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title: "十誦律 · 1"
description: "十誦律是佛教根本廣律之一，屬說一切有部，由弗若多羅與鳩摩羅什於後秦弘始年間在長安譯出。此律在姚興支持下系統傳譯，記載佛陀為僧團制定的戒條、儀規及制戒因緣，共十誦篇章，涵蓋比丘戒相、羯磨、布薩等內容。作為漢傳佛教四大廣律之一，十誦律為研究早期戒律與僧伽制度提供了重要文獻，對中國律宗形成與戒律實踐影響深遠。"
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### 七法中衣法第七之上

> 第7章 衣法（上）

佛在王舍城。五比丘白佛：「應著何等衣？」佛言：「應著槃藪衣。」

> 仏が王舎城にいらっしゃいました。五人の比丘がお尋ねしました。「どのような衣を身につけるべきでしょうか？」仏はお答えになりました。「糞掃衣（ふんぞうえ）を身につけなさい。」

佛在王舍城，佛身冷濕須服下藥，佛告阿難：「我身冷濕，是事汝自知。」阿難受教，往耆婆藥師所，語耆婆言：「佛身冷濕須服下藥，是事汝自知。」耆婆言：「長老！還去，我隨後往。」耆婆思惟：「佛德尊重，不宜進木藥、苦藥如餘人法，當取青蓮華以下藥草熏之持用上佛。」即取青蓮華以下藥熏作已，持詣佛所頭面禮足白佛言：「是優鉢羅華熏以下藥，可以治身，願佛受之。此藥一嗅十下、二嗅二十下、三嗅三十下。」佛受已默然。耆婆欲還，具教阿難侍病節度而去。佛一嗅其藥十下、二嗅二十下、三嗅二十九下。耆婆明識時數復來，瞻佛問訊：「世尊！不審下不？」佛言：「向嗅汝藥二十九下。」耆婆知佛身病未盡，白佛言：「須飲少暖水，飲已更一下，如是隨順滿三十下。」耆婆還家辦隨病藥、飲食軟飯粥羹、甞伽羅藥，奉進所須，起居輕利無復患苦。佛得瞻力，還復本色。耆婆持深摩根衣價直百千欲奉上佛，頭面禮足一面立白佛言：「我治王大臣皆與我願。今日治佛，願世尊賜我一願。」佛告耆婆：「多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀已過諸願。」白佛言：「可得願與我。」佛告耆婆：「汝索何等願？」耆婆言：「大德！是深摩根衣價直百千，願佛受著，憐愍故。」佛默然受。知佛默然受，即以深摩根衣價直百千上佛，頭面禮佛足而去。佛以是事集僧，集僧已告諸比丘；「今日耆婆與我價直百千深摩根衣，從今日聽若有施比丘如是衣者，得隨意取著。從今日若比丘欲著槃藪衣聽著；若欲著居士施衣亦聽著。」

> 仏は王舎城に滞在されていた。ある時、仏の身体が冷えて湿っているため、下剤を服用する必要が生じた。仏は阿難に告げられた。「我が身体は冷えて湿っている。この件については、お前が適宜判断せよ。」 阿難はその教えを受け、医師の耆婆（ジーヴァカ）のもとへ赴き、こう伝えた。「仏の御身体が冷えて湿っているため、下剤を服用される必要があります。この件については、あなたが適宜ご判断ください。」 耆婆は言った。「長老よ、お戻りください。私もすぐに参ります。」耆婆は考えた。「仏の御徳は尊く、他の人々のように木の実や苦い薬を用いるべきではない。では、青蓮華を取って下剤の薬草を燻蒸し、それを仏に献上しよう。」そこで青蓮華を取り、下剤の薬を燻蒸して調合し、仏のもとへ参上した。彼は仏の足に頭を付けて礼拝し、申し上げた。「この青蓮華で燻蒸した下剤の薬は、御身体の治療に適しております。どうか仏様、お受け取りください。この薬を一度嗅げば十回の下痢、二度で二十回、三度で三十回の効果がございます。」 仏はお受け取りになり、黙っておられた。耆婆は帰ろうとし、阿難に看病の作法を詳しく教えてから去った。仏がその薬を一度嗅ぐと十回、二度で二十回、三度で二十九回の下痢があった。 耆婆はその回数を熟知しており、再び訪れて仏の様子を伺った。「世尊、下痢は出ましたか？」仏は言われた。「先ほど、あなたの薬を嗅いで二十九回下痢があった。」耆婆は仏の御病がまだ完治していないと知り、申し上げた。「少量の温かいお湯をお飲みください。飲めばさらにもう一度下痢があり、そうすれば都合三十回に達します。」 耆婆は家に帰り、病に応じた薬や、柔らかいご飯や粥、羹（あつもの）、甞伽羅薬（しょうからやく）を用意し、必要なものを差し出した。仏は快方に向かい、苦しみはなくなった。体力も回復し、本来の御身体を取り戻された。 耆婆は、百千の価値がある深摩根衣（しんまこんえ）を仏に献上しようと思い立ち、再び仏のもとへ赴いた。足に頭を付けて礼拝し、一方に立って申し上げた。「私は王や大臣を治療した際には、皆から叶えてもらいたい願いがありました。本日は仏様を治療しました。どうか世尊、私に一つの願いをお聞き届けください。」 仏は耆婆に告げられた。「多陀阿伽度（如来）・阿羅訶（応供）・三藐三佛陀（正遍知）は、すでに全ての願いを超えているのだ。」 耆婆は申し上げた。「願いをお聞き届けいただけますでしょうか。」 仏は耆婆に言われた。「あなたはどのような願いを望むのか。」 耆婆は答えた。「大徳よ、この深摩根衣は百千の価値がございます。どうか仏様、憐れみの心から、お受け取りください。」 仏は黙ってお受けになられた。耆婆は仏が黙って受け入れられたことを知り、百千の価値がある深摩根衣を仏に献上し、足に頭を付けて礼拝してから去った。 仏はこの出来事をきっかけに僧たちを集め、集まった僧たちに告げられた。「今日、耆婆は私に百千の価値がある深摩根衣を布施した。これより、もし比丘にこのような衣が布施されたならば、随意に受け取って着用することを許す。これより、比丘は糞掃衣（ふんぞうえ）を着用したければ着用してもよいし、在家の信者が布施した衣を着用したければ、それも許す。」

佛在王舍城。是時洴沙王，乘象輿清旦出王舍城欲見佛。王信佛恭敬，時有外道梵志從道而來，王遙見謂是沙門，便勅御者住象欲下禮拜。大臣問王：「欲作何等？」王言：「欲禮來比丘。」大臣言：「大王！是非佛弟子，外道梵志耳。」王羞愧，王問御者：「今往見佛，去此幾許可乘？何處可下？」御者具答。到已，頭面禮佛足一面坐，白佛言：「世尊！願令僧衣與外道衣異，使可分別。」佛告大王：「何以故欲令衣異？」王以是事具白佛，佛為王說法示教利喜，禮佛而去。時阿難侍佛後執扇扇佛，佛顧語阿難：「我欲南山國土遊行。」阿難受勅尋從。既到南山國土，時至乞食，食訖到一樹下敷尼師檀結跏趺坐，是時近山有好稻田畦畔齊整，佛告阿難：「汝見彼稻田畦畔齊整不？」答言：「見。」佛告阿難：「此深摩根衣能法此田作衣不？」阿難言：「能。」即以衣與阿難。阿難受已小却，即割截簪縫中脊衣，葉兩向收襞展張還奉佛。佛讚：「善哉，善哉！此衣割截如是作應法。」佛從南山國土持衣鉢向王舍城，到已以是因緣集僧，集僧已告諸比丘：「從今日聽著割截衣，不著割截衣不得入聚落。若入，得突吉羅罪。」佛聽諸比丘著居士施衣，諸居士婆羅門有信施者，多施僧衣欽婆羅拘執雜色㲲，諸比丘畜多衣。佛知諸比丘畜多衣，多衣妨行道，欲作齊限，告阿難言：「吾欲向維耶離國遊行。」阿難受勅尋從。既到會值冬節，八夜寒風破竹。佛時著一割截衣，初夜空地經行。初夜過中夜來，佛身寒，告阿難：「持第二割截衣來。」阿難即取衣授佛。佛取衣著，中夜空地經行。中夜過後夜來，佛身寒，告阿難：「持第三割截衣來。」阿難即授衣。佛取衣著空地經行，佛思惟：「諸比丘爾所衣足。」是夜過已，佛以是因緣集僧，集僧已告諸比丘：「從今聽三衣，不應少、不應多。若少畜，得突吉羅罪。若多畜，得尼薩耆波逸提罪。」

> 王舎城にお釈迦様がいらっしゃいました。その頃、瓶沙王が象の輿に乗って、夜明けに王舎城を出てお釈迦様に会いに行きました。王は仏法を深く信じ、敬っていました。道から外道の梵志がやって来るのを、王は遠くから見て沙門（修行者）だと思い、御者に象を止めるよう命じて、下りて礼拝しようとしました。大臣が王に「何をなさろうとしているのですか？」と尋ねると、王は「来た比丘に礼をしようと思って」と答えました。大臣は「大王、あれは仏弟子ではなく、外道の梵志でございます」と言いました。王は恥ずかしく思い、御者に「今からお釈迦様に会いに行くが、ここからどれほど離れているか。どこで下りるべきか」と尋ねると、御者は詳しく答えました。到着すると、王は頭を下げてお釈迦様の足に礼拝し、片隅に座ってから申し上げました。「世尊よ、どうか僧の衣と外道の衣を異なるものとして、区別できるようにしてくださいませ。」お釈迦様は王に「なぜ衣を異なるものにしたいのですか？」とお尋ねになりました。王がその経緯を詳しくお話しすると、お釈迦様は王に法を説き、教え示し、利益を与え、喜ばせてから、お釈迦様は礼拝を受けてお別れになりました。その時、阿難がお釈迦様の後ろに控え、扇で扇いでいました。お釈迦様は振り返って阿難に「私は南山の国へ遊行したいと思う」とおっしゃいました。阿難はそのお命じを受け、ただちに従いました。南山の国に着くと、食事時の托鉢を済ませ、食後にある木の下に座布団を敷き、結跏趺坐されました。その時、近くの山に良い稲田があり、畦が整っていました。お釈迦様は阿難に「あの稲田の畦が整っているのを見たか？」と尋ねられました。阿難は「はい、見ました」と答えました。お釈迦様は「この深摩根衣で、あの田のように衣を作ることができるか？」と尋ねられました。阿難は「できます」と答えました。そこで衣を阿難に渡されました。阿難は受け取ると少し退き、すぐに裁断し、縫い合わせ、背中の衣の部分を作り、両端を折り返して広げ、再びお釈迦様に捧げました。お釈迦様は「善哉、善哉。この衣の裁断の仕方はまさに法にかなっている」とお褒めになりました。お釈迦様は南山の国から衣鉢を持って王舎城にお戻りになりました。到着後、この因縁によって僧を集め、集まった僧たちに告げられました。「今日から裁断した衣を着用することを許す。裁断した衣を着用せずに聚落に入ってはならない。もし入れば、突吉羅の罪となる。」お釈迦様は在家者が施す衣を比丘たちが着用することを許されました。多くの在家者や婆羅門で信心のある者は、僧に多くの衣、すなわち欽婆羅や拘執や雑色の布を施しました。比丘たちは多くの衣を蓄えました。お釈迦様は比丘たちが多くの衣を蓄え、それが修行の妨げになっているのをご存知で、限度を設けようと思われ、阿難に「私は維耶離国へ遊行したいと思う」とお告げになりました。阿難はそのお命じを受け、ただちに従いました。到着すると冬の季節に当たり、八夜にわたって寒風が竹を折るほどでした。お釈迦様はその時、一枚の裁断した衣を着て、初夜に空地を経行されました。初夜が過ぎ中夜になると、お釈迦様は体が冷えて、阿難に「二枚目の裁断した衣を持って来なさい」とおっしゃいました。阿難はすぐに衣を取り、お釈迦様に差し出しました。お釈迦様はそれを着て、中夜に空地を経行されました。中夜が過ぎ後夜になると、お釈迦様は体が冷えて、阿難に「三枚目の裁断した衣を持って来なさい」とおっしゃいました。阿難はすぐに衣を差し出しました。お釈迦様はそれを着て空地を経行されました。お釈迦様はお考えになりました。「比丘たちにはこの程度の衣で十分であろう。」その夜が明けると、お釈迦様はこの因縁によって僧を集め、集まった僧たちに告げられました。「今後は三衣を許す。少なくても多くてもならない。少なく持てば突吉羅の罪となる。多く持てば尼薩耆波逸提の罪となる。」

