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title: "釋迦氏譜 · 9 釋迦族流滅相"
description: "唐代律宗高僧道宣律师所撰《釋迦氏譜》是研究佛陀生平的重要典籍。该书成书于唐初佛教鼎盛时期旨在系统梳理释迦牟尼的世系源流与生平事迹。内容涵盖佛陀族姓传承降生修道成佛弘法直至涅槃的完整谱录并涉及年代考据与教法流传。作为汉传佛教早期祖师所著的佛陀传记本书以严谨的史传笔法确立了佛陀世系的权威框架为后世研究佛陀生平提供了经典范本在佛教史学与传记文学领域具有开创性地位。"
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### 釋迦族流滅相

> 釈迦族の滅亡

長阿含云。波斯匿王娉於釋氏。乃以婢女妻之。立為太后生子流離經云。初娶時。諸釋紛諍故也至年八歲往詣外家。學諸射術。時作新堂。欲請佛僧初供養故。流離輒上昇師子座。諸釋捉臂逐出。流離恨歎語左右。待我紹位當告此事。後嗣王位嚴兵將往。佛聞往枯樹下。王見禮問。答親族之蔭故勝外人。聞此迴軍佞臣重讒更集兵往。目連白佛。欲擲兵眾他方世界。佛言。汝取釋種宿業擲之。又欲鐵網覆城。又欲舉城空中。佛皆如上止云。業熟受報不可奪也。是時諸釋。一由旬內。遙射王軍。皆中兵器不傷身肉。流離大怖。佞臣諫之。諸釋受戒必不害人。兵至圍城無敢出者。有釋童子獨據城上。多射軍眾死者無數。因此又散。釋種呼下。汝年幼小何辱我門。殺人罪重可速出國。於是童子四人拜辭出城。諸國聞之舉以為王。今烏長國王即其後也。流離又集令使開門。兵入取諸釋埋脚象蹈令死。取五百女將自執之。諸女罵辱。便斬手足。摩男入水請放釋出。從語放出業迷還入。王怪入水太久。求之已死。王悔便止。凡殺九千九百九十萬人。血流成河。迴軍舍衛。又殺太子祇陀。佛記生天。釋女被害在坑念佛。佛即至彼。天給衣食。便為說法。皆得生天。

> 『長阿含経』によれば、波斯匿王が釈迦族から妃を迎えようとした。しかし、実際には侍女を妻として与え、これを太后とし、子の流離（琉璃王子）が生まれた。 \*（注：経典には「最初に娶った時、釈迦族の間で争いがあったため」とある。）\* 流離は八歳の時、母方の実家である釈迦族のもとへ行き、弓術を学んだ。 ある時、新しい講堂が建てられ、最初に仏と僧侶を招いて供養しようとしたところ、流離が勝手に獅子座に上がった。 そこで釈迦族の人々が彼の腕を掴み、追い出してしまった。 流離は心に恨みを抱き、側近にこう言った。「私が王位に就いたら、このことを思い知らせてやる。」 その後、王位を継いだ流離は軍隊を率いて攻め寄せた。 仏はこれを聞き、枯れ木の下に座って待っていた。 王がやって来て礼を問うと、仏は「親族の陰は、他人に勝るものだ」と答えた。 これを聞いた王は引き返そうとしたが、奸臣が再び讒言し、再び軍を集めて進軍した。 目連尊者が仏に申し上げた。「私が兵たちを他の世界に投げ飛ばしましょうか。」 すると仏は言われた。「お前は釈迦族の過去の業を取り出して、それを投げてみなさい。」 目連はさらに鉄の網で街を覆おうとし、また街全体を空中に浮かせようとした。 しかし仏はすべてを止めて言われた。「業が熟せば報いを受ける。それは避けられないのだ。」 その時、釈迦族の人々は一由旬（約7〜15km）の範囲から王の軍を狙い、矢はすべて武器に当たり、人の体には傷をつけなかった。 流離は大いに怖れたが、奸臣が諫めて言った。「釈迦族は戒律を守っているので、必ず人を傷つけません。」 軍は城を包囲したが、誰も出て来ようとしなかった。 ただ一人の釈迦族の童子が城の上に立ち、多くの矢を放って軍兵を大勢射殺した。このため軍は再び散り散りになった。 しかし釈迦族の人々はその童子を呼び、「幼いお前がどうして我々の家名を汚すのか。人を殺す罪は重い。早く国を出なさい」と言った。 そこで童子は四人で城に別れを告げ、その国を去った。 諸国はこれを聞き、彼らを王として立てた。今の烏長国の王はその子孫である。 流離は再び軍を集め、門を開けさせた。 兵士たちは城内に入り、釈迦族の者たちを捕らえ、その足を地面に埋め、象に踏ませて殺した。 さらに五百人の娘たちを捕らえ、自らの手で処刑しようとした。娘たちが罵ると、手足を切り落とした。 摩男（マハーナーマ）は水の中に入り、「釈迦族を逃がしてください」と願い出た。その言葉に従って釈放されたが、業に迷って再び城内に入ってしまった。 王は「水の中に長くいるのはおかしい」と怪しみ、探させたところ、彼はすでに死んでいた。 王は後悔して攻撃をやめた。 しかし、すでに殺された者は九千九百九十万人にも及び、血は川のように流れた。 軍を率いて舎衛城（シュラーヴァスティー）に帰る途中、太子の祇陀（ジェータ）も殺した。 仏は「祇陀は天に生まれ変わる」と予言した。 一方、手足を切られて穴の中に捨てられていた釈迦族の娘たちは、念仏を唱えていた。 仏はそこへ現れ、天から衣食を与え、さらに法を説かれた。彼女たちは皆、天界に生まれたのである。

