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title: "物初大觀禪師語錄 · 慶元府大慈名山教忠報國禪寺語錄"
description: "物初大观禅师语录由南宋临济宗高僧物初大观的弟子德溥等人编校而成。该书收录了大观禅师的上堂法语、小参、偈颂、书信等内容，体现了其峻烈刚猛的禅风与直指人心的教化方式。作为宋代禅宗语录的重要文献，它不仅是研究大观禅师思想及杨岐派禅法的关键典籍，也是了解南宋禅宗发展脉络的珍贵史料，在佛教思想史与语录文献中具有重要地位。"
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### 慶元府大慈名山教忠報國禪寺語錄

> 慶元府大慈名山教忠報國禪寺語錄

門人　德溥等　編校

> 門人 徳溥等 編校

三門。廣大門戶。觸處見成。擬著一毫。鐵山萬仞。諸人還信得及麼。喝一喝。

> 三つの門は広大な門戸であり、触れるところすべてに現成している。ほんのわずかでも執着しようものなら、鉄の山が万丈の高さに立ちはだかる。皆さんは、このことを本当に信じきれるだろうか。喝っ！と一喝。

方丈。拈拄杖云。我若拈起。便向未拈起時作道理。我若不拈起。便向拈起處作主宰。靠拄杖云。劒去久矣。

> 和尚が杖を手に取り、言った。「もし私が杖を掲げれば、皆さんは掲げる前の状態に理屈を求めるだろう。もし私が杖を掲げなければ、皆さんは掲げた場面で主導権を握ろうとする。結局、どちらにせよ、真実はとっくに過ぎ去ってしまっているのだ。」

陞座。拈香祝聖罷。遂就座云。鋒鋩未露。似空藏空。意句纔彰。如水入水。莫有相應底麼。時有僧出問云。金雞唱曉。玉鳳銜花。正與麼時。請師祝　聖。師云。祝融峯頂擊金鐘。進云。與麼則一氣不言含有象。萬靈何處謝無私。師云。百花毬上繡紅旗。進云。記得趙州訪大慈。值掃地次。趙州問云。般若以何為體。大慈云。般若以何為體。此意如何。師云。一雙孤鴈撲地高飛。進云。次日趙州掃地次。大慈問云。般若以何為體。趙州放下苕帚。呵呵大笑。又作麼生。師云。兩箇鴛鴦池邊獨立。進云。今日忽有人。問和尚。般若以何為體。畢竟如何答他。師云。三十拄杖。趂下法堂。進云。且道與古人。相去多少。師云。掬水月在手。弄花香滿衣。僧禮拜　師乃云。大機圓應。括地該天。大用全提。海湧山立。從上廣大門風。威德自在。有時拈一莖草。作丈六金身。有時將丈六金身。作一莖草用。主賓互換。縱奪臨時。直得東湖闊處。輥底塵飛。慈雲山頭。翻空浪起。以此助揚聖化。則化無不被。以此仰報親恩。則恩無不酬。正與麼時。如何通信。春行萬國春無跡。月印千江月不分。

> （法座に登る。香を拈り、聖寿を祝う儀礼を終える。そのまま座に就き、以下のように述べる。） 刃の先がまだ露わになっていない時は、虚空が虚空を包み込むようだ。意味や句がようやく現れれば、水が水に入るようになる。これに相応する者はいるだろうか。 その時、一人の僧が進み出て問うた。 「金鶏が暁を告げ、玉鳳が花をくわえる。まさにその時、どうか師家が聖寿を祝してください。」 師、答える。 「祝融の峰の頂で、金の鐘を打ち鳴らす。」 僧、さらに問う。 「ならば、一つの気は言葉を持たずに万象を含み、萬霊はどこで無私に感謝するのでしょうか。」 師、答える。 「百花の毬の上に、紅い旗を刺繍する。」 僧、問う。 「趙州が大慈を訪ねた時、たまたま掃除中でした。趙州が『般若は何を体とするのか』と問うと、大慈は『般若は何を体とするのか』と答えました。この意味は如何に。」 師、答える。 「一対の孤雁が地面を蹴って高く舞い上がる。」 僧、問う。 「翌日、趙州が掃除をしていると、大慈が『般若は何を体とするのか』と問いました。趙州はほうきを置き、呵々大笑しました。これはまた如何に。」 師、答える。 「二羽の鴛鴦が池の辺りに佇んでいる。」 僧、問う。 「今日、もし誰かが和尚に『般若は何を体とするのか』と問うたら、究竟どのように答えるべきでしょうか。」 師、答える。 「三十の杖で法堂から追い出せ。」 僧、問う。 「それは古人とどれほど違うのでしょうか。」 師、答える。 「手で水をすくえば月が掌にあり、花を弄れば香りが衣に満ちる。」 僧が礼拝する。 そこで師は述べた。 「大いなる機関は円く応じて、大地を包み天を覆う。大いなる働きは全く打ち出され、海は湧き山は立つ。古来からの広大な門風は、威徳自在である。時には一茎の草を取って丈六の金身とし、時には丈六の金身を一茎の草として用いる。主と賓は互いに換わり、縦奪は時を得て行われる。まさに東湖の広い所では、底から塵が飛び、慈雲山の頂では、空がひっくり返って波が立つ。これによって聖化を助ければ、化されないものはなく、これによって親恩に報いれば、報いられない恩はない。まさにその時、如何にして消息を通じるのか。春は国々を行き渡って、春に跡がなく、月は千の川に映って、月に分かれはない。」