有一比丘有糞掃衣，比丘聞佛結戒，不應著不割截衣入聚落，思惟：「我有糞掃衣破裂，我當補帖作鉤葉欄施緣。」即持針縷近祇林門間補帖糞掃衣，用當割截衣。佛將侍者阿難食後經行，至彼處見之。佛知故問：「汝欲作何等？」答言：「世尊與我等結戒，不應著不割截衣入聚落，我有糞掃衣破裂，欲補帖施緣當割截衣。」佛言：「比丘善哉！糞掃衣補帖，應用當割截衣。從今聽畜糞掃衣四種。何等四種？一塚間衣、二出來衣、三無主衣、四土衣。何等塚間衣？有衣裹死人棄塚間，是為塚間衣。何等出來衣？裹死人衣，持來施比丘，是為出來衣。何等無主衣？若聚落中若空地，衣不屬他，若男子、若女人、若黃門、若二根，是為無主衣。何等為土衣？有巷陌中、若塚間、若糞掃中有棄弊物，是為土衣。若比丘得塚間新衣，應兩重作僧伽梨、一重欝多羅僧、一重安陀會、二重尼師檀。復次欲作三重僧伽梨、三重尼師檀。若比丘得塚間故衣，應四重作僧伽梨、二重欝多羅僧、二重安陀會、四重作尼師檀。出來衣、無主衣亦如是，土衣聽隨意作重。」

> ある比丘が糞掃衣（ふんぞうえ）を持っていました。その比丘は、仏が「割截（かっさい）していない衣を着て集落に入ってはならない」と戒律を定められたことを聞き、考えました。「私の糞掃衣は破れている。継ぎを当てて、鉤（かぎ）葉（よう）の欄（らん）と縁（えん）を施そう。」そして、針と糸を持って祇林（ぎりん）の門の近くで糞掃衣に継ぎを当て、割截衣の代わりとしようとしました。 仏は侍者の阿難（あなん）を連れて、食後に経行（きんひん）され、その場所に来られました。仏は知りながらお尋ねになりました。「あなたは何をしようとしているのか。」比丘は答えました。「世尊は私たちに、割截していない衣を着て集落に入ってはならないと戒律を定められました。私には破れた糞掃衣がありますので、継ぎを当てて縁を施し、割截衣の代わりにしようとしています。」 仏は言われました。「比丘よ、善きかな！糞掃衣に継ぎを当てることは、割截衣の代わりとして用いるべきである。今より、四種の糞掃衣を持つことを許す。その四種とは何か。第一に塚間衣（ちゅうけんえ）、第二に出来衣（しゅつらいえ）、第三に無主衣（むしゅえ）、第四に土衣（どえ）である。 何をもって塚間衣とするか。死者を包んだ衣を塚の間に捨てたもの、これを塚間衣とする。 何をもって出来衣とするか。死者を包んだ衣を持ち来たり、比丘に布施するもの、これを出来衣とする。 何をもって無主衣とするか。集落の中や空地にあって、他の者に属さない衣。それが男子であれ、女子であれ、黄門（おうもん）であれ、二根（にこん）であれ、これを無主衣とする。 何をもって土衣とするか。巷（ちまた）の中、塚の間、または糞掃の中に捨てられた古道具がある、これを土衣とする。 もし比丘が塚間衣の新しい衣を得たならば、僧伽梨（そうぎゃり）は二重に、欝多羅僧（うったらそう）は一重に、安陀会（あんだえ）は一重に、尼師檀（にしだん）は二重に作りなさい。さらに、僧伽梨を三重に、尼師檀を三重に作りたいと思うならば、それも許される。 もし比丘が塚間衣の古い衣を得たならば、僧伽梨は四重に、欝多羅僧は二重に、安陀会は二重に、尼師檀は四重に作りなさい。出来衣、無主衣についても同様である。土衣については、随意に重ねることを許す。」

佛在舍衛國，有摩伽羅母，名毘舍佉，詣佛所頭面禮足却坐一面，佛以種種因緣說法，示教利喜已默然。知佛說法示教利喜默然已，從坐起偏袒著衣合掌白佛言：「世尊！願佛及僧受我明日請。」佛默然受。知佛默然受已，頭面禮佛足右繞而去，還舍通夜辦種種多美飲食。佛是初夜共阿難露地經行，佛看星宿相語阿難言：「若今有人問知宿星相者：『何時當雨？』彼必言：『七歲當雨。』」佛語阿難：「初夜過已中夜至，是星相滅更有異星相出。若爾時有人問知相者：『何時當雨？』彼必言：『過七月當雨。』」又語阿難：「中夜過已至後夜，是星相滅更有異星相出。若爾時問知相者：『何時當雨？』彼必言：『七日當雨。』」是夜過地了，時東方有雲出，形如圓椀遍滿空中，是雲能作大雨滿諸坑坎。爾時佛告阿難：「語諸比丘：『是椀雲雨有功德能除病，若諸比丘欲洗浴者露地立洗。』」阿難受教語諸比丘：「是椀雲雨有功德能除病，諸比丘欲洗浴者露地立洗。」時諸比丘隨意露地立洗浴。爾時毘舍佉鹿子母，辦飲食已早起敷坐處。遣婢白佛：「時到！食具已辦，佛自知時。」婢即受教，往詣祇林請諸比丘，於門孔中看，見裸形露洗。見已心不喜，作是念：「是中都無比丘，盡是裸形外道無慚愧人。」作是念已，即還語大家言：「祇陀林中無一比丘，盡是裸形外道。」是毘舍佉母智慧利根，知今日雨墮，諸比丘必當露地裸形洗浴，是婢癡無所知故作是言：「祇林中無一比丘，盡是裸形外道。」即更喚餘婢，往詣祇林打門作聲白言：「時到，食具已辦。」即受教去，往詣祇林打門作聲：「時到，食具已辦，佛自知時。」

> ある時、仏陀は舎衛国に滞在されていた。その地に毘舎佉という摩伽羅の母がいた。彼女は仏陀のもとを訪れ、頭を仏陀の足に付けて礼拝し、その後、一方に座った。仏陀は様々な因縁について説法し、教えを示し、利益を与え、喜ばせた後、静かにされた。毘舎佉は、仏陀が説法を終えて静かになられたのを知り、座を立って、衣を片方の肩にかけ、合掌して仏陀に申し上げた。「世尊よ、どうか明日、仏陀と僧団を私の供養にお招きくださいませ。」仏陀は静かにその請けを受け入れられた。毘舎佉は、仏陀が黙って受け入れられたことを知り、再び頭を仏陀の足に付けて礼拝し、右に回ってから去って行った。彼女は家に帰り、一晩かけて様々な種類の素晴らしい飲食を準備した。 その夜、初夜の頃、仏陀は阿難と共に露地を経行（歩く瞑想）されていた。仏陀は星の相（ほしのかたち）をご覧になり、阿難に言われた。「もし今、星の相を知る者に『いつ雨が降るのか』と尋ねる者がいたなら、その者は必ず『七年後に雨が降るでしょう』と言うであろう。」続けて仏陀は阿難に告げられた。「初夜が過ぎて中夜になれば、この星の相は消え、別の星の相が現れる。その時に星の相を知る者に『いつ雨が降るのか』と尋ねる者がいたなら、その者は必ず『七か月後に雨が降るでしょう』と言うであろう。」さらに仏陀は言われた。「中夜が過ぎて後夜になれば、この星の相は消え、さらに別の星の相が現れる。その時に星の相を知る者に『いつ雨が降るのか』と尋ねる者がいたなら、その者は必ず『七日の後に雨が降るでしょう』と言うであろう。」 その夜が明けると、東方に雲が現れた。その形は丸い鉢のようであり、空一面に広がった。この雲は大雨を降らせ、地面のあらゆる窪みを水で満たした。その時、仏陀は阿難に告げられた。「阿難よ、比丘たちに伝えなさい。『この鉢形の雲がもたらす雨には功徳があり、病を除く力がある。洗浴したい比丘は、露地に立って洗いなさい。』」阿難はその教えを受け、比丘たちに告げた。「この鉢形の雲がもたらす雨には功徳があり、病を除く力がある。洗浴したい比丘は、露地に立って洗いなさい。」そこで比丘たちは思い思いに、露地に立って雨に打たれながら洗浴した。 その頃、毘舎佉（鹿子の母）は、飲食を準備し、早朝に座席を整えた。そして召使いの娘を遣わして仏陀に告げさせた。「食事の時刻でございます。御膳は整いました。仏陀はおわかりの時をお計りください。」召使いの娘はその命を受け、祇園精舎（ぎおんしょうじゃ）へ向かい、門の穴から中を覗いた。すると、裸のまま雨に打たれて洗浴している比丘たちの姿が見えた。それを見て、彼女は心から不満に思い、こう考えた。「ここには一人の比丘もいない。皆、裸形の外道であり、恥知らずな者たちだ。」そう思うとすぐに家に帰り、女主人に告げた。「祇陀林には一人の比丘もいません。皆、裸形の外道でございます。」毘舎佉の母は智慧があり、理解力が鋭かった。彼女は、今日の雨で比丘たちがきっと露地で裸になって洗浴しているに違いないと悟った。そして、この召使いの娘は愚かで何も知らないから、そのようなことを言ったのだと理解した。そこで彼女は別の召使いを呼び、祇園精舎へ行かせて門を叩き、声をかけて伝えさせた。「食事の時刻でございます。御膳は整いました。仏陀はおわかりの時をお計りください。」その召使いは命のままに、祇園精舎へ行き、門を叩いて声をあげた。「食事の時刻でございます。御膳は整いました。仏陀はおわかりの時をお計りください。」

