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title: "十誦律 · 3 自恣法"
description: "十誦律是佛教根本廣律之一，屬說一切有部，由弗若多羅與鳩摩羅什於後秦弘始年間在長安譯出。此律在姚興支持下系統傳譯，記載佛陀為僧團制定的戒條、儀規及制戒因緣，共十誦篇章，涵蓋比丘戒相、羯磨、布薩等內容。作為漢傳佛教四大廣律之一，十誦律為研究早期戒律與僧伽制度提供了重要文獻，對中國律宗形成與戒律實踐影響深遠。"
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## 十誦律卷第二十三第四誦之三

> 十誦律 第二十三巻（第四誦 その三）

後秦北印度三藏弗若多羅譯

> 後秦北インド三蔵弗若多羅訳

### 七法中自恣法第三

> 七法中自恣法第三

佛在舍衛國，諸比丘夏安居時，先作如是制限：「長老！我等不共語言、不相問訊。」是諸比丘作是制已，一處夏安居，先作如是法：若有初乞食還，敷獨坐床，安洗足水、洗足机、拭足巾，淨水瓶常用水瓶。若有長食，盛淨器中蓋著一處，食不足者食此長食。若復有乞食後來，不足者取而食之。若復有殘，著無草地，若無蟲水中。是諸長老盛食器淨洗摩拭著一處獨坐床，洗足机、拭足巾、淨水瓶，常用水瓶著屏處，掃灑食堂。掃除竟入室坐禪。是諸長老晡時從禪先起，見淨水瓶常用水瓶洗足盆，若空無水持至水處，若獨能持來著一面。若不能持來，手招餘比丘共舉，持來還著本處，不共語言、不相問訊。諸佛常法兩時大會，春末月、夏末月。春末月欲安居時，諸方國比丘來聽佛說法。心念：「是法夏安居樂。」是初大會。夏末月安居訖、自恣作衣竟，持衣鉢來詣佛所。如是思惟：「我久不見佛，久不見修伽陀。」是第二大會。是諸比丘是中住處夏安居，自恣作衣竟，持衣鉢往到佛所，頭面禮畢一面坐。諸佛常法，如是語問訊客比丘：「夏安居忍不？足不？安樂住不？乞食不難、道路不疲耶？」今佛亦如是問訊諸比丘：「夏安居忍不？足不？安樂住不？乞食不難、道路不疲耶？」諸比丘言：「忍足、安樂住、乞食不難、道路不疲。」諸比丘以是事具白佛。佛以是因緣集僧，集僧已，佛種種因緣呵諸比丘：「汝愚癡人！如怨家共住。云何自言安樂住？何以名比丘？我眾以法相教，而受瘂法。」佛種種因緣呵已，語諸比丘：「從今不應受瘂法，若受，得偷蘭遮。何以故？不共語是外道法故。從今聽夏安居竟，諸比丘一處集，應三事求他說自恣。何等三？若見、若聞、若疑罪。如是應自恣。一心集僧，集僧已，應差能作自恣人，應如是唱：『誰能為僧作自恣人？』是中若有言：『我能。』」佛言：「若比丘五惡法成就，不應作自恣人。何等五？一愛自恣、二瞋自恣、三怖自恣、四愚自恣、五自恣不自恣不知。比丘成就五善法，應作自恣人。何等五？不愛自恣、不瞋自恣、不怖自恣、不愚自恣、自恣不自恣知。爾時一比丘應僧中唱言：『大德僧聽！是某甲、某甲比丘，能為僧作自恣人，若僧時到僧忍聽，僧某甲、某甲比丘，當作僧自恣人。如是白。』『大德僧聽！是某甲、某甲比丘，能為僧作自恣人。僧某甲、某甲比丘為僧作自恣人。誰諸長老忍某甲、某甲比丘為僧作自恣人者，是長老默然，誰不忍便說。』『某甲、某甲比丘為僧作自恣人竟，僧忍，默然故，是事如是持。』應如是作自恣羯磨：『大德僧聽！今日僧自恣，若僧時到僧忍聽，僧一心受自恣。如是白。』是時諸比丘一切從坐起𧿟跪地。若作自恣人是上座，應從坐起偏袒著衣曲身，應語第二上座：『長老！今日自恣來。』是時第二上座從坐起，偏袒著衣𧿟跪兩手捉上座足，應如是語：『長老憶念！今僧自恣日，我某甲比丘長老僧自恣語，若見聞疑罪語我，憐愍故。我若見罪，當如法除。』第二：『長老憶念！今僧自恣日，我某甲比丘長老僧自恣語，若見聞疑罪語我，憐愍故。我若見罪，當如法除。』第三：『長老憶念！今僧自恣日，我某甲比丘長老僧自恣語，若見聞疑罪語我，憐愍故。我若見罪，當如法除。』若下座作自恣人，應從坐起偏袒著衣𧿟跪合掌，應如是語上座：『今日自恣來。』上座亦應從坐起，偏袒著衣𧿟跪合掌，應如是言：『長老憶念！今僧自恣日，我某甲比丘長老僧自恣語，若見聞疑罪語我，憐愍故。我若見罪，當如法除。』第二：『長老憶念！今僧自恣日，我某甲比丘長老僧自恣語，若見聞疑罪語我，憐愍故。我若見罪，當如法除。』第三：『長老憶念！今僧自恣日，我某甲比丘長老僧自恣語，若見聞疑罪語我，憐愍故。我若見罪，當如法除。』如是次第一切僧自恣。若一切僧自恣竟，為僧作自恣人共作自恣。自恣竟，應至上座前唱言：『僧一心自恣竟。』」