復舉首山和尚示眾云。佛法付囑　國王大臣。有力檀越。俾燈燈相續。直至如今。且道。相續箇什麼。良久云。須是迦葉師兄始得。

> それでは、首山和尚が大衆の前でこう示されました。 「仏法は、国王や大臣、力ある在家の信者たちに託されてきました。それによって、灯火が次々と受け継がれるように、法が連綿と伝えられ、今に至っています。さて、その『受け継がれていくもの』とは、一体何でしょうか。」 しばらく間を置いて、おっしゃいました。 「やはり、それは迦葉（かしょう）尊者のような存在であってこそ、初めて受け継ぐことができるのです。」

師云。首山老漢。可謂見黍稷而重耒耜。只是向屋裏人分上。分毫子也不得。敢問大眾。相續箇什麼。良久云。南斗七北斗八。

> 師が言われた。「首山老師は、まさに穀物を見て農具を重んじる者である。しかし、身内の者に対しては、一片の分け前も与えられない。あえて皆に問う、何が継続しているのか？」しばらくして師は言われた。「南斗七星、北斗七星。」

上堂。舉雪竇示眾云。春山疊亂青。春水漾虗碧。寥寥天地間。獨立望何極。遂喚侍者云。適來有人看方丈麼。者云有。竇云。作賊人心虗。

> 説法に上堂する。雪竇の示衆を挙げて言う。 「春の山は幾重にも青みを帯び、春の水はどこまにも透き通って揺れている。果てしなく広がる天地の間で、ひとり立って何の果てを見渡すというのか。」 そこで侍者を呼んで言う。 「さっき、誰か方丈を見に来たか。」 侍者が言う。「来ました。」 雪竇が言う。「盗人には心虚れあり、ということだ。」

師云。雪竇老人。長因送客處。憶得別家時。

> 師は言われた。 雪竇老人は、いつも客を見送る場所で、 家を離れた時のことを思い出していたのです。

上堂。函蓋合。箭鋒拄。暫時岐路。作家不啐󲣅。啐󲣅同時失。唯之與阿。相去幾何。升千仞之上。吾亦與之俱。極九淵之底。吾亦與之俱。驀然青天白日中。下一陣雪。竪毛呵手有分。

> 法座に上がって言う。 覆いと蓋がぴったり合い、矢の先が触れ合うようだ。ほんの一瞬の岐路。本当の達人は、決して無理に促したりはしない。促すことと応じることが同時に行われなければ、それは失敗だ。 「唯」と「阿」、その違いはわずかか。 千仞（約二千メートル）の高みに登っても、私はあなたと共にいる。 九淵（深い淵）の底に沈んでも、私はあなたと共にいる。 そんな中、真っ青な晴天のただ中に、突然雪が降り出す。 思わず毛を逆立て、手をこすって暖める――その境地を、あなたも味わうことができるのだ。

上堂。舉僧問保福豁和尚。家貧遭劫時如何。福云。不能盡底去。僧云。為什麼不能盡底去。福云。賊是家親。僧云。既是家親。為什麼。翻成家賊。福云。內既無應。外無能為。僧云。忽然捉敗時如何。福云。內外絕消息。僧云。捉敗後。功歸何所。福云。賞亦不曾聞。僧云。與麼則勞而無功。福云。功則不無。成而不處。僧云。既是功成。為什麼不處。福云。不見道。太平本是將軍致。不許將軍見太平。

> 授業で、僧が保福豁和尚に問うた。「家が貧しくて盗賊に遭った時、どうすればよいでしょうか？」福師が言う、「根こそぎ持っていくわけにはいかない」。僧が問う、「なぜ根こそぎ持っていけないのですか？」福師が言う、「賊は家の親類だからだ」。僧が問う、「家の親類でありながら、なぜ家の賊となってしまうのですか？」福師が言う、「内に応じる者がいなければ、外も手出しできないのだ」。僧が問う、「もし捕まえてやり込めた時は、どうでしょうか？」福師が言う、「内外のつながりが絶たれる」。僧が問う、「捕まえた後、功績はどこに帰するのですか？」福師が言う、「褒賞も聞いたことがない」。僧が言う、「それならば、骨折り損のくたびれ儲けですね」。福師が言う、「功績がないわけではない。しかし、成し遂げてもそれに留まらないのだ」。僧が問う、「功績を成し遂げたのに、なぜ留まらないのですか？」福師が言う、「知らないのか。太平は本来将軍がもたらすものだが、将軍が太平を見ることは許されない、と」。

師云。若非保福深知賊之情狀。安能勘證如斯分曉。只是下梢。手脚太露。

> 師は言った。「もし保福が賊の事情を深く知らなければ、どうしてこれほどはっきりと見破り証明できただろうか。ただ、やや詰めのところで、そのやり口が露骨すぎたのだ。」

