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title: "廬山蓮宗寶鑑 · 攝心念佛三昧調息法門"
description: "元代高僧普度法师所著的《廬山蓮宗寶鑑》是中國淨土宗重要典籍。該書編撰於淨土信仰盛行卻也良莠不齊的歷史背景下，旨在匡正邪偽、闡揚正信。全書系統整理了淨土宗的教義、修行方法與歷代祖師思想，強調持名念佛、往生淨土的實踐。它不僅是淨土宗理論的集大成之作，更對後世淨土法門的純正流傳產生了深遠影響，被尊為淨土宗權威文獻，具有極高的宗教價值與歷史地位。"
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### 攝心念佛三昧調息法門

大集經賢護品云。求無上菩提者。應修念佛禪三昧。偈云。若人專念彌陀佛號。曰無上深妙禪。至心想像見佛時。即是不生不滅法。坐禪三昧經云。菩薩坐禪不念一切。惟念一佛。即得三昧。初機修習未免昏散二病。須假對治人天。寶鑑云。凡修禪定。即入靜室。正身端坐數出入息。從一數至十。從十數至百。百數至千萬。此身兀然此心寂然。與虛空等不煩禁止。如是久之一息自住。不出不入時覺此息。從毛孔中八萬四千雲蒸霧起。無始已來諸病自除。諸障自滅。自然明悟。譬如盲人忽然有眼。爾時見徹不用尋人指路也。今此攝心念佛欲得速成三昧。對治昏散之法。數息最要。凡欲坐時。先想己身在圓光中。默觀鼻端想出入息。每一息默念南無阿彌陀佛。一聲方便調息不緩不急。心息相依隨其出入。行住坐臥皆可行之。勿令間斷。常自密密行持。乃至深入禪定。息念兩忘。即此身心與虛空等。久久純熟心眼開通。三昧忽爾現前。即是唯心淨土。

> 『大集経』の賢護品にはこう説かれています。「無上菩提を求める者は、念佛禅の三昧を修めるべきである」。また、偈にはこうあります。「人が専ら弥陀仏の名号を念じれば、それを無上の深妙な禅という。心を込めて想いを巡らせ仏を見るとき、これすなわち不生不滅の法である」。 『坐禅三昧経』にはこうあります。「菩薩は坐禅において一切を念じず、ただ一仏のみを念ずれば、即座に三昧を得る」。 初心者が修行しても、どうしても昏沈と散乱という二つの病に陥るものです。それには対治法を用いる必要があります。 『人天宝鑑』にはこうあります。「およそ禅定を修める者は、静かな部屋に入り、身を正して端座し、出入りの息を数える。一から十まで数え、十から百まで、百から千万に至る。この身は動かず、この心は静まり、虚空と等しくなり、わざわざ抑えようとしなくてよい。こうして長く続ければ、やがて息は自然に静まり、出も入りもせぬまま、この息が毛穴から八万四千の雲や霧のように立ち上るのを感じる。無始以来のあらゆる病は自ずから除かれ、あらゆる障りは自ずから滅し、自然に悟りが開ける。まるで目の見えぬ人が突然見えるようになったようで、その時には誰かに道を尋ねる必要もない」。 さて、この心を一つにして念佛し、速やかに三昧を成就しようとするとき、昏沈と散乱を対治する方法として、数息が最も大切です。 坐ろうとするときは、まず自分の身が円光の中にあると思い描き、静かに鼻先に心を留めて息の出入りを観じます。息ごとに「南無阿弥陀仏」と一声、心の中で唱えます。これは息を調えるための方便であり、緩めすぎず、急ぎすぎないようにします。心と息は互いに寄り添い、息の出入りに従います。行住坐臥、どの時にも行うことができ、途切れさせてはいけません。常に密かにこれを続け、やがて深い禅定に入り、息も念も共に忘れ去られます。この身心が虚空と等しくなり、長く熟達すれば心眼が開かれ、三昧が忽然と現前するのです。これこそが唯心の浄土にほかなりません。