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title: "佛說海龍王經 · 18 法供養品(四)"
description: "西晋时期高僧竺法护翻译的《佛说海龙王经》是大乘佛教重要经典之一。该经由佛陀向海龙王及其眷属宣说，强调众生平等、慈悲利他的菩萨行思想，并深入阐述缘起性空、因果业力的教义。经文以龙宫法会为背景，融合海洋神话与佛法哲理，形象生动。此经不仅展现了大乘佛教的包容性与实践性，还对汉传佛教伦理观念和民间信仰产生了深远影响，是研究早期大乘思想与文化交融的重要文献。"
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### 法供養品第十八

> 法供養品第十八

於是世尊告海龍王：「吾於大海所當教化皆以周畢，欲還精舍！」即從坐起，與大眾俱，尋從寶階出于大海，以無極莊嚴廣普威神住於海邊。

> そこで世尊は海の龍王に告げられた。「私は大海で教化すべき者をすべて終え、精舎に戻ろうと思う」と。そして座から立ち上がり、大衆と共に宝の階段を伝って大海を出て、限りない荘厳と広大な威神をもって海辺に留まられた。

爾時大海神名曰光耀，則以此偈，而讚歎曰：

> その時、大海の神、名は光耀という者が、この偈をもって、次のように讃嘆した。

「身相三十二， 天人所恭敬，無善神奉宗， 稽首人中上。光如百葉華， 猶若月盛明，清淨德超異， 稽首施安隱。顏容殊妙好， 百福功德相，德慧度無極， 稽首於導師。施與調順上， 積於清淨戒，忍辱力最勝， 稽首世之上。過於精進力， 禪定思清淨，智慧如虛空， 稽首以自歸。行慈以等心， 修哀攝眾生，喜心導御眾， 常護度彼岸，妙音如哀鸞， 所說喻梵聲，其響甚柔軟， 願以稽首禮。降伏於魔怨， 其力無等倫，遵修願道法， 三處所奉持，淨除於三垢， 講說三脫門，其名聞三千， 是故稽首禮。善願常至誠， 超度諸法上，尊勝諸國王， 常施惠大財，以離諛諂塵， 威神甚巍巍，光顏大殊妙， 是以稽首禮。心堅如金剛， 譬如須彌山，意至猶若地， 故稽首德海。為人說空義， 常寂度無極，湛然心平等， 願以自歸命。開演如甘露， 無趣斷所趣，天人人所敬， 願稽首最勝。聞天上人間， 名稱無有比，德普不可量， 稽首于德海。所作如所言， 為人說本行，所興為人講， 稽首善調御。度於老病死， 為賢眾所奉，演說解脫句， 稽首歸命佛。分別罪福應， 淨除邪見冥，為現正道行， 歸命於最勝。以經寶布施， 究暢于法樂，等心於怨友， 以歸命世尊。我嗟歎導師， 於德度無極，所以諮嗟福， 願後如世尊。」