上堂。終日忙忙。秀支替戾剛。那事無妨。僕谷劬禿當。不動智佛。長時七出八沒。憍梵鉢提。對人倒腹傾腸。拍膝云。疊疊雲山引興長。

> 法話を始めます。一日中あれこれ忙しくしている。しかし、「秀支替戾剛」のように、どんなに騒がしくても、本来の静けさは変わらない。「僕谷劬禿当」のように、迷いの世界であっても、目覚めの本質は少しも損なわれていない。 動かない智慧の仏は、いつもあちこち現れたり消えたりしている。驕梵鉢提は、人に向かって腹の内をすべて打ち明ける。 （膝を叩いて）幾重にも重なる雲の山が、詩興を長く誘い続ける。

上堂。我宗無語句。亦無一法與人。含血噀人。有者便道。桃花浪裏。正好張帆。明月洲頭。更堪垂釣。恁麼見解。未夢見衲僧汗臭氣在。何故。低價難酬。

> 師が法座に上って言われた。 「我が宗には、言葉や文字はなく、人に与える一つの教えもない。」 「（もし言葉があると言うなら、それは）血の含んだ水を人に吹きかけるようなものである。」 「ある者は言う、『桃の花が舞う波の中で、ちょうど帆を張るのに良い。月明かりの洲のほとりで、さらに釣り糸を垂れるのにふさわしい。』と。」 「しかし、そんな見解では、修行者の汗の匂いすら嗅いだことがない。」 「なぜか。値段を安く付けすぎて、報いることが難しいからだ。」

上堂。古者道。言之者失其真。知之者反其愚。有之者乖其性。無之者傷其軀。慈雲道。礙塞處有通疎。看不足綽有餘。千古華山山下路。輸他潘閬倒騎驢。

> 説法の場で、古人はこう言った。「語る者は真実を失い、知る者は愚かさに返る。持つ者は本性に背き、無くす者はその身を傷つける。」慈雲は言う。「妨げられる場所に通じる道があり、見尽くせないほど豊かさが余っている。千古の華山のふもとの道、彼の潘閬が驢馬に逆さに乗ったことには敵わない。」

天童西巖和尚訃音至。上堂。凌霄跨竈。凌滅吾宗。危分險布。鐵網千重。三更白如晝。掇轉太虗空。幻智庵前覓不得。蕭蕭松竹引清風。

> 天童西巌和尚の訃報が届き、上堂して言われた。 「凌霄の頂を越え、竈をまたぐほどの力強さで、我が宗団を消し去ろうとしたほどだった。危険な崖っぷちに立ち、鉄の網を幾重にも張り巡らせるような布教をなさった。真夜中でも昼のように明るく、虚空さえも引き回した。幻智庵の前で探しても、彼の姿は見つからない。ただ、松や竹が風にそよぎ、清らかな風を運んでくるのみだ。」

上堂。活句下明得。與佛祖為師。死句下明得。自救不了。慈雲則不然。活句下明得。滴水難消。死句下明得。翻雲覆雨。竪起拂子云。者箇是死句是活句。擊拂子云。生鐵面具。

> 説法の場に上がって言う。 「活きた句」の下で悟りを得た者は、仏や祖師の師となることができる。 「死んだ句」の下で悟りを得た者は、自分自身を救うこともできない。 しかし、慈雲（私）はそうは思わない。 「活きた句」の下で悟りを得た者は、一滴の水さえも消化しきれないほど微細な執着を残す。 「死んだ句」の下で悟りを得た者は、雲をひっくり返し雨を降らせるように、あらゆるものを使いこなす。 （そこで払子を立てて言う） 「これが死んだ句か、活きた句か？」 （払子を一打ちして言う） 「鉄の仮面だ。」

金文唯翁和尚至。上堂。栢巖那畔。布偃月之陳。雙照明邊。流蠱家之毒。褫剝郎罷。殃害衲僧。今日兵車會同。慈雲請避三舍。何故。兄弟添十字。

> 金文の唯翁和尚がおいでになりました。上堂して言われました。 「栢巌の向こう側に、半月の陣を敷き、双照のあたりで、蠱毒の家の毒を流す。父を剥ぎ取り、修行者を苦しめる。今日、戦の兵器が集まるこの場では、慈雲よ、三舎を避けよ。なぜか。兄弟は十字を加えるからである。」

解夏上堂。若論此事。如上將軍出師。陷諸死地而後生。今日不問已得未得。已證未證。總被慈雲陷諸死地了也。莫有轉身吐氣底麼。乃云格。

> もしこの真理について語るならば、ちょうど大将軍が軍を率いて出陣し、兵を死地に追いやってから生還させるようなものです。今日は、すでに悟りを得た者も、まだ得ていない者も、すでに証得した者も、まだ証得していない者も、すべて慈雲によって死地に追いやられてしまいました。さて、身の転換を図り、一息つく者はいるでしょうか。それでは、格を示そう。

上堂。舉僧問徑山。掩息如灰時如何。山云。猶是時人功幹。僧云。幹後如何。山云。耕人田不種。僧云。畢竟如何。山云。禾熟不臨場後來。應庵和尚云。鳳閤香沈。雪巢夜冷。半𤗉明月。和氣靄然。正當與麼時。歸宗與徑山。還有相見分也無。見與不見則且止。只如僧問徑山。還具眼麼。其或未然。雲藏無縫襖。鳥宿不萠枝。