> 仏が舎衛国におられた時のことです。夏安居（雨季の修行期間）に入るにあたり、比丘たちは次のような制限を設けました。「長老方よ、私たちは互いに言葉を交わさず、挨拶も交わさないことにしよう。」そしてその決まりの下、一箇所で夏安居に入り、次のような作法を定めました。 まず托鉢から戻った者は、独座の床を敷き、足を洗う水や足洗い台、足拭き布、浄水瓶、常用の水瓶を準備しました。もし食べ物が余ったら、それを清らかな器に入れて蓋をし、一箇所に置いておきます。後に托鉢から戻って食べ物が足りない者は、その余ったものを食べました。さらに残ったものがあれば、草のない地面や、虫のいない水に捨てました。長老方たちは、食器を洗って拭き、一箇所に整え、独座の床や足洗い台、足拭き布、浄水瓶、常用の水瓶を片隅に置き、食堂を掃除しました。掃除が終わると室に入って坐禅しました。 午後になると、長老方たちは禅坐から先に起き、浄水瓶や常用の水瓶、足洗い盆が空で水がないのを見ると、水場に持って行きました。一人で運べるならそれを運んで元の場所に置き、一人で運べなければ手で他の比丘を招いて一緒に運び、元の場所に戻しました。ただし、言葉は交わさず、挨拶も交わしませんでした。 諸仏には常に二つの大きな法要がありました。春の終わりの月と夏の終わりの月です。春の終わりの月、安居が始まろうとする時、各方から比丘たちが仏の説法を聞くために集まりました。「この法によって夏安居を安楽に過ごそう」と心に思い、これが最初の大法要でした。夏の終わりの月、安居が終わり、自恣（反省と告白の儀式）と衣の制作を終えた比丘たちは、衣と鉢を持って仏のもとへ向かいました。「私は長い間、仏にお会いしていない。長い間、善逝（仏の尊称）にお会いしていない」と考える。これが二番目の大法要でした。 さて、この地で夏安居を終え、自恣と衣の制作を終えた比丘たちは、衣と鉢を持って仏のもとへ行き、頭を仏の足に付け礼をしてから一方に座りました。諸仏の常として、来た比丘にこう尋ねます。「夏安居は忍び、足り、安楽に住し、托鉢に困らず、道中疲れなかったか。」今、仏も同じように比丘たちに尋ねました。比丘たちは「忍び、足り、安楽に住し、托鉢に困らず、道中疲れませんでした」と答えました。そして、この出来事を詳しく仏に告げました。 仏はこれを因縁として僧伽を集め、集まった後、さまざまな因縁をもって比丘たちを呵責しました。「愚かな者たちよ！まるで怨敵と共に住むかのようだ。どうして自ら安楽に住すと言えるのか。何をもって比丘と名乗るのか。我が教団は法をもって互いに教え合うのに、お前たちは沈黙の法を受けている。」仏はさまざまに呵責した後、比丘たちに言いました。「今後、沈黙の法を受けてはならない。もし受ければ、偷蘭遮（重い罪）となる。なぜなら、言葉を交わさないことは外道の法だからである。今後は、夏安居が終わった時、比丘たちは一箇所に集まり、三つの事柄について他者に告げ、自恣（罪の告白を促すこと）を求めるべきである。その三つとは、見たこと、聞いたこと、疑ったことの罪である。このように自恣を行うべきである。」 心を一つにして僧伽を集め、集まったら、自恣の進行役を務める者を選び、こう唱えるべきです。「誰が僧伽のために自恣の進行役を務めることができるか。」もし「私ができます」と言う者がいれば、仏は言いました。「比丘が五つの悪い行いを備えているなら、自恣の進行役を務めるべきではない。五つとは、愛に基づく自恣、怒りに基づく自恣、怖れに基づく自恣、愚かさに基づく自恣、自恣の作法を知らないことである。比丘が五つの善い行いを備えていれば、自恣の進行役を務めるべきである。五つとは、愛に基づかない自恣、怒りに基づかない自恣、怖れに基づかない自恣、愚かさに基づかない自恣、自恣の作法を知っていることである。」 その時、一人の比丘が僧伽の中で唱えます。「大徳僧伽よ、お聞きください。この某甲、某甲比丘は、僧伽のために自恣の進行役を務めることができます。もし時が至り、僧伽がお許しになるなら、僧伽は某甲、某甲比丘を自恣の進行役とします。このように告知します。」「大徳僧伽よ、お聞きください。この某甲、某甲比丘は、僧伽のために自恣の進行役を務めることができます。僧伽は某甲、某甲比丘を自恣の進行役とします。某甲、某甲比丘が僧伽の自恣の進行役となることをお認めになる長老方は黙っていてください。お認めにならない方はお話しください。」「某甲、某甲比丘が僧伽の自恣の進行役となりました。僧伽はお認めになり、黙っているので、この事をこのように保ちます。」 このように自恣の羯磨（儀式の宣言）を行うべきです。「大徳僧伽よ、お聞きください。今日、僧伽は自恣を行います。もし時が至り、僧伽がお許しになるなら、僧伽は心を一つにして自恣を受けます。このように告知します。」その時、すべての比丘は座から立ち上がり、跪きました。もし自恣の進行役が上座であれば、座から立ち上がり、偏袒右肩（右肩を出して衣を着けること）をして体をかがめ、第二の上座に言います。「長老よ、今日の自恣に臨んでください。」その時、第二の上座は座から立ち上がり、偏袒右肩をして跪き、両手で上座の足を捉え、こう言います。「長老よ、お覚えください。今日は僧伽の自恣の日です。私は某甲比丘、長老の僧伽に自恣の言葉を述べます。もし見たこと、聞いたこと、疑ったことの罪があれば、私に言ってください。憐れみの故に。もし私に罪を見れば、法に従って除きます。」第二回も同様に言います。「長老よ、お覚えください。今日は僧伽の自恣の日です。私は某甲比丘、長老の僧伽に自恣の言葉を述べます。もし見たこと、聞いたこと、疑ったことの罪があれば、私に言ってください。憐れみの故に。もし私に罪を見れば、法に従って除きます。」第三回も同様です。 もし下座が自恣の進行役となれば、座から立ち上がり、偏袒右肩をして跪き合掌し、上座にこう言います。「今日の自恣に臨んでください。」上座もまた座から立ち上がり、偏袒右肩をして跪き合掌し、こう言います。「長老よ、お覚えください。今日は僧伽の自恣の日です。私は某甲比丘、長老の僧伽に自恣の言葉を述べます。もし見たこと、聞いたこと、疑ったことの罪があれば、私に言ってください。憐れみの故に。もし私に罪を見れば、法に従って除きます。」第二回、第三回も同様です。このように順に、すべての僧伽が自恣を行います。すべての僧伽の自恣が終わったなら、自恣の進行役が共に自恣を行います。自恣が終わったなら、上座の前に行き、こう唱えます。「僧伽は心を一つにして自恣を終えました。」

佛語諸比丘：「自恣有四種。何等四？一非法別自恣、二非法和合自恣、三有法別自恣、四有法和合自恣。是中非法別自恣，佛不聽。非法和合自恣，佛不聽。有法別自恣，佛不聽。是中有法和合自恣，如是佛聽。

「有一住處，自恣時五比丘住，是諸比丘應一處集，差為僧作自恣人，廣說自恣。

「有一住處，自恣時四比丘住，是諸比丘不應差為僧作自恣人，是諸比丘應一處集三語自恣，應如是自恣。上座應從坐起，偏袒著衣𧿟跪合掌如是語：『長老憶念！今僧自恣日，我某甲比丘長老自恣語，若見聞疑罪語我，憐愍故。我若見罪，當如法除。』第二：『長老憶念！今僧自恣日，我某甲比丘長老自恣語，若見聞疑罪語我，憐愍故。我若見罪，當如法除。』第三：『長老憶念！今僧自恣日，我某甲比丘長老自恣語，若見聞疑罪語我，憐愍故。我若見罪，當如法除。』若下座，應從坐起偏袒著衣，𧿟跪兩手捉上座兩足，應如是語：『長老憶念！今僧自恣日，我某甲比丘長老自恣語，若見聞疑罪語我，憐愍故。我若見罪，當如法除。』第二：『長老憶念！今僧自恣日，我某甲比丘長老自恣語，若見聞疑罪語我，憐愍故。我若見罪，當如法除。』第三：『長老憶念！今僧自恣日，我某甲比丘長老自恣語，若見聞疑罪語我，憐愍故。我若見罪，當如法除。』如是諸比丘得自恣。三比丘、二比丘亦如是。