爾時佛與大眾著衣持鉢，眾僧圍遶俱詣其舍。佛在僧中坐，毘舍佉母自行澡水，自手與多美飲食。食訖行水知攝鉢已，持小床坐佛前，欲聽說法，白佛言：「世尊！請與我願。」佛言：「諸多陀阿伽度、阿羅訶、三藐三佛陀已過諸願。」毘舍佉言：「與我可得願。」佛言：「與汝可得願。欲得何願？」毘舍佉言：「欲與比丘僧雨浴衣、與比丘尼僧水浴衣、客比丘來我與食、遠行比丘我與食、病比丘我與食、看病比丘我與食、我常與比丘僧粥、多知識少知識比丘我與病緣湯藥及所須物。」佛言：「汝見何因緣故，欲與比丘僧雨浴衣？」答言：「大德！我今日早起敷座已，遣使詣祇林白佛時到，門間見諸比丘露地雨中裸形洗浴，婢還言：『祇林中無一比丘但諸外道。』大德！比丘裸形在佛前和尚阿闍梨一切上座前，則為無羞，是故與比丘僧雨浴衣，自在露地雨中洗浴。」「毘舍佉！汝見何因緣故，欲與比丘尼僧水浴衣？」答言：「大德！我一時與諸居士婦，共至阿耆羅河中洗浴。時諸比丘尼亦入河中裸形洗浴，諸居士婦見心不喜，訶責言：『是輩薄福德，不吉麁身大腹垂乳，何用作比丘尼？』大德！女人裸形醜惡，是故我欲與尼僧水浴衣。」「毘舍佉！汝見何因緣故，欲與客來比丘飲食？」答言：「大德！客來比丘不知何處可去不可去。道路疲極未得休息，是故我欲與飲食，後隨知可去不可去處。」「毘舍佉！汝見何因緣故，欲與遠行比丘食？」答言：「大德！遠行比丘若待僧食時，若行乞食則伴捨去，或夜中入險道或獨行曠野。我與食故，不失伴、不入險道，是故我與飲食。」「毘舍佉！汝見何因緣故，欲與諸病比丘飲食？」答言：「大德！病比丘不得隨病飲食則病難差，是故我與隨病飲食則病易差。」「毘舍佉！汝見何因緣故，欲與看病比丘飲食？」答言：「大德！看病比丘，若待僧中食後食、若行乞食去，是病比丘瞻養事闕，若煮飯、作粥、作羹、煮肉、煮藥湯、出入大小便器、若棄唾器，以是故我與看病比丘飲食，瞻養不闕，便得煮飯、作粥、作羹、煮肉及煮藥、出入大小便器、棄唾器。」「毘舍佉！汝見何因緣故，欲常與比丘僧粥？」答言：「大德！若比丘不食粥，有飢渴惱或時腹內風起。我常與粥故則無眾惱。」「毘舍佉！汝見何因緣故，欲與多知識少知識比丘病緣湯藥及所須物？」答言：「大德！病比丘必欲得湯藥所須諸物，以是故我與。復次大德！我若聞某比丘彼住處死，佛記彼比丘三結斷得須陀洹，不墮惡道必得涅槃，極至七生天上人中往返得盡眾苦。大德！我當問：『是長老曾來舍衛國不？』若聞是比丘曾來舍衛國，我思惟：『是長老或受我雨浴衣、或受客比丘飲食、或遠行比丘飲食、或隨病飲食、或看病飲食、或常與粥、或病比丘湯藥諸物。』大德！我以是因緣故覺意滿。大德！我若聞某比丘彼住處死，佛記彼比丘三結盡三毒薄，得斯陀含，一來生是世得盡苦際。我當問：『是長老曾來舍衛國不？』若我聞是比丘曾來舍衛國。大德！我如是思惟：『是長老或受我雨浴衣、或受客比丘飲食、或受遠行飲食、或隨病飲食、或看病飲食，或常與粥、或病比丘湯藥諸物。』大德！我以是因緣故覺意滿。大德！我若聞某比丘彼住處死，佛記彼比丘得阿那含，五下結盡，便於天上般涅槃不還是間。大德！我當問：『是長老曾來舍衛國不？』若我聞是比丘曾來，我思惟：『是長老或受我雨浴衣、或客比丘飲食、或遠行飲食、隨病飲食、或看病飲食、或常與粥、或病比丘湯藥諸物。』大德！我以是因緣故覺意滿。大德！我若聞某比丘彼住處死，佛記彼比丘得阿羅漢，是生已盡、梵行已立、所作已辦、自知作證。我當問：『是長老曾來舍衛國不？』若聞是比丘曾來，我思惟：『是長老或受我雨浴衣、或受客比丘飲食、遠行飲食、隨病飲食、看病飲食、或常與粥、病比丘湯藥諸物。』我以是因緣故覺意滿。大德！如是我財福德成就，以是因緣攝法福德。」佛言：「善哉，善哉！毘舍佉！我聽汝是諸願。聽汝與比丘僧雨浴衣、比丘尼僧水浴衣、客比丘飲食、遠行比丘飲食、隨病比丘飲食、看病比丘飲食、比丘僧常與粥、多知識少知識比丘與病緣湯藥諸物。毘舍佉！是財福德成就，以是因緣攝法福德。」佛為毘舍佉說種種法示教利喜已從坐起去。佛以是事集僧，集僧已告諸比丘：「從今日聽諸比丘畜雨浴衣隨意露地浴。」是諸比丘知佛聽畜雨浴衣，便廣長大作畜。是中有比丘少欲知足行頭陀，聞是事，種種因緣訶責：「云何名比丘，佛聽畜雨浴衣，便廣長大作畜？」種種因緣訶已，向佛廣說。佛以是事集僧，集僧已知而故問諸比丘：「汝實作是事不？」答言：「實作。世尊！」佛種種因緣訶責：「云何名比丘，知我聽畜雨浴衣，便廣長大作畜？」訶已告諸比丘：「從今日欲作雨浴衣應量作，是中量者，長佛六搩手、廣二搩手半。若過量作，犯波逸提罪。」

> その時、仏陀は大衆と共に衣を着け、鉢を持ち、僧侶たちに囲まれて毘舎佉の家へ向かわれました。仏陀が僧団の中にお座りになると、毘舎佉母は自ら水を用意し、自らの手で多くの美味しい食べ物を差し上げました。食事が終わり、水を差し出して片付けが済むと、彼女は小さな椅子を持ってきて仏陀の前に座り、法を聞こうとして次のように申し上げました。 「世尊よ、どうか私に願いをお許しください。」 仏陀は言われました。「多くの如来、阿羅漢、正等覚者は、すでに願いを超えている。」 毘舎佉は言いました。「私には叶えられる願いをお与えください。」 仏陀は言われました。「汝に叶えられる願いを与えよう。何の願いを望むのか？」 毘舎佉は言いました。「私は比丘僧に雨浴衣を、比丘尼僧に水浴衣を与えたいと思います。また、旅から来た比丘には食べ物を、遠方へ行く比丘には食べ物を、病める比丘には食べ物を、看病する比丘には食べ物を与えたいのです。常に比丘僧には粥を提供し、知識の多い少ないに関わらず比丘には、病気に応じた薬や必要な品物を与えたいと思います。」 仏陀は言われました。「汝は何の理由で、比丘僧に雨浴衣を与えようと思うのか？」 彼女は答えました。「大徳よ、私は今朝早くに座を整え、使いを祇林に遣わして仏陀のお時間が来たことをお伝えしました。その時、門の間にいて、比丘たちが露天の雨の中で裸で洗浴しているのを見ました。使いの女が戻って言うには『祇林には一人の比丘もおらず、ただ外道たちだけです』と。大徳よ、比丘が裸で仏陀の前や和尚、阿闍梨、全ての上座の前でいることは、恥知らずなことです。ですから私は比丘僧に雨浴衣を与え、露天の雨の中で自由に洗浴できるようにしたいのです。」 「毘舎佉よ、汝は何の理由で、比丘尼僧に水浴衣を与えようと思うのか？」 彼女は答えました。「大徳よ、私はある時、在家の女性たちと一緒に阿耆羅川で洗浴しました。その時、比丘尼たちも川に入り、裸で洗浴していました。在家の女性たちはそれを見て心良く思わず、非難して言いました。『この者たちは福徳が薄く、不吉で、粗い体で大きな腹を垂らし乳をたらしている。どうして比丘尼になろうとするのか？』大徳よ、女性の裸体は醜く悪いものです。ですから私は比丘尼僧に水浴衣を与えたいのです。」 「毘舎佉よ、汝は何の理由で、旅から来た比丘に食べ物を与えようと思うのか？」 彼女は答えました。「大徳よ、旅から来た比丘は、どこへ行くべきか行くべきでないかを知りません。道中で非常に疲れており、まだ休息も取れていません。ですから私はまず食べ物を与え、その後で行くべき場所と行くべきでない場所を知らせたいのです。」 「毘舎佉よ、汝は何の理由で、遠方へ行く比丘に食べ物を与えようと思うのか？」 彼女は答えました。「大徳よ、遠方へ行く比丘が、もし僧団の食事の時間を待ったり、托鉢をしようとすれば、仲間は置き去りになります。あるいは夜中に危険な道に入ったり、一人で荒野を行くことになります。私が食べ物を与えれば、仲間を失わず、危険な道に入ることもありません。ですから私は食べ物を与えたいのです。」 「毘舎佉よ、汝は何の理由で、病める比丘に食べ物を与えようと思うのか？」 彼女は答えました。「大徳よ、病める比丘が病気に適した食べ物を得られなければ、病気は治りにくいものです。ですから私は病気に適した食べ物を与え、病気が治りやすくなるようにしたいのです。」 「毘舎佉よ、汝は何の理由で、看病する比丘に食べ物を与えようと思うのか？」 彼女は答えました。「大徳よ、看病する比丘が、もし僧団の食事の後に食べようとしたり、托鉢に出かけたりすれば、その病める比丘の世話が滞ります。ご飯を炊いたり、粥を作ったり、羹を作ったり、肉を煮たり、薬湯を煎じたり、大小便の器を出し入れしたり、唾器を捨てたりすることができなくなります。ですから私は看病する比丘に食べ物を与え、世話が滞らないようにし、ご飯を炊いたり、粥を作ったり、羹を作ったり、肉を煮たり、薬を煎じたり、大小便の器を出し入れしたり、唾器を捨てたりできるようにしたいのです。」 「毘舎佉よ、汝は何の理由で、常に比丘僧に粥を与えようと思うのか？」 彼女は答えました。「大徳よ、もし比丘が粥を食べなければ、飢えや渇きの苦しみがあり、時には腹の中に風が起こります。私が常に粥を与えれば、そのような苦しみはありません。」 「毘舎佉よ、汝は何の理由で、知識の多い少ないに関わらず比丘に、病気に応じた薬や必要な品物を与えようと思うのか？」 彼女は答えました。「大徳よ、病める比丘は必ず薬や必要な品物を欲しがります。ですから私はそれらを与えたいのです。また、大徳よ、私がある比丘がその住処で亡くなったと聞き、仏陀がその比丘は三結を断ち切り、須陀洹を得て、悪道に堕ちず、必ず涅槃に至り、多くとも七回の生まれ変わりを天と人の間で繰り返し、苦しみの尽きる果てに至ると記したと聞いたならば、大徳よ、私はこう尋ねるでしょう。『この長老はかつて舎衛国に来たことがあるか？』もしその比丘がかつて舎衛国に来たと聞けば、私は考えます。『この長老は、私の雨浴衣を受けたかもしれない。あるいは旅の比丘の食べ物、遠方へ行く比丘の食べ物、病気に適した食べ物、看病する比丘の食べ物、常に与えた粥、病める比丘のための薬や品物を受けたかもしれない。』大徳よ、私はその理由で心が満たされるのです。 大徳よ、私がある比丘がその住処で亡くなったと聞き、仏陀がその比丘は三結を尽くし三毒が薄くなり、斯陀含を得て、一度この世に生まれ変わり苦しみの果てに至ると記したと聞いたならば、私は尋ねるでしょう。『この長老はかつて舎衛国に来たことがあるか？』もしその比丘がかつて来たと聞けば、大徳よ、私はこう考えます。『この長老は、私の雨浴衣を受けたかもしれない。あるいは旅の比丘の食べ物、遠方へ行く比丘の食べ物、病気に適した食べ物、看病する比丘の食べ物、常に与えた粥、病める比丘のための薬や品物を受けたかもしれない。』大徳よ、私はその理由で心が満たされるのです。 大徳よ、私がある比丘がその住処で亡くなったと聞き、仏陀がその比丘は阿那含を得て、五下結を尽くし、天で涅槃に入り、この世には戻らないと記したと聞いたならば、大徳よ、私は尋ねるでしょう。『この長老はかつて舎衛国に来たことがあるか？』もしその比丘がかつて来たと聞けば、私は考えます。『この長老は、私の雨浴衣を受けたかもしれない。あるいは旅の比丘の食べ物、遠方へ行く比丘の食べ物、病気に適した食べ物、看病する比丘の食べ物、常に与えた粥、病める比丘のための薬や品物を受けたかもしれない。』大徳よ、私はその理由で心が満たされるのです。 大徳よ、私がある比丘がその住処で亡くなったと聞き、仏陀がその比丘は阿羅漢を得て、この生は尽き、梵行は既に立ち、為すべきことは成し遂げ、自ら知って証したと記したと聞いたならば、私は尋ねるでしょう。『この長老はかつて舎衛国に来たことがあるか？』もしその比丘がかつて来たと聞けば、私は考えます。『この長老は、私の雨浴衣を受けたかもしれない。あるいは旅の比丘の食べ物、遠方へ行く比丘の食べ物、病気に適した食べ物、看病する比丘の食べ物、常に与えた粥、病める比丘のための薬や品物を受けたかもしれない。』大徳よ、私はその理由で心が満たされるのです。 大徳よ、このように私は財物による福徳を成就し、その理由で法による福徳を集めているのです。」 仏陀は言われました。「善きかな、善きかな。毘舎佉よ、私は汝のこれらの願いを許そう。汝が比丘僧に雨浴衣を、比丘尼僧に水浴衣を、旅の比丘に食べ物を、遠方へ行く比丘に食べ物を、病める比丘に食べ物を、看病する比丘に食べ物を、比丘僧に常に粥を、知識の多い少ないに関わらず比丘に病気に応じた薬や品物を与えることを許そう。毘舎佉よ、これは財物による福徳の成就であり、その理由で法による福徳を集めるのである。」 仏陀は毘舎佉のために様々な法を説き、示し教え、喜ばせ利益を与えられた後、座を立って去られました。 仏陀はこの事をもって僧団を集め、集まった僧団に告げられました。「今日から、諸比丘が雨浴衣を所持し、思いのままに露天で洗浴することを許す。」 ある比丘たちは、仏陀が雨浴衣の所持を許されたと知り、大きく長く作って所持しました。その中で、少欲知足で頭陀行を実践する比丘がいて、この事を聞き、様々な理由で非難しました。「どうして比丘と名乗る者が、仏陀が雨浴衣の所持を許されたからといって、大きく長く作って所持するのか？」様々に非難した後、仏陀に詳細に報告しました。 仏陀はこの事をもって僧団を集め、集まった僧団に、知りながらもあえて諸比丘に問われました。「汝たちは実際にそのような事をしたのか？」 彼らは答えました。「実際にしました。世尊よ。」 仏陀は様々な理由で非難されました。「どうして比丘と名乗る者が、私が雨浴衣の所持を許したと知りながら、大きく長く作って所持するのか？」非難された後、諸比丘に告げられました。「今日から、雨浴衣を作ろうとする者は、適切な大きさに作るべきである。その適切な大きさとは、長さは仏陀の六搩手、幅は二搩手半である。もしそれ以上に作れば、波逸提の罪を犯すことになる。」