> 説法の場に上堂し、ある公案を挙げた。僧が径山に問うた。「心の働きをすべて止めて灰のようになった時はどうでしょうか。」径山は答えた。「それはまだ、時世の人々の功績や働きに過ぎない。」僧が言った。「その働きを終えた後はどうでしょうか。」径山は言った。「農夫が田を耕しても種を蒔かないようなものだ。」僧が言った。「では、結局のところどうなのでしょうか。」径山は言った。「穀物が熟しても、収穫の場に臨まないことだ。」 後に応庵和尚が言った。「鳳凰の間では香が沈み、雪の巣では夜が冷える。半ば開いた窓に明るい月が差し込む。和やかな気が満ちあふれている。まさにそのような時、帰宗と径山の間には、お互いに会って対話するという機緣があるのだろうか。あるかないかはひとまず置いておこう。ただ、僧が径山に問うたこと、その僧には物事を見きわめる仏眼があったのだろうか。もしそうでないならば、『雲は縫い目のない羽織を隠し、鳥は芽を吹かない枝に止まる』という境涯である。」

師云。澄潭隱隱。不臥蒼龍。應庵老人。為臨濟炟赫兒孫。因甚隨隊活埋向者裏。慈雲長老跛跛挈挈。且與麼過。何故。伐冰之家。不畜牛羊。

> 師いわく、澄みきった深い淵には、蒼龍は身を潜めないものだ。応庵老人は、臨済宗の燦然と輝く後継者である。それなのに、なぜ徒党を組んでこのような場所に埋もれてしまったのか。慈雲長老は、足を引きずりながらも、とりあえずこうしてやり過ごしている。なぜか。氷を砕くような家には、牛羊を飼うことはしないからである。

上堂。平常是道。不涉平常。顛來倒去。規圓矩方。林花著雨臙脂落。水荇牽風翠帶長。

> 上堂。平常が道である。しかし、その平常に留まってはならない。ひっくり返したり、さかさまにしたり。円形や四角形の規則。林の花は雨に濡れて、紅色が落ちる。水草は風に引かれて、翠の帯が長く伸びる。

淨居和尚至。上堂。峯巒秀異。鶴不停機。靈木迢然。鳳無依倚。直饒與麼。也未為脫灑。今日向真人面前。說不得假。畢竟如何。良久云。青山碾為塵。白日無閑人。

> 浄居和尚が訪れました。和尚が高座に上って説法しました。 「峰や谷はひときわ美しくとも、鶴はそこに留まりません。神秘的な木々が遠くにそびえていても、鳳凰はそれに頼ろうとしません。たとえそうであっても、それが本当の自由というわけではありません。 今日私は真人の御前で話をしていますが、偽りの言葉は語れません。さて、結局のところどうなのでしょう？」 しばらく間を置いて、こう言いました。 「青い山々は粉々に砕かれ、昼間は忙しく立ち働く人でいっぱいです。」

徑山石溪和尚遺書至。上堂。鐵牛昨夜拗折角。自揚家醜。撞破虗空鳴嚗嚗。將錯就錯。天台寒拾笑咍咍。利動君子。報道十方無壁落。猶在半途。諸人還見佛海禪師麼。石裂溪空聲愈高。岌岌凌霄頭倒卓。

> 径山の石溪和尚から遺書が届いたので、上堂して法を説いた。 昨夜、鉄の牛が角を折って、自ら家の恥をさらした。 虚空を打ち破って、ぽんぽんと鳴らすのは、過ちをそのまま過ちとしている。 天台の寒山と拾得がけらけらと笑う。これは君子の心を動かす利である。 「十方に壁や落ちる場所はない」と報じるが、まだ中途半端なところにいる。 皆さんは、まだ仏海禅師をご覧になれますか？ 岩が裂け、溪が空っぽになっても、その声はますます高く、 そそり立って天を突き、頭を逆さまに垂れている。

元宵謝兩序上堂。孤危不立。坐斷千差。有笑陪賓。無贓驗賊。從教一進一退。南來北來。空自合空。水自合水。若是京三汴四。明收暗展。鼓皮打穿。曲子吹徹。慈雲又將何賞功。良久云。漏燈盞。

> 元宵節に両序に謝して上堂する。 孤立も危うさも立てず、千の差別を断ち切って座す。笑みをもって賓客をもてなし、証拠なくして賊を暴く。進むも退くも、南から来るも北から来るも、すべてをそのままに任せる。空は自ずから空に合い、水は自ずから水に合う。もし京三や汴四のように、明らかに収めて暗に広げるならば、鼓の皮は打ち破られ、曲は吹き尽くされるだろう。そのような時に、慈雲は何をもって功を賞すべきか。しばらく黙してから言う、「漏れる燈明の器」。

上堂。取不得舍不得。不可得中只麼得。萬籟收聲兮萬象自閑。秋水吞空兮秋天一色。

> お堂に上り、説く。 「取ることもできず、捨てることもできない。得ることのできないその中で、ただ、そのままに得るのだ。あらゆる音が静まり、万象はおのずと閑かである。秋の水は空を呑み込み、秋の空は一色に染まる。」

上堂。日復日夜復夜。竇八布衫穿。虗空生柄欛。所以道。一剎那際。三世互參。無量劫海。依今而住。拈拄杖云。拄杖子吞却乾坤了也。諸人因甚不知。靠拄杖云。年光隨浪去。臘尾趲春歸。

