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title: "十誦律 · 2"
description: "十誦律是佛教根本廣律之一，屬說一切有部，由弗若多羅與鳩摩羅什於後秦弘始年間在長安譯出。此律在姚興支持下系統傳譯，記載佛陀為僧團制定的戒條、儀規及制戒因緣，共十誦篇章，涵蓋比丘戒相、羯磨、布薩等內容。作為漢傳佛教四大廣律之一，十誦律為研究早期戒律與僧伽制度提供了重要文獻，對中國律宗形成與戒律實踐影響深遠。"
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## 十誦律卷第二初誦之二

> 十誦律 巻第二（初誦之二）

後秦北印度三藏弗若多羅譯

### 明四波羅夷法之二

> 四波羅夷法（明）その二

佛在跋耆國跋求摩河上，是時佛語諸比丘：「修習不淨觀得大果大利。」諸比丘作是念：「世尊教我等修習不淨觀得大果大利，我等當勤修習。」諸比丘作是念已，勤修習不淨觀，深懷厭惡慚愧是身，譬如年少自喜嚴飾、洗浴身體、剪爪治鬚髮、著好衣服、以香塗身，若以死蛇、若以死狗、或以死人臭爛青瘀、鳥獸所食膿血蟲出以繫其頸，厭惡臭屍深懷慚愧。是諸比丘深修不淨觀故，慚愧厭惡亦復如是。爾時或有比丘發心欲死、歎死、求刀自殺、或服毒藥、或有自繫、或投高崖、或有比丘轉相害命。有一比丘勤修不淨觀，深得厭惡慚愧臭身，便往鹿杖梵志所讚言：「善人！汝能殺我，與汝衣鉢。」時彼梵志即以利刀而斷其命。有血污刀，持至跋求摩河上洗之。有魔天神從水中出，住水上讚梵志言：「善人！汝得大福德，是沙門釋子未度者度、未脫者脫，兼得衣鉢。」時彼梵志生惡邪見自謂：「審爾。」便挾刀去，從房至房、從經行處至經行處，唱言：「誰未度者，我當度之。誰未脫者，我當脫之。」時諸比丘勤修不淨觀故厭惡臭身，從住處出至梵志所讚言：「善人！可斷我命。」時彼梵志尋斷其命，如是二三乃至六十，以是因緣僧遂減少。月十五日說戒時至眾僧減少，佛知故問阿難言：「今說戒日眾僧都集，何故減少？」阿難白言：「世尊一時教諸比丘深修習不淨觀得大果大利，是諸比丘即勤修不淨觀，厭惡臭身，譬如年少自喜嚴飾、洗浴身體剪爪、治鬚髮、著好衣服、以香塗身，若以死蛇、若以死狗、或以死人臭爛青瘀、鳥獸所食、膿血蟲出以繫其頸，是人厭惡深懷慚愧。是諸比丘修不淨觀，厭惡慚愧亦復如是。爾時或有發心欲死、歎死、求刀自殺、或服毒藥、或有自繫、或投高崖、或有比丘轉相害命。有一比丘，勤修不淨觀故，深得厭惡慚愧臭身，便往鹿杖梵志所讚言：『善人！汝能殺我，與汝衣鉢。』時彼梵志尋以利刀斷是比丘命。有血污刀，持至跋求摩河上洗之。有魔天神從水中出，住水上讚梵志言：『汝得大福德！是持戒沙門釋子未度者度、未脫者脫，兼得衣鉢。』時彼梵志即生惡邪見自謂：『審爾。』便挾刀去從房至房、從經行處至經行處，即大唱言：『誰未度者？我當度之。誰未脫者？我當脫之。』時諸比丘勤修不淨觀故，深得厭惡慚愧臭身，從住處出至梵志所讚言：『善人！可斷我命。』時彼梵志尋斷其命，如是二、三乃至六十，故僧減少。唯願世尊為諸比丘說餘善道，安樂住法無有厭惡，諸惡法生即能除滅。」

> ある時、仏は跋耆国の跋求摩川のほとりに滞在しておられた。その時、仏は比丘たちにこう告げられた。「不浄観を修行すれば、大きな果報と大きな利益を得られる。」比丘たちはこう考えた。「世尊は、不浄観を修行すれば大きな果報と大きな利益を得られるよう教えてくださった。私たちは努めて修行しよう。」そう考えた比丘たちは、懸命に不浄観を修行し、この身体に対する深い嫌悪と恥辱の念を抱くようになった。それはちょうど、若者が自らを飾り立てて喜び、身体を洗い、爪を切り、髪やひげを整え、美しい衣服を着て香を塗っているところに、死んだ蛇や死んだ犬、あるいは腐って青黒く変色し、鳥や獣に食い荒らされ、膿や血が流れ出て虫が湧いた死体を首に吊るされたら、その腐った死体を嫌悪し、深い恥辱を感じるのと同じである。比丘たちは深く不浄観を修行したため、恥辱と嫌悪の念もまた、まさにそのようであった。 そんな時、ある比丘は死を望み、死を称賛し、刀を求めて自殺しようとしたり、毒薬を服したり、首を吊ったり、高い崖から飛び降りたりした。また、比丘の中には互いに命を奪い合う者もいた。 ある一人の比丘が、懸命に不浄観を修行した結果、この臭い身体に深い嫌悪と恥辱を感じ、鹿杖梵志（鹿の杖を使う修行者）のところへ行ってこう言った。「善き人よ、あなたは私を殺してください。そうすれば、あなたに私の衣と鉢を与えましょう。」その時、梵志は鋭い刀でその比丘の命を断った。刀は血で汚れたので、彼はそれを跋求摩川の水で洗った。すると、魔性の天人が水中から現れ、水面に立ち止まって梵志にこう賛嘆した。「善き人よ、あなたは大きな功徳を得た。この沙門・釈子のうち、まだ超えていない者を超えさせ、まだ解脱していない者を解脱させ、さらに衣と鉢も手に入れたのだ。」その時、梵志は悪しき邪見を生じ、「確かにその通りだ」と自ら思った。そして刀を脇に挟んで、部屋から部屋へ、経行の場所から経行の場所へと渡り歩き、大声で叫んだ。「まだ超えていない者は誰か？ 私が超えさせよう。まだ解脱していない者は誰か？ 私が解脱させよう。」その時、比丘たちは懸命に不浄観を修行したためにこの臭い身体を嫌悪し、住処から出て梵志のもとへ行き、こう言った。「善き人よ、私の命を断ってください。」その時、梵志はすぐにその比丘の命を断った。こうして二、三度と繰り返され、ついには六十人にまで及んだ。この因縁によって、僧団は次第に減少していった。 月の十五日、説戒の日が来て、大勢の僧が集まったが、仏は人数が減っているのを知って、阿難に問われた。「今日は説戒の日で、大勢の僧が集まっているが、どうして人数が減っているのか？」阿難は申し上げた。「世尊がかつて、比丘たちに『深く不浄観を修行すれば、大きな果報と大きな利益を得られる』とお教えになりました。その比丘たちはすぐに懸命に不浄観を修行し、この臭い身体を嫌悪しました。それはちょうど、若者が…（中略）…梵志はすぐに鋭い刀でその比丘の命を断ちました。刀は血で汚れたので、彼はそれを跋求摩川の水で洗いました。すると、魔性の天人が水中から現れ、水面に立ち止まって梵志にこう言いました。『あなたは大きな功徳を得た。この戒を保つ沙門・釈子のうち、まだ超えていない者を超えさせ、まだ解脱していない者を解脱させ、さらに衣と鉢も手に入れたのだ。』その時、梵志は悪しき邪見を生じ、『確かにその通りだ』と自ら思い、刀を脇に挟んで部屋から部屋へ、経行の場所から経行の場所へと渡り歩き、大声で叫びました。『まだ超えていない者は誰か？ 私が超えさせよう。まだ解脱していない者は誰か？ 私が解脱させよう。』その時、比丘たちは懸命に不浄観を修行したためにこの臭い身体を嫌悪し、住処から出て梵志のもとへ行き、『善き人よ、私の命を断ってください』と言いました。その時、梵志はすぐにその比丘の命を断ちました。こうして二、三度と繰り返され、ついには六十人にまで及んだのです。そのため、僧団は減少しました。どうか世尊よ、比丘たちのために、嫌悪を生じさせない、他の善き道と安楽に住する法をお説きください。そして、生じた悪い法は即座に除き滅ぼしていただきたく存じます。」

