爾．則出世心有四十種．

> 論曰：八十九種の心がどのようにして百二十一となるのか。それは、尋・伺・喜・楽・心一境性と相応する初静慮の預流道の心、伺・喜・楽・心一境性と相応する第二静慮の預流道の心、喜・楽・心一境性と相応する第三静慮の預流道の心、楽・心一境性と相応する第四静慮の預流道の心、捨・心一境性と相応する第五静慮の預流道の心、この五つを預流道という。 同じように、一来道の心、不還道の心、および阿羅漢道の心にも、それぞれ五つずつあり、合わせて二十の心となる。さらに、その果報の心も同様であるので、出世間の心は全部で四十種類となる。

頌曰．

一一禪道果． 分別各有五． 謂此無上心． 共有四十種．應知如色界． 初靜慮等中． 出世道亦爾． 及無色第五．故初靜慮等． 一一靜慮末． 各說十一種． 共有二十三．善心三十七． 五十二異熟． 是故一切心． 一百三十一．

阿毗達摩攝義論分別攝心品第一竟

> アビダンマッタ・サンガハ（摂阿毘達磨義論）の「心」の章、第一章を終わります。