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title: "樂邦文類 · 龍舒淨土文跋"
description: "乐邦文类由南宋宗晓法师于庆元六年编纂而成，是净土宗重要文献汇编。该书辑录了东晋至宋代二百余位僧俗关于西方净土信仰的论述，包括论文、诗偈、发愿文等，系统整理了净土宗的教义与实践。其编纂正值南宋佛教繁荣期，旨在确立净土法门的正统性与传承。作为中国佛教史上第一部净土宗文集，乐邦文类为研究净土思想发展提供了核心文献，对后世影响深远，是了解汉传佛教净土信仰不可或缺的经典。"
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### 龍舒淨土文跋

> 『龍舒浄土文跋』

大慧禪師宗杲

> 大慧禅師宗杲

龍舒王虛中日休。博覽群書之餘。留心佛乘。以利人為己任。真火中蓮也。佛言。自未得度。先度人者菩薩發心。自覺已圓。能覺他者。如來應世。予嘉其志。為題其後。若見自性之彌陀。即了唯心之淨土。未能如是。則虛中為此文功不唐捐矣。庚辰八月二十日。書于劉景文懶窠云。雙徑妙喜宗杲跋。

> 龍舒の王、虚中日休（王日休）は、多くの書物を広く読んだあと、仏の教えに心を留め、人々を利益することを自分の使命としました。まさに火の中の蓮の花のようなものです。仏は言われました。「自らがまだ悟りを得ていないのに、まず他人を救おうとするのは、菩薩の心構えである。自らの覚りがすでに円満で、さらに他者を覚らせることができる者こそ、如来がこの世に現れた姿である。」私はその志を称え、この文章の後に題辞を記す。もし自らの本性の中の阿弥陀仏を見ることができれば、すなわち心のままの浄土を理解するだろう。もしこれができなくても、虚中がこの文を著した功徳は決して無駄にはならない。庚辰年八月二十日、劉景文の懶窠にて記す。雙徑の妙喜（宗杲）が跋を書く。