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title: "經律異相 · 5 蓋事金輪王有大利益"
description: "經律異相由南朝梁代高僧寶唱等人奉梁武帝之命編纂，成書於公元516年。該書是中國佛教史上第一部大型佛教類書，系統分類摘錄了佛經與律藏中的因果故事、譬喻及異事奇跡，共五十卷。其內容旨在通過生動事例闡釋佛教教義與戒律，便於弘法。該書保存了許多早期漢譯佛經的珍貴內容，對研究南北朝佛教思想、文學及社會觀念具有極高價值，被視為佛教重要工具書之一。"
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### 蓋事金輪王有大利益五

> 金輪王の大きな功徳について

過去閻浮提。有四河水二大國王。一名婆羅門提婆梁言梵天獨據三河。人民繁盛然復儜弱。一王名曰罰闍建提梁言金剛聚唯得一河。人民亦少然其國人悉皆勇健。時金剛聚處于正殿。王念。兵眾勇悍而所獲水少。彼國儜弱獨霸三河。今當遣使索取一河。若與我者共為親厚。國有好物更相貢贈。若有艱難共相赴救。若其不得便當力奪。即遣使至梵天國。具宣王意。梵王云。我國豐實人眾亦多。又此國界父王所有。轉用授我。至於力諍我不下彼。答言。此國乃是我父所授。我力不相減。若欲力決。我不相畏。使還具聞王。即合軍攻梵天國。共戰一交梵天軍壞。乘比追躡徑至城邊。眾人怖縮更不敢出。諸臣共集詣梵王所。白大王言。他國兵強我國儜弱。惜一河水今致此敗。如是不久懼恐失國。唯願開意以一河與之。共為親厚足得安全。王遣使與一河水。又以女許為夫人。國有奇物更相貢贈。急難危險共相赴救。時金剛聚即迎其女拜為夫人。各共和解迴軍還國。經於數日其王夫人便覺有胎。懷𨉃之後。恒有自然七寶大蓋。當在身上。坐臥行立終不遠離。至滿十月生一男兒。身紫金色頭髮紺青。光相昞著世之少雙。兒以出胎蓋在其上。召諸相師令相此兒。相師白王。太子德相世之希有。王及群臣喜不自勝。即為其立字。字剎羅伽利梁言蓋事年至成人。父母便命終小王。臣民共立蓋事。治政數年出外遊觀。見諸人民耕種勞苦。問左右曰。此人何作。答言。國以民為本民以穀為命。若其不爾民命不存。民命不存國則滅矣。王便言曰。若我福相應為王者。令我民眾獲自然穀。發言已竟。人民倉簞滿種種穀隨意悉有。後復出遊。見人汲水舂磨作役。又問臣言。諸人何以爾耶。臣白王言。蒙王恩澤獲自然穀。事須成熟。是以庶民辦作食調。王復言曰。若我福德應為王者。令吾國內一切人民有自然食。發語已訖。合境皆獲自然之食。後復出遊。見人織作辦具衣調。問言。此諸人等何故執作。臣言。辦具衣裳。王言。若我福德應為王者。使吾國內一切樹木出自然衣。適發此語。國中諸樹皆出妙衣。極為細軟青黃赤白隨人所好。後復出遊。見諸人民競作樂器。王復問臣。何以故爾。臣言。治伎樂器。王言。若我有福應為王者。令我國中樹生樂器稱意悉有。又經少時。諸王臣民悉來拜賀。值王食時留與飲食。爾時諸臣。得王飲食百味具足。咸共白王。臣等家食飲其味薄少。今得王食美味非凡。王告之曰。卿等臣民。若欲常得如我食者。用吾食時食者。皆得如是之食。即勅伺官。吾食時到恒鳴大鼓。令諸人民悉得聞知。用我時食當得百味上妙之供。從是已後食便鳴鼓。一切人民承音念食。百味上饌自然在前。人民優樂。時王梵天遣使。來至蓋事王國。語蓋事言。汝父在時。我以河水用與汝父。汝父已終宜當還我。時蓋事王報彼使曰。我今境土及與河水。亦非我力強從汝得。然我為王不勞民物。且停須我後與汝王相見。使還白王。王然其意。剋日共期。二王俱進軍眾圍繞。各安大營在河一邊。二王乘船河中相見。時王梵天初見蓋事。身色晃曜如紫金山。頭髮弈弈如紺琉璃。其目廣長人中難有。敬心內發謂是梵天。到相問訊對坐一處。談兩國土論索水事。蓋事報曰。我國人民所欲自然。亦無貲輸王役之勞。所言未訖食時已至。蓋事王軍鳴鼓欲食。梵天謂欲殺之怖起謝罪。羊皮四布腹拍前地。蓋事自起挽令還坐。復語之曰。大王何以恐怖如是。我軍食時恒自鳴鼓。所以爾者。用我時食皆獲百味上饌之供。梵天復起白蓋事曰。唯願大王。普見臨覆我及國人。悉願降附。令諸民庶悉蒙恩澤。於是蓋事典閻浮提。一切人民盡獲安樂。登位之後處於正殿。群僚百官宿衛侍立。日初出時有金輪寶從東方來。如是七寶相續而至典四天下。一切眾生蒙王恩德所欲自恣。王悉教令修行十善。壽終之後皆得生天。佛告阿難。剎羅伽梨王者我身是。王罰闍建提今父王是。母者摩耶是出賢愚經第八卷。