> 三十二の相をそなえたお姿は、 天界の人々にも敬われ、 善き神々も尊び奉り、 人々の中の最上者に頭を下げます。 その光は百枚の花弁のよう、 満月の輝きにも似て、 清らかな徳は並ぶものなく、 安らぎを施す方に頭を下げます。 お顔は格別に麗しく、 百の福徳をそなえた相。 徳と智慧は限りなく、 導き手に頭を下げます。 調和の施しは最上に、 清らかな戒を積み重ね、 忍辱の力は最も勝れ、 世の最上者に頭を下げます。 精進の力を超え、 禅定の思いは清らか。 智慧は虚空のごとく、 自ら帰依して頭を下げます。 慈しみをもって平等の心で行い、 哀れみをもって衆生を導き、 喜びの心で人々を治め、 常に彼岸へと護り渡します。 妙なる声は哀鸞のよう、 語る言葉は梵天の響き。 その音色は大変柔らかく、 願わくば頭を下げて礼を。 魔怨を降伏させたその力は、 比べるものもなく、 願いの道を修め、 三つの処で尊ばれます。 三つの汚れを清め除き、 三つの解脱の門を説き、 その名は三千世界に響き、 故に頭を下げて礼を。 善き願いは常に誠実で、 諸法の上を超え渡り、 諸国の王を尊び勝り、 常に大いなる財を施します。 諂いの塵を離れ、 威神は大いに高く、 光り輝くお顔は格別に麗しく、 故に頭を下げて礼を。 心は金剛のように堅く、 須弥山のごとく、 思いは大地の如く、 徳の海に頭を下げます。 人々に空の理を説き、 常に寂滅へと渡り、 澄みきった心は平等で、 願わくば自ら帰依します。 甘露のように説き明かし、 趣くべきものなく趣くものも断ち、 天界の人々にも人間にも敬われ、 最勝者に頭を下げます。 天界にも人間にも聞こえるその名声は、 比べるものもなく、 徳は広く量りがたく、 徳の海に頭を下げます。 行いは言葉の通り、 人々に本行を説き、 起こすことは人々のために説き、 善く調御する方に頭を下げます。 老病死を渡り、 賢き衆に尊ばれ、 解脱の言葉を説き明かし、 仏に帰依して頭を下げます。 罪と福の応報を分け説き、 邪見の闇を清め除き、 正しい道の行いを示し、 最勝者に帰依します。 経の宝をもって布施し、 法の喜びを究め明かし、 怨みも友も等しい心で、 世尊に帰依します。 私は導き手を讃え嘆じます、 徳において限りなき方を。 故にこの福を讃嘆し、 願わくば後に世尊のようでありますように。

於是海神光耀，說是偈讚佛已，顯揚大海：「如來出海，海無威神，願佛垂恩遺以法教，使此海中蒙其莊挍而獲度脫。」

> 海神は光を放ち、仏を讃える偈を説き終えると、大海を照らして言いました。 「如来が海より現れられましたが、海には何の威徳もありません。 どうか仏が慈悲を垂れ、法の教えをお与えください。 この海がその恩恵を受け、荘厳な境地に導かれ、救いを得られますように。」

佛告海神：「有十法行得至莊挍。何等為十？護於諸根，十善清淨；志于慈心，不害眾生；意立大哀，發無上正真道；一切布施以若干行莊嚴其願；以大精進具足善法，心常寂然；不違本德，好樂經法；智慧清淨，以愍哀行；開化眾生，立於正德；入乎殊異，以致欣悅；逮得佛意，導以佛教。是為十法致乎莊嚴。」

> 仏は海神に告げられた：「十の行いによって荘厳に至ることができる。どのような十か？ 諸根を守り、十善を清浄にすること。慈しみの心を志し、衆生を害さないこと。大いなる哀れみを心に立て、無上の正しい道を発すること。すべてを布施し、さまざまな行いをもってその願いを荘厳にすること。大いなる精進をもって善法を具足し、心は常に寂然としていること。本来の徳に背かず、経法を好み楽しむこと。智慧は清浄であり、哀れみの行いをもって衆生を開化し、正しい徳に立たせること。殊勝な境地に入り、歓喜をもたらすこと。仏の意を悟り、仏の教えに導かれること。これが十の法であり、荘厳に至るのである。」

時大海神光耀與二萬天神，發無上正真道意，俱共歎曰：「今以莊嚴於是大海。所以者何？若發道意則為莊嚴三千世界，何況海乎！我等以發諸通慧心，一切莊嚴之功德也。我在於海，如來現在、若滅度後，擁護佛法，令其宣布。如來入城，現眾莊嚴，蒙以法恩化作講堂。」

> その時、大海の神々が光り輝き、二万の天神と共に、この上ない真実の悟りを求める心を起こし、一斉に讃嘆して言いました。 「今、この大海を荘厽するのはなぜか。もし悟りを求める心を起こすならば、それは三千世界を荘厽することになる。ましてやこの海をや。我々は神通と智慧の心を起こし、あらゆる荘厽の功徳を得た。我々は海にありながら、如来が今現れている時も、入滅された後も、仏法を守り、広く伝えていこう。如来が町に入り、多くの荘厽を現じ、法の恩恵によって説法の場を化現されるように。」