「有一住處一比丘，自恣時應掃塔處及自恣處，次第布床、辦火燈、燈籠、燈炷、燈𣛰、辦籌，如是思惟：『諸比丘來未作自恣者，是比丘應共自恣。』若不見來，是中有高處立望。若見有比丘，喚言：『疾疾來長老！今日僧自恣。』若不見，應待至暮，還坐本處，如是心念口言：『今日僧自恣，我亦今日自恣。』如是一比丘得自恣。」

佛在舍衛國，是中佛語諸比丘：「是夜多過自恣時到。」一比丘從坐起，偏袒著衣長跪合掌白佛言：「世尊！諸比丘病不來。」佛言：「應取自恣。如是應取，應語病比丘：『與自恣。』答言：『與。』是名得自恣。若言：『為我僧中說自恣。』是名得自恣。若身動與，是名得自恣。若口言與，是名得自恣。若身不與、口不與，不得自恣。是時一切僧，應就病比丘邊作自恣、若將來僧中作自恣，諸比丘不應別作自恣。若諸比丘別作自恣，一切比丘得罪。

「有一住處二比丘，作自恣時，是二比丘不應取自恣，是二比丘共一處三語自恣；三比丘、四比丘亦如是。

「有一住處五比丘，自恣時，是諸比丘不應取自恣，不應與自恣。是諸比丘，應一處集差為僧自恣人，應廣自恣。若過五比丘，自恣時集一處，老病比丘隨意取自恣與自恣。若一人取一人，是名得自恣。若一人取二人、三人、四人，是名得自恣。隨幾許人能憶識名字，是名得自恣。若取自恣人不欲取，應更與他自恣。取自恣人若言：『我白衣、我沙彌、我非比丘、我異道、不見擯、不作擯、惡邪不除、擯不共住、種種不共住、犯邊罪、本白衣不能男、污比丘尼、越濟人、殺父母、殺阿羅漢、破僧、惡心出佛身血。』應更與他自恣。若取他自恣竟不去，是名自恣不到。若言：『我白衣、我沙彌、我非比丘、我異道、不見擯、不作擯、惡邪不除、擯不共住、種種不共住、犯邊罪、本白衣不能男、污比丘尼、越濟人、殺父母、殺阿羅漢、破僧、惡心出佛身血。』是名自恣不到。若取他自恣竟，八難中一一難起故不去，是名自恣不到。復次取他自恣竟故不去，若放逸、若嬾、若睡、若入定，是名自恣不到。是取自恣人，有三因緣得罪：若故不去、若嬾、若放逸。二因緣無罪：若睡、若入定。復次取他自恣竟，到僧中不說自恣，是名自恣到。若取他自恣竟，到僧中若言：『我白衣、我沙彌、我非比丘、我異道、不見擯、不作擯、惡邪不除、擯不共住、種種不共住、犯邊罪、本白衣不能男、污比丘尼、越濟人、殺父母、殺阿羅漢、破僧、惡心出佛身血。』是名自恣到。復次取他自恣竟到僧中，八難一一難起故不說，是名自恣到。復次取他自恣竟，到僧中故不說、若放逸、若嬾、若睡、若入定，是名自恣到。是中取他自恣人，有三因緣得罪：若故不說、若放逸、若嬾。二因緣無罪：若睡、若入定。

「有一住處，自恣時比丘若王捉、若賊、若怨家、若怨黨、若怨黨之黨捉，僧中應遣使語彼言：『今日僧自恣，若是比丘得來、若與自恣來、若出界，我曹不應別作自恣。』是比丘若得來、若與自恣、若出界，如是好。若不得，諸比丘不應別自恣。若別自恣，一切比丘得罪。

「有一住處，自恣時一切比丘僧有罪，不知是罪，除有一客比丘清淨共住同見。是客比丘知舊比丘中善好有德，是客比丘應問：『長老！若比丘作如是如是事，當得何等罪？』答言：『若比丘作如是如是事，當得如是如是罪。』彼言：『長老！汝自憶作如是事不？』答言：『自憶，不獨我一人得是罪，一切僧亦得是罪。』客比丘言：『長老！汝說一切僧，於汝何益？汝何以不如法懺悔是罪？』舊比丘受客比丘語，是罪如法懺悔。餘諸比丘見此比丘懺悔，亦應如法懺悔。如是作者善，若不如是作，知有益舉，無益莫強舉。

「有一住處自恣時，比丘憶罪欲出，是比丘應異比丘邊是罪如法懺悔。如是作竟應作自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，比丘一罪疑，是比丘應語他比丘：『長老！我一罪疑，後是事當問。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時憶念罪欲出，是比丘應疾一心念：『我後是罪當如法懺悔。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙。若自恣時，比丘一罪疑，是比丘應疾一心念：『後是罪當問。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，一切比丘僧有罪，覺是罪不能得客比丘清淨共住同見是罪如法懺悔。是諸比丘應遣一舊比丘近住處疾到彼，是罪如法懺悔竟來還：『我曹從汝邊是罪如法懺悔。』是諸比丘若得辦是事，如是好。若不能辦，是僧中一比丘應唱：『大德僧聽！我等是住處一切僧得罪，覺是罪不能得清淨客比丘共住同見是罪如法懺悔，亦不能得辦遣一舊比丘近住處，疾到彼是罪如法懺悔竟來還，我等是邊是罪如法懺悔。若僧時到僧忍聽，僧若後是罪如法懺悔。如是白。』如是作竟應作自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，一切僧一罪中疑，是中應一比丘僧中如是唱：『大德僧聽！是中住處一切僧一罪中疑。若僧時到僧忍聽，僧後是事當問。如是白。』如是作竟應作自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，舊比丘若五若過，自恣處集作自恣，異住處諸比丘來，清淨共住同見多，是諸比丘應更作自恣，如是作竟先比丘無罪。若諸比丘自恣竟，一切坐處未起未去，更有異住處比丘來，清淨共住同見多，是諸比丘應更作自恣，如是作竟先比丘無罪。若諸比丘自恣竟，有起去有未起去，更有異住處比丘來，清淨共住同見多，是諸比丘應更作自恣，如是作竟先比丘無罪。若是諸比丘自恣竟，一切坐處起未去，更有異住處比丘來，清淨共住同見多，是諸比丘應更作自恣，如是作竟先比丘無罪；等亦如是。有一住處自恣時，舊比丘若五若過，自恣處集作自恣，有異住處比丘來，清淨共住同見少，是諸比丘應次第自恣。若諸比丘自恣竟，一切坐處未起未去，有異住處比丘來，清淨共住同見少，是諸比丘邊應作三語自恣。若諸比丘自恣竟，有起去有未起去，有異住處比丘來，清淨共住同見少，是未起去，諸比丘邊應三語自恣。若是諸比丘自恣竟，一切起未去，更有異住處比丘來，清淨共住同見少，是諸比丘若能得和同，應廣作自恣。若不得和同，應出界作三語自恣。若舊比丘自恣時，更有舊比丘來若多、若等、若少。若多、等應更作自恣，若少應次第作自恣。若舊比丘自恣時，客比丘來若多、若等、若少。若多應更作自恣，若等、少應次第作自恣。若舊比丘自恣時，更有舊比丘客比丘共來若多、若等、若少。若多、等應更作自恣，若少應次第作自恣。若客比丘自恣時，更有客比丘來若多、若等、若少。若多應更作自恣，若等、少應次第作自恣。若客比丘自恣時，舊比丘來若多、若等、若少。若多、等應更作自恣，若少應次第作自恣。若客比丘自恣時，舊比丘、客比丘共來若多、若等、若少。若多、等應更作自恣，若少應次第作自恣。若舊比丘、客比丘共自恣時，更有舊比丘來若多、若等、若少。若多、等應更作自恣，若少應次第作自恣。若舊比丘、客比丘共自恣時，更有客比丘來若多、若等、若少。若多應更作自恣，若等、少應次第作自恣。若舊比丘、客比丘共自恣時，更有舊比丘客比丘來若多、若等、若少。若多、等應更作自恣，若少應次第作自恣。