佛語阿難：「更有善道，安樂行法無有厭惡，諸惡法生即能除滅。」「世尊！云何善道，安樂住法無有厭惡，諸惡法生即能滅除？」佛告阿難：「有阿那般那念，名為善道，安樂住法。所以者何？諸惡法生即能除滅，無厭惡故。」「世尊！云何修習阿那般那念，名為善道，安樂住法，諸惡法生即能除滅，無有厭惡？」佛語阿難：「若有比丘隨其所依城邑聚落止住，晨朝時到著衣持鉢，攝身諸根繫念一心入村乞食。食已若在空處、若在樹下、若在空舍，敷尼師壇正坐端身繫念在前，除世貪嫉，於他財物遠離貪著，如是行者則能捨離瞋恚、睡眠、調戲、疑悔，是諸陰蓋能煩惱心、使慧力羸、不至涅槃，是故當除。若息入時當一心知入，若息出時當一心知出，若長、若短、若息入遍身，當一心知從一切身入，若息出遍身，當一心知從一切身出。除身行時，當一其心念出入息。受喜時、受樂時、受心行時、除心行時，當一其心念出入息。覺心時、令心喜時、令心攝時、令心解脫時，當一其心念出入息。觀無常、觀變壞、觀離欲、觀滅盡、觀捨離，當一其心念出入息。阿難！是名善道安樂行法，諸惡法生即能除滅，無有厭惡。」爾時佛語諸比丘：「當勤修習阿那般那念得大果大利。」時諸比丘各作是念：「世尊為我等讚歎修習阿那般那念得大果大利，我等當勤修習。」作是念已，即勤修習阿那般那念，便得無量種種知見作證。佛知多有比丘得漏盡道成阿羅漢，以是因緣集比丘僧種種呵責：「云何名比丘，求刀自殺、歎死、教死？」種種呵已語諸比丘：「以十利故與諸比丘結戒。從今是戒應如是說：若比丘，若人、若人類，故自奪命、若持刀與、教死、歎死，作如是言：『人用惡活為？寧死勝生。』隨彼心樂死，種種因緣教死、歎死，死者，是比丘波羅夷不應共住。」