佛在毘耶離國，土地鹵濕，諸比丘病癰瘡。有一比丘瘡中膿血流出，污安陀會如水漬。佛遙見之，知而故問是比丘：「汝身何以膿血流出污安陀會如水漬？」比丘答言：「世尊！我癰瘡中膿血流出污安陀會。」佛以是事集僧，集僧已告諸比丘：「從今日聽諸病癰瘡比丘著覆瘡衣，乃至瘡差後十日。若過，犯波逸提罪。」諸比丘知佛聽畜覆瘡衣，便廣長大作畜。有諸比丘少欲知足行頭陀，聞是事心不喜，訶責言：「云何名比丘，知佛聽畜覆瘡衣，便廣長大作畜？」諸比丘種種因緣訶已具白佛。佛以是事集僧，集僧已，佛知故問諸比丘：「汝實作是事不？」答言：「實爾。世尊！」佛種種因緣訶：「云何名比丘，知佛聽畜覆瘡衣，便廣長大作畜？」佛種種因緣訶已告諸比丘：「從今日欲作覆瘡衣先應量作，是中量長四搩手、廣二搩手。若過作，犯波逸提罪。」

> 毘耶離国でお釈迦様がおられた時、その土地は塩分が多く湿っており、多くの修行者（比丘）たちができもの（癰瘡）を患っていました。ある修行者のできものから膿や血が流れ出て、下着（安陀会）をまるで水に浸したように汚してしまいました。お釈迦様は遠くからそれを見て、あえて知っていながらその修行者に尋ねました。「あなたの身体からなぜ膿や血が流れ出て、下着を水に浸したように汚しているのか？」修行者は答えました。「尊い方（世尊）、私のできものから膿や血が流れ出て、下着を汚してしまいました。」お釈迦様はこの出来事を理由に僧侶たちを集め、集まった僧侶たちに告げられました。「今日から、できものを持つ修行者には、傷を覆う衣（覆瘡衣）を着用することを許す。ただし、傷が治った後、十日間を限度とする。もしそれを過ぎて着用すれば、波逸提（懺悔すべき罪）を犯すことになる。」修行者たちは、お釈迦様が傷を覆う衣を所持することを許されたと知り、それを非常に大きく長く作って所持しました。すると、ある修行者たちで、欲が少なく足ることを知り、頭陀（厳しい修行）を実践している者たちが、この話を聞いて心の中で喜ばず、次のように非難しました。「どうして修行者と名乗る者が、お釈迦様が傷を覆う衣を所持することを許されたと知りながら、それを非常に大きく長く作って所持するのか？」彼らは様々な理由で非難した後、このことを詳しくお釈迦様に報告しました。お釈迦様はこの出来事を理由に僧侶たちを集め、集まった後、あえて知っていながら僧侶たちに尋ねました。「あなたたちは本当にこんなことをしたのか？」彼らは答えました。「本当にそうしました。尊い方よ。」お釈迦様は様々な理由で非難されました。「どうして修行者と名乗る者が、私が傷を覆う衣を所持することを許したと知りながら、それを非常に大きく長く作って所持するのか？」お釈迦様は様々な理由で非難した後、僧侶たちに告げられました。「今日から、傷を覆う衣を作ろうと思うなら、まず寸法を測って作りなさい。その寸法は、長さ四搩手（約一メートル半）、幅二搩手（約七十五センチ）とする。もしこれを越えて作れば、波逸提を犯すことになる。」

佛在毘離耶國。諸比丘不淨污臥具浣，早起近精舍門間懸曬。食時佛著衣持鉢入城乞食，見不淨污臥具浣，早起精舍門間懸曬。食後佛以是事集僧，集僧已告諸比丘：「我今日食時著衣持鉢入城乞食，見諸比丘不淨污臥具，晨朝浣精舍門間懸曬。汝等諸比丘！此事不是，不應爾，眾僧臥具多用不籌量。諸婆羅門居士，身心疲苦血肉枯竭布施作福，是中應籌量少用。亂念比丘，不一心睡眠時有五過失。何等五？一者難睡苦、二者難覺苦、三者見惡夢、四者睡眠時善神不護、五者覺時心難入諸善覺觀法。不亂念比丘一心睡眠有五善事。何等五？一者無難睡苦、二者睡易覺、三者睡無惡夢、四者睡時善神來護、五者睡覺心易入善覺觀法。比丘有婬怒癡未離欲，不亂念一心眠，尚不失精，何況離欲人？」佛種種因緣訶已，告諸比丘：「從今日聽畜尼師檀，覆護僧臥具故。不應不敷尼師檀僧臥具上臥。」諸比丘知佛聽畜尼師檀，便廣長大作畜。有諸比丘少欲知足行頭陀，聞是事心不喜，訶責言：「云何名比丘，知佛聽畜尼師檀，便廣長大作畜？」種種因緣訶已具白佛。佛以是因緣集僧，集僧已，佛知故問諸比丘：「汝實作是事不？」答言：「實作。世尊！」佛種種因緣訶諸比丘：「何以名比丘，知佛聽畜尼師檀，便廣長大作畜？」訶已告諸比丘：「從今日作尼師檀應量作，是量長二搩手、廣一搩手半。若過作，犯波逸提罪。」

> 毘耶離国にて、ある比丘たちが不浄で汚れた寝具を洗い、早朝に精舎の門の近くに干していた。食時に仏は衣を着け鉢を持って城に入り托鉢に行かれ、その洗濯物と干している様子をご覧になった。食後、仏はこの事由をもって僧を集め、告げられた。「私は今日、食時に衣を着け鉢を持って城に入り托鉢に行き、比丘たちが不浄で汚れた寝具を洗い、早朝に精舎の門の近くに干しているのを見た。あなたがた比丘たちよ、これは正しいことではない。そうすべきではない。僧の寝具を多く使って、その量を考えていない。バラモンや在家の方々は、心身を疲れ苦しめ、血肉を枯らすまでして布施を行い、福を積んでいる。このことをよく考えて、慎んで使うべきである。」 「心を乱す比丘が、集中せずに眠るときには、五つの過失がある。何が五つか。第一に、寝つきが悪く苦しむこと。第二に、目覚めが難しく苦しむこと。第三に、悪い夢を見ること。第四に、眠っている間、善い神々が守護しないこと。第五に、目覚めた後も、心が善い観察や思考に入りにくいことである。」 「心を乱さず、集中して眠る比丘には、五つの善いことがある。何が五つか。第一に、寝つきが悪くて苦しむことがないこと。第二に、すぐに目覚めることができること。第三に、悪い夢を見ないこと。第四に、眠っている間、善い神々が守護に来ること。第五に、目覚めた後、心が善い観察や思考に容易に入れることである。」 「比丘であっても、貪欲・怒り・無知があり、未だ欲望を離れていない者でも、心を乱さず集中して眠れば、精を失わないものである。ましてや欲望を離れた者においてはなおさらである。」 仏は様々な因縁をもって比丘たちを叱責された後、告げられた。「今日より、尼師檀（座布）を持つことを許す。僧の寝具を保護するためである。僧の寝具の上に、尼師檀を敷かずに寝てはならない。」 比丘たちは、仏が尼師檀を持つことを許されたと知り、大きく長く作って持つようになった。ある比丘たちは、少欲知足であり頭陀行を実践していたため、このことを聞いて心喜ばず、叱責した。「どうして比丘と言いながら、仏が尼師檀を持つことを許されたと知りながら、大きく長く作って持つことができるのか。」様々な因縁をもって叱責した後、そのことを詳しく仏に告げた。 仏はこの因縁をもって僧を集められた。集まった後、仏は知りつつも比丘たちに問われた。「あなたがたは実際にこのようなことをしたのか。」 「はい、実際にしました。世尊よ。」 仏は様々な因縁をもって比丘たちを叱責された。「どうして比丘と言いながら、仏が尼師檀を持つことを許されたと知りながら、大きく長く作って持つことができるのか。」叱責された後、告げられた。「今日より、尼師檀は定められた大きさに作るべきである。その大きさは、長さは二手幅、広さは一手幅半とする。もしこれより大きく作れば、波逸提の罪となる。」