佛告光燿海神：「汝前後供養萬佛，普立大殿，又護正法，次當供養賢劫興佛，將導正法。竟賢劫已，當生無怒佛國妙樂世界，轉女人身，得為男子。無怒如來當授汝決，為無上正真道。」

> 仏は光燿海神に告げられた：「汝はこれまでに一万の仏を供養し、広く大殿を建立し、また正法を護持してきた。次には賢劫に出現する仏たちを供養し、正法を導き広めるであろう。賢劫が終わったならば、無怒仏の国、妙楽世界に生まれ、女人の身を転じて男子となるだろう。無怒如来は汝に記別を授け、無上正真の道を成し遂げさせてくださるであろう。」

時大海神光燿，聞佛授決，歡喜踊躍，則取珠瓔，價踰海寶，用散佛上，即而頌曰：

> その時、大海の神は光り輝き、仏が授記をされたと聞いて、歓喜し踊り上がりました。そして、海の宝を超える価値のある真珠の瓔珞を取り、仏の上に散じ、すぐに偈を唱えました。

「佛以聖諦音， 能仁授吾決，我不懷猶豫， 後當成佛不？可令三千界， 地所有劈裂，亦令月墮地， 佛所說不妄。觀慈志境界， 心淨修精進，今察我莊嚴， 恭敬慧法義，覩安住所行， 以慧決狐疑，了心如野馬， 所說審至誠。施安除眾苦， 歿命救恐畏，所療益無難， 稽首最正覺。度脫諸惡趣， 歸命光照世，導師明無上， 稽首佛說道。其有聞佛聲， 諸天人快利，佛法清淨行， 志在于佛道。不得歸惡趣， 便棄于八難，生天在人間， 後得寂然跡。」

於是海龍王子，名曰受現，白佛言：「無央數天、龍、神、香音神、無善神、鳳凰神、山神、恬柔神供養佛，我身亦當少少供養如來、正覺。假使世尊愍傷聽者，化作大殿，譬如忉利最上選宮，佛及弟子悉處其上，送至靈鷲山。」

> そこで海龍王の王子、名を受現という者が、仏に申し上げた。「無数の天、龍、神、香音神、無善神、鳳凰神、山神、恬柔神が仏を供養しております。私もまた、如来・正覚者に少しばかりの供養をさせていただきたいと存じます。もし世尊がお慈悲をもってお許しくださるならば、忉利天の最上の選宮のような大殿を化現し、仏と弟子たちを皆その上にお迎えして、霊鷲山までお送り申し上げたいのです。」

世尊曰：「如仁者願。宜知是時！」

> 世尊はおっしゃいました。「あなたが望む通りです。今こそ、その時を知るべきです。」

受現龍子自以神力承佛聖旨，化大嚴殿如忉利宮，佛及眾會皆處其上，在虛空中與八萬四千龍王諸后，鼓諸琴瑟而雨眾華及一切香，送佛、世尊詣靈鷲山。海龍王子與中宮俱，在世尊前自投歸命：「願周不及。所以者何？所興供養當如其寶。佛為一切無上福田，世尊大寶，正使三千大千世界滿中羅漢皆共供養於百千劫，不如奉侍如來、世尊，如是乃應供養。又世尊！何謂菩薩供養如來？」

> 受現龍子は自らの神通力をもって仏の聖なる御心を受け、壮大な宮殿を化現し、それは忉利天の宮殿のごとく、仏と大衆は皆その上に座し、虚空の中にあって八万四千の龍王と后たちと共に、琴や瑟を奏で、さまざまな花やあらゆる香りを降らせながら、仏、世尊を霊鷲山へとお送りした。海龍王子は中宮と共に、世尊の御前に進み出て、身を投げ出して帰依を申し上げた。「どうかお許しください。なぜなら、捧げる供養はその宝にふさわしいものであるべきだからです。仏はあらゆるものの中でも無上の福田であり、世尊こそが大いなる宝です。たとえ三千大千世界に羅漢が満ちていても、百千劫にわたって共に供養するよりも、如来、世尊にお仕えすることこそが真の供養にふさわしいのです。また、世尊よ、菩薩はどのように如来を供養するのでしょうか？」