> 上堂。日が暮れて夜が来る。宝八が着た布の衣もすり切れ、虚空にまで柄が生えた。だから言う、一瞬のうちに三世が交わり合い、無限の劫の海も、今この時に留まっているのだと。杖を手に取って言う。この杖が天地を飲み込んでしまった。皆さんはなぜ気づかないのか。杖にもたれて言う。年は波と共に流れ去り、年の瀬が春を追い立てる。

滿散。

> 満散了。

天基節上堂。靈山消息綿綿。覺海波瀾浩浩。明今洞古。徹聖該凡。非數量之所能窮。非思議之所能及。正與麼時。又且如何奉重。全提無漏金剛句。山嶽同呼萬歲聲。

> 天基節の上堂、霊山の消息は綿綿と続き、覚海の波瀾は浩浩と広がる。今を明らかにし古を洞見し、聖に徹し凡を包括する。数や量で窮めることはできず、思慮や議論で及ぶものではない。まさにその時、いかにして尊び重んずべきか。漏れなき金剛句を全提し、山岳も共に「万歳」の声を呼ぶ。

上堂。寬廓非外。寂寥非內。拽轉虗空。須彌粉碎。土宿頷下髭鬚長。波斯眼深鼻孔大。擊拂子。下座。

> 法座にのぼりて言う。 「広く広がっていると言っても、それは外にあるものではない。静かに沈んでいると言っても、それは内にあるものではない。 虚空を引き回せば、須弥山も粉々になる。 土星の顎の下の髭は長く、ペルシャ人の目は深く、鼻の穴は大きい。」 払子を打ち鳴らし、法座を下りた。

結夏上堂。圓覺伽藍。牛頭北馬頭南。平等性智。七十三八十四。齩定牙關。四稜蹋地。

> 夏安居の上堂で説かれました。 「円覚の伽藍は、牛の頭は北に、馬の頭は南にある。 平等性智は、七十三か八十四か。 歯を食いしばって、四角に地面を踏みしめよ。」

上堂。久晴還雨。禾山解打鼓。久雨還晴。普化愛搖鈴。錢是足陌。物是定價。趙州直得五年分疎不下。

> 上堂。 長く晴れていても、やがて雨は降る。 禾山は太鼓を打つ。 長く雨が降っていても、やがて晴れる。 普化は鈴を鳴らすのが好きだ。 お金は数が合い、品物には定価がある。 趙州は五年かけても、はっきりと区別することができなかった。

看經上堂。三百餘會。葛藤露布。以拂子。畫一畫云。多子塔前。水不借路。

> 三百以上の説法をしてきたけど、それはただのまわりくどい話の山だった。 （払子で一劃し）多子塔の前では、水さえも道を借りない。

上堂。井梧葉葉響飅攪。攬動明河萬里秋。楖𣗖摩挲生遠興。白雲流水共悠悠。不是寒山子。誰臨古渡頭。

> 説法に上がる。 井戸の梧桐（あおぎり）の葉が、 一枚一枚、風にざわめく。 その音は天の川を揺さぶり、 万里の秋を呼び寄せる。 杖を手に取り、撫でながら、 遠くへと思いを馳せれば、 白い雲と清らかな流れが、 どこまでも悠然と続いている。 もし寒山子でなければ、 誰がこの古い渡し場に立つというのだろう。

上堂。一見便見。臨崖滸眼。一得永得。坐井觀天。直饒窺藩不入。據鼎不嘗。也未免落七落八。莫有水不洗水底麼。喝一喝。下座。

> 上堂して言う。 一度見れば、すぐに分かる。 崖っぷちに立って、目をこらすようなものだ。 一度得れば、永遠に得る。 井戸の中から空を眺めるようなものだ。 たとえ、垣根を覗いても中に入らず、 鼎（かなえ）を前にして味わわないとしても、 やはり七転八倒の迷いから逃れられない。 「水で水を洗わない」という境地に至った者はいるか。 喝っ！と一喝して、座を下りた。

上堂。秋光杪暮。霜吹凄肅。無位真人。草眠露宿。慈雲忍俊不禁。試為臨風招之。式微式微。胡不歸。胡不歸。一堂和氣春熈熈。三條椽下堪自怡。東挨西倚終奚為。

> 説法の場にて。 秋の光は暮れゆき、霜降ろしの風は身に染みる。 「無位の真人」は、草むらに伏し、露の宿りで夜を明かしている。 慈雲が思わず笑みをこぼし、風に乗せて招いてみよう。 「もうすっかり日は暮れた。 なぜ帰らないのか。 なぜ帰らないのか。」 一堂には和気あふれ、春の陽気のように温かい。 三本の桁の下にいることこそ、楽しめるのに。 東に寄り、西に身を預けても、何の意味があろうか。

上堂。有句無句。如藤倚樹。怒猊抉石。樹倒藤枯。句歸何處。渴驥奔泉。溈山呵呵大笑。面上夾竹桃花。肚裏參天荊棘。

> 説法に臨んで言う。 「言葉がある」と「言葉がない」という二つのあり方も、まるでツタが木に絡まるように互いに依存している。激しい獅子が岩を引き裂くような力強さで、その木が倒れツタも枯れてしまったなら、「言葉」はどこへ帰っていくのだろうか？まるで乾いた名馬が泉へと駆けていくようである。 その時、潙山和尚は呵々大笑した。その笑顔の表面は桃の花を髣髴とさせるが、その心の中は天を突くような茨（いばら）でいっぱいなのだ。