> 仏は阿難に告げられた。「さらに善い道がある。安楽に修行でき、嫌気がさすことなく、生じてくるあらゆる悪い法をたちまちに除き滅ぼすことができる。」 「世尊よ。どのようなものが、その善い道であり、安楽に住する法で、嫌気がささず、生じた悪い法を除き滅ぼすことができるのでしょうか。」 仏は阿難に答えられた。「阿那般那念（あんなんぱなねん：呼吸に気づく修行）がある。これこそが善い道であり、安楽に住する法である。なぜなら、生じてくるあらゆる悪い法を除き滅ぼすことができ、しかもそれに嫌気がさすことがないからである。」 「世尊よ。では、どのようにして阿那般那念を修習すれば、それが善い道となり、安楽に住する法となり、生じた悪い法を除き滅ぼし、嫌気がさすことがなくなるのでしょうか。」 仏は阿難に告げられた。「ある比丘が、そのよりどころとする町や村に滞在しているとする。朝の時が来れば、衣を着け、鉢を持ち、身の諸根（感覚器官）を落ち着け、心を一つの対象に集中して村に托鉢に入る。食事を終えたなら、あるいは空いている場所、あるいは木の下、あるいは空き家において、座布団を敷き、からだをまっすぐに正して座り、こころを目前にしっかりと集中する。世間における貪りや嫉みを取り除き、他人の財物に対しては貪りの執着から遠く離れる。このように修行するならば、怒り、眠気、浮ついた心、後悔といった、心を煩わせ、智慧の力を弱らせ、涅槃に至らせないこれらの五つの障害（五蓋）を捨て離れることができる。ゆえにこれらを取り除くべきである。 息が入ってくるときは、一心にその入ってくることを知る。息が出ていくときは、一心にその出ていくことを知る。息が長いとき、短いとき、あるいは息がからだ全体に入り渡るときは、一心に全身から入ることを知る。息がからだ全体に出ていくときは、一心に全身から出ていくことを知る。 からだの働きを静めるときは、こころを一つにして、出入りの息を観じる。 喜びを感じるとき、楽を感じるとき、こころの働きを感じるとき、こころの働きを静めるときは、こころを一つにして出入りの息を観じる。 こころを自覚するとき、こころを喜ばせるとき、こころを集中させるとき、こころを解脱させるときは、こころを一つにして出入りの息を観じる。 無常を観じるとき、変化し壊れていくことを観じるとき、欲望を離れることを観じるとき、消え去ることを観じるとき、捨て離れることを観じるときは、こころを一つにして出入りの息を観じる。 阿難よ。これこそを、善い道であり安楽に修行する法であり、生じてくる悪い法を除き滅ぼし、嫌気がさすことがない、と言うのである。」 その時、仏は比丘たちに告げられた。「あなたがたは、この阿那般那念を熱心に修習しなさい。そうすれば大きな果報と大きな利益を得られるであろう。」 その時、比丘たちはそれぞれこう思った。「世尊は、阿那般那念の修習を褒め称え、大きな果報と大きな利益を得られるとおっしゃった。私たちも熱心に修習しよう。」こう思って、彼らは直ちに阿那般那念を熱心に修習し、数え切れないほどの様々な知見を証得した。 仏は、多くの比丘が煩悩を尽くす道を完成させ、阿羅漢となったことを知られた。この因縁によって、比丘の僧伽を集め、様々に呵責された。「どうして比丘と名乗りながら、刀を求めて自殺したり、死を賛美したり、死ぬことを教えたりするのか。」 様々に呵責された後、比丘たちに告げられた。「十の利益のために、比丘たちに戒を定める。今日からこの戒は次のように説かれるべきである。 もし比丘が、人あるいは人間のような存在に対して、故意に自らの命を絶とうとしたり、刃物を与えたり、死を教えたり、死を賛美したりして、『人がどうしてこんな悪い生き方を続けるのか。死んだほうが生きているよりましだ。』などと言い、その心が死を望むのに従って、様々な因縁によって死を教え、死を賛美するならば、死んだ場合、その比丘は波羅夷（ぼろい：僧団からの追放）となり、共に住むことはできない。」

奪命者，自奪、若教他奪。是中云何犯罪？比丘有三種奪人命，波羅夷：一者自，二者教，三者遣使。自者，自身作、自身奪他命。教者，教語他言：「捉是人，繫縛奪命。」遣使者，語他人言：「汝識某甲不？汝捉是人，繫縛奪命。」是使隨語奪彼命時，比丘得波羅夷。

> 命を奪うことについて、自ら奪うか、他人に教えて奪わせる場合がある。ここで、どのような場合に罪となるのか？比丘（僧侶）が人の命を奪う場合、以下の三つのケースで波羅夷（最も重い罪）となる。一つ目は自ら行う場合、二つ目は教える場合、三つ目は使者を遣わす場合である。 「自ら」とは、自分自身の手で、相手の命を奪うことである。「教える」とは、相手に「その人を捕まえて縛り、命を奪え」と指示することである。「使者を遣わす」とは、他人に「あなたはあの人を知っているか？その人を捕まえて縛り、命を奪え」と命じ、使者がその指示通りに相手の命を奪った時、比丘は波羅夷の罪となる。

復有三種奪人命：一者用內色，二者用非內色，三者用內非內色。內色者，比丘用手打他，若足、若頭、若餘身分，作如是念：「令彼因死。」彼因死者，是比丘波羅夷。若不即死，後因是死，亦波羅夷。若不即死，後不因死，得偷蘭遮。用不內色者，若比丘以木、瓦、石、刀槊、弓箭，若木段、白鑞段、鉛錫段遙擲彼人，作如是念：「令彼因死。」彼因死者，波羅夷。若不即死，後因是死，亦波羅夷。若不即死，後不因死，偷蘭遮。用內非內色者，若比丘以手捉木、瓦、石、刀槊、弓箭。若木段、白鑞段、鉛錫段打他，作如是念：「令彼因死。」彼因死者，波羅夷。若不即死，後因是死，亦波羅夷。若不即死，後不因死，偷蘭遮。復有比丘，不以內色、不以非內色、亦不以內非內色，為殺人故合諸毒藥，若著眼中、耳中、鼻中、口中；若著男女根中、身上、若著瘡中、若著餅肉中、羹飯粥中、若被褥中、大車、小車、臥具、輦輿、步挽車中，作如是念：「令彼因死。」彼因死者，波羅夷。若不即死，後因是死，亦波羅夷。若不即死，後不因是死，偷蘭遮。

> さらに、命を奪う方法には三種類ある。第一は身体の一部を用いる方法、第二は身体以外の物を用いる方法、第三は身体の一部と物を併用する方法である。 身体の一部を用いる方法とは、比丘が手や足、頭、その他の身体の部位で相手を打ち、「これによって相手が死ぬように」と意図することである。もしその行為が原因で相手が即座に死んだ場合、その比丘は波羅夷（最も重い罪）となる。即座に死なずとも、その後その傷が原因で死んだ場合も波羅夷である。しかし、即座に死なず、その後も死に至らなかった場合は、偷蘭遮（重い罪）となる。 身体以外の物を用いる方法とは、比丘が木、瓦、石、刀、槍、弓矢、または木片、白鑞片、鉛錫片などを相手に投げつけ、「これによって相手が死ぬように」と意図することである。その行為が原因で即座に死んだ場合は波羅夷。即座に死なずとも、その後死に至った場合も波羅夷。死ななかった場合は偷蘭遮である。 身体の一部と物を併用する方法とは、比丘が手で木、瓦、石、刀、槍、弓矢、または木片、白鑞片、鉛錫片などを握って相手を打ち、「これによって相手が死ぬように」と意図することである。その行為が原因で即座に死んだ場合は波羅夷。即座に死なずとも、その後死に至った場合も波羅夷。死ななかった場合は偷蘭遮である。 また、これらいずれの方法も用いずに、比丘が殺意をもって毒薬を調合し、それを相手の目、耳、鼻、口、性器、身体、傷口、または餅や肉、汁物、粥、敷物、大きな車、小さな車、寝具、輦輿（輿）、歩挽車（引車）などに仕掛け、「これによって相手が死ぬように」と意図することもある。その毒によって即座に死んだ場合は波羅夷。即座に死なずとも、その後死に至った場合も波羅夷。死ななかった場合は偷蘭遮となる。