「有一住處自恣時，舊比丘若五若過，自恣處集欲自恣。更有異住處比丘來，清淨共住同見多，彼作是念：『是中舊比丘若五若過，自恣處集欲作自恣，我等應作自恣。』淨想、比尼想、別眾同眾想作自恣。更有異住處比丘來，清淨共住同見多，彼應更作自恣，先比丘得罪。彼比丘淨想、比尼想、別眾同眾想作自恣竟，若一切坐處未起未去、若有起去有未起去、若一切起未去，更有異住處比丘來，清淨共住同見多，彼比丘應更作自恣，先比丘得罪。

「有一住處自恣時，舊比丘若五若過，自恣處集欲作自恣。更有異住處比丘來，清淨共住同見多，彼作是念：『舊比丘若五若過，自恣處集欲作自恣，我等不應是中作自恣。』彼比丘言：『我作自恣。』不淨心悔別眾同眾想，是中作自恣。更有異住處比丘來，清淨共住同見多，彼諸比丘應更作自恣，先比丘得罪。彼諸比丘不淨心悔別眾同眾想作自恣竟，一切坐處未起未去、有起去有未起去、有一切起未去，更有異住處比丘來，清淨共住同見多彼，諸比丘應更作自恣，先比丘得罪。

> ある寺院で自恣（じし）を行う時期となり、古参の比丘が五名以上集まって自恣を執り行おうとしていました。そこへ別の寺院から比丘がやって来ました。彼らは皆、清らかな共住と共通の見解を持っていました。その比丘たちはこう考えました。「古参の比丘が五名以上集まり、自恣を行おうとしている。我々はここで自恣を行うべきではない。」しかし、その比丘は「私は自恣を行う」と言いました。心清らかでなく、後悔し、別の衆と共にいるのに同じ衆だと思い込み、そこで自恣を行ったのです。 さらに別の寺院から比丘が来て、清らかな共住と共通の見解を持つ者が多くなりました。それらの比丘たちは改めて自恣を行うべきですが、先の比丘には罪があります。彼ら比丘たちは心清らかでなく、後悔し、別の衆と共にいるのに同じ衆だと思い込み、自恣を終えました。そして、全員が座っている場所から立ち上がらず、ある者は立ち上がって去り、ある者は立ち上がらず、またある者は全員が立ち上がったものの去らない状態で、さらに別の寺院から比丘が来て、清らかな共住と共通の見解を持つ者が多くなりました。それらの比丘たちは改めて自恣を行うべきですが、先の比丘には罪があります。

「有一住處自恣時，舊比丘若五若過，自恣處集欲作自恣，更有異住處比丘來，清淨共住同見多，彼諸比丘作是念：『我等若應、若不應，是中作自恣？』疑淨不淨別眾同眾想。更有異住處比丘來，清淨共住同見多，彼諸比丘應更作自恣，先比丘得罪。若疑淨不淨別眾同眾想作自恣竟，一切坐處未起未去、有起去有未起去、有一切起未去，更有異住處比丘來，清淨共住同見多，是諸比丘應更作自恣，先比丘得罪。

> 〈一つの場所で自恣を行う際に、先輩の比丘（僧）が五名以上集まって自恣を行おうとしていました。そこへ別の場所から比丘が来て、清らかで共に住み、同じ見解を持つ者が多かったのです。その比丘たちはこう考えました。「我々は自恣を行うべきか、行わないべきか。この中で自恣を行うべきだろうか？」と。清らかか否か、別々の僧伽か同じ僧伽かについて疑いを持ちながら、自恣を行いました。自恣が終わり、全員が座したまま起き上がらず去らない状態、あるいは一部が起き上がり去った状態、あるいは全員が起き上がったが去らない状態のうちに、さらに別の場所から比丘が来て、清らかで共に住み、同じ見解を持つ者が多かったのです。これらの比丘は再び自恣を行うべきであり、先の比丘たちは罪を得ます。〉

「有一住處自恣時，諸舊比丘若五若過，自恣處集欲作自恣，更有異住處比丘來，清淨共住同見多，聞已作是念：『更有異住處比丘來，清淨共住同見多，是滅壞除捨別異，我不須是諸比丘。』為欲破僧別眾同眾想作自恣。更有異住處比丘來，清淨共住同見多，彼諸比丘應更作自恣，先比丘得偷蘭遮，近破僧故。若是諸比丘，為欲勤破僧別眾同眾想作自恣竟，若一切坐處未起未去、有起去有未起去、有一切起未去，更有異住處比丘來，清淨共住同見多，是諸比丘應更作自恣，先比丘得偷蘭遮，近破僧故。若舊比丘自恣時，更有舊比丘來，若多、等應更作自恣。若舊比丘自恣時客比丘來，若多、等應更作自恣。若舊比丘自恣時，舊比丘、客比丘共來，若多、等應更作自恣。若客比丘自恣時客比丘來，若多、等應更作自恣。客比丘自恣時舊比丘來，若多、等應更作自恣。客比丘自恣時，舊比丘、客比丘共來，若多、等應更作自恣。舊比丘、客比丘共自恣時，舊比丘來，若多、等應更作自恣。舊比丘、客比丘共自恣時，客比丘來，若多、等應更作自恣。舊比丘、客比丘共自恣時，舊比丘、客比丘共來，若多、等應更作自恣。