佛言：「且聽菩薩所行供養如來：其心清淨，除於瑕穢；而無諛諂，本性自然；不著一切諸善之本；無加害心，等光眾生；除妖邪心，所行鮮潔；言行相應，不侵欺世；賢聖智足，威儀至德；一切平平，而不違捨。賢聖大願；樂於空閑，捨眾憒閙；自調其心，聞法靜思；解知本諦，無我、無人、無壽、無命；入於空無，入普達寂；觀空、無想、無願，至三脫法；如是像法，調諸邪見；棄有常無常，不起不滅；逮得法忍，本淨無人；無身、口、心志行因緣。是則應法供養如來。身、口、心行則不供養；無所造行，不進不退；淨三道場，等於三世；除去三垢，不著三界；入三脫門，得三達智，是則名曰供養如來。」

> 仏は言われた。「さあ、菩薩が如来を供養する行いを聞きなさい。その心は清らかで、汚れを除き、へつらいや偽りがなく、本性は自然のまま。一切の善の根本に執着せず、害する心もなく、すべての衆生に平等に光を当てる。邪な心を除き、行いは清らかで、言行は一致し、世を欺くことはない。賢聖の智慧は十分で、威儀は最高の徳に至る。すべてが平らかで、捨て去ることがない。賢聖の大願を抱き、静かな場所を好み、喧騒を捨てる。自ら心を調え、法を聞いて静かに思惟する。本来の真理を知り、我もなく、人もなく、寿命もなく、命もない。空無に入り、普遍の寂静に入る。空を観じ、想いなく、願いなく、三つの解脱の法に至る。このような正しい法によって、邪見を調える。常も無常も捨て、生起も滅することもない。法忍を得て、本来清浄で人もなく、身も口も心も志も行いも因縁もない。これこそが如来を法に応じて供養することである。身、口、心の行いで供養するのではない。何も作り出さず、進まず退かず、三道場を清め、三世に等しく、三つの煩悩を除き、三界に執着せず、三つの解脱の門に入り、三つの通達の智慧を得る。これこそが如来を供養するというのである。」

時海龍王問世尊曰：「其有人以華香、雜香、擣香、繒蓋、幢幡、伎樂、衣被、飲食、床臥、病瘦、醫藥供養如來，寧應供養不？」

> ある時、海の龍王が世尊にお尋ねしました。 「もし人が、花や香、様々な香料、練り香、絹の天蓋、幡、伎楽、衣服、飲食、寝具、病気の際の医薬などをもって、如来に供養したならば、それは供養としてふさわしいでしょうか？」

佛言：「龍王！隨其所種各得其類，此之供養不為究竟，離於垢塵，殖于德本，逮至賢聖心之解脫，不為無德、不至無上。菩薩有四事應供養如來。何等四？不捨道心，殖諸德本；心立大哀，合集慧品；建大精進，嚴淨佛土；入深妙法，心得法忍。是為四尊敬如來，為供養也。」

> 仏は言われた。「龍王よ、それぞれに植えた種に応じてその類の実を得る。このような供養は究極のものではなく、垢塵を離れ、徳の根本を植え、聖なる心の解脱に至るものでなければ、功徳はなく、無上の境地には至らない。菩薩には如来を供養すべき四つのことがある。どのような四つか。道心を捨てず、諸々の徳の根本を植えること。心に大いなる慈悲を立て、智慧の品々を集めること。大いなる精進を起こし、仏国土を荘厳清浄にすること。深遠微妙な法に入り、心に法忍を得ること。これら四つをもって如来を尊敬し、真の供養とするのである。」

爾時王舍城中梵志長者及無央數人民、尊者、大臣，上至摩竭國王阿闍世，聞佛在大海龍王宮，就請來還靈鷲山。時七萬二千人皆詣佛所，王阿闍世與官屬三萬二千，出王舍城詣靈鷲山，稽首佛足，遶佛三匝，却住一面，前白佛言：「佛入大海，水何所至？」

