---
title: "經律異相 · 11 頂生金輪王愛別離苦"
description: "經律異相由南朝梁代高僧寶唱等人奉梁武帝之命編纂，成書於公元516年。該書是中國佛教史上第一部大型佛教類書，系統分類摘錄了佛經與律藏中的因果故事、譬喻及異事奇跡，共五十卷。其內容旨在通過生動事例闡釋佛教教義與戒律，便於弘法。該書保存了許多早期漢譯佛經的珍貴內容，對研究南北朝佛教思想、文學及社會觀念具有極高價值，被視為佛教重要工具書之一。"
url: "https://rushiwowen.co/ja/r/cmcwo20dx0mygjs04dvurpt8y"
---

### 頂生金輪王愛別離苦十一

> 転輪聖王・頂生王の別離の苦しみ（十一）

過去之世人壽無量。王名善住。其王爾時為太子治事。及登王位各八萬四千歲。時王頂上生一肉皰。其皰柔軟。如兜羅綿細軟劫貝。漸漸增長不以為患。足滿十月皰即開剖。生一童子。其形端正。人中第一。父王歡喜。字曰頂生。時善住王。即以國事而委付之。棄捨妻子入山學道。滿八萬四千歲。時頂生王。於十五日。在高樓上沐浴受齋。即於東方有金輪寶至。其輪千輻轂輞具足。不由工匠自然成就。而來應之。王作是念。我昔曾聞五通仙說。若剎利王。於十五日處高樓上沐浴受齋。若有金輪而來應者。當知得作轉輪聖帝。即試以左手擎之。右執香爐。右膝著地。而發誓言。是金輪寶若實不虛。應如過去轉輪聖王。即飛昇虛空周遍十方。還王左手王心知作轉輪聖王。其後不久復有象寶。如白蓮華。七枝柱地。王念。亦如仙說。十五日處在高樓沐浴受齋。王試擎香爐右膝著地。而發誓言。是白象寶若實不虛。應如過去轉輪聖王所行象。即旦至夕周遍八方。盡大海際還住本處。王大歡喜。復作是言。我今定是轉輪聖王。其後不久。次有馬寶。王又如前。復有女寶。形容端正微妙第一。以手觸王衣。時即知王身苦樂。亦知王心所緣。自然而有摩尼珠寶。如純青瑠璃。大如車輪照一由旬。若天降雨渧如車軸。是珠勢力能作大蓋。覆一由旬遮此大雨不令下過。王念如前。次有主藏臣。自然而出。多饒財寶無所闕少。眼見伏藏。隨王所念皆能辦之。即共乘船入於大海。告藏臣言。我今欲得珍異之寶藏。臣聞已即以兩手撓大海水。時十指頭出十寶藏。以奉聖王。而白王言。大王。所須隨意用之。其餘在者當沒大海。王大歡喜。次有主兵臣。自然而出。勇健猛略策謀第一。善知四兵。能令摧伏。已摧伏者力能守護。王告諸臣。汝等當知。此閻浮提安隱豐樂。我今七寶成就千子具足。更何所為。諸臣答言。唯然大王。東弗婆提西拘耶尼北欝單越。猶未歸德。王今應往。時王即與七寶一切營從飛空而往。四方人民歡喜歸德。復告大臣。我四天下安隱豐樂。人民熾盛咸已歸化。更何所為。諸臣答言。唯然聖王。三十三天壽長安樂。自恃天福未來歸化。今應往討令其摧伏。王復飛空上忉利天。見有一樹其色青綠。即問大臣。此是何色。大臣答曰。此是波利質多羅樹。忉利諸天夏三月日。常於其下娛樂受樂。又見白色猶如白雲。復問大臣。此是何色。大臣答言。是善法堂。忉利諸天常集其中論人天事。於是天主釋提桓因。知王在外既出迎逆。見已執手昇善法堂分座而坐。彼時二王形容相貌等無差別。唯有視眴為別異耳賢愚經云先身以豆散弗沙佛上四粒入鉢王四天下一粒在頂受樂二天王言。我今可住此中為天王不。時天帝釋。受持讀誦大乘經典為他宣說。唯於深義未盡通達。王於帝釋乃生惡心。即便墮落還閻浮提。與所愛念人天離別生大苦惱。復遇疾病即便命終。帝釋迦葉佛是。轉輪聖王即我身是出大涅槃經第十一卷。