佛在舍衛國，食時著衣持鉢入城乞食，食已還向安陀林中，在一樹下敷尼師檀結跏趺坐。長老迦留陀夷亦復入安陀林，去佛不遠在一樹下敷尼師檀坐。是長老身大，兩膝到地兩手捉衣，願言：「佛何時當聽我縷邊一搩手作尼師檀，我願滿足。」佛晡時從禪起，以是因緣集僧，集僧已告諸比丘：「我今日食時著衣持鉢入城乞食，食已還入安陀林中，一樹下敷尼師檀坐。迦留陀夷乞食還亦坐樹下，作是思惟：『佛今日何處行道，我亦彼間行道。』我入安陀林中，一樹下布尼師檀坐，迦留陀夷亦爾。是善男子身大，兩膝到地兩手捉衣，作是願言：『佛何時當聽我縷邊一搩手作尼師檀，如是滿足？』」佛告諸比丘：「從今日聽尼師檀縷邊一搩手作。是戒應如是說：若比丘欲作尼師檀應量作，是量長二搩手、廣一搩手半。益縷邊一搩手。若過作，得波逸提罪。」

> ある時、仏はサーッタ国の祇園精舎におられた。 托鉢の時刻になると、衣をまとい鉢を持って、都に入り食を乞うた。食が終わると、安陀林に戻り、一本の木の下に座布団を敷き、結跏趺坐して坐禅に入られた。 長老カローグダーイもまた安陀林に入り、仏から遠くない一本の木の下に座布団を敷いて坐った。この長老は身体が大きく、両膝が地面につき、両手で衣を引き寄せながら、こう願った。 「いつ、仏は私に、縁の端から一搩手の長さで坐具を作ることをお許しになるだろうか。その願いが叶えば満足である。」 仏は午後の休息から起きられると、この出来事を因縁として僧たちを集め、告げられた。 「今日、私は托鉢の時刻に衣をまとい鉢を持って都に入り食を乞い、食後安陀林に戻り、一本の木の下に座布団を敷いて坐った。カーラグーダーイもまた坐った木の下で、こう思った——『仏が今日どこで修行されるなら、私もそこに修行しよう』と。私は安陀林に入り、一本の木の下に座布団を敷いて坐ったが、カーラグーダーイもまたそうした。この善き人は身体が大きく、両膝が地面につき、両手で衣を引き寄せながらこう願った——『いつ、仏は私に、縁の端から一搩手の長さで坐具を作ることをお許しになるだろうか。そうすれば満足である。』」 そこで、仏は僧たちに告げられた。 「今日から、坐具の縁の端から一搩手の長さまで作ることを許す。この戒は次のように説かれるべきである。 もし比丘が坐具を作ろうとするならば、正しい量で作らねばならない。その量は、縦が二搩手、横が一搩手半である。さらに縁の端に一搩手を加えることを許す。もしこれを超えて作れば、波逸提の罪となる。」

佛在迦毘羅婆國。長老難陀是佛弟姨母所生，與佛身相似，三十相短四指不及佛。難陀作衣與佛衣等量，諸比丘若食時集、若中後集，遙見來起迎，思惟：「我等大師佛來。」漸近知是難陀，上座比丘羞思惟：「是我等下座而起迎。」難陀亦慚愧言：「乃令諸上座起迎我。」諸比丘具白佛。佛以是事集僧，集僧已佛知故問難陀：「汝實作是事不？」答言：「實作。世尊！」佛言：「從今日汝衣應減作壞染淨。」佛告諸比丘：「汝等與難陀衣作敷曬。若更有如是人，僧亦當如是同心作敷曬。從今日若比丘作衣與佛衣等，若過得波逸提罪。佛衣長九搩手、廣六搩手。」

> 仏がカピラヴァストゥ国におられたときのことです。長老ナンダは、仏の異母弟で、仏と似た姿をしていましたが、三十の相（特徴）のうち四本指分だけ仏より劣っていました。ナンダは仏の衣と同じ大きさの衣を作りました。 比丘たちは、食事の時間やその後の集会の時、遠くからナンダが来るのを見ると立ち上がって迎えました。「私たちの大師である仏が来られた」と思ったからです。しかし近づいてナンダだとわかると、上座の比丘たちは恥ずかしく思い、「私たち下座の者が、上座である私たちを迎えさせてしまった」と考えました。ナンダもまた恥ずかしく思い、「私のために、上座の方々に迎えさせてしまった」と言いました。 比丘たちがこのことを詳しく仏に告げると、仏はこのことをもとに僧伽を集めました。僧伽が集まった後、仏は知りつつもナンダに問いました。「あなたは本当にこのようなことをしたのか？」ナンダは答えました。「はい、しました。世尊よ」すると仏は言われました。「今日から、あなたの衣は減らして作り、染め替えて清浄にしなさい。」 そして仏は比丘たちに告げられました。「あなたたちはナンダのために衣を広げて干してあげなさい。もし今後このような者があれば、僧もまた同様に心を一つにして、広げて干してあげなさい。今日から、もし比丘が仏の衣と同じ大きさの衣を作れば、あるいはそれを超える大きさならば、波逸提（懺悔すべき罪）となる。仏の衣の長さは九搩手（パタの長さ）、幅は六搩手である。」

佛在舍衛國。有一比丘，到佛所禮佛足一面立白佛：「聽我著芻摩衣。」佛言：「聽汝著芻摩衣。何以故？芻摩衣不妨得道，及知足少欲知時知量，勤學少取節用，頭陀靜處隨涅槃。」

> 仏がシャーラスの国におられたときのことである。一人の修行僧が仏のもとに来て、仏の足に礼拝し、一方に立ってこう申し上げた。 「私に麻の衣を着ることをお許しください。」 仏は言われた。 「汝に麻の衣を着ることを許そう。なぜなら、麻の衣は悟りを妨げるものではないからである。また、足ることを知り、欲を少なくし、時を知り、量を知り、精進して学び、多くを取らず節約し、頭陀行（苦行）を実践し、静かな場所で涅槃に従うことにも適しているのである。」

有一比丘白佛：「聽我著憍施耶衣。」佛言：「聽汝著憍施耶衣。何以故？憍施耶衣不妨得道，知足少欲乃至隨涅槃。」

> ある比丘が仏に申し上げました。「どうか私に継ぎ接ぎの衣を着ることをお許しください。」 仏は言われました。「あなたが継ぎ接ぎの衣を着ることを許しましょう。なぜなら、継ぎ接ぎの衣は悟りの妨げとはならず、足ることを知り、欲を少なくし、さらには涅槃に至る道に適しているからです。」

有一比丘白佛言：「聽我著沙尼衣。」佛言：「聽汝著沙尼衣，沙尼衣不妨得道，少欲知足乃至隨涅槃。」

> ある比丘が仏に申し上げました。「沙尼衣を着ることをお許しください。」 仏は言われました。「あなたが沙尼衣を着ることを許します。沙尼衣は悟りを妨げることはなく、少欲知足から涅槃に至る道を支えるものです。」

有一比丘白佛：「聽我著野麻衣。」佛言：「聽汝著野麻衣，野麻衣不妨得道少欲知足，䩭由羅欽婆羅亦如是。」

> ある僧が仏に申し上げました。「どうか私に野麻の衣を着ることをお許しください。」 仏はお答えになりました。「あなたが野麻の衣を着ることを許そう。野麻の衣は、道を得ることや少欲知足を妨げるものではない。キョウユラ・キンバラの場合も同じである。」

有一估客有翅彌樓欽婆羅，賣不得價。聞布施長老須菩提得今世報，即持衣施須菩提。須菩提不取，言：「佛未聽我受此衣。」諸居士瞋恨言：「諸沙門釋子恒讚布施，今與不肯受。」諸比丘以是事白佛。佛言：「從今日聽畜欽婆羅衣，欽婆羅衣不妨得道，少欲知足乃至隨涅槃。」

> ある商人が、「翅彌樓欽婆羅」という高級な毛織物を持っていたが、なかなか売れずにいた。彼は「布施をすると長老の須菩提から現世での報いが得られる」と聞き、その衣を須菩提に布施しようとした。 しかし須菩提はそれを受け取らず、「仏は私にこの衣を受けることを許していない」と言った。すると在家の者たちは怒って言った。「沙門や釈子たちはいつも布施を称賛しているのに、いざ与えようとすると受け取らない。」 比丘たちがこのことを仏に報告すると、仏はこう言われた。「今日から、欽婆羅の衣を蓄えることを許す。欽婆羅の衣は悟りの妨げにはならない。少欲知足、さらには涅槃に至るまでの道にも差し支えない。」

有一比丘白佛：「聽我受裸形法。」佛言：「裸形法不應受。若受裸，形犯偷蘭遮罪。何以故？受裸形法，是外道相故。」

> ある僧が仏に申し上げました。「裸形の修行法を受持することをお許しください。」 仏はお答えになりました。「裸形の修行法は受持すべきではない。もし裸形を受持すれば、サンスカーラの罪を犯すことになる。なぜか。裸形の修行法を受持することは、外道の相であるからである。」

有一比丘白佛言：「聽我著髮欽婆羅。」佛言：「髮欽婆羅不應著。若著，得偷蘭遮罪。何以故？是外道相故。」

> ある比丘が仏に申し上げました。「髪で編んだ衣（ハツキンバラ）を着ることをお許しください。」 仏はお答えになりました。「髪で編んだ衣は着るべきではありません。もし着れば、偷蘭遮罪（つらんしゃざい＝重い罪）を犯すことになります。なぜなら、それは外道の姿だからです。」

有一比丘白佛：「聽我著角鵄翅衣。」佛言：「角鵄翅衣不應著。若著，得偷蘭遮罪。何以故？是外道相故。」

> ある比丘が仏に申し上げた。「角鵄の羽の衣を着ることをお許しください。」 仏はお答えになった。「角鵄の羽の衣は着るべきではない。もし着れば、偷蘭遮罪（つうらんじゃざい）を得るであろう。なぜか。それは外道の姿だからである。」

有一比丘白佛：「聽我著麁氀衣。」佛言：「麁氀衣不應著。若著，得突吉羅罪。」

> ある僧が仏に申し上げました。「どうか、粗い毛織りの衣を着ることをお許しください。」 仏はお答えになりました。「粗い毛織りの衣は着るべきではありません。もし着たならば、突吉羅の罪を得ることになります。」

有一比丘白佛：「聽我著皮衣。」佛言：「不聽著皮衣。若著，得突吉羅罪。」

> ある比丘が仏に申し上げました。「革の衣を着ることをお許しください。」 仏はお答えになりました。「革の衣を着てはならない。もし着れば、突吉羅の罪（軽い過ち）を得るであろう。」

有一比丘白佛：「聽我著一衣。」佛言：「不聽著一衣。若著，得突吉羅罪。」

> ある比丘が仏に申し上げました。「一枚の衣を着ることをお許しください。」 仏はお答えになりました。「一枚の衣を着ることは許されない。もし着るならば、突吉羅（とっきちら）の罪を得ることになる。」

有一比丘白佛：「聽我著上下衣。」佛言：「我先以聽三衣，不應少不應多。若比丘少畜得突吉羅罪，若多畜墮尼薩耆波逸提罪。若持上下衣得突吉羅罪。」

> ある比丘が仏に申し上げました。「私に上下の衣を着ることをお許しください。」 仏はお答えになりました。「私はすでに三衣を許している。減らしてはならず、増やしてもならない。もし比丘が減らして持てば突吉羅の罪を得る。もし増やして持てば尼薩耆波逸提の罪に堕ちる。もし上下の衣を持てば、突吉羅の罪を得るのである。」

有一比丘白佛：「聽我著打木衣。」佛言：「不聽著打木衣。若著，得突吉羅罪。」

> ある僧が仏に申し上げました。「打ち木の衣を着ることをお許しください。」 仏はお答えになりました。「打ち木の衣を着ることは許されない。もし着れば、突吉羅（つくきら）の罪となるであろう。」