復有比丘，不以內色、不以非內色、亦不以內非內色、亦不以毒藥，為殺人故，作憂多殺、頭多殺、作弶、作羂、作撥、作毘陀羅殺、半毘陀羅殺、斷命殺、墮胎殺、按腹殺、推著火中、推著水中、推著坑中，若遣令去就道中死，乃至胎中初受二根、身根、命根，於中起方便殺。

> さらに別の比丘がいたとする。この比丘は、人を殺すために、自分の内側の色（自分の肉体）や、他人の内側の色（他人の肉体）、あるいはその両方を使って殺すのではなく、毒薬を使って殺すのでもない。彼が行う殺害の手段は以下の通りである。「憂多殺（毒薬を用いる呪術）」・「頭多殺（同じく呪術）」・「罠を仕掛ける」・「縄を掛ける」・「打ち落とす」・「ヴィドーラ殺（呪詛による殺害）」・「半ヴィドーラ殺（同じく）」・「直接命を断つ殺害」・「堕胎による殺害」・「腹を押す殺害」・「火の中に突き落とす」・「水の中に突き落とす」・「穴に突き落とす」、あるいは「人を行かせて途中で死なせる」。 このようにして、胎内で最初に受けた二つの根（身根と命根）の時点から、殺害のための方便を起こすのである。

憂多者，有比丘知是人從此道來，於中先作無煙火坑，以沙土覆上。若心念若口說：「以是人從此道來故，我作是坑。」是名成憂多。若是人因是死者，比丘得波羅夷。若不即死，後因是死，亦波羅夷。若不即死，後不因死，偷蘭遮。若比丘為人作坑，人死者，波羅夷。非人死者，偷蘭遮。畜生死者亦偷蘭遮。若為非人作坑，非人死者，偷蘭遮。人死者，突吉羅。畜生墮死，亦突吉羅。若比丘為畜生作坑，畜生墮死，波夜提。若人墮死，突吉羅。非人墮死，亦突吉羅。若比丘不定為一事作，諸有來者皆令墮死。人死者，波羅夷。非人死者，偷蘭遮。畜生死者，波夜提。都無死者，偷蘭遮突吉羅。是名憂多。

> \*\*憂多（仕掛けられた罠）について\*\* ある比丘が、「あの人はこの道を通ってくる」と知って、その道に煙が出ない落とし穴を掘り、砂や土で覆い隠す。もし心の中で、あるいは言葉で、「あの人がこの道を通るから、この穴を仕掛けよう」と思い、そう言ったなら、これを「憂多（仕掛けられた罠）」という。 もしその人がこれによって死んだなら、その比丘は波羅夷（最重の罪）となる。 すぐには死ななかったが、後日にこの罠が原因で死んだ場合も、波羅夷となる。 すぐには死なず、その後もその罠が原因で死ななかった場合は、偷蘭遮（重罪）となる。 比丘が人のために罠を作り、人が死んだ場合は波羅夷。 人間ではない生き物（非人）が死んだ場合は偷蘭遮。 畜生が死んだ場合も偷蘭遮。 非人のために罠を作り、非人が死んだ場合は偷蘭遮。 人が死んだ場合は突吉羅（軽い罪）。 畜生が落ちて死んだ場合も突吉羅。 比丘が畜生のために罠を作り、畜生が落ちて死んだ場合は波夜提（比較的軽い罪）。 人が落ちて死んだ場合は突吉羅。 非人が落ちて死んだ場合も突吉羅。 比丘が特定の相手のためにではなく、「来る者すべてを落として死なせよう」と思って罠を作った場合、 人が死んだなら波羅夷。 非人が死んだなら偷蘭遮。 畜生が死んだなら波夜提。 誰も死ななかった場合は偷蘭遮と突吉羅となる。 これが憂多（仕掛けられた罠）に関する教えである。

頭多者有二種：一者地，二者木。地頭多者，若比丘作坑，埋人脚踝、若埋膝、若腰、若臍、若腋至頸，如是埋已，令象蹴蹋、令馬駱駝牛驢蹴蹋、若令毒蛇蜈蚣往嚙，作如是念：「令彼因死。」彼因死者，比丘得波羅夷。若不即死，後因是死，亦波羅夷。若不即死，後不因是死，偷蘭遮。是名地頭多。木頭多者，有比丘穿木作孔，若桁人脚杻手枷頸，如是繫已，令象馬、駱駝、牛驢蹴蹋，若令毒蛇蜈蚣往嚙，作如是念：「令彼因死。」彼因死者，波羅夷。若不即死，後因是死，亦波羅夷。若不即死，後不因死，偷蘭遮。是名木頭多。

弶者，有比丘知是人從此道來，於中依樹、依柱、依石、依壁、若依木段、白鑞段、鉛錫段，是中施弶，若心念、若口說：「為是人從此道來故作弶。」令彼因死者，比丘得波羅夷。若不即死，後因是死，亦波羅夷。若不即死，後不因死，偷蘭遮。若為人作弶，人死者，波羅夷。非人及畜生死者，偷蘭遮。若為非人作弶，非人死者，偷蘭遮。人及畜生死者，突吉羅。若為畜生作弶，畜生死者，波逸提。人及非人死者，突吉羅。若不定為一事作，諸有來者皆令墮死，若人死者，波羅夷。非人死者，偷蘭遮。畜生死者，波夜提。都不死者，偷蘭遮突吉羅，是名為弶。

羂者，有比丘知是人從此道來，若依樹、依柱、依石、依橛、依壁、依木段、白鑞段、鉛錫段，是中施羂，若心念若口說：「為是人從此道來故作羂。」是羂事成，彼因死者，比丘得波羅夷。若不即死，後因是死，亦波羅夷。若不即死，後不因死，偷蘭遮。若比丘為人故作羂，人死者，波羅夷。非人死者，偷蘭遮。畜生死者亦偷蘭遮。為非人作羂，非人死者，偷蘭遮。人及畜生死者，突吉羅。為畜生作羂，畜生墮死，波夜提。人及非人死者，突吉羅。若比丘不定為一事作羂，諸有來者皆令墮死者，若人死者，波羅夷。非人死者，偷蘭遮。畜生死者，波夜提。都無死者，偷蘭遮突吉羅。是名為羂殺。