> ある安居の場所で自恣（じし）を行う時、そこにいた古参の比丘たちが五人かそれ以上集まって自恣をしようとしていました。そこへ、別の場所から来た比丘たちが加わりました。彼らは清らかで、同じ見解を持ち、人数も多かったのです。 古参の比丘たちはこう考えました。「この別の場所から来た比丘たちは、清らかで、同じ見解を持ち、人数も多い。この連中がいると、私たちの結束は壊れ、除かれ、別れてしまうだろう。私はこの比丘たちを必要としない。」そこで彼らは、僧伽を分裂させようと意図しながら、自分たちだけで「同じ集まりだ」と思って自恣を行いました。 この場合、後から来た清らかで同じ見解を持つ多数の比丘たちのために、その比丘たちは改めて自恣を行うべきです。最初に自恣を行った古参の比丘たちは、僧伽を分裂させようとする行為に近いため、偷蘭遮（つらんしゃ）の罪を得ます。 もし、それらの比丘たちが僧伽を分裂させようと熱心に努め、「同じ集まりだ」と思って自恣を終えた後、座席を立っていない者、立ち去った者、立ち去っていない者、すべてが立ち去っていない者など、様々な状態がある中で、別の場所から来た清らかで同じ見解を持つ多数の比丘たちが来たなら、その比丘たちは改めて自恣を行うべきです。最初の比丘たちは、僧伽を分裂させようとする行為に近いため、偷蘭遮の罪を得ます。 古参の比丘たちが自恣をしている時に、他の古参の比丘たちが来た場合、来た方が多いか同数なら、改めて自恣を行うべきです。 古参の比丘たちが自恣をしている時に、客僧が来た場合、来た方が多いか同数なら、改めて自恣を行うべきです。 古参の比丘たちが自恣をしている時に、古参の比丘と客僧が一緒に来た場合、来た方が多いか同数なら、改めて自恣を行うべきです。 客僧たちが自恣をしている時に、他の客僧が来た場合、来た方が多いか同数なら、改めて自恣を行うべきです。 客僧たちが自恣をしている時に、古参の比丘が来た場合、来た方が多いか同数なら、改めて自恣を行うべきです。 客僧たちが自恣をしている時に、古参の比丘と客僧が一緒に来た場合、来た方が多いか同数なら、改めて自恣を行うべきです。 古参の比丘と客僧が一緒に自恣をしている時に、古参の比丘が来た場合、来た方が多いか同数なら、改めて自恣を行うべきです。 古参の比丘と客僧が一緒に自恣をしている時に、客僧が来た場合、来た方が多いか同数なら、改めて自恣を行うべきです。 古参の比丘と客僧が一緒に自恣をしている時に、古参の比丘と客僧が一緒に来た場合、来た方が多いか同数なら、改めて自恣を行うべきです。

「舊比丘十四日多，客比丘十五日少，客比丘應隨舊比丘，是日應自恣。舊比丘十四日少，客比丘十五日多，舊比丘應隨客比丘，是日不應自恣。舊比丘十五日多，客比丘初日少，客比丘應隨舊比丘，是日更自恣。舊比丘十五日少，客比丘初日多，舊比丘應隨客比丘出界作自恣。若客比丘十四日多，舊比丘十五日少，舊比丘應隨客比丘，是日應自恣。客比丘十四日少，舊比丘十五日多，客比丘應隨舊比丘，是日不應自恣。客比丘十五日多，舊比丘初日少，舊比丘應隨客比丘，是日更自恣。客比丘十五日少，舊比丘初日多，客比丘應隨舊比丘出界作自恣。

「有一住處自恣時，諸舊比丘聞客比丘聲、客比丘因緣，若脚聲、若杖聲、若革屣聲、若異人聲，是諸舊比丘不求不覓作自恣，舊比丘得罪。若求得不喚自恣，舊比丘得罪。若求不能得疑自恣，舊比丘得罪。若求不能得無所疑自恣，如是舊比丘無罪。若求得是諸客比丘，一心歡喜應作自恣，如是舊比丘無罪。

「有一住處自恣時，諸客比丘聞舊比丘聲，舊比丘因緣，若戶鑰聲、釿聲、若斧聲、讀經聲，是諸客比丘不求不覓自恣，客比丘得罪。若求得不喚自恣，客比丘得罪。若求不能得疑自恣，客比丘得罪。若求不能得無所疑自恣，客比丘無罪。若求得是諸舊比丘，一心歡喜應作自恣，如是客比丘無罪。

「有一住處自恣時，舊比丘見客比丘相、客比丘來因緣，若不識衣鉢、若不識杖、若盛油革囊、革屣、針筒，是諸比丘不求不覓自恣，是諸舊比丘得罪。若求得不喚自恣，舊比丘得罪。若求不能得疑自恣，舊比丘得罪。若求不能得無所疑自恣，如是舊比丘無罪。若求得是諸客比丘，一心歡喜應作自恣如是舊比丘無罪。

「有一住處自恣時，諸客比丘見舊比丘相、舊比丘來因緣，若新掃灑地、次第敷床座，是諸客比丘不求不覓作自恣，客比丘得罪。若求得不喚作自恣，客比丘得罪。若求不得疑作自恣，客比丘得罪。若求不能得無所疑作自恣，客比丘無罪。若求得是諸舊比丘，共一心歡喜應作自恣，如是客比丘無罪。

「有一住處自恣時，比丘若他人舉、若不舉、若令憶念、若不令憶念，自言：『我有僧伽婆尸沙罪。』是比丘應與別住，不成與。是中應一比丘僧中唱：『大德僧聽！是中住處有比丘，若他人舉、若不舉、若令憶念、若不令憶念，自言有僧伽婆尸沙罪，是比丘應與別住，不成與。若僧時到僧忍聽，僧是比丘後當與別住。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，比丘若他人舉、若不舉、若令憶念、若不令憶念，自言有僧伽婆尸沙罪。是比丘若應與摩那埵、若應與本日治、若應與出罪，不成與。是中應一比丘僧中唱：『大德僧聽！是中住處有比丘，若他人舉、若不舉、若令憶念、若不令憶念，自言有僧伽婆尸沙罪。是比丘應與摩那埵、本日治、出罪，不成與。若僧時到僧忍聽，僧是比丘後當與摩那埵、當與本日治、當與出罪。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，比丘若他人舉、若不舉、若令憶念、若不令憶念，自言有提舍迦羅尼罪。是事共諍，有比丘言：『是中應出悔。』有比丘言：『是事應心生悔。』是中一比丘應僧中唱：『大德僧聽！是中住處有比丘，若他人舉、若不舉、若令憶念、若不令憶念，自言有提舍迦羅尼罪。是事共諍，有比丘言：「是事應出悔。」有比丘言：「是事應心生悔。」若僧時到僧忍聽，是比丘若得異比丘清淨共住同見，是比丘邊是罪如法懺悔。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，比丘若他人舉、若不舉、若令憶念、若不令憶念，自言有提舍迦羅尼罪。是事共諍，有比丘言：『是波逸提罪。』有比丘言：『是罪波羅提提舍尼。』是中應一比丘僧中唱：『大德僧聽！是中住處有比丘，若他人舉、若不舉、若令憶念、若不令憶念，自言有提舍迦羅尼罪。是事共諍，有比丘言：「是波逸提罪。」有比丘言：「是罪波羅提提舍尼。」若僧時到僧忍聽，僧是比丘若得異比丘清淨共住同見，是比丘邊是罪如法懺悔。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，比丘若他人舉、若不舉、若令憶念、若不令憶念，自言有提舍迦羅尼罪。是事共諍，有比丘言：『是罪殘可治。』有比丘言：『無殘不可治。』是中言：『有殘可治，是應共自恣。』是中言：『無殘不可治，是不應共自恣。』彼應置自恣而去，不應鬪諍相言。