> その時、王舎城の梵志・長者たち、そして数え切れないほどの民衆、尊者たち、大臣たち、さらには摩竭陀国の阿闍世王に至るまでが、仏が大海の龍王宮におられ、そこから霊鷲山へとお戻りになったことを聞きつけました。七万二千の人々が皆、仏のもとへと参じました。阿闍世王も三万二千の家臣たちと共に王舎城を出て、霊鷲山へと向かい、仏足を礼拝し、三匝して仏をめぐり、一歩下がって一方に立ち、仏に向かって申し上げました。「仏よ、大海に入られた時、水はどこまで及んだのでしょうか。」

佛言：「大王！其有比丘威光定意心正受者，普見滿火，其水安在？」

> 仏は言われた。「大王よ、比丘が威光定意に心を正しく受け入れるとき、そこには満ちる火が普く見え、水はどこにあるのか？」

王對曰：「三昧自在之所致也，天中天！志心所為也。」

> 王は答えました。「三昧自在のゆえにでございます、天中の天よ。心の志すところがなしたことです。」

佛言：「王寧得聲聞所興三昧自在已耶？心之所為乎！如來常定等一切法，曉了坐起而得自在，於法為尊心無所礙。佛入大海，其處水類續見如故，其陸地人覩乎大海其水枯涸，但見眾寶而莊嚴之，譬如第六他化自在諸天宮殿所莊嚴也。佛光普照諸龍宮殿、香音神宮、無善神宮，其大海中含血之類，皆行慈心，仁意相向，無懷害者。」

> 仏は言われた。「王よ、あなたは声聞の起こす三昧の自在を得たでしょうか。それは心の働きによるものです。如来は常に定に入り、一切の法と平等であり、立ち居振る舞いをよく理解し自在を得て、法において尊く、心に何の妨げもありません。仏が大海に入ると、その場所の水は相変わらず流れ続け、陸に住む人々は大海を見て、その水が枯れ果て、ただ多くの宝で飾られているのを見ます。それはちょうど、第六天である他化自在天の宮殿が飾られているようなものです。仏の光はあまねく諸龍の宮殿、香音神の宮殿、無善神の宮殿を照らし、大海の中にいるすべての生き物は、慈しみの心を行い、互いに仁愛の心を向け合い、害をなす心を抱くものはいません。」

阿闍世王白佛：「其海龍王久如發無上正真道意？奉事幾佛何時當逮最正覺？所號為何？」

> 阿闍世王が仏に申し上げました。 「あの海の龍王は、いつの昔に無上の正しい悟りを求める心を起こされたのでしょうか。 どれほどの仏にお仕えになり、いつ最上の覚りを得られるのでしょうか。 その時、どのようなお名前で呼ばれるのでしょうか。」

佛告王曰：「乃往久遠無央數劫不可思議，彼時有佛，號光淨照耀如來、至真、等正覺、明行成為、善逝、世間解、無上士、道法御、天人師，號佛、世尊，乃在東方，世界曰善淨現，劫名可意寂。其善淨現世界，平正而悉莊嚴，假使一切嗟歎其德，不能究竟。時有轉輪聖王，號曰護天，常供養光淨照耀如來，四百二十萬歲一切施安，竟此之數寐於夢中，自然瑞應聞此偈曰：

> 仏は王に告げられた：「はるか遠い過去、計り知れないほど長い劫の昔、その時に仏がおられました。名を光浄照耀如来、至真・等正覚・明行足・善逝・世間解・無上士・調御丈夫・天人師、仏・世尊と称され、東方におられました。世界は善浄現といい、劫の名は可意寂といいました。その善浄現世界は平らで正しく、ことごとく荘厳であり、たとえすべての者がその徳をほめたたえても、尽きることはありませんでした。時に転輪聖王がおり、名を護天といいました。彼は常に光浄照耀如来を供養し、四百二十万年の間、すべてを施し安らかに過ごしました。その数が満ちたとき、夢の中で自然に瑞兆があり、この偈を聞きました：