撥者，若比丘知是人從此道來，若依樹、依柱、依橛、依石、依壁、依木段、白鑞段、鉛錫段，是中施機撥。若心念若口說：「為是人從此道來故作撥。」是撥事成，彼因死者，比丘得波羅夷。若不即死，後因是死，亦波羅夷。若不即死，後不因死，偷蘭遮。若比丘為人故作撥，人死者，波羅夷。非人及畜生死者皆偷蘭遮。為非人作撥，非人死者，偷蘭遮。人及畜生死者，突吉羅。為畜生作撥，畜生死者，波夜提。人及非人死者，突吉羅。若比丘不定為一事作撥，諸有來者皆令墮死，若人死者，波羅夷。非人死者，偷蘭遮。畜生死者，波夜提。都無死者，偷蘭遮突吉羅。是名為撥。

毘陀羅者，有比丘以二十九日，求全身死人召鬼呪尸令起，水洗著衣著刀手中。若心念若口說：「我為某故作毘陀羅。」即讀呪術，是名毘陀羅成。若所欲殺人，或入禪定、或入滅盡定、或入慈心三昧，若有大力呪師護念救解，若有大力天神守護，則不能害。是作呪比丘，先辦一羊、若得芭蕉樹，若不得殺前人者，當殺是羊、若殺是樹，如是作者善；若不爾者還殺。是比丘是名毘陀羅。

半毘陀羅者，有比丘二十九日作鐵車，作鐵車已作鐵人，作鐵人已召鬼，呪鐵人令起，水洗著衣繫刀著鐵人手中。若心念若口說：「我為某故作是半毘陀羅。」讀是呪術，是名半毘陀羅成。若所欲殺人，入禪定、入滅盡定、入慈心三昧，若有大力呪師護念救解，若有大力天神守護，則不能害。是作呪比丘先辦一羊、若得芭蕉樹，若不得殺前人者，當殺是羊、若殺是樹，如是作者善；若不爾者還殺。是比丘是名半毘陀羅。

斷命者，若比丘以其二十九日，牛屎塗地酒食著中，然火已尋著水中。心念、口說讀呪術言：「如火水中滅，某甲人命亦如是滅。」若火滅時彼命隨滅。又如比丘二十九日，牛屎塗地酒食著中，畫作所欲殺人形像，作是像已尋還撥滅，心念口說讀呪術言：「如是像滅，彼命亦滅。」若像滅時彼命隨滅。有如比丘二十九日，牛屎塗地酒食著中，以針刺衣角頭尋還拔出，心念口說讀呪術言：「如是針出，彼命隨出。」是針出時彼命隨出。是名斷命。

墮胎者，有比丘與有胎女人吐下藥、灌鼻藥、灌大小便處藥、若針血脈、若出眼淚、若消血藥，作是念：「以是因緣令女人死。」死者，波羅夷。若不即死，後因是死，亦波羅夷。若不即死，後不因是死，偷蘭遮。若是比丘為殺彼母故令墮胎，若母死者，波羅夷。若胎死者，偷蘭遮。若俱死者，波羅夷。俱不死者，偷蘭遮。若比丘為殺胎故作墮胎法，若胎死者，波羅夷。母死者，偷蘭遮。俱死者，波羅夷。俱不死者，偷蘭遮。是名墮胎。

按腹者，有比丘使懷妊女人重作、或擔重物、教使在車前走、若令上峻岸，作是念：「以此因緣令女人死。」死者，波羅夷。若不即死，後因是死，亦波羅夷。若不即死，後不因是死，偷蘭遮。若比丘為母故按腹，母死者，波羅夷。胎死者，偷蘭遮。俱死者，波羅夷。俱不死者，偷蘭遮。若為胎故按腹，胎死者，波羅夷。母死者，偷蘭遮。俱死者，波羅夷。俱不死者，偷蘭遮。是名按腹。

推墮火中者，推木火中、草火中、牛屎火中、䴸糠火中，作如是心念：「令彼因是死。」彼因是死者，波羅夷。若不即死，後因是死者，波羅夷。若不即死，後不因死，偷蘭遮。是名墮火。

推墮水中者，推大池中、大海中、深泉中、陂水中、大深井中、深河渠中，乃至面沒水中，作如是念：「令彼因是死。」死者，波羅夷。若不即死，後因是死，波羅夷。若不即死，後不因死，偷蘭遮。是名墮水。

高上推墮下者，高山、高岸、殿舍、牆壁、深坑，作如是念：「令彼因是死。」死者，波羅夷。若不即死，後因是死，波羅夷。若不即死，後不因死，偷蘭遮。

遣令道中死者，有比丘知是道中有惡賊、惡獸、飢餓，遣令往至此惡道中，作如是念：「令彼惡道中死。」死者，波羅夷。若不即死，後因是死，波羅夷。若不即死，後不因死，偷蘭遮。是名遣令道中死。

乃至胎中初得二根者，謂身根、命根。迦羅羅時，以殺心起方便欲令死，死者，波羅夷。若不即死，後因是死，波羅夷。若不即死，後不因死，偷蘭遮。

佛語諸比丘：「求刀有二種：一者自求，二者教人求。讚歎有三種：一者惡戒人，二者善戒人，三者病人。」

惡戒人者，殺牛、殺羊、養雞、養猪、放鷹、捕魚、獵師圍兔、偷賊、魁膾、呪龍、守獄，有比丘到惡戒人所，作如是言：「汝等惡戒人，何以久作罪？不如早死。」是人因是死者，比丘得波羅夷。若不即死者，偷蘭遮。若惡戒人作如是言：「我不用是比丘語。」不因死者，比丘得偷蘭遮。若比丘讚歎是人令死，便心悔作是念言：「我何以教是人死。」還到語言：「汝等惡人，或以善知識因緣故，親近善人得聽善法，能正思惟得離惡罪，汝勿自殺。」若是人受比丘語，不因死者，比丘得偷蘭遮。

善戒者，比丘、比丘尼、優婆塞、優婆夷。有比丘到諸善人所，作如是言：「汝持善戒有福德人，若死便受天福。汝等何不自奪命？」是人因是自奪命者，比丘得波羅夷。若不自奪命，偷蘭遮。若善戒人作是念：「我何以受是比丘語自奪命？」不因死者，偷蘭遮。若比丘教他死已，心生悔言：「我不是！何以教此善人死。」還往語言：「汝善戒人隨壽命住福德益多，福德多故受福亦多，莫自奪命。」不因死者，偷蘭遮。