有一比丘白佛：「聽我著阿拘草衣、跋拘草衣、拘賒草衣、文若草衣、婆婆草衣、󱡐草衣。」佛言：「一切不聽著。若著，得突吉羅罪。」

> ある比丘が仏に申し上げました。「どうか私に、アグ草の衣、バク草の衣、コシャ草の衣、モンニャク草の衣、ババ草の衣、ソウ草の衣を着ることをお許しください。」 仏はお答えになりました。「それらはすべて、着用を許さない。もし着用すれば、ドゥクキリという罪を得ることになる。」

六群比丘白佛：「聽我除身毛。」佛言：「不應除身毛。除身毛，得突吉羅罪。」六群比丘白佛：「聽我著真青衣。」佛言：「六群比丘索二種：先索除身毛、今索真青衣。」佛言：「真青衣及真黃真赤真白，一切毛皮衣、偏袖衣、複衣、一切氈衣、一切貫頭衣、兩袖衣、一切繡衣、一切衫、一切袴、一切䘢袴、一切褌、一切波羅彌利衣、一切舍勒衣、一切白衣衣，比丘不應著。若著，得突吉羅罪。」

> 六群比丘たちがブッダに申し上げました。「どうか私たちが体毛を剃ることをお許しください。」 ブッダはお答えになりました。「体毛を剃ってはならない。もし剃れば、突吉羅（軽い罪）を得ることになる。」 六群比丘たちが再び申し上げました。「どうか私たちが真青色の衣を着ることをお許しください。」 ブッダはお答えになりました。「六群比丘たちは二つのことを求めた。先に体毛を剃ること、そして今は真青色の衣を求めた。」 さらにブッダはおっしゃいました。「真青色の衣、真黄色・真赤色・真白色の衣、またすべての毛皮の衣、片袖の衣、裏地のある衣、あらゆるフェルトの衣、すべての貫頭衣、両袖の衣、すべての刺繍の衣、すべてのシャツ、すべてのズボン、すべての股引、すべての褌、すべての波羅弥利衣、すべての舎勒衣、すべての在家者の服を比丘は着てはならない。もし着れば、突吉羅（軽い罪）を得ることになる。」

有一比丘白佛：「聽我著樹生衣。」佛言：「不聽著樹生衣。若著，得突吉羅罪。」有一比丘白佛：「聽我著麁毛欽跋。」佛言：「不聽著麁毛欽跋。若著，得突吉羅罪。麁毛氀欽跋有五種不可事。何等五？寒時大寒、熱時大熱、麁澁、堅硬、令人皮麁。」

> ある僧が仏に申し上げた。「木の樹皮でできた衣を着ることをお許しください。」 仏はお答えになった。「木の樹皮でできた衣を着てはならない。もし着るならば、それは突吉羅（つきちら）の罪となる。」 また別の僧が仏に申し上げた。「粗い毛織りの衣「欽跋（きんばつ）」を着ることをお許しください。」 仏はお答えになった。「粗い毛織りの衣「欽跋（きんばつ）」を着てはならない。もし着るならば、それは突吉羅の罪となる。粗い毛織りの衣「欽跋」には五つの好ましくない点がある。どの五つかというと、寒いときには非常に寒く、暑いときには非常に暑く、ざらざらしており、硬く、人の肌を荒れさせる、という五つである。」

佛在舍衛國。長老比丘喜陀，於安陀林中留僧伽梨，著上下衣入舍衛城乞食，失僧伽梨，食後覓不得。語諸比丘：「諸長老！我安陀林中留僧伽梨，著上下衣入城乞食，失僧伽梨。我當云何？」諸比丘以是事白佛。佛以是因緣集僧，集僧已，佛知故問比丘喜陀：「汝實作是事不？」答言：「實作。世尊！」佛種種因緣讚持一切物去，若比丘少欲住，衣趣蓋形、食趣充軀，是比丘所行處，共衣鉢俱無所顧戀，譬如鳥飛與毛羽俱飛在空中。比丘亦如是，少欲知足，衣趣蓋形食趣充軀，是比丘所行處，共衣鉢俱無所顧戀，亦如鳥飛。佛種種因緣讚持一切物去已，告諸比丘：「從今日不持三衣不應入俗人家。若入，得突吉羅罪。」

> 仏が舎衛国におられたときのこと。長老比丘の喜陀が、安陀林に僧伽梨（三衣の一つ）を置いたまま、上下の衣だけを着て舎衛城に托鉢に出かけました。すると僧伽梨を失ってしまい、食後に探したけれど見つかりません。彼は比丘たちにこう言いました。「長老方よ。私は安陀林に僧伽梨を置いたまま、上下の衣だけで町に入って托鉢し、その僧伽梨をなくしてしまいました。私はどうすればよいでしょうか。」比丘たちはこのことを仏に告げました。仏はこの因縁をもって僧を集め、僧が集まった後、仏は知りつつも比丘の喜陀に問いました。「あなたは本当にこのようなことをしたのか。」答えました。「はい、しました。世尊よ。」仏はさまざまな因縁によって、すべての持ち物を携えて行くことを称賛されました。もし比丘が少欲にして住し、衣は体を覆うに足り、食は身を養うに足りるなら、その比丘の行くところは、衣と鉢と共にあって、何にも顧みるところがありません。ちょうど鳥が飛ぶとき、羽根と共に飛び、空中にあるようなものです。比丘もまた同じく、少欲にして知足し、衣は体を覆うに足り、食は身を養うに足りるなら、その比丘の行くところは、衣と鉢と共にあって、何にも顧みるところがなく、鳥の飛ぶがごとくです。仏はさまざまな因縁によって、すべての持ち物を携えて行くことを称賛された後、比丘たちに告げました。「今日からは、三衣を持たずに俗人の家に入ってはならない。もし入れば、突吉羅（とくきつら）の罪を得るであろう。」

佛在舍衛國。長老阿難，天雨時祇林中留僧伽梨，著上下衣入舍衛城乞食。諸比丘以是事白佛。佛以是事集僧，集僧已，佛知故問阿難：「汝實天雨時祇林中，留僧伽梨著上下衣入城乞食不？」阿難言：「實爾。世尊！」佛言：「何以故？」阿難言：「天雨故。」佛種種因緣讚戒、讚持戒，讚戒、讚持戒已，告諸比丘：「有五因緣聽留僧伽梨。何等五？一、有比丘住處；二、若受迦絺那衣；三、若天雨；四、若欲雨；五、若聚落外有施會。是為五因緣。復有五因緣留僧伽梨衣。何等五？一、有比丘住處；二、若受迦絺那衣；三、若店肆施會；四、市肆施會；五、四衢道頭。是為五因緣。」

> 仏が舎衛国におられた時、長老アーナンダは、雨の日に祇林にとどまり、僧伽梨（そんぎゃり）を置いて、上下の衣だけを着て舎衛城に托鉢に出かけました。比丘たちがこのことを仏に告げると、仏はこのことをもとに僧を集め、集まった後、あえてアーナンダに問われました。「アーナンダよ、あなたは本当に雨の日に、祇林に僧伽梨を置いたまま、上下の衣だけで城内に托鉢に入ったのか？」アーナンダは答えました。「その通りです、世尊よ。」仏は言われました。「なぜそうしたのか？」アーナンダは答えました。「雨が降っていたからです。」仏は様々な因縁をもって戒めを称え、戒めを保つことを称えられました。戒めと戒めを保つことを称えた後、比丘たちに告げられました。「五つの因縁によって、僧伽梨を置いておくことを許す。どの五つか。第一に、比丘の住む場所があること。第二に、迦絺那衣（かちなえ）を受けていること。第三に、雨が降っていること。第四に、今にも降りそうなこと。第五に、集落の外で施しの集いがあること。これが五つの因縁である。さらに別の五つの因縁によって、僧伽梨を置いておくことを許す。どの五つか。第一に、比丘の住む場所があること。第二に、迦絺那衣を受けていること。第三に、店での施しの集いがあること。第四に、市場での施しの集いがあること。第五に、四つ辻の道端での集いがあること。これが五つの因縁である。」

佛在王舍城。是時諸外道出家，夏安居竟自恣時，諸外道居家弟子布施衣物。諸優婆塞佛法中信心清淨思惟言：「是諸邪法惡師，夏安居竟自恣時，尚知布施衣。我等聖僧夏安居竟自恣時，云何不布施諸衣耶？」即持衣幞詣竹園施僧。諸比丘不受，言：「佛未聽我等受夏安居竟自恣時布施安居衣。」以是事白佛。佛言：「聽安居竟自恣時受安居施衣。」諸沙彌來索衣分，諸比丘言：「佛未聽我等與沙彌安居施衣分。」以是事白佛。佛言：「聽與。」諸比丘如是思惟：「佛言：『聽與。』不知與幾許？」白佛。佛言：「沙彌若立、若坐，次第諸檀越手與布施，多少應屬沙彌。若諸檀越不分別，與作四分。第四分與沙彌。」

> 仏は王舎城におられた。その頃、様々な外道の出家者たちが夏の安居を終え、自恣の時期を迎えていた。すると、外道たちの在家信者たちが衣服を布施した。仏法を信じる在家信者たちは、心清らかにこう考えた。「邪な教えを説く悪しき師匠たちでさえ、夏安居が終わり自恣の時期には、衣服を布施することを知っている。私たちの尊い僧侶たちが夏安居を終え自恣の時期を迎えられたのに、どうして衣服を布施しないでいられようか。」そこで彼らは衣服の包みを持って竹園精舎に赴き、僧団に布施した。しかし比丘たちは「仏は、夏安居が終わり自恣の時期に安居衣の布施を受けることを、まだお許しになっていない」と言って受け取らなかった。そこでこの事を仏に告げると、仏はお告げになった。「安居が終わり自恣の時期に、安居の施衣を受けることを許す。」すると沙弥たちがやって来て、自分の取り分を要求した。比丘たちは「仏は、私たちが沙弥に安居の施衣の分け前を与えることを、まだお許しになっていない」と言った。そのことを仏に告げると、仏はお告げになった。「与えることを許す。」そこで比丘たちはこう考えた。「仏は『与えよ』とおっしゃったが、どれだけ与えればよいのだろうか。」そして仏に尋ねると、仏はお告げになった。「沙弥が立っていようと座っていようと、施主たちが次々に手渡しで布施する場合、その多少は沙弥のものとすべきである。もし施主たちが区別せずに布施したならば、四等分に分け、その第四分を沙弥に与えなさい。」

佛在王舍城，是時諸外道出家，夏安居竟自恣時，諸居家弟子以諸物施：澡罐、繩纓、樓遮迦、火鑪蓋、扇、革屣、曲杖。諸優婆塞佛法中信心清淨思惟：「是諸邪法惡師，夏安居自恣時，尚知布施諸物。我等聖僧夏安居竟自恣時，云何不布施諸物？」即隨比丘法布施種種諸物：若鉢、若拘鉢多羅、若半拘鉢多羅、鍵鎡、半鍵鎡、帶鐶、禪鎮、衣䩙鉢支、澡罐、鉢囊、蓋扇、革屣，如是等種種比丘所須物，持詣竹園布施僧。諸比丘不受，言：「佛未聽我等夏安居竟自恣時受隨比丘所須物。」以是事白佛。佛言：「聽夏安居起自恣時受隨比丘所須物。」時諸沙彌來索隨比丘所須物分，諸比丘不與，語沙彌言：「佛聽夏安居起自恣時施衣與沙彌分，未聽隨比丘所須物與沙彌分。」以是事白佛。佛言：「應與。」諸比丘如是思惟：「佛言：『應與。』不知與幾許？」白佛。佛言：「諸沙彌若立、若坐、若次第，諸檀越手自布施，多少屬沙彌。若諸檀越不分別，與作四分，第四分與沙彌。」