「『王以供養大聖人， 甚多無量難思議，常興慈哀於眾生， 當發最上菩薩心。是供養尊妙第一， 此則奉敬諸如來，其有能發菩薩志， 則為度世威神德。』」

> 「王が大聖人を供養することは、 誠に多く無量で、思いはかること難く、 常に衆生に慈しみ哀れみを起こし、 最上の菩薩の心を発すべきである。 この供養は尊く妙にして第一であり、 これはすなわち諸仏如来を敬い奉ること。 もし菩薩の志しを発することができれば、 それは世を度す威神の徳となる。」

佛告阿闍世王：「其護天轉輪聖王，夢聞此已，寤自驚怪：『吾供養佛四百二十萬歲，佛說經法章句各異，初未曾聞如此偈經，是佛說邪？魔所云乎？』即䟽偈文而諷誦之。時光淨照耀如來行遊諸國，聖王即與八萬四千王及八萬四千后、國中臣民，其諸往者各八萬四千，俱往追佛，欲決斯疑。即逮見佛，稽首足下，敬問無量，即白佛言：『吾供養佛四百二十萬歲，佛說經法若干種義。我昨夜夢，夢中見佛說此二偈，寤甚驚怪，未從如來聞此偈教，不審佛所歎乎？魔所說耶？今故遠來欲決此疑！唯願世尊分別說之！』佛告護天：『是吾所讚，非魔之所云。』王又白佛言：『我奉事世尊若干億歲，供養衣食無所乏少，為我說經章句各異，爾時何故不歎此義？』佛即以偈答王曰：

> 仏は阿闍世王に告げられた。「護天転輪聖王は、夢の中でこれを聞き、目覚めて驚き怪しんだ。『私は仏を四百二十万歳も供養し、仏が説かれた経法の章句はそれぞれ異なっていたが、初めてこのような偈の経を聞いたことはない。これは仏が説かれたのか？それとも魔が語ったのか？』 そこで、すぐに偈の文を書き写して誦した。その時、光浄照耀如来が諸国を遊行されていた。聖王は八万四千の王たちと八万四千の后たち、国中の臣民たち、そしてそれぞれ八万四千の者たちを連れて、この疑いを解決しようと仏を追って行った。 そしてついに仏にお会いし、足下に頭を下げ、無量の敬意を込めて尋ねた。そして仏に申し上げた。『私は仏を四百二十万歳も供養し、仏が説かれた経法には様々な教えがありました。昨夜、私は夢を見ました。夢の中で仏がこの二つの偈を説かれているのを見たのです。目覚めて非常に驚き怪しみました。これまで如来からこの偈の教えを聞いたことがありません。これは仏が称えられたものなのでしょうか？それとも魔が説いたのでしょうか？今、遠くからやって来たのは、この疑いを解決したいからです。どうか世尊、はっきりとお説きください！』 仏は護天に告げられた。『それは私が称えたものであり、魔が語ったものではない。』 王はまた仏に申し上げた。『私は世尊に何億歳も仕え、衣食の供養に不足はありませんでした。私のために説かれた経の章句はそれぞれ異なっていましたが、その時、なぜこの教えを称えられなかったのですか？』 仏はすぐに偈をもって王に答えられた。

「『人心羸劣未有識， 初習福事未見深，不可為說微妙法， 心中驚疑或作却。以解罪福信佛法， 心堅意固不迴動，乃可為說菩薩事， 爾乃解至無極慧。』

> 「人の心は弱く未熟で、まだ深い理解がなく、 初めて善行を学び始めても、その奥深さは見えません。 そのような者には、微妙な教えを説いてはいけません。 心に驚きや疑いが生じ、かえって退いてしまうからです。 罪と福の道理を理解し、仏法を信じるようになり、 心が堅固で揺るぎない境地に至って初めて、 菩薩の道について説くことができます。 そうしてこそ、無上の智慧に至る理解が得られるのです。」

「時王及群臣后民心中大悅，皆發無上正真道意，尋立不退轉地，則以此偈而讚世尊曰：

> その時、王と家臣たち、そして民衆の心は大きな喜びに満たされ、皆が無上の真実の道を求める心を起こしました。すぐに不退転の境地を確立し、この偈をもって世尊を讃えて言いました。