「有一住處自恣時，有比丘說他比丘罪，若見、若聞、若疑。諸比丘知是說他罪人，身業不淨、能婬、能偷、能奪人命、能自稱過人法、能出精、能身身相觸、能殺生草、能非時食、能飲酒，不應信是比丘語治他罪。僧應語：『汝長老，莫瞋、莫鬪、莫諍、莫相言。』如是無羞人，僧莫數。僧應自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，比丘向餘比丘說他罪，若見、若聞、若疑。諸比丘知是長老說他罪人，口業不淨、是能妄語、不知言知、知言不知、不見言見、見言不見、不疑言疑、疑言不疑。如是比丘語，不應信治他人罪。僧應語是比丘：『長老！汝莫瞋、莫鬪、莫諍、莫相言。』如是無羞人，僧莫數。僧應自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，一比丘向餘比丘說他罪，若見、若聞、若疑。諸比丘知是長老說他罪人，身業不淨、口業不淨，是能婬、能偷、能奪人命、能自稱過人法、能故出精、能故觸女人身、能殺生草、能非時食、能飲酒，是亦能妄語、不知言知、知言不知、不見言見、見言不見、不疑言疑、疑言不疑。如是比丘語，不應信治他人罪。僧應語是比丘：『長老！汝莫瞋、莫鬪、莫諍、莫相言。』如是無羞人，僧莫數。僧應自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，一比丘向餘比丘說他罪，若見、若聞、若疑。諸比丘知是長老說他罪人，身業淨。是長老能不婬、不偷、不奪人命、不自稱過人法、不故出精、不故觸女身、不殺生草、不非時食、不飲酒，是長老少智、不決定、不善知，是人亦能非法言法、法言非法、非善言善、善言不善。如是比丘語，不應信治他人罪。僧應語是比丘：『長老！汝莫瞋、莫鬪、莫諍、莫相言。』如是少智人，僧莫數。僧應自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，一比丘向餘比丘說他罪，若見、若聞、若疑。諸比丘知是長老口業淨，是長老不能不知言知、知言不知、不見言見、見言不見、不疑言疑、疑言不疑，是長老少智、不決定、不善知，是人亦能非法言法、法言非法、善言非善、非善言善，如是比丘語，不應信治他人罪。僧應語是比丘：『長老！汝莫瞋、莫鬪、莫諍、莫相言。』如是少智人，僧莫數。僧應自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，一比丘向餘比丘說他罪，若見、若聞、若疑。諸比丘知是長老說他罪人，身業淨、口業淨。是長老能不婬、不偷、不故奪人命、不自稱過人法、不故出精、不故觸女身、不殺生草、不非時食、不飲酒、不能不知言知、知言不知、不見言見、見言不見、不疑言疑、疑言不疑，是長老少智、不決定、不善知，是人亦能非法言法、法言非法、善言非善、非善言善。如是比丘語，不應信治他人罪。僧應語是比丘：『長老！汝莫瞋、莫鬪、莫諍、莫相言。』如是少智人，僧莫數。僧應作自恣，不應與自恣作礙。

「有一住處自恣時，一比丘向餘比丘說他罪，若見、若聞、若疑。諸比丘知是長老說他罪人，身業淨、口業淨，是長老能不婬、不偷、不故奪人命、不自稱過人法、不故出精、不故觸女身、不殺生草、不非時食、不飲酒、不能不知言知、知言不知、不見言見、見言不見、不疑言疑、疑言不疑，是長老說他罪人，有智人、決定人、善知人，是人亦不法言非法、非法言法、善言非善、非善言善。是長老爾時應安詳竊問竊教：『汝長老說他罪，為眼見、耳聞、心疑耶？』是長老若言：『眼見。』諸比丘應問：『若眼見不應說耳聞心疑，見何等？何處見？云何見？見作何事？何因緣到彼？』是人若言：『耳聞。』『不應說眼見心疑，聞何等？何處聞？云何聞？聞作何事？男邊聞？女邊聞？不能男邊聞？二根人邊聞？』若言：『心疑。』『不應說眼見耳聞，疑何等？何處疑？云何疑？疑何事？若身罪中疑、口罪中疑、殘罪不殘罪、殘不殘罪中疑耶？聚落處空處何處疑？』如是安詳竊問竊教，是長老得實者，諸比丘應一心治是罪比丘。若罪比丘言：『我是白衣。』僧應語：『汝出去！』僧應作自恣，不應與自恣作礙。

「若言：『我沙彌、非比丘異道、不見擯、不作擯、惡邪、不除擯、不共住、種種不共住、犯邊罪、本白衣、不能男、污比丘尼、越濟人、殺父母、殺阿羅漢、破僧、惡心出佛身血人。』僧應語：『汝出去！』諸比丘應自恣，不應與自恣作礙。一切事先作竟，僧應自恣。若應與現前毘尼，與竟；應作憶念毘尼，與竟；應與不癡毘尼，與竟；應與自言毘尼，與竟；應與實覓毘尼，與竟；應與多覓毘尼，與竟；是比丘若應與苦切羯磨，與竟；若應與依止羯磨，與竟；若應與驅出羯磨，與竟，若應與下意羯磨，與竟；若應與不見擯羯磨，與竟；若與別住羯磨，與竟；若應與摩那埵羯磨，與竟；若應與本日治羯磨，與竟；若應與出罪羯磨，與竟；僧應自恣。