> 王舎城に仏がおられた時、諸々の外道の出家者たちが夏の安居を終え、自恣（じし）の時期を迎えました。在家の弟子たちは、彼らに様々な物品を布施しました。すなわち、澡罐（そうかん）、縄纓（じょうえい）、楼遮迦（るしゃか）、火鑪蓋（かろがい）、扇（おうぎ）、革屣（かくし）、曲杖（きょくじょう）などの品々です。 そこで、仏法に信心清らかな在家の信者（優婆塞）たちは、こう考えました。「あの邪な法を説く悪しき師たちでさえ、夏安居の自恣の時には、諸々の物品を布施してもらっている。ましてや、私たちの尊い聖なる僧団が夏安居を終え、自恣の時を迎えたのだから、どうして物品を布施しないことがあろうか。」 そこで彼らは、比丘（僧）の規定に従って、様々な品々を布施しました。鉢（はち）、または大きな鉢（倶鉢多羅）、中くらいの鉢（半倶鉢多羅）、鍵鎡（けんし）、半鍵鎡、帯鐶（たいかん）、禅鎮（ぜんちん）、衣䩙鉢支（えけんはっし）、澡罐、鉢嚢（はつのう）、蓋、扇、革屣など、比丘に必要な様々な品々を竹園に持参し、僧団に布施しました。 しかし、比丘たちはそれを受け取ろうとせず、こう言いました。「仏は、私たちが夏安居を終えて自恣の時に、比丘に必要な物品を受け取ることを、まだお許しになっていない。」 そこで、このことを仏に申し上げると、仏はお答えになりました。「夏安居を終え、自恣の時に、比丘に必要な物品を受け取ることを許可する。」 その時、沙弥（見習い僧）たちが来て、比丘に必要な物品の分け前を求めました。比丘たちは与えず、沙弥たちに言いました。「仏は、夏安居を終え自恣の時に、沙弥の分として衣を布施することをお許しになっているが、比丘に必要な物品を沙弥の分として与えることは、まだお許しになっていない。」 このことを仏に申し上げると、仏はお答えになりました。「与えるべきである。」 比丘たちはこう考えました。「仏は『与えるべきである』とおっしゃった。しかし、どれだけ与えるべきなのだろうか。」そこで、仏に尋ねました。 仏はお答えになりました。「沙弥たちが立っていようと、座っていようと、あるいは順番に並んでいようと、施主たちが自らの手で布施する場合、その多少は沙弥たちに属する。もし施主たちが沙弥と比丘を区別して布施しないなら、全体を四等分し、その第四分を沙弥に与えなさい。」

佛在舍衛國。跋難陀釋子兩處安居，為布施故。諸比丘不知何處與衣分，白佛。佛言：「安居處與。」諸比丘言：「兩處安居。」佛言：「何處住日多？」答言：「兩處日等。」佛言：「何處自恣？」答言：「兩處自恣。」佛言：「何處先自恣？是處與衣分。」

> 仏が舎衛国におられた時、跋難陀という釈迦族の在家信者が二か所で雨安居を行い布施を受けました。比丘たちはどちらに衣の分け前を与えるべきかわからず、仏に尋ねました。仏は言われました。「安居した場所に与えなさい。」比丘たちが「二か所で安居しました」と言うと、仏は言われました。「どちらで多くの日数を過ごしましたか？」「両方同じ日数です。」と答えると、仏は言われました。「どちらで自恣を行いましたか？」「両方で自恣を行いました。」と答えると、仏は言われました。「先に自恣を行った場所に衣の分け前を与えなさい。」

佛在舍衛國。跋難陀釋子，夏後月按行諸精舍，欲知何處安居比丘多得衣物，布施多處即往。諸比丘遙見，起迎與布坐處令坐，共相問訊樂不樂？小默然語諸比丘：「長老！是中住處僧得布施衣不？」諸比丘言：「得。」「分未？」答言：「未分。」言：「持來！是間分。」諸比丘持來，著跋難陀前分，分已上座取分欲去。跋難陀言：「大德小待。」問言：「有何等事？」答言：「但小待。」跋難陀能說法，雜語、好語、無盡語，如是好語說法，上座聞法大歡喜。愛法故語跋難陀：「我衣分屬汝。」如是第二、第三上座亦如是，一切僧衣分盡與跋難陀。如是一處、兩處、三處多得衣，大幞持入祇林。諸比丘祇林門間空地經行，遙見來自共相語：「跋難陀釋子來，耐羞人多作見聞疑惡，多取衣幞來。」漸近，諸比丘問：「是諸衣何處得？」答言：「與諸比丘廣說法故得。」諸比丘少欲知足行頭陀，訶責：「何以名比丘，餘處安居餘處受衣分？」諸比丘種種因緣訶已具白佛。佛以是事集僧，集僧已，佛知故問跋難陀：「汝實爾不？」答言：「實爾。」佛種種因緣訶：「何以名比丘，餘處安居餘處受衣分？」爾時佛但呵，未為比丘結戒。

> 世尊が祇園（ぎおん）精舎（しょうじゃ）におられた時のことである。跋難陀（ばつなんだ）というお釈迦様の親類の比丘が、夏の安居が終わった後、各僧院を見て回っていた。どこで安居した比丘たちが多くの衣や布施を得ているかを知りたかったのである。そして、布施が多い場所を見つけると、そこへ向かった。 ある僧院で、比丘たちは遙かに跋難陀（ばつなんだ）が来るのを見ると、立ち上がって迎え、座布団を敷いて座らせた。互いに挨拶を交わし、「お元気ですか」と尋ねた。しばらく沈黙があった後、跋難陀（ばつなんだ）は比丘たちに尋ねた。 「尊者方々、こちらの僧院では、僧伽（そうぎゃ）は布施の衣を受けましたか？」 比丘たちは答えた。「受けました。」 「まだ分配されていませんね？」 「まだです。」 「では、こちらに持って来なさい。ここで分配しましょう。」 比丘たちは衣を持って来て、跋難陀（ばつなんだ）の前に置いた。跋難陀（ばつなんだ）が分配を行うと、上座（じょうざ）の長老が自分の分を受け取って立ち去ろうとした。すると跋難陀（ばつなんだ）が言った。 「大徳（だいとく）、少々お待ちください。」 上座が尋ねた。「何か御用ですか。」 跋難陀（ばつなんだ）は言った。「ただ少々お待ちください。」 跋難陀（ばつなんだ）は法話が上手で、様々な話題を織り交ぜ、美しい言葉で尽きることなく語ることができた。彼が見事に法を説くと、上座はそれを聞いて大いに喜んだ。 法を愛する心から、上座は跋難陀（ばつなんだ）に言った。「私の衣の分はあなたに差し上げましょう。」 続けて、第二、第三の上座も同様に言った。こうして、僧伽（そうぎゃ）の衣の分はすべて跋難陀（ばつなんだ）のものとなった。 同じようにして、跋難陀（ばつなんだ）はあちこちで衣を多く得て、大きな包みにして祇園精舎（ぎおんしょうじゃ）に持ち帰った。 祇園精舎の門の前の広場で、比丘たちが経行（きんぎょう）していると、遙かに彼が来るのを見て、互いに言い合った。 「跋難陀（ばつなんだ）が来る。あの恥知らずな人は、多くの見聞きする悪い噂を集めている。大きな衣の包みを持って来ているぞ。」 跋難陀（ばつなんだ）が近づくと、比丘たちは尋ねた。「これらの衣はどこで手に入れたのですか？」 跋難陀（ばつなんだ）は答えた。「比丘たちに広く法を説いたことによって得ました。」 これを聞いて、比丘たちは少欲知足（しょうよくちそく）の修行をする頭陀（ずだ）の行に励む者として、彼を責めた。 「なぜ比丘でありながら、他の場所で安居しておきながら、他の場所で衣の分配を受けるのですか？」 比丘たちは様々な理由で彼を責めた後、このことを詳しくお釈迦様に申し上げた。 お釈迦様はこのことをもとに僧伽（そうぎゃ）を集められた。集まった後、お釈迦様はあえて跋難陀（ばつなんだ）に尋ねられた。 「あなたは実際にそうしたのか？」 跋難陀（ばつなんだ）は答えた。「はい、実際にそうしました。」 お釈迦様は様々な理由で彼を責められた。 「なぜ比丘でありながら、他の場所で安居しておきながら、他の場所で衣の分配を受けるのですか？」 この時、お釈迦様はただ彼を責められただけで、まだ比丘たちのために戒律を制定されなかった。

佛在憍薩羅國，一住處與大比丘僧安居。是國中諸居士，見僧多家家與比丘僧衣，若別房衣亦後安居衣。佛後歲祇林中夏安居，是住處有兩老比丘安居。諸居士思惟：「我等施僧如舊令事不廢，諸比丘得布施，我等得福。」諸居士送多衣物，如本法與住處僧。是二老比丘思惟：「是諸衣多我等人少，若分知當得何等罪？」心疑不分。是時跋難陀，夏後月按行諸精舍，欲知何處安居比丘多得衣物布施？跋難陀思惟：「佛往年安居處，是中必有多衣施。」即往彼住處。二老比丘遙見來，起迎與坐處，共相問訊樂不樂？小默然問言：「是中住處僧，得布施衣物不？」答言：「得。」問：「分未？」答：「未分。」問言：「何故不分？」答言：「是諸衣多，我等人少，若分知當得何等罪？心疑不分。」跋難陀言：「汝不分好，若分知汝得何罪。」二老比丘問：「汝能分不？」答言：「能。是中應作羯磨。」即持諸衣物來置前。跋難陀分作三聚，是二比丘間著一聚，自二聚間立言：「汝聽作羯磨。」

> ある時、仏はコーサラ国に滞在し、ある精舎で大比丘僧達と雨安居（雨季の籠もり修行）を行っていました。その国の在家信者たちは、僧侶の数が多いのを見て、各家庭から比丘僧に衣を布施したり、別の精舎のための衣や、後安居のための衣を布施したりしていました。 その後、仏は次の年に祇園精舎で雨安居を行いました。ところが、その以前滞在した精舎には、年老いた二人の比丘が雨安居のため残っていました。在家信者たちは考えました。「これまで通り僧侶たちに布施をして、行事を絶やさないようにしよう。比丘たちは布施を受け取り、私たちは福徳を得ることができる。」そこで、在家信者たちは従来通り、その精舎の僧侶たちに対して多くの衣類を布施しました。 この二人の老比丘は考えました。「これらの衣類は多いが、私たちは人数が少ない。もし分けるとしたら、どのような罪を得るのだろうか？」と疑いを持ち、結局分けませんでした。 そんな折、跋難陀（バッダンナ）比丘が雨安居の後の月に、諸々の精舎を巡っていました。彼の目的は、どの精舎で安居した比丘たちが多くの衣類や布施を得たのかを知ることでした。跋難陀は考えました。「仏が以前安居された精舎には、きっと多くの衣類の布施があるに違いない。」そう思って、その精舎へ向かいました。 二人の老比丘は遠くから跋難陀が来るのを見て、立ち上がって迎え、座を設けました。互いに安否を問い、少し沈黙した後、跋難陀が尋ねました。「こちらの精舎の僧侶たちは、布施の衣類を得ましたか？」答えは「はい」でした。「まだ分けていませんか？」「まだ分けていません。」「なぜ分けないのですか？」「これらの衣類は多く、私たちは人数が少ないからです。もし分けたらどのような罪になるのか分からず、疑いを持って分けなかったのです。」と老比丘たちは答えました。 跋難陀は言いました。「あなたたちが分けなかったのは良いことです。もし分けていたら、どんな罪を得たか分かりませんからね。」二人の老比丘は尋ねました。「あなたは分けることができますか？」跋難陀は答えました。「できます。そのためには羯磨（正式な手続き）を行うべきです。」そして、全ての衣類を前に持って来させました。跋難陀はそれを三つの山に分けました。二人の老比丘の間に一つの山を置き、自分は二つの山の間に立って言いました。「さあ、羯磨を行いますよ。」

