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title: "金剛經音釋直解 · 經題"
description: "金刚经音释直解由明代高僧圆杲法师解註，是一部针对鸠摩罗什所译金刚般若波罗蜜经的注疏著作。本书诞生于明朝佛教义学复兴的背景下，旨在通过音释与直解相结合的方式，帮助学人扫除文字障碍、直探经义核心。其内容主要包括对经文难字的注音释义及对般若空性思想的浅显直白阐释，强调离相破执、应无所住的修行要旨。作为一部简明实用的入门注本，该解註在佛教历史上为金刚经的普及与理解提供了重要助力，是研究明代佛教思想及金刚经传播的重要文献。"
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金剛般若波羅蜜經

> 金剛般若波羅蜜経

金者，喻心之真體也。人之心體如百鍊之真金，金經百鍊而金體不消，成眾噐而金色不變。人之心體亦然，雜諸緣而心神不昧，溷眾類而心體常靈，故心同虗空永固，金隨今古常精，故心以金喻之。剛者，喻心之真智也。人之心智如剛利鋒刀，刀斷萬物而刀體常剛，經千磨而刀鋒愈利。心智亦然，智鑑諸塵而智眼常明，了諸法而智心永寂，故智有裁決之能，如刀有斷截之義，是智以剛刀喻也。般若者，梵語，此云智慧。智慧者，心之真慧也。慧光如鏡，諸形臨鏡而妍󳯺自現，鏡鑑諸形而纖洪莫隱。心慧亦然，至隱能燭，至微能知，無塵不顯，無物不彰，慧有先見之明，鏡有洞明之體，故慧以鏡喻之。

波羅蜜者，梵語，此云到彼岸也。岸者，土也。分於彼此，故有此岸彼岸。此岸者，心之妄也。遇緣即動，見境即生。凡遇境緣，生諸妄法。諸有業緣，輪轉此岸也。此只眾生業識感報之土也。眾生業盡，此岸即消矣。彼岸者，心之果也。靈虗獨露，寂淨湛然，塵不能染，法不能緣，果人之土也。心常圓明湛寂，此即彼岸矣。

> 波羅蜜とは、サンスクリット語で、「彼岸（ひがん）に到る」という意味です。「岸」とは「土（くに）」のことです。こちらとあちらに分かれていることから、此岸（しがん）と彼岸があるのです。 此岸とは、心の迷いのことです。縁に遇えば動き、境を見れば生じます。あらゆる境や縁に出会うたびに、様々な迷いの心が生まれます。様々な業（ごう）や縁によって、この此岸を輪廻（りんね）しているのです。 これは、ただ、迷いの生き物の業の認識が感応して報いとなる土（くに）にすぎません。生き物の業が尽きれば、この此岸は消え去るのです。 彼岸とは、心の悟りの境地です。霊妙な虚（む）の性質がただ独り現れ、静かに澄み切って、煩わしさが染み込むことがなく、あらゆる現象にもとらわれません。それが、悟った人の世界です。心が常に完全に明るく、澄み切って静かであること、これが彼岸なのです。

經者，心之路也。若人依此金剛般若而行，則直到無為之岸也。以此觀之，則金剛般若波羅蜜經者，即是人之自己一個真心也。迷之則生死始，悟之則輪迴息。今修行人知此自心，智此自性，知真無妄，以智慧燈照破塵緣，了此妄法，立萬行而不著於心，遇諸緣而心常湛寂，如此修行，疾登彼岸矣。偈云：金剛般若義含多，有筏方能可渡河。心鏡未明休懈怠，更須經上切磋磨。

> この経典は、心の道筋を示すものです。もし人がこの金剛般若の教えに従って修行すれば、まっすぐに無為の彼岸に至ることができます。このように考えるならば、『金剛般若波羅蜜経』とは、すなわち人の本来の真心に他なりません。迷えば生死が始まり、悟れば輪廻が止みます。修行する人は、この自らの心を知り、この自らの本性を覚り、真実で虚妄のないことを理解し、智慧という灯りで世俗の塵縁を照らし払い、虚妄の法を了知して、一切の行を立てながらも心に執着せず、様々な縁に遇っても心が常に澄み切って静かであり続けること。このように修行すれば、速やかに彼岸に登ることができるのです。偈に曰く：金剛般若の義は多くのものを含み、筏ありてこそ河を渡るを得る。心の鏡いまだ明らかならず懈怠することなかれ、さらに経によって切磋琢磨せよ。