上堂。春風緩春日暖。山鳥嘲啾。山花爛熳。達磨面壁九年。歸宗拭壞雙眼。諸人還會麼。南山粲白石爛。

> 法座にのぼって、老師が言われた。 春の風はやわらかく、春の日は暖かい。山の鳥はさえずり、山の花は咲き乱れている。 達磨大師は九年もの間、壁に向かって座り続けたが、帰宗禅師はその姿を見て両目をこすってしまった。 皆さん、この意味がわかるだろうか。 南山には白い石が美しく、光り輝いている。

上堂。舉寶應顒和尚。因僧問。從上諸聖。向甚麼處去。應云。不上天堂。即入地獄。僧云。和尚作麼生。應云。還知寶應落處麼。僧擬議。應拈拂子驀口打。又呼令近前云。令合是你行。又打一拂子。

> 法堂に上がって、宝応ヨウ和尚の話を持ち出した。ある僧が問うた、「昔の聖人たちは、どこへ行かれたのですか？」宝応和尚が答えた、「天に上がらず、地獄に入るのだ。」僧が尋ねた、「和尚様はどうなさいますか？」宝応和尚が言った、「お前は宝応の落ち着くところを知っているか？」僧が考え込もうとしたところ、宝応和尚は払子を手に取り、その僧の口をはたいた。さらに近くに呼び寄せて言った、「合図はお前が打つべきだ。」そして、また一払子を打った。

師云。寶應是即是。只是手頭太奢。這僧與其奢也寧儉。擊拂子云。放過不可。

> 師が言った。「宝応（ほうおう）の言うことはもっともだ。ただ、やや贅沢に過ぎる。この僧は、贅沢をするくらいなら、むしろ質素であるべきだ。」払子（ほっす）を打ち鳴らし、「見逃すわけにはいかない。」

開爐上堂。擁之不聚。撥之不散。聽之不聞。覰之不見。且道。與南方火爐頭話。還有優劣也無。擊拂子云。遇貴則賤。

> 香炉の前で説法する。 集めようとしても集まらず、払おうとしても散らない。 耳で聴こうとしても聴こえず、目で見ようとしても見えない。 さあ、言ってみよ。 南方の火鉢の端で交わされる話と比べて、果たして優劣があるだろうか、ないだろうか。 払子を打ち鳴らして言う。 「貴いものに出会えば、かえって卑しくならざるを得ない。」

上堂。曹洞五位。臨濟三玄。總拈向一壁。近日奉化縣裏憨布袋。打失半邊鼻孔。有人向明州城中拾得。還信麼。星河秋一鴈。砧杵夜千家。

> 説法。 曹洞宗の五位や臨済宗の三玄といった教えは、すべてひとまず脇に置こう。 最近、奉化県にいたのんきな布袋さまが、片方の鼻の穴をどこかに落としてしまったそうだ。 誰かが明州の町中でそれを拾ったというが、皆さんは信じますか？ 秋の夜空に一羽の雁が飛び、夜の町にはたくさんの砧の音が響いている。

上堂。青蘿夤緣。直上寒松之頂。白雲澹佇。出沒太虗之中。住住。萬法本閒。惟人自閙。削圓方竹杖。鞔却紫茸氈。我愛箇語。具得失兩意。驢揀濕處尿。以拂子。畫一畫云。有時乘好月。獨自過滄洲。

> 説法のために高座に上がられた。 青い蔦が縁に沿って、冷たい松の梢までまっすぐに伸びている。 白い雲は静かに佇み、大空の中に現れたり消えたりする。 止まれ、止まれ。 あらゆる現象は本来安らかなものだ。 ただ人が自ら騒がしくしているだけ。 「丸い竹の杖を削って四角にし、紫の毛氈を張り替える」 私はこの言葉が気に入っている。得失の両方を備えているからだ。 「ロバは湿った場所を選んで小便をする」 払子で一線を描いて言われた。 「ある時は、美しい月に乗って、独りで蒼い水辺を渡っていった」

上堂。舉百丈普請鋤地次。有一僧。聞鼓聲。拋下鉏頭。呵呵大笑便歸。丈云。儁哉。此是觀音入理之門。遂喚其僧問云。汝適來見箇什麼道理。僧云。肚飢。聞鼓聲喫飯去。丈乃大笑。

> 上堂で、こんな話がある。百丈が皆で草むしりをしていた時のことだ。一人の僧が、太鼓の音を聞くと、鍬を放り投げ、大声で笑いながら寺に戻ってしまった。百丈が言った、「見事だ。これこそ観音が理に入る門である」。そしてその僧を呼び止めて尋ねた、「お前、今何か道理を見たのか？」僧は答えた、「お腹が空いていました。太鼓の音を聞いて、ご飯を食べに行ったのです」。百丈は大笑いした。

師云吾不如汝。

> 師が言った。「私はあなたには及ばない。」

謝龍首座潯藏主上堂。大藏小藏。全提半提。總是青天撒白雨。引得無限人。踏步向前。不知脚下泥深三尺。慈雲與麼。也是知而故犯。拈拄杖畫一畫云。禹力不到處。河聲流向西。

> 龍首座と潯藏主が上堂の説法を行いました。 「大蔵経も小蔵経も、全てを説き示すことも、半分だけ説くことも、すべて青空から白い雨をまき散らすようなものだ。それによって無数の人々が一歩前に踏み出そうとするが、自分たちの足元に泥が三尺も深く積もっていることに気づいていない。慈雲がこんなことを言うのも、分かっていながらわざと過ちを犯すようなものだ。」 ここで杖を取って一線を引きながら言いました。 「禹王の力の及ばない所では、川の音は西へ流れてゆくのだ。」