「『不以貪諸色， 亦不猗音聲，香薰眾細滑， 不以此得佛。離懈怠怯弱， 避貪嫉犯法，除瞋恚憒亂， 乃得成正覺。捨身諸所安， 代眾生受惱，精進常樂法， 如是乃得佛。我今志大道， 佛與天證我，唯導師造行， 令所言無異。夢中聞道心， 適聞志大乘，所作慧無疑， 得至佛法王。』」

佛告阿闍世王：「欲知爾時轉輪聖王護天者不？今海龍王是！彼時初發無上正真道意。又王所問何時成佛？王具當聽：過二百無央數劫當成為佛，號無垢淨無量德超所有王如來、至真、等正覺，世界曰法音聲，劫曰首華。其法音聲世界，眾寶合成若干種色，地平如掌，其地柔軟，如天綩綖，有萬億安明山廣普難量，安隱豐熟，五穀平賤，天人充滿，衣服飲食如第六天人所居。法音聲世界諸樹，根、葉、莖、節、華、實皆以七寶，悉出無數若干百千道法音聲。其界人民猶若諸天，所語變化柔軟之聲，皆承法音，寂然澹泊，及佛法眾智度無極四恩之教，善權方便，滅定離欲，空、無想、不願無為無數，以故其界名法音聲。其有天人在彼土者，樂法歡喜，皆當入大聖，分別諸慧，審諦究竟，發無上正真道意。其佛欲說經時，身放大光普照佛界，其光明中則出億佛說講法聲。時諸天人見光聞法欣然大悅，往詣如來，自歸供養，則無央數以神足力飛行虛空，化寶蓮華而坐其上。如來應時亦在虛空坐師子座，為諸菩薩講說經道。時諸十方無央數百千諸菩薩者，皆當來會聽受經法，其國人民皆樂經法，亦無諸魔有所嬈害，亦無眾邪異道，亦無橫死。其佛壽十二劫，諸菩薩行超過於空。其國如是莊嚴無量，說法無限，菩薩無數。」

> 仏は阿闍世王に告げられた。「その時の転輪聖王が天を護った者を知りたいか？今の海龍王がそれである！彼はその時に初めて無上の正真の道心を発したのだ。また王が尋ねた、いつ仏となるのか？王よ、よく聞くがよい：二百の無央数劫を過ぎて仏となるであろう。その名は無垢浄無量徳超所有王如来・至真・等正覚と号し、世界は法音声と名づけられ、劫は首華と称される。その法音声世界は、多くの宝によって合成され、さまざまな色をなし、地は掌のごとく平らで、その地は柔らかく、天の綩綖のようである。万億の安明山があり、広く普遍で量りがたく、安穏で豊かに熟し、五穀は安価で、天と人が満ち溢れ、衣服や飲食は第六天人の住むところのようである。法音声世界の諸々の樹木は、根・葉・茎・節・華・実、すべて七宝でできており、無数の百千の法音声を発する。その世界の人々は諸天のようであり、語る言葉や変化する柔らかな声は、すべて法音を受け継ぎ、寂然として淡泊であり、仏法と衆智の度無極、四恩の教え、善権方便、滅定離欲、空・無想・不願無為無数によって、その世界は法音声と名づけられるのである。その世界にいる天人たちは、法を楽しみ歓喜し、皆大聖に入り、諸々の慧を分別し、審諦究竟して、無上の正真の道心を発するであろう。その仏が経を説こうとする時、身から大光明を放って仏界を普く照らし、その光明の中から億の仏が法を説く声が出る。その時、諸々の天人たちは光明を見て法を聞き、欣然大悦して如来のもとへ赴き、自ら帰依供養する。無央数の者が神足力によって虚空を飛行し、宝蓮華を化してその上に坐す。如来もまた時に応じて虚空に師子座に坐し、諸々の菩薩のために経道を講説される。その時、十方の無央数百千の諸菩薩たちは、皆来会して経法を聴受するであろう。その国の人々は皆経法を楽しみ、また諸々の魔による妨害もなく、また衆邪異道もなく、また横死もない。その仏の寿命は十二劫であり、諸菩薩の行は空を超える。その国はこのように荘厳無量であり、説法は限りなく、菩薩は数限りない。」