> 昔、閻浮提に四つの大河と二人の大王がいました。一人はバラモン・デーヴァ（梵天と訳す）といい、三つの大河を独占し、人民は繁栄していましたが、柔弱でした。もう一人の王は罰闍建提（金剛聚と訳す）といい、一つの大河しか持たず、人民は少なかったものの、皆が勇敢でありました。 ある時、金剛聚王は正殿に座り、こう考えました。「我が兵は勇猛だが、領有する水が少ない。あの国の民は柔弱でありながら、三つの大河を独り占めしている。今、使者を遣わして一つの河を譲るよう求めよう。もし応じるならば、互いに親しく交わり、良い物を贈り合い、困難があれば助け合おう。もし拒むならば、力ずくで奪い取ろう。」そこで使いを梵天の国に送り、王の意向を伝えさせました。 梵天王は答えました。「我が国は豊かで民も多い。また、この国は父王の領地が私に譲られたものだ。武力で争うならば、こちらが劣ることはない。」使者はこの返事を持ち帰ると、王は軍を集めて梵天の国を攻めました。一戦交えると梵天の軍は敗れ、追撃されて城門まで追い詰められました。人々は恐れ縮み、二度と出撃しようとはしませんでした。 諸臣は集まって梵天王のもとに参り、申し上げました。「大王よ、他国は強く、我が国は柔弱です。一つの河を惜しんだばかりに、このような敗北を招きました。このままでは遠からず国を失うでしょう。どうか心を開き、一つの河を譲り、親しく交われば安全を得られるでしょう。」王は使いを遣わして一つの河を譲り、さらに娘を妻として差し出すことを約束しました。互いに珍品を贈り合い、危急の際には助け合うこととしました。 金剛聚王はその娘を妻として迎えました。数日後、王妃は身ごもりました。妊娠中、常に自然にできた七宝の大蓋が彼女の頭上にあり、座っても寝ても歩いても、決して離れることはありませんでした。満月が訪れ、一人の男児が生まれました。肌は紫金色、髪は紺青で、光明に輝き、世にも稀な容姿でした。子供が生まれると、蓋はその上にありました。 王は相士たちを呼び、この子を占わせました。相士は王に申し上げました。「太子の徳相は世にも珍しいものです。」王も群臣も喜びを抑えきれず、名をつけました。名を剎羅伽利（蓋事と訳す）といいます。 成長すると、父母は亡くなりました。若い王と臣民は共に蓋事を王として擁立しました。治世から数年後、外出して民の様子を見て回ると、人々が耕し苦しむ姿がありました。彼は側近に尋ねました。「この人々は何をしているのか。」答えは「国は民を基盤とし、民は穀物を命とします。もしそうでなければ民の命は成り立ちません。民の命がなければ国は滅びます。」王は言いました。「もし我が福徳が王にふさわしいならば、我が民に自然の穀物を得させよう。」この言葉を発すると、民の倉や籠はあらゆる穀物で満たされ、思いのままになりました。 再び出遊すると、人々が水を汲み、臼で搗き、粉をひくなどの仕事をしていました。また臣に尋ねました。「なぜ人々はそんなことをするのか。」臣は申し上げました。「王の恩恵により自然穀物を得ましたが、それを調理する必要があるのです。」王は言いました。「もし我が福徳が王にふさわしいならば、国中の人民に自然の食物を得させよう。」この言葉が終わると、領内すべての人々に自然の食物が与えられました。 