上堂。親證妙覺。鼠入牛角。西天此土。繼繼承承。直是熾焰難遏。良久云。若教頻下泪。滄海也須乾。

謝監收上堂。隻手擡隻手搦。暗處展明處収。千差一舉。不堪持論。且時節既至。職到威成。又作麼生。飯抄雲子白。瓜嚼水晶寒。

> 片手で掲げ、片手でひねる。 暗きところで開き、明るきところで収める。 千の違いも一つの挙げ方に。 論じるには及ばない。 さあ、時節が来た。 職務が果たされ、威勢が成就する。 その時、どうするか。 飯は雲子のように白く、 瓜を噛めば水晶のように冷ややかだ。

仗錫枯山法兄至。上堂。布二十里雲陳崢嶸。泛九百頃湖光㶑灔。共行官路。各做私商。等是萍實木瓜。誰共區分甘苦。今日兄呼弟應。響順聲和。且道其中事作麼生。擊拂子云。一江分兩浙。三峽透西川。

> 仗錫山の枯山法兄がお見えになり、上堂された。 二十里にわたる雲が立ち込め、山々がそびえ立つ。 九百頃の湖面がきらめき、光が揺らめく。 共に官道を行きながら、それぞれが私貿易をする。 これらはみな「萍実」であり「木瓜」である。 誰が共に甘さと苦さを区別できようか。 今日、兄が呼び、弟が応じる。 その声は調和し、響き合う。 さて、この中の出来事とは、いったいどういうものか。 払子を打ち鳴らして言う。 「一つの川が両浙を分け、 三峡が西川を通り抜ける。」

上堂。舉乳源見仰山。作沙彌時看經。咄云。者沙彌念經。恰似哭。山云。和尚作麼生。源顧視之。山云。若如此何異於哭。

> 法堂に上り、次の話を挙げた。 乳源禅師が仰山禅師に会ったときのことである。まだ沙弥（修行僧の初心者）であった仰山が経典を読んでいると、乳源禅師が「おい、その沙弥よ、経を読む声がまるで泣いているようだ」と叱った。仰山が「それでは和尚さまはどのように読まれますか」と尋ねると、乳源禅師はただじっと仰山を見つめた。 仰山は言った。「そのようであれば、泣くのと何の違いがありましょうか」。

師云。迦陵脫殻。其聲已壓凡羽。雖然賴是撞著乳源和尚。

> 師は言った。「迦陵頻伽（かりょうびんが）が殻を破って出るとき、その声はすでに凡庸な鳥を圧倒する。しかし、それでも乳源和尚に出会わなければ、その真価は現れなかった。」

徑山偃溪和尚遺書至。上堂。生也如是。白骼樹頭魚扇子。死也如是。泥牛飲乾東㵎水。更待說偈。舜若多神三赤喙。討甚巴鼻。醜惡重童無處洗。徑山供盡死欵。慈雲也不相饒。從來生死不同條。

> 径山の偃溪和尚から遺書が届いた。その知らせを受けて、私は上堂してこう述べた。 「生きることとは、こういうもの。白い骨の枝先で魚が扇子を揺らすようなもの。 死ぬこととは、こういうもの。泥の牛が東の谷川の水を干上がらせるようなもの。 さらに偈を説くのを待つまでもない。虚空の神々が三本の嘴を持つようなものだ。 どうして手がかりを探せようか。みにくさや重さは洗い流す場所もない。 径山は死に至るまで本心を尽くした。慈雲もまた、決して手を緩めない。 生と死はもともと同じ筋道にはないのだ。」

上堂。不慕諸聖。不重己靈。󳸦弓戢矢。坐享太平。德山有棒。正好束之高閣。臨濟有喝。也應無處施呈。慈雲今日。要與諸人。向四稜蹋地處相見。擊拂子云。繅成白雪桑重綠。割盡黃雲稻正青。

> 説法： 諸仏を崇めず、己の霊性を重んじず。 弓をしまい矢を納めて、太平の世を楽しむ。 徳山の棒も、まさに高く納めるがよく、 臨済の喝も、今は振るう場がない。 慈雲、今ここで、皆と共に、 四方を踏み固めた地で対面しよう。 払子を打ち鳴らして言う、 「白雪のように絹を紡げば桑の葉は再び青く、 黄雲の稲を刈り終えれば、稲田はまさに青々としている。」

上堂。僧問。記得五祖和尚問三佛。正與麼時如何。佛鑑云。彩鳳舞丹霄。意作麼生。師云。描不成畫不就。進云。佛眼道。鐵虵橫古路。聻。師云。七花八裂。進云。佛果道。看脚下。又且如何。師云。𢁈挑不上　乃舉章敬有小師遊方歸。敬問。汝離此間多少時。小師云。自離和尚。將及八載。敬云。辦得箇什麼事。小師於地上。畫一圓相。敬云。只者箇。別更有在。小師畫破圓相。便禮拜。