「若安居比丘聞彼住處有比丘瞋鬪諍相言來，欲遮此間比丘自恣。諸比丘應二、三、四促作布薩，差為僧作自恣人，應廣自恣。是諸比丘成辦促二、三、四作布薩，差為僧作自恣人廣自恣，如是好。若不成，諸比丘若聞彼比丘瞋鬪諍相言，從彼發來為遮自恣故。是時應疾疾集，差自恣人廣自恣。諸比丘若成疾疾集，差自恣人廣自恣，如是好。若不成，諸比丘若聞彼比丘瞋鬪諍相言，從彼來入界內，是時舊比丘，應一心軟語迎問訊歡喜，為持衣鉢開房舍示臥具：『長老！是汝曹床坐、麁䏶繩床、細䏶繩床、被褥，汝隨上座次第安住。』是中應為辦洗浴具、薪火、澡豆、湯水、塗身蘇油。客比丘入浴室竟，舊比丘應出界，差為僧作自恣人廣自恣。若舊比丘成辦是事好。若不成，舊比丘應語客比丘：『長老！我等是布薩不自恣，後布薩時我等當自恣。』客比丘語舊比丘言：『長老！後布薩時不應自恣，若有說事今日說，為何事故？我等佛聽自恣，是事不得。』舊比丘應語客比丘：『汝等置舊比丘，自知自恣時。』若客比丘是時餘處去好。若不去，舊比丘應語客比丘：『我等不後布薩時自恣，我等八月四月自恣，我夏末月自恣多得布施。』若客比丘語舊比丘言：『長老！不聽汝八月四月自恣，若有說事今日說，為何事故？我等佛聽自恣，是事不得。』舊比丘應語客比丘：『汝等置舊比丘，自知自恣時。』若客比丘是時餘處去好。若不去，是中應不自恣而去，我等不應瞋鬪諍相言故。

「若有病比丘，遮不病比丘自恣，僧應語是病比丘：『汝長老病，莫遮不病比丘自恣。何以故？病人少安隱故。』有不病比丘，遮病比丘自恣，僧應語是不病比丘：『長老！汝莫遮病比丘自恣。何以故？病人少安隱故。』有病比丘，遣使遮不病比丘自恣，僧應語是使：『長老！莫受病人語遮不病比丘自恣。何以故？病人少安隱故。』是使到病人邊語：『長老！僧約勅，汝病莫遮不病比丘自恣。何以故？病人少安隱故。』病人言為遮，是病比丘得突吉羅罪。是使受病人語，遮不病比丘自恣，是使得突吉羅罪。不病比丘遣使，遮病比丘自恣亦如是。

「四種非法遮自恣，四種有法遮自恣。何等四非法遮自恣？一無根破戒遮自恣、二無根破正見、三無根破正命、四無根破威儀遮自恣。是為四非法遮自恣。何等四有法遮自恣？一有根破戒遮自恣、二有根破正見、三有根破正命、四有根破威儀遮自恣。是為四有法遮自恣。」

佛在舍衛國，佛語諸比丘：「從今聽一說自恣、二說自恣，我前已聽三說自恣。若一說自恣時，初說未竟若遮，是非法遮自恣。若一說竟遮，是有法遮自恣。若二說自恣時，初說未竟若遮，是非法遮自恣。初說竟若遮，是非法遮自恣。二說未竟若遮，是非法遮自恣。二說竟遮，是有法遮自恣。若三說自恣時，初說未竟若遮，是非法遮自恣。初說竟若遮，是非法遮自恣。二說未竟若遮，是非法遮自恣。二說竟若遮，是非法遮自恣。三說未竟若遮，是非法遮自恣。若三說竟遮，是有法遮自恣。

「何處佛聽應一說自恣？如一住處自恣時大會，僧中諸比丘如是思惟：『是住處僧大會，若我等三說自恣，夜多過不得自恣。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「如一住處自恣時，王、若王等，諸比丘邊坐欲聽法，是中諸比丘說法夜多過，諸比丘思惟：『是住處王、若王等，諸比丘邊坐欲聽法，是中諸比丘說法夜多過。若我等三說自恣，夜多過不得自恣。』『若僧時，到僧忍聽僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「如一住處自恣時大得布施，是中諸比丘作分段夜多過，諸比丘思惟：『是住處僧大得布施，諸比丘作分段夜多過，若我等三說自恣，夜多過不得自恣。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「如一住處自恣時，二法師義辯、名辯、辭辯、應辯。是二比丘說法時夜多過，諸比丘思惟：『是住處二法師義辯、名辯、辭辯、應辯，是諸比丘說法夜多過，若我等是中三說自恣，夜多過不得自恣。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「如一住處自恣時，諸比丘四事若一一事起，以是故夜多過，諸比丘思惟：『是住處諸比丘四事若一一事起，以是故夜多過。若我等是中三說自恣，是夜多過不得自恣。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「如一住處自恣時，多比丘病。是中諸比丘如是念：『是住處諸比丘病，若我等三說自恣，有病比丘不堪𧿟跪。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「如一住處自恣時，天雨覆屋薄，是中諸比丘如是念：『是住處天雨覆屋薄，若我等三說自恣，屋漏污僧臥具，濕諸比丘衣。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「如一住處自恣時，八難若一一難起：若王難、若賊難、若火難、水難、惡獸難、腹行虫難、人難、非人難。云何王難？若王瞋約勅，捕諸沙門釋子、打殺繫縛驅出、奪袈裟與白衣著、令作象兵馬兵車兵步兵射兵、捉象鉤捉革鞙、舉輿出入軍陣、若一一官雜役。是中諸比丘思惟：『是住處王瞋約勅，捕諸沙門釋子。殺繫驅出、奪袈裟與白衣著、令作象兵馬兵車兵步兵射兵、捉象鉤捉革鞙、舉輿入出軍陣、一一官雜役，若三說自恣，或奪命、或破戒。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「云何賊難？若諸賊瞋約勅，捕諸沙門釋子、殺繫驅出、取頭血塗戶耳窓向、作幟作字、門關戶橝牛頭象牙杙、梁棟栿衣架僧房別房、牆壁食處門間禪窟、大小便處重閣經行道頭樹下，皆持血作字作幟。諸比丘如是思惟：『是住處賊瞋約勅、捕諸沙門釋子殺繫驅出、取頭血塗戶耳窓向、作字作幟、門關戶橝牛頭象牙杙梁椽栿衣架、僧房別房牆壁食處門間禪窟、大小便處重閣經行道頭樹下，皆持血作字作幟。若我等三說自恣，或奪命、或破戒。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「云何火難？諸比丘樹林中作僧坊，是中天火大火來，是火燒諸樹林經行道、頭重閣僧坊別房、垣牆食處門間、大小便處、居士牛羊驢馬駱駝穀場使人皆燒。諸比丘思惟：『是樹林中作精舍，天火大火來燒樹林、經行道頭乃至燒居士甘蔗田、稻田、麥田、胡麻田、葡萄田、牛羊、驢馬、駱駝穀場使人皆燒。我等三說自恣，或奪命、或破戒。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，莫與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「云何水難？若諸比丘河曲中作僧坊，是中諸龍依止雪山住，身增長得力，入大河歸大海，令河水大漲，漂諸樹林經行道、里重閣僧坊別房、食處門間大小便處，亦復漂諸居士甘蔗田、稻田乃至漂諸穀場人民。是中諸比丘思惟：『是河曲僧坊，諸龍大龍依止雪山住，乃至漂人民。我等三說自恣，或奪命、或破戒。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「云何惡獸難？若諸比丘惡獸處作僧坊，是中諸小比丘不知宜法，非處大小便、浣弊衣曬之，諸惡獸瞋恚。惡獸者，謂師子𠒃虎豹、豺狼、熊羆。是惡獸至僧坊別房中，垣牆、食處、禪窟、門間、大小便處、浴室、重閣、經行道、頭樹下。諸比丘思惟：『是惡獸處作僧坊，是中諸小比丘不知宜法，非處大小便、浣弊衣及曬，諸惡獸瞋，來入僧坊乃至經行道頭樹下。我等三說自恣，或奪命、或破戒。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「云何腹行虫難？若諸比丘在龍處作僧坊，是中諸小比丘不知宜法，非處大小便、浣弊衣曬之，是中諸龍瞋放毒蛇蜈蚣，入諸比丘床下、床上、榻下、榻上、獨坐床下、戶耳窓、向門間、戶橝、牛頭、象牙、杙梁椽、衣架、僧房、別房、垣牆、食處、門間、禪窟、浴室、重閣、大小便處、經行道、頭樹下。是中諸比丘思惟：『是龍處作僧坊，諸小比丘不知宜法，乃至樹下。我等三說自恣，或奪命、或破戒。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「云何人難？若諸比丘或依城聚落住，諸比丘不知宜法，貴人婦女，若軟語、若罵詈，欲令伏從。是中諸人瞋約勅，捕諸沙門釋子、殺繫驅出，不聽入城邑聚落街陌行，不聽入舍，莫使坐，莫使乞食，莫與供養。是中諸比丘思惟：『是諸比丘不知宜法，貴人婦女，若軟語、若罵詈，欲令伏從，是中諸人瞋約勅，捕殺乃至莫供養。我等三說自恣，或奪命、或破戒。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「云何非人難？有諸比丘非人住處作僧坊，是諸比丘不知宜法，非處大小便，浣弊衣曬，是中非人復瞋，恐怖諸比丘，持比丘著床上、床下、獨坐床上、獨坐床下、戶耳窓、向門間、戶橝、牛頭、象牙、杙梁椽、衣架、僧房、別房、垣牆、食處、門間、禪窟、浴室、重閣、大小便處、經行道、頭樹下，或捉比丘倒懸。是中諸比丘思惟：『是諸比丘不知宜法，乃至捉比丘倒懸。我等三說自恣，或奪命、或破戒。』『若僧時到僧忍聽，僧當一說自恣。如是白。』如是作竟應自恣，不應與自恣作礙，如是住處應一說自恣。