「汝二人一聚， 如是汝有三；兩聚并及我， 如是我有三。」

> 汝と二人が集まれば、そこには三人がいる。 二つの集まりと私、そうして私も三人となる。

問：「是羯磨好不？」答言：「善！」跋難陀大擔衣去。彼言：「大德上座，我等諸衣物未分。」跋難陀言：「我與汝分，知法人應與一好衣。」彼言：「當與。」跋難陀是聚中取一大價衣著一處，餘與分作二分已，自擔多衣幞入祇林。諸比丘門間空地經行，遙見來自共相語：「是跋難陀無羞人，多作見聞疑惡，多取諸衣幞。」遂近來至，諸比丘言：「跋難陀！是諸衣何處得？」跋難陀具說向諸比丘。有比丘少欲知足行頭陀，聞是事心慚愧，訶責：「何以名比丘，故奪老比丘物？」諸比丘種種因緣訶已具白佛。佛以是事集僧，集僧已，佛知故問跋難陀：「汝實爾不？」答言：「實爾。」佛種種因緣訶：「何以名比丘，故奪老比丘物？」佛種種因緣訶已告諸比丘：「是跋難陀，非但今世奪，前世亦奪。是事聽。乃過去世一河曲中有二獺，河中得大鯉魚不能分，是二獺一面住守之。有野干來欲飲水，見言：『外甥！是中作何等？』獺言：『阿舅！是河曲中得此鯉魚，不能分。汝能分不？』野干言：『能。是中應說偈。』野干分作三分，問獺：『汝誰喜入淺？』答言：『是獺。』『誰能入深？』答言：『是獺。』野干言：『聽我說偈：

> 問う：「この羯磨は良いか？」答える：「善し！」跋難陀が大きな衣を担いで去る。彼が言う：「大徳上座よ、我々の諸々の衣物が未だ分けられていません。」跋難陀が言う：「私はあなた方のために分けよう。法を知る者には一つの良い衣を与えるべきだ。」彼らが言う：「そうしよう。」跋難陀はこの集まりの中から一つの高価な衣を取り出して一箇所に置き、残りを分けて二つの部分にした後、自ら多くの衣の包みを担いで祇林に入る。諸比丘が門の間の空地で経行し、遠くから彼が来るのを見て互いに語り合う：「あの跋難陀は恥知らずな者だ。多く見聞きし、疑い悪しきことを為し、多くの衣の包みを得た。」彼が近づいて来ると、諸比丘が言う：「跋難陀よ、これらの衣はどこで得たのか？」跋難陀は詳しく諸比丘に語った。ある比丘が少欲知足で頭陀行を実践し、この事を聞いて心に慚愧を生じ、訶責した：「なぜ比丘と名乗りながら、老いた比丘の物を奪うのか？」諸比丘は種々の因縁で訶責した後、仏に詳しく告げた。仏はこの事で僧を集め、僧を集めた後、仏は知りつつ跋難陀に問う：「汝は実にそうか？」答える：「実にそうです。」仏は種々の因縁で訶責する：「なぜ比丘と名乗りながら、老いた比丘の物を奪うのか？」仏は種々の因縁で訶責した後、諸比丘に告げる：「この跋難陀は、今生だけで奪ったのではない。前世でも奪ったのだ。この事を聞け。かつて過去世に、一つの川の曲がり角に二匹の獺がいた。川の中で大きな鯉魚を得たが分けられず、二匹の獺は一方に留まって守っていた。そこに野干が水を飲もうとして来て、言う：『甥よ、ここで何をしているのか？』獺が言う：『叔父よ、この川の曲がり角でこの鯉魚を得たが、分けられない。あなたは分けられるか？』野干が言う：『できる。ここでは偈を唱えるべきだ。』野干は三分に分けて、獺に問う：『汝らの中で誰が浅いところに入るのを好むか？』答える：『この獺だ。』『誰が深いところに入れるか？』答える：『この獺だ。』野干が言う：『私の偈を聞け。』」

「『「入淺應與尾， 入深應與頭；中間身肉分， 應與知法者。」』

> 「浅いところに入るなら尾を与え、深く入るなら頭を与えよ。中間の身肉の分は、法を知る者に与えるべきである。」

「野干銜魚身，雌者來說偈問：

> 野干が魚の体をくわえていると、雌の野干が来て偈を問うた。

「『汝何處銜來？ 滿口河中得；如是無頭尾， 鯉魚好肉食。』

> 「お前はどこからくわえて来たのか。口いっぱいに川で拾ってきた。このように頭も尾もない、鯉の美味しい肉である。」

「雄野干說偈答：

> 雄野干が偈を唱えて答えた。

「『人有相言擊， 不知分別法；能知分別者， 如官藏所得。無頭尾鯉魚， 是故我得食。』」

> 「人は互いの外見で非難し合うが、 真理を分別する智慧を知らない。 真理を分別できる者は、 あたかも役人が隠し財産を手に入れるかのようだ。 しっぽも頭もない鯉のようなものだ。 だからこそ、私はそれを食べることができるのだ。」

佛語諸比丘：「時二獺者，二老比丘是。野干者，跋難陀是。是跋難陀前世曾奪，今世復奪。」佛種種因緣呵跋難陀已，告諸比丘：「從今日是處安居，不應餘處受衣分。若受，得突吉羅罪。」

> 仏は比丘たちに語られた。「あの時の二匹のカワウソが、今の二人の老比丘であり、野干（やかん）が跋難陀（ばつなんだ）である。跋難陀は前世で奪ったように、この世でもまた奪ったのである。」 仏は様々な因縁をもって跋難陀を呵責された後、比丘たちに告げられた。「今日より、この場所で安居する者は、他の場所で衣の分配を受けてはならない。もし受ければ、突吉羅（とくきちら）の罪を得るであろう。」

有一住處一比丘夏安居，是中諸人為夏安居僧故，布施諸衣應分物。雖諸人為夏安居僧故布施諸衣物，一比丘獨夏安居應得受。二比丘、三比丘、四比丘亦如是。有住處、無住處亦如是。無聚落阿練若亦如是。

> ある住処で一人の比丘が夏安居をしていました。その地の人々は夏安居の僧侶のために様々な衣類や施し物を布施しました。人々が夏安居の僧侶のために衣類や物品を布施したにもかかわらず、一人の比丘だけが夏安居をしていたので、それらを受け取ることができました。二人の比丘、三人の比丘、四人の比丘の場合も同様です。住処がある場合もない場合も同じです。集落がある場合も、ない場合も同様です。

有一住處一比丘夏安居，是中諸人為客比丘故，多布施僧諸衣物應分物。雖諸人為客比丘故多布施僧諸衣，現前僧應分物。是一比丘夏安居，是衣應獨受。如是二比丘、三比丘、四比丘亦爾。有住處、無住處亦如是。無聚落阿練若處亦如是。

> ある安居所で、一人の比丘が夏安居（雨期の修行）をしていました。その地の人々は、客僧たちのために多くの布施を行い、僧伽（僧団）に多くの衣類や分配すべき品々を寄付しました。これらの人々が客僧たちのために多くの衣類を僧伽に布施したとしても、現前僧（その場にいる僧）が分配すべきものです。しかし、この一人の比丘が夏安居をしていた場合、その衣類は彼が独りで受け取るべきです。同様に、二人、三人、四人の比丘の場合も同じです。安居がある場合もない場合も、また村のある場合もない場合も、同様です。さらに、集落のない阿蘭若（静かな修行の場）でも同様です。

「若自恣竟僧破，應與夏安居衣分不？」佛言：「應與。」「自恣竟被舉比丘，應與衣分不？」佛言：「不應與。」「自恣竟有比丘至彼朋黨，應與安居衣分不？」佛言：「若至如法眾中應與。」「自恣竟有比丘自言：『我白衣。』應與夏安居衣分不？」佛言：「不應與。」「自恣竟有比丘自言：『我是沙彌。』應與夏安居衣分不？」佛言：「應與沙彌分。」「自恣竟有比丘自言：『我非比丘。』應與夏安居衣分不？」佛言：「不應與。」「若言：『我外道、不見擯、不作擯、惡邪、不除擯、不共住、種種不共住。』自言：『犯邊罪、本白衣、不能男、污比丘尼越濟人、殺父母、殺阿羅漢、破僧、惡心出佛身血。』如是人等應與夏安居衣分不？」佛言：「不應與。」「自恣竟有比丘遊行至他國，應與夏安居衣分不？」佛言：「有應與有不應與，與者知當還，不與者知不還。若囑人取者，一切衣分應與。不囑人取者不應與。受囑者，一切僧使應代作。」

> 問：「自恣が終わった後に僧団が分裂した場合、夏安居の衣の分配を受け取るべきでしょうか？」 仏陀は答えた：「受け取るべきである。」 「自恣が終わった後に挙弾された比丘は、衣の分配を受け取るべきでしょうか？」 仏陀は答えた：「受け取るべきではない。」 「自恣が終わった後に、ある比丘が相手の派閥に加わった場合、安居の衣の分配を受け取るべきでしょうか？」 仏陀は答えた：「もし如法の僧団に加わったのであれば、受け取るべきである。」 「自恣が終わった後に、ある比丘が『私は在家者です』と自称した場合、夏安居の衣の分配を受け取るべきでしょうか？」 仏陀は答えた：「受け取るべきではない。」 「自恣が終わった後に、ある比丘が『私は沙弥です』と自称した場合、夏安居の衣の分配を受け取るべきでしょうか？」 仏陀は答えた：「沙弥の分を与えるべきである。」 「自恣が終わった後に、ある比丘が『私は比丘ではない』と自称した場合、夏安居の衣の分配を受け取るべきでしょうか？」 仏陀は答えた：「受け取るべきではない。」 「もし『私は外道である、見擯（見解により追放）された者である、不作擯（作法により追放）された者である、悪邪（邪見を持つ者）である、不除擯（追放が解けていない者）である、不共住（共に住むことができない者）である、種々の不共住の者である』と言い、あるいは『私は辺罪（辺境での重罪）を犯した、元々在家者であった、不能男（性的不能者）である、比丘尼を汚した者である、越済人（境界を越えた者）である、父母を殺した者である、阿羅漢を殺した者である、僧団を破った者である、悪心で仏の身血を出した者である』と自称するような人々には、夏安居の衣の分配を与えるべきでしょうか？」 仏陀は答えた：「与えるべきではない。」 「自恣が終わった後に、ある比丘が他国へ遊行した場合、夏安居の衣の分配を受け取るべきでしょうか？」 仏陀は答えた：「受け取るべき場合と受け取るべきでない場合がある。与えるのは、その者が戻ってくることを知っている場合であり、与えないのは、戻ってこないことを知っている場合である。もし誰かに受け取りを託したなら、すべての衣の分配を与えるべきである。託さなかったなら、与えるべきではない。受け取りを託された者は、僧団のすべての用務を代わりに行うべきである。」

## 十誦律卷第二十七

> 十誦律 第二十七巻