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title: "雲臥紀譚 · 程闢招老南"
description: "雲臥紀譚由宋代高僧曉瑩錄撰，成書於南宋初期。該書屬佛教筆記體裁，主要記錄了作者雲遊期間的所見所聞，包括禪門軼事、高僧語錄及叢林規制等內容。全書反映了南宋佛教尤其是禪宗的發展狀況，具有重要的史料價值。作為佛教史傳文獻，它為研究宋代禪宗思想、僧團生活及社會互動提供了珍貴的一手資料，在佛教典籍中佔有獨特地位，是了解當時佛教生態的重要參考。"
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南禪師。居黃檗積翠菴。時豫章帥程公闢以詩招住翠巖。曰。翠巖泉石冠西山。欲得高人住此間。曾是早年聽法者。今生更欲見師顏。南和之曰。白髮滿頭如雪山。尪羸無力出人間。翻思有負公侯命。旦夕彷徨益厚顏。及程歸朝。閱二年。復除江西漕。南以頌寄之曰。洪井分飛早二年。林間仕路兩相懸。近聞北闕明君詔。又領江西漕使權。列郡望風皆艸偃。故人高枕得雲眠。馬塵未卜趨何日。預把音書作信傳。程和答曰。七字新吟憶舊年。此時懷抱極懸懸。師今有道居禪首。我本何人掌吏權。明月每思雲下坐。青山一任日高眠。庵前弟子知多少。來者如燈續續傳。程之帥豫章。乃治平三年丙午歲。奏准明堂赦。勘會未有名額院宇例賜之。由是豫章管內律院並獲其額。今鮮有知程之措意焉。然非取重南公之道德。豈能外護法門如是勤篤耶。

> 南禅師が黄檗の積翠庵に住んでおられた時、豫章の長官である程公が詩を送って翠巌への招請を願いました。その詩に曰く、 「翠巌の泉石は西山で最も優れている。高僧にこの地に住んでいただきたい。かつて若い頃に法を聞いた者として、今生でまた師のお顔を拝したい。」 南禅師はこれに和して曰く、 「白髪が頭に満ちて雪山のようだ。痩せ衰えて力なく、この世の中に出ることもできない。思うに公侯の命に背くことを恥じ、朝夕思い悩んでますます面目がない。」 程公が都に帰り、二年後、再び江西の漕使に任じられました。南禅師は頌を送ってこれを詠みました。 「洪井で別れて早や二年、林間の道と官途は遥かに隔たっている。近頃、都で賢明な君の詔があり、再び江西の漕使の権を領すると聞く。諸々の郡は風に草が靡くようにその威風に従い、旧友は高枕で雲の眠りを得る。馬の蹄がいつお目にかかれるか分からないが、先に手紙を届けとして送ろう。」 程公は和して答えて曰く、 「七字の新吟で旧年を憶う、この時の思いは極めて懸念に満ちる。師は今や道ありて禅の首座に居られる。我は何者であって吏権を掌るのか。明月のたびに雲の下に坐すことを思う、青山のまま日高く眠るに任せよう。庵前の弟子は幾人いるのだろうか、来る者は灯が次々と伝わるように続いてゆく。」 程公が豫章の帥となったのは治平三年丙午の年で、明堂の赦（＝大赦）が奏上され許可され、名称のない寺院には例に倣って寺額を賜ることになりました。これによって豫章管内の律院はすべてその額を得ることができたのです。今、程公のこの深い配慮を知る人はほとんどいません。しかし、もし南公の道徳を重んじなかったならば、どうしてこのように熱心に法門を外から護ることができたでしょうか。