> 昔、人の寿命が限りなく長かった時代があった。その時の王の名は善住といった。その王は太子として国を治め、王位に就いてから、それぞれ八万四千年の間、統治した。 ある時、王の頭の上に一つの肉の瘤ができた。その瘤は柔らかく、綿のように細かくて柔らかかった。それは徐々に大きくなっていったが、王にとって苦痛はなかった。満十ヶ月が経つと、その瘤は裂け開き、一人の童子が生まれた。その姿かたちは端正で、人の中で最も優れていた。父王は大いに喜び、名を「頂生」と名付けた。 そこで善住王は、国政を頂生に委ね、妻子を捨てて山に入り、学道に専念した。八万四千年が過ぎた時、頂生王は十五日の日に高楼の上で身を清め、斎戒を行っていた。すると東方から金輪宝が現れた。その輪は千の輻（や）を持ち、轂（こく）と輞（ぼう）が完全に整い、工匠の手を借りずに自然に完成していた。それが王のもとに来た。 王はこう思った。「私は以前、五通の仙人がこう言うのを聞いたことがある。『もし刹利王が十五日の日に高楼の上で沐浴し斎戒を行い、金輪が現れたならば、その王は転輪聖王となるであろう』と。」そこで王は試しに左手でその輪を捧げ持ち、右手で香炉を取り、右膝を地につけて誓いを立てた。「この金輪宝が真実で偽りないならば、かつての転輪聖王のように、虚空に飛び上がって十方に巡り、再び私の左手に帰ってくるように。」すると、その金輪は虚空に飛び上がり、十方を行き巡って、王の左手に戻ってきた。王は自分が転輪聖王となったことを悟った。 そのすぐ後、さらに白蓮華のような象宝が現れた。その足は七本が地を支えていた。王はまた仙人の言葉を思い出し、十五日の日に高楼で沐浴し斎戒を行い、香炉を捧げて右膝を地につけ、誓いを立てた。「この白象宝が真実で偽りないならば、かつての転輪聖王が乗った象のように、朝から夕方まで八方を巡り、大海の果てまで行って、再び元の場所に戻ってくるように。」すると象はその通りに行動した。王は大いに喜び、こう言った。「私は今、確かに転輪聖王となったのだ。」 その後、さらに馬宝が現れた。王はまた同様に誓った。さらに女宝が現れた。その姿かたちは端正で微妙極まりなく、第一のものであった。この女宝は王の衣に手を触れると、直ちに王の体の苦楽を知り、また王の心の思いも知った。そして自然に摩尼珠宝が現れた。それは純粋な青瑠璃のようであり、大きさは車輪ほどで、一由旬を照らした。天から車軸ほどの太さの雨が降っても、この珠の力で大きな蓋を作り、一由旬を覆って大雨を遮り、下に落ちないようにした。王は以前と同じように誓った。 次に主蔵臣が自然に現れた。彼は多くの財宝を擁し、何一つ欠けることがなかった。彼は地下に隠された宝を見ることができ、王の思いのままにそれを取り出すことができた。ある時、王と共に船で大海に入り、王が宝を所望すると、蔵臣は両手で海水をかき分け、十本の指の先から十の宝蔵を現し、聖王に捧げて言った。「大王よ、お望みのままにこれをお使いください。残りは海に沈めておきます。」王は大いに喜んだ。 次に主兵臣が自然に現れた。彼は勇猛で策略に長け、軍を率いることに最も優れていた。彼は四兵を巧みに扱い、敵を打ち負かすことができ、既に打ち負かした者をしっかりと守ることもできた。王は諸臣に告げた。「あなたたちは知っているだろう。この閻浮提（人間世界）は安穏で豊かである。私は今、七宝を成就し、千人の子を有している。他に何を為すべきか。」諸臣は答えた。「大王よ、東方の弗婆提、西方の拘耶尼、北方の欝単越は、まだ王の徳に帰依しておりません。今こそ赴かれるべきです。」 そこで王は七宝とすべての従者と共に虚空を飛んで四方に向かった。四方の人々は喜んで王の徳に帰依した。王はさらに大臣に告げた。「私は四天下を安穏で豊かにし、人民は盛んになり、皆帰依した。他に何を為すべきか。」諸臣は答えた。「聖王よ、三十三天（忉利天）の者たちは寿命が長く安楽であり、自分の天の福に頼って、まだ帰依しておりません。今こそ征伐して屈服させるべきです。」 そこで王は再び虚空に飛んで忉利天に至った。そこに青緑色の木があるのを見て、大臣に尋ねた。「これは何の色か。」大臣は答えた。「これは波利質多羅樹というものです。忉利天の天人は、夏の三ヶ月の間、常にこの木の下で楽しみ、娯楽に興じます。」さらに、白雲のような白いものを見て尋ねると、大臣は答えた。「それは善法堂です。忉利天の天人は常にそこに集まり、人間や天界の事を議論します。」 そこへ天主である釈提桓因（帝釈天）が王が来ていることを知り、迎えに出てきた。王を見ると、手を取って善法堂に昇り、席を分けて座った。その時、二人の王の姿や相は全く同じで、違いは全く見えなかった。ただ、瞬きの仕方だけがわずかに異なっていた。 <note>賢愚経によれば、前世で豆を弗沙仏に撒いたところ、四粒が鉢に入り、その功徳で四天下を治める王となり、一粒は頭頂に留まり、二天の楽しみを得たという。</note> 王は言った。「私はこのままここに留まり、天王となることができるだろうか。」しかし、その時、帝釈天は大乗経典を受持・読誦し、他の人々に説いていたが、深い意味については完全には理解していなかった。王は帝釈天に対して悪心を起こした。そのためすぐに堕落して閻浮提に戻り、愛する人や天の人々と別れて大きな苦しみを味わった。さらに病気にかかり、そのまま命を終えた。 帝釈天は迦葉仏のことである。転輪聖王は私自身のことである。 <note>大涅槃経第十一巻より引用。</note>