佛至迦毘東門。見煙火洞然。至尼拘律樹下坐。告諸比丘。此城空虛更無至矣。便至舍衛曰。王及眾軍七日皆滅。聞皆大怖慮有外寇。七日既滿平安自慶。將兵詣河。卒大震雷暴風疾雨。一時漂沒。死入阿鼻。天火燒宮。佛便為說往古諸釋捕魚本事。

> 仏はカピラ城の東門に至り、大火が見え、尼拘律樹の下に坐して比丘たちに告げられた。「この城は空しく、もはや誰もいない」。そして舎衛城に至って言われた。「王とその軍勢は七日のうちに皆滅びるだろう」。人々はこれを聞いて大いに恐れ、外敵を案じたが、七日の満ちる頃には無事に過ぎたことを喜び、兵を率いて川へ向かった。すると突然の大雷、暴風、大雨が起こり、ひとときも経たずに押し流された。彼らは死んで阿鼻地獄に堕ち、天の火が宮殿を焼き尽くした。そこで仏は、過去の釋迦族が魚を捕まえた因縁について説かれた。

釋氏罪畢經云。王迴軍已遣使敬佛。佛曰。王自愛矣。釋罪畢矣。却後七日太山鬼以火逼王文多不載。

> （釈氏の罪、畢わりし経に云う）王、軍を迴らし已りて使を遣はし佛を敬す。佛曰く、王自ら愛せよ。釈の罪畢はりぬ。却つて後七日、太山の鬼、火を以て王を逼らむ（文多ければ載せず）。

法句譬云。目連聞佛說法意猶不已。往舍夷國取知識四五千人。內鉢舉上空中。王殺三億人已。目連貢高白佛。弟子承佛。救得諸人今在空存。佛令視之皆已死盡。因為說法逮得法眼。

> 法句譬喩経にこう説かれています。 目連尊者は、仏様の説法を聞いてもなお、心が落ち着きませんでした。そこで、舎夷国へ赴き、知り合いである四、五千人の人々を鉢の中に入れて、空中に持ち上げました。ところが、王がすでに三億もの人々を殺した後でした。目連尊者は高慢な心で仏様に申し上げました。「弟子は、仏様のお力によって、多くの人々を救い、今は空中におります」と。すると仏様は「それをご覧なさい」とおっしゃいました。見ると、皆、すでに死に絶えていたのです。そこで仏様は法を説かれ、目連尊者は法の眼を得たのでした。

祐律師云。竊惟。大聖垂經抑揚懲誡。夫以正覺之尊萬累久絕。絕累塵劫而甫示餘報。明知釋種之滅。非力能免。斯實止殺之深誡。慎業之明規也。

> 祐律師が述べられたことには、次のように思う。 偉大なる聖者が経典を残されたのは、人々を励まし戒めるためである。そもそも正覚の尊位にある方は、あらゆる苦悩をすでに遠く離れておられる。それにもかかわらず、長い長い時間を経て、今なお残された報いを示される。これにより、釈迦族が滅びたのは、力をもって免れ得るものではなかったと明らかである。これはまさに、殺生を戒める深い教えであり、業（行い）を慎むべき明らかな規範なのである。