病者，四大增減受諸苦惱，比丘語是人言：「汝云何能久忍是苦惱？何不自奪命？」因是死者比丘，得波羅夷。若不死者，偷蘭遮。若是病人作是念：「我何緣受是比丘語自奪命？」不因死者，偷蘭遮。若比丘心悔：「我不是！何以教此病人自殺？」還往語言：「汝等病人，或得良藥、善看病人、隨病飲食，病可得差，莫自奪命。」病人不因死者，偷蘭遮。是名三種讚死。

迦留陀夷恒出入一居士舍，晨朝時到著衣持鉢往至其舍。是家婦有未斷乳兒，持著床上以疊覆之捨去。迦留陀夷門下彈指，婦人出看言：「大德！入坐此床上。」迦留陀夷不看，便坐兒上，腸出大喚。婦言：「此有小兒。」比丘身重小兒即死。作是事已還到寺中，語諸比丘：「我今日作如是事。」諸比丘以是事白佛，佛知而故問：「汝以何心作？」答言：「我不先看床上便坐。」佛言：「無犯。從今當先看床榻坐處，然後可坐。若不先看者，得突吉羅罪。」

又父子比丘共行憍薩羅國向舍衛城，至嶮道中，兒語父言：「疾行過此。」父隨兒語疾走乏死，兒即生疑：「我將無犯波羅夷得逆罪耶？」是事白佛，佛知故問：「汝以何心語？」兒比丘言：「我見日暮恐不過嶮道，以愛重心語令疾行，遂使乏死。」佛言：「無犯。」

復有父子比丘共行憍薩羅國向舍衛城，至一聚落無有僧坊，兒問父言：「今何處宿？」父言：「聚落中宿。」兒言：「聚落中宿，白衣何異？」父即語兒：「當何處宿？」兒言：「空地宿。」父言：「此有虎狼可畏，我眠汝覺。」兒言：「爾。」即便臥，父便鼾眠。虎聞鼾聲，便來嚙父，頭破大喚，兒即起看頭破尋死。兒即生疑：「我將無犯波羅夷得逆罪耶？」是事白佛，佛言：「不犯。應大喚、燃火怖之。」

有一比丘，日暮入嶮道值賊，賊欲取比丘。比丘捨走，墮岸下織衣師上，織師即死。比丘心疑：「我將無犯波羅夷？」是事白佛，佛言：「不犯波羅夷，從今日莫作如是身行。」

阿羅毘國僧坊中壞故，房舍比丘在屋上作，手中失墼墮木師上，木師即死。比丘心疑：「我將無犯波羅夷？」是事白佛，佛言：「不犯。從今日當一心執作。」

復次阿羅毘國比丘僧房中壞故，房舍比丘作時，見墼中有蝎，怖畏跳下墮木師上，木師即死。比丘心疑：「我將無犯波羅夷？」是事白佛，佛言：「不犯。從今莫起如是身行。」殺事竟。

佛在維耶離國，夏安居時，與大比丘眾俱。時世飢饉乞食難得，諸人妻子尚乏飲食，何況與乞人？佛以是因緣故集諸比丘，而告之曰：「汝等當知，此間飢餓乞食難得，諸人妻子尚乏飲食遭諸苦惱，何況與人！汝等比丘，隨所知識、隨諸親里、隨所信人，往彼安居，莫在此間以飲食故受諸苦惱。」時諸比丘隨所知識各往安居。有諸比丘往憍薩羅國一處安居；復有比丘到婆求摩河邊聚落安居，是聚落中多諸貴人、奴婢、財寶、穀米豐饒種種成就。時河上安居比丘作是念：「今世飢餓乞食難得，諸人妻子尚乏飲食，況與乞人！是聚落中多富貴家，穀米豐饒、種種成就，我等當到是諸家共相讚歎，作是言：『居士當知！汝等得大善利，諸大比丘僧依汝聚落中安居故。今此眾中某是阿羅漢、某是向阿羅漢、某是阿那含、某是向阿那含、某是斯陀含、某是向斯陀含、某是須陀洹、某是向須陀洹，某得初禪、二禪、三禪、四禪，某得無量慈心、無量悲心、無量喜心、無量捨心，某得無量空處、識處、無所有處、非有想非無想處，某得不淨觀，某得阿那般那念。』」諸比丘作是念已，即入聚落到富貴家共相讚歎：「汝等當知得大善利！福田眾僧依汝聚落安居。今此眾中，某是阿羅漢、我亦是阿羅漢，某向阿羅漢、我亦向阿羅漢，某是阿那含、我亦是阿那含，某向阿那含、我亦向阿那含，某得斯陀含、我亦得斯陀含，某向斯陀含、我亦向斯陀含，某得須陀洹、我亦得須陀洹，某向須陀洹、我亦向須陀洹，某得初禪、二禪、三禪、四禪、無量慈心、悲心、喜心、捨心、空處、識處、無所有處、非有想非無想處、不淨觀、阿那般那念，我亦得初禪乃至阿那般那念。」彼諸居士即生清淨信心，作如是念：「我等得大善利！有大福田眾僧依我等聚落安居。某得阿羅漢、某向阿羅漢、某得阿那含、某向阿那含、某得斯陀含、某向斯陀含、某得須陀洹、某向須陀洹、某得初禪、二禪、三禪、四禪、無量慈心、悲喜捨心、空處、識處、無所有處、非有想非無想處、不淨觀、阿那般那念。」是居士得是信心已，今飢儉時乞食難得，乃能如先豐樂易得時與眾僧作前食後食怛鉢那。時婆求摩河邊安居比丘，噉是飲食身體充滿，得色得力肥盛潤澤。諸佛在世法，歲二時大會，春末後月、夏末後月。春末月者，諸方國土處處諸比丘來作是念：「佛所說法，我等當安居時修習，得安樂住。」是名初大會。夏末月者，諸比丘處處夏三月安居竟，作衣畢，持衣鉢詣佛所作是念：「我等久不見佛，久不見世尊。」是第二大會。