「有一住處自恣時，有比丘言：『置罪事共人自恣。』僧應語是比丘：『長老！不得置罪事共人自恣，若有說事今說。為何事故？我等佛聽自恣，是事不得。』有比丘言：『置人置罪，餘人共自恣。』僧應語是比丘：『長老！不得置人置罪，餘人共自恣，若有說事今說。為何事故？我等佛聽自恣，是事不得。』有比丘言：『置罪置人置伴黨，餘殘人共自恣。』僧應語是比丘：『長老！不得置罪置人置伴黨，餘殘人共自恣，若有說事今說。為何事故？我等佛聽自恣，是事不得。』

「有一住處自恣時，識罪不識人，僧應過自恣時求說，不應自恣時求說。若自恣時求說，僧得罪。有一住處自恣時，識人不識罪，僧應過自恣求說，不應自恣時求說。若自恣時求說，僧得罪。有一住處自恣時，識罪識人，僧應自恣時求說，不應過自恣求說。若過自恣求說，僧得罪。有一住處自恣時，不識罪不識人，僧應過自恣求說，不應自恣時求說。若自恣時求說，僧得罪。有一住處自恣時，諸比丘作如是制限：『諸長老！我等非三月自恣，八月中四月自恣，若我等夏末月多得布施，用是自恣，攝布施故。』是時有一比丘，本不要若父母遣使，若兄弟若姊妹、若兒女、若本第二，是中不獲己強去，是比丘語諸比丘：『諸長老！我本不要父母遣使，若兄弟、若姊妹、若兒女、若本第二遣使，是中不獲己強去。汝等集，我今欲自恣、欲遮自恣、欲遮一比丘自恣。』僧應語是比丘：『長老！不得今日自恣，亦不得遮他比丘自恣，若有說事今說，自身清淨故，佛聽自恣。』是比丘言：『汝諸長老集，今日我自恣，後來已當遮是一比丘自恣。』僧應語：『長老！不得今日自恣，後來已遮一比丘自恣。若有說事今說，自身清淨故，佛聽自恣。』是比丘若言：『汝諸長老集，今日自恣，後來已不復遮他比丘自恣。』『佛言：「僧應和合與是比丘自恣。何以故？入自恣制限故。」』

「自恣時不應往，此有比丘有住處、彼有比丘有住處、彼有比丘無住處、彼有比丘有住處無住處，彼間比丘不共住。

「自恣時不應往，此有比丘有住處、彼有非比丘有住處非比丘無住處、彼有非比丘有住處無住處，彼間比丘不共住。」餘如布薩中廣說。

> 自恣の時には、そこへ行くべきではありません。その場所に比丘が住むところがあっても、比丘でない人が住むところがある、あるいは比丘でない人が住むところがあって、住まないところがある、比丘でない人が住むところがあり、住まないところがあるかもしれません。そうした中では、比丘は共に住んではなりません。その他の詳細は、布薩（布薩）のときと同様に詳しく述べられています。

佛語諸比丘：「不應白衣前自恣、不應沙彌前、非比丘異道、不見擯不作擯、惡邪不除擯、不共住、種種不共住、犯邊罪、本白衣不能男、污比丘尼越濟人、殺父母殺阿羅漢、破僧惡心出佛身血人，如是一切不應在前自恣。一切先事作竟，僧應自恣。若應與現前比尼與竟，應與憶念比尼與竟，應與不癡比尼與竟，應與自言比尼與竟，應與實覓比尼與竟，應與多覓比尼與竟，是比丘若應與苦切羯磨與竟，若應與依止羯磨與竟，若應與驅出羯磨與竟，若應與下意羯磨與竟，若應與不見擯羯磨與竟，若應與不作擯羯磨與竟，若應與惡邪不除擯羯磨與竟，若應與別住羯磨與竟，若應與摩那埵羯磨與竟，若應與本日治羯磨與竟，若應與出罪羯磨與竟，僧應自恣。宿受自恣，若比丘，僧不應共自恣。若僧未起如是得，自恣時未至不應自恣，除鬪僧還和合一心聽自恣。」七法中自恣法第三竟

## 十誦律卷第二十三