師云。猛虎不食伏肉。

> 師が言った。「猛虎は伏せる肉を食わない。」

上堂。舉世尊食時。著衣持鉢。入舍衛大城。乞食於其城中。次第乞已。還至本處。飯食訖。收衣鉢。洗足已。敷座而坐。須菩提云。希有世尊。

> 説法の席に上って、次のように語られた。 世尊（釈尊）が食事の時間になると、衣をまとい鉢を持ち、舎衛の大城に入って托鉢をなさった。城内で順に乞食を終え、元の場所に戻られた。食事を終え、衣と鉢をしまい、足を洗い、座を敷いてお坐りになった。すると須菩提が申し上げた。「めったにないことです、世尊よ。」

師云。釋迦老子。三平二滿。驀被空生一拶。不覺墻倒靠壁。

> 師は言った。お釈迦様は、ほどほどで満足していたのに、突然、空（くう）の声に問い詰められ、思わず壁に倒れかかってしまった。

上堂。謝監收。兼謝送栢庭塔銘□兄天何言哉。四時行焉。地何言哉。萬物生焉。衲僧何言哉。一日鉢盂兩度濕。笑看四山青又黃。是則固是。要一轉語上󳬴去。無有是處。莫有道得底麼。良久云。收。

> 上堂します。 <note>監収に謝し、併せて栢庭塔銘を送りて□兄に謝す</note> 天は何をか言わんや。四時行わる。地は何をか言わんや。万物生ず。衲僧は何をか言わんや。一日に鉢盂、二度湿る。笑いて四山の青くまた黄なるを見る。 これを是とすれば固より是なり。一転語をこの上に加えんとすれば、是あることなし。もし道得する者あらんか。 良久して云く。収めよ。

元宵上堂。蓮開陸地。海湧鼇山。不知今夕是何夕。山林城市約同看。竪起拂子云。看看。日月燈明佛。向者裏瑞發本光。晝夜六時。了無間然。擊拂子一下云。眨得眼來。馬後驢前。

> 元宵の上堂。陸に蓮が咲き、海からは大亀の山が湧き出る。今夜が何の夜かは知らないが、山の景色も街の景も、共に眺めようと約束する。払子を立てて言う、「見よ、見よ」。日月燈明仏が、ここに祥瑞を現し根本の光を放つ。昼夜六時、まったく途切れることがない。払子を一度打ち鳴らして、「瞬きする間に、馬の後ろ、驢馬の前」。

上堂。閙浩浩。靜悄悄。古䇿風高。玉壺春曉。左顧無瑕。右盻已老。諸人還會也無。擊拂子云。夜來風雨聲。花落知多少。

> みなさんに法話を申し上げます。 世の中は騒がしく忙しないものですが、その中にあっても静けさはあります。古の修行者の風格は高く、まるで玉の壺に春の訪れが映るかのようです。左を見れば欠点なく、右を顧みればすでに老いが訪れています。はたして皆さん、このことをお分かりになるでしょうか。 （払子を打ち鳴らして） 昨晩の風雨の音がしたけれど、花はどれほど散ったのだろうか。

佛涅槃上堂。三百餘會。盡是死句。娑羅樹間。翻成活句。活中死死中活。水綠山青。天寬地闊。

> 仏の涅槃に際して、上堂で説かれた教え。三百有余の説法会も、全ては死んだ句である。沙羅双樹の間で、かえって活きた句となる。活きた句の中に死があり、死んだ句の中に生きる。水は緑、山は青く、天は広く地は果てしない。

上堂。舉趙州訪茱萸。將拄杖於法堂上。從東過西。從西過東。萸云。作什麼。州云探水。萸云。我者裏一滴也無。探箇什麼。趙州靠拄杖便出。

> 授業で言う。趙州が茱萸を訪ねた時の話だ。杖を法堂に置き、東から西へ、西から東へ歩き回った。茱萸が「何をしているのか」と問うと、趙州は「水を探している」と答えた。茱萸が「ここには一滴もない。何を探すのか」と言うと、趙州は杖に寄りかかってそのまま出て行った。

師云。茱萸雖善關防。爭柰賊無空手。且道。趙州以拄杖靠壁而出。意作麼生。

> 師は言った。「茱萸はよく防備を固めていたが、賊に手ぶらはいない、と言うのが世の常だ。さて、趙州が杖を壁に立てかけ、そのまま手ぶらで外出した。その意図するところは何か。」

謝法眷上堂。癡癡兀兀。乖乖厓厓。水乳和同。肝膽楚越。何以見得。共倚闌干舒笑眼。四山松桂動秋風。

> 法に謝して、眷属に上堂す。 ぼんやりとして、うつとりと、 かたくなで、やんちゃで。 水と乳は混ざり合い、 肝と胆は、楚と越のごとく。 どうしてそれが分かるのか。 共に欄干に倚りて笑う眼を舒べれば、 四方の山々、松と桂に秋風が動く。

赴育王辭眾。上堂。片段悠揚點太空。卷舒無地覓行蹤。業風有意相交輥。又復從龍過別峯。

> 育王寺へ赴くにあたり、僧たちに別れを告げて説法した。 一片の雲が空にゆったりと漂い、広げたり巻いたりする場所もなく、その行く先をたどることはできない。 しかし、業の風が意図をもって吹き寄せ、また龍に従って別の峰へと越えてゆくのだ。