爾時憍薩羅國安居比丘，過夏三月作衣畢，持衣鉢遊行到維耶離國。諸佛常法，有共佛安居比丘，有客比丘來，當共往迎一心問訊，與擔衣鉢開房舍示臥具處，作是言：「此是汝等房舍，麁陛繩床、細陛繩床、被褥、枕席，隨上座次第住。」爾時維耶離比丘，遙見憍薩羅比丘來，便共出迎一心問訊，與擔衣鉢開房舍示臥具處，作如是言：「此是汝等房舍，麁陛繩床、細陛繩床、被褥、枕席，隨上座次第住。」問訊言：「汝等忍足安樂住，乞食不乏、道路不疲耶？」憍薩羅比丘答言：「我等忍足安樂住道路不疲，但乞食難得。」維耶離比丘言：「汝實忍足安樂住，道路不疲，乞食難得故，汝等羸瘦顏色憔悴。」爾時婆求摩河上比丘安居竟，作衣畢，遊行到維耶離。時維耶離比丘，遙見婆求摩河比丘來，皆共出迎一心問訊，與擔衣鉢開房舍示臥具處，作如是言：「此是汝等房舍，麁陛繩床、細陛繩床、被褥、枕席，隨上座次第住。」問訊言：「汝等忍足安樂住，乞食不乏、道路不疲耶？」婆求摩河上比丘答言：「我等忍足安樂住，乞食不乏，但道路疲極。」維耶離比丘言：「汝實忍足安樂住，道路疲極、乞食不乏。何以故汝等肥盛顏色和悅？」時維耶離比丘漸漸急問：「汝等長老！今世飢儉乞食難得，諸人妻子尚乏飲食，況能與人！汝等何因緣故，安居時氣力肥盛、顏色和悅、乞食不難？」時婆求摩河比丘廣說如上因緣。維耶離比丘問：「諸長老！汝等所可讚歎，實有是功德不？」答言：「實無。」維耶離比丘，以種種因緣呵責婆求摩河比丘：「汝所作事非沙門法，不隨順道無欲樂心作不淨行，出家之人所不應作。汝不知佛世尊以種種因緣呵責妄語，種種因緣讚歎不妄語，佛常說法教人離妄語。汝等尚不應生心作妄語想，何況為飲食故，空無過人聖法，自說言得。」如是種種因緣呵已，向佛廣說。佛以是事集比丘僧，知而故問婆求摩河比丘：「汝等實作是事不？」答言：「實作。世尊！」佛以種種因緣呵責婆求摩河比丘：「汝等所作事非沙門法，不隨順道無欲樂心作不淨行，出家之人所不應作。汝癡人！不知我以種種因緣呵責妄語，種種因緣讚歎不妄語。我常說法教人離妄語，汝尚不應生心作妄語想，何況為飲食故，空無過人法，自說言得。」佛如是種種因緣呵已，語諸比丘：「世間有三種大賊：一者作百人主，故在百人前，百人恭敬圍遶。二百、三百、四百、五百人主，故在五百人前，五百人恭敬圍繞，入城、聚落、穿踰牆壁、斷道偷奪、破城殺人，是名初世間大賊。二者有比丘用四方眾僧園林中竹木根、莖、枝、葉、花、果、財物飲食，賣以自活、若與知識白衣，是名第二世間大賊。三者有比丘為飲食供養故，空無過人聖法，故作妄語自說言得。若與百人恭敬圍繞，至五百人恭敬圍繞，入城聚落受他供養前食、後食怛鉢那，是名第三世間大賊。是中百人賊主，在百人前恭敬圍繞，二百、三百、四百、五百人主，在五百人前恭敬圍繞，入城、聚落、穿踰牆壁、斷道偷奪、破城殺人，此名小賊。若有比丘用四方眾僧園林中竹木根、莖、枝、葉、花、果、財物飲食，賣以自活、若與知識白衣，是亦小賊。」佛言：「是第三賊，於天人、世間、魔界、梵世、沙門、婆羅門、天人眾中，最是大賊。謂為飲食故，空無過人法，故作妄語自說言得。若與百人至五百人恭敬圍繞，入城聚落受他供養前食、後食怛鉢那，是名大賊。」佛說偈言：

「比丘未得道， 自說言得道，天人中大賊， 極惡破戒人，是癡人身壞， 當墮地獄中。」

佛種種因緣呵責已，語諸比丘：「以十利故與諸比丘結戒。從今是戒應如是說：若比丘不知不見空無過人法，自言我得如是知、如是見，是比丘後時若問、若不問，貪著利養故，不知言知不見言見，空誑妄語，是比丘波羅夷不共住。」

佛在舍衛國，時憍薩羅國有空閑處，諸比丘住其中。諸比丘因別相觀得定故，貪欲瞋恚不起，便作是念：「我已得道所作已辦。」是諸比丘到佛所自言：「我是阿羅漢，生分已盡更不受身。」作是語已，後近聚落僧坊中住，數見女人故，貪欲瞋恚便起，是諸比丘作是言：「我曹辛苦痛惱，本在空閑處時，因別相觀得定故，貪欲瞋恚不起，便作是念：『我已得道所作已辦。』即到佛所自言：『我是阿羅漢，我生已盡更不受身。』今近聚落住，數見女人故貪欲瞋恚便生。我曹失比丘法、燒比丘法，我曹空無過人法自說言得。」是諸比丘語餘比丘，餘比丘聞已向佛廣說。佛以是事因緣故集比丘僧，以種種因緣讚戒、讚持戒。讚戒、讚持戒已，語諸比丘：「從今是戒應如是說：若比丘不知不見空無過人法，自言我得如是知、如是見。後時或問、或不問，欲出罪故便言：『我不知言知、不見言見，空誑妄語。』除增上慢，是比丘波羅夷不共住。」

