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title: "方等三昧行法 · 4 坐禪調適"
description: "方等三昧行法由隋代天台宗创始人智顗大师所述，是天台宗重要修行典籍。该书基于大乘佛教方等部经典，系统阐述忏悔、观想等实修法门，旨在引导行者通过三昧修持净化心识、证悟实相。智顗将深奥教理转化为可操作的禅观次第，体现了天台止观双修的特质。作为汉传佛教重要的修行指南，该著作对后世天台宗实践体系影响深远，为研究中国佛教禅法发展提供了关键文献依据。"
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四坐禪調適者。加趺正坐。以左脚置右脚上。以左手置右手上。牽衣近身對臍。開口三吐胸中穢氣。開口吐熱氣。閉口內冷氣。然後閉口齒才相拄。閉眼才斷外光。然後平面而住以要言之。令身不寬不急。若寬則頭低垂。若急則胸背煩痛。故不寬不急是身調相。當調息令不澁不滑。若出入有聲及不細即是滑相。若結滯不通則是澁相。若隨息連綿微微然遍諸毛孔出入。則資補四大易得禪定。取要言之。可自耳聽不聞聲者。是息調相。當調心令不浮不沈。若覺觀攀緣則是浮相。若無所記錄即是沈相。浮則可以止攝歸心性。知性不動。沈則可以觀察起。令念慮明白。雖無能觀所觀。而法性平等非垢非淨。即是實性。然此實性。不為二十五有生死所垢。亦不為萬行所淨。是則垢淨雙泯。無垢無淨猶如虛空。名為畢竟清淨。亦名心性真如心性法界。諸佛之本源。一切眾生之實際。正觀了達無間現前。是名思惟諸佛一實。

> \*\*座禅の調え方について\*\* あぐらを組み、背筋を伸ばして坐ります。左足を右の太ももの上に置き、右手を左手の上に重ねます。衣を軽く引き寄せ、へその辺りに合わせます。口を開けて、胸の中の濁った息を三度吐き出します。口を開けて温かい息を吐き、口を閉じて冷たい息を吸い込みます。そのまま口を閉じ、歯は軽く合わせます。目は閉じて、外の光を断ちます。そして、顔を正面に向けて、そのまま静かに坐ります。 要するに、からだは緊張せず、だらけすぎもしないようにします。だらけると頭が前に垂れ、緊張すると胸や背中が痛くなります。だから、「緊張せず、だらけすぎない」こと、これがからだを整えた状態です。 次に呼吸を整えます。息が滑らかすぎず、つまりすぎないようにします。出入りの息に音があったり、粗かったりすると「滑らか」の状態です。息が詰まって通らないのは「つまり」の状態です。息が途切れず、かすかに、全身の毛穴から出入りするようになれば、体の四つの要素（地・水・火・風）を養い、坐禅に入りやすくなります。要するに、自分の耳で呼吸の音が聞こえないこと、これが呼吸の整った状態です。 さらに心を、浮つかせず沈ませないように整えます。思考が次々と湧き、あれこれとらわれるのは「浮つき」の状態です。ぼんやりとして何も感じ取れないのは「沈み」の状態です。浮ついているときは、心を止めて、心の本性に立ち返ります。本性は動かないと知ります。沈んでいるときは、観察を起こして、はっきりと心を働かせます。観察するものも、観察されるものもないと知りながらも、すべてのものの本性（法性）は平等で、けがれも清らかさもない。これが真実の本性です。 この真実の本性は、二十五の迷いの世界（二十五有）の生死によって汚されることもなく、また、あらゆる修行の行いによって清められることもありません。だから、汚れと清らかさの両方を超え、汚れも清らかさもなく、まるで虚空のようです。これを「究極の清らかさ」といい、また「心の本性」、「真如」、「心性」、「法界」ともいいます。それはすべての仏の源であり、すべての生きとし生けるものの真実のありかたです。この真理を正しく観察し、はっきりと悟り、絶え間なく目の前に現れること、これを「諸仏の唯一の真理を思惟する」といいます。