さらに出遊すると、人々が機を織り、衣服を整えているのを見て尋ねました。「この人々はなぜ仕事をしているのか。」臣は「衣服を整えているのです。」と答えました。王は言いました。「もし我が福徳が王にふさわしいならば、国中のすべての木に自然の衣を生じさせよう。」この言葉を発すると、国中の木々がみごとな衣を生み出し、青・黄・赤・白と色は思いのままで、非常に柔らかでした。 さらに出遊すると、人々が競って楽器を作っているのを見て、王は尋ねました。「なぜそのようなことをするのか。」臣は「楽器を整えているのです。」と答えました。王は言いました。「もし我に福徳があり王にふさわしいならば、我が国中に木から思いのままの楽器を生じさせよう。」すると間もなく、諸王や臣民がこぞって祝賀に訪れました。ちょうど王の食事の時間であったため、彼らは留まって飲食を共にしました。その時、諸臣は王の食事が百味備わっているのをいただき、皆が申し上げました。「臣たちの家の食事は味が薄く劣っていますが、今いただく王の食事はその味が非凡です。」王は彼らに告げました。「あなた方臣民も、常に私のような食物を得たいと思うなら、私の食事の時間に食事をするようにしなさい。そうすれば皆が同じような食物を得られるでしょう。」そこで司る役人に命じ、食事の時間になると必ず大鼓を打ち鳴らさせ、すべての人民がそれを聞いて知るようにしました。私の食事の時間に食事をすれば、百味の上妙な供養を得られるだろう。それ以来、食事の際には鼓を打ち鳴らしました。すべての人民がその音を聞いて食事を望むと、百味の上膳が自然と目の前に現れました。人民は楽しみ豊かになりました。 ある時、梵天王が使いを蓋事王の国に遣わし、こう言わせました。「あなたの父が生きていた時、私は河をあなたの父に与えた。あなたの父は亡くなったのだから、今は私に返すべきだ。」蓋事王は使者に答えました。「私の領土も川も、力ずくで得たものではない。しかし私は王として民に労役を課さない。しばらく待て、後で王と会って話そう。」使者が帰って報告すると、王はその意を了承し、日を決めて会うことになりました。二人の王は進軍し、軍勢を従えて河の両岸にそれぞれ陣を張りました。二人の王は船で河の真ん中で会いました。 梵天王は初めて蓋事を見ると、その身は紫金山のように輝き、髪は紺琉璃の如く、その目は広く長く、人間には珍しいものでした。敬う心が内から湧き起こり、梵天かと思いました。挨拶を交わし、共に座り、両国の事情や水について話し合いました。蓋事は答えました。「我が国の人民は欲するものが自然に得られ、税や労役の負担もありません。」話が終わらないうちに食事の時が来ました。蓋事王の軍が食事のために鼓を打ち鳴らすと、梵天王は殺されると思い、驚いて謝罪し、羊の皮を四方に敷き、腹ばいになって地面にひれ伏しました。蓋事は自ら立ち上がり、彼を引き起こして再び座らせ、こう言いました。「大王よ、なぜそんなに恐れるのですか。我が軍は食事の時にいつも鼓を打ち鳴らします。そうすることで、私の食事の時に食事をすれば百味の上膳が得られるのです。」梵天王は再び立ち上がり、蓋事に申し上げました。「どうか大王よ、私と我が国の人々を広くお救いください。すべての者を従わせてください。民にあなたの恩恵が及びますように。」 こうして蓋事は閻浮提を治めるようになり、すべての人民は安楽を得ました。即位後は正殿に座り、群臣百官が宿直して侍り立ちました。日の出の時、金輪宝が東方から現れました。このように七宝が次々と現れ、四天下を統べ治めました。すべての衆生は王の恩徳により、欲するままに楽しみました。王は皆に十善を修行するよう教え、命終後は皆、天に生まれました。 仏は阿難に告げました。「剎羅伽梨王とは私のことである。罰闍建提王は今の父王であり、母は摩耶である。」（『賢愚経』第八巻より）