不知者，過人法不知、不得、不見、不觸、不證。不見者，不見苦諦、不見集諦、滅諦、道諦。是中犯者，若比丘說我阿羅漢，若不實，犯波羅夷。向阿羅漢不實，犯波羅夷。若阿那含不實，犯波羅夷。向阿那含不實，犯波羅夷。若斯陀含不實，犯波羅夷。若向斯陀含不實，犯波羅夷。若須陀洹不實，犯波羅夷。若向須陀洹不實，犯波羅夷。若比丘言：「我得初禪、二禪、三禪、四禪，得無量慈心、悲心、喜心、捨心、空處、識處、無所有處、非有想非無想處、不淨觀、得阿那般那念。」不實，犯波羅夷。乃至說：「我善持戒人，婬欲不起。」若不實者，偷蘭遮。若比丘作是言：「諸天來至我所，龍、夜叉、毘陀羅鬼、餓鬼、鳩槃茶鬼、毘舍遮鬼、羅剎鬼來至我所，彼問我答、我問彼答。」若是事不實者，比丘犯波羅夷。乃至：「旋風土鬼來至我所。」若不實者，偷蘭遮。

一時長老大目揵連，在耆闍崛山入無所有空定，善取入定相，不善取出定相。從三昧起，聞阿修羅城中伎樂音聲已，還疾入定，作如是念：「我在定中聞阿修羅城中伎樂音聲。」從三昧起語諸比丘：「我在耆闍崛山入無所有處無色定，聞阿修羅城中伎樂音聲。」諸比丘語目連：「何有是處入無色定當見色聞聲。何以故？若入無色定，破壞色相捨離聲相。汝空無過人法故作妄語，汝目連應擯治驅遣。」是事白佛，佛語諸比丘：「汝等莫說目連犯罪。何以故？目連但見前事、不見後事。如來亦見前、亦見後，是目連在耆闍崛山，入無所有處無色定，善取入定相，不善取出定相。從定起聞阿修羅城中伎樂音聲，聞已還疾入定，便自謂：『我入定聞聲。』若入無色定，若見色、若聞聲無有是處。何以故？是人破壞色相捨離聲相故。若目連空無過人法故妄語者亦無是處，是目連隨心想說，無罪。」

有一時諸比丘問長老目連：「多浮陀河水從何處來？」目連答言：「此水從阿耨達池中來。」諸比丘言：「阿耨達池其水甘美有八功德。此水沸熱醎苦，何有此事？汝目連！汝空無過人法故作妄語，汝目連應擯治驅遣。」是事白佛，佛語諸比丘：「汝等莫說目連是事犯罪。何以故？阿耨達池去此極遠，是水本有八功德甘美，經歷五百小地獄上來，是故醎熱。汝等若問目連：『是水何故醎熱？』能隨想答。目連實語，無犯。」

有一時大目揵連入定，見跋耆諸夜叉與摩竭陀夜叉共鬪，破摩竭陀夜叉。從定起已語諸比丘：「跋耆人當破摩竭陀人。」後阿闍世王善將兵眾破跋耆人。諸比丘語大目揵連：「汝先言：『跋耆人當破摩竭陀人。』今摩竭陀人破跋耆人。汝空無過人法故作妄語，汝目連應擯治驅遣。」是事白佛，佛語諸比丘：「莫說目連是事犯罪。何以故？目連見前不見後，如來見前亦見後。是跋耆夜叉與摩竭陀夜叉共鬪得勝，時跋耆人亦破摩竭陀人，後阿闍世王更集兵眾共戰得勝。是目連隨心想說，無犯。」

目連又後入定，見摩竭陀夜叉與跋耆夜叉共鬪得勝。目連從三昧起，語諸比丘：「摩竭陀人當破跋耆人。」後共鬪時跋耆人得勝。諸比丘語目連：「汝先言：『摩竭陀人當破跋耆人。』今跋耆人更破摩竭陀人。汝空無過人法故作妄語，汝目連應擯治驅遣。」是事問佛，佛語諸比丘：「莫說目連是事犯罪。何以故？目連見前不見後，如來見前亦見後。是摩竭陀夜叉與跋耆夜叉共鬪得勝，時摩竭陀人亦勝跋耆人，後跋耆人更集兵眾共鬪得勝。目連隨心想說，無犯。」

有一時目連晨朝時到著衣持鉢入居士舍，與敷座處共相問訊，居士言：「大德目連！是妊身婦人為生男女？」目連答言：「生男。」語已便去。復有一梵志來入舍，居士問言：「此妊身婦人為生男女？」答言：「生女。」後實生女。諸比丘語目連：「汝先說居士婦生男，今乃生女。汝空無過人法故作妄語，汝目連應擯治驅遣。」是事白佛，佛語諸比丘：「莫說目連是事犯罪。何以故？目連見前不見後，如來見前亦見後。是時此女是男，後轉為女。目連隨心想說，無犯。」後復相他生女亦如是。

爾時大旱，目連入定見却後七日天當大雨溝坑滿溢。諸城邑人皆聞是語，咸大歡喜。國中人民皆捨眾務覆屋蓋藏，各各屈指捉籌數日。到第七日尚無雨氣，何況大雨！諸比丘語目連：「汝言七日大雨溝坑滿溢，今無雨氣何況有雨。汝空無過人法故作妄語，汝目連應擯治驅遣。」是事白佛，佛語諸比丘：「莫說目連是事犯罪。何以故？目連見前不見後，如來亦見前亦見後。是七日時實有大雨，有羅睺阿修羅王，以手接去置大海中。目連隨心想說，無犯。」

又一時長老莎伽陀語諸比丘：「我入禪定，能令阿鼻地獄上至阿迦膩吒天滿其中火。」諸比丘言：「何有是處？聲聞弟子能作大火從阿鼻地獄極至梵世。汝空無過人法故作妄語，汝莎伽陀應擯治驅遣。」是事白佛，佛語諸比丘：「莫說莎伽陀是事犯罪。何以故？若比丘依初禪修如意足得神通力，從阿鼻地獄上至阿迦膩吒天自在能滿中火。若依初禪、二禪、三禪、四禪亦如是。是莎伽陀依止四禪，善修如意足得大神通，若念從阿鼻地獄上至阿迦膩吒天，自在隨意能滿中火。是莎伽陀實語，無犯。」

又一時長老輸毘陀語諸比丘：「我一念中能識宿命五百劫事。」諸比丘言：「何有是處？聲聞弟子在一念中極多能知一世，汝空無過人法故作妄語，汝輸毘陀應擯治驅遣。」是事白佛，佛語諸比丘：「莫說輸毘陀是事犯罪。何以故？是人前身從無想天命終來生此間，無想天上受五百劫，是故自說：『我一念中能知五百劫事。』是輸毘陀隨心想說，無犯。」四波羅夷竟

